さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

ヤンキー岩本くん 〜ライバル編〜 【下】





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『いいよ』

『は!?』


自分から告白してきたくせに
あたしの返事に盛大に驚くえーくん。


『は!?え、なん!?はぁ!!??』

『別にいいよ、えーくんと付き合っても』

『え!?岩本は!?』

『だって別に岩本くんと
付き合ってるわけじゃないし』

『いやッ!あ…はぁ!?え!?』


テンパリまくりのえーくんは
あたしの肩をガシッと掴むんで
顔を覗き込んで、


『本当に付き合ってくれんの!?』


唾が飛ぶくらいな勢いで
そう聞いてくる。


『いいよ』

『は!?マジで…!?』

『うん』

『は!?』

『ただ』

『ただ!?』

『一つ条件があるけど』


肩を掴んだ指に力が入って、
ゴクンと生唾を飲んだえーくんに
伝える条件はただ一つ。


『岩本くんより夢中にさせて』



それだけ。


たったそれだけ。



『岩本くんより夢中にさせてくれるなら
付き合ってあげてもいいよ』


えーくんの全身から力が抜けていく。

肩を掴む力も弱まって、
その口元には笑みが浮かぶ。


『俺が?』

『うん』

『ははっ』

『ん?』

『岩本との話した後に
そんなこと言うなんてお前鬼だな』

『そう?』


首をかしげると
えーくんはあたしに手を伸ばして
優しく髪を撫でた。


『じゃあ無理だわ』

『え〜』

『岩本よりなんて無理』

『諦めるの早くない?』

『お前の条件が鬼畜過ぎんだよ』


大げさに嫌な顔をしたえーくんに
思わず笑いとばした。


『えーくんさ、岩本くんのこと
前から知ってるから
カラオケ屋であたし見たときに
あーやって声かけてきたの?』


その場から立ち上がって
スカートについた砂を払いながら
問いかけるあたしに
えーくんが『いや…』と、言いながら
顎に手を添えてたじろいだ。


『お前のことは前から知ってた』

『前から?』

『ああ』

『なんで?』

『……』

『なんで??』


言いにくそうにあたしから目を背けるから
意地でも目の前に回り込んで
目を合わせてやる。

くるくる回るえーくんに合わせて
えーくんの周りをくるくる回るあたし。


目が回ったのか、
えーくんはついに観念して
あたしに目を合わせながら


『お前の写メ、出回ってるから』


予想外のことを口にした。


『あたしの写メ?』

『ああ』

『どれ?見せて!』


あたしのケータイは
未だに返してくれないくせに

自分のケータイはあっさりと
手渡してきたえーくんは、


『コレ』


と、苦い顔をしながら
あたしの写メを見せてくれた。

画面の向こうに映るあたしはカフェにいて、
岩本くんとふっかに囲まれながら
談笑していた。


いつの間に撮られたのか…
全然気づかなかった。

週刊誌とかに載る芸能人の
スクープ写真とかって
こうやって撮られてるのかなって思うけど
それ以上に放っておけない事実がある。


『…うっわ』

『……』

『めっちゃ微妙なんだけど!』

『…は?』

『もっと可愛い顔で写ってる写真が良かった』

『お前…』

『あたしもっと可愛いやい』

『マジで付き合いてーわ、お前』


あたしの手からケータイを
取りながら笑ってそう言うえーくんは、


『でも条件が無理難題過ぎる』


と、付け足した。



『でもさ、出回ってるかもしんないけど
あたし今までなんもないよ』

『ん?』

『こんなのえーくんが初めて。』

『…だろうな』

『なんで?』

『お前、ここんとこ1人で家帰ったか?』

『それは…っ』



…帰ってない。



言われて気づいたけど
帰ってない。


なんかしらの理由をつけて
いつも岩本くんかふっかか
どっちかが家まで付いて来た。


別に送らなくていいよって
どんなに言っても

家まできっちり送られていた。


こんな裏が隠されていたなんて知らなかった。

しつこいな、なんて思った日もあった。



あたしは2人に守られてた。



『だからきっと今頃血眼になって
お前のこと探してるよ』


あたしに向けられるその笑顔は
嫌味っぽくも見えるし
嬉しそうにも見える。


『でも…写真の出回りって…
あたし大丈夫なの?
これから何かされたりすんの?』


やっぱり拭いきれない不安。


小さくなった声でうつむきながら
ぽそっとこぼしたあたしの頭に
えーくんの手がポンと乗った。


『そこはもう心配しなくていい』

『なんで?』

『俺が止めとく』

『へ?そんなこと出来んの?』

『お前俺のことなんだと思ってんの』

『そんな権力がある人間だとは思ってなかった』

『こう見えてすげぇんだよ、俺は』

『…へぇ』

『だからもう大丈夫。お前は安心してろ』


あたしのケータイを
あたかも自分のもののように
ポケットから取り出しながら

頼もしいことを言ってくれるえーくんに


『やっぱりえーくんは優しいね』


って言ったら、


『付き合う?』


って意地悪な笑顔で言われた。


もう傾きかけてる太陽は
昼間の時と違ってオレンジ色。

その太陽の色を見て
ふっかとカフェにいた時から
だいぶ時間が経っているのかわかる。


そろそろ帰りたいなぁ。

“えーくん帰ろうよ”

そう彼に声をかけようとした瞬間、
あたしに背中を向けて立つえーくんから
『ふふッ』と笑い声が聞こえる。


『どうしたの?』

『お前、岩本のこと
“ひーくん”で登録してんだよな?』

『うん』

『ほら』


見せられたあたしのケータイの画面には
“ひーくん”の表示。


『この“ひーくん”っての…
お前が寝てる間も、俺とお前が話してる間も
糞ほどに電話かけて来てたなぁ』

『そうなの?』

『岩本って分かってれば電話出たのによ』


ブツブツと文句を言いながら
あたしのケータイを持ち直す。

岩本くんからの電話に出たくて
返して返してって言いながら
ケータイを奪い返そうとするあたしを
手のひらで制しながら


『出るわ』


って、あたしへの報告なのか
独り言なのかそんな言葉を口にしてから
えーくんはケータイを耳に当てた。


『はい』とか『あ?』とか
強気に電話口の向こうに
言葉を発してたえーくんは、

急にケータイを耳から離して
画面を数秒見つめて
本当に驚いたって顔をした後に
口元に小さく笑みを浮かべた。


無事に電話が終わったからなのか、

さっきまであんなに返してくれなかった
ケータイをあたしに渡して来た。


見上げた先にあるえーくんの口元には
未だに笑みが浮かんでて、

むしろさっきよりもだらしない
口元になっている気さえする。


『……』

『えーくん』

『んだよ』

『顔キモいんだけど』

『…ふっ』

『きもい』


対照的なあたしたちのテンション。

それでもえーくんの
だらしない口元はそのまま。


『今お前のケータイで
岩本と電話したじゃん?』

『うん』

『したらさぁ』

『うん』

『俺の事、声だけで分かったって』


岩本は俺のことなんて
覚えてないと思ってた…

って小さく呟くえーくんの顔は
口には出さないけれど
“嬉しい”って感情を隠しきれてなくて、


『でもさ、えーくんの事
声で分かるくらい知ってるのに
カラオケ屋であたしといるとこ見たときに
なんでえーくん何も言わなかったんだろ』

『あー…』

『すごい謎』

『多分俺の事視界に入ってなかったんじゃね?』

『なんで?』

『お前に意識行き過ぎて』

『…ふぉっ』

『照れてんなよ、うぜぇ』


憎まれ口を叩いても
やっぱり顔はニヤニヤしてた。


『さーて、帰りましょうかお姫様』

『んだそりゃ』

『岩本に守られてるお姫様』

『あたしお姫様って柄じゃないんだけど』

『じゃご主人さまか?
岩本も王子様っていうより番犬っぽいしな』


唇の端を片方だけ上げて
ニヤリと笑うえーくんは
あたしにヘルメットを被せると
そのまま頭を鷲掴んであたしを抱き締める。


『なぁ』

『なんだい?』


抱きしめながら真剣な声で
そう言ってくるから

また告白されんのかな?
なんて思ってたら


『岩本、すげぇキレてる』


ある意味とんでもない告白をされた。


『それはそれは恐ろしいくらい』


はわわ〜

まじかよーい


『先に謝っとく。悪いな。』


あたし以上に“キレた”時の岩本くんの
怖さを知ってるえーくんが
ガチっぽく謝るから

なんだか憂鬱な気分になった。







岩本くんを焦らせて
もう一回喧嘩するのが狙いだったえーくんだけど

岩本くんが自分を覚えていることを知って
満足したらしく
『帰らせてやるよ』って言ってくれた。


どっかの倉庫だったらしいその場から
えーくんの運転するバイクに乗せられて

見慣れた街並みまで来ると、
いきなりバイクが止まった。


『○○』

『ん?』

『前見てみ』


捕まってたえーくんの背中から
ひょっこり顔を出すと
一本道をまっすぐ見据えた遠くに
岩本くんが見えた。

もちろんその隣にはふっかもいる。

もう結構離れた距離からでも
分かるくらいに岩本くんは機嫌が悪そうで
めちゃくちゃイラついてる。


『あはっ、すげー怒ってね?』


ゲラゲラ笑うえーくんを睨みながら
あたしはもういっそのこと
バイクと同化したいとさえ思い始めてた。

あたしなんも悪くないのに。

えーくんと岩本くんの喧嘩なのに。

マジで巻き込まれた感半端ない。


同化することが出来なかった
バイクからのろのろと降りて
力なくえーくんにヘルメットを返す。


『んじゃ、俺帰るから』

『え!?』

『なんだよ』

『一緒に来てよぅ…』

『岩本にもうお前に関わるなって
さっき電話で言われたから』


…なんて無責任なッ!


巻き込まれた上に
この無責任さ!

許せん…!!


もう関わるなって言われたから
一緒に行けないって言ったくせに、

ヘルメットをあたしから受け取りながら


『また電話するな』


って言葉を残してえーくんは本当に
あたしを置いて去っていった。


まだ岩本くんとふっかは
あたしに気づいてない。


岩本くんに一歩近づくたびに
心臓がドキドキとなる。

それはときめきとかの類の
良い意味のドキドキじゃなくて

親とかに怒られる前に感じるドキドキ。

だからひたすらに心臓が痛くなる。


それでも凄まじい怒りオーラを纏った
岩本くんに近づいていくあたしは

心のどこかで腹を括ってるみたい。


岩本くんとあたしとの間が
100メートルあたりになった瞬間…

ふっかが『アッ』と、声を上げて
岩本くんがあたしの方に振り返った。


向けられた目線に
息が止まりそうになってるあたしの元に
岩本くんがダッシュで駆け寄って来て


『今までどこにいた!?』


地響きが何かと勘違いするほど
低い声で怒鳴られた。


同時に掴まれた腕も
もう手跡が付くんじゃないかって
くらいの力で握られる。

あまりの迫力に掴まれた腕を
引っ張りながら体を小さくする。


『い、いたい…』

『んでこんなマフラー付けてんだよ!!』

『痛いってば…』

『おいふっか!!!』

『はいぃぃッ!!』


今まで見たことないくらいに
声を荒げる岩本くんにビビってたのは
あたしだけじゃないみたいで

いきなり名前を呼ばれたふっかは
声を裏返しながら返事をする。


『東高行くぞ』

『な、なんで!?何すんの!?』


岩本くんにしがみついて
問いかけるあたしに、
彼は冷たい視線で見下ろしながら


『ぶっ殺す』


戦慄するような言葉を吐いた。


『だ、だめだめだめだめ!!』

『うるせぇな』

『殺しちゃだめだよ!!』

『本当に殺すわけねぇだろ』

『あ、当たり前じゃん!!』

『話つけに行くだけだ』

『絶対話だけで終わるわけないじゃん!!』

『あ?』

『だめだって!』

『1発くらい殴ったっていいだろ』

『それを辞めてって言ってんじゃん!!!』

『はぁ!?』

『えーくん、悪い人じゃないよ!!
優しい人だよ!!!』


もはや最後は叫び声に近かった。

いろんな感情が入り混じって
叫んだあたしを岩本くんは
さっき以上に冷たい視線を向けて


『お前、自分が何言ってっか
分かってんの?』


そう言う。


岩本くんの視線から逃げるように俯いて、
肩で息をするあたしの手を
払いのけるように自分の体から外した
岩本くんは、


『…知らね』


って言いながら
あたしに背中を向けて歩き出した。




…あ、




少しずつ遠くなってく広い背中を見つめながら
呆然と立ち尽くすあたし。


すると今まで徹底して空気のように
気配を消していたふっかが隣に並んできた。

ふっかの方を見ると、
少し困った顔をしながら…

でも笑ってて、


『○○ちゃん…』

『ん…?』

『照ね、すごく心配してたんだよ?』

『……』

『すごく必死に探してたんだよ?』

『……』


分かってる。

そんなこと分かってる。


あんな形相になって…

あんな力ずくであたしの腕を掴むなんて…


優しい岩本くんがするわけない。


そんな“するわけない”ことをするくらい、
あたしを心配してたってこと。

余裕なくなるくらい
あたしを探してくれてたってこと。


そんなことは分かってる。


えーくんを庇うわけじゃないけど、
あんなに嬉しそうに笑ってた
えーくんを傷つけて欲しくなかった。


どっちかと言うと、
えーくんの中に存在している“岩本”像を
あたしなんかの為に
岩本くん本人が壊しに行こうとしてるのが
すごくすごく嫌だった。

だから東高に行くなんて言い出した彼を
えーくんを理由にして
止めてしまった。

彼が1番気に入らない方法で
止めてしまった。


自分勝手さとどうしようもなさに
呆れて泣きそうになるあたしの首から、
ふっかが優しくマフラーを外す。


『照のとこに行ってあげて?』

『……』

『ね?』

『……よ』

『ん?なぁに?』

『嫌われた…よ、絶対』


涙声まじりのあたしに
ふっかが盛大に吹き出した。


『なんでそう思うの?』

『めっちゃ睨んでた…』

『あはは』

『めっちゃ怒鳴ってた…』

『うんうん』

『めっちゃ怒ってた…』

『怒ってたねぇ』

『絶対嫌われた…』


ふっかはさっきよりも
盛大に吹き出してから


『照がそんな奴じゃないって事は
○○ちゃんも知ってるでしょ?』


前にふっかに対して“嫌がられる”って
思った時も

岩本くんは『ふっかはそんな奴じゃない』
ってあたしに言った。

そして実際そうだった。

ふっかはそんな奴じゃなかった。


だから、ふっかが伝えてくれる
岩本くんに対してのことは
誰の言葉よりも信用出来る。


『よし、出来た』


そう言ったふっかの手があたしから離れた。

さっきまで東高の指定マフラーを
巻いていたあたしの首には、
黄色のデザインのマフラーが巻かれていて、

見覚えのあるマフラーを
キュッと握って
ふっかを見つめると


『ついでにそれ照に渡しといて』


満面の笑みでそう言われた。


『岩本くんに?』

『そう。それ照の』

『……』

『走り回って探してたせいで
暑いって言って外したんだよね、照。
俺が預かってたの忘れてた。』

『…そっか』

『うん。冷え込んできたし
いくら照でも寒いだろうから』

『…ん…』

『多分学校戻ってるはずだから
渡しに言ってあげて』

『学校?なんで…?』

『照、俺が連絡した途端
学校から飛び出してきたっぽくて。
マフラーは巻いてたくせに
鞄とか全部置いてきてやんの』


笑いながらふっかはそう言うけど
あたしはもう泣きそうだった。

目の下がプルプル震えて、
鼻水はもう垂れる寸前だった。


『バカだよなぁ、照』

『…バカだね』

『て事で、よろしくね○○ちゃん』

『うん』

『後で俺も学校行くから』


ふっかのその言葉は
少し不安だったあたしの背中を押すには
十分すぎるほどのものだったみたいで


『絶対だからね!!絶対来てね!!!』


って、鼻息荒く言った後に
学校へと走り出した。









少しだけ残る太陽のオレンジと、
周りにつき始めた街灯。

校門に立つあたしに近づいてくる影は
まだあたしに気づいていないみたいで


『岩本くん』


思いきって呼びかけてみると、
少しびっくりしながら


『なんでいんの?』


って、ぶっきらぼうに答えた。


『…えと、』

『危ねぇだろーが』

『…うん』

『学習能力ねぇのか馬鹿が』


言い方はキツイかもしれないけど
その言葉は全部あたしを心配する言葉。

もう誰もいなくなった校舎を背に
『帰んぞ』って言いながら
あたしの横を通り過ぎようとする
岩本くんの腕をとっさに掴んだ。


『……』

『……』

『…んだよ』

『…ごめんね』

『……』

『あと、』

『……』

『ありがとう』


不機嫌そうな顔は変わらないけど
あたしの頬に伸びて来た
岩本くんの手は優しくてあったかい。


『怪我は?』

『してないよ』

『どこか痛むか?』

『ううん』

『気分悪くないか?』

『平気だよ』


一通りあたしに質問すると、
岩本くんは少し安心したかのように
笑みをこぼした。

その笑顔につられて
あたしも安心して一息はくと、

今まで頬に触れていた岩本くんの手が
後頭部に回って

そのまま強引に、
でも優しく抱き締められた。


『…心配した』

『うん』

『すげぇ心配した』

『ごめんね』


広い背中に腕を回すと
岩本くんはあたしの首に顔を埋めながら


『えーくんとか呼んでるし』


さっきとは打って変わって
弱気な声を出す。


『なにが?』

『えーくんなんて呼んでんじゃねぇよ』

『……』

『つか、なんだよえーくんって』

『…名前知らなくて』

『は?』

『だから少年Aのえーくん…
って意味で、呼んでたんだ…けど…』


えーくんにした通りの説明を
岩本くんにしてあげると

岩本くんはため息を吐いた。


『下の名前で呼んでんのかと思った』

『へ?』

『あいつの下の名前“え”から始まるんだよ。
だからお前のそのあだ名、
あながち間違ってねぇんだよ』

『はー、そうなんだ…』


なんて言っていいか分からなくて
とりあえず相槌を打つと、

岩本くんはあたしの体を離して
真剣な顔をしながらあたしを見る。


肩に乗せられたままの手と
真剣な目にゴクンと唾を飲み込む。


『なんか…ここんとこお前が隣にいるの
当たり前すぎて
俺ん中でなぁなぁになってた』

『…うん』

『ちゃんと言葉にしなきゃなんねぇんだって
気付かされた…
認めたくねぇけど』


ふて腐れたようにそう言った
岩本くんの心理は、あたしに対してじゃなくて
えーくんに対して何だと思った。

えーくん“なんか”に
正論を突きつけられて
自分の心を動かされたことに対して。

その事実を認めたくないんだなって思った。


岩本くんは一度大きく息を吸うと、
ふぅ、だか。はぁ、だか。
言いながら息を吐き出して、


『俺、お前のことが好き。』


そう言った。


『お前が隣にいないとか…想像出来ない』


岩本くんのことを考えていたあたしは
いつの間にか彼をジーっと見ていたらしい。


あたしのあまりの凝視に
少し恥ずかしくなったのか

岩本くんはちょっと低い声で
『返事は』って言って来た。


付き合ってくれ。とか
隣にいてくれ。とか

返事するような言葉で
告白されなかったから

なにに対しての返事だか分からなかったけど、


岩本くんが自分と同じ気持ちだって
事だけはしっかりわかったから


『うん!』


って答えた。

あたしの声は思ったよりも大きくて、

自分が思う以上に今のこの現状が
嬉しくて仕方ないみたいだった。

でも、


『そんなに嬉しいのかよ』


って笑いながら言って
あたしの頭をなでる岩本くんも
結構嬉しそうだった。


超ニコニコ顔のあたしを見て
鼻で笑った岩本くんは
帰るぞって言いながら
あたしの手を握って歩き出した。

どんなに近い距離にいても
手を繋いで歩いたことなんてなかったから
これが岩本くんの中の
彼氏彼女の在り方なのかなって思った。


右手に感じる岩本くんの
大きな手の感触が彼女の特権である
ことを噛み締めていると、


『俺も仲間にい〜れてっ』


って言いながらふっかが
あたしの左手を握って来た。


今までどこに隠れてた!?

どこから目撃してた!?

恥ずかし過ぎる!!


なんてアワアワするあたしをよそに
ふっかは握ったあたしの手を
ブンブンと前後に振り回す。


あたしの目が口以上に
モノを言っていたのか、


『こんな夜遅い時間に学校までって言っても
1人で歩かせるわけ無いじゃん。

ずっと付けてたよ。』


って説明してくれて、
えーくんが教えてくれた写メの話を思い出して

そう言えばそうか。って納得した。


岩本くんは、
あたしの手をふっかが握っても
嫌な顔なんてしない。

楽しそうに笑い声を上げて
『車の邪魔になんだろ』
って言って右手を握る岩本くん。

『だって仲間はずれみたいで
寂しかったんだもん』
って言って左手を握るふっか。


むしろあたしのが邪魔者じゃね?

この2人の方がよっぽどカップルっぽくね?


なんてことを思っていると、
不意にあたしの首元に岩本くんが触れて来た。


『ん?何?』

『変なふうになってた』


知らないうちに変なふうになってたらしい
マフラーを綺麗に直してくれた
岩本くんは、満足そうに笑って
自分のであるあたしの首に巻かれた
マフラーを指差して


『似合ってんな、それ。』


って言ったから
このままパクっちまおうと思った。


『あ…そうだ、ふっか』

『ん?』

『さっきの、あの…』


ふっかはあたしの言いたいことが
すぐに分かったらしく『あぁ、マフラー?』
と言ったあとに、


『燃やしといたよ』


って言った。


驚きのあまり声も出せずに
目丸くするあたしに


『捨てるくらいじゃ生ぬるいからね』


って笑顔で言い張るから

マジかよ…
岩本くんよりふっかのが怖ぇかも…

って思ってたら


『東高行くくらいだから
家金もってんだろ。
マフラーくらいすぐ買い直すだろ。』


って横から岩本くんが冷静に言うから
ちょっと視点がずれてるな…って思った。





右手に岩本くん。

左手にふっか。


両手に感じる優しさに、
ルンルンになりながら歩く。


『ねぇ、岩本くん』

『あ?』

『岩本くんにとってふっかはなぁに?』

『家族みてぇなもん』

『じゃあえーくんは?』

『ライバルみてぇなもん』

『そっかそっか』


えーくんは、岩本くんに対しての
『ライバルなんて言えない』って言ってたけど

岩本くんにとって、
えーくんはちゃんとしたライバルだった。


それが嬉しくて
タニタしてると、

隣から


『因みにお前は彼女みてぇなもん』


っていうヤンキーの
甘いささやきが聞こえた。







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ヤンキー岩本くん 〜ライバル編〜 【上】



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あたしの好きな人は、

超が付くほどのヤンキーだ。














…はて。

ここはどこだろう。


まぶたを開けた視界に広がるのは
見覚えのないコンクリートの天井。



最悪の事態を想像して
自分の体に目を向けるけど

着衣に乱れは無く、
制服のスカーフもきっちり結ばれている。



ただ、ここがどこだか分からない。



確か今日は、
ふっかと2人で放課後にカフェに来てた。

秋晴れがすごく気持ちよくて
外のあったかい空気に誘われて
テラス席で紅茶と一緒に
ワッフルを食べていた。

…はず。


ワッフルの上にあまーいシロップと
ホイップクリームを乗せて
頬張っていたところまで覚えてる。

あとふっかがトイレに
立ったところまで覚えてる。



…そこからの記憶がない。



寝かされていたソファから
むくりと体を起こすと、

少し離れたところで
バイクをいじってる人が見える。




…どっかで見たことあるその髪型。


じーーーっと目を凝らして
バイクに夢中になるその後ろ姿を
眺めていると、


『…ん?』


振り返ったその顔に、


『あ!』


思わず声が出た。


『んだよ、起きてたのかよ』


バイクをいじる工具を、
カランと床に投げると
のっそり立ち上がってあたしに近づいてくる。



どっかで見たことのある
爽やかなツーブロックのショートヘア。

優秀な人しか着ることの出来ない
カッコいい校章が左胸についたブレザー。

それはどう見ても東高の制服。


つまりこいつは…


『カラオケ屋以来だな』


いつぞやのツーブロ野郎だった。


口をぽかんと開けたままのあたしに
ツーブロ野郎が片眉を少し上げる。


『どうした』

『…何が何だか』

『とりあえず静かにしろ、人質なんだから』


サラッととんでもない言葉を発した
ツーブロ野郎に目ん玉が飛び出た。


『あたし人質?』

『そうだよ』

『え?あたし人質?』

『そうだっつってんだろ』

『えー!人質ー!?』

『っだよ!うるせーな!!』


目の前まで来ていたツーブロ野郎は
あたしの頭をパシンと叩いた。


『どんだけ危機感ねぇんだよお前!
この状況下で人質って言われてんだぞ!!』

『ごめんごめん。
ちょっと興奮しちゃって…』

『お前なぁ…』

『ありがとん』

『褒めてねぇよ』


盛大にため息をつかれる。


て言うかずっと気になってた。

説明しにくいけど…

なんだか違和感を感じる。


なんだろう…

なんだろう…

なんか…


『あんたってそんな感じだったっけ?』


今まで呆れ顔だったのに、
その言葉を言った瞬間

ニヤリと笑って前かがみになって
あたしに目線を合わせてきた。


『あんなに俺のこと嫌がっておきながら
実はしっかり覚えてんじゃん』


少し嬉しそうに見えるその微笑みは
絶えることなくあたしに向けられる。


『あれは外面用』

『そとづら?』

『そ。あんだけ愛想よく爽やかに振舞ってれば
大体の人間は味方についてくれんだよ』


確かにあのカラオケに来てた女の子達で
1人の子はこいつに連絡先聞いたり
していたのを思い出した。


あたしも爽やかな印象を受けてたし…


それを全て計算でやってたかと思うと
…只者じゃねーぞ、こいつ。


ポケットに手を突っ込んで
あたしから離れた彼は

舌打ちをしながら手元のケータイを
眺め出した。

でもそのケータイはどう見てもあたしので、


『は!?
なんであたしのケータイ持ってんの!?』


自分のスカートのポッケの中を
探りながら問いただす。


『お前のケータイのロック番号教えろよ』


ただでさえ意味不明なのに
あたしの質問丸無視で、
そう言うから余計に腹が立ってくる。


『嫌だわ!』

『お前のケータイロックかかってたから
岩本に脅迫電話出来なかったんだよ』

『…ッきょ…!?』


脅迫電話とはなんとも恐ろしい…


『Siriに言っても反応しねぇし』

『な、んて言ったの?』

『“いわもとひかるにでんわ”』

『それなら無理だわ』

『なんで』

『ひーくんで登録してるから』

『は?お前岩本のこと
ひーくんって呼んでんの?』

『呼んでない』

『は?』

『呼んでないけど
あえてひーくんで登録してんの』

『意味分かんねぇ』


眉間にしわを寄せて
そう言い捨てたツーブロ野郎は
またバイクの前にしゃがんで
いろいろいじり始めた。


自分もソファから立ち上がって
バイクの前にしゃがむ彼の隣に
一緒になってしゃがみ込む。

バイクなんて無知なあたしでも分かるくらいに
ピカピカに改造されたバイク。

隣を見ると心なしか
目を輝かせる男が目に入る。


バイク改造すんのって難しい?』

『勉強よりは簡単』

『ケータイ返してよ』

『後でな』

『これなんていうの?』

『マフラー』

『ケータイ返してよ』

『後で』

『ケチ』


ぷぅっと膨らました頰を
変な顔で見てくる。


『マジで岩本の好みが分かんねぇ』

『は?』

『お前無人島でも1人で生きていけそうだよな』

『は?なに?喧嘩売ってんの?』

『お前より俺のが強いからやめとけ』

『ねぇ、ここ寒くない?』


会話をぶった切って自分の体を
縮こめながらそう言うあたしに
盛大なため息をついて、


『お前と話してると頭痛ぇ』


ってボヤいたツーブロ野郎は
本当に頭痛そうな顔をしながら
立ち上がってどっかに歩いて行った。


不意に1人にされて
ぼーっと目の前の分かるわけもない
バイクの部品一つ一つを眺めていると、

パサっと何かが首元にかかった。


『それくらいしかないから我慢しろ』


ぶっきらぼうにそう言った
そいつがあたしにかけてくれたのは
東高の指定マフラーだった。


『ありがとー』


ぬくぬくと首に巻き直しながら
気になっていたことを聞く。


『ねぇ、一つ質問していい?』

『あ?』

『なんであたしここにいるの?』

『なにが?』

『こんな見覚えのないところ』

『あぁ』

『なんで?』

『俺が攫ってきたから』


開いた口が塞がらなかった。


どうやらあたしは、
ふっかがトイレに立った隙を狙って
こいつに攫われたらしい。

一体全体どんな手段を使って
あたしを気絶させたかは教えてくれなかったけど

このご自慢のバイクに乗せて
ここまで来たことは教えてくれた。


マジでそんなのドラマとか漫画の中での
出来事だと思ってた。

攫うとか…

いやマジで…


『犯罪じゃん…』


ボソッと呟いたあたしに
鋭い目が向く。


『これバレたら犯罪になるよ?』

『……』

『少年Aって書かれるんだよ』

『うるせぇな』

『いつもこんなことしてんの?』

『いつもはしてねーよ』

『て事は初めてじゃないのね』

『……』


黙りこくった彼。


『将来不安ねぇ、進学校の生徒が』


そう言うと、少し寂しそうに
瞳が揺らいだ。

その瞳を見ていられなくて
東高の指定マフラーに顔を埋めながら
目をそらした。


『ねぇ、なんであたしなの?』

『……』

『なんであたしのこと攫って
岩本くんに電話しようとしたの?』

『……』

『えーくん、岩本くんと知り合いなの?』

『…えーくん?』

『あたしあんたの名前知らないから、
少年Aのえーくん』


ナイスネーミングセンスだと思ったのに、
えーくんはお気に召さなかったようで
ブツブツと文句を言いながら
また手を動かしてバイクをいじる。


『ちょっと!質問に答えてよ!』

『質問一つじゃなかったのかよ』

『ケチ』


2度目の“ケチ”発言をすると、
えーくんは小さく舌打ちをして

あたしにグッと顔を近づけて


『嫌いだから』


低い声でそう言った。


『嫌い…?』

『そう。嫌い。』

『あたしを?』

『岩本を』

『岩本くんのこと嫌いなの?』

『大嫌い』

『はぁ…』

『だから岩本が気に入ってるお前攫って
焦らせてやろうと思って攫った。』


口調はぶっきら棒ですてばちなんだけど、
えーくんの瞳はなんだか寂しそうで…


『ほんとは?』


思わずそう聞いてしまった。


『…は?』


こっちを見るえーくんは
眉間にシワを寄せまくり。


そんなことは置いといて、
さっきから少し思うことがある。


『何言ってんだ、馬鹿』


なんか口調とか…

雰囲気が…


『似てるよね、岩本くんとえーくん』


そっくりなんだ。



あたしの言葉に
目をまん丸くさせたえーくんは
ピクリとも動かずにあたしを見る。


『本当に嫌いなの?』

『……』

『深く知ってないと』

『……』

『そこまで似ないと思うの』

『……』

『ねぇ、えーくん。』

『……』

『岩本くんのこと、本当に嫌い?』



どうやら彼は
あたしの質問に答えそうもない。

小さくため息をついて
目の前に転がってたドライバーを
手に取ろうとしたあたしの腕が
力強く掴まれた。


『お前、こんな状況で
よく俺の機嫌損ねるようなこと聞けるな』

『こんな状況?』


次の瞬間、工具がコンクリートの上に
投げ飛ばされる音が聞こえて…

背中に冷たくて固い感触が走った。


『すぐヤれる状況』


目の前にある彼の表情には
もう“爽やかさ”なんて一ミリもない。

ただ、その虚無的な瞳に
あたしを映す。


コンクリートの床に
肩を押し付ける腕に力が入って、

覆いかぶさってくるえーくんは

少しずつ、あたしに顔を近づけてくる。


その長い睫毛が少し下を向いて
あたしの唇を捉えたけど、


『でも、ヤらないでしょ?』


あたしの想像通り、
彼は動きを止めた。


『ヤれるし』

『あんたはヤらない』

『てめ…』

『とりあえずどいて。
あたし今パンツ丸見えなの。』


勢いよく押し倒された衝撃で
あたしはマジでスカートがめくれて
パンツが丸見えになってた。

角度的に自分からも、
えーくんにも見えてないけれど

スカートがめくれているのは
気分が良いものじゃない。


えーくんの肩を押しながらそう頼むと、


『お前、良い女だな』


当たり前のことを言ってきた。


『よく言われる』

『少しは謙遜しろや』

『じゃあ最初から褒めないでよ』

『良いな、お前』

『なにが?』

『岩本なんかにはもったいねーわ』

『“なんか”なんて言わないでよ、
岩本くんのこと』

『あー、まじで良いわお前』


少し笑みをこぼしながらそう言うと、
あたしの腕を引っ張って
勢いよく起こされる。

勢い余ってえーくんの身体に
思いっきりダイブさせられた
あたしの体を、

彼はギュッと抱き締めた。


『何すん…』

『嫌いだよ、あんな奴』


あたしの声に被せながら
小さい声でそう言った。


『なにが?』

『岩本のこと』

『あぁ、』


自嘲的に笑いながら
あたしの髪に顔を埋める。


『あいつと喧嘩して
一回も勝てたことねぇんだよ』

『……』

『今まで負けなしだったのに
あいつにはマジで勝てねぇ』

『……』

『涼しい顔して喧嘩に勝つあいつ見て、
めちゃくちゃカッコいいって思った…』


抱き締められてるから顔は見えないけど、
ゆっくり話すえーくんの声は
低くて切なかった。


『あいつ、俺にないものみんな持ってんだよ』

『ないもの?』


きっと今、えーくんの目に
あたしは写ってない。

あたしに話してるんじゃない。

彼が今までずっと心に隠してた
岩本くんへの想いを
声に出してるだけ。


『無愛想にしてるくせに人が寄ってきて
誰からも一目置かれてて

自分貫いてて。

あいつの中身知った奴は
全員あいつのこと好きになる。

男も女も関係なく。
あいつの人間性に惚れる。

あいつのそういうところ
見せられるたびに劣等感感じるようになった。

“俺は岩本みたいになんてなれない”
ただただ痛感させられた。』


えーくんの言いたい事が
痛いほど分かった。

あたしも、そうだったから。

岩本くんの近くにいて
“あたしだったらこんな風に出来ない”

って何度も思ったことがある。


あたしはえーくんと違って女だし、
プライドも高くないから

そんな岩本くんの人間性を
素直に受け入れることが出来たけど

男である上に自尊心があったえーくんは
劣等感を感じちゃったんだと思う。


『ライバルなんて言えないくらい、
俺にあいつは眩しすぎた。』


背中に回されたえーくんの腕は
痛いくらいにあたしを締め付ける。


『だから嫌いなんだ。あいつのこと。』

『……』

『いろんな魅力があるあいつが』

『……』

『俺にないもの全部持ってるあいつが』

『……』

『大嫌いなんだ』


嫌いになれないと、やってけなかったんだ。


尊敬にも近いその気持ちを
受け入れるには大きすぎて、

嫌いになれないと

やってけなかったんだね。


『…でも』


今まで黙りこくってたあたしの声に
えーくんの腕の力が少しゆるまって、


『えーくんにはえーくんの
魅力あるじゃん』


ピタリと身体が固まった。


『…なんだよ』

『へ?』

『俺の魅力って』

『……』

『言ってみろよ』

『優しいじゃん』


あまりにも意外だったのか
今まで抱きしめてたあたしの身体を
離すと同時に、
大きく見開いた目であたしを見た。


『俺が?』

『うん』

『ど、こが?』

『攫ってきたことはまぁ置いといて…

普通ならその辺に転がしとけばいいのに
ちゃんとソファに寝かしといてくれたり、
マフラー貸してくれたり、
こうやってちゃんと話してくれたり…』

『……』

『えーくんは優しいよ』


今にも泣き出しそうな彼の頭を
優しく撫でると、
彼はまたあたしの腕を引っ張って
力強く抱きしめた。


『よしよし』


頭をポンポンしてやると、
小さく舌打ちする音が聞こえる。


『ヤんぞコラ』

『出来ないくせに』

『ムカつく女』


やっぱりプライドが高い。

手に取るように分かる
えーくんの心情に
クスクス笑うあたしに、

えーくんが問いかける。


『なぁ』

『ん?』

『お前、俺と付き合わない?』









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特技はタイトル詐欺です。

岩本くん出てきてないネ。


(土下座)



【下】に続きます。

後輩の宮舘くん 〜冬〜


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風の匂いが、
少し冬を感じさせて来た頃。


宮舘くんから、
大学合格の報告が入った。




ちょうど1年前、
私が喉から手が出るほど欲しかった
指定校推薦をもらえた彼は

宣言した通り、
私と同じ大学に見事に合格した。


夏に会った時は、
『指定校欲しいんですよね』
なんて軽く言ってたのに…


まぁきっと本人は私の知らないところで
とんでもなく努力してたんだろうけど。




合格を確認した宮舘くんは
すぐに電話してくれたみたいで、

興奮気味の声は
少し聞き取りにくかったけど


『先輩、会いたいです』


って言葉だけはハッキリと聞こえた。


その言葉に、珍しく素直に


『私も会いたい』


って言った私に
ふふっ、
と笑ったその声はいつもの通り
私を少しバカにする
いつもの宮舘くんだったけれど


『いつ会えます?今週末とか…』

『ごめん!もう電車乗っちゃった』

『え…?』

『そっち行くね!』


私の突拍子のない行動には
さすがに絶句していた。


宮舘くんからの電話を受けた瞬間

私はすぐ近くの肩掛けバックに
財布だけ詰めて

コートを手に持って
弾かれるように家から飛び出した。

電話の向こうの宮舘くんの
興奮した声を聞きながら
駅まで全速力で走って、

ちょうど運良く停車していた
自分の地元へと向かう電車に乗った。


『ごめんッとりあえず切るね』

『え?ちょっ、』


電車に乗ってすぐに、
それだけ言って一方的に電話を切る。


どんな状況にいても
マナーだけは守りたい。


でも、私の手元のケータイは
久しぶりの全力疾走で
切れた息を整えて、
空いている座席に腰掛けるまで
ずっとブーブー鳴りっぱなしだった。





連絡自体はおやつの時間の
前くらいに来たんだけれど、

勢いだけで乗り込んだ電車だったから
地元に着くまで何回も乗り換えさせられて


“着く時間分かったら連絡ください”


って送って来てくれた宮舘くんに


“あと15分くらいで着きます”


って返事をする頃には
もう外は真っ暗になっていた。



今年の夏はめんどくさくて
帰らなかったから…

すごく久しぶりの地元。


改札を抜けて左に曲がって、
“西口”って書かれている文字を横目に
階段を降りて向かうのは…


“西口側にあるカフェで待ってます”


そう言っていた宮舘くんの元。


緊張と恥ずかしさを抱いたまま、
少しずつ早歩きになる私の足。


冷えて冷たくなった階段の手すりに
手を滑らせながら
最後の一段を跳ねながら降りる。





早く


早く早く







『ぎゃあ!』


走り出そうとした私の体に
いきなり後ろから誰かが抱きついてきた。


…でも、誰かなんて分かってる。


いつの間に後ろにいたのか、


中越しに感じる温もり。

私の肩に顔を埋めたせいで
頬に当たる柔らかい髪。

そして、バニラの香り。


『宮舘くん…?』


分かってはいても、
いきなり抱きつかれた衝撃で
ドクドクと音がする心臓を抑えながら
そう聞く。


『先輩』

『宮舘くん?』

『……』

『宮舘くん、どうしたの?』

『先輩…』


さっきまでとは違う意味で
心臓がドクドクと音を立てる。


『待たせちゃってごめんね』

『いえ』

『か、カフェにいるんじゃなかったんだね…』

『……』

『寒く、なかった…?』


宮舘くんの様子がおかしい。

私に巻きつける腕の力が
強くなる一方で
全然会話してくれない。


幸いにも駅には人は少なく、
私たちの行動に目を向けてる人なんて
1人もいない。


でも、この状況はさすがに
なんとかしたい。


『みや、』

『やべ、離したくない』


彼のそんな甘い言葉と共に
首筋に熱い吐息がかかって
鼻血が出そうになった。


『宮舘くん…』

『はい』

『ちょっと…1回離して…』

『なんで?』

『な、なんでって…』

『嫌です』

『…え』

『……』

『宮舘くん…』

『嫌って言ってるじゃないですか』

『あの』

『……』

『顔見たい…から、離して…』


首に回された宮舘くんの腕を
掴みながらそう言うと


『本当にずるいっすよね…』


って言いながら離れた宮舘くんは
私の体をくるっと回した。


目の前に現れた宮舘くんは、
ふてくされた顔をしていて
鼻が少しだけ赤くなってた。


『寒かったでしょ?ごめんね?』

『先輩こそ、
そんな薄着で寒くなかったですか?』

『全然平気』


夏には無くなっていた
外ハネがまた復活していて

それを見つけた途端少し嬉しくなる。


やっぱり宮舘くんといえば
外ハネだなぁ…


なんて思いながら
彼の髪型を眺めていると


『ぐぇっ』


今度は真っ正面から強く抱き締められた。


『もう顔見たからいいですよね』

『そう言うことでは』


ドキドキからなのか

宮舘くんの腕の力強さからなのか


息苦しくなって
すぴすぴと鼻息を荒くしながら
宮舘くんの背中にそっと手を回した。


『先輩が…待ってくれるなんて、
保証どこにもなかったから…』


宮舘くんがポツリポツリと話し出す。


『いつ先輩から“迷惑”とか“待ってられない”とか
言われるかすげぇ怖かった…』

『……』

『もっと会いに行きたかったし、
電話もたくさんしたかったけど…
それよりまず勉強しなきゃ
俺の成績じゃほんと無理で…』

『……』

『先輩の周りには俺なんかよりも大人で
すげーかっこいい人達がいるんだろうなとか…』

『……』

『いろいろ考えてたところに
先輩の方から来てくれたりするから…』


いつも余裕綽々で、
私を馬鹿にする態度をとる宮舘くん。

フフンって笑う宮舘くん。


そんな彼が小さく小さく
聞き取れないくらいの声で話す。


私は思わず体を少し離して
もう一度宮舘くんの顔を見た。


『宮舘くん、泣いてる…?』

『泣いてないっすよ』

『でもまつ毛すごい光ってるよ』

『泣いてない』

『鼻声だし』

『泣かせたの誰だと思って…ッ』

『あ、認めた』


私のその一言に、
宮舘くんは手で顔を抑えながら
私に背中を向けた。


私の想像なんて足元にも及んでなかった。

宮舘くんは、すごい努力してた。


不安になったりした事もあったのに
私には一つもそんな素振り見せないで。


未だに私に背を向けたままの
宮舘くんの黒のコートを
きゅっと握る。


『宮舘くん…』


もうすっかり人がいなくなった駅は、
怖いくらいに静かで、
自分の声がやたら鮮明に聞こえる。


『私、迷惑だなんて
一度も思ったことないよ』

『……』

『待ってられないなんて思ったこともない』

『……』

『それに、宮舘くん
ちゃんと毎日連絡くれてたじゃん』

『……』

『人の食生活に
ケチつけてばっかだったけど…』


手を伸ばして、腕を掴むと
宮舘くんは素直にこっちに振り返ってくれた。


『宮舘くん』

『…はい』

『大学合格おめでとうございます。』

『……』

『よく頑張りました』


この言葉は、
去年私が宮舘くんからもらった言葉。

すごくすごく嬉しかった言葉。


そっくりそのまま拝借してみた。


もうどんなに言い繕っても
完全に“泣き顔”の彼の顔に
思わず笑いがこみ上げる。


『宮舘くんでも泣くんだね』

『先輩俺のことなんだと思ってるんですか?』

『んー、ロボットかなんか?』

『何言ってるんですか』

『あははっ』

『俺より早く生まれたくせに…
しっかりしてくださいよ』


泣いたことが恥ずかしいのか、
どんどん憎まれ口になる。

そしてそれがまたおかしくて
ニヤニヤする私を
宮舘くんがまた抱き締めた。


初めてこんなに宮舘くんに触れられて
なにをどうすればいいのか

恋愛経験がゼロに等しい私は
てんてこ舞いになる。


そんなことお構いなしの宮舘くんは
左手で私の背中を強く抱き締めて
右手で私の頭を優しく撫でて


『先輩』


今まで聞いた中で1番と言っていいほど
甘くてとろける声で、


『好きです』


想いを告げてくれた。


『大好きです』

『……』

『待っててくれてありがとう』

『……』


もうメロメロに溶かされて
ぽわんぽわんしている私の顔を
宮舘くんが覗き込んでくる。


『先輩…』

『…ふぁい…』

『キスしていいですか?』

『へ!?』

『キス』

『ここで!?』

『ここで』


いいですか?って聞いてきたくせに
もう決定事項のようで、

彼は私の髪を耳にかけて
その力強い瞳に私を映す。


『え、ちょっと…あの、』

『先輩』

『は、はい!』

『目、つぶってください』





もう逃げられない状態。


周りに人はいない。


もう少ししたらまた電車が到着して
人で溢れてしまうかも。


ていうか今もこの状況を
どこかで誰かが見てるかも。


しかもここは地元。


知ってる人に見られてるかも。


中学の同級生とか。


近所のおばさんとか。


仕事から帰って来た
ウチのお父さんとか。




なーんて、

たくさんのことが頭を駆け巡ったけど…



私はもう一度、
宮舘くんの背中に手を回して

ゆっくりまぶたを下ろした。


真っ暗になった視界の中で

優しく笑う声

バニラの甘い香り

身体に触れる腕


たくさんの宮舘くんを感じる私の唇に

彼の唇が重ねられた。



すごく長い間だったかもしれない。

でも本当は

すごく短い間だったかもしれない。


全然記憶にないけれど、
宮舘くんの唇が離れた瞬間に

私は


『…ふぁぁ…』


とか何とか、

情けなすぎる声を出しながら
腰から砕けそうになった。


『あぶねっ…!』


抱きとめながら支えてくれた
宮舘くんにしがみつく。


『先輩…?』

『ごめん、なんか力抜けちゃって…』

『何それ。可愛すぎません?』

『私は情けないです』

『可愛いからいいですよ』


どこまでも甘い宮舘くんは、
私の手を握りながら歩き出す。


『本当にまさか先輩の方から来てくれると
思わなかった。』

『なんか…衝動的に…』

『嬉しかったです、すごく』

『あ、ははは…』

『送ります。帰りましょ!』

『うん、ありがと…』


夏の時とは違う、
指を絡めた繋ぎ方…

いわゆる、恋人つなぎで歩く。


『宮舘くん』

『はい?』

『私も宮舘くん大好きです…』


これだけは伝えとかなきゃ…

と思ったけど完全にタイミングを間違えた。


それでも宮舘くんは優しく笑って、


『俺の彼女になってくれますか?』


って聞いてくれた。


ヘドバン並みに頷くと、


『めっちゃ可愛い彼女出来ちゃった』


なんて言うから
ただただ、顔が赤くなった。



来年からは

宮舘くんと

どんな生活が待っているんだろう。


真っ黒な空に綺麗に映える月を見て

緩む口元がおさえられなかった。









----------------







宮舘クーーーン!!!

亀梨ゲストに来たねぇ!

良かったねぇ!嬉しかったねぇ!


だーっしゃっしゃっしゃっ!

越岡くんと元彼。【後編】



--------------





大きなエビフライが乗った
ランチプレートが人気のこのお店は、

夜になるとランチの時よりも
メニューが増える上に、
色々なワインが楽しめる
おしゃれな飲み屋に顔を変える。


私はあまりお酒が飲めるタイプじゃない。

でもこのお店に置いてある
スパークリングワインが
お酒の弱い私にも飲みやすくて
すごく美味しいから


友達とよく、
軽く飲みたいねってなった時は
いつもこのお店に来ている。


昼も来たのに夜も来たり…
1日に2回行くこともたまにあるから
多分店員さんには顔を覚えられてると思う。

ちょっと恥ずかしいけど
その恥ずかしさを受けても尚、
来たいと思うくらいには
このお店は私のお気に入り。


アンティークなドアの取っ手を引いて
店内に入ると

ゆっくりと流れるBGMと
鼻をかすめるいい匂い。


『腹減った』


超絶オシャレ女子気分だったのに、

駅から一緒に歩いて来た友達が
鼻水をすすりながら
低い声でそう言ったから
一瞬にして雰囲気がぶち壊れた。


『もっと可愛く言ってよ』

『なんでよ』

『せっかくグータンヌーボみたいな
気持ちになってたのに』

『もうやってないからその番組。
年齢バレるから辞めて』


何度も見たことある顔の店員さんが
私たちの可愛げのない会話を聞いて
肩を揺らしながら案内してくれた席に着く。


テーブルに並ぶのは

お気に入りのスパークリングワインと
イカの一夜干し。

それとオシャレぶった友達が頼んだ
ナッツと生ハム。


音を鳴らしながら
軽く重ね合わせたワイングラスで
グイグイとお酒が進んで、

会話も弾んで
ほろほろと酔いが回ってきた。


その時、ケータイが鳴った。


画面に映るのは、知らない番号。

かかってきた電話には
片っ端から出る私は

ちょっとごめん。
と、友達に一言添えてから
通話ボタンを押して
ケータイを耳に当てた。


『もしも』


ブチッ


切れた。


そしてすぐまた鳴る。


『はい』

『……』

『もしもーし』


ブチッ



今度は少し間を空けてから切れた。


『え?なに?大丈夫?』


心配そうに友達が言う。


『なんだろうね。』


間違い電話か何かかな…

なんて思いながら気にも留めないで
友達との会話を再開した。









間違いかなと思った
電話はそれから何日か続いた。

出た瞬間に切れるその電話に、


…あ。これは間違い電話じゃないな…


って思い始めた。


でも知らない番号だし、
正体不明の相手からの着信に
戦う気も起こらずに
かかってくる電話に片っ端から出て

相手の通話料金を上げることだけに
全力を努めていた。


イタズラでやってるなら
そのうち飽きるだろ。

呑気に考えていたある日、


『……うわ』


アパートのポストが
紙で溢れかえっていた。

仕事から帰ってきていつものように
ポストを確認してから部屋に行こうと思ったら

明らかに容量オーバーの紙が
私の家の番号が書かれているポストに
ギチギチに詰め込まれていた。


その紙には、
とある人物しか知り得ない
昔の私の事が書かれていたり
写真がたくさん貼られていて…


『あいつじゃん…』


焼肉屋での不敵な笑みを浮かべてた
あの元彼の顔が浮かんだ。


鳥肌がブワーっと
全身に立った。


別れてすぐに
着信拒否したけれど、

そりゃあ番号を変えられたら
そんなの意味を成さない。


力なくポストから紙を剥がす
私の口から漏れるのは


『暇なのかな、あいつ』


元彼への嫌味。



あ〜裕貴に癒されたい。

裕貴に甘やかされたい。



いまいち危機感が湧かない私は
ポストから紙を抜き取りながら
片手で裕貴に電話をかけた。



裕貴は私のワガママ全開の呼び出しに、
すぐ行くね。
って、言ってくれた。

裕貴が家にいるときに
ケータイが鳴ったら嫌だから
電源をオフにしといた。


それから30分もしないで
私の好きなチーズケーキを片手に
裕貴は私の家に来た。

仕事終わりに来てくれたらしく
スーツ姿はたまらなくカッコよかった。

玄関で靴を脱いでる裕貴の背中に
思いっきり抱きつく私の頭を
優しく撫でてくれる彼は
やっぱりすごく優しくて


この人のこと悲しむ顔は見たくないな…

そう思って、
元彼からの電話のことは
言わない方がいいかな…って思った。




…本当に、なんで今更?って思う。


付き合っていた頃は
ひとつも私に執着なんてしなかったのに。

むしろ邪魔者のように扱って
他の子ばかり相手にしてたくせに。


元彼は言っていた。

私以上に自分を好きでいてくれて
自分を尊重してくれた女他にいなかったと。


それは完全に勘違いだ。


尊重してたんじゃない
言わないで我慢してただけ。


捨てられるのが怖くて
言えなかっただけ。

だから我慢してた。

それもなんで我慢出来てたって…
裕貴が私の話を聞いてくれてたから。


こんなどうしようもない私の
側にいてくれたから。

八つ当たりしても、
いきなり泣き出しても、

いつだって私を気にかけてくれてたから。


昔だって今だって
私には裕貴が必要なんだ。


今になってはこう思う。

元彼への我慢だって、
裕貴に対しての気持ちを
誤魔化すためのものだった。

だから尊重してもらえてたなんて、
勘違いもいいところ。



嫌な顔ひとつしないで、
私の家に来てくれた裕貴は

ご飯を食べると帰って行った。


急な呼び出しだったのに、
たかがご飯を食べるだけの
何十分かのために来てくれるなんて…


裕貴の優しさに
浮かれに浮かれまくった
浮かれポンチな私は
イタズラ電話のことなんて
すっかり頭の隅に追いやれていて

ケータイの電源を入れた瞬間に


『…どっひー…』


不在着信62件


その文字に驚愕した。


もちろん全部あの番号。


ここまでくるとさすがにヤバイ

ちょっと冷や汗までかいてきた。


言わない方がいいかなって思ったけど、
私1人でどうにか出来る問題じゃ
無い気がしてきた。


いや、でもその前に
友達に相談しよう。

とりあえず友達に言ってから
裕貴にも…


ピンポーン


部屋にインターホンの音が鳴り響く。


このタイミングでの、
呼び鈴の音に体がビクつく。

跳ね上がった身体を落ち着かせて
どくどくとなる鼓動を感じながら
玄関の方に向かう。

手汗をびっしゃりとかいた手で
取っ手を掴んで
のぞき穴を覗くけど…


『…あれ?』


誰もいない。


恐る恐るドアを開けて確認しても、
そこには誰もいなくて


『…え、謎…。』


ドアを閉めようとした瞬間に
ものすごい勢いで
体が引っ張られた。

全開に開けられた扉の向こうには
どこに隠れてたのか

今までのイタズラの犯人、
元彼がいた。


『ぎゃぁぁあああ!!!!』


いきなりの登場にビビって
大声を出した私を奴は
部屋に押し込んだ。


そして鍵を閉める。


やっばーー!!!!

この状況超やっばーー!!!!


『俺からの電話って
気づかなかったの?』


あの焼肉屋以来に見る元彼は
目が血走っていて髪もボサボサで

焼肉屋で見たときの姿の
面影がほとんどなかった。


『さっき気づいたわ!暇かお前は!!』


この上なくやばい状況に、
相手を落ち着かせるどころか
逆に口が悪くなる私。


俺女の子みんなに振られちゃってさぁ』


だろうな!
だろうな!!

お前みたいなやつ、
一枚皮剥がれれば
振られまくるに決まってんだろ!!!


『やり直そうよ、○○』


死んでも嫌だわ!!!
こちとら今幸せなんだよ!!!


『結婚しよう?』


タハー!

一発ギャグ?
ねぇ、今の一発ギャグ??


完全にいっちゃった目をした
元彼がジリジリと距離を詰めてくる。


ケータイを手に取ろうとしたけど、
モタついてうまく取れなくて
元彼に奪われてしまった。


『別れてからすぐに何回かかけたんだよ?
なのに着信拒否だもん。酷いよなぁ。』


元彼の意識が私のケータイに
行った隙を見計らって
ベランダがある窓へとダッシュした私は、

その窓を勢いよく開けて、


『ゆうきーーッッ!!!!!
助けてーーー!!!!!!』


人生で一番ってくらいの大声で
そう叫んだ。


『おい!!』


後ろから口を塞がれて
家の中に再び引きずり込まれる。


『誰だよその男!!
今付き合ってる奴か!?』


手加減なしの力強さに
息が苦しくなってくる。


…し、死ぬ…かも…


意識が遠のきそうになった瞬間に、
パトカーのサイレンが聞こえた。


『は!?警察!?』


サイレンの音にビビったのか、
少し緩んだ元彼の力に、

奴の腕からすり抜けた私は
瞬時に男性のシンボル的な場所を
思いっきり蹴り上げた。


『…ぐぉ…ッ』


その場に倒れこんだ元彼に
大声で怒鳴る。


『お前のこと警察に突き出してやる!!』


私のその言葉に、
今自分がどれだけ不利な状況か。

私と自分の立場が一変したかに
気づいた元彼は
立ち上がって一目散に逃げ出した。


でも、これで元彼からの
イタズラがなくなるなんて
保証はどこにもない。

きっちり警察に突き出してやる。


玄関へ走って行って、
鍵を開けて外に飛び出した元彼の背中を
蹴り飛ばす。


前に倒れこんだ元彼に飛び乗って、
ヘッドロックをかまして
腕を後ろに引っ張って
ねじりあげようとしたその時…


『○○!』


優しい声と共に、
後ろから抱き締められた。


女子プロの選手並みの
戦いを繰り広げていた私だけど、


その声の持ち主に
触れられた瞬間に、


『裕貴ぃぃ〜〜』


か弱い女の子になった。


元彼の上に乗ったまま
裕貴の方に体を向けて
ぎゅっと抱き着くと、


『怪我ない?』


聞こえてくる優しい声に
涙腺が緩む。

泣きながらよく周りを見てみると
ギャラリーの数が半端なかった上に、
私のケツの下の元彼は
完全に気を失って伸びきっていた。


私の元に駆け寄ってきたお巡りさんが、


『大丈夫ですか?』


と、言いながら


たまたま近くをパトカーで通っていたら
助けてー!って声が聞こえて、
急いで声のする方へ来てみたら
男の上に馬乗りになって
ヘッドロックかましてる女がいて
何が何だか一瞬分からなかった。


って、
事の経緯を説明してくれた。


ここぞとばかりに、
お巡りさんに伸びきった状態で
パトカーに運ばれていく
元彼のことをあれやこれやと告げ口した。


裕貴は、お巡りさんでさえ、
飛び込むのを躊躇った
元彼と私の戦いっぷりに
迷うことなく駆け寄ってくれたらしい。


『お嬢さん、いい彼氏持ったね』


裕貴に聞こえないように
私だけにそう耳打ちしたお巡りさんに
私は照れ笑いするのが精一杯だった。









目の前には胡座をかいて、
腕を組む裕貴。

そしてその前で
小さくなって正座する私。


『……』

『……』

『……』

『どういう事か説明して』


少しの沈黙を置いて、
そう言った裕貴に私は


『ちゃんと言おうと思ったんだよ…』


って、ほとんど意味のない
保険をかけながら
今までのことを話し出した。


最後まで話し終わると、
裕貴は優しく私を抱き締めてくれた。


『なんでもっと早く言わなかったの』

『ごめんなさい』

『○○のアパートの方から
サイレンの音したから焦って戻ってみれば…』

『うん』

『心臓止まるかと思ったわ』

『ごめんなさい』


謝ることしか出来ない私を、
もっと強く抱き締めて
髪を撫でてくれる。


『…俺のこと好き?』


小さな声でそう聞く裕貴。


これは私の憶測かもしれないけれど、
裕貴は元彼に
コンプレックスがあるのかもしれない。


昔の事だとしても、
裕貴よりあいつを選んだことがある過去を
裕貴は気にしているのかもしれない。

自分じゃない男を
私が選んだという過去を。



私は、裕貴の事が好きだ。



実は細身に見える彼の腕が
しっかり筋肉がついてることも知ってる。

キスするときにくすぐったい
長いまつげだって。

顔を埋めたときにいい匂いがする
サラサラの髪だって。


全部大好きだ。


『好き。大好き。』


迷う事なくそう口にした私に、
小さく息を吐き出した裕貴は

私の顔を覗き込みながら


『もう二度とあんなことすんな』


って、ちょっと説教してきて…


さっきまでの自分のプロレスラー並みの
戦いっぷりを思い出して
恥ずかしさに顔を赤らめた。







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多分この主人公の女の子は、
ガチで戦えば越岡さんより
遥かに強い(笑)

越岡くんと元彼。 【前編】



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一時期、電話口の裕貴の第一声が


『何された?』


だった事がある。


ため息交じりのその声は
呆れているけれど優しくて、

男の子にしては少し高めの声質に
いつも安心したのを覚えてる。


『…ゆう…きッ、もうやだ…ッ』

『とりあえず落ち着いて深呼吸して』


泣きながら電話するのは
昔からいつもこの人だった。


裕貴の優しさを
最大限に利用していたクズな私は

嫌なことがあると、
例えそれが今付き合ってる男の事だろうが
職場での上司の事だろうが
女友達とのトラブルだろうが

なんだろうと泣きながら電話をして
彼に愚痴っていた。


うん、うん、
って優しく聞いてくれて
私を肯定してくれる優しい人。


彼のそういうところを利用して
生きていた時期があった。



そんな彼の優しさは、
今でも続いていて…


『裕貴、ギュッてして』

『なんだよ急に』

『ギュ〜〜ッてして』

『はいはい』


今日も今日とて、
裕貴に甘やかされている。


『裕貴〜』

『○○〜』

『裕貴〜〜』


裕貴のせいで
昔の自分からは想像もつかないくらい
甘えん坊になった。


そのせいかもしれない。

少し浮かれていた。


少しどころかかなり浮かれてて、
あんなことが起こるなんて
想像もしてなかった。







***







『…分かった』


ふて腐れながらそう言う私。

電話の向こうには
申し訳なさそうに謝る裕貴がいる。


今日はお互い仕事が終わったら合流して
焼肉を食べる約束だった。

完全に肉モードだった私の落胆は
それはもう半端なものではなく、


『焼き肉…』


ついつい漏れる不満気味な声。


裕貴は悪くないのは分かってる。

仕事なのは仕方ないし、
なにより聞こえてくる裕貴の声も
すごく残念そうだから

仕方ないと思うんだけど…


『1人で行ってくる』


その決断が出るくらいには
私の脳内はもう完全に焼き肉一色。


元々ぼっち飯が全然へっちゃらなタチで、
しかもそれが行き慣れた
焼肉屋となれば俄然へっちゃら。


お店に入って、店員に案内されて、
席に着いた。


『タン塩とハラミ2人前で!』


意気揚々と店員にオーダーして
運ばれてきたお肉を網に乗せる。


お肉の焼けるいい匂いを嗅ぎながら
写真を撮って、


いただきます♡


って言葉とともに裕貴に写メを送る。


白米片手にお肉を頬張ってると、


“飯テロやめてよ。”

“こっちは仕事中なの。”


返ってくる裕貴からのライン。

携帯に向かってしたり顔で
網の上の空いたスペースに
お肉を並べてると


『相変わらず1人で飯食うの平気なんだな』


聞こえてくる声。


顔を上げるとそこには、


『よっ!』


いつぞやの浮気性な元彼がいた。



まさかの人物の登場に
気分を害されまくった私は
もろに“最悪”って顔をして、

元気だったー?

なんて呑気な顔して話しかけてくる
そいつをガン無視して
お肉をひたすら口に入れる。


『ここ座っていい?』


とか言いながらもう座ってる。

本当に気分最悪。
もう一生会いたくなんて無かったのに。


『久しぶりだね』

『……』

『さすが食いっぷりいいね』

『……』

『俺もタン塩食おうかなぁ』

『……』

『お前ホント好きだったよな、タン塩』


こんだけガン無視してるのに
え?気づいてないの?ってくらいに
普通に話しかけてくる。

相変わらずの鉄のメンタルに
関心さえする。


元彼が店員さんを呼んで
注文する姿を
モグモグ口を動かしながら
気づかれないようにチラ見する。



…こいつを好きになんて
ならないと思ってた。

人数合わせに誘われた合コンに
参加したのが全ての始まりだった。


あの頃も私は裕貴が好きだった。

でも、距離がフワフワとしていた。


近くにはいるけど
誰よりも遠くて

触れられる距離にいるけど
触れられなくて

裕貴との未来が見えなくなってた。


このまま裕貴を好きでいて…
その先に何があるんだろう。


もしかして、
裕貴を一途に想ってる自分が
好きなだけかもしれない。


そんな気持ちの時に誘われた合コン。

人数合わせだとしても、
この暗い気持ちを拭えるなら…と、
その飲み会に参加してみた。


そしてその合コンにいたのが、

1人でべちゃくちゃ喋りながら
今私の目の前で焼肉を食う、
この男だった。


顔はえげつないほどに
整っていた。

10人中10人が『イケメン!』
と、答えるほどに
綺麗な顔をしていた。

でも…
自慢げな話し方も、
横柄な態度も、

とにかく彼の何もかもが
片っ端から気に障った。


『○○ちゃん、すげー俺のタイプ』


みんなの前で私に向かって
そう口にされた時は
思わず口をへの字に曲げて
眉間にしわを寄せた。


きっもちわる!!!!!


心の中でそう吐き捨てた。


こんな奴って思った。

マジで嫌いなタイプって。


なのに…
私は彼にのめり込んでしまった。

どう言うわけか
好きでたまらなくなってしまった。


私がのめり込んでしまったこの男は、
女の扱いがとても上手かった。


男らしく手を引いて、
スマートに高級レストランに
スコートしてくれたかと思えば

いきなり後ろから抱きついて来て
犬のような可愛さで
無邪気に甘えてきたりした。


虜になるのに
時間はかからなかった。

私に愛をたっぷり注いでくれる。

愛される事への憧れが
叶った瞬間だった。


そして、彼は。
釣った魚には餌を与えなかった。


“恋人”という関係になって
1ヶ月も経つと、
別人かと疑うほどに
冷めた目を私に向けるようになった。

元々、彼は女友達が多かった。


ずーっとケータイが繋がらなくて
やっと繋がったかと思えば、
女と飲んでる何てことはよくあった。

でも、彼に
『友達だ』
と一言言われてしまえば

なにも言い返せなかった。


彼に捨てられない為に
良い子になって
理解がある女を一生懸命演じた。


友達という名目で飲んでいる
相手の女が彼の元カノだったとしても
何も気にしてない振りをした。


友達には、別れなよって言われた。

裕貴には何回も何回も言われた。

そんな男別れろって。


1番言われたくない裕貴に
別れろって言われて
余計にムキになって別れなかった。


いつも心配して真剣な眼差しで
そう言ってくる裕貴に、


『うるさいなぁ!関係ないじゃん!』


って吐き捨てた事まである。


今思えば最低だった。

私自身何もかも。

裕貴に甘えて八つ当たりして。



まぁ、最後は浮気されまくって
ボロボロになって…

裕貴の存在が
大きくなる一方で、

裕貴への気持ちを再確認して
結局別れたんだけど。




『○○見つけてビックリしたよ!
思わず声かけちゃった〜』


未だに1人で喋る元彼。


思い出したくもない過去を
思い出させられる。

この男のせいで
どれだけ泣いたか。

あんなに精神的に病むことなんて
これから先ないってくらいに
身も心もボロボロにされた。


なんで声なんてかけてこれるのか。

こいつの神経が信じられない。


付き合っていた頃も
何を考えているのか分からないこと
だらけの人間だったけど、


『やっぱうめーなー焼肉は〜』


勝手に追加オーダーした
タン塩と白飯をかっ込んでいる
こいつの脳内は理解不能。


あー、もう気持ちが悪い。
気分最悪。


一度だけ元彼をきつく睨んだ私は、
荷物も全部持って席を立つ。

苛立つ気持ちを
ドスドスと音を立てて歩いて
床にぶつけながらトイレへ向かった。


トイレで用を足しながら
ケータイを起動すると、

元彼の話を全く聞かずに
ムシャムシャと一心不乱に
お肉を食べていたから気づかなかったけど

裕貴から仕事終わった、との
報告ラインが入っていた。


『…〜〜ッッ…』


高ぶる感情に声にならない
変な音が出る。



裕貴に会いたい。

裕貴に会わなきゃ無理。


裕貴とのライン画面を見て
なんだか少し泣きそうになる。


“今から家行っていい?”


って送ってみると、


“待ってる”


すぐに返ってくる優しい文。


たまらず少し早足に個室を飛び出して、
手を洗った。

もう店を出よう!さっさと出よう!

ケータイを握り締めながら席に戻ると、
そこに元彼の姿はなかった。


…あれ?さっきの幻覚?


そう思うくらいに
空っぽになっている私の向かいの席。


さっきまで彼が使ってた
お皿もお箸も無くなっている。


…はて?

幻覚?

幻覚か…な?

なんだよ!最悪な幻覚だな!
せっかくならもっといい幻覚見せてくれよ!


周りに聞こえないくらいの声量で
独り言をブツブツと言って

唇を尖らせながら
レジへ向かおうと伝票を探すけど
テーブルの上に置いてあった伝票がない。


『ん?なんで?』


テーブルの下とか、
椅子の周りとか見てみても
見つからない伝票。

キョロキョロする私に気づいた店員が


『お会計、先ほど頂きましたよ』


声をかけてきてくれた。


『…へ?』

『お連れ様から頂いてます』

『…お連れ様…?』

『はい。先ほど』


最後の店員さんの言葉は
ほとんど聞かないくらいの勢いで
走ってお店を出る。


勢いよくドアを開けて
外に飛び出せば、

お店のすぐ横にある喫煙できる
スペースで、タバコを吸いながら
不敵にこっちを見て笑う

元彼がいた。


『…ご馳走様って言えよ』


笑いながらそう言って
吸っていたタバコを地面に落として
火を踏み消す。


『奢ってくれなんて頼んでない』


思いっきり睨みつけながらそう言うと、
乾いた笑いが聞こえる。


『会いたかったよ』

『私は会いたいなんて思ったことない』

『まじで?酷いね』

『どっちがよ』


静かにこっちに近づいてくる元彼に
思わず後ずさりする。


『なぁ、○○?』

『……』


やばい。

気持ち悪い。

その整いすぎってくらいに
綺麗な顔のせいで
なんだか不気味。


『俺と、やり直す気ない?』

『はぁ?』


120億パーセント
喧嘩腰の声が出た。


『俺との事、考え直して欲しいんだよね』


あれだけ最低なことをしておきながら
こんなことを言えるこいつの脳内が
おめでたい。


『お前以上に俺のこと好きでいてくれて
俺のこと尊重してくれた女…
他にいない。』

『……』

『やり直したいんだよ』

『……』

『今度は大切にする』

『……』

『な?』

『……』

『考え直し…』

『無理』


被せ気味にハッキリとそう言った私に
元彼は一瞬びっくりした顔をした。


『私付き合ってる人いるから』

『は?』

『そう言うことだから』


元彼に背を向けて歩き出す。


裕貴に早く会いたい。

裕貴に会って癒されたい。


そう思うのに
後ろからついてくる元彼のせいで
気分は苛立つばかり。


『○○彼氏出来たの?』

『……』

『聞いてないよ俺〜』


あったりめーだ!!
言うわけねーだろ!!!


『あ、分かった!』


その声とともに手を思いっきり
引っ張られた。

反転した身体は、
塀と元彼に挟まれていて

私の顔のすぐ左側には
元彼の右手。


俗に言う…

“壁ドン”


もう流行んねぇっつーの。


『ラインに送られてきた、アレ?』


目の前の元彼はやっぱり楽しそうに
笑いながら私に問いかけてくる。


『好きな人が出来たから別れようってやつ』


至近距離にある
その整った顔を睨み付ける。


『その好きな人って奴と
付き合ってんの?』

『…関係ないでしょ?』

『関係あるよ。
俺お前とやり直したいんだもん。』


悪びれもない態度に
ますますイラつく。


『…どいてくれないかな…』


静かに。
でも確実に怒りを含んで
そう吐き出した私。

楽しそうに笑う元彼。


『嫌だって言ったら?』

『どいてくれないかな』

『嫌だ』

『どいてくれないかなぁ!!!!』


付き合っていた頃は、
絶対に出さなかった私の怒鳴り声に
さすがの元彼も驚いたのか

両手を軽く万歳しながら
私と少し距離をとった。


『…ふーん。』


元彼は意味ありげに
そうつぶやくけど、

私は興奮がおさまらなくて
鼻息が荒くなる。

少しの沈黙が流れた後に、
元彼はポケットからタバコを取り出して
ジッポで火をつけた。

私に届くタバコの匂いが
付き合っていた頃を
嫌でも鮮明に思い出させる。


『お前変わったなぁ…』

『おかげさまでね』

『なんかムカつく』

『もうあんたの知ってる私じゃないの』


煙たい空気に顔をしかめて
今度こそ元彼をその場において
歩き出す。


早く早くと焦る私の背中に、


『お前を知ってるのは俺だけだよ』


と言う気持ち悪い言葉が
聞こえた気がした。







ピンポンピンポンピンポンピンポン


一心不乱に呼び鈴を押し続けると、

ドアの向こうで、
ドタドタと慌てた足音が聞こえる。


『はいはい』


ガチャッという扉の開く音と共に
そのドアをこじ開けて、
部屋の中に飛び込んで


『うわッ!!』


ドアの向こうにいる大好きな人に
思いっきり抱きつく。


『裕貴〜〜』


ギューッと抱きつきながら
顔を彼の胸に押し付ける。



あーもう、好き!!!

本当に好き!!!



裕貴の背中に回した手に力を入れて
ふがふがと匂いを嗅ぐと、


『匂いかがないの』


って言いながら、
満更でもなさそうに笑って
私を抱きしめながらドアを閉めた。


『焼き肉美味しかった?』

『裕貴と食べたかった』

『ごめんね』

『うん』

『また今度2人で行こうね』

『裕貴』

『どうした?』

『好き』


そう言うと裕貴は
もっと強く私の体を抱きしめてくれた。



元彼が何を思って
私にいきなり声をかけてきて

やり直したいんだなんて
言ってきたのか…

でももう向こうの番号は
着信拒否もしてるし。

私は裕貴以外の男なんて
微塵も興味ないし。


裕貴の腕の中で、

裕貴の匂いをたっぷり吸って、


さっきまでのことなんて
さっさと忘れよ。


そう思った。






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お久しぶりの越岡くんダヨ。

越岡くんダヨダヨ。



サラ〜っと書いて
一話だけで終わらせるつもりだったのに。

まとまりのある文が書けないから
こういうことになってしまうのね…

ト〜ホ〜ホ〜〜


文章能力欲しい

ト〜ホ〜ホ〜〜



福田くんの時も当初は3話くらいの
予定だった事は言わないでおこう(ボソボソ)



って事で続きます。
(ごめんなさいw)

ヤンキー岩本くん 〜雨の日編〜



ヤンキー岩本くんの作中での
とある日のお話ってことで。


---------------





口にくわえてるだけの歯ブラシは、
もはや意味を成してない気がする。


歯ブラシというのは
歯を磨いて綺麗にするために
あるものなのに

口にくわえただけで
あたしの手は左右ともブラシを握って
歯を磨こうとはせずに

せわしなく鞄にあれこれと
詰めるために動いている。



お弁当を入れて。

小腹がすいたとき用のチョコも入れて。

ペットボトルのお茶も入れて。

昨日面倒くさがりながらも
やり終えた課題も入れて。




ーー今日は全国的に朝から雨が降るでしょう



テレビから漏れるそんな声を聞きながら、
窓の外に目を向けて、

今にも雨が降りそうな黒い雲と、
まだ雨に濡れていない地面を確認して

折りたたみ傘も鞄に詰め込んだ。



くわえてた歯ブラシを吐き出して
何度もうがいをして、


『いってきまーす!』


ローファーを履いて外に出て、

雨の匂いがする空気を感じながら
学校へ向かって歩き出した。












教室に着いてすぐに、
机に突っ伏して寝てる奴が目に入る。


『おはよ』


その頭をポンと叩けば、
むくりと起き上がるヤンキー。


『なんだ、お前か』

『おはよーん』

『はよ』


今日もブレずに周りから
少し距離を置かれている
強面のヤンキー岩本くんは
だるそうに頬杖をつきながら
身体を机から起こした。


ついこの前やった席替えで
あたしは1番前の真ん中の席の
番号が書かれたクジを引き当てた。

教卓目の前の超特等席。


…最悪…


げんなりした気分で
机を移動しようとしていたら、
半泣きになったクラスメイトの女の子が
ものすごい勢いでやってきて、


『○○ちゃんッ!お願いッ!
席交換してッ!!』


あたしに掴み掛かりながら
懇願してきた。


特に仲良しって訳でもない
彼女からの言葉に


なんであたし?

良い席でもないのに。


って不思議だったけど、
彼女に渡されたクジの番号を見て

納得した。



『…んだよ。お前の後ろかよ。』


後ろから聞こえた声に振り返ると、
ヤンキーの岩本くん。


『ヨッスヨッス』

『お前の顔見飽きたわ』


嫌味ぶっこいてくる岩本くんだけど、
こっちは面白くて仕方ない。


『何ニヤニヤしてんだよ』

『別にぃ〜』

『馬鹿だな』


ニヤニヤした顔を戻せないまま、
身体を前に向き直すと

教卓目の前の席に座る彼女が
心配そうにあたしを見ていた。


ヒラヒラと手を振ると、
少しだけ彼女の顔がほころんだ。


『岩本くんの前の席なんて
怖すぎて無理ッ!!!』


って言っていた彼女の言葉を思い出す。


昼休みを一緒に過ごすようになって
麻痺してたけど

やっぱりヤンキーの岩本くんは
怖がられてる存在みたいで
岩本くんと仲の良いあたしなら…
って事で交換を申してきたらしい。

あたしからしたら
教卓前の特等席から逃れられただけじゃなく、
1番窓際の後ろから2番目の席なんて、

良い事だらけで不満なんて何もない。




…にしても。
岩本くんを怖がっている
クラスメイト達に、

いや、学年中…
学校中のみんなに教えてあげたい。


本当はチョコレートを心から愛する
男だということを。

ヤンキーの皮を被った、
ただの女子だということを。


『お前なんか失礼なこと考えてるだろ』

『ん?』


少し不満そうな顔をして
あたしを睨む岩本くん。


『岩本くんって可愛いよね』

『…は?』

『実は岩本くん、中身女の子だもんね』

『……』

『チョコがないと生きていけないんだもんね』

『……』

『可愛い可愛い』

『……』

『とぉーっても可愛い』

『…てめぇ』


今のこの状況を
見ている周りの人は

あたしが岩本くんに何かしらを言って
岩本くんを怒らせた…
って思うんだろうけど。


あたしには分かる。


これは少し恥ずかしがってる顔。

それを隠すために睨んじゃってる顔。


どんなに睨まれても怖くない。


ニヤニヤし続けるあたしの頭を
岩本くんがペシンと叩いた瞬間、
教卓目の前の席に座る彼女が
白目になったのが見えた。




…そんなこんながあって、
あたしは岩本くんの前の席になった。


カバンを机の脇にあるフックにかけて、
椅子に座ったら

岩本くんがあたしの髪に
いきなり触れて来た。


『わぁぁッ!!なにッ!?』


ビックリして大声を出したあたしが
弾かれるように後ろに振り返る。


『お前なんでそんなに髪濡れて…』


岩本くんは何か言ったかと思ったら、
今度はジロジロ全身を見てくる。


『…ん?』


あたしの髪に触れた右手を
宙ぶらりんにしたままの岩本くんは
上から下までじっくりあたしを眺めた後に


『なんでお前そんな全身ずぶ濡れなんだよ』


眉間にしわを寄せながら
そう言ってきた。


『あたし?』

『お前以外誰がいんだよ』

『あたしが何?』

『だからなんでそんなに濡れてんだよ』


岩本くんのいう通り、
“全身ずぶ濡れ”のあたしは
タオルを取り出そうと
カバンの中をごそごそと漁る。


『朝から雨って予報だっただろーが』

『降ってなかったもん』

『は?』

『家出てくる時は降ってなかったの!』

『お前なぁ…』

『傘持って歩くの嫌いなの』

『だからって…』

『両手空けて歩きたいの』


傘を持ちながら歩くのは
小学生の頃から嫌いだった。

今日も家を出てくるときは
降ってなかったから
折りたたみ傘をカバンに入れて
雨が降る前に学校に着こうと思ってたのに

ものの見事に
出発した5分後に土砂降り。

折りたたみ傘はやっぱり頼りなくて
強い雨風に負けっぱなし。

あたしは朝からずぶ濡れになった。


『だから折りたたみ傘入れてきたの』

『すぐ使うじゃねーか』

『使わないかもしれないじゃん』

『ずぶ濡れになってんだからただの馬鹿だろ』


カバンを漁るのをやめて
椅子に座り直したあたしの頭に
少し大きめのタオルが
バサっと被さった。


『…お?』

『タオルも持ってきてねーのかよ』

『あは。バレた?』

『使え』

『あざーす』

『女子なんだからそれくらい持ってこいよ』

『持ってこようと思ってたの!
忘れちゃっただけ!』

『何怒ってんだお前』


女子力の低さを馬鹿にされて
ちょっと面白くなくなる。


プリプリしながら椅子に横向きに座って
足を机の外に出して濡れた紺ソを脱ぐ。

どっちかというと濡れると厄介なのは
髪の毛とか服よりも
足元の靴下だったりする。


『よいしょっと』


水分をたくさん含んだ紺ソは
脱ぐのも一苦労。

やっと脱げた紺ソを手にして
ふぅ、と顔を上げると

さっきまで後ろの席に座ってた
岩本くんが目の前に立っていた。


『…へ?』


なんでか怒ってるっぽいその表情に
ちょっと焦るあたし。

いくら岩本くんの中身が
可愛い女子だと分かっていても

本気で怒ったら
見た目通りにヤンキーで怖い。

それは百も承知。


…え?あたしがタオル貸してもらった分際で
ふて腐れた態度とったから怒った?

いや、でもそんなちっちゃい事で?


『…え、なに?…え?』


挙動不審になって
一生懸命問いかけるあたしを
ガン無視した岩本くんは
着ていたカーディガンを脱いで

今度はあたしの膝の上に掛けた。


なんだなんだ?
と、目を丸くして
岩本くんを見上げていると

彼は振り返って、
廊下側の席に集まっていた
2、3人の男子集団を睨んだ。

岩本くんからの視線に
ビクッと身を縮こませている彼ら。


何が何だか分からないあたしの元に
岩本くんの視線が戻ってくる。


『お前あいつらに見られてたぞ』

『何が?』

『スカート気を付けろっつってんだよ』


スカート履いてることなんて気にしないで
豪快に足を上げて紺ソを脱いでたあたしは
男子に見られてたっぽい。

…あたしのなんて見て
得なんてしないのに(笑)


『あー、大丈夫だよ。
下に紺パン履いてるし』

『そういう問題じゃねぇ』

『あたしのスカートの中なんて
見ても良い事ないのにね〜』


そう言いながら脱いだ紺ソを
どこに干そうかなんて考えてたら

いきなり頭をタオルごとガシッと掴まれて
ワシャワシャと髪を拭かれた。

いや、もう拭いてない。
頭を振り回されてるに近い。


『ぎゃぁぁ!!やめてぇぇ!!!』


目が回る気持ち悪さに
岩本くんの腕を掴むけど、

さすがは筋トレ大好きヤンキー…
全くビクともしない。


『…チッ』


小さく聞こえた舌打ちと、
頭を叩かれる感覚と共に
地獄のトルネードは終わりを迎えた。


『靴下乾くまでそれ膝に掛けとけ馬鹿』


あたしの膝に掛けてくれた
自分のカーディガンを指差しながらそう言って

後ろの自分の席に戻った岩本くんは
今度は優しくあたしの頭を拭き出した。


『ちゃんと傘刺せや』

『……』

『生足ホイホイ出しやがって』

『……』

『だいたいこんな濡れて
風邪引いたらどうすんだよ』

『……』

『おい、聞いてんのか馬鹿』


頭に被せられたタオル。

膝に掛けられたカーディガン。


全身から香る、
岩本くんの香水の匂いに
気持ちよくなって


『眠くなってきたぁ…』


思わずそう口にしたあたしの頭が

またガシッと掴まれて…


『反省してねぇみたいだな』

『…あ…』


気付いた時にはもう遅くて、


『ぐぉめんなさぁぁ〜〜いッッ!!!』


朝っぱらから教室内に
頭を振り回されながら
絶叫するあたしの声が響いた。




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ドーモでございます。
さうでございます。

この間、長きに渡って書いていた
“福田くん”を無事に完結する事が出来て
ホッとしている心内でございます。

福田くんを読んでくださっていた皆様。
読んでくださらなかった皆様も(笑)

ありがとうございます。
本当にありがとうございます。


趣味の範囲でヘラヘラしながら
書き始めたお話でしたが、
あんなに反響があって、

もうびっくりしまくりました。


こんな素人がぽちぽちと、細々と
書いていたお話を
楽しみにして下さったり…
感想を伝えて下さったり…
とても嬉しかったです。


さーさてさて、さてはなんきんたますだれ


福田くんを書いていた間
潜伏しまくっていたお話たちの下書きを
久々に開いてみたら
1年近く前に書いていたものまで見つかって
あらまぁびっくり☆

しかも触りだけを
書き殴ったみたいな状態で
保存されていて
こりゃまたびっくり☆


てな訳で、
記憶をほじくり返しながら
またちょろちょろと
お話を書いていきたいと思います。


今回みたいに、番外編とか。
その後のお話とか。
また別の人のお話とか。


お付き合い頂ければと思います。


書きたいお話はいっぱいあるのよ。
国語能力が無いから
文章にするのに時間がかかりまくるのよ。

エヘヘッ

温かい目でお守り頂けると
とても嬉しいです。


ハマタ

不器用なアイツ。【14】


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『……んぅ…』


眩しさに目を開けると、
カーテンの隙間から
真夏の太陽の光が
俺の顔を照らしていた。


見慣れない天井に、
見慣れないベッド…


ベッタリと汗ばむ体を起こして、

目をこすりながら
寝ぼけ眼で時計を見ると

7時をちょうどまわったあたりで


『…んで、いねぇんだよ…』


空になった腕の中に目線を落とす。


周りを見渡してみるけど、

シャワーを浴びに行ってるとか
トイレに行ってるとか

そういうことはないみたいで
彼女が部屋にいない。



いや、なんでいねぇの?

本当にありえない。


朝起きたらちゃんと今までのこと
彼女の口から聞こうと思ってたのに。


それでいて
俺の気持ちも伝えようと思ってたのに。


ベッドから飛び起きて

バッグから携帯を取り出して


『………』


ケータイを起動して
気づく。


…番号聞き忘れた…


祭りで俺の隣に座った時から
聞かなきゃって思ってた。

新しい番号教えてって。


なのに、夢中になってて忘れた。

2人っきりになった瞬間に
すっかり頭の中から飛んでった。


もう後悔するのは嫌だって思っていたのに
早速後悔した俺に襲いかかるのは
半端ない情けなさで。


…こんなことならあいつが寝てる間に

手でも足でも
ベッドに縛り付けとけば良かった。


そんな馬鹿らしい
犯罪まがいなことすら思う。


『…はぁ…』


すっぽんぽんでベッドに腰掛けて
項垂れる俺から大きなため息が出た。


ベッドに仰向けに倒れて
天井を見つめる。


ゴロンと寝返りを打ってみれば
サイドテーブルに
綺麗に畳まれた俺の着てた服がある。

ハンガーにはスーツがかけられてて…


その光景に胸が苦しくなる。


これだけ身の回りを綺麗に整えて、
この場から離れたということは


朝目が覚めて、
服を着てない自分にビックリ。
怖くて横にいる男の顔なんて見れない。


なんていう漫画とかドラマでよくある
あーゆうシーンみたいに
衝動的に逃げたというよりは、


昨日のこともしっかり覚えてて
横で寝てる俺の事もしっかり見て。

それでいて、
意識的にホテルを出てったことに違いなくて


『…放置プレイ…』


部屋に俺の独り言が虚しく響いた。



ふと、昨日泣いていた彼女を思い出す。



昨日の夜までは
奪うとか返してもらうとか…

そんな強気なことばっかり
考えていたけれど


この状況で胸に残るのは
たまらなく大きな不安。



昨日もしかしたらって…

彼女も俺と同じ気持ちなのかなって…


そう思った。

でも俺が期待してた通りだったなら

彼女がこの場にいないことはあり得ない。


つまり彼女の答えは
そういうこと。


多分彼女は分かっていない。

彼女が俺への優しさだけで
起こした昨日の行動で、

男の俺がどれだけ期待してしまうか。

どれだけ舞い上がってしまうか。



本気でムカつく女。


俺が彼女に刻んだ
赤いしるしに苦しめばいいとさえ思った。


あんなに赤く咲かせてれば
他の男のところになんて行けるわけ無い。


マーキングしといて良かった。

俺犬じゃないけど。




とりあえずサイドテーブルに手を伸ばして
パンツだけ履く。

ここにいても虚しいだけだから
服を着て早く出ようと思うけど

動く気が起きない。


パンイチでシーツにくるまって
ゴロゴロ転がっては

昨日の俺の腕の中で
甘く染まっていた彼女を思い出して、

また虚しくなって…


情けなくなって…


でも彼女が好きな気持ちは
なによりもデカくて…


『カッコ悪すぎて笑える…』



ベッドに顔を埋めた。






気づいたら寝てた。


パンイチで大の字になって
爆睡してた。


どんだけ寝るんだよ俺って
思ったけど

寝て少しスッキリしたのか
気持ちが前向きになってた。


彼女がどんな気持ちだろうが、
俺のこの自分の気持ちを伝えよう。

別にいい。

彼女が手に入らなくても。


彼女がもう他の誰かのものでも。


自分の気持ちを言えたら
それでいい。


彼女が綺麗に畳んでくれた
服を着ていると、
テーブルの上に置いた
りんご飴がなくなってることに気づいた。


りんご飴が置いてあったところに
代わりに置いてあるのは

一万円札で。


『りんご飴は一万もしねーよ』


諭吉を睨みつけた。



外に出ると、
ムカつくくらいに綺麗に晴れた夏空と
蝉の鳴く声が耳に入る。


暑さに顔をしかめながら
電車に乗って家路に着く。


彼女、無事に家に帰れたかな。


俺が起きた時間より、
もっと早くホテルを出ていったような
雰囲気だったから

電車動いてたかな。


自分のすべきことが
明確になった反動なのか、
彼女を心配する余裕さえ出てきていた。


家に着いて、
もう一回シャワーを浴びて

服を着替えて、

ヒゲもきれいに剃って


髪もしっかり整えて


鏡に映った自分をまじまじと見る。



『なんだかんだちゃんとした告白って
人生で初めてかもしんない…』


もうやってやるって気持ちと
ちょっとの不安を持って

勢いよく家を出て、
彼女の家へと向かった。













前に来た時と同様に
彼女は家にいなかった。

でも、何故か
ここで待ってれば会えると思った。

だから彼女の家のドアに背をもたれて
しゃがみこんで、
彼女が帰ってくるのを待つことにした。


黙ってしゃがんでいるだけでも、
額に汗がじっとりと滲んでくる。

それでもこの場から離れないのは
もう腹を括ったからで

男として、一度決めたことを曲げたくない。


しかもあんなに悔しい思いを
2回も味わったなら尚更。


やらないでする後悔より
やってする後悔の方がいい。


よく聞く言葉だけど、
この言葉をこんなにも身に染みる日が
来るなんて思いもしなかった。





どれだけの時間が経っただろう。


東向きの彼女のアパート。

俺のしゃがんでいた場所は
最初は太陽がジリジリと当たっていたのに
段々と日陰になっていって

今ではもう空が真っ暗。

昼間の太陽の姿はどこにもなく、
それでも暑さだけはしっかりと
残していった。

昼前からずーっと家の前で
待ち伏せしてる俺へ
隣近所の人が不審な目を向けた事が
懐かしくさえ思える。


ケータイを開いて時間を確認すると、
もう日付が変わる直前。


『……はぁ……』


深くてやるせないため息がもれる。


何してんだろ、俺。

そんな気持ちにさえなってくる。


ケータイ画面の右上に表示される
充電の残りはほんのわずかで
その表示に、

もう諦めて家に帰れ。

と、言われてるような気がした。


でも会いたい。

気持ちだけでも伝えたい。




目をつぶって俯く俺の耳に、
車が止まる音と


『ありがとうございました』


小さな声が聞こえた。


一瞬幻聴かとも思ったけど、

聞き間違える訳がない。
あの声。

車のドアが閉まる音と、
発進するエンジンの音。


そして尋常じゃないスピードで
脈打つ俺の心臓。

コンコンと響く階段を上る音。


その音が止まったと同時に、

階段を上がりきった彼女が
俺の目の前に現れた。


『……ッ、』


ふと顔を上げて、
俺の姿を視界に捉えた彼女は

一瞬固まってから
ものすごい勢いで
俺とは反対方向に走り出した。


弾かれるようにその場から立ち上がって
瞬時に彼女の腕を掴んだ。


『…逃げんな』

『……』

『逃げんなよ』


頼むから。

今だけでいいから。

今だけ。

俺の前にいてほしい。


言いたいことだけ伝えたら
もう俺の方から消えるから。


そんな俺の気持ちが少し伝わったのか
彼女の強張っていた体から力が抜けて、


『…部屋、上がっていい?』


そう尋ねた俺の言葉にも
頷いてくれた。


『○○…』


部屋に入ってすぐに、
彼女の腕をまた掴んで自分の方に向かせた。

少しだけ合った視線に
単純に嬉しくなる。


『昨日のことなんだけど…
会えて嬉しかった。』


俺の掴んでいる彼女の腕が
少しだけ震えている。

下唇をギュッと噛んで俯く彼女に
手が伸びる。


『言いたいことあるなら言って』

『……』

『俺、エスパーじゃないから
言ってくれなきゃ分からない』


せめて、最後くらい。
彼女が我慢してるところなんて見たくない。

彼女が言いたがってることを聞きたい。


そう思って彼女の頬に触れると、

掴んでいた腕とともに、
その手も振りほどかれた。

いきなりの彼女のその行動に
驚いた俺の耳に届くのは


『…彼女、いるんでしょ?』


信じられない言葉。


衝撃的とも言えるその言葉に
しばらくフリーズして


『……は?』


やっと一言発することが出来たけれど

俺はもう完全にブチキレ。


『お前、何言ってんの?』


いつまでもこっちを見ない彼女。

同期が社内だけで言いふらしてた
俺と付き合ってるだの何だの。

そんな話がどうやって
彼女の耳に入って、
こんな勘違いをしてるのかなんて
知らないけれど、

彼女いるのに
他の女をホテルに連れ込むような
男だと思われた事に腹が立った。


『お前がいなかったこの3ヶ月間
俺がどんな気持ちだったか分かるか』

『……』

『好きな奴が急にいなくなった俺の気持ちが分かるか』


俺のその言葉に、彼女が顔を上げた。


こんなつもりじゃなかった。

もっと優しく。
紳士的に告白して。

笑顔で終わるつもりだった。

全てがうまくいかない。

でももう頭の中ぐっちゃぐちゃで、
動く口は止まらない。


『電話しても出ない。駅で待っててもこない。
しまいには家にもいない。』

『……』

『しかもやっと会えたと思ったら
俺のこと残して帰りやがって』

『……』

『なんでそんな勘違いしてるか知らないけど
彼女なんていない』

『……』

『俺は好きでもない奴とホテルなんて行かない』


勢い任せにそう言うと、
彼女の目から大粒の涙が溢れた。

ボロボロと止まらないその涙は、
彼女の頬に触れていた
俺の手をどんどんぬらしていく。

その涙の理由は
彼女の顔を見れば
すぐに分かった。


なんだよ。

なんでもっと早くその顔しなかったんだよ。


『○○だってそうじゃん。
好きでもない奴と行くような奴じゃないじゃん。』


ホテルで何度も思ったこと。

あの時はただの俺の期待だった。


でも、今は違う。


『俺とだから行ったんじゃん』


本気でそう思える。


彼女が俺を置いてホテルから出て行ったのも
きっと、その勘違いのせい。



止まらない涙を拭う彼女は、
フラフラと俺に手を伸ばしてくる。

ゆっくりと伸びてくる手が待てなくて、
自分からその手を握って
力強く引っ張った。




俺の腕の中に収まるのは、
好きで好きでたまらない子。




彼女がどんな気持ちだろうが、
俺のこの自分の気持ちを伝えよう。

別にいい。

彼女が手に入らなくても。


彼女がもう他の誰かのものでも。


自分の気持ちを言えたら
それでいい。


そう言い聞かせてたけど
やっぱり欲しかった。

自分のものにして
独り占めにしたかった。


彼女の存在を確かめるように
抱き締める俺の中から


『…福田くん』


彼女の鼻に詰まった声が聞こえる。


『…ん?』

『…好き』


その言葉に、
俺の目から一粒だけ涙が流れた。


大の男が。

もう歳もそれなりにとった男が。

泣くなんて気持ち悪いと
自分でも思うけど、

その言葉に情けないくらいに幸せになって
涙が溢れた。


『…うん』

『好き…ッ』

『うん。俺も好き』

『福田くん…』

『なに?』

『…好きッ…』

『聞いたってば』


もうこんなに嬉しい事はないかもしれない。
ってそのくらいに思った。


彼女に肩に触れて、
キスをする。

額を合わせて微笑むと、
目線を落とした彼女の顔が
どんどん赤く染まる。


『…顔赤いですよ?』

『…はず、かしい…』

『キスしただけで?』

『……ん…』


目をギュッとつぶりながら
頷く彼女は本当に恥ずかしそうなんだけど…


『僕たち昨日エッチしてますよ?』


なに1つ間違ってない俺の言葉に、
彼女は身体をビクンと震わすと

ただでさえ真っ赤だった顔を
もっと真っ赤にさせながら
俺に抱きついてきた。


初めて見る彼女の行動に
少し驚きながらも
俺の服に容赦なく鼻水をつける彼女に
笑いながら優しく抱きしめる。


『…これからもそうやって
俺の隣で泣いててよ。』


やっと。

やっとカッコいいこと言えたと思ったのに…


『…普通そこッ、笑ってて…とか、
言うもんじゃないの…ッ』


悪態をつく彼女。

でも、そんなところも
可愛くて仕方なくて、


『あなたの場合は泣いててくれた方が安心します』


って言ってあげた。


彼女の泣き顔は本当に不細工。

いつまでも泣き止まないから
どんどん酷くなっていく。


『泣いた顔、ブスだなぁ』


顔を覗き込んでそう言うと、
彼女は頬を膨らまして不貞腐れた。

タコみたいになったその顔に
笑いがこみ上げる。


『…○○』

『…はい』


彼女の髪に指を絡ませながら
口にするのは、


『俺と、付き合ってください』


言えると思っていなかった言葉。


自分の気持ちだけを伝える。

それしか出来ないと思っていたから、
この言葉を彼女に言えると
思ってなかった。


だから彼女が頷いたのを確認して、

彼女の返事の言葉ごと
全部飲み込んでやった。


唇を離すと、
少し怒った彼女に肩パンされた。


『福田くんってさ…』


俺の顔を両手で包む彼女が、
少し意地悪そうな顔をしながら


『私のこと、好きだよね』


って言ってきた。


何言ってんだよ。

こんなに俺のこと振り回しといて。

もうお前になんて振り回されねーかんな。

一生主導権は俺が握ってやる。


変なところで負けず嫌いを
発動させた俺は


『むしろ愛してるけどね』


全力のドヤ顔でそう答えて、
また彼女が溺れるくらいに
深いキスをした。


『…ほんとはね』


唇を離して
首筋にキスを落としていると、

彼女が口を開いた。

ふと動きを止めて、
その先の言葉を待つ。


『本当はもっと早く言いたかった』

『早くって?』


思わず顔を上げると
悲しそうな顔をした彼女がいて、


『私の気持ち』


そう言った。


『……』

『水族館でデートした時から。
ずっと言いたかった。』

『…え?』

『あの時から、ずっと福田くんのことが
好きだったから。』


どこまでも不器用な彼女は、
愛情表現も不器用らしい。


俺のこと好きだなんて、
さっきのさっきまで
全然気づかなかったつーの。


落ち込む彼女にキスをして、


『えっ、わっ、ええっ…!?』


お腹に腕を回して、


『ギャァァァアア!!!!』


肩に担ぐ。


前よりは少し軽くなった
彼女の体を担いで向かうのは寝室で…

思いっきりベッドの上に投げ飛ばす。


最初こそ驚いていたものの、
体験したことのある状況に
ベッドに転がりながら
ケラケラ笑う彼女。

俺もベッドに上がって
彼女の体の上に跨る。


『因みにね、○○ちゃん』

『んー?』


彼女の頬に触れながら
隣に寝転んだ俺の頬にも、
彼女の手が伸びてくる。


『僕はですね』

『うん』

『3年以上前からあなたが好きです』

『…へ?』

『コーヒー、美味かったです』

『…え!?どういう…ッ』

『好きだよ』

『ン…ッ』


もうこれ以上は教えてやんない。

自力で思い出せ。


目を瞑ることもしないで
ビックリした顔のまま
キスされる彼女に笑いながら、

そっと彼女の服に手をかけた。








fin.


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