さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

不器用なアイツ。【9】


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水族館で彼女とデートをしてから、
俺はずっとシャアの今までの事を調べた。


同期に聞いたり、
他の部署の女の子に聞いたり。


女の子に積極的に話しかけてる俺を見て、


『ついに福ちゃんが彼女作る気になった!!』


と、上司は大きな勘違いをして
喜んでいた。


彼女作る気になったっていうか、

彼女にしたい奴の為に頑張ってるんだけどなぁ…


今さら上司に説明するのもめんどくさいから
そのままにしておいたら、


『で、今のところ1番お気に入りはどの子?』


って聞いてきたから、


『体重が意外と重い女っすかねぇ…』


って答えたら、


『福ちゃんってデブ専なの?』


って真顔で聞き返されて
腹が痛くて仕方なかった。





シャアのことを調べていたら、
今までのあいつのクソみてぇな
行いが露わになって、

その被害者の女の子達が
それはもう惜しみなく
俺に情報を与えてくれた。


中には、


『え?あいつにやり返せるの?
いろいろと協力したいんだけど!』


なんて、言い出す女の子もいて

女ってマジで怖ぇなって思って
少し震えた。



でもほとんどが、
月にこのくらいの金額でどう?って言われた。

とか、

飲み会の帰りにお持ち帰りされたけど
その後適当に扱われた。

とか、


その程度の話ばっかで、

これといって決定的な何かが
あればって思ってたところに、

その人が来た。




『すみません』


大体の人は帰って残業組だけ
残ってたところに、

もう私服に着替えて帰ろうとしてる
女の人が扉から顔だけ出して声をかけて来た。


『はい』

『これを福田さんって方に渡して欲しくて』

『福田?』

『はい。この部署にいるってお聞きして…』


その人が渡してきた茶封筒を受け取りながら、


『福田は僕ですが…』


と、答えるとその女の人は目を丸くして


『早く言ってよ!!』


って大声を出した。


『おお…すいません…』

『じゃあいいや、直接話します』


半分俺の手に渡ってた茶封筒を
ひったくったその人は、


『あの人の事について、
調べてるって聞いたんですけど…』


真剣な目をしながら俺を見る。


『…へ?』

『あの人です、あの人。』


誰のことがすぐに理解した俺は
ああ、はい。と、頷く。


『もう辞めちゃったんだけど…
前に勤めてた私の同期に会ってくれませんか?』

『…前に勤めてた?』

『そうなんです。
ぜひ会って欲しくて、話聞いて欲しくて。』

『……』

『福田さんが時間あるときで大丈夫です』

『あ、はい』

『なんか…忙しそうだし…』


目線を俺の後ろにそらしながら
そう言って、


『私の連絡先渡しておくので、
落ち着いたら連絡ください。
残業中に失礼しました。』


ペコリと頭を下げて帰って行った。





そしてその日の夜に連絡して
その“前に勤めてた人”とやらに
週末に会うことが決まって

少し離れたところに住んでるその人に
会いに行った。


指定されたファミレスで
ボーッと待っていると、


『おじさん、おまたせ』


小さな女の子が現れて


『…おじさん!?』


と、ショックを受けてた俺の目の前に


『すみません!この子ったら!!
本当にすみません!!』


慌てた様子で入ってきた母親は
自分より少しだけ年上なんだろうけど、
頬にあるそばかすが幼さを感じさせた。


『福田さん…ですよね?』


息を整えながらそう聞く母親に、


『はい、そうです。
今日はわざわざありがとうございます。』


お辞儀をしながら席に座るように促した。



『この子にお昼だけ食べさせちゃっても
いいですか?』


と、言って頼んだお子様プレートと
ドリンクバー3つ。


全てがテーブルに揃ったところで
母親が子供の頭を撫でながら口を開いた。


『もうすぐ3歳になるんです、この子。』


エビフライを口に頬張りながら、
ハンバーグにも手を伸ばす子供を
愛おしそうに見つめる。


『だから私が勤めてたのも、
もう3年前ですね…』

『同期の方とは今でも…』

『ええ、彼女はあの時の同期の中で
唯一未だに会ってくれるんです。
あんなことあった私に…』

『あんなこと?』

『今日の本題です』


少し困ったように微笑んだ彼女に、
俺も眉毛を垂らしながら応えた。


『私、あの人と恋人同士だったんです。』

『え?』

『大好きでした。』

『……』

『恋も仕事も順風満帆。
この世に私以上に幸せな人なんて
いないと思ってた。』

『……』

『そしてある日ね、私…妊娠したんです。』

『えっと…』


思わずお子様プレートに夢中になってる
女の子に目を向けてしまった。


『彼とはいずれ結婚したいと思ってたし、
いいタイミングだとも思った。』

『……』

『でもね、言われちゃったんです。
結婚する気なんてないって。』

『…え?』

『堕ろせって』

『……』


同じ男として、
その言葉がいかに無責任で…
女性に対して言ってはいけない言葉か。

子供を作ったことなんてない
俺にだって分かる。


固まって動けなくなる俺をよそに


『といれ〜!』


何も分からない子供はピョンと
ソファを飛び降りてトイレへと駈け出す。


『愛されてると思ってたけど、
彼には他にも付き合ってる人がいたみたいで…』

『……』

『私なんてそのうちの1人だったんですよね』

『……』

『そのことに気づいたのも、
ずっと先の事なんですけど…』

『……』

『ちょうど彼はその時に
大きな仕事を任されていて…
仕事の邪魔になるから
そう言われたのかと思ってたけど。』

『…あの子は…』


さっきまで夢中でお子様プレートを
食べていた女の子が
かけて行ったトイレへと目線を移す。


『そうなんです…あの人の子供です。』


ハッキリとした口調でそう答えた。



『本当に、素敵な人だったんですよ?』


昔を思い出すように、
ゆっくりと記憶をたどるように話す。


『最初は、普通に同僚として仲良くしてて…
仕事も出来るしでも気さくに話しかけてくれるし…
人気者の彼に惹かれるのに、
そう時間はかからなかったです…』

『…人気者、だったんですか?』

『むしろ今の彼の嫌われっぷりを聞いて
ビックリしてます。
私が会社にいた頃は
彼のこと悪く言う人なんていなかったから。』


笑いながらそう言う彼女は、
自分の娘である子供がこぼした
オレンジジュースを
紙ナプキンで拭き取りながら続ける。


『福田さん…あの人、
今そんなに酷いんですか?』

『…いやぁ、その…』


俺が死ぬほど嫌いな相手でも、
彼女からしたら“人気者の彼”

今でもそう思って懐かしみながら話す
その姿を目の当たりにして


いろんな女の子と、
金使ってヤリまくってます。


なんて言えなかった。


『まぁ、そうよね。
私もあの子と一緒に彼に捨てられたようなもんだし』

『……』

『昔から彼にはそういう素質があったのかも』


トイレから帰ってきた子供を
視界に入れながらクスクスと笑う。


『ままぁ。といれね、ひといっぱいいたぁ』

『ちゃんと手洗ったの?』

『あらったぁ』


びちょびちょに濡れた手を差し出す子供。


『洗ったなら拭くまでしなきゃ』

『はんかちない〜』


バックからハンカチを取り出して
綺麗に手を拭いてあげながら
彼女は俺の方を見る。


『この子の目元、あの人にそっくりなの』

『目元…』

『最初はね、すごい辛かった。
喜んでくれると思ったから。』

『……』

『“堕ろせ”って言われるなんて、
思いもしなかったから。』

『……』

『社内では有る事無い事たくさん噂された』

『……』

『女って本当に怖いんですよ?
昨日まで仲良くしてたのに
手のひら返したように攻撃してくるんだから』

『それは…ちょっと分かります』


苦笑いした俺に、


『福田さん、何か身に覚えがあるんですか?』


なんて、彼女は笑った。


『会社に行くことなんて出来なくなって、
仕事も辞めて
もう何もかもどうでもよくなったんです。』


まだ言葉の意味が分からない子供は
彼女の言葉を気にもせずに
嬉しそうに手を拭いて貰ってる。


『…すみません…辛い事思い出させちゃって』


テーブルに顔がつくくらいに
頭を下げた俺に、


『やだ、顔あげて下さい…』


慌てる彼女。


申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら
顔を上げると、

笑顔で子供を抱く、
強い母親の姿が目に映る。


『確かに辛かったです…
辛くて辛くて、お腹の子供と一緒に
死んじゃおうかと思った事もあったけど、』

『……』

『福田さん、私ね今無敵なんです。』

『無敵…?』

『…この子がいるから』


目が無くなるくらいに
微笑んだ彼女の言葉を、
俺は一生忘れないと思った。



俺が情報を集めたことをきっかけに
今までずっと我慢していた
女の子達のリミッターが外れたっぽく、

気付いたら面白いほどに
上層部の方まで
奴の今までの行いが筒抜けになっていた。


とんでもない仕事量をこなしてた
エリートな奴を、
咎めることが出来なかったのは
結局は同じ部署の人たちだけで


上が決めたことには
誰1人歯向かうことは出来ない。


奴はすぐに海外転勤を命じられた。



そのことを前に勤めてた、
あの子持ちの人に連絡したら


『ザマァwww』


って連絡が帰ってきて、
ケータイを見ながら爆笑した。





これでもう安心だ。


奴が彼女の前に現れることはない。


そう思うと、たまらなく嬉しかった。


『もしもし?』

『もしもしー?』

『今日も安心安全ですねぇ』

『…福田くん残業のし過ぎで
頭おかしくなってるの?』


何気ないか彼女との電話も、
楽しくて仕方なかった。


『あ、福田くん!
今日正社員の話受けますって言ってきたよ』

『…上司、喜んでたろ?』

『ありがとうって言われちゃった』

『良かったですねぇ』

『お礼言うのはこっちの方なのにね、
私なんか正社員にとってくれて』

『頑張ってください』

『頑張ります』


俺は甘い言葉とか、
女子が喜ぶような
歯の浮くようなセリフは言えない。


でも、彼女が安心できるように
安心して泣けるように

彼女を守ってあげたいとは思う。


彼女は何も知らなくていい。


何も知らないで、
俺の前で泣いていればいい。



『前に話した正社員だけが
持てる社員証の写真ね明日撮るんだって!』

『おー、めーいっぱい化粧してけー』

『素材勝負でいく』

『変な意地はやめとけ』



彼女の声を聞きながら、


“この子がいるから無敵なんです”


と言った、あの母親を思い出して


俺にとって無敵になれる存在は

この電話の向こうにいる
彼女だなって思った。




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ふっかとあたし。


ヤンキー岩本くんの中の
ふっかと主人公ちゃんのお話。

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『○○さんって
ふっかと付き合ってるんですか?』


放課後、昇降口でふっかを待っていたら
いきなり知らない女子に声をかけられた。



今日は元々、ふっかと岩本くんと3人で
新しくできたカフェに行く予定だった。

そこのパンケーキが絶品らしいって
うわさを聞きつけた岩本くんが
3人で行こうって声をかけてくれて。


でも、自分から誘ったくせに
筋肉バカな岩本くんは


『俺今日ジムなの忘れてた』


とか言ってドタキャンしやがって…

でももうパンケーキモードに
入ってたあたしが
パンケーキ食べたいパンケーキ食べたいって
ギャンギャン喚いたもんだから
ふっかと2人で行くことになった。


だからクラスの違うふっかと
放課後待ち合わせるために
昇降口でふっかを待ってたんだけど…




『…はい?』

『よく2人がカフェにいるところ見かけたって
いろんな子が言ってるんです…』


なんだか面倒くさいことに
巻き込まれてるっぽい始末。



その子は今にも泣きそうな顔をしながら
手を震わせてあたしにそう言う。


このシチュエーション、見たことある。

現実世界では見る…
っていうか経験するのは初めてだけど。


こーゆうこと本当にあるんだな。

漫画とかドラマであるやつ。


この子、ふっかのことが好きなんだ。


『ど、どうなんですかッ!?』


いつまでもボケっとした顔で
反応しないあたしに
その子のボルテージが少しずつ上がっていく。


『どう…って?』

『ふっかと付き合ってるかどうかです!!』

『…そんなおっきい声出さなくても…』


思わず少し笑いながら
そう言ってしまったあたしに
その子の隣でずっとあたしを睨んでた
別の女までボルテージを上げて喚いてくる。


『てゆーかあんたのその態度なによ!!
この子がどんな気持ちか分かってんの!?』

『……』

『この子1年の時から
深澤のことが好きなのよ!!』

『……』

『それを急に現れて2人で仲良くして!!』

『……』

『ちょっと聞いてんの!?』

『……』

『うんとかすんとか言ったらどうなのよ!!』

『すん』

『あんたねぇ!!!!』



付き添いで来た女の怒鳴り声に、
ついに今まで泣きそうに
手を震わせていた子が泣き出してしまった。


泣く女に喚く女。


面倒なことに巻き込まれた、本当。


当の本人のふっかは未だに
来やしねーし。


ふっかのせいで大変なことになってるから
早く来いってラインを送ろうと、
ケータイをポケットから
取り出そうとした瞬間に


『…あんた、岩本照とも
2人で遊んだりしてるわよね』


付き添い女が口を開いた。


ん?

なに?



そんなの当たり前じゃん。


3人で仲良くしてんだもん。




ふっかがバイトの日は
岩本くんと2人で放課後遊びに行くし、

岩本くんがジムの日は
ふっかと2人でカフェに行くし、


だからあたしが用事ある日…

は、あんまりないけど、


部活顔出すから先に帰っててって
言った日とかは

男2人でゲーセン行ったり
してるみたいだし。


友達ってそんなもんでしょ。


それがどうしたこの女。


そんな目で睨んできて。



『深澤に岩本に…あんた男好き?』



その言葉に、全てを悟った。


低レベルすぎる、この2人の女の脳ミソ。



『岩本はどうかしらないけど、
深澤はみんなに優しいんだよ…
あんただけじゃない!』

『……』

『それにこの子は、1年の時から…ッ』

『だから何?』

『は!?』

『1年の時からふっかの事好き。
だから何?』

『な、何って…』

『あたしじゃなくて
ふっかに言うべきことあるんじゃないの?』


あたしのその言葉に、
泣いてた子は赤い顔をもっと赤くする。


『それに、あたし
ふっかとは付き合ってないよ』

『…じゃあ2人で会ったりしないで…ッ』


涙をこぼしながら、
反論してくる。

でも、ごめんね?


『やだ』

『…え?』

『それは出来ない』

『なんで?』

『友達が2人でカフェに行っちゃダメなの?』

『…でもッ』

『あたしとふっかは一生友達よ』

『…ッ…』

『あたしはふっかと付き合ったりしたくない』

『……』

『ふっかはたとえあたしが性転換して
男の姿で目の前に現れても
今と変わらず接してくれる。』

『……』

『男の姿になったあたしにも
カフェ行こうって言ってくれるの。』

『……』

『そんなふっかと付き合ったりしたくない』

『……』

『彼氏彼女なんて関係になりたくない』

『……』

『ふっかのこと、1年の時から好きなら
あたしの言いたい意味分かるよね?』


深く頷く女の子。


『だからあたしとふっかは一生友達』

『……』

『あたしに構う暇あったら、
ふっかに直接言うべきことあるでしょ』


それだけ最後に口にして
その場を立ち去った。



ふっかのことは心の底から尊敬してる。


だからこそ、

付き合ったりしたくない。


一生友達でいたい。


親友でいたい。



岩本くんに対する気持ちとはまた違う。


ふっかにだけ抱く、気持ち。





ふっかのことが、


友達として大好きだから。





さっきの女の子には悪いけど

ふっかと2人で会ったりしないでなんて
無理な話。



昇降口から少し離れて、
もう誰の目にもつかないとこまで歩く。


さっきまでは余裕たっぷりに
振舞ってたけど

1人になった途端、
気が緩んで少し涙が溢れてきた。


『…ッ、』


制服の袖を目に当てたあたしのポケットで
ケータイが鳴った。




深澤辰哉:ごめん!下痢!


深澤辰哉:もうちょい待ってて!!




さっきまで溢れていた涙がカラッと乾いて、


マジで感動返せって思った。





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岩本くんの元カノちゃんが現れる
1ヶ月くらい前の時期に起こった話。

ふっかとあたしの関係性のお話。

ヤンキー岩本くん。【7】


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『みんな飲み物いったーー???』


いや、だから…


『食べ物まだ来てないけど
とりあえず始めちゃおっかー!』


だからさ…


『ウェェーーーイ!!!
今日は楽しみまっしょーーいッ!!!』


なにが…


『カンパーーーイッッ!!!』



あたしを励ます女子会だ、コラーー!!



横には自分と同じ制服を着た女の子達。

そして向かいには自分が通う学校とは
違う制服を着た男の子達。


これは完全に俗に言う…


『ちょっと、○○。
もう少し楽しそうにしなさいよ。
あんたの為に他校の男の子呼んだんだから』


主催者である友達が
コッソリと耳打ちしてくる。


彼女は中学から一緒の友達。

高校に入ってから同じクラスには
ならなかったけども
ちょいちょいと連絡を取っていた間柄。

だからあたしが学校内でも有名なヤンキーと
仲良くしていた事も知っていた。


いい意味で程よく無関心な彼女は
深く干渉したり、
興味本位であれこれ聞いてきたりしてこない。

だからその彼女の性格に感謝しながら
この夏休みにあったことを
電話で話したところ、


“女子会でもして励ますよ”


って言ってくれた。



なんだか照れくささもあったけれど、
ちょっと気持ちが弱って時だったから

ありがとう、と返事をして
指定されたカラオケ屋に来たのに…


こんなの完全に…




合同コンパニオンというやつじゃねーか。



『…あたしを励ます会だと
お伺いしたのですが?』


ウーロン茶の入ったコップを
握りながら友達を睨みつける。


『励ましてるじゃん』

『女子会だってお伺いしたのですが』

『励ますのに男も女も関係ないでしょ』

『むぅ…』

『しかも東高よ?進学校!』

『……』

『顔だっていいの揃えたのにっ』

『……』

『むしろ感謝して欲しいくらいだわ』


プイッとそっぽを向いた友達の
ロングヘアが頬に当たる。


友達の言う通り、

目の前にいる人たちをカッコいいとは思う。


確かにみんな顔だって整ってるし、
頭の良い雰囲気も出てる。



でも、私は




誰よりもカッコ良い人を

もう知ってる。


『…はぁ、』


誰にも聞こえないくらいの
小さいため息をひとつ吐いて
背もたれに倒れる。


アゲアゲなテンションの歌を
盛り上がりながら歌ってるみんなを
少し離れたところでボーッと見ていると

右側の席がポスンと沈んだ。


ウーロン茶を口にしながら沈んだ方に
チラリと目線だけを向けると

爽やかなツーブロックショートヘアの
男の子が笑いながらあたしを見ていた。


『どーも』

『あ、どうも』

『○○ちゃん、つまんない?』


さっき自己紹介した時に言った
自分の名前をナチュラルに呼ばれる。

あたしはもうすっかり男性陣の
名前なんて忘れたのに、

…て言うか覚える気もなかったけど


彼はしっかり覚えて、呼んでくる。


『つまんないとゆーか…』

『ん?』

『ノリがいまいち分かんない』

『ははっ、確かに今この部屋
パリピ感半端ないもんね〜』


軽く笑ったツーブロの彼は
テーブルに手を伸ばしてコーラを飲んだ。


『友達の子から聞いたけど、
○○ちゃん、ヤンキーに振られたんだって?』


はうあ!

いきなりの発言に
胸がゴリッとエグられる。


『キスした上に怒鳴りつけて逃げたんでしょ?』


うっせーな!!!


どこまで知ってんだよ!!!


つーか、誰だ貴様は!!!


『やべーじゃん!俺そーゆうの超好き!』


知んねーよ、お前の好みなんて!!!



ぐびぐびぐび!


握っていたウーロン茶を一気飲みした。



忘れたいんだよ!その事は!!


空になったコップをテーブルに乱暴に置いて
部屋を出た。


くっそー、くっそー。


なんだあのツーブロ野郎。


爽やかな顔面しながら
人の心に土足でドカドカと!!


イライラする気持ちとは裏腹に
なんか笑えてくる。


『そっか、あたし岩本くんに
キスしたんだった。なんかウケる。』


1人でクスクス笑っていると、
肩をトントンと叩かれた。



振り返った先には、


『…付いてくんなよ、マジで。』


さっきのツーブロ野郎。


『そんなに邪険にしなくてもいいじゃん』

『何か用ですか?』

『会ってみたかったんだよね、俺。』

『は?』

『○○ちゃんに。』


本当になんなんだろう、こいつは。


眉をひそめながらそいつを
睨むあたしとは正反対に
ニコニコと楽しそうに話し始める。


『○○ちゃんが振られたヤンキーくん、
普通に俺らの学校でも有名でさ』

『……』

『あんないかつくて怖いヤンキーくんと
仲良くしてたってだけでビックリなのに
キスした上に怒鳴りつけるなんて』

『……』

『どんな子なんだろうって
会ってみたくなっちゃってさぁ』

『…わざわざ会うほどの女でも
なかったでしょ?』

『わざわざ会うほどの女だったよ』

『は?』

『気に入っちゃった。』

『は??』

『2人で抜け出そうよ』




18年間生きてきたけど、
なんかすごい世界だ。


顔も見たことない人間に対して
話を聞いただけで興味を持って、

会ったその日に2人で抜け出そうなんて
言っちゃうとか。


誘ってくれた友達には悪いけど
もう帰らせてもらおう。


そう思って目の前のツーブロ野郎から
目を逸らして、
部屋に戻って荷物を取りに行こうと
思ったあたしの視界に


『…っ、』


進学校である東高でも
知られているくらいに、

有名なヤンキーが映った。


『ね?2人で話そーよ。』


目の前のツーブロ野郎の声なんて
耳に入って来ない。


白いTシャツに黒スキニーにリュック
っていうシンプルな格好なんだけど、

そのスタイルの良さとオーラで
迫力は満点のヤンキー…

もとい、こないだ振られた相手。


岩本くん。





『おーい。○○ちゃーん?』


ガッツリと合ってしまった目をそらす。


なんでこんな時に限って。


そりゃあ岩本くんだって
夏休みだし友達と
カラオケにくらい来るだろうけどさ。


なんで今日。

しかもなんで同じカラオケ屋。


しかもよりによって、

こんなツーブロ野郎と
2人でいるところに。



落とした視線の先にある
ローファーが滲んできた。


あごに梅干しが出来るくらいに
ギュッと唇を噛み締める。



軽い奴って思われたかな…

勝手にキスして怒鳴りつけたくせに
こんなとこで他の男の子と2人でいて。


あたしは指定されたカラオケ屋に来ただけ。

女子会って聞いてた。

励ましてくれる女子会だって。

男の子がいるなんて聞いてない。


言い訳する言葉なんてたくさんある。

本当のこと。


でもそんなこと岩本くんは知らないし、
言ったところで

彼からしたら、だから?って話。



…でも。


軽い奴って思われるなんて、

悲しすぎる。



告白させてもらえなかったけど、

勝手に振られたけど、


やっぱりあれからも
心のどこかでは岩本くんに会いたくて
仕方なかった。



今はもう遅いけどさ。



自嘲的な笑いがこみ上げてくる。


一周回って自分のタイミングの悪さが
面白すぎる。



もー、なんだっていーや。


投げやりな気持ちになって
この目の前にいる
顔と頭だけは良いツーブロ野郎に
愚痴くらい聞いてもらおうかと
思った次の瞬間、


あたしの腕が痛いくらいに引っ張られた。


『…ッ!?』


もつれる足にあわてながらも
無理やり動かされる身体についていく。


『え、ちょっと!』


いきなり起きた出来事に、
ツーブロ野郎がとっさに反応したけど…


『あぁ?』

『あ、なんでもないです。』


…はえーな。


振り返りながらドスの効きまくった
超絶低音を発したヤンキーに
ビビりまくりのツーブロ野郎は
あたしだけを生贄にすることを
即座に選んだらしい。


いい判断だよ。


だって、このヤンキー。

あたしの腕を引っ張るこのヤンキー。


超怖い顔してるもん。


多分人ひとりくらい殺してきたな。


そんくらい怖い顔してる。


あたしも殺されるかもしれん。



岩本よ…

やるなら一思いにやってくれ…



馬鹿のことを考えながら
されるがままのあたしを
岩本くんは店の外まで連れてきた。


スタッフが出入りするだろう
裏口付近まで歩いたところで、


『岩本くん…腕痛い…』


やっと声を発したあたしに


『あ、悪ィ…』


岩本くんも反応してくれた。



『……』

『……』



気まず〜。



お互い黙り込む気まずい空気が
少し流れたところで、


『急に、悪い』


岩本くんが話し出した。


『……』

『腕、大丈夫か?』


コクリと頷くあたし。


『そっか、良かった。』

『…何?』


ホッと胸をなでおろす岩本くんに
向かって出たあたしの声は
ビックリするくらい低かった。


『…え、』

『…岩本くんが…
何がしたいのか分からない』

『……』

『プールでの事なら…謝る…』

『……』

『だからもう気まぐれに優しくしないで…』


告白してもないのに振られた相手に
優しくされたくない。


あたしの気持ちに応えるつもりもないのに
なんでこんなことするのか

期待させるだけさせて
どうせまた“ごめん”って言ってくるんでしょ?


『帰るから…手、放して』


ずっと掴まれたままだった腕を
振り払おうとした瞬間に
グッと力を入れてまた握り直された。


『嫌だった』

『…え?』

『お前が男と2人でいるのが』

『…なに、』

『すげぇ嫌だった…』


岩本くんはその容姿に似合わない
小さな声でポソポソと喋る。


『何度もお前に連絡しようと思った。

…でも、出来なくて…

ふっかに頼んで連絡してもらってたけど
お前全然誘いに乗ってくれないって
ふっかに言われて…』

『……』

『プール掃除してた時に
ふっかがお前連れてきてくれて、
すげぇ嬉しかった。

…久々にお前に会えて。』

『……』

『ずっとお前に会いたかったから。
夏休み中、ずっと。』

『…いわも、』

『でも、これが好きなのか
分かんねぇんだよ…』


目にかかった前髪をガシガシと
手でかきむしる。

苦しそうな顔に、苦しそうな声。


『会いたいと思うし…
男と2人でいたら嫌だとも思う…』

『……』

『でも、お前を好きだからそう思うのか
それが分かんねぇんだよ…』

『……』

『プールでの事だって、謝んなくていい。
つーか、謝んな。』


…開いた口がふさがらない。


なんなのこいつ。


何言ってんの?



『今だって、手ぇ放したくねえ。
離したらさっきの奴のとこ行くんだろ?』

『……』

『そんなの絶対嫌なんだよ…』


…目の前にいるこいつは、
あたしのことを好きかどうか分からない言う。



でも、

夏休み中あたしに会いたくて仕方なくて。


会えた時は嬉しくて。


キスされた事は謝られたくなくて。


他の男と2人でいたら嫌らしくて。



でも。それでも。


あたしのことを好きかどうか分からないと言う。


本当に、馬鹿なんじゃないの?

そんなの、
好きって言ってるようなもんじゃん。


告白してるようなもんじゃん。


どうしようもない、こいつ…

どうしようもないけど、


どうしようもないくらいに…


愛おしい。



込み上げる気持ちを抑えきれなくて
あたしは目の前のその
たくましい体に抱き付いた。


『…うぉッ!』


ビックリしながらも反射的に
あたしの背中に手をまわす岩本くん。


『岩本くん…勝手過ぎるよ』

『……』

『あたしの気持ち考えた?』

『…悪い…』


申し訳なさそうな岩本くんが
あたしの背中に回していた手に
力を入れた。


『お前、ちっちゃいな…』


…またそんなこと言う。


本当にどこまでも最低で
無神経でどうしようもない奴…


でも、
あたしの好きな人。


『岩本くんがおっきいんだよ』

『かもな』


半笑いでそう答えた岩本くんの
厚い胸板に顔を押し付ける。



覚悟しとけヤンキー野郎。


堕としてやる。


あたしのこと好きで好きで
たまらなくしてやる。



早く夏休みが終わればいい。


そしたら、毎日会えるから。


またあの踊り場で、
一緒にご飯たべれるから。



君はもうあたしだけのもの。





岩本くんの背中に回した腕に力を入れて
その広い背中に少し爪たてた。








fin.



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不器用なアイツ。【8】


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うるさいくらいに耳元で
泣いていた彼女の声が
少しずつ小さくなってきた。


もう首元の服は涙で濡れまくりだし、

首に回されていた腕は
泣いたせいで体温が上がった
彼女のせいで少し汗ばんでるし、

それでも離そうとしなかった俺は
相当彼女が心配で。


『落ち着きましたか?』


彼女にそう聞きながら
自分自身にも問いかけた。


コクン、と1つ頷いた彼女の肩を
押して顔を覗き込むと

本当に不細工。


『相変わらず不細工な泣き顔だなぁ』


顔を隠すようにひたすら
うつむく彼女が
笑いながらそう言った俺を殴る。


さっきまで泣いてたのに、
今度は怒っている。

コロコロ変わる彼女の表情を
変えているのは俺自身。


俺が彼女の表情を変えている。


そう思うともっと彼女を
振り回してやりたくなる訳で、

俺は俯いたまま、目をこする
彼女の腹に手を回した。


『…え?』


今度は困惑し始める彼女。


『…え?え?え?』

『せーのっ』

『…ッッギャァァアアア!!!???』


彼女の困惑した声を無視して
身体を担ぎ上げた瞬間
彼女が大声で叫んだ。


完全に近所迷惑。


ギャーギャー喚くたびに
俺の肩から落ちそうになる
彼女の身体をしっかりと支える。

彼女のそんなに軽くない身体を
担ぎながら向かうのは、
寝室だと思われる扉。


両手が塞がってるから
足でその扉を開けてみれば、
やっぱり寝室だったその部屋に
置いてあったベッドに彼女を放り投げる。


『ぎゃっ!!!!』


情けない声を出しながら
ベッドにダイブする彼女。


『寝ろー!もう今日は寝ろー!』


布団を投げてそう言うと、
彼女は怒りながら


『もう!なんなの!?やめてよ!!』


そう叫ぶ。


投げられた布団から顔を出した彼女は
俺が手に持っている枕を目にすると
きゅっと眉をひそめた。


『それ投げたら怒るからね!!!』


…もう怒ってんじゃん(笑)


なに可愛い事言ってんだよ。


『怒ってみろよ(笑)』


彼女の怒りをわざと煽るように
そう口にして全力投球した枕は
彼女に当たらずに近くの時計に当たって
その時計が床に落ちた。


口をポカンと開けて
その時計を見る彼女。


泣いて、怒って、困惑して、ビックリして。


俺に良いように
振り回されて。


本当に可愛い。


その可愛さに何故か笑いが込み上げてきて、
俺は腹を抱えてゲラゲラと笑った。


時計を拾おうとしながら
そんな俺を呆れながら見る彼女に


『こないだも思ったけど、
○○って見た目よか意外と重いのな!』


結構前から思ってた事を言ってみると、

顔を真っ赤にしながら


『まじムカつく!!』


と、叫びながら
枕を投げ返してきて。


泣いてる顔もいいけど

怒ってる顔もいいかも…


なんて、馬鹿みたいなこと思った。



『○○〜』

『何』


俺の呼びかける声に
全開でふて腐れる彼女。


『…誕生日、やり直さない?』

『は?』


まだちょっと体重の話を根に持ってるのか、
低い声で聞き返してくる。


『誕生日、やり直そうよ』

『やり直すって?』


ベッドに腰掛けた俺の隣に
腰掛けてくる彼女。


普通男がベッドに座ってきたら
少しくらい身構えてもイイのに
彼女は何事もないかのように
隣に座ってくる。


だからあんなことされんだよ。

隙だらけ過ぎるだろ。


一瞬にして頭が痛くなる。


『誕生日、俺が祝ってあげる』


でも彼女にさっきのことを
思い出させたくない俺は
悟られないように気を付けながら
話を進める。


『…はぁ』

『週末…ってか、明日明後日か…バイトは?』

『明日は入ってるけど明後日は休み。』


カレンダーを確認する為に
少し前のめりになった彼女から
フワッとシャンプーの匂いがして、

水族館に行こうと誘った俺の方に
振り返りながら、


深海魚も見たい


と、マニアックな事を言った彼女に
小さく唾を飲む。


シャンプーの匂いと、
まだ顔に残る泣いたあと、

赤くなった瞼と鼻が
なんだか幼さを感じさせて…


『マニアックだなー』


抱き締めたい衝動に駆られた俺は
慌てて彼女から目をそらして
ベッドから立ち上がった。


さっきは雰囲気というか
流れ的に許される感じだったけど、
もう1回この状況で彼女を
抱きしめるのはさすがに俺でも出来ない。


だからもう帰ろうと思ったのに、


『…帰るの?』


ベッドに座ったままの彼女は
上目遣いでそう言ってくる。


なんだよその顔。

狙ってんのか。


そう思いたくなるくらい
彼女の表情は反則的で、


『…今日のところは帰ります』


困り果てた俺はそう言って
彼女の頭をポンとするのが精一杯だった。


俺の後ろをポテポテと付いてきた彼女は
玄関に付くと、俺に向かって


『福田くん…本当にありがとう』


小さな声だけどしっかりとそう言ってくる。


でも彼女の顔はいまいち浮かれない。

きっと色々と考えてるんだろう。

俺に迷惑をかけたとか、
そんな事だろうけど。


『何が?』


何も気にしなくていいのに、
どこまでも周りにばっかり気を使う彼女に
そう声をかけると
少しビックリした顔をする。

その顔に痛々しそうに腫れる
左頬に触れると、
彼女の顔が少しだけ緩んだ。


『誕生日に何か欲しいものある?』

『…欲しいもの?』

『そう、俺サプライズとか無理だから
直接聞いとこうと思って』


きっと辰巳とかなら
女の子が喜ぶようなサプライズを
サラッとこなせるんだろうけど
俺には無理。

だから潔くそう言うと彼女は
吹き出しながら


『じゃあケーキがいい』


笑顔でそう言う。


『ケーキ?』

『イチゴがたっぷりのったまあるいケーキ』

『ケーキでいいの?』


もっと贅沢なもの欲しがればいいのに…


『うん。とびっきり大きいサイズのね。』

『りょーかい』


今日シャアにぐちゃぐちゃにされた
ケーキよりももっと大きくて
イチゴが大量に乗りまくった
ケーキ買ってやろ…

と心に小さく決めた。


彼女の家を後にして、
家まで1人で歩く。


さっきまでは彼女の事が心配で
考える暇なんてなかったけど…


『…チッ…』


フツフツと込み上げてくる怒り。

涙さえ出そうになってくる怒りに
とりあえず誰もいない事を確認して
電信柱を蹴っておいた。





***




『…なんで休日なのに
仕事なんてしてんだろうな、俺ら。』


横で先輩がボヤく。


『なんかいつもの事過ぎて
慣れてきましたよ、俺。』

『やめろ福ちゃん。
会社の犬になんてなるな』

『俺より先輩のが犬に片足
突っ込んでると思いますよ』

『間違いねぇな』


顔を見合わせて笑う。


明日は彼女とデートする。


絶対に仕事なんて入れるわけには
いかないから今日どうしても
終わらせたい俺は
ひたすらに仕事を片付けていた。


『福ちゃーん。コーヒーいる?』


先輩が椅子を立とうとしながら
そう声をかけてくれるから、


『俺行きますよ』


と、先輩を制して席を立った。


コーヒーをコポコポと淹れながら
廊下に目を向けると、


『…あ…』


今1番会いたくない人物がそこにいた。


金髪の髪をワックスで整えて
高そうなスーツを見に纏い、
ポケットに手突っ込んで
何語か分からない言葉で
ケータイの向こうの人と話している。


その後ろ姿を睨んでいると、
電話を切った奴は、
不意に振り返って来て


明らかにこっちを見て
あ、と言った。


睨んだままの俺。


『…お前…』


シャアが俺を見ながら口を開く。


『お前…昨日俺のこと殴ったよな?』


少し疑わしく。
でも確信的に聞いてくるから、


『殴られるようなことしてたのは
どっちですか?』


俺も鋭い視線を絶やさない。


俺のその言葉と視線に、
やっぱり…と小さく呟いたシャアは


『まさか同じ会社だとはなぁ』


何が面白いのか笑いながら
そう言う。


本気で殴りたいと思う。

昨日も殴ったけど、もう1回。


『…何?あの子、君の彼女なの?』

『…違いますけど…』

『なら別にそんな怒んなくてもいいじゃん』

『……』

『減るもんじゃないんだし』


反省の色が1つも見えないその態度。


彼女が…

彼女がどれだけ傷ついたと思ってんだよ。


どれだけ泣いたと思ってんだよ。



『あ、もしかして好きなの?』

『……』

『あの子のこと好きなの?』

『……』

『青春しちゃってんの?』


ケラケラ笑いながらそう言って、
完全におちょくる態度のシャアに

俺のなかで何かが
プツンと切れる音がした。


『だからそんなに怒っちゃってんの?』

『……』

『あははっ、まじかー。あははっ』

『…あー。ぶっ殺してぇ。』

『…は?』

『あんたの事今めっちゃ
ぶっ殺してぇ。』

『……』

『包丁で滅多刺しにしてぇ。』

『……』


目を細めながら不敵に笑って
言った俺に、
さすがのシャアも少しうろたえる。


『それも顔面滅多刺し』

『…お前…』


それでもプライドが高いシャアが
うろたえたのは一瞬で、
すぐに睨み返してくる。


『そうやって余裕ぶってればいいですよ』

『…お前に何が出来んの?』

『俺の本気舐めないで下さい。』


舌打ちを1つしてその場を去ってく
シャアの背中が見えなくなるまで睨んだ。



『コーヒーおせぇよ』


席に戻ると先輩がちょっとだけ
不機嫌そうにしていた。


『すいません、ちょっと戦ってて』

『コーヒーとか』

『コーヒーとです』

『ならば仕方ない』


先輩の机にコーヒーを置いてから
トイレ行ってきますと声をかけて、

廊下に出てから
ケータイを起動する。


発信履歴に並ぶ名前をタップして
ケータイを耳に当てると、


『はい』


すぐに声が聞こえた。

一気に胸に渦巻いてた気持ちが
すーっと溶けていく。


『早いな』


電話の向こうの彼女が
嬉しそうに笑う。


『今どこ?』

『家だよ』

『無事家に着きましたか?』


思えばなんで彼女に電話かけたんだろ。

まだまだ仕事は溜まってて、
こんな事なんてしてる暇なんてないのに。


なんでとか思いながらも、
彼女に電話をかけた心理は
どう考えてもシャアに喧嘩を売ったことに
少し興奮してる自分を落ち着かせたかった
意外のなにものでもなくて、

無事ですよ、と笑いながら
言った彼女に

そーですか。と無関心を装った
返事をした。


そのあと二言ほど会話を交わして
電話を切る。


『あ〜…デートの為だぁ〜〜』


ケータイに向かって1人で呟いて


『頑張れ、俺。』


まだまだ仕事が残る
自分の机へと向かった。










…ビックリした。


兄ちゃんにめっちゃ頼んで
やっとの思いで借りた車に
乗り込んできた彼女は

女の子感満載の服を着ていて、


『オシャレしてきたね』


不意打ちの可愛さに思わず顔がニヤけて
口元を手で隠してそう言った。


『今日はお願いします』


ペコリとお辞儀をしながら
助手席に乗った彼女は、
踵の高いブーツまで履いてて

彼女の私服なんてほとんど見た事ないけど
絶対普段から着てはないだろうなって
言うのが分かるくらいにくらいに
頑張ったであろう洒落たその格好に
俺はただただニヤけるばかりだった。


彼女も今日のデート、
楽しみにしてくれてたのかな…


なんて思いながら
上機嫌で鼻歌を歌いながら
水族館までのナビを設定してると、


『福田くん、ブラック飲めるよね?』


彼女がバックから
飲み物やらお菓子やら
たくさん取り出し始めた。


『…ん?』

『お菓子は必要でしょ?やっぱり。』


俺はデートのつもりで誘ったのに
どことなく遠足気分な彼女に
少しだけガクッとした。


『福田くん用にもちゃんと買ってあるよ』


そう言って彼女が差し出してきた
俺用と言ったお菓子はよっちゃんイカとか
スルメばっかで、


『それはお菓子じゃなくてツマミだ』

『そっか。運転するからお酒飲めないか』

『そーゆう問題じゃないです』

『私のうまい棒あげるから許して』

『コンポタ味がいい』

『…ない』

『いや本当あなたのセンス疑います』


この子意外と馬鹿なのかな、
とか思ったけど

彼女が楽しそうに笑うから
こっちも嬉しくなった。


水族館について、彼女は一目散に
深海魚コーナーへと向かった。

子供をかき分けて
水槽の1番前までたどり着いた彼女は、


『……』


偽物の深海魚を目の前に
ガックリと肩を落として
落ち込んでいた。


もう爆笑の俺。


『だから言ったじゃん、クラゲだって!』


彼女の腕を掴んで、
子供の群れから引き抜くと
少し不貞腐れた顔をする。


彼女はどれだけ見てても飽きない。

分かりやすく落ち込んだり
怒ったり不貞腐れたり。


それが俺のせいだと思えば尚更。

コロコロ変わる表情を見るのが
楽しくて仕方ない。


『ほら、クラゲ』

『おぉ…』

『どれが好き?』

『この子かな』

『これ?』

『うん。ウリクラゲ。
丸っこくてかわいい。』

『最近太ったどっかの誰かさんみたいだな』

『誰かしら』

『誰でしょうね』



ほら、また。

その分かりやすく膨れた顔。


水槽の照明に照らされる
彼女のその横顔を隣で眺めながら
ニヤける口元をまた隠した。



だいたいの場所を見終わって、
お土産屋に寄ってみると
彼女が深海魚のストラップの前で
立ち止まった。


『深海魚いんじゃん』

『なんで飼育してないのに
ちゃっかりストラップは売ってるんだろうね』


深海魚が見たいっていうのは
ギャグかと思ってたけど

あながち本気で見たがってたっぽい彼女に
深海魚のストラップを買ってあげた。

本当に誰が買うんだよってくらい
気持ち悪いストラップだったのに
彼女はありがとうって言いながら
嬉しそうに笑った。



広い水族館でも
意外と早く見終わってしまうもので
どこ行こう状態の俺らだったけど、


『すぐそこ海なんだ』


という彼女の何気ない一言で、
近くの海に来てみた。

まだ寒さの残る海岸には
人がほとんどいなくて

ボケーっと海を眺めている彼女に
車の中に置いてあった
甥っ子の麦わら帽子を被せてあげると
全然被れてない帽子にケラケラと笑い出した。

その笑った顔に
無意識に写メを撮った。


ケータイに収められた
彼女の写真を眺めていると
バシャバシャと水の音がした。

顔を上げると、彼女が海に向かって
裸足で歩いていた。


めっちゃビビる俺。


…何してんだこいつ。


突拍子のないその行動に


『何してんの?』


と、少し引き気味に声をかけると


『寒中みそぎ』


謎な答えが返ってくる。


『…みそぎ?』

『そう。シャアの邪気を落とすの』

『みそぎの意味違くない?』


意味分かんねぇ…

ついつい笑ってしまう俺に
彼女はじっと前を見据えて凛と佇む。


その姿が儚げで…

どこかに行ってしまいそうで…


また俺は無意識に写メを撮っていた。






『コッシー、女の子が好きそうな
お洒落なご飯屋さん教えてよ』

『え、どうしたの急に』

『まぁまぁ、深い意味はないから教えてよ』

『いや、絶対深い意味あるよね。それ。』


そんな会話をしながら
コッシーが教えてくれた
イタリアンのお店に着いた。


お店に入って
メニューをウキウキした顔で見る
彼女を見ながら

コッシーに心の中で
アリガトウとお礼を言っといた。


運ばれてきた料理に手を付けて
少し経ったくらいに
彼女がいきなり


『福田くん…急なんだけどさ』


と、控えめに口を開いた。


彼女が、急なんだけど…
と話して来てくれたその話題は

俺にとったらすごく簡単で、
それでいてめんどくさい話で。


『…めんどくさいなぁ』


正社員として受け入れたいと
言ってくれている事に対して

ウジウジと迷っている彼女に
はっきりとそう伝えるだけだった。


俺は知ってる。

彼女がどれだけ周りから
頼りにされているか。

彼女がどれだけ努力して
周りから頼りにされているか。


自信のない彼女のために
俺が言ってあげる。

背中くらいは押してやる。


彼女の1番の味方でいてあげる。


『…ありがとう福田くん』


晴れやかな顔になった彼女は、
胸のつかえが取れてスッキリしたのか


『ねぇ、福田くんのピザ1つちょうだい』


と、俺のピザまで
ちゃっかり食べた。


『トイレ行ってきます〜』

『行ってらっしゃい〜』


彼女にそう伝えて向かうのは
ケーキのショーケースがある場所。


『すいません、電話でお話ししたケーキ、
お願いしたいんですけど…』


ショーケースの向こう側にいた
店員さんに声を掛けると
長い髪を1つに束ねて三角巾をした
女のスタッフさんが、


『プレートのお名前確認お願いします!』


と、めっちゃでかい声で言うから
彼女に聞こえないか気が気でなかった。


“誕生日おめでとう”


シンプルにその言葉と名前だけが
書かれたプレートを確認して
車に一度戻ってケーキを置いてから
テーブルに戻ると

深海魚のストラップを眺める彼女がいた。


『お待たせしました』

『お帰りなさい』

『そろそろ出ようか』

『うん!美味しかったぁ…』


満足そうにお腹をさすりながら
席を立つ彼女に
美味しかったな、って言いながら
自然とその頭に手が伸びていた。




ほとんど俺ん家に向かうように
車を走らせれば、到着する彼女の家。


『到着しましたー』


車を彼女の家の前に停めてそう言うと、
少しだけ寂しそうな顔をした彼女が


『福田くん…今日本当にありがとう』


俺の目をしっかりと見て言ってきた。


彼女の黒目に映る自分の姿に
嬉しくなりながら、
後部座席に置いておいた白い箱を取る。


『はい、どうぞ』


彼女の前にその箱を差し出せば


『…貰っていいの?』


俺の顔と白い箱を交互に見ながら
箱を受け取る。


恐る恐る白い箱を開けた彼女は、
箱の中身を見た瞬間に


『ケーキ!!!』


大きな声で叫んだ。


『イチゴがたっぷりのったまあるいケーキ』

『うん!!』

『とびきり大きいサイズ』

『うん!!!』

『はは』


ホールのケーキなんて
買った事なかったから
合ってるか不安だったけど
彼女が嬉しそうに親指を立てるから
俺も嬉しくなって釣られて笑顔になった。


ケーキを愛おしそうに見つめて
ゆっくりと、大切そうに
箱を閉める彼女。


その唇に、ふと目がいった。


別になんの変哲もない、
普通の女の子の唇。


…でも、この唇に、

あいつが触れた。


無理矢理。

彼女の気持ちなんて無視して。

暴力的に傷つけて。



わーい、なんて小さくつぶやきながら
未だに箱を見つめている彼女の髪に触れて、
その柔らかい髪を耳にかけた。


『誕生日おめでとう』


祝福の言葉と共に絡む、
彼女と俺の視線。


あいつが触れて、

俺が触れてない。



それがすごく嫌だ。


たまらなく悔しい。



彼女に耳に触っている手に力が入って…

少し距離を詰めようとした瞬間に、



彼女がスッと身を引いた。


…あ、


と思ったら目を泳がせた彼女が、


『あ、あの…ッ、本当にありがとう!』


逃げるように車から降りていた。


『あ、いや、こちらこそ』


どうしていいか分からず
ソワソワするしかない俺。


その後のことはよく覚えてないけど、
また連絡するみたいな事を言った気がする。


気がするだけで、
実際言ったかどうかは定かでなくて

相当テンパってたのか、
気付いたら自分の家の前に着いてて、


『てか俺、家に上がって
一緒にケーキ食おうと思ってたんだった…』


すっかり忘れてた
計画を思い出した。


はぁ、と小さくため息をついて
ハンドルに腕を乗せてうなだれる。


…でも、あの時。

髪を耳にかけたときに
目が合った時の彼女の顔…


『可愛かったなぁー…』


そう1人車内で呟いてニヤニヤする自分に
気持ち悪いな、なんて思った。











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ヤンキー岩本くん【6】





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『ちょっと!!邪魔!!!』

『あ〜う〜〜』


汗をかきながら忙しそうに
掃除機をかけるお母さんの怒った声が聞こえる。


『夏休みだってのに毎日ゴロゴロゴロゴロ!』

『んー』

『ホラ、邪魔!』

『んー』


掃除機のヘッドでツンツンと突かれ
起き上がりもせずに
ゴロゴロと移動する。



…やる気が出ない。


…すこぶるやる気が出ない。



ふっかから、遊ぼうと誘いの電話は
かかってくるけど
なんかもう本当にやる気が出ない。


夏休みに入ってそれなりに経つのに
ひたすらジャージ姿で
ゴロゴロしてるだけ。


おまけにノーブラ。

完全に終わってるわ、あたし。




でも。

それでも。


頭に浮かぶのはやっぱり岩本くんの事。


思い出しては泣きたくなって、

思い出しては恥ずかしくなって、

思い出しては悔しくなる。



なんで元カノちゃんにあんな事
言っちゃったんだろ。

岩本くん、知ってるのかな。

ふっかから聞いたのかな。




…やり直したのかな…




考えれば考えるほど
マイナスな事しか浮かばなくて

余計にやる気が出なくなる。



やさぐれまくって
相変わらずゴロゴロしてる
あたしを見かねて、
お母さんが話しかけてくる。


『あんた友達いないの?』

『んー』

『遊びにでも行きなさいよ』

『んー』

『ホラ、前の…あの〜』

『んー?』

『岩本くん?だっけ?』


お母さんの口から出たまさかの名前に
体がピクンと反応する。


『誘ってみればぁ?』


寝返りを打ちながら
お母さんの顔を見上げると、

超ニヤニヤ顔。


『花火でもすればいいのにぃ』

『うるさい』


被せ気味にそう言って
重い身体を起こして部屋に向かう。


あたしだって岩本くんと遊びたいわ。


ふっかからの誘いに
何度“うん”と言いそうになったか。


こんなに断ってるのに
何回も誘ってくれるふっかに

“ありがとう”って
“本当は行きたいんだよ”って
何度言いそうになったか。


それでも岩本くんに会うのが
怖いと思っちゃうのは、
あたしの少しのプライドかもしれない。


これ以上カッコ悪い思いしたくない
あたしの少しのプライド。


やり直すことになったんだって
報告されたくない
あたしの少しのプライド。


部屋に入ったあたしは
ベッドに倒れ込むようにダイブして

少しだけ溢れてきた涙を隠すために
枕に顔を押し付けた。









“先輩!!!
いつ部活来てくれるんですか!!”


今日も絶好調にジャージノーブラで
ゴロゴロしてたあたしの元に
後輩から連絡が来た。


“夏休み入ってからずっと待ってるのに!!”

“何してるんですか!!”

“早く来て下さいよっ!!”


ピロリンピロリンと音を立てる
ケータイを手に取る。


『…どうしよ』


すぐに既読をつけて
暇だと思われても困るので
表示画面を見つめながら考える。


何分間かゴロゴロしながら悩んで…

外に出たくない気持ちに
可愛い後輩が連絡をくれた嬉しさが
ギリギリのところで勝って

あたしは制服に袖を通した。






『先輩っ!ここ見てください!』

『○○先輩、ちょっといいですか?』

『先輩〜!こっちもー!』


四方八方からあたしを呼ぶ声が
飛び交う。


部活に来たのは正解だったかもしれない。


家から学校に来るまでの
道はクソがつくほど暑かったし、

実際今も音楽室はもんもんして
暑いけども、


『先輩!今のところもっかい
吹いてください!』


純粋に楽しい。


一心不乱に楽器を吹いて、
後輩たちと楽しくおしゃべりして、

余計なこと考えなくて済む。


『やっぱり先輩いると
部活内の雰囲気が変わる…』


午前練習が終わって、
楽器を片付けるあたしに
後輩が声をかけてくる。


『いつも大げさだなぁ』

『本当ですもん!』

『どーだか(笑)』

『先輩午後練も参加してくださいよ』

『午後練は自分たちでがんばんなさい』

『ちぇっ』

『あたしいなくても問題ないでしょ』

『ありますよ!』

『ないよ(笑)』

『先輩、自己評価低過ぎますよ』

『そんなことないから』

『もっと自信持てばいいのに…』


後輩が何気なく言った言葉が
胸に刺さる。



自信なんてないよ。


あたしだって欲しい。


自信があったらこんな気持ちにもならない。


あの元カノちゃんに
嫉妬してあんなこと言わなかった。



そんなあたしの思いなんて
知る由もない後輩の
キラキラした羨望のまなざしを
振り切るように背を向ける。


風のせいで膨れ上がったカーテンを
まとめようと窓に近づいて、
音楽室の窓から顔を出す。


まだまだ暑い夏真っ只中だけど、
吹き抜ける風は気持ちいい。


その気持ちよさに
大きく深呼吸をしてると、


ふと、外にいる男子生徒と目が合った。



『…ん?』


バケツ片手に制服のズボンを
ひざ下まで捲り上げている男子生徒は
ポカンとした顔でこっちを見ていて…


『○○ちゃん!!!』

『ふっか!!??』


2人して馬鹿でかい声で叫んだ。


『○○ちゃん!何してんの?
学校来てたなら連絡してよ!!』


トテトテと走りながら
窓に近づいてくるふっか。

音楽室は2階にあるから
自然と見上げられて、見下ろす形になる。


『ふっかこそ何してんの?』

『プール掃除!』

『はい?』

『掃除したらアイス奢ってくれるって
先生が言うから!』


夏休みにわざわざ学校に来て
アイス1つのために
プール掃除するなんて…


そういうところがふっかが
周りから愛される理由なんだなって思う。


『○○ちゃんも一緒にやろ!』

『やだよ、暑い』

『照もいるから!』

『…ッ』


その名前にまた身を固める。


口をつぐんで、
目線を落としたあたしに
ふっかが続ける。


『やろ!今からそっち行くから!』

『……』

『迎えに行くから!』

『……』

『そこで待ってて!』

『……』

『絶対だかんね!』


最後の言葉を言う頃には
もう駆け出していたふっかを目で追う。


ふっかって本当に優しいな。

3枚目気取ってるけど
周りも見えてて、

こうやって気を回してくれる。


なのにあたしはいつまでも
ウジウジして…


さすがに音楽室の中まで
迎えに来させるのは可哀想だったから、

廊下に出てしゃがんで待ってた
あたしの元に汗だくのふっかが走って来て


『イエーーイ!お待たせ〜〜!!』


そう言いながらとびっきり笑顔で
笑いかけてくるから
ちょっとだけ泣きそうになった。



カバンとクラリネットの入ったケースを
あたしの手から取ったふっかは、


『はい、交換!』


と言ってなぜか空のバケツを
あたしに渡してきた。


『部活に来てたんだね』


あたしのカバンを肩にかけながら
歩き出したふっかの隣に並んで
あたしも一緒に歩き出す。


『後輩が声かけてくれて』

『そっか〜』

『うん』

『暑いのにお疲れ様!』

『…驚かないの?』

『ん?何に?』

『あたしが楽器吹けることとか…』


前に岩本くんがあたしが
吹奏楽部だったっていう
“意外に女らしい一面”を知って
驚いていたことを思い出して問いかける。


『いや、照に聞いてたから』

『…え?』

『結構前に聞いてたよ』

『……』

『すごい上手で先輩追い抜かしたり
してたんでしょ?』

『……』

『ソロパートとかやったり』

『……』

『でしょ?』

『…うん、そう。』

『すごいねぇ、○○ちゃんは!』


自然と無口になって
顔が赤くなるのが分かる。


またあたしの知らないところで
あたしの話して。


しかもそうやって褒めるようなこと。



…もうやだ。


岩本くんのばか。

くそヤンキー。


心臓をギュッと
掴まれたような気持ちになって
心の中で岩本くんに悪態をついた。


ふっかが渡してきた空のバケツの底に空いた
穴を眺めながら歩いた。





校舎から出て、少し歩いた先にあるプール。


まだあたし達が生まれてなかった
学校創立時には無かったらしいそのプールは
後から取って付けたものだから
校舎よりも今時なデザインで
内装もそんなに汚くない。


『てか○○ちゃんスカートだね。
大丈夫?』

『中に紺パン履いてる』

『こんぱん?』

『あー、とにかく平気』

『なら良かった』


説明するのが面倒くさくて
省いたあたしに
ふっかもそれ以上突っ込まず
プールの入り口に入っていく。


ローファーと一緒に靴下も脱ぎながら
プールに目を向けると

腰洗い槽越しに見える、

上半身裸でプールに足を突っ込んで
座っているのは


いつのまにか黒髪に戻ってた
岩本くんだった。


『…岩本、くん…』


思わず声に出してしまったあたしを
ふっかは優しく笑いながら
頭をポンとして


『そうだよ、照だよ』


って言ってきた。



『照ー!バケツ持ってきたー!!』


大きい声で叫んだふっかに
反応した岩本くんがこっちを向く。


岩本くんの顔を見た瞬間、
心臓がピョンっと
跳ね上がったのが分かった。


何を考えても

やっぱり会えた事が…

顔を見れた事が嬉しくて…


『あとオマケも連れてきたー!!』


さっきまでの気弱な態度が一変して
すこぶる元気になったあたしは

失礼にそう叫んだふっかの横で
力の限りブンブンと手を振った。


あたしの存在に気づいた岩本くんが
胸の辺りで小さく手を振り返してくれて
その可愛さに萌え禿げた。


『おい見たかよふっか、
今のスーパー可愛いお手振りを』

『すげーな、○○ちゃん。
口動かさないでしゃべるんだ』


岩本くんへ向けた笑顔を崩さずに
いっこく堂風に
喋ったあたしをバカにした
ふっかのことはシカトしておいた。


太陽の光で熱くなったプールサイドを
裸足でペチペチと歩いて
岩本くんの元に向かう。


『…部活してたのか』


ふっかが持ってるあたしのカバンと
楽器ケースを見て言う。


『そう。後輩しごいてきたの。』


フフンッと鼻を鳴らしながら
そう言ったあたしに
岩本くんは目がなくなるくらいに
しわくちゃな顔で笑って


『それは後輩も勉強になっただろうな』


って言ってきて、


やっぱりこの人の事好きだなって思った。


『バケツ寄越せ』

『はい。穴開きバケツ』

『は?』

『穴空いてるよ、そのバケツ』

『意味ねーじゃん…』

『あたしじゃないよ。ふっかだよ。』


そう言ったあたしに
岩本くんは眉をひそめる。


『○○ちゃんカバン置いとくよー』


自分がそんなこと言われてるとは
知らずに呑気に話しかけてくるふっか。


『ありがとー!』

『ここでいいー?』

『あ!クララは日陰に置いといて!』

『クララ!?』

『あたしのクラリネット
クララって言うの。可愛いでしょ?』


ふっかの方に振り返って
首をかしげながら
ワザとあざとく言ったあたしに


『やっぱりお前馬鹿だな』


って笑う岩本くんの声が後ろから聞こえた。














『終わったぁぁ〜〜〜』


農作業をするおばあちゃんのように
タオルを頭にかぶったあたしが叫ぶ。


『意外と疲れたね』


さすがのふっかも疲れたようで、

ドコドコとものすごい勢いで
プールに溜まっていく
水をながめながら
プールサイドに腰を下ろした。


『体力なさ過ぎんだよ、お前ら』


1人だけケロっとしてる岩本くん。


『趣味が筋トレの筋肉おばけと
一緒にしないで欲しいわ』

『本当。照の体力があり過ぎなんだよ』

『にしてもお前らはなさ過ぎ』


そう言い残してブラシやらホースやらを
片付けに行く岩本くんの背中に
べえっと舌を出した。




『おっ、お疲れさ〜ん』


Tシャツに半パンという
教師とは思えない格好をした
体育担当の先生がプールに入ってきた。


『先生〜疲れたよぉ〜アイス〜〜』

『へいへい、買いにいくぞー』

『俺行くー。2人は何にする?』


岩本くんに体力あり過ぎとか
言っておきながら
アイス1つのために
飛び跳ねるように立ち上がれる
ふっかもなかなかの体力おばけ…


『チョコのやつ』


岩本くんがそう言いながら
あたしの横に腰を下ろす。


『○○ちゃんは?』

『カラメルとろ〜り
こだわり卵のプリンアイスバー』

『ほぇ?』

『カラメルとろ〜り
こだわり卵のプリンアイスバー』

『なんて?』

『カラメルとろ〜り
こだわり卵のプリンアイスバー』

『え?』

『間違えたら許さないからね』

『え、無理!絶対覚えられない!
なんて言ったの!?』

『もう言わない(笑)』

『うっそ!プリン?プリンなんとか!?』


テンパりまくるふっかを
先生が早くしろーって呼ぶもんだから
結局ふっかは


『分かんなくなったら電話するから!』


って言ってから先生のあとを
追ってった。



ふっかがいなくなったプールサイドに2人。


…2人きり。

…2人、きり。


ヤバい少し緊張してきた。


『…髪』

『え!?』


ドキドキしてたところに
いきなり話しかけられたから
驚いて大きな声が出る。


『染めなかったんだな』

『え、あ…あぁ、うん…』

『ちょっとお前の金髪
見てみたかったかも』

『岩本くんは黒に戻したんだね』

『まぁな』

『なんで?』

『なんとなく』

『ふーん』



沈黙が流れる。



聞こえてくる水の音と

少し涼しくなった風と

プール掃除での疲労感と


眠くなってきたあたしは
その場にゴロンと寝っ転がる。


『おい』

『……ん?』

『制服汚れんぞ』

『…ん…』

『寝んなよ』

『…んー…』


呼びかけられる低い声も
なんだか心地よくて
ウトウトし始めたあたしに


『ふっかから聞いた』


岩本くんの声が届く。

カッと開くあたしの目。


『お前が…俺のために怒ってくれたって』

『……』

『ありがとな』


驚いてなんて言ったらいいか分からず
ひたすらに固まるあたし。


『あの子、その…俺の元、カノなんだけど…
あの子に好きな子が出来て、
分かれてさ…』

『二股だったんじゃないの?』


驚きのあまり弾丸ストレートに
そう言ったあたしに
岩本くんは少し苦笑う。


『周りはみんなそう言うけど、
それじゃ向こうだけが悪いみてぇじゃん』

『……』

『まぁ、結果はそんな感じだけど
向こうにそうさせちゃった
俺にも問題があったんだろうし…』



…涙が出てくる。


なんでそんなに優しいの?


なんで?


岩本くんは彼女を大切にしてたんでしょ?


周りから見ても分かるくらいに
彼女を大切にしてた岩本くんに
なんの責任があるっていうの?



『…なんで泣いてんだよ』


強く握った手を震わせながら
腕で顔を隠して泣くあたしの肩に
岩本くんの手が触れる。


『泣くなよ』

『…うぇ…ッ…』

『おい』

『…ひっ、…う〜…』


岩本くんが寝っ転がったまま
泣き出したあたしの背中に
腕を回して起き上がらせる。


『…泣くなって』

『う〜…ッ、』

『……』

『…うぇ…ッ…』

『……ごめんな、』





時間が止まった。






あたし、今。

振られた?




『…ごめん』





…2回も言うな





ふっかからあたしが元カノちゃんに
キレたって話を聞いてる時点で
気持ちがバレちゃったは分かった。

それはもう今さらだから
別にいいけど…



…けど…




『……』

『……』

『…なぃ…』

『…ん?』

『あたしッまだ…何も、
言わせて、もらってない…』

『……』

『あたしまだ何も
言わせてもらってないッッ!!』



大声を出しながら
顔を隠してた腕を退かすと、
目の前には困った顔をした
岩本くんがいて…


『んッ…!?』


あたしは岩本くんの顔を掴んで
彼の唇に自分の唇を
思いっきり押し当てた。


『まだ何も言わせてもらってないのに
勝手に振るなくそヤンキー!!!!』


岩本くんの胸を両手で突き飛ばして
カバンを掴んで走り出す。




告白もさせてもらえなかった。


好きって言わせてももらえなかった。



裸足のままローファーを履いて
プールから飛び出すと、


『○○ちゃん!?』


コンビニ袋を持ったふっかに呼び止められる。


『なんで泣いて…』

『帰るッ!!!』


自分が先生とアイスを買いに行ってる間に
あたしと岩本くんに何かしらが
あったことを察知したらしいふっかは
あたしの腕を掴む。


『○○ちゃん!聞いて!』

『帰るっつってんのッ!!』

『聞いて!』

『離せッ!』

『照ね!』

『離せバカッ!』

『照、元カノの告白断っ…』

『振られたッッ!!』


その言葉に
あたしの手を握っていた
ふっかの手から力が抜ける。


『…え?』

『告白してもないのに振られたッ!!』

『…○○ちゃん…』

『帰るッッ!!!』


緩まったふっかの手を
振り払って歩き出す。


『ちょっ、○○ちゃん…!』

『付いてくんなッッ!!!』


完全八つ当たりで
ふっかにそう大声で怒鳴って
走り出した。



家に着いて、
乱暴に階段を駆け上がる。

部屋に飛び込む瞬間に聞こえた
母親のうるさい!って声を
扉の音で制してベッドに飛び込んだ。



痛い。


心が痛い。


ズキズキ…


ズキズキズキズキ…




『せめて好きって言わせてよ…ッ』


言葉にすることも出来なかった
あたしの気持ちは
セミの鳴き声にかき消された。






------------







最近、亀更新に拍車がかかってしまって


大変申し訳ありません…

(スライディング土下座)



大した文章書いてないくせに
とんでもない亀更新…


大変申し訳ありません…

(土下寝)



ちょっと
バタバタしておりまして、

自分の要領の悪さを痛感しております(笑)



楽しみにしてますと声をかけて下さる皆さん。


いつも本当に本当に
ありがとうございます(;_;)♡

私なんぞの体調まで
お気遣い頂けて、心温まる思いです…!

身体だけは丈夫なので
ご安心ください!

それだけが取り柄です☆



相も変わらず、亀更新になりますが
これからも読んで頂けたら嬉しいです。



今回も読んでくださって、
ありがとうございました(;_;)♡

不器用なアイツ。【7】




---------------





“なら明日行く”


彼女に昨日そう告げた通り、
店に来た。



1番最初に頭に浮かんだマツを誘おうと
ケータイを手にしたんだけど、


…あれ?こないだもマツと行ったな…


ふとそんな事を思ったから
辰巳に電話したらちょうど
コッシーと一緒にいたらしく

結局マツも誘って
4人で店に行くことにした。





『いらっしゃいませ!ご案内します!』


店に入った瞬間に
若い女の子が迎えてくれた。

後輩くんが迎えてくれるのを
当たり前だと思ってたから
少し変な違和感を感じながら


後輩くんに、俺と彼女が会うところ
見届けてほしかったな(笑)


本気で悔しそうにポコポコと
マツのことを猫パンチしてた後輩くんの
優しさを思い出して
案内された個室に入った。




『飲み物お決まりでしたら
先にお伺いします!』


新人だからなのか
張り切って注文をとる若い女の子に辰巳が


『生4つ』


と言ったあとに、


『今日って○○ちゃんいるの?』


笑顔でその子に聞く。

一瞬、ん?と首を傾げる女の子。


『友達なの、俺ら。』

『そうなんですか!?
○○さん、今日いますよ!
呼んできましょうか?』

『ううん、大丈夫。
ありがとね!』


笑顔で若い子が卓から出て行った後に


『○○ちゃん出勤みたいだね〜』


って呑気に言う辰巳に

だから今日来たんだよ、とは
言わないでおいた。



頼んだ飲み物が運ばれて来る前に
トイレに行って用を足して、


彼女にはっきりシャアのこと
言った方がいいのかなぁ…


でもいきなりそんな事を
俺から言われても彼女きっと困るよなぁ…


とか考えながら卓に戻ると、

扉の前に彼女がいた。


…おお、


声を掛けようとしたけど
…様子が変。

ピクリとも動かないで立ちすくんでいる。


やっと扉に手をかけたかと思っても、
そのまま動かない。


口に手を当てたまま
1人でボソボソ呟いて
こっちに気づきもしない。


近づいて肩を叩くと


『ッッ!!???』


ものすごい勢いで振り返られた。


『え、そんなに驚く?』


結構悲惨な顔で振り返るもんだから
思わず笑ってしまう。


未だにびっくりし続けている彼女は
小さく『…福田くん…』と、
俺の名前を呼ぶだけで
跳ね上がった肩はそのまま。


『トイレから帰ってきたら
扉の前で立ち尽くしてるから。
どうしたのかと思った』


彼女の肩に手を置いたままそう喋ると、
今までビックリ顔だった彼女は
今度はムスッとした顔になって


『…別にどうもしないし…』


誰が聞いても、
120%どうもしてない訳がない
口調でそう言った。


『…昨日ごめんね?』

『…』

『許して?』

『…』

『…ね?』


昨日は確かに彼女の危機感のなさに
イラついたけども、

何も知らない彼女に俺の気持ちの問題で
八つ当たりしちゃったから
謝ろうとは思っていた。


しゃがんで俺より少しだけ低い
彼女の目線に合わせて謝った俺に、


『ちょっと、怖かった…』


彼女はどうもしてないしって
言っておきながら
やっぱり拗ねていたみたい。


『うん、ごめんね』

『…』

『俺まだガキだからさ』


目の前にいる彼女を可愛いと思うのは
容姿云々の話ではなくて

きっと“実は素直”な彼女の内面を
知ってしまったからで、


『許すも何も最初から怒ってないし…』


頬を膨らます何気ない仕草まで
可愛いと思うのは俺だけだと思う。


ここまで分かりやすく
表情を変える彼女とは反対に
笑顔になった俺は
未だに不貞腐れている彼女の頭を
1度ポンとしてから扉を開けた。




『○○ちゃん!』


扉を開けて顔を出した彼女に、
1番最初に声をかけたのは
やっぱり辰巳だった。


『こんばんは!』


笑顔でそう答える彼女は
どこか嬉しそうにも見える。


『○○ちゃん久しぶりー!元気だった?』

『今日お店混んでるね〜』

『追加注文していいー?』


席について、俺がトイレに行ってた間に
運ばれてきていた生を一口飲む間に
みんなして一気に彼女に話しかける。


『ちょっとだけ太りました』


笑顔でそう報告する彼女に、
嫉妬心と共に加虐心が生まれる。


虐めてやりたい。
困らせてやりたい。


『ちょっとだけじゃねーだろ、この顎(笑)』


前より少しタプっとした
顎を引っ張ると、
俺と彼女以外の3人は
目を丸くして一瞬固まる。


『そこ、いつの間にそんなに仲良くなったの?』


俺と彼女に目線を行き来させながら
聞いてくる辰巳に、
少しの優越感を感じながら


『え〜、秘密。』


と、言うと彼女が顔を赤くしながら
俺の手からスッと逃げた。


逃げられて宙ぶらりんになった
俺の手なんてお構いなしに
辰巳に話しかける彼女。


なんだよ…さっきまであんなに拗ねて
可愛かったのに。

辰巳に一生懸命話しかける彼女の横顔を
見ながら、ビールをあおった。




『○○ちゃんと福ちゃん、仲良いんだね』


彼女が卓から出て行ったあとに、
辰巳が笑顔で聞いてきた。


『んー?』


しらばっくれる俺。


『福ちゃんが女の子に構うなんて
珍しいからビックリしちゃったよ』

『…え、そう?』

『福ちゃんがあんなに馬鹿にして
構ってるの、マツ以外で初めて見た(笑)』


自分じゃ分からなかったところを
突っつかれた。

無意識のうちに
周りから見ても分かるほどに
彼女への対応が変わりつつある。


ひねくれ者だと思ってた自分も
彼女と同じ“実は素直”な人間なのかも…


彼女にしてあげてるつもりが、
素直にさせられてるのはどっちだよ、
なんて思った。



自分のことを人に話すのは苦手。


ふざけてると思われていたい。


俺にスポットを当てないで欲しい。


周りからガヤを入れる担当でありたい。



そんな俺にとって、
それからの時間は地獄だった。


『○○ちゃんと何でそんなに
仲良くなったの?』

『そう言えばこの間の誘拐事件、
ちゃんと詳しく聞いてないよ!』

『誘拐事件って何!?』

『なんだ!その物騒な事件はッ!』

『いつの間にそんな関係に!?』

『てゆーか福ちゃんだけ○○って
呼び捨てだよね!?』

『○○ちゃんも福ちゃんに対してだけ
敬語使わないで喋ってるし!!』

『ちょっと福ちゃん!聞いてんの!?』


辰巳を筆頭に、
体に穴が開くほど
矢継ぎ早に質問されまくった。


もう本当に勘弁して欲しい。

四方八方から飛び出す問いかけを
交わしまくって、

まだろくにモノも入れてなかった胃に
酒を無理やり流し込む羽目になった俺は


『ちょっと外の空気吸ってくる…』


逃げんのかよー!
と言う不満げな声を背中に浴びながら
フラフラと立ち上がって、
扉を開けた。



やっと訪れた開放感から
ゲッソリしながら
入り口へ向かうと、
会計をするレジの前に彼女がいた。


…お前のせいだコノヤロー。


って思いながら
話しかけに行こうとしたら、


金髪が目に入って思わず息を飲んだ。


知ってはいても
初めて目の当たりにするその光景に
動けなくなる。


分かっていても、
体は動かないもので
あそこまで行動的に彼女を守れてた
後輩くんがすげぇなって思う。


固まって呆然とその光景を見ていたら

シャアが彼女の腕を引っ張って
顔を近づけた。


『…ッ…!』


あからさまに嫌がる彼女と、
ニヤニヤした顔のシャア。


彼女の耳元で何やらボソボソと
言ったシャアは、
連れと一緒に店を出て行った。


一旦静かに深呼吸をして、
腹の中から湧き上がる気持ちを抑え込んで

エプロンにさっき掴まれていた手を
ゴシゴシと擦りつけて
文句を垂れている彼女の元に近づく。


『心の声丸出し』

『ぎゃッッ…!!!』


またしても肩を跳ね上げて
驚く彼女。


『…なんだまた福田くんか…』

『俺じゃ不満か』

『お願いだから普通に出てきてよ』

『普通にしてるつもりですが』


本当に普通にしてるつもり。


昨日の電話だって、
ちょっと怖かったって言われたし…

さっきまで矢継ぎ早に質問されて
疲れているのを隠してるし…

今だって苛立つ感情を抑え込んでるし…


俺は普通にしてるつもりだ。


なのに彼女はげんなりした顔で
そんなことを言う。


ほんっとに。
彼女といたら色んな事に処理が追いつかなくて
頭がハゲそうだ。


『え、何?』


考え過ぎて彼女の顔を
凝視しすぎた俺に、
彼女は困惑気味に問いかけてくる。


何?じゃねーよ。


『…さっきの人が昨日電話で言ってた人?』


答えなんて分かりきってるけど、
聞いてみる。


『…さっきの見てたの?』

『…ねぇ、あの人がそうなの?』

『そうだよ…』


あー、ダメだ。
どんどん器が小さくなる。


ふーん、と相槌を打つと、
彼女は、なんなの?と
少し面倒くさそうな顔をした。


『気をつけなよ』


本気でもっと危機感を持って
気をつけて欲しいのに

俺の言葉に適当に返事して
背中を向けた彼女の肩を思いっきり掴む。


彼女の体を無理やり自分の方に向かせて


『…冗談抜きで。気をつけて。』


肩を掴む手に自然と力が入る。

半分睨むように
彼女の顔をじっと見つめて
もう一度“気をつけて”と口にした俺に

彼女は半泣きになりながら
小さく返事をした。


掴んでいた肩を離すと、
逃げるように俺から距離をとる彼女に


…彼女のことビビらせて…
俺とシャア、
やってること変わんねーかも(笑)


って自嘲的な笑いが出た。










***






夜遅い時間のコンビニは結構好き。


よく分からないイントネーションで
歓迎してくれる外国人店員さんの
ラッシャイマセー!って声を聞きながら
店内に入る。


毎週買ってる少年漫画の週刊誌が、
毎週月曜日に発売するんだけど

今週は月曜が祝日だから
土曜に発売する。

だから金曜の深夜にコンビニにくれば
読めるわけで…


『うぇい〜』


独り言を呟きながら、
本コーナーの一角に
予想通りフライング気味に置いてあった
週刊誌を手に取る。


もうずっと昔から愛読してるけど
今週も安定に面白い。


一冊まるまる立ち読みする勢いで
週刊誌を読んでいると、


『……あれ、?』


コンビニの前をズンズンと大股で
歩いていく1人の女の子が視界に入った。


…すげぇ歩き方…


あまりに豪快なその歩き方に
思わず週刊誌を読む手を止めて
目を向けると、

その大股で歩く女の子が
肩から下げているのは
見たことのある肩掛けバックで…


…何してんだあいつ(笑)


間違いなく彼女。


家とは逆方向に歩いていった彼女。


その先にある場所で
彼女が用がある場所といえば
駅くらいしかない訳で。


…今からバイト?
だとしても遅くないか?


まぁ居酒屋のバイトとかなら
あり得るのかな。


駅まで送っていければいいな、
なんて思いながら残りのページを
パラ読みして、

またよく分からないイントネーションで
アリガトゴザイマシター!と、
見送ってくれた外国人店員さんの
声を聞きながらコンビニを出る。


でもさっき見かけたスピードを
緩めることなく歩いて行ったであろう
彼女は、コンビニを出た瞬間には
もう見えないところまで
行っちゃったみたいで


『どんだけ(笑)』


大股で歩いていた彼女を
思い出し笑いしながら自分も家に
向かって歩き出した。






家の近くにまで来たけど、
彼女の姿は一向に見えなくて


…もう電車乗ったか?


ちょっと残念な気持ちと、
まぁこんなもんだよね〜
と思う気持ちで自分も家に帰ろうとした時に、


『……す……ます、…』


微かに公園から人の
話し声が聞こえた。


何の気なしに歩きながら横目で
公園に目を向けると、



彼女が男にキスされていた。




『…ッ……』



自分でも分かるくらいに
声を出して息を飲んだのが分かった。


…彼氏、いんのかよ…


予想もしてなかった展開に
鼻の奥がツンとする。


確かに、彼女の口からハッキリと
“付き合ってる人はいない”とは
聞いてなかった。


でも、普通にいないと思うじゃん。

あんなにバイトしまくって。

夜は頻繁に電話してれば。


いないと思うじゃん。



泣きそうになりながら
見たくないけれど
もう一度公園の方に視線を移す。


俺の願望からなる勝手な勘違いかも
しれないけれど…

よくよく見たら彼女が
嫌がってるように見えて、



…え?と思った瞬間に


彼女が、殴られた。



そこからはよく覚えてない。



気付いたら肩で息しながら男のこと殴ってた。


胸ぐら掴んで思いっきり右ストかましてた。



『お前誰だよ!!!!!』


ものすごい形相で俺を睨みつけて
掴みかかってこようとする
その男をもう一度殴ったところで、


その男が金髪なのに気付いた。


目の前で鼻血を垂らしながら
地面で丸くなって
痛みに顔を歪めるそいつは
間違いなく


…シャア…



遂にシャアが彼女に手出しやがった。

1番恐れていた事。

1番防ぎたかった事。



鼻血で真っ赤に染まった顔を
さらに泥まみれにした奴は
俺に向かって何て言ってるか
分からないくらいの大声で罵声を浴びせて
走って逃げていく。


『…おい…!』


追いかけようとした瞬間に、
ピタリと止まる俺の身体。


…あんな奴いい。


あんな奴ほっとばいい。


もっと大切な事がある。


振り返ると、
丸くなりながら泥に濡れる彼女がいた。



彼女の変わり果てた姿に
全身の毛穴が開く。

こみ上げる感情に息を切らしながら
彼女の前にしゃがんで


『○○!○○!』


耳を塞いで、目もギュッと
瞑る彼女の肩を揺する。


彼女がゆっくりと目を開けて
俺の顔を見た。


『…ふくだ、くん…』


いつもなら特別に感じるくらいに
嬉しい、俺の名前を呼ぶ彼女の声。


でも、今はもう
聞いていられないくらいに


弱くて…小さくて…


『○○…もう大丈夫だから。』

『…福田くん』

『うん』


俺だよ。

今お前の目の前にいるのは
俺だよ。


そんな気持ちを込めて頷いた。


『…大丈夫だよ』


自分が出せる最大限の優しい声で
彼女に声をかけながら
手を差し出した。


自分から触れていいかどうかさえ
分からない。

さっきの出来事を思い出させて、
余計に傷つける事だけはしたくなかった。


だから俺の差し出した手に
ゆっくり手を乗せてきた彼女に
すごく安心して、
少し震えるその手を強く握った。


ボロ雑巾のようになった彼女に
立てる?と、聞くと
全然身体に力が入ってないくせに
強がって立ち上がろうとするから

すかさず肩を抱いて支えた。


離したら今にも消えそうなくらい
俺の目に弱く映る彼女の手を引いて
歩き出すと、


『ケーキ…』


小さく腕を引っ張られた。


…ケーキ?

…なにが?



彼女の声に困惑しながらも
周りを見渡すと、
俺が今入ってきた公園入り口の近くに
白い箱が落ちていた。


その白い箱まで近付いて拾い上げると
中で何かが動く感覚がした。


彼女の手を引いて
家に向かって歩き出す。



さっきから、俺が握っている
彼女の手が少し震えてるのが分かる。

でもどうしてやることも出来ない。


彼女がこんなに震えてるのに、
俺は彼女に何もしてあげられない。


自分という存在の無力さを痛感して
悔しくて悔しくて堪らない俺に


『…福田くん…なんで、あそこにいたの?』


平然を装って話しかけてくる彼女に
もっと心が痛くなる。


『コンビニ』


シャアへの怒りと
自分への怒りで、

声が低くなった俺に
彼女はそれ以上話しかけてこなかった。





彼女の家に着いて、
俺が家に上がったことに
少し慌てた彼女を風呂場に入れて…


シャワーの水音が聞こえてきた瞬間に、
その場にため息をつきながら
しゃがみ込んだ。


いつも人に弱みを見せないで、
あまり表情も変えない彼女が

ここまで傷ついて怯えているところを
初めて目の当たりにした。


いつも1人で凛とした空気をまとって…


でも本当はどこまでも弱くて、
頼れる人なんて彼女にはいなくて。


そんなこと分かってたはずなのに。


だから頼られる存在でありたいと、

俺には素直なままでいて欲しいと、


思いっきり泣かせたいと、


そう思っていたはずなのに。



苛立ちを抑えきれずに
髪の毛をかきむしった俺の視界に、
さっき公園で拾い上げた
白い箱が入ってきた。


…ケーキ…?
って言ってたよな…


その箱を持ってキッチンに歩く。

シンクの上で白い箱を開けると、


『…うわ… 、』


ぐっちゃぐちゃになった、
いちごのケーキが入っていた。


これは食べられる状態じゃねぇな…


そっと箱を閉じようとした時に、

箱の隅の方に
生クリームまみれになった
チョコのプレートが見えた。


『……嘘だろ…』


HAPPY BIRTHDAY!!
○○ちゃん


そう描かれたチョコのプレートに
目に映るものがすべてぐるぐる回って
立っているのがやっとだった…


だからあんな状況でも、
ケーキの箱を拾おうとしたんだ。

誕生日ケーキだったから。

自分がお祝いしてもらえたケーキだったから。



『…ふざけんなよ…』


もう見ることなんて出来なくて、
ケーキの入った白い箱をそっと閉じる。


頭を押さえながら
フラフラと歩いてソファに座れば、
ほんのり香る彼女の香り。


その香りにまた胸が締め付けられる。


彼女が今何を思ってるか、
そんなの想像出来ない。

辛すぎて、想像出来ない。


少し赤くなった右手を見つめていると、

カラカラカラ、と浴室のドアが開く音がした。


音がしたのになかなかリビングに
現れない彼女に声を掛けると、

小さく返事をしながら、

ラグワン袖のロンTを着た
ラフな格好の彼女が風呂場から出てきた。


左頬を真っ赤に腫らした
彼女の顔を見ることが出来なくて
視線を下にそらして、


『ケーキ、さ』


いきなり口を開いた俺に、
彼女が『…?』と首をかしげる。


『中見てみたんだけど、
ちょっと食べられる状態じゃなかった』

『そっか…』

『一応キッチンの上に置いといたけど、』

『うん…分かった。捨てとくから大丈夫…』


…大丈夫なんかじゃねーだろ。

そんなにTシャツの裾ギュッと握って…
小さく震えて…


あのケーキ、誕生日祝いで
貰ったんだろ…?


少しの沈黙が流れてから、


『…こっち座って』


彼女を自分の方に呼ぶと、
素直にこっちに歩いてくる。


俺の隣でピタリと止まった彼女の
肩を押してソファに座らせた。

彼女の目の前に床にあぐらをかいて座って、
膝の上に乗っていた、
未だに小さく震えている
彼女の手を握る。


『…今日、誕生日だったの?』


こんなこと聞きたくない。

出来れば違う答えであって欲しい。


そんな俺の願いは


『…うん…』


彼女の肯定の返事で消された。


『…やっぱり。さっき見たケーキにチョコの
プレートのってたから…そうかなって』


彼女の手を握る手に力が入る。

どんどん身体が熱くなる。


本当に許せない。


でも、彼女がこうなってしまったのは
ちゃんと彼女にシャアのことを
伝えなかった自分のせいでもあって…

それが1番許せない。


シャアでもない。

自分が1番許せない。

自分が1番腹が立つ。


『俺さ、あの人知ってるんだよね』

『あの人?』

『さっきの…公園の…』


さっきとは打って変わって、
彼女よりも俺の声の方が小さくなる。


『同じ会社なんだよ、あの人と俺。』


その言葉を口にした瞬間に、
彼女の手がピクッと反応した。


もっと早く伝えるべきだった…


今さらしても遅い後悔をしながら、

自分の知っている事実を口にしたけど
彼女はボーッと一点を見つめるだけで
話にも適当に相づちを打つだけだった。


でも、彼女の手は
ずっと自分の唇を擦っていて…


『強くこすりすぎだから』


思わずその手を掴んでしまった。


『○○さぁ…』

『…』

『…なんで泣かないの?』

『…ぇ?』

『いつもはすぐビービー泣くくせに』

『…』

『…なんで泣かないの?』



彼女の肩に触れて
顔を下から覗き込めば、

零れ落ちそうなくらい
涙をいっぱい目にためて
平然を装う顔が見える。


『…』

『…』

『…泣きたくないから』

『…ん?』


既にどこかで聞いた事のある
その言葉に、一瞬耳を疑って聞き返す。


『あんな奴のせいで泣きたくないから…』


その言葉は、
俺が彼女本人から3年前に聞いた言葉
そのものだった。


そこまで我慢する彼女。


なんでだよ。

俺いんじゃん。


まだかよ。


いい加減甘えてきてくれよ。


泣いてくれよ。


『…本当頑固』


思わずそう口にすると、
彼女は下唇を噛んでさらに俯いた。


もうなんでもいい。


彼女が泣けるなら、
何でもいい。


彼女の為なら、
何でもいい。


彼女の隣に座り直した俺は、


『じゃあさ、俺のせいで泣いてよ』


自分でも笑えるくらいに
意味分からない言葉を彼女に告げた。


『…は?』

『俺のせい』

『…意味わかんな…ッ』


案の定俺の意味不明な言葉に
顔を上げた彼女の頬に
平手打ちをした。


目をまん丸に見開いて、
俺の顔を見る彼女。


赤く腫れた左頬は、
近くで見るともっと痛々しくて…


『痛い?痛いよね。
俺が今叩いちゃったんだもん』

『…』

『俺のせいでほっぺこんなに腫れちゃったね』

『…』

『泣いていいよ?』

『…ッ…』

『俺のせいだから』


優しく彼女の腫れた頬を撫でると、

彼女の目から大粒の涙が
ボロボロとこぼれ出した。


あぁ、これだ。

俺の見たかった顔。

彼女の泣いた顔。


どんなにすくっても
止まることなく溢れる
彼女の涙を撫でていた手で拭う。


『…怖かった…』

『うん』

『…怖かった…あ…』

『うん、怖かったね』


頬を撫でていた手を背中に回して、
彼女の身体を引き寄せて、

彼女が痛いって感じるくらいに
力を入れてきつく抱きしめた。


さっきのやつの事なんて
俺が上書きする。

思い出させてなんてやらない。


俺の首に回った彼女の
両腕の感覚を感じながら

もっと強く彼女を抱き締めて、


彼女の泣いた声を
いつまでも聞いていたいと思った。




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次回!「周りがどんどん結婚していくョ!自分が彼氏もいない現状への焦りよりも、ご祝儀についてと参戦日と結婚式当日がかぶることに焦っている自分がある意味すげぇなって思ってるョ!腐ってもジャニヲタ!ジャニヲタ最高!いやっふぅ!スペシャル!」やります。


サンキューサンキューでーす。

ヤンキー岩本くん【5】

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季節が移ろいできた。


あんなにジメジメして
気持ち悪かった天気は
いつの間にかジリジリとした暑さになっていて

もわんとした空気が身体を包む。



夏ってあんまり好きじゃない。


授業中にノートは腕に張り付くし。

開けっ放しの教室の窓からは
変な虫が入ってくるし。

何もしてないのに汗かくし。


衣替えを迎えて学校中が
ワイシャツ1枚で過ごす中

ふっかと岩本くんも
ワイシャツ1枚になったんだけど、


…岩本くんの、腕筋がカッコいい。


ちょうど肘が見えるか見えないか
くらいのところまで綺麗にまくられた
ワイシャツの袖から覗く腕筋は、

毎日の筋トレのおかげなのか
程よく太くてガッチリしてて


なんだろう…噛み付きたくなる。




…岩本くんは前より
ケータイをいじらなくなった。


それでもいじっているけど。

しっかり連絡は取ってるっぽいけど。



あたしはと言うと、


『ねぇ、岩本くん』

『あ?』

『髪染めるのって痛い?』

『髪なんだから痛くねーだろ』

『夏休みの間だけ染めようかな』

『夏休みの間?』

『うん。思い切って岩本くんくらいに』

『お前黒髪のが似合うだろ』

『なんで?』

『色白いから』


岩本くんの何気ない一言に
キュンキュンしちゃうくらいには
今日も彼に惚れている。


…嫌んなっちゃう。






夏ってあんまり好きじゃない。


汗でベトベトになった肌に
髪の毛が張り付いてくるし。

ちょっと外歩いただけで
やたら日焼けするし。


“○○ちゃん!!!何故か
正門に照の元カノがいる!!!”


ふっかから最悪に等しいような
連絡がくるし。





ふっかからのラインが来たのは
放課後になってすぐだった。

早めにHRが終わって帰ろうとしたふっかは
正門に岩本くんの元カノがいるのを見つけて
あたしに連絡してくれた。

岩本くんにはまだ知らせてないみたいで、


“○○ちゃん!どうすんの!!?”


テンパりまくりのふっかに


“すぐ行く!”


って返事してダッシュで教室を出た。



飛んで火に入るなんとやら…


そんな言葉が頭をかすったけど、
走り出す足は止まらなかった。






正門に着くと、木の陰に隠れながら
キョロキョロしてるふっかが目に入った。


『ふっか』


近づいてポンと肩をたたくと
肩を掴まれてあたしも木の陰に隠された。


ラインに反してふっかは
何気に落ち着いていた。


『どこだクソビッチは』

『こらこら、お口が悪いですよ』

『いいから、どこ』


後ろからあたしの肩に顎を乗せた
ふっかがポショポショと耳元で


『こっから見れば見える』


って言うから、ふっかの言った
こっちとやらから顔を出すと

セーラー服に身を包んだ女の子がいた。


小柄で華奢な
セミロングの髪の毛をサイドで1つに束ねて

某夢の国で絶大な人気を誇る
クマのカップルのキャラクターのぬいぐるみを
付けた通学バックを肩から下げた。

THE 女子力な女の子がいた。


うつむき加減で立っている彼女は
髪で顔が隠れるせいで見えなくて、
どうしても見たいあたしは
ぐいぐいと身を乗り出す。


『ちょ、○○ちゃん…!』


ふっかが出す不満げな声なんて
気にも留めない。


『ちょっとふっか邪魔』

『邪魔って…』

『ちゃんと隠れてよ』

『隠れてるよ…!』

『なんか狭いな、ここ』

『俺の顔がデカいからだよ!!』


…あ、


いつものお決まりの流れになって
それこそいつもの通りふっかが
叫んだ瞬間に2人して顔を見合わせて

恐る恐る顔を向けると…


『…深澤くん?』


元カノがばっちりこっちを見てた。


『ど〜もぉ〜〜』


売れない芸人のような挨拶をしながら
木の陰から出るふっかのあとを追って
あたしも超戦闘モードでそこから出た。


目の前に立って、
ガッツリと顔を見ることが出来た
岩本くんの元カノとやらは


『深澤くん、久しぶり』


フランス人形みたいなお顔をした
とても可愛い子だった。


ニコニコしながら


『他校の前で待つなんてちょっと
恥ずかしかったから、
知ってる人がいて安心した』


中学時代の同級生を見つけて
安心しながら話す元カノちゃんの
上目遣いが究極気にくわない。

小柄だから仕方ないのかも知んないけど。
ほんっっとに気にくわない。


『なんでここにいるの?』


深澤、彼女は岩本くんに会いに来たんだよ。


『あの…ひかるに会いたくて』


ホラ見ろ。

…ぜってー会わせたくねぇ。




かっえっれっ!かっえっれっ!かっえっれっ!
かっえっれっ!かっえっれっ!かっえっれっ!
かっえっれっ!かっえっれっ!かっえっれっ!



脳内で帰れコールをしまくってるあたしに
ふっと視線をずらしてきた
元カノちゃんは


『えっと…深澤くんの彼女さん…?』


と、問いかけてくる。


毎日1つ屋根の下でひかるくんと
一緒にご飯を食べる仲とでも言ってやろうかしら。


元カノちゃんからの質問に
反応しないでいたら、


『ううん、友達』


代わりに答えてくれるふっか。


反応もしないで、ジッと見つめるだけの
あたしのあまりの態度に
えっと…って少し困惑した元カノちゃんは


『ひかる…まだ学校にいる…?』


また視線をふっかに戻した。


『あ、どうだろ…分かんないや』

『そっか…』

『照に伝言あるなら伝えておこうか?』

『いや、えっと…』


そうだそうだ。早く帰れ。
ふっかに伝言頼んで早く帰れ。


岩本くんと元カノちゃんを
どうしても会わせたくないあたしは
まだ学校に残ってる岩本くんが
出てこないかヒヤヒヤしながら
ひたすらそう祈る。


『ひかる…最近連絡返してくれなくて』

『…あ、そうなんだ』

『電話も出てくれないから』

『……』

『…会いたくなって』

『……』


元カノちゃんのその発言に
今まで優しく相手をしていたふっかも
さすがに黙る。


…何言ってんのこいつ…


『私、付き合ってた人と別れたの』

『……』

『そしたら別れたつもりないって言われて
ストーカーまがいなことされちゃって…』

『……』

『すごく怖くて、
頼れる人ひかるしかいなくて…』

『……』

『ずっと相談に乗ってもらってたんだけど…』


聞きたくねーから黙れ。



もうどんな反応をしていいか分からないふっかと
私情丸出しで冷たい視線を向けるあたし。


直立不動で立ちすくむあたしたち2人に
元カノちゃんは肩から下げたバックの
手提げをギュっと掴みながら続ける。


『そしたら、ひかる一生懸命話聞いてくれて
すごく優しくしてくれて…』

『……』

『私…ひかるのことばっかり
考えるようになっちゃって…』

『……』

『付き合ってた頃の事とか思い出しちゃって…』



本当にすげーなこの女。
よくこんなこと言える。

二股掛けるだけあるわ。



『私のせいで別れることになっちゃったけど…』

『……』

『…でも、ひかるのことが忘れられないの。
今でもひかるが好きなの。』


その大きな瞳から
雫が1つポロっと落ちた。

俯いて涙を拭う元カノちゃんに
慌てて手を差し伸べようとしたふっかは


『…チッ…』


あたしの舌打ちに動きを止めた。


ハッキリとその場に響いたその音に
元カノちゃんも顔を上げる。


『…あんた最っ低』

『…な、なにが…?』


舌打ちに続くあたしから発せられる声に
元カノちゃんは
涙で濡れた目を大きく見開いた。


『こんの、ドブス!』

『…へ…』

『自分の事しか考えてない
超自分勝手な性格ドブス!』


きっとその容姿だから
ドブスなんて言われたことないであろう
元カノちゃんはビックリした顔のまま
ピクリとも動かない。


『自分のせいで別れたとか言っておきながら
よくぞまぁ連絡よこせるよね!』

『……』

『しかも連絡返さないから会いに来た?
馬鹿なんじゃないの!?』

『……』

『あんたはそれで満足かもしんないけど
なんで岩本くんが連絡返さなくなったのかとか
考えてみた!?』

『……』

『あぁ、頭の悪いあんたには
考えることも出来ないかもね!!』

『……』

『て言うか、
“考える”って日本語知ってる!?』

『……』

『知らないだろうね!
こんなこと出来るくらいだもんね!!』

『……』

『マジでどうしようもないんだけど
あんたのその神経!!!』

『…ふか、』

『何?またそうやって男に助け求めるの!?』

『…え、…』

『男に助け求めれば誰でも
助けてくれると思ってんの!?』

『……』

『おめでたい脳みそしてんのね!
あんたのそのちっこい脳みそは!!』


止まらないあたしの怒鳴り声に
元カノちゃんの目から
大粒の涙がボロボロとこぼれる。


…でも、それさえも今のあたしには
この勢いを増すだけの要素にしかならなくて


『はぁ!?そんで泣くの!?
泣いてどうにかなるとでも思ってんの!?』

『…ッッ…』

『泣けば同情してもらえるとでも思った!?』

『…ッ…』

『残念ね!あたしそんなに優しくないから!!』

『……』

『根性悪の性格ドブス!!』


その言葉を投げつけた瞬間に
元カノちゃんが泣き顔を手で覆って
その場から走り出した。


その場に残されたあたしは
フゥフゥと肩で息をしながら
ギュッと握った手を震るわす。

あたしの隣で立ちすくんでいたふっかが
こっちを見ているのが分かる。


『……』

『……』

『…ふっか』

『なに?』

『追いかけなくていいの?』

『誰を?』

『あの子。』

『……』

『泣いてたよ』

『…うん、でも』

『……』

『今俺の目の前にいる子も泣いてるよ?』

『…ッッ、』


いつから泣いていたのか自分でも分からない。

でもあたしの目からは
止まるどころかどんどん涙が溢れる。


…何様だよって言われるかも知んない。

あたしこそ岩本くんのなんなんだよって。


あの子にあんな事言えるほど
あたしだって岩本くんのことなんて
何も知らない。


それでも、あの子が許せなくて。

岩本くんの優しさに漬け込んでいる
あの子が許せなくて。


色んな感情が混じって
おぇおぇ嗚咽をもらしながら
泣くあたしを、
ふっかは自転車の後ろに乗せた。

ニケツし慣れていない感満載の
ふっかのヨロヨロ運転の後ろで
その狭い肩幅の背中に顔を押し付けて
周りにバレないように泣き顔を隠す。


『ちゃんと捕まっててね』


顔を押し付けてる背中から
ふっかの声の振動を感じる。



あたしって本当に可愛くない…


なんだよ、さっきの。

完全に悪役なセリフじゃん。


自分勝手なのはどっちだ。


岩本くんに今でも大切にされてる
元カノちゃんに嫉妬して
ぎゃんぎゃん喚いたあたしの方だろ。


『もうやだ…死にたい』


ふっかのお腹に回した手に力を入れて
くぐもった声を出した。


『え〜死なれたら困るよ』

『…あた、しなんてッ死んだほうがマシ…』

『何言ってんの』

『……』

『俺は○○ちゃんに死なれたら困るよ』

『…なんでよッ』

『親友だから』

『…ッ…』

『ありがとう、
照のために怒ってくれて。』


ふっかのその言葉に
もっともっと涙が溢れた。






次の日も次の日も、
岩本くんから何か言われることもなく。

ふっかからも何か言われることもなく。


元カノちゃんの情報は
全然入って来なかった。






“照、元カノにやり直したいって
言われたらしいよ”


ふっかからそんなラインが来たのは
夏休みに入って
一週間ほど経ってからだった。





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次回、「ふぉ〜ゆ〜主演舞台が決まったネッ☆もぉ嬉し過ぎて朝から狂喜乱舞ドンドコドンドコ!!!!越岡さんに公務員役を配役した人誰?ちょっとドンピシャ過ぎて金一封あげたいんだけど。越岡さんが公務員だよ?公務員!ウッショーーイ!!私がプレゾンを見せまくってふぉゆ沼に落とし込んだ幼馴染と共に9月は日比谷に向かいますさかい!!!スペシャル!」やります。


サンキューサンキューでーーす。