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さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

後輩の宮舘くん 〜春〜 【中】


---------------




ゴスン




ってすごい音がして
宮舘くんの持っていた瓶が
シンクの中に落ちた。


「…え?」

「……」

「どうしました…?」

「……」

「先輩?」


宮舘くんの身体を
もっと自分の方に引き寄せるように
ギューッと抱きしめて、


「違うの」


少し裏返った声が出た。


「…違う…?」

「違う。全然違う。」

「…な、にが?」

「何もかもが」

「…え、すみません…何言ってるか
全然分からない…」


宮舘くんは少し戸惑いながら
左手で私の背中をポンポンして、


「…何が、違うんですか?」


優しい声で、そう聞いてくれた。


「宮舘くんには、可愛いって思われたいの」

「…へ?」


宮舘くんの前では可愛い女の子でいたい。

ずっとそう思ってた。



言葉遣いも

ご飯の食べ方も

歩き方も

全部全部気を使っちゃうのは
宮舘くんに“可愛い”って思われたいから。


女友達や、同級生の男の子たちと
一緒にいる時は
そんなこと一つも思わない。


私の気持ちの在り方の問題。


思い返してみれば高校3年生の頃。

宮舘くんと話すようになったばっかの頃。


あの頃は宮舘くんの前なのに
言葉遣いもガサツだったし
パンツが見えたりしてもへっちゃらだった。


なぜならそれは
あの頃の私は

彼のことをなんとも思っていなかったから。


今は違う。

彼氏であり、好きな人であり、

1番、“可愛い”って思ってもらいたい人。


抱いてる気持ちが違う人間に
全く同じ態度を取るわけがない。


『好きな人には可愛いって思われたい』


それは女の子には必ずある気持ちで、
ごく自然なこと。


「だから…違うの」

「…ん?」

「どう思われてもいい人たちとは違う…」

「…うん」

「全部適当な返事で相手する
あいつなんかと違うの…」

「うん」

「宮舘くんには、可愛いって思われたいから」

「……」

「ちょっと恥ずかしいような
嬉しい言葉とか言われちゃうと」

「……」

「なんて言っていいか分からなくなって」

「…ん」

「いつも下向いちゃうの…ッ」

「…うん」

「一緒にいて、つまんないとか
楽しくないなんて思ってない」

「……」

「すごく楽しいって思ってる…!
もっと一緒にいたいって…
いっつも思ってる…ッ」

「……」

「…ちゃんと伝えなくて…
ごめんなさい…」


言い終わると同時に、
宮舘くんに両手で抱きしめられた。


宮舘くんの胸に顔を埋める私の髪に
優しくキスした彼は


「○○ちゃん」


優しい声で私の名前を呼んだ。


「ありがとう、全部話してくれて」

「…ん…」

「すごく嬉しい」


ごめんね、宮舘くん。

こんな私でごめんね。




宮舘くんが、


少しずつ敬語で話さなくなったこと。

指を絡めて手を繋いでくるようになったこと。

隣に立つ時の距離が10センチくらい近くなったこと。

触れてくる回数が多くなったこと。


その度に、

泣きたいくらい嬉しくて
幸せだったのに。

なんですぐに伝えなかったんだろう。


そして、言葉にしなきゃ
伝わらないことを

宮舘くんに悲しい思いをさせるまで
なんで気づかなかったんだろう。


「○○ちゃん」

「…はい」


抱きしめていた腕を解いて
顔を真っ赤にした私を見て
嬉しそうに笑った彼は、


「大好きだよ」


いきなりそう言った。


反射的に思わず下を向きそうになった
顔を無理やり上に引き上げて
宮舘くんの顔を見つめる。


「…ッ…」


限界を超えた恥ずかしさに
頬を震わせながら耐えていたら、

宮舘くんが豪快に笑いながら
私の後頭部を掴んで顔を下に向けさせた。


「下向いていいよ」


止めていた息を吐き出して
ハァハァと荒い呼吸を繰り返すと、


「無理しなくていいから」


宮舘くんは楽しそうに笑いながら
私の頬に優しく触れた。


「そういう事なら、むしろ嬉しいよ」

「そういう事…?」


宮舘くんの服の裾を握りながら聞き返す。


「俺に可愛いって思われたくて
どういう顔していいか分からないから
下向いちゃうんでしょ?」

「…う、うん…」


自分で言った事だけど
改めて口にされるとなんだかとても恥ずかしい。


「そんなの嬉しいに決まってんじゃん」

「……」

「て言うか、可愛すぎるでしょ」

「…か、可愛いくは…」

「俺こそ、何も知らないのに
八つ当たりしちゃってごめんね」

「…宮舘くんは、何も悪くないよ」

「ううん。今回はお互いが悪かった」

「…いや、」

「仲直りしよ、ね?」


頬に触れていた手で
顔を上げられた。

身を屈めて少しずつ近づいてくる彼に
まぶたを下ろした。


唇が触れる直前で


「大好きだよ」


ってもう一度言ってくれた。

だから、


「私も大好き…」


って答えた。






***





2人で夜ご飯を食べるときは
宮舘くんの家で
手作りのご飯を食べることが多い。


私は料理が全く出来ないから、
キッチンに入って何か手伝おうと思っても
邪魔になるのは目に見えてる。


「いい子で待っててね」


って宮舘くんは言ってくれるんだけど
さすがに申し訳なくて
キッチンの前を行ったり来たりする私に


「じゃあ後片付けは全部お願いする。
それでいい?」


って提案してきてくれた。


その日から、後片付けは
全部私の担当。


食べ終わった食器を洗っていると、
私の隣に立った宮舘くんが
肩に額を置いてきた。


「ビックリした…」

「適当でいいよ」

「だめ」

「真面目だね」

「あなたほどじゃありません」


前よりも恥ずかしさに慣れて来た私が
笑いながらそういうと

宮舘くんは、
「確かに俺って真面目だよね」
なんて言って、もっと私を笑わせた。


「そう言えば明日の飲み会、
どこのお店に行くの?」

「へ?」

「前に言ってたじゃん
ゼミで飲み会あるって。明日でしょ?」

「…うん、まぁ」

「どこのお店行くの?」

「…学校の近くに最近できたイタリアンのお店。
あそこらしいよ」

「へぇ。あそこ行くんだ」

「…うん」

「楽しみだね」


洗ったお皿を全部拭き終わって
ふぅ、と息を吐きながら


「まぁ、私行かないけどね」


そう言った私に


「え?」


心底びっくりした声を出しながら
顔を上げて驚いた。


「…なんで?」

「まぁ、色々…」

「“ゼミ”の飲み会だから?」

「……」

「俺に気使ってるの?」


ゼミの飲み会…となれば
メンバーはもちろん同じゼミの人たち。

て、ことは宮舘くんを不安にさせた
あいつも飲み会に来るわけで…


私は宮舘くんの方を向いて
彼のお腹に両手を回して抱きついた。


「そんなんじゃないよ」

「じゃあなんで?」

「……」

「○○ちゃん?」


もう、伝えなきゃいけない事を飲み込んで
宮舘くんを悲しませるのは嫌だ…


「…あいつ今、ものすごく機嫌悪いの」

「あいつ…ってあの時の人?」


確認するように、問いかけてきた彼に
私は「うん」と言いながら首を縦に振った。

少し暗くなった私の声に気づいて
顔を髪に埋めながら
抱きしめ返してくれる。


「今まではね、それなりに相手したり
愛想笑いしたりしてたんだけど
今はもう全然相手してないの、私。」

「…相手してない…?」

「…うん、基本無視。
何言われても無視。」

「…そうなんだ…」


きっと今まで下に見て
“話しかけてやってる”くらいの気持ちで
私に話しかけていたであろうあいつは

格下に見ていた私から無視を食らって
すごいムカついているみたいだった。

常に1人でプリプリ怒っている状態で

私を含めた周りは
ますます彼への無視を決め込んだ。


「だから行きたくないの。
あーゆう場に言ったら絶対捕まっちゃう」

「…そっか」

「私のこと気にくわないんだよ、あいつ」


宮舘くんの胸に顔を埋めて、
さっきよりも身を寄せる。

香水のいい匂いを嗅いでいると


「…そうじゃないと思うけどなぁ…」


小さく呟かれた。

「ん?」って聞き返すけど、


「あー、ううん。
○○ちゃんは気にしなくていい事」


なんだかよく分からないまま
笑ってはぐらかされた。


「ね、やっぱり行きなよ飲み会」

「…行かない」

「なんで?」

「行きたくないの」

「美味しいって噂だよ?あのお店」

「宮舘くんが作ってくれる
ご飯の方が美味しいもん」

「また可愛いことを言うなぁ」


嬉しそうに笑った宮舘くんだけど、

それでも…


「行ってきなって」


なんだか絶対に譲らない。


「…嫌だよ」

「大丈夫だから」

「…嫌…」

「絶対大丈夫」

「……」

「俺のこと信じて」


優しく髪を撫でてから
頬にキスする宮舘くんに、


「…うん」


って返事したけど
やっぱり行きたくない気持ちは拭えなかった。












宮舘くんのことを信じていなかった…

訳ではない。


ではない、けど。


「おーい!みんなー!
○○に彼氏いるって知ってたかぁー?」

「……」

「こんな男っ気なさそーな奴がよー!
ちゃっかりいんだぜー!しかも年下ー!」

「……」

「隅に置けないよなぁーっ?」

「…チッ…」


ほら、やっぱり。

捕まった。



お店に入ってすぐに、
あいつとは一番遠い席に座った。

20人近くもいれば
ひとつの話題をみんなで話したりしない。

周りの人とそれぞれの話題で話す。

だからあいつの事なんて
視界にも入れないで周りの人たちと
この間先生に出された課題の話とか
この間の発表の話とかをしていた。


関わらないのが1番。


そう思っていたけれど、


「おい!聞こえないのかよ!」


肩を掴まれたらどうやって逃げたらいいか
さっぱり分からなくて。


「……え?」


肩に感じる痛みで
反応してしまったのが運の尽きだった。


それからそいつは私の前の席に座って
いつの間にかちゃっかりビールまで持って
ずーっとずーっと
人を見下す事ばっかり言ってきた。


お前は行動がトロいだの。

今持ってるレポート見せてみろ
俺がダメなとこ指摘してやるからだの。

勉強全然出来なくて
なんでこの大学入れたのか謎だの。


けちょんけちょんに言われ続けた。


…だから来たくなかったんだよ…


ムカつくとか悲しいとか
色々な感情を通り越してきた。

もうこいつに感情を動かされるのさえも
もったいなく感じてくる。


無気力な顔でピクリとも動かずに
一点をボーッと見つめる私に
変な焦りを感じたのか、


「○○ちゃん…レポートまとめるの上手だよ…」


隣に座っていた友達が私をかばってくれようと
反論してくれた。

でもこいつはその反論を食らうどころか、


「いーや!こいつのレポート見たことある?
すっげーの!まじで!悪い意味でね!」


私を指差しながらゲラゲラ笑い出す始末。


顔を真っ赤にしながら
プルプル震える友達の手を
机の下の見えないところでぎゅっと握った。


「ありがとう」


ちっちゃい声でそう言うと、


「帰りたいね」


って声が帰って来て、
本当にその通りだなって思った。




そいつの大声はいつまでも続いた。




------------------

後輩の宮舘くん 〜春〜 【上】


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「お前って付き合ってる奴いたんだ」


空き教室でレポートを書いていた私に
後ろからそんな声がかけられた。

振り返った先には同じゼミの奴。


「…え?」


いきなり話しかけられた上に
理解するまでいろいろと
整理しなきゃいけない内容なだけに
私の口から出た声はすごく馬鹿っぽかった。


「知らなかったわ」

「え?何?」

「昨日見かけた」

「は?何が?」

「駅で」

「ちょ、は?何の話?」

「お前とお前の彼氏。」


熱がこみ上げた頬に思わず目を伏せた、


“彼氏”と改めて言われると
嬉しい反面、恥ずかしい。


初めて味わうその感情に
どんなリアクションを取るのが正解なのか
分からないまま、
伏せた目で自分の足をひたすらに見つめた。


「正直驚いたわ」


そう言いながら、そいつは私の隣まで移動して
空いていたその椅子を引いてどすんと座った。


そらされることなく注がれる視線に
無意識のうちに距離を取る。


「なぁなぁ、どっちから告ったの?
お前が彼氏とか意外すぎて笑える。」


空き教室には私たちの他にも
課題だったり調べものだったり

何かしらをやっている人がたくさんいるから
普通の音量で、

しかも彼氏とかそう言う類の話を
してる私たちには嫌悪感満載の視線が注がれる。


あ、まずい…


周りの人たちに迷惑をかけて
集中を切らせてしまっている…


「…ちょっと静かにしなよ」


声のボリュームを最小限にしながら
身を屈めて言ったのに、


「お前が話してくれたら静かにする〜」


まるで話なんて通じてないみたい。


でもまぁ、こいつのめんどくささは
今に始まった事ではない。

2年生に上がってからゼミに入ったけど、
その瞬間からこいつはこんな感じだった。


人の話を聞かない上に
空気が読めない。

そして何故だか人を見下す。


「ねぇ、周りもみんな課題してるの。
だからちょっと静かにしなよ」

「だーかーらー!
お前が話せば静かにするってば!」


もう教室内の全員が振り返るくらいの
大声にビクッと身体が跳ね上がる。

高校生の頃、バリバリの運動部だったらしく
身体がおっきくて声も大きい。

怒られているわけではないけど、
近い距離でその大きな声を出されると
一種の凶暴性を感じて少しビビってしまう。


「…はぁ…」


相手に聞こえないように小さく溜息を吐いて
机の上に広げていたレポートを
バンの中にしまう。


「お!話す気になったかぁ?」


シャーペンも資料も全部しまって、
席を立って教室から出る私の
後ろを、ルンルンでついてくるのが見える。


話すって、何を?

なんでこいつに私と宮舘くんのこと
話さなきゃなんないのよ。


教室を出てもなにもせずに
ただスタスタと歩く私に文句が飛ばされる。


「おいどこまで行くんだよ〜」

「……」

「早く話せよ〜」

「……」

「俺だって暇じゃねーんだよ〜」


どう考えたって暇じゃん…


こいつのことを迷惑がったり、嫌ったりする
ゼミのメンバーの中で
私はいち早く割り切りを身につけた。

たとえ相手がムカつくことや
無茶なことを言ってきても、

ムカつくより先に
『そういう奴なんだ…』と割り切って

ほどほどに相手をするようになった。


「おーいー」

「恥ずかしいから内緒」


振り返りもせずに、
ウケ狙いな感じでそう言った。

やれやれ。

そんな気持ちだったのに、


「でもさぁ、全然楽しそうじゃなかったよな」

「は?」


意味の分からない言葉に
思わず振り返ってしまった。


「彼氏と2人でいるときのお前」

「……」


絶句ってこういうことをいうのかな。


眉間にしわを寄せて
口を開けたまま動けなくなった。


…私が?

…宮舘くんと2人でいて?

…楽しくなさそう??



……はぁ?????



眉間のしわがどんどん深くなる私に
ドヤ顔で近づいてくる。


「ずっと下向いてて楽しそうじゃなかったよな」


あぁ、はいはい。

そういうことね。


確かに。

昨日宮舘くんと駅にいた時の私は
ひたすらに下を向いていた。

でもそれにはちゃんとした理由がある。







昨日は、宮舘くんと約束をしていた。


授業が終わり次第会おうねって
前の日から話は決まっていて、


終わるのが少し早かった私は
大学の敷地内に設置されてるベンチに座って
宮舘くんからの連絡を待っていた。

もう少しで震えるだろう携帯を握りしめて
気持ちいい春風にボーッとしていると、

後ろから頭を優しくポンポンされた。


頭の上に乗せてあった手はするりと肩に落ちて
指先がかすかに鎖骨に触れる。


「おまたせ」


もちろんその手の正体は宮舘くんで、


「すいません、待たせちゃって」


振り返りながら見上げた先にあった
彼の笑顔に胸がきゅんとした。


「ううん、早く終わったの私の方だし…」


座っていた場所のすぐ隣に
置いていたバックを手にとって
立ち上がろうとすると、

目の前に来ていた宮舘くんが、
私の前髪を手櫛で整え始めた。


いきなり前髪に触れられて
ただでさえびっくりしたのに

座っている私の目線に合わせて
屈んでいた宮舘くんの顔が目の前にあって


「…ぎゃッ」


もっとびっくりした。


「風強かった?」

「…え!?いや…あ、うん…?」

「ははっ」

「…は、はは…」

「照れ屋」

「…あ、はは…」

「いい加減慣れてください」

「…はは、ごめん…」

「本当に可愛いっすね」


キョロキョロと目を泳がせながら
笑ってごまかす私を優しい目で見ると、
手を取って立ち上がらせた。


「行こっか」

「うん…」


最近の宮舘くんは専らこんな感じ。


私にすごく触れてくる。

すぐに「可愛い」とか言ってくる。


私たちは付き合ってるし、
もうそこまで子供ってわけでもないから
宮舘くんの行動は何1つ変じゃない。

私自身も嬉しい気持ちの方が
大きいんだけど


いかんせん、

心臓がもたない。


心臓がバクバクいって
握られてる手だって震えちゃう。


特に昨日は宮舘くんの機嫌が
すこぶる良くって、

すごかった。

もうすごかった。


まだ大学の中なのに手を繋いで来たり
肩を抱いて来たり

「今日の服装すっごい可愛い」とか
「先輩が俺の彼女とか幸せすぎる」とか


とにかくすごかった。


だから駅に着く頃には
私は顔を上げることも出来なくなっていて
駅にいたところしか見ていなかった
あいつにはつまらなそうにしてるように
見えていたらしい。


宮舘くんと2人でいるのに
つまらないわけあるか。

私だって面と向かっては
絶対に言えないけど

宮舘くんとのこの関係、
幸せすぎるくらい幸せだっつーの。




よくぞまぁ自分の憶測でしかない事を
あたかも真実かのように話せるな。


いつもの通り、今回のこの会話も
当たり障りない会話で
“ほどほど”に相手をして終わろうと思った。


…のに。


「なんかあれだよなぁ、無理してるっつーか」

「……」

「あの彼氏年下だろ?」

「……」

「女より男の方が年下ってさ、
甘えられなくね?」

「……」

「実際お前、俺といる時と彼氏といる時
全然態度違うじゃん」

「……」

「なぁ、それって疲れねぇ?」


ここまでくると怒る気も失せる。


なんで自分と宮舘くんを比べる?
意味がわからない。

好きなように解釈して
好きなように捉えてくれ。

そしてもう黙ってろ。


「男と女の関係だって楽な方がいいじゃん!」

「……」

「な!ラフにいこーぜ!」


バシッ


思いっきり叩かれた背中に顔をしかめる。

声や態度だけじゃなくて
力も強い。

軽いノリで叩いてるつもりなのかもしれないけど
叩かれたこっちは普通に痛い。


「痛いんだけど」


睨み付ける私に反して
今度は肩をパンパンと叩きながら笑う。

その肩パンも力が強くて少し痛い。


「ホラ、そういうこと
彼氏には言えないだろ」


言えないだろって…


言えないんじゃなくて
言う必要がないんだよ。


宮舘くんは私を叩いたりなんてしない。


優しく優しく

こんな私を宝物のように扱ってくれる。

だから宮舘くんの前でだけは
女の子っぽくなれる。


でもそれは、宮舘くんだけが使える魔法。

私を女の子にする魔法。


だからこいつの言っていることは
完全なる勘違いだし、

ハッキリ言って御門違い。


宮舘くんに対する態度と、
こいつに対する態度が違う?


当たり前じゃん。


宮舘くんのことは好きで、

こいつのことはなんとも思ってない。


それが全て。


「ま、レポート頑張って仕上げろよ!」


結局何がしたかったのか。

思う存分冷やかして
もう飽きたらしいそいつは
私に背を向けて歩き出した。


その背中を無言で睨み付ける。


いつもの割り切り術がイマイチ使えなくて
悔しさから手に持ってたカバンを握りしめる私は…


私の背後で、死角に身を隠して
会話を聞いている人影に全く気づかなかった。







そしてそれは不意に訪れた。

私のアパートより少し広い
宮舘くんのアパートの一室で

ゼロ距離でぴったりくっついてくる
宮舘くんにドキドキしながら
ソファに座っていた時だった。


机の上に置かれたマグカップの中身が
私のも宮舘くんのも
空になっていることに気づいて


「紅茶入れてくるね」


宮舘くんが買ってくれた色違いのお揃いマグを
手にその場から立ち上がった。

何度も家に遊びに来させてもらってるから
キッチンの使い勝手は分かる。



何が引き金だったのか分からない。



私が何かしたのかも分からない。



両手に持っていたマグカップを
片方の手で2つ持つように持ち直して

キッチンに行くために引き戸に手を伸ばしたら
後ろから伸びてきた手にそれを塞がれた。


私の体の両側からは
宮舘くんの両手が引き戸に
手を突くようにして伸びている。

私を背後から覆うような体勢。


「……ッ…」


突然すぎる事にビックリして
息を飲む私の耳元に微かにかかった
彼の息はとても熱かった。


「……」

「……」

「…宮舘くん…?」


返事をしない代わりに
右手を私の胸の前に滑らせて
グッと後ろに引き寄せた。

前に回った彼の右手で
左肩を掴まれる。


「……」

「先輩は…」

「…?」

「俺といてつまらない?」

「…え?」

「楽しくない?」


いきなりだった。

一瞬、なんかの冗談かとも思ったけど
私に触れている
宮舘くんの体が少し震えてる気がして
彼が本気でそう聞いているのが分かった。


なにを言ってるの?


そう言おうと思った。

でも、


「すいません…
立ち聞きするつもりはなかったんだけど…」


宮舘くんのその言葉に、


“全然楽しそうじゃなかったよな
彼氏と2人でいるときのお前”


同じゼミのあいつが言っていた言葉を思い出す。


「先輩が廊下歩いてるとこ見かけて
声かけに行こうと思ったら…

俺の知らない男の人と話してて、
そう言われてたから…」

「……」

「すいません…聞こえちゃって…」


私自身、忘れてた。

あんなムカつくこと気にする時間が
もったいないからさっさと忘れようって。


でも、宮舘くんはずっと気にしていたんだ。

あの出来事から半月ほど経っている。


今日、私に聞いていたことを打ち明けるまで
どんな気持ちだったんだろう。


どれだけ悲しい思いを
させてしまっていたんだろう。


私は…すぐに恥ずかしがって
いつも下を向いていた。

その時、目の前の宮舘くんが
どんな顔をしているか、

そんなの考えたこともなかった。


もしかしたら

悲しい目で私を見ていたのかもしれない。

寂しい目で私を見ていたのかもしれない。


身体の前にある宮舘くんの右手を
自分の右手で上から包むように握る。

少しだけ振り返ると
宮舘くんの顔が見えて

やっぱり彼は、悲しそうな目をしていた。


「……」

「……」


今まで、何度その目で私を見たんだろう。


私は自分だけ幸せな気持ちになって
それを伝えずに下を向いて…

何度その目をさせてしまっていたんだろう。


「…困らせちゃったね」

「…えっ、と…」

「すみませんでした…」


私の手からマグカップを取った彼は
私から離れると
引き戸を開けてキッチンへと向かう。

慌ててその背中を追うけど、
もう目も合わせてくれない。


「同じのでいいですか?違う味もありますよ」

「宮舘くん…」

「この間美味しそうなの見つけたんですよ」

「あ、あのね…」

「……」

「宮舘くん…ッ」

「先輩」


ビクッとして言葉に詰まる。

気づかない間に掴んでいた
宮舘くんの服をゆっくりと離した。

宮舘くんはキッチン台の上に
マグカップを置いて、
ゆっくりこっちに振り返った。


「泣きそうな顔しないでください」

「……」

「先輩のそんな顔見たくない」

「……」

「俺、もっと頑張るから」

「…ッ…」

「一緒にいて楽しいって
思ってもらえるように頑張るから」


違う。

全然違う。


首を横に振る私の背中に
そっと宮舘くんの手が回る。


「背中…痛かったよね」

「…え?」

「叩かれてた」

「…あ、」

「ごめんね、庇えなくて」


そんな優しい言葉言ってもらえる権利、
私にはない。


一度、優しく笑って私の頭を撫でた彼は
また背中を向けて、


「…ぁ、」

「俺は何飲もうかなぁ」


私の声を遮っておしゃれに小分けされた
紅茶の葉が入った瓶を1つ手にとって
眺め始めた。


“もうこの話はおしまい”


そう言われてる気がして
それ以上何も言えなくなる。


でも、これじゃダメだ。


私は深く深呼吸して

息を吸い込んで


横から宮舘くんを抱きしめた。










---------------

Love Liar 【6】




---------------





“似てる”って何がだろう。


“自由”って何だろう。



さっきからわたしの頭の中は
その2つの言葉に支配されっぱなし。


どう考えたって答えが分かるわけもない
その2つの言葉が頭から離れない。


相も変わらず、私は雄大くんに
ご飯を食べさせてもらっている。

夜勤明けには家に行って、
1つのベットで仲良く寝たりだってしている。


この関係はなんなんだろう。

人には言えない、

なんか少しだけ恥ずかしい
雄大くんと私のこの関係。


未だに私はこの関係に名前を付けられない。


名前を付けて明確になるのが怖い。
この関係を明確にするのが。

でも怖く感じてしまうのはきっと、
私にその経験がないから。


訳の分からない、男女間の関係。





そんな“訳の分からない男女間の関係”を
明確なものにさせられたのは
それから数週間後のことだった。





その日も特等席と言われた一番端っこの席で
雄大くんお手製のご飯を食べていた。


今日はオムライス。


平日の夜のバーに
お客さんはあまりいなくて、
私の動かすスプーンがお皿に当たる音が
やけに響くような気さえしていた。


「今日は暇だ〜」なんて言うマスターと
談笑していたその瞬間に
カランカランと、ドアベルが鳴って

その人は現れた。


外の風が少し店内を冷やして
思わず肩をすくめた。


「……いらっしゃいませ」


ほんの少しの間をおいたマスターに
違和感を感じてふと顔を上げると

マスターの顔がこわばって見えたけれど
その顔はすぐに柔らかい笑みへと変わった。


「こんばんは」


開いたドアのせいで生まれた突風で
少し乱れた髪を直しながら
その女性はペコリと頭を下げる。


「こんばんは」

「1人…なんですけど、大丈夫ですか…?」

「喜んで。どうぞ。」


カウンターから出たマスターは
1人掛けのソファが向き合った席に
その女の人を案内した。

私の座るカウンターから
少し離れた場所にある席で、
ここからはよく会話が聞こえない。


バレない程度にチラ見していると
さっきまで緊張していたように見えた
女の人が「覚えててくれたんですか?」
ってマスターに言ってるのが見えた。


…マスターの知り合い?

でも、あのこわばった顔は…?


見間違いじゃないと思う。

気のせいでもないと思う。



いつまでも気にしていても仕方ないと
半分ほど食べて放置していた
自分の前に置いてあるオムライスへと目を向ける。

今日も感想を伝えてあげなきゃいけない。

ノートだって前回より綺麗に書いている。


試食を任され始めてから
自分なりに着目するところとか
分かってきた今日この頃。

雄大くんの力になれることが
何だか嬉しいと思いはじめていた。


オムライスをスプーンですくって
口に含んだら、
厨房から雄大くんが出てきた。

ふと合う視線。

中にパンパンに頬張った口に
笑みを浮かべようとした時、


「雄大くん!」


後ろから大きな声が聞こえた。


「…先輩…?」


私を見ていた視線は、
スッと横に移って

彼はそう口にした。


振り返ると、自分の出した大声に
恥ずかしくなったのか
さっき店内に入ってきた女の人が

両手で口元を押さえて少し頬を赤くして
雄大くんの方を見ていた。


私はごくんと音を立てて
口の中に入っていたものを飲み込んだ。


さっきまで美味しいと感じていた
オムライスだけど、味が全くしなかった。



嫌な予感がする。


説明できないけれど
すごく嫌な予感がする。


雄大くんに背中を向けていた私の視界に
彼が入り込んできた。

私の横を通り過ぎて
その女の人へ一歩ずつ近づく彼の名を呼んだけど


「…ゆうだいく、」

「先輩ッ!!」


彼の声にかき消された。



もはや自分がその場にいないような…

そんな気さえしてきて
私は大人しくその場に座り直した。





心ここに在らず。


今の私にはその言葉がぴったりだと思う。



たまにマスターが話しかけてくれるんだけど
自分がちゃんと会話できてるか分からなかった。

でも、マスターが笑っていたから
それなりの受け答えは出来ていたとは思う。


自分が何を話しているのか分からない。

自分の声が聞こえない。


ただ、雄大くんと楽しそうに話す
その女の人の姿を…

爪の先から髪の毛の先まで
目に刻んでおくことに必死だった。





ぼーっとした頭のまま
家に帰ってきてお風呂に入った。

お風呂から上がると
雄大くんからラインが来ていて、


“いつの間に帰ってたの!?
ノート見せて欲しかったのに!”


ってちょっと怒り気味の文だった。




ずっと考えていた事がある。

男の人に対して苦手意識を
フル発動している私が
なんでこんなことが出来たのか。


家に上がったり泊まったり
挙げ句の果てには同じ布団で寝たり。


それは私にとっては信じられないことだった。


最初は容姿のせいかと思っていた。

人より整ってる雄大くんのビジュアル。


苦手なだけで男の人に対して
カッコいいとかイケメンとか
そう言う感情はちゃっかりある私は
その彼のビジュアルのせいで
無意識に贔屓していたのかもって。


だから今までの自分からは想像もできない
行動をしていたのかと思ってたけど…

そうじゃなかったみたい。


すごく簡単なことだった。


なんで男の人が苦手な私が
甘い期待をしたり、
他の女の子に悔しくなって
手を振り返したりしたのか。


理由は1つしかない。


彼に惹かれていたから。

雄大くんを好きになっていたから。


ただそれだけだった。







「ごめんね、今電気付けるから」


パチンと、音がして店内が明るくなる。


手に持ったスーパーの袋を
カウンターに置いた彼は、


「はい、ありがとね」


って言いながら私の手に握られていた
スーパーの袋を取った。


「調子乗って買いすぎてたから
だいぶ助かったよ、ありがとね」


はじめて見る彼の私服に、
こんなオシャレなお店を出す人は
私服もオシャレなんだな…って思った。


「飲み物何がいい?」

「いや…大丈夫です」

「お礼だから。何がいい?」

「…オレンジジュースで…」

「了解」


グラスに氷が当たる音が響く。


この間、私は自分の気持ちを知った。

自分のことなのに今まで気づかなかった。


でも、その気持ちを自覚したら
変な不安も一緒についてきた。


この不安がなんなのか、
何1つ分からないまま
気分転換のために街に出ると

買い出しに来ていたマスターと
ばったり遭遇した。


何個も袋を手から下げたマスターの
お荷物持ちとして手を貸して…
今こうしてお店に来ている。


と言っても開店前だから誰1人いない。

いつもと違う店内はなんか変な感じ。


特等席まで行くのが面倒くさくて、
目の前にある椅子に腰を下ろして


冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して
グラスに綺麗にそそぐマスターに


「マスター」


気づけば声をかけていた。


「…どうしたの?」

「マスターが前に言ってた、
雄大くんを自由にしたかったって…話」

「あー…うん」

「この前のあの女の人と何か関係あるんですか?」


もうここまできたら遠回しになんて
聞いていられないと思った。

変にそんなことしてもマスターはきっと
私よりも何倍も頭が良さそうだから
すぐバレるだろうし、

何よりこのモヤモヤしたしこりを
早い所取っ払いたかった。


「まぁ…」

「……」

「そんなとこかな…」

「…ですよね」

「気づいた…?」


マスターが聞いているのは、
きっと雄大くんの気持ちのこと。


「なんとなくですけど」

「そうだね」

「だって…表情からして違いますもん」


視線を落とした私の前に
オレンジジュースが置かれた。


受け入れなくてはいけない現実が
じわじわと襲いかかってくる。


「雄大くんは…」


それは、今まで恋愛に向き合ってこなかった
私からしたら重すぎるくらいの現実…


「あの女の人が好きなんですね…」


目の前のマスターの大きな手が
頭の上にポンと乗ったりするから
気持ちが緩みそうになって
ぎゅっとアゴに梅干しを作った。


私は自分の気持ちと失恋を
一気に受け止めなくちゃいけなかった。


「泣かないで」

「…大丈夫です」

「女の子の涙…苦手なんだ」


マスターの手は私の頭を優しく撫でると
スッとそこから離れた。


「これはまだ雄大がこのお店に
客として来てくれてた時の話なんだけどね」


それと同時に口を開く。


「あいつ普通に会社員してたんだよ。」

「はい、聞いたことあります。」

「うん。でね、その時新人だった雄大に
色々と教えてたのが雄大が“先輩”って呼んでた
この間お店に来たあの女の人。」

「だから、“先輩”…」

「そう」

「……」

「ごめんね。ハッキリ言っちゃうけど
雄大のやつ、あの人のこと好きだったんだよ」


分かっていたことだけど
マスターの口から聞くとその事実が
さっき以上に重くのしかかった。


「ずっと好きで…でも俺からしてみれば
そんな楽しくもない片想い
さっさと辞めちまえって思ってた」

「…なんでですか…?」


これだけ雄大くんを可愛がっているのに
応援をしなかったマスターに疑問を抱く。


眉をひそめた私に、マスターは
気まずそうな顔をしながら


「あの人には付き合ってる人がいたから」


そう言った。


「別れる見込みなんて全くない彼氏。」

「……」

「しかもその彼氏っていうのが雄大の大学の時の
サッカーサークルの先輩だった人でさ」

「……」

「世間って本当に狭いよな」

「……」

「雄大はあの女の先輩に告白も出来ないのに
でも仕事の関係上ずっと近くにいなきゃいけない」

「……」

「そんな状態で気持ちに諦めつくと思う?」


思わず首を横に振った。


好きな人に彼氏がいたとしても…

その彼氏が自分が昔お世話になった人だとしても…


好きな人が近くにいる以上、
気持ちを抑えるなんて出来っこない。

人の気持ちなんてそんな簡単に
変わるものじゃない。


「ね、でしょ?だから俺は雄大を
この店のスタッフに誘ったの。」

「…自由って」

「そう。そういうこと。
自分の気持ちにいつまでも縛られてるあいつを
あの女の人から離れさせて自由にしてあげたかった。」

「でも…ッ」


思わず出た言葉に、
マスターも私が何を思ったのか
理解したみたいで


「うん、意味なかったけどね」


眉毛を垂らしながらそう言った。


「まだ好きなんだ。あいつはあの人のこと。」


その言葉を聞いても、
涙は出なかった。


本当は心のどこかで気づいていたのかもしれない。

雄大くんは、私にすごく優しかった。

家に来いとか店に来いとか。
一緒に寝るのだって。

普通なら勘違いしてもいいくらい。


なのに、なんか違う感じがした。

彼からは下心が感じられなかった。


きっとそれは、
気持ちが入っていなかったから。

私に対して“好き”という感情を
持っていなかった。


自分が雄大くんに惹かれていたのもあるけれど
あそこまで素直に甘えられていたのは

彼が私に向ける気持ちが
“異性”への好意ではなかったから
私自身を身構えずに彼に惹かれることが
出来ていたのかもしれない。


「あの女の先輩…結婚間近らしいよ」

「…なのに好きなんですね、雄大くん」

「それはキミもでしょ?」

「…そうですね」

「好きな人に好きな人がいるって知ってても
諦められないときはあるよね」

「……」


出されたオレンジジュースに
やっと手をかけてゴクゴクと飲み出した私に
マスターは身を乗り出して顔を近づけて来た。


「1つ聞いていい?」

「…なんですか?」

「雄大がキミと自分は似てるって言ってたけど…」

「言われました…なんでか分からないけど」

「キミ、雄大のこと好きなんだよね?」

「はい。ついこの間自覚しましたけど」

「あのさ…」

「はい。」

「すごく言いづらいんだけど…」

「…はい」

「雄大…キミはまだ元彼に未練あると思ってるよ」

「………え…?」







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久しぶりにやっとこさ更新出来ました。

やることがありすぎてアタフタしてたけど
やっと落ちといたのでまたマメに
更新していけたらな…なんて。


すごくどうでもいい話なんですけどネ。

私中学生の時から集めてる
少年漫画があるんですよ。


最近一巻から読み返してみたんですけど、

中学、高校時代好きだったキャラも
もちろんそのまま好きなんですけど

20代後半に入って
読み返したところ…


今まで見向きもしてなかったキャラに
ズドーーンと落ちまして(笑)

なんだろうね、アレ。

今まで全く興味なかったのに。

なんでかな。なんでかな。


なにかな〜なにかな〜さかな〜〜

(↑多くの人が分かってくれるであろうボケ)


私が年取ったから?

若い頃と今じゃ好みってやっぱり変わるのかしら。

なんていうどうでもいい話。


ご静聴ありがとうございました(笑)



あ、因みに集めてる少年漫画は

あひるの空

です。


バスケ漫画。ダムダム。

読んでる人いるかな?

いたら嬉しい。

Love Liar 【5】

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迎えられた家の中に入れば、
立ち込めるいい香りが腹の虫を鳴かせる。


「座って待ってていいよ」


何が楽しいのか、
家の主人は立ち尽くす私を見ながら
ニコニコと笑う。


「もうすぐ出せるから」

「…ありがと…」

「あ、でも手洗いうがいはしっかりね」

「……」

「風邪引いちゃうから」

「…う、うん」


洗面台に向かう前に
チラリと目を向ければ鼻歌まで歌ってる。


…雄大くんって、本当に謎。



ほんとついさっき。

仕事が終わった私は
とりあえず雄大くんにラインを入れてみた。


送った瞬間秒で付いた“既読”の文字に


「ひぃッ」


と、小さく漏らしてしまった。


寝てるかもしれないって言ったくせに
バリバリ起きてたらしい。


おいでって言われた手前、
行かないわけにもいかないし…


って思いながら雄大くんの家に行った。


扉を開けた雄大くんは
やたらとニコニコしていた。


「やっと来てくれたね」
「いらっしゃい!」
「ご飯用意出来てるよ!」


夜勤明けでボヤけたままの私に
ガンガンと話しかけながら
腕を引っ張って私を家に上げた。


手を洗ってテーブルのある部屋に
私が戻って来ても

雄大くんは変わらず鼻歌を歌ってた。


「夜勤って何時に終わるの?」


あぐびをしながら椅子に座った私に
雄大くんが問いかけてくる。


「8時」

「え?今10時半だよ?」

「残業してたの」

「やっぱり大変なんだね、看護師さん」

「…もう慣れた」


まぶたが落ちかかって来た私の目の前に
パスタがのったお皿が置かれた。


「お疲れ。たんとお食べ。」

「いい匂い」

「野菜たっぷりにしてみた」

「いただきます」


自信ありげな雄大くんが作ってくれたパスタは
彼の言った通り、野菜たっぷりで
夜勤明けの私にはとってもありがたい。


「おいしい?」


もぐもぐと口を動かす私に
そう聞いてくる。


自惚れっぽくなっちゃうから
思わないようにしてたけど…

やっぱり雄大くん、
どことなく嬉しそう。


「寝てくでしょ?」

「…え?」

「ベッド使っていいよ」

「いや…」

「寝ていきなよ」

「あの」

「気にしなくていいよ、俺も後で少し寝るし」


なんでこの人はこんなに私を
家に来させたいんだろう。


「…じゃあそうする。ありがとう。」


でも、なんだか空気感が居心地良くて
私は素直に頷いていた。



洗い物を手伝って、
トイレし終わった私に迫り来るのは
とてつもないほどの睡魔。

止まらないあくびに
もう手で押さえるのもめんどくさくなる。


「すぐ寝たら牛になる…豚にもなる…」って
椅子に座ってむにゃむにゃしながら
言う私を雄大くんは笑いながら見てた。


それからすぐに睡魔に負けて、
ベッドに潜り込んだのが数時間前。

今は目の前に雄大くんの顔がある。

さっき寝てる私のベッドに


「ちょっと詰めて。ごめんね。」


って言いながら入ってきた。


横向きに寝る私と向かい合って寝る雄大くん。


やっぱりさっきと変わらないで
ニコニコ笑ってる。

その顔をじーっと見ていると、
超近距離のまま雄大くんが話し出す。


「起こしちゃった?」

「…大丈夫」

「明日は?」

「夜勤明けは休みだよ…」

「そっか。明後日は?」

「普通に日勤」

「じゃあお店おいで」

「…ん…」


そとは昼間のはずなのに
この部屋はカーテンのせいで真っ暗に近い。

そのせいで、雄大くんの顔が
いつも以上に整って見える。


「ご飯作ってあげるから」

「…お店なのに?」

「新メニューの開発付き合ってよ」

「…んー…」

「ごめんね、寝ていいよ」


雄大くんの手がまぶたに被さって
私はされるがままに目を閉じた。


なんで、この人は。

私を自分の目の届くところに
置いておこうとするんだろう。

私に1人の時間を与えないように
しているんだろう。


それは“似ている”と言った
その言葉に何か関係するのだろうか。


考えても分からない。

なんでこんなにモテそうな人が
私なんかに構ってくれるのかも。

何もかも。


分からない。


でも、雄大くんとの時間は
やっぱり居心地がいい。


「おやすみ」


雄大くんの優しい声を最後に、
私は彼の胸に顔を埋めて

そのいい匂いの中で眠りについた。













生活が変わった。

前みたいに、仕事帰りにスーパーで
30%引きのお弁当を買わなくなった。

夜勤明けの重い身体で
眠い目こすりながら電車に乗ることもなくなった。


その代わりに、


仕事終わりに雄大くんのお店に寄って
晩御飯を食べるようになった。

夜勤明けは雄大くんの家で一眠りしてから
自分の家に帰るようになった。


毎日じゃないけどほとんどの日、
雄大くんの顔を見てる。


きっと今までの私を知ってる人に
この現状を話したらビックリするんだろうな。

あんたが!?
って思われるんだろうな。


バーのカウンターに何脚か並んでいる
一番端っこの椅子に座る。

背もたれが少しだけしかない上に
座るところの面積も小さいその椅子の
珍しい座り心地が面白い。


明日休みだからお酒飲んじゃおう!


意気込んで頼んだシャンディガフ。

下からパチパチと湧き上がる
小さな泡を眺めていると
目の前にバーのマスターがやって来た。


「こんばんは」


長い髪を一本に縛って髭を生やした
いかにも“マスター”って雰囲気。

長髪の男の人は苦手だけど、
マスターの場合は清潔感があるし
その1つ縛りが彼にとても似合っているから
むしろ魅力的に見える。


「こんばんは」

「仕事お疲れ様」

「お疲れ様です」

「今日も飯食いに来たの?」

「雄大くんが来いって言うから」

「よっぽど雄大に頼りにされてんだね」

「頼りにされているのかは
分からないけどご飯食べさせてくれるのは
ありがたいです。」

「はははっ、面白いなぁキミは。」


趣味がサーフィンらしいマスターは
肌が焼けていて、
笑うと店内の照明も相まって
白い歯がやたらと目立つ。


「あ、そうだ」


グラスを握ってお酒を一口飲んでから
マスターに小さいポチ袋を渡す。


「…これ、なんですけど…」


目の前に差し出しているのに
受け取らないまま
マスターは私に目を向けた。


「何かな、これは」

「ご飯代です」

「…はぁ」


ため息をついて腰に手を当てたマスターは
少し怒った顔をしながら
私の差し出したそれを手で制しながら押し返して来た。


「雄大に言われてます」

「知ってます」

「もらえません」

「受け取ってください」


まただ。

もう何回もやってるこのやり取り。


雄大くんのご飯は美味しいし、
新メニューの開発に関わるのも普通に楽しい。

だからこそ一円も払わないで
ご馳走になってることが申し訳ない。


「て言うか、元々は雄大が新メニュー作りたい
からってキミを付き合わせてるわけでしょ?」

「…はぁ」

「むしろ俺は雄大の給料から
抜くべきだと思うんだけど」

「え!?」

「君がどうしても払いたいって言うなら
雄大の給料から抜かせてもらうよ」

「…えっとぉ」

「どうする?」


にっこり笑うその顔が怖い。

もうアウアウ言うしかなくて
大人しくポチ袋をカバンに入れた。


ちっくしょーーー。

ニカといい雄大くんといい
マスターといい…

男の人に奢られた時に
どんな顔していいか分からないから
払っちゃった方が楽だと思うタイプなのに。

どんなに笑ってありがとうって言っても、
『笑顔嘘くさくないかな!?』とか
『奢ってもらう気でいたくせに
ありがとうとかうぜぇんだよ』とか
思われてないか考えちゃう。


ニカ以外の男の人とご飯行ったことなんて
数える程しかないけど
そうやって考えちゃうから
ずっと割り勘にして来たのに。


ブッスーと不貞腐れながら
お酒を飲む私にマスターは
「おかわりは?」って聞いて来た。


「同じのお願いします」

「かしこまりました」

「ご飯代出させてもらえないんで
飲んでお店に貢献します」

「本当に良い子だね」

「そう思うならご飯代出させてください」

「それは出来ません」


カウンターに頬杖ついてそっぽ向く私の前に
スマートにグラスを置いたマスターは


「その代わりいっぱい飲んでね」


って言った。


「商売上手」って聞こえないように
ちっちゃい声で言っといた。


「はーい、お待たせー!!」


声のする方に視線を向けると、
雄大くんが出来上がったばかりの
試作品を運んで来ていた。


「待たせちゃったね〜
って、真っ赤!!」


カウンターの上に試作品を置いて
私の顔を見た瞬間
ビックリしたように声を上げた。


「ちょ、マスター!
飲ませ過ぎですよ!」

「だって飲みたいって言うんだもん」

「だからって…!」


申し訳なさそうにマスターから
私へとチラリと視線を移した雄大くんは
私の肩に手を置いた。


「身体まであっついな」

「見た目ほど酔ってないよ」

「でも真っ赤っかだよ」

「呂律だって普通に回ってるでしょ?」

「まぁ、そうだけど…」


何を言っても心配そうな雄大くんを無視して
くるりと料理に向き直る。


「グラタン?」

「うん、そうなんだけど…」


歯切れの悪い雄大くんに
マスターがケタケタと笑い出す。


「まーこんなにオーダー受けてから出すまでに
時間かかるのは考えものだよなぁ」

「本当それっすよね」

「なかなか来なくて空きっ腹で飲んで…
ってまさしくこうなっちゃうなぁ」


マスターの大きな手が
私の頭をポンとした。



今まで私の隣に立っていた
雄大くんがカウンターの中に入る。

2人が私には分からない
仕事の話をし始めたのを確認してから
カバンから出した小さなノートとシャーペンを
横に置いてグラタンにフォークを入れた。


「…んま」


私のその一言に雄大くんが
飛びつくように身を乗り出す。


「でしょ!?でしょ!?」

「雄大うるせぇ。味よりも時間だろ」


私とはまた違った口調で話すマスターは
それでもどこか嬉しそう。


やっぱり自分のお店のために
一生懸命働く雄大くんが
可愛くて仕方ないんだな…

マスターから働かないか?って
雄大くんを誘ったらしいし。


「雄大くんの人望が羨ましい」


私から試作品の感想を一通り聞いて、

厨房へと向かう雄大くんの背中に
ポツリとそう呟くと
マスターが「ん?」と、私に聞き返して来た。


「雄大くんが羨ましいです」

「雄大のなにが羨ましいの?」

「人望とか…いろいろ」

「人望かぁ」

「マスターはなんでこのお店に
雄大くんを誘ったんですか?」


何気なく質問したつもりだったけど
マスターが一瞬ピクリと眉を動かしたから
思わずビクッとした。


「あ、ごめんなさ…」

「自由」

「へっ!?」


謝ろうとした私の声にかぶせて
マスターの声が放たれた。


「自由にしてあげたかったから」


想像もしていなかった答えに
ポカンと口を開けたまま動けなくなった。


「でもそれが雄大の為になったのかは
分からない…
俺の自分勝手なお節介なだけかもしれない」

「……」

「だから雄大のしたいってことは
出来るだけ手を貸してあげる」

「……」

「雄大が新メニュー作ってみたいっていうなら
厨房好きに使っていいって言うし」

「……」

「雄大がキミをお店に連れて来て
試作品食べてもらいたいって言うなら
喜んでキミをお店に受け入れる」

「……」

「だからそこはキミの特等席」

「私の…」

「そうだよ」


未だに湯気が立ち上るグラタンに
目を落とすと、「なんてね」っていう
マスターの声が頭の上から聞こえた。


ご飯を食べ終えてノートに
感想を書き込んでいると、
横から雄大くんがお皿を下げた。


「あ、ありがと。ごちそうさま。」

「いーえ」


いつまでも私の隣から動かない雄大くんに
「ん?」と言う顔をする。


「また書いてるの?」

「いや…」


書くのを一旦中断して
腕でノートを隠す。


「それ読ませてよ」

「やだよ」

「なんで?それにも感想書いてあるんでしょ?」

「さっき伝えたことと大して変わんないよ」


早く戻ってくれって顔する私を無視して
雄大くんは私の腕から
ノートをひったくった。


「ちょっと!返してよ!」


大きな声を出しちゃって
慌てて口を押さえた私の横で雄大くんは
食い入るようにノートを見る。


「ねぇ、本当…やめて」

「……」

「勝手に私が書いてることだから」

「……」

「…あの」

「すご」


ノートをパタンと閉じて
私に向けられた目はキラキラ光っている。


「これ何!?」

「病院で患者さんにご飯出してる時に
感じたこと書いてる…やつ…
もう本当返して…」


やっと酔いでの顔の赤みが引いたと思ったのに
それ以上に赤面していくのがわかる。

試作品食べて欲しいとは言われたけど
それ以上のことにまで首を突っ込んで
感じたことを書いたノート。


人の料理食べるようになって、
病院で患者さんに出してるご飯にも
目を向けるようになった。


どんなのが美味しいかとか
こうしたらもっと食べやすいとか


そう言うコミュニケーションも
取るようになった。

それを試作品の感想と交えて
こっそり書き記していた。

頼まれてないことなのに、
やたら張り切って。

本当恥ずかしい。


「めっちゃ勉強になる…」


さっき以上に熱を帯びた頬を抑える私に
雄大くんは顔を近づけてくる。


「このノート借りていい!?」

「やだ!」

「なんで!?」


なんでって…


「熟読したい!できればコピーさせて欲しい!」


誰かに見せるために書いたわけじゃないから
字は書き殴り気味で汚くて読みづらいだろうし、
なんてったって恥ずかしい。


でも、雄大くんがそんなに喜んでくれるなら。


“雄大のしたいってことは
出来るだけ手を貸してあげる”


さっきのマスターの言葉を思い出して、


「分かった…」


頷いた。


「マジで!?ありがとう!!
明日休みなんだよね?
俺も明日休みなの!!
今日泊まってきなよ!
いろいろ質問しながら読みたい!!」


ただ、今は雄大くんの近くで感じる
この居心地の良さに甘えていたかった。





------------------

俺が守りたい女。


---------------




俺には、愛してやまない女がいる。



彼女への愛は俺が誰よりも
強いと思う…いや、強い。

断言できる。


そんな彼女との出会いは
もう4年ほど前に遡る。


あの時俺は、何もかもを失って
無気力なまま歩道の隅に座り込んでいた。

季節は春のはずなのに、
アスファルトに打ち付ける雨は
身を震え上がらせるほど冷たい。


座り込む俺の前を自動車が通っていく。

その度に俺の自慢の栗色の髪は
跳ねた泥水で汚れていった。


「とことんついてねぇな…」


雨音にも負けそうなくらい
弱っちい声で強がる俺の前に彼女は現れた。


「こんなところにいたら、汚れちゃうよ」


彼女はなんのためらいもなく
俺の前にしゃがんで傘を差し出しきた。

俺を歩道から庇うようにしゃがむ
彼女の白いコートが、
さっきまで俺に当たっていた泥水で
汚れていくのが見える。


「おいおい、そんなところに座ったら
お前さんこそ汚れるぜ」

「そこ、寒くない?」

「寒いさ」

「お腹空いてない?」

「空いたっつーの…
もうなんなんだよ」


こんな惨めな…ボロボロになった姿を
見ず知らずの女の物珍しそうな目で見られて
男して気分は最悪だ。

頼むから放っといてくれ。


プイッとそっぽを向いた俺の体に何かが掛かった。


「ウチ、そこなんだ。おいでよ。」


俺の体には白のコートが掛けられていて、
目線を上げた先には、
俺のために薄着になって
微笑みかけてくれている、彼女がいた。


「…いいのか…?」


確かにここは寒いし、
もうこれ以上汚れるのは懲り懲りだし、
飯だってもう3日口にしていない。

家に連れてってくれるのは
とてもありがたいが…

俺は一応オトコだぞ?


警戒する俺に気づいたのか、
彼女はそっと俺は手を差し伸べた。


「無理しなくていいよ。嫌なら来なくていい…
でも、私あなたを放っておけない。」


聖母なようなその言葉に、
俺は気づいたら彼女の手に自分の手を添えていた。


「おいで」


先に立って歩き出した彼女に着いていくと
クリーム色の外壁をした
紺の屋根の一軒家が見えてきた。

その家の前で立ち止まって、
俺に振り返った彼女の


「ここが私の家。一応新築だよ?」


ちょっぴりドヤ顔を混ぜた笑顔が
めちゃくちゃ可愛かった。


彼女は俺を温かい風呂に入れると、
うまい飯を腹一杯食わせてくれた。


久々のちゃんとした飯に
マナーなんて忘れてがっつく俺に


「誰も取らないから」


って笑った彼女に俺は思い切って聞いてみる。


「なぁ、あんたは俺みたいな男には
みんなこういう風に優しくしてるのか?」

「ん?なぁに?」

「なら今すぐやめた方がいいぜ…
男ってのはな、単純なんだ。

ちょっと優しくされただけですぐに勘違いしちまう
浅はかで単細胞な生き物なんだ。

だからな…」


あろうことか、彼女は話を無視して
俺の頭を優しくポンポンしてきた。

男は単純なんだぞ、と
話をした瞬間にだ。

どこまでも警戒心のない女だ…


俺が常識のある奴で良かったな!

じゃなきゃ襲われても文句言えなかったぞ。


全く…本当にお前って女は
警戒心もないしなんか抜けてそうだ。

だから…


「君、ウチに住む?」


俺が守ってやる。

これはお礼だ。

ここまで優しくされたのは初めてだからな。


ただでさえお前は顔が美人なんだ。

賛否両論あるかもしれんが、
俺は好きな顔だ。

お前に惚れて、お前を騙そうとする
男が現れるかもしれない。


だからお前を守る。

この家にいさせてもらう代わりに
お前を守る。


俺はまだ残っていた飯を
口に詰め込みながらそう誓った。


その日の夜、
彼女は俺を抱き締めながら寝てくれた。


彼女の髪の毛からとてもいい匂いがして
安心して眠りについたのを覚えている。


次の日の朝も、
俺にうまい飯をくれた。

微笑みを浮かべながら飯を食う俺を眺める彼女に


「恥ずかしいからあんまり見ないでくれよ」


と、言うと


「今日は昨日と違ってガッツがないんだね」


意地悪なことを言う。


その言葉に少しこっぱずかしい気持ちになった俺は
彼女から目をそらして飯を食う。

でもやっぱり気になって、
ちらりと彼女を盗み見すると、
彼女は窓から溢れる春の太陽の光を
目を細めながら眺めて居た。


あぁ、綺麗だなぁ。

守っていく価値のある女だ。


少し強めに吹きこんだ春風が
彼女の髪を揺らして、

彼女は髪のいい匂いを俺に届けながら
俺に向かって「ヒナタ」と、口にした。


「…ヒナタ?」

「ヒナタってどう?あなたの名前。」

「俺の名前?」

「これから一緒に住むんだもん。
名前、必要でしょ?」


…いいぜ、センスいいぜお前さん。

ヒナタ、最高に気に入ったぜ。



正直なところ、彼女が付けてくれるんなら
名前なんてなんだって良かった。


ホントは彼女に一目惚れしてたんだ。


彼女が俺の目の前にしゃがみ込んだ
あの瞬間から、惚れていた。


“守ってやる”なんて上から目線で言ってるけど、
ただ側に居たかっただけだったんだ。




それから俺とあいつは常に一緒だった。


俺の身体を気遣って
ヘルシーで体に良いものばかりを
俺のためだけに用意してくれた。

風呂に一緒に入った後は優しく丁寧に
俺の栗色の髪を梳かしてしてくれた。

細くて綺麗な彼女の指が
髪の間を滑るように撫でるのが
気持ちよくていつもウトウトする俺に


「こらヒナタ。寝ないの!」


っていう彼女が最高に可愛かった。


彼女の父親も母親も
優しく俺を迎え入れてくれて、

俺は最高に幸せ者だと何度も実感した。




彼女は最近、大学生になって家を出た。

そのせいで生活が変わって
全然家に帰ってこれなくて
俺と彼女の時間は前よりも減りつつある。

でも時間が減っても
愛はどんどん深まる一方だ。

なんでそれが分かるかって?

彼女は俺を力いっぱい抱きしめてくれるから。

「ヒナタ大好きだよ」って
何度も何度も口にしてくれるから。


どんなに距離が離れても
彼女を守るのは俺の務め。


今までも。

これからも。







だと言うのに!!!






「こんにちは。お邪魔します。」


なんだってんだこの仕打ちは!!




昨日なんの連絡もなく
彼女は急に家に帰ってきた。

興奮しながら俺にベラベラとどうでもいいことを
話し続けたかと思ったら、
プツンと倒れこみソファで眠り出した。

俺はここで寝たら寒かろうと、
布団を掛けてあげた上に添い寝までした。


なのに朝早く跳ね上がるように起きた彼女に
ソファから突き落とされて目が覚めた。


「ちょ、ヒナタ!邪魔!」

「なんだなんだ!?どうした!」

「今何時!?やばい!昨日お風呂入ってない!」


ソファから落ちて
間抜けな格好の俺に目もくれず
彼女は風呂場へダッシュする。


「え?何?どうしたの?」


パジャマ姿でリビングに顔を出した
彼女の母親に駆け寄る。


「ママ!聞いてくれよ!あいつ酷いんだよ!」

「あら、ヒナタおはよう」

「おはようママ!でさ、聞いてくれよ!
あいつ俺をソファから突き落としたんだよ!」

「ヒナタ○○からご飯もらったの?」

「まだだけど…ってそんなことはいいよ、ママ!
あいつあんな慌てて何してんだよ!」


ママはのほほんとしながら
俺の飯を用意し始める。

なんだか俺だけ騒いでるみたいじゃないか。


「はい、ヒナタ。お待たせ。」


ママが出してくれた飯を一口食べる。


ママはあいつがあんなに
慌ててる理由を知ってるのか?

なら教えてくれよ。
なんであいつはあんなに慌てて…


「ねぇ!お母さん!
ドライヤーどこにしまったの!?」


どっひー!!!!


下着だけを身につけた彼女が
さっき以上に慌てながら風呂場から飛び出してきた。


おい!そんなはしたない格好でウロウロするな!
服を着ろ!服を!!


「えー?洗面台の横に置いてなかった?」

「置いてなかったから聞いてるの!」

「じゃあお母さん知らなーい。
あんたいっつも髪なんて乾かさなかったじゃない」

「今日は訳が違うの!!!」


どうした。そんなにおめかししようとして。

もしかして俺とのデートか?


いいって、いいってば。

俺はお前と出掛けられれば
それだけで十分幸せなんだから。

大学生になってから全然帰ってこなくて
確かに寂しかったよ…

そこは認める。


でも、そんなにめかしこまなくていいぜ?

いつも通りヨロヨロのパーカーに
動きやすさ重視のジーパンで行こうぜ。


なぁ…


「宮舘くんに会うんだから…!!!」

「……へ?…」


口から飯をこぼしながら驚く俺に気づかないくらい
彼女はバタバタと慌てながら
ドライヤーを探しまくっていた。





それがほんの1時間くらい前の話…


「あなたが宮舘くん?いらっしゃい!」


普段全く化粧っ気のないママだが、
今は顔をいつもより白くして
口紅なんか塗ってやがる。

正直似合わんぞ、ママ。


玄関には自分の家だというのに
キョロキョロと挙動不審気味に
テンパりまくる彼女と、

見たこともない…

でも知ってる男がいる。


「こんにちは」

「こんにちは〜」

「急にすみません」

「いえいえ、うちは全然いいのよ。
ゆっくりしてってね」

「ありがとうございます」


おい、ママ!

そいつに愛想を振りまくことないぞ!


「あのね、急に雨が降ってきてね!
行く場所なくなっちゃってね!」


あたふたと言い訳がましく
聞いてもいないことを言う彼女。


おいおい聞き捨てならんぞ!

それ俺と同じ境遇じゃねぇか!!


なんだよ!
男を家にホイホイ上げるな!

上げてもらった上に住み着いた
俺が言えた義理じゃないけどな!!


敵意むき出しで睨みつけてると、
そいつ柔らかく微笑みながら
俺に目線を合わせてきた。


「ヒナタ?」

「てめぇ呼び捨てにすんな!」

「こんにちは」

「うるせぇ!うちに上がるなら
俺を倒したからにしろ!!」


俺との直接対決が勝てないと思ったのか、
そいつは「ごめんね」なんて一言謝ってから
俺の隣を逃げるようにスルリと通る。


ママにもう一回ペコペコしながら
彼女の後ろに付いて階段を上がっていくのが見える。


部屋に行くつもりだな!

2人っきりになんてさせるものか!


追いかけようと思ったのに、
彼女がいきなり振り返って、


「ヒナタはここで待っててね」


俺の頬を優しく撫でながらそう言うもんだから、
俺はその場にいるしかなくなった。

俺にとって彼女は絶対。


ちくしょーーー。


リビングに入ってソファに寝転ぶと、
鼻歌なんて歌いながら
紅茶を淹れるママが見える。


「ママ、俺にも暖かいミルクを一杯…」

「ふんふんふ〜ん」


ダメだ。

どいつもこいつも浮かれポンチだ。

ここは俺がガツンと言ってやらなきゃ…


「ヒナタ」

「なんだよママ」

「○○呼んできて。紅茶入ったって」

「いいだろう。そして説教も垂れてきてやる。
あの男にな!」


鼻息荒めに階段を駆け上がって
部屋のドアを殴るように叩けば


「…ヒナタ?」


彼女がひょっこり顔を出した。


「ママがお茶取りに来いってよ」

「呼びに来てくれたの?」

「お前のためならなんだってするさ」

「ありがとうヒナタ」


彼女の笑顔に癒されていく。

でも忘れちゃいけない。

俺はするべきことがあるんだ。


「宮舘くん、ちょっと下に
お茶取りに行ってくるね」

「そんなかまわなくていいのに」

「そんな訳にはいかないでしょ」


若干頬を赤らめながら
部屋を出ていく彼女の目を盗んで
部屋に入り込むと

そこには俺の恋敵…


宮舘がいた。


部屋に入って来た俺を見て
一瞬驚いた顔をしたが今は笑ってやがる。

てめぇ何俺の顔見て笑ってんだオラ。


「ヒナタ、初めまして。宮舘です。」


知ってるぞ。

お前のことはよく知ってるぞ、宮舘。


はっきり言おう。

俺はお前が嫌いだ。


とある期を境に、彼女は
お前のことばかり話すようになった。

毎日毎日学校であったことを俺に
報告してくれる時間が
幸せでたまらなかったのに、

いつの間にかお前の話ばかり。


最初は可愛い可愛い彼女の話だ。
我慢して聞いてやっていた。

俺は大人な男だからな。


でもさすがにおまえに好意があるかもしれないと
彼女が頬を真っ赤に染めながら
そう告白してきたときは

さすがの俺でもショックのあまり
飯が喉を通らなかったくらいだ。


あのときあの瞬間から
宮舘、お前は俺の中のブラックリスト入りだ。


本当にいけ好かねえ。


昨日だってそうだ。
久しぶりに会えたと思ったら
宮舘くんが大学合格したんだよって
そんな話ばっかりだ。


口を開けば
「宮舘くんが宮舘くんが」って。



彼女が家を出て、
家から遠い大学に行くってなった時も、だ。

俺は彼女のためを思って
離れ離れになるのを我慢した。

男気を見せて彼女を送り出した。

男は涙を見せるもんじゃねえ。

なのにお前ときたらなんなんだ。
彼女を追っかけて同じ大学だと?

しかもちゃっかり合格しやがって。


しかもしかも。
お前彼女の前で泣いたそうじゃないか。


聞いたぞ。

馬鹿だな。

泣いてないって誤魔化したつもりだろうが
彼女にはバレバレだったんだよ。


思いっきり泣いた顔してるくせに
泣いてないって言ったらしいな。

ダサいことこの上ない。

いいか、よく聞け。
俺と彼女は愛し合ってるんだ。

彼女は受験勉強で忙しい時だって
俺とのお出かけを欠かすことはなかった。

雨が降った日だって
ごめんねって言いながら俺を優しく抱きしめて
家の中でずーっと遊んでくれた。

雪の日は2人で雪にまみれながら遊んだ。


お前はそのシュッとしたつり目がウリの
イケメンかもしれないが、

俺は黒目がちのクリクリ目のキュート顔が売りだ。

負ける気がしない。

俺は髪だって地毛で綺麗な栗色だし
鼻だって高い。

足は…お前の方が長いかもしれんが
走る速さなら絶対負けない。


もう一度言う!

俺と彼女は愛し合ってるんだ!

お前に俺たちの仲は邪魔させない!


ったく、紅茶なんて飲める身分か!

その辺の水道水でも飲んでろ!!


フン。

言ってやったぜ!


俺の説教中ずっと俺を見たまま
動けなくなってた宮舘は、


「いいなぁ…」


小さな声でポソリと呟いた。


「ヒナタはいいなぁ」


…言い過ぎたか…?


そう思わざるおえないくらい
宮舘は肩を落としながら
悲しそうな目で俺を見ていた。


「ヒナタは俺の知らない先輩を
たくさん知ってるんだよね」

「まーな」

「先輩にたくさん甘えてもらってるんだよね」

「あいつ俺の前ではデレデレだからな」

「いいなぁ」

「……」


気付いたら、俺は宮舘に寄り添っていた。


「羨ましい…」


彼女がいない今だから。

そして俺だから。


だからこそ聞けた宮舘の本音に
俺はなんだかなんとも言えない気持ちになった。


「先輩…本当に俺のこと好きなのかな…」

「なんだと!?」

「俺ばっかりが好きみたい…」

「てめぇ!あいつはそんな女じゃねぇぞ!!!」


俺は宮舘に飛びかかった。


「うわ!ヒナタどうした!」


俺からの攻撃に驚きながら怯んだ宮舘は
かっこ悪く後ろにひっくり返って
腹に俺を乗せながら目を見開く。


「あいつがそんな女な訳ねぇだろ!!」

「なに!?なに!?」

「てめぇ噛むぞコラァ!!」


怒鳴る俺の体を
軽々と退かした宮舘は


「ビックリした…」


なんて言いながらまた俺に向き合った。


「あいつの事馬鹿すんじゃねぇぞ」

「ヒナタはいい奴だな」

「…こんな事言いたくねぇがな、
あいつはお前に相当惚れてるぞ!」


一緒にいた時間が長いからこそ分かる。


宮舘の話をするときの彼女の目は
キラキラ輝いている。

話すことが楽しくて仕方ない…
嬉しくて仕方ない…
そんな気持ちが読み取れる。


「…自信持てよ」


まだプライドが少し捨て切れなくて
吐き捨てるようにそう言った俺を
宮舘はギュッと抱きしめた。


やめろ。

離せ。

今すぐ離せ。

男に抱きしめられても
なんも嬉しくねぇんだよ。


「ありがと、ヒナタ」

「フン」

「ヒナタはやっぱりすごいな」

「当たり前だろ。俺を誰だと思ってるんだ。」


その時、彼女が
紅茶が入ったマグカップを2つとお茶菓子。

そして、ミルクが注がれてるであろう
俺専用のお皿を
お盆の上に乗せて部屋に入って来た。


「やっぱりヒナタ、ここにいた」


「ヒナタの分、持ってきて正解」
って言いながら笑って、
可愛い顔をしていた彼女だけど

お盆をテーブルの上に置いて
俺専用の皿を床に置こうとした瞬間に、


「あれ?」


びっくりした目が俺の目と合った。


…ハッ!


俺今宮舘に抱き締められている!!

違う!違うぞ!!
こいつとは仲良くなんてないぞ!!

こんなやつ大っ嫌いだ!!!


…って思うんだけど、
それでも大人しく宮舘の腕の中にいるのは

少しこいつを認めているからかもしれない。

不安を俺だけに打ち明けてくれた宮舘を。


「ヒナタ、宮舘くんと仲良くなったの?」

「…そう思ってくれてたら嬉しいな」

「チッ」


よかろう。宮舘。

お前を俺の師弟にしてやる。


お前はこれから彼女と同じ大学に通う。

そこでお前の役目だ。


お前は大学での彼女を守れ。

俺はこの家にいなきゃいけないから
側にいてやれない時は
彼女を守りたくても守れない。

この一年、俺がそばにいなくて
彼女になにもなかったのは奇跡に近い。


でも、その奇跡が
いつまでも続くとは限らない。


だからこれからはお前が側にいて
彼女を守るんだ。


でも俺が頭だ。
お前は師弟だ。

そこだけは間違えるなよ。


「あ、ヒナタにお土産があるんだった」


宮舘は抱き締めていた俺を
優しくクッションの上に寝かせると、

自分のおしゃれなカバンの中から
取り出した袋を俺の目の前に差し出した。


「うちのコナくんも好きなんだ。
良かったらヒナタも…お口に合えばいいけど。」


なんだよ、お前いい奴だな。

いい奴だなぁ!!


俺はしっぽをブンブン振り回しながら
“イヌ用 おやつ”と書かれた
ママだったら絶対買ってくれなそうな
高いおやつに目を輝かせ

宮舘に、また飛びついた。







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長い(笑)

人間視点の話じゃないのに
無駄に長い(笑)

Love Liar 【4】


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「○○ちゃん起きて」


肩を何度か叩かれる感覚に目を開くと
私はベッドの上で大の字になって寝ていて

ベットの横に立った雄大くんが
私を上から覗いていた。


「おはよう」


雄大くんは楽しそうに笑う。


その笑いは何から来ているのか。

寝顔のブサイクさか。

寝相の悪さか。

寝癖の凄さか。


「いろいろすごいね」


どうやら全てだったらしい。


ガバッと上半身を起こして
雄大くんに目線を向ける。

その顔は寝起きの時の顔はなんだったんだろ
って思うくらいイケメンに戻ってた。


「…おはよございます…」

「夜勤明けだったの?」

「うん…」

「お仕事お疲れ様」

「…ん…」

「ご飯食べる?」

「たべたい」

「目玉焼き?オムレツ?」

「めだま」

「半熟?固め?」

「はんじゅく」


遠慮なんて1つもしないで
答える私の寝癖に軽く触れてから
寝室を出て行く雄大くん。


えっと…

眠さのあまり、雄大くんの家に
相手の迷惑も考えずに押しかけたことは覚えてる。

ソファで少し寝かせてもらって
帰ろうとした後…


そうだ。

話があるからって言われて
引き止められたんだった。

それで、布団の中に引っ張り込まれて
抱き締められた。



…ッキャ〜〜ッッ

抱き締められたんだった!

一晩1つの布団で一緒に寝ちゃったんだった!


え?話って何??

何?何なの雄大くん??


「あ、○○ちゃん」

「はいッ!」


火照った頬を両手で抑えて
1人で悶絶する私に告げられるのは


「ご飯食べ終わったらお説教ね」

「……は…?」


頬の熱がスッと冷める言葉だった。






雄大くんが作ってくれた半熟の目玉焼きに
カリカリベーコン。

こんがりと焼かれた食パン。


4人掛けのダイニングテーブルに座って
しっかり全部食べ終えた私の前に
コーヒーが置かれる。


「よし」


腰に手を置きながら一息つく。


どうやら彼の言った“お説教”は
今から始まるらしい。

つまりこのコーヒーは
取り調べでいうカツ丼的なものらしい。


いくつになっても、
人に怒られるのは気分が良いものじゃない。


いきなり家に押しかけて迷惑かけた事を
怒られるんだろうなぁ。

他のことで怒られるような事あったかな…

無いな。うん、無い。


ごめんな、雄大くん。
夜勤明けで眠くて判断力が鈍ってたんだよ。


「○○ちゃん、俺に言うことあるよね?」


へい。ありますとも。

口元は笑ってるけど目が笑ってない。
イケメンな顔してるから余計にビビる。


「ご…ごめん…」


反射的に謝った。


「それは何に対してのごめん?」

「…えっ?」

「分かってないよね?」

「…あはは…?」


どうやら私の想像してた事じゃ無いらしい。

雄大くんが“説教”しようとしてる事は
私の想像してた事じゃ無いらしい。


…全然分からん…


乾いた笑いしか出せない私のおでこに
雄大くんはコツンとゲンコツをした。


「ニカの財布から出さなかったでしょ?」

「…あ、」


その事か。


バレた。

実はあの時こっそり自分の財布から出したこと。


話あるってこの事だったのか…


「ニカから電話来たんだよね」

「…はぁ」

「財布の中のお金が一円も減ってないって」


ニカは酔っ払って人に迎えに来させた癖に
財布の中の残金を一円単位で覚えてたらしい。


なんて細やかな男だ…


「俺がニカに怒られちゃったじゃん」

「でも…」


テーブルの下で手をモジモジと
動かしながら反論の声を出した私に
雄大くんは「…ん?」って少し驚いた声を出した。


「ニカっていつも奢ってくれるの」

「うん」

「一円も出させてくれない」

「ニカがそうしたいって言ってるなら
いいんじゃないの?」

「申し訳ないよ」

「なんで?」

「なんでって…」

「……」

「私だって働いてるし…」

「ははっ」


なんで雄大くんがこのタイミングで
笑い出したのか。

理解出来なくて今までずっと伏していた
目線を上げて雄大くんを見ると、

顔をくしゃっとさせて笑っている。


「○○ちゃんって本当に優しいんだね」

「優しくなくない?別に。」

「優しいよ」

「うーん…」

「とりあえず、これからは
笑顔でご馳走様って言ってあげてよ」

「……」

「ね?」

「…うん」


少し小さめの声で返事した。


やっぱりまだ少し納得出来てないけど、
雄大くんは嬉しそうにニコニコ笑いながら
私の前に砂糖を置いた。

いつも通りスプーン2杯の砂糖を
コーヒーに入れて溶かす私に、
「出た、2杯」って声が聞こえた。


「私、迷惑かけた事怒られるのかと思った」

「迷惑?」


キッチンの前に立って
洗い物を始めた雄大くんの隣に自分も立つ。

雄大くんが泡を立ててスポンジで
洗ったお皿を受け取って水で流す。


「ホラ、私急に押しかけたじゃん」

「朝?」

「そう」

「まぁ、ビックリはしたけど」

「でしょ?だからその事に対して
怒られるのかと思ったの」

「それは全く気にしてなかったなぁ」


朝っぱらから女を家に上げて
同じ布団の中で寝といて…

全く気にしていないなんて。


それはそれで悲しい。


「俺、少ししたら仕事行くんだけど
○○ちゃんどうする?家にいる?」


どうやら雄大くんはニートではなかったらしい。
ちゃんとお仕事してた。


「いやいや、帰るよ。」

「別に家にいてもいいのに」

「…雄大くんって誰でもこうやって
泊めさせてあげてるの?」


出来れば否定して欲しいって思いながら
さっきから気になってた事を聞いてみた。

私は男の人が苦手だし、
それにまだそういう経験がない。

雄大くんが仮に…
もし仮に、私に対して

男の人の家にホイホイ泊まって
私が未だに経験した事ない

あんな事やこんな事をするような女の子を
今回の私のように泊めてあげて

あんな事やこんな事していたなら、

私はその期待に応えられない。


勝手にだけど雄大くんが
そんな人じゃないって思ってるし、

私自身も雄大くんから
軽い女に見られたくないから、


違って欲しいと思った。


私が思ってた通りの人であって欲しい。

私を軽い女だと思って欲しくない。


横並びに立って黙々と
お皿を水で洗い流してると、


「そんな訳ないじゃん」


雄大くんの落ち着いた声が聞こえてきた。


「今回は○○ちゃんに
お説教するために家に上げたの」

「…そっか」

「それに俺、そんなチャラくないよ?」

「見た目チャラそうだけど」

「失礼だな!」


見た目は少し派手だけど
彼は軽くはないらしい。

勝手に抱いていた期待を裏切らないでくれた
雄大くんにホッとしていると

洗い物を先に終えた雄大くんが、
タオルで手を拭きながら


「他の子は滅多に上げないけど、
○○ちゃんならいつでも来ていいよ」


さっきとはまた別の期待を
抱いちゃうような事を言う。


「今回みたいに夜勤明けに来てもいいし」

「……」

「仕事終わりに寄ってもいいし」

「……」

「何もない日に来たっていいよ」

「…なんで」

「ん?」

「なんで私ならいいの?」

「似てるから」

「…へ?」

「俺と○○ちゃん」


何をどう感じて雄大くんが
自分と私を“似てる”
と、思ったのか…

どんなに考えてみても分からなかった。














ちょっぴり薄暗い店内は目の前の飲み物を
さらに艶やかに魅させてくれる。


背の高いすらっとした足の長い
綺麗なグラスに注がれると

居酒屋で飲み慣れたものと同じお酒でも
すごくおしゃれなカクテルに見える。


いつも安さ重視で
小汚いチェーン店で飲んでる私からしたら
こんなところ来る事ないと思ってた。


グラスの縁についていた
オレンジをガブガブと食べる私に、


「ねぇ、どこ?どこにいるの?」


私の目の前で真っ赤なお酒を飲む彼女の
気合の入った目尻のアイラインは
きっとこれから会えるだろう人への
期待のバロメーター。

いつもより少し上に跳ね上がっている。


そんな可愛いカバン持ってたんだ…


って思うくらいに見たこともない
クラッチバックからコンパクトミラーを出して
入念にメイクの確認をする彼女は、

例の結婚式に一緒に参列した
“インスタ女”の名付け親の、あの友達。


食べ慣れたみかんとはまた違う食感の
オレンジをかじりながら眺めるのは

“来る事ない”と、思っていたくらい
私とは無縁のおしゃれ空間、バー。


その内装。


バーはバーでも、サッカーの試合が
テレビで放送されるときは
これでもかって言うくらい
人が集まるスポーツバーらしいそこは

壁にたくさんのサッカーのユニフォームとか
タオルとかよく分かんないグッズが並んでる。


黒目だけキョロキョロ動かす私の
口元を指差しながら友達は
「それさ…」と、口にする。


「そのオレンジって食べるものなの?」

「…え?」

「食べていいの?」

「食べちゃダメ、なの?」

「分からない…」

「わ、私も分からない」

「どうする…?」

「え、何が…」

「オレンジ食べたら私はお持ち帰りOKです
みたいな合図…とか言うルールがあったら」

「えぇ…!」

「だってなんかよくマンガとかであるじゃん!
カクテルに意味が込められてるとか…」

「えっ、えっ、どうしよう!」


慌てながら急いで口から
オレンジを引っこ抜く。

私も友達もこんなオシャレなところ
来たこともないから、
1つ1つにビビってしまう。


“持ち帰りOKです”の合図だけじゃない。

“彼氏いるんで話しかけないで下さい”
的な合図だったとしても、
どうしよう…だ。


お前なんか誰も話しかけねーよブス。


って周りから思われてたかもしれない。

ガブガブ噛みついてる場合じゃなかった!


見開いた目で見つめ合っていた友達が
視線を私の横にフッと流した瞬間、

私の肩がポンと叩かれた。


「ヒィッ」


“今夜、お相手よろしいですか?”


そんなことを言われたら正直に言おう。
そんなつもりで
オレンジ食べたんじゃ無いんですって。

はっきりと正直に言おう。


そう決めて叩かれた肩の方に振り返ると、


「ゆ、うだいくん」


ニコニコ顔の雄大くんがいた。


「いらっしゃいませ」

「…あ、うん。こんばんは…」

「迷わないで来れた?」

「ちょっとだけ迷った」

「やっぱりか。この店分かりにくいもんね」


白シャツに身を包んで、
ロングエプロンを着こなす雄大くんは
店内が薄暗いおかげでもっとイケメンに見える。


雄大くんの家に泊まらせてもらった後
家に帰る途中に、
「雄大はバーテンダーしてるんだよ」って
言っていたニカの言葉を思い出した。

ニカから聞いた時は
その“ゆうだい”とやらを
全く知らなかったから


「フーン」


って聞き流したことも思い出した。


お説教が終わった後に
雄大くんは連絡先を教えてくれた。


「これから仕事」って言っていた彼に
“さっきはありがとう”
“雄大くん、バーで働いてるんだよね?
お仕事頑張って”


って送ったら、


“どういたしまして”
“今度飲みにおいで”


って返って来たから、
友達を誘って飲みに来た。


電話で、


「インスタ女が掻っ攫ってたイケメンだよ。
覚えてる?」


って言った私に、


『忘れる訳ないじゃない!!
あんなイケメン!!!』


って興奮しまくってた友達は
二つ返事でホイホイとついて来てくれた。


さっきまでも、すごく興奮してたくせに、
目の前の雄大くんの
イケメンっぷりにヤラれたのか、
友達はポカンと見つめたまま動けなくなっていた。


雄大くんは、私たちの前に1つずつ、
小さな白いお皿を置いた。

そのお皿の上には
小さなチョコレートケーキが
ホイップで可愛くデコレーションされていた。


「俺からのおごりね」

「…へ?」

「今日わざわざ来てくれてありがと」


反則級の笑顔でサラッとこんな事をされて…


ついに友達が「あ、あの…!」と、
裏返った声で雄大くんに話しかけた。


「ん?」

「ありがとうございます…
あ、あたしまで頂いちゃって」

「こんなもので申し訳ないけど」

「そんな事ないですよぉ」


さっきまで私に見せていた顔から
ガラリと変わった友達に
笑いがこみ上げてくる。


どっからそんな高い声出してんだよ(笑)


笑いを必死に押し殺して
友達と雄大くんの会話に耳を傾ける。


「ずっとここで働いてるんですかぁ?」

「いや、5年くらいかな〜
ここの店長に誘われてさ、
その前は普通に会社員してたよ」

「えぇ〜!ビックリー!
なんでバーで働こうって思ったんですかぁ?」

「元々、ここのバーにいつも飲みに来ててさ。
サッカーの試合があると
このバーでサッカー好きの人たちが集まって
みんなで酒飲みながら応援するんだよ」

「うんうん」

「そういう時とか人手が足りないからって
よくお手伝いしてたら“このままウチで働かないか?”
って店長から誘われて…って感じかな」

「わぁ、大抜擢だっ!」

「大袈裟だよ。でも面白そうだな〜って
思って…やってみたいなって」

「へぇ〜なんかすっごーい♡」


一体何がすごいのか分からないし、
友達が笑えるくらいに語尾を上げて
喋るから混沌としてしまったけど…


雄大くん…会社員してたんだ…


まさかの新事実発覚。


でも、雄大くんのことだから
スーツも似合うだろうなぁ。


雄大くんがサービスしてくれた
チョコレートケーキを「いただきまーす」って
ちっちゃい声で言ってからフォークで一口食べる。

口に広がる甘い味に
思わず顔をほころばせてると

雄大くんが私の顔を覗き込んで来た。


「今日は仕事休みなの?」

「え?あ、うん。休み。」


一生懸命話しかけてる友達の会話を
ぶった切って私に話しかけてくるから
ちょっと気まずい。


「なんでウチ来ないの?」

「へっ!?」

「いつでも来ていいよって言ったのに
全然来ないんだもん」

「いや…」

「明日は?夜勤なの?それとも朝から?」

「明日は、夜勤…」

「じゃあ夜勤明けおいで」

「…え?」

「仕事終わったらラインちょうだい。
鍵開けとくから勝手に入って来ていいよ」

「…いや…」

「俺寝てると思うけど気にしなくていいから」


いやいやいやいや!!

何を言ってんの!?

色々何を言ってんの!!??


眉間にしわを寄せる私。

そしてそれ以上にしわを寄せる友達。


私たちをこんな顔にした
当の本人、雄大くんは変わらず笑顔で


「じゃあ俺戻るね、ゆっくりしてって」
って言葉を残して立ち去ろうとするから、
慌てて「なんで?」って聞いた。

いろんな意味を込めて“なんで?”って。


そしたら雄大くんはゆっくり振り返りながら、


「似てるから。こないだも言ったじゃん。」


そう言ってカウンターの向こうに入っていった。


「…え、付き合ってんの?」

「…付き合ってないよ」

「いやいや、付き合ってるでしょ」

「付き合ってないってば!」

「え?じゃあなんであんなこと言ってんの?」

「……」

「私との会話ぶった切って」

「……」

「あんたにしか興味ないじゃん、彼」

「……」

「どうゆうこと?」

「……」

「あんな感じで付き合ってないって方が
不思議でならないんだけど」


雄大くんが私たちの視界から消えてすぐ、
友達はお酒で火照った顔を近づけてきた。

跳ね上げた目尻のアイラインが
滲み始めた目をぐりぐりに開いて
私を質問攻めにする。


「分からないよ、私にだって」

「嘘をつけ」

「…なんか」

「なによ」

「雄大くんは“似てるから”って言ってる、けど…」

「なにそれ」

「だから分からないんだってば」

「似てるって…なにが」

「だか…ッ」

「あんたは彼と違ってモテそうもないし、
容姿だって恵まれてないし
顔だって彼の方が小さいんじゃない?
似てるとこなんて1つもないじゃん」


Oh...なんてストレート。


チョコレートケーキにフォークを
ぐさっと刺した友達は、

雄大くんがサービスしてくれた
そのケーキをガブッと一口で食べた。


雄大くんとの再会を楽しみにして、
メイクだけじゃなく服装や持ち物にも
気合いを入れてきた友達。


自分で言うのも変だけれど…


私にだけ構うような態度を取った雄大くんに
気を悪くしてないかなって思ったけど


「いろいろ面白そうだから
あんた達のこと観察させてもらうわ」


って、少し楽しんでるみたいだった。







-----------------







某ドラマの次回予告に福田くん出てきて
そりゃもう世界中の男の最高峰に君臨してる
(さうの独断と偏見による調査結果)
男のタキシード姿に死にました。

みんなは息してる?

私はさっき2分くらい止まったョ。


来週生きていられるかしら。

Love Liar 【3】

---------------




少し急ぎめにコートを羽織って
今まで着ていた白衣を洗濯機の中に投げ込む。


病院の裏口から出れば、
すぐ近くに見える駅の電気。

夏には虫が群がる駅の電気だけど、
今は冷たい空気が照らされるだけ。


カバンを持ち直して歩くスピードを上げる。


ほんの数分歩けばすぐに着く駅。

誰もいないホームで1つだけ置かれた
ベンチに座ってやっと一息。


「…ねっむ…」


思わず口から出る言葉は

誰かに言ってるわけでも
自分に言い聞かせているわけでもなくて
とりあえず口にしたいだけ。


日勤の日で、外が明るいうちに
帰れたことなんてあったかな…


手元のケータイに映る時間は、
日勤の定時から3時間は軽々と過ぎていた。


こんな時間に帰ってるのには理由がある。


残業。


看護師をやっている上で、
残業がないなんて人、いないと思う。


少なくとも、私の病院では残業が当たり前。


今すぐにでも寝たいけれど
これから10分ほど電車に揺られて、

駅から15分ほど歩かなきゃ
家には着かない。


最初は病院に勤めると同時に
病院の近辺に引っ越す予定だった。


でも、まぁありがちな理由。

家賃がなかなか高かった。


不動産屋で変な汗をかきながら


「もっと…あの、こう…
安いところあったりしますか…ね…」


縮こまった私に、
少しぽっちゃりしたおじさんが
勧めてくれたアパートは
ちょっとボロめのアパートだった。

しかも、病院からは何駅か離れている上に
最寄りの駅から少し歩くからか

最初に目をつけていた
病院の近くのアパートより
格段に良心的なお値段だった。


「でも若い子にはちょっと古いかな?」

「ここにします」


たった10分ならなんてことは無い。


むしろ毎日歩くって健康的じゃない?

ダイエットにもなるじゃん!


なんて軽率な考えを持った
あの時の自分を呪いたい。


家賃を少し高く出してでも
近くに住めばよかったと切実に思う。


夜勤の恐ろしさを知らなかった。

残業の辛さを舐めていた。


何度、電車の中で隣の人に寄りかかって
寝てしまっただろうか。


『本当にちっちゃい頃から寝つきが良くてね〜
寝かしつけるのが楽だったわ。』


って言っていたママの言葉を思い出す。


電車に乗り込んで座った瞬間に
意識が飛ぶなんて日常茶飯事。


片道合計で25分の通勤。

自分が決めたことだけれど、
やっぱりめんどくさいと感じてしまう。


なんでこんなことしなきゃならんのだ…


って思うけど、
ずっとなりたかった看護師。


辞めるなんて選択肢は無い。


…から、
今日も愚痴だけは一人前に吐いて電車を待つ。


数分待つ私の元に来た電車に乗り込んで
唯一空いていた椅子に座る。

最初は車内に人はまぁまぁいたけど
自分の降りる駅名がアナウンスされる頃には
もう人は乗った時に比べて半分以下になっていた。


駅前のスーパーで買った
“スタミナ弁当”と書かれた場所に
30%引きのシールが貼られたお弁当を
持ちながらやっと着いた自身のアパート。

そこでバッタリ会うのは、


「あら、あんたか」

「…オネーさん」


多分、男。でもとても綺麗な
女の人の格好をした隣人。


「相変わらずぶっさいくな顔してるわね」

「オネーさんは今日も綺麗だね」

「当たり前でしょ!誰だと思ってんのよ!」


全くもってその通りだ。


オネーさんは絶対男だと思う。

でも、すごい綺麗。


乳は偽物かもしれないけど

肌だって綺麗だし、
髪の毛もツヤツヤだし

『どうやって歩くの!?』
って聞きたくなるくらいのピンヒールだって
軽やかに履きこなす。


「…なによ」


自分との違いを見せつけられて
思わず見とれていた私に
オネーさんが怪訝な目を私に向けた。


「いや…」

「あんた早く寝れば?タダでさえぶさいくなのに
今日はいつも以上に救いようのない顔してるわよ」

「そうだね」

「しかもなにそれ!夜ご飯?
はぁ、信じらんない!」

「え?」

「そんなカロリーの塊みたいなもの
よく食べれるわね!しかも夜に!」

「…夜だから食べるんじゃないの?」

「はいダメ、はい馬鹿。
あんた男と付き合ったことないでしょ?」


…あるよ。

未だに処女だけど。


「だから足太いのよ、あんた」

「かもね」

「あーもう、あんたと話してる暇なんて
ないんだった。遅刻する!」


思う存分私をディスったオネーさんは
私では歩き方さえ疑問を持つようなヒールで
階段を駆け足で降りて行く。


「オネーさん!」

「なによ!急いでんだけど!」

「仕事頑張って」

「あんたも早く寝な!」


言い方はキツイけど
間違ったことは言ってないし、

今だって少し嬉しそうに笑ってたから
オネーさんは悪い人じゃないと思う。


バックから鍵を取り出して、
鍵穴に差し込む。

家に入って内鍵を閉めて、
玄関のすぐ横にある靴箱に鍵を乗せる。


そこでふと思い出す。


…雄大くんの家の鍵、カッコよかったなぁ。


ガチャガチャしないで、
こう…シュッとしたらすぐ開く感じ。


手洗いうがいをしながら、
適当な部屋着に着替えて
温めたお弁当をテーブルの上で開く。


ごま塩のかかった白いご飯の横には、
玉ねぎとともに甘辛く焼かれたお肉。

そして白身フライに唐揚げが二個。

生野菜は全く無くて、
一番隅っこに申し訳ない程度に
置かれていたポテトサラダも
温めたたせいでビシャビシャになっている。


「確かにカロリーの塊かも…」


さっきオネーさんに言われた言葉を思い出して
少し気後れしたけれど、

そんなのは一瞬で、
お肉の匂いにまんまとやられた私は
30%引きされたスタミナ弁当をペロリと平らげた。







***






隣から聞こえて来る溜息は、
気のせいではないくらいうるさくて、


「ちょっと」


無視できないくらいに耳障り。


「なーんだーい…」

「溜息」

「あぁ、ごめん」


謝ったその言葉とともに、
彼女はまた大きな溜息をつく。


でもその溜息を責めることが出来ない。


なぜなら、溜息を吐いたのが
たまたま彼女が先だったから
私は吐かずに済んだだけであって

もし自分が先だったら彼女以上に大きな溜息を
吐いていたかもしれないから。


「疲れたよぉ…」

「疲れたねぇ」

「帰りたいよぉ…」

「帰りたいねぇ」


今は夜勤明け。

仕事は終わった。


でも、やっぱり残業。


愚痴と肯定を繰り返しながら
指はキーボードを弾き続けて

やっと終わった頃には
横長の窓からは太陽の光が
眩しいほどに入り込んでいた。


私よりも少し早く終わった同期は、
用事があるからと言って
私を残してそそくさと帰っていった。


残された私は眠気と戦いながら
ノロノロと帰り支度をする。


眠い。

いつにも増して眠気がやばい。


早く帰って寝よう。


でもこんな時は

やっぱり…思ってしまう。

何度だって…思ってしまう。



もっと近いところに住めばよかった…

って。


家賃が多少高ついても、
もっと病院から近いところ。

電車に乗らなくて済むような…


そうだな…

例えていうなら…


「……あ…」


気付いた時には、アパートの前にいた。

私の理想とする場所にある、
雄大くんの住むアパートの前。


「何してんの、私…」


意味が分からなすぎる自分自身の行動に
思わず独り言。


本当に意味が分からないぞ、私。


帰ろう。

家に帰ろう。


頑張って帰ればゆっくり寝れるし、
明日は丸一日休みだ。


頭では分かっているはずなんだけど、
私の右手はインターフォンに手をのばして


ピンポーン


そのボタンを押していた。


て言うか平日の…
しかもこんな時間にいるわけないじゃん。


呼び鈴のボタンを押した右手を
宙ぶらりんにさせながら

身体を駅方向に向かせようとした瞬間…


『…はい』


扉の向こうの彼が反応した。


「…お、おはよう」

『…おはよー…』

「…おはよう…」

『…○○ちゃん…』

「へい」

『何してんの?』


隠しているつもりかも知れないけれど
全然隠せていない笑いを含む
雄大くんの声が聞こえる。


なんで私って分かったの?


言いかけた言葉を飲み込む。


よくよく見れば、
カメラが付いたインターフォン。

きっと今、雄大くんには
下からのアングルでばっちりブサイクに映った
私が見えているはず。


恥ずかしいなぁ…


そう思った私の目の前のドアが開く。


「とりあえず入りなよ」

「おじゃましまんもす」

「いらっしゃいまんもす」


前回とは比べ物にならないくらい
ズカズカと入り込んで、

靴を揃えた私を確認してから
雄大くんは内鍵を閉めた。


「どうしたの?」

「…寝かせて」

「へ?」

「ごめん…あとで、説明する」

「え?なに?」

「とりあえず、寝かせて…」

「え、○○ちゃん!?」

「…ぐっない…」


この間コーヒーをご馳走になった
ソファにダイブした。


…いま私、とんでもないことしてる。

…ありえないことしてる。

…超迷惑なことしてる。


頭では分かっているけど
とりあえず、すごくすごく眠くって

身体も口も動かすのがめんどくさくて


欲のままに意識を手放す私に、
フワッと何かが掛かったような気がした。













体のあちこちに痛さを感じて、
むくりと起き上がる。

身体からパサっと落ちたブランケットを
拾い上げて周りを見渡せば…


「雄大くん…家…」


テレビの上にある壁掛けの時計を見ると、
どうやら30分くらいこのソファで
爆睡していたらしい。


コキコキと音を鳴らしながら
首を回してソファから立ち上がって
すりガラス製の引き戸に手をかける。


「ゆうだいくーん…?」


この間は目にしなかった、
引き戸の向こうは意外と狭めの部屋で
ベッドだけが置いてあった。


音を立てないようにゆっくりベッドに近くと、
ベッドの上の布団は上下に小さく動いている。


「雄大くん?」

「……」

「雄大くん?」

「…ん…」


寝起きの雄大くんの顔は
私がときめいた“イケメン”の顔からは程遠い。


「いきなり押しかけてごめんね。
帰るから鍵閉めてね…」


それが面白くて
ついクスクス笑ってしまう私の顔を
雄大くんはまだ半分しか開いてない
ボヤッとした目で数秒見つめたあと、


「ちょっと、待って」


私を引き止める。


「…ん?」

「…話、ある」

「え?話?」

「…ん、だから待って」

「待つって…どこで?」


話があるって言ったくせに
一向に起きそうにない雄大くんに、

キョロキョロと周りを見渡していると
目の前の布団がガバッと開いた。


「…とりあえずここにいて」

「は!?」

「…ソファ寝にくいでしょ…」

「なに、言って…」

「…ここ」

「……」

「寒い…」

「……」

「早くして…」

「……」

「○○ちゃん」

「……」

「…聞いてる?」

「あ、はい」


ついうっかり。

あの、ダメな口癖。



またやってしまった…


そう後悔した時には
既に私は腕を掴まれて、

布団の中に引っ張り込まれていた。


「…ん…」


雄大くんは布団の中に
引っ張り込んだ私の体をぎゅっと抱きしめて


「…おやすみ…」


また深い眠りへと落ちていく。


目がぐるぐる回る。

なにが起きてるのか。


て言うか…

雄大くん、なんでド平日の
こんな時間に家にいて寝てるんだろ…

仕事休みなの?

はたまたあなたはニート



緊張みたいなものはしているんだけど、

でも、何故か雄大くんの腕と匂いに
不思議とこころは落ち着いてくる。


「…おやすみ…」



この日私は初めて、
男の人の腕の中で眠りについた。

それも、付き合ってもない
男の人の腕の中で眠りについた。







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