さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

Love Liar 【2】

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基本的にあまり運は良くない方。


別に悪いってわけじゃないけど
ラッキーガール☆
とか言えるほど良くはない。

そんな私なのに


こんな事ってあるんだぁ…



目をパチパチさせるしか出来ない
私の前で手を振りながら


「おーい、戻っておいで〜」


なんて笑顔で言う彼は
やっぱりあの結婚式の日と変わらず
モテそうなイケメン。


「…は、はい」


彼は、気の抜けた返事をかます私に
「なんだよその返事」って
呆れるように笑った。


「ニカからよく聞く
○○ちゃんって君のことだったんだ」

「た、たつ…みさんも
ニカからよく聞いてます…」

「雄大でいいよ」

「…へっ?」

「ニカは?」

「あ、まだ、お店の中に」


え?いま雄大でいいって言った?

呼び捨て?

呼び捨てでいいって事?

え?ちょっと待って。

…え?

…マジか。


口を“ゆ”の形のまま
動けなくなる私をよそに

彼はガラガラと音を鳴らしながら
お店の扉を開けた。


「席どこ?」

「突き当たり、右です」

「りょーかい」


彼は脱いだ靴を靴箱に入れず
隅っこの方に揃えて置く。

きっとそれはニカを連れ出して
すぐにお店を出るから。


2人掛けの小さな個室に入ると
ニカは私が個室を出た時と変わらず
突っ伏したまま一ミリも動いてなかった。


「ニカ〜帰るよ〜」


ニカの頬をさっきの私と同じように
ペチペチと叩いた彼は
ニカのバックから黒の財布を取り出して
私に渡してきた。


「お会計、お願いしてもいい?
俺ニカおぶっちゃうから」

「え?」

「ここから出して」

「え?」

「よろしくね」


さすがにニカのだったとしても
人の財布からお金を出すのは気が引ける。

ためらいの気持ちを隠せない私に
彼は「ん?」って言いながら
大きい目をもっと見開いて私の顔を見る。


「…えっと、」

「どうしたの?」

「ニカ、寝てるし…」

「うん?」

「いつも奢ってもらってるから…」

「ニカに言われてるから」


歯切れ悪くモゴモゴと喋る私に
彼は被せ気味にそう言った。


「…へ?」

「○○にお金払わせないでって」


いきなり呼ばれた呼び捨てに
心臓がドクンと鳴った。

彼は私の手を取って
ニカの財布を握らせる。


「だから大丈夫だよ」

「でも…
いつもご馳走してもらってるから今日は…」


握られたせいで
手にびっしゃりとかいた私の汗を
気にすることなく彼はにっこり笑う。


「うん、でもニカに出させてあげて?」

「……」

「じゃないと俺が怒られちゃうから」


その言葉に何も言えなくなって
大人しくニカの財布を受け取った。


彼の手が握らせてくれた
ニカの財布だけど…


やっぱり、どうしても人の財布から
お金を出すのは気が引ける。

それに一緒に飲むと、
毎回全額出してくれるニカに
お返しをしたいと思っていたところだし…

私はレジにいるスタッフに伝票を渡して
白い財布を開いた。










「ちゃんとニカの財布から出した?」


個室に戻った私に
彼は第一声でそう言ってきた。


「…出させてもらいました」

「ありがとね」


もうすでにニカをおぶっていた彼の手には
私のカバンとニカのカバン
2つが持たれていて、
慌ててその2つのカバンに手を伸ばす。

ちょっと強引に彼の腕から
カバンを取ったから
取っ手が彼の腕に引っかかって
痛そうだったけど彼は、


「イケるかと思ったんだけど
やっぱり厳しかった!」


って笑った。


その笑顔のまま
「ごめんね〜」と、言った彼は
ニカをおぶり直して
お店の出入り口まで向かう。


もう夢の中でぐっすりのニカは
気持ちよさそうにアヒル口
むにゃむにゃと口を動かしながら
彼に身を委ねていて

ニカが彼を信頼してるが故の
そのだらしない顔が笑えた。



…にしても。

視覚効果というのは
とても大切なことらしい。


やっぱり私は現金な奴で
男の人が苦手だと言っておきながら
イケメンにはめっぽう弱いらしい。


どこからどう見ても、彼はイケメンだ。

身長は高くないかもしれないけど
低くはない。

その辺の女子より顔は小さいし
目はおっきいし

6:4くらいの割合で可愛さとかっこよさを
兼ねそろえている上に
オシャレときたもんだ。


男の人は苦手。

でもイケメンに話しかけられるのは嬉しい。


私は救えないほどに自分勝手。



ニカを背中におぶったままの
彼の後に続いて歩く。

暖簾をくぐって外に出る。

思いがけない再会のせいで
体温が上がっていたのか、

さっきは寒いと感じていた外の空気も
体を冷ましてくれるには
ちょうどいいくらいだった。


はー、と白い息を吐いて
くるりと振り返ってくる彼。


「じゃあニカの荷物預かるよ」

「あ、いや…」

「ありがと」

「あの…私、持ちます。」

「ん?」

「ニカと飲んでたの私だし…
責任あるんでニカのこと
家まで一緒に送らせてください。」


元はと言えば私がちゃんと
ニカのペースを見ていれば
ここまで酔いつぶれることは無かった。

その申し訳なさを
実はさっきから感じていた。

だからそう言っただけなのに…


「やっぱり」


彼はしたり顔で私を見る。


「ニカの言ってた通りだ」

「…え?」

「ニカがいつも言ってる。
○○は優しいって。」

「そ、それは…」


褒められることなんて滅多にないから
どう反応していいか分からず目を泳がせる。


「でも、そのせいで損してるとも言ってた」

「…損…」

「詳しい事は知らないけど」


詳しく知られていたら困る。

特に私の秘密のコンプレックスなんて
知られていたりなんてしたら。


「じゃあ荷物頼もうかな!
すぐそこなんだウチの家」


あーん。

やっぱりイケメン…。



第三者から見た私は
“優しいせいで損してる”らしい。

本当は腹の中でこんな事考えてるのに。


彼がニカを迎えにきてから
改めて痛感させられている
自分勝手さに思わず笑ってしまった。


私の腹の中なんて知る由もない
彼は、私の笑った顔を見て

何を勘違いしたのか楽しそうに笑って
「こっち」と言って歩き出した。





言ってた通り、彼の家は
歩いて5分も経たない場所にあった。


「ここの角部屋なんだよね」


って言って1番手前の
101号室と書かれた玄関ドアを横目に
奥へと歩いていく。


102…103…

と、数字順に並んだ
ドアを何個か通り過ぎて…


「ここがウチ」


1番端の玄関ドアの前でそう言った。


「本当に近いんですね…」

「言ったじゃん」


訳のわからないドヤ顔をしていたけれど、
私は彼が手にしている鍵が
今まで見たことないような
鍵だったからそこにばっかり気を取られた。


だからかもしれない。


鍵の形が普通の…

っていうか私が使い慣れた
シリンダー型のものじゃなくて

電子マネーみたいな形のやつを
差し込んだだけで開くタイプの鍵に
気を取られていたからかもしれない。


「上がってって〜」


ナチュラル過ぎる誘いに
「あ、はい」って返事しちゃったのは
絶対にそのせいだと思った。


自分の口から出た言葉に
後悔した瞬間にはもう遅くて、

私が家に入ってくると
信じて疑っていない様子の彼は
玄関を開けっぱなしにしたまま
部屋の奥に進んでいく。


私、帰ります。

ニカのこと迎えに来てくれて
ありがとうございました。


って伝えて帰らなきゃ…


「寒いから早く入ってきな〜」

「あ、はい」


1回目の“あ、はい”
は、鍵に気を取られたせいではなく
自分の反射的に出した言葉ってことと、

後悔したくせにすぐ同じ失敗を
繰り返した自分の愚かさを呪いながら


「内鍵よろしくね」


って言って来た彼に向かって


「あ、はい」


ってまたしても同じ失敗をした自分に

私ってとことんどうしようもない…

って小さくヘコんだ。







会って2回目。

って言っても名前以外
ほとんど何も知らない人の家に
入るなんて緊張しかしない。

しかも男の人の一人暮らしの家なんて…

しかもしかもイケメンの家なんて…

私にはハードルが高過ぎる。


「おじゃましまんもす」


少しでも自分を落ち着かせようと
面白くもないギャグを小声で
発しながら靴を脱ごうとすると


「いらっしゃいまんもす」


ってクスクス笑いながら返されて
聞こえてたのかよ!!!って、
気絶しそうなくらい恥ずかしくなった。



言われた通り内鍵を閉める。

自分の脱いだ靴と、
彼の脱いだ靴を揃えて、
振り返った目線の先には

すりガラス製のオシャレな
両開きの引き戸を閉めながら
こっちを見ている彼がいた。


きっとその引き戸の奥にある
寝室にニカを寝かせてきたんだろう。


「コーヒー飲める?」

「飲めます…」

「寒い?」

「…え?」

「ごめんね、暖房効くまでもう少し待ってね」

「いえ、全然…」

「その辺座ってて〜」


その辺って言われて
座るところを探してみるけど…


迷う。


キッチンでコーヒーを淹れる
彼のすぐ後ろには
4人掛けのダイニングテーブル。

そしてその奥に
2人掛けのソファ。


4人掛けの方がいいの?

でもなんかテーブルの上に
色々乗ってる…

わざわざ私なんかがコーヒー飲むだけのために
テーブルの上片付けてもらうのは申し訳ない。


でもソファ…?

確かにソファの前に置かれてる
ローテーブルの上は
綺麗に片付いてるけど
2人掛けって密着度高くない…?


どうしよう。

どっちが正解?

一体全体どっちが…


「…何してんの?」


マグカップを両手に
振り返った彼の言葉はごもっとも。


「え、と…どっちに、座れば…」

「あー!ごめんごめん!
もしかして迷ってた?
こっちのテーブル汚いからソファ行こっか!」


密着度の高い方を指定されて、
やっと私はその場から動くことが出来た。


「どうぞ」って言われた声に促されて
先にソファに向かう。


「失礼します…」


身を屈めながらソファに座ると、
さっきからずっと笑いを堪える
顔をしていた彼がついに吹き出した。


「○○ちゃん、いま猫被ってるよね?」

「え!?」


なんでバレた!?と言わんばかりの
大声で驚いた私の前に
マグカップを置きながら隣に座ってくる。


「ニカから聞いてるって」

「な、何を!?」


今までニカの前でやらかした事は
星の数ほどある。

そのうちどれを聞いたの!?

あいつは一体そのうちのどれを
このイケメンに話したの!?


背中に冷や汗をかきまくる私に、


「俺あれ好き!鼻からそうめん事件!」


彼が楽しそうにそう言った。


「あとね、サブウェイ事件とか〜
飛行機事件とか〜」

「え!?ちょっと待って!
どこまで知ってんの!?」

「結構聞いてるよ(笑)」


若気の至り…
でも確かに私の黒歴史

友達に全部事件扱いされるくらい
若気の至りの黒歴史


もうこの人の前で
猫被っても仕方ない…


大きなため息を吐く私を
楽しそうに眺める彼。


男の人への苦手意識やら
さっきまでの緊張やら

ポーンっとどっかに飛んでく音がして…


「くそニカ…」


低い声でニカが寝てる
すりガラスの向こうを睨む。


骨付きカルビ事件も
聞いたときは爆笑したな〜」


その話まで知ってんのかよ!
って心の中で叫んで、

恥ずかしさをごまかすために
目の前に置かれたコーヒーに
砂糖を2杯ぶち込んで思いっきり飲み干した。



どうやら私の場合、

素を出せるって事は、
“男の人が苦手”っていう垣根も越えるらしい。


彼の家をおいとましようとする頃には
彼の面白い話に、手を叩きながら
ゲラゲラ笑うほどにまでなっていた。


私が歩いてフローリングが軋んだ時は
“こいつ体重重いな”
って思われたりしないかな…

とか思うほどに緊張してたのが
嘘かなってくらい
奥歯までしっかり見えちゃうくらい
口を大きく開けてゲラゲラ笑った。


「本当に駅まで送らなくていいの?」

「うん、全然平気。すぐそこだし」

「じゃあ気をつけてね」

「うん、ニカにもよろしくね」

「うん。おやすみ」

「雄大くんもおやすみ」


玄関を開けながら
見送りしてくれている彼に
手を振って歩き出そうとすると、


「あ、そーだ」

「ん?」


夜に、しかもアパートだからか、
少し小さめの声で呼び止められた。


「おっきい道出たら右じゃなくて…」

「左でしょ?」

「ん?あ、そう…なんだけど…
あれ?ん?」

「病院の裏から行くと
駅にすぐ着くよね」

「あれ?俺さっき教えたっけ?」


不思議そうな顔をする彼に、


「私、あそこの病院勤めてるの」

「…ん?」

「あそこの病院で看護師してるの」


11時の方向に見える
自分の勤め先でもある病院を指差しながら
そう言うと、

最初はぽかんとしていた彼だけれど


「マジで?俺先週
風邪引いてお世話になったよ」


と、笑ってから


「またウチ遊びにおいで」


と、付け足した。



その顔はやっぱりカッコよかった。






【続】
------------------







タイトルはジャニーズ知識皆無の友達と
お茶をした時にちょっとお願いして、

どうでも良さそうな顔で
考えてくれたものを頂戴しました。


その時のお茶代は私持ちでした。
大体千円くらいでした。

つまり千円のタイトルです。


横文字なんてオシャレ過ぎて
恥ずかし死にしそうだけど
あえてチャレンジ。

だって千円もしたんだもん。


「タイトル考えてあげたんだから奢ってよ」


って言われた時はびっくりしたけど
さすが私の友達やってるだけあるなこいつ。


って思いました。




あ、お話はまだまだ続きます。


よろしくでございます。

Love Liar 【1】


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イムリミットは、
もうとっくに過ぎていたと思う。


彼は震える両手で
私を抱き締めながら泣いていた。

彼にこんなに強く抱きしめられたのは
初めてだった。


「嫌いになったわけじゃないんだ…」


今にも消えそうな、
小さな声で何度もそう言う。


「嫌いになったわけじゃない…
本当に…これは嘘じゃない…」


しつこいくらいに
繰り返されたその言葉の後に、

少しの嗚咽と、
大きな呼吸。




「でも、もう前みたいに想えないんだ…」


半年前に、
私は1年3ヶ月付き合った相手に
そう言われて振られた。












目の前には純白のドレスに身を包んで
幸せそうに微笑む花嫁姿の友達。


前後左右から聞こえる
祝福の声の中を
ゆっくりゆっくり歩いていく。


泣きそうになるのをこらえて
笑顔で大好きな人に
寄り添いながら微笑むその姿は

今まで見てきた彼女の中で一番綺麗。



私が座る丸テーブルには
自分を含めて6人の女の子。

全員今日の主役である
花嫁の高校時代の部活のチームメイト。


みんな夢中になって
主役の姿をケータイで撮影している。

その鳴り止まないシャッター音と
感動的なBGMを聞きながら、

私は広い披露宴会場を
ぐるっと見渡した。


すると、花嫁の手から放たれたブーケを
先ほどめでたくキャッチした女性が
ブーケを自分の頬に添えて、
アヒル口で自撮りをしている姿が見えた。


「…若いね」


私の左隣りでさっきまで
パシャパシャと写真を撮っていた友達が
ケータイをカバンにしまいながら
ボソリと呟いた。


「あ、同じとこ見てた?」


私と同じ方向を見ながら
話す友達の口元には
少し意地悪そうな笑みが浮かんでいて、


「うん。だってあの女目立つ」

「ははっ」

「あれインスタにあげるぜ、絶対」


その口から出る言葉も、
なかなか意地悪。


ハッシュタグとか付けてんだよ」

「たとえば?(笑)」

「#ブーケ取っちゃった♡」

「あるある」

「#次はわたしの番」

「あははっ」

「#絶対幸せになるぞ」

「お腹痛い…ッ」

「#今日は幸せいっぱい分けてもらうんだから」

「やめてほんと笑えるッ」


半泣きで声を出さまいと
笑う私に止まることをしない友達。


「マジあの女
主役の花嫁より目立ってる」

「確かにね」

「ブーケ取れたら次結婚出来るなんて
迷信だって教えてやろうかしら?ん?」

「あれ、あなたブーケキャッチしたの
先月にあった結婚式だっけ?」

「そうだよ」

「彼氏すら出来てないじゃん」

「うるせぇ」

「うわ、口悪っ」


ゲラゲラ笑う私の顔を見て、

意地悪そうな顔をしていた
友達の眉毛が少しだけ垂れた。


「…あたし達の中でさ…」

「ん?」

「あたしたちの中で…
一番最初に結婚するのは
○○だと思ってたなぁ…」


友達がそう口にする。


その言葉に一瞬だけ目線を落として、

すぐに曖昧に笑ってごまかす私。


そう思っていたのも、
無理はないと思う。


20代後半。

お互い社会人。

付き合って1年3ヶ月。


結婚する条件はそれなりに
満たしていたと思う。


周りから見た私たちは
“素朴”とよく言われていた。

素朴で素敵な2人だ、とか

素朴な感じがいい、とか


そもそも素朴ってなんだよって思ったけど、
それは結構な褒め言葉だったらしく


無印良品の家具とかって素朴じゃん。
あんな感じなんだよ」


という、友達の独特すぎる要約に
少しだけ納得したことも覚えてる。



その“素朴”がどこまで関係しているかは
分からないけれど、

結婚するだろうと思われていた私達が
別れた時はそれはもう質問の嵐で…


「なんで別れちゃったの?」


今でもこうしてよく聞かれる。


「…ん?」

「いい人だったじゃん、相手の人だって」

「うん。いい人だったよ」

「じゃあなん…」


友達の質問の声が、
司会者の大きな声で遮られた。


正直、助かったと思った。



なんで別れたか。


彼が私を前みたいに想えなくなったから。


だから別れた。

でも、彼のその言葉の裏には
私の誰にも言っていない
秘密のコンプレックスがあって…


その秘密は
ちょっと…いやだいぶ

人に言いたくない。






暗くなった会場と一緒に
少しだけ気持ちが落ちていた私に、

今度は右隣りに座っていた
友達が話しかけてくる。


「…ねぇねぇ、
あの子、お色直しのカラードレス
何色選んだか知ってる?」

「え、知らない。」


さっき花嫁が退場して行った
扉の方に視線をやりながら
そう答えた私に続いて、

左隣りの友達も、
聞いてないな〜と答えた。


「○○ちゃん達も知らないか〜
あの子全然教えてくれなくてさぁ」

「ある意味サプライズだね」

「みんなで何色か想像してたの」

「因みに何色って想像したの?」

「ネイビーとか、明るめのブルーとか」

「うわ〜あの子選びそう」

「でしょ!でしょ!
…で、2人は何色だと思う?」


ワクワクしたような可愛い顔で
聞いてくる右隣りの子に反して、


「純黒!華やかな式にあえての純黒!!」


ゲラゲラと笑う左隣りの友達。

その正反対さに挟まれて
ついつい私も吹き出す。


「真面目に考えてよっ
じゃあ○○ちゃんは?」


学生時代から小物は全部
ブルー系だった花嫁。

ネイビーもブルーも
他の子が言ってるみたいだし、
もう選択肢ないじゃん…

ならもう絶対あの子が
選ばないような色でいいや。


そう思って、


「黄色」


って答えた。


1番ありえない私の回答に
丸テーブルみんなして笑った。


正直ドレスの色なんてどうでも良かったから
目の前にあったクロワッサンを
むしゃむしゃ食べていたら、


「○○!○○!」


右隣りから私の名前を呼ぶ声に、

ライトが当たった大きな扉の先を見ると…


「…わぉ…」


お花をたっぷりあしらった、
黄色のAラインドレスを身に纏う
花嫁の姿があった。

















目の前にある綺麗な色のカクテルを
喉に流し込んだ私の横で


「純黒着て欲しかったわ〜」


理不尽な友達の声が聞こえた。


「純黒ってぇ」


そんな理不尽さを全く気にせず
のほほんと答える花嫁。

さっきまで着ていた華やかなドレスから
ラフなワンピースに着替えている。

そのワンピースの色は、
やっぱり彼女が昔から好きなブルー系。


「賭けてたりなんてしたら
○○のひとり勝ちだったんだから!」

「わたしの結婚式で賭け事しないでよぉ」

「してたらの話よ、してたらの!」

「…でも○○ちゃん、すごいねぇ!
まさかドレスの色当てられちゃうなんて
思いもしなかったよ!」


私の方にくるりと向き直した花嫁が
キラキラした顔で見てくる。


「賭けてたらいくら貰えたんだろ、私」


わざとらしく大きくため息を
付きながらそう言った私に
花嫁がもぉ〜〜ッ!と大きな声を出すと、


「何騒いでんの」


いきなりの花婿の登場に
みんなビックリしたまま固まった。


今回のこの式で、
初めましての花婿さんは

噂に聞いてた通り、
優しそうな素敵な人だった。


「今日はみんな来てくれて
本当にありがとうございます。」


私たちより年上の花婿さんは、
柔らかい笑みを浮かべながら
私たち一人一人の顔を見てそう言った。

どこまでもデキるこんな男性を
のほほんとした花嫁が
なぜに捕まえることが出来たのか…

すごく不思議に思った。


そんな落ち着いた花婿さんの隣で


「ねぇ!聞いてぇ!
○○ちゃんがドレスの色当てたの!
誰にも当てられないと思ったのに!!」


花嫁が興奮しながらはしゃぐと


「えぇ!?俺の他にもいたの!?」


今度は花婿さんとは別の男性が
花婿さんの背中から
ひょっこりと身を出しながらそう言った。


「え!?○○ちゃんの他にもいたの!?」


花嫁が同じ言葉を使ってそう返すと、
身を出しながら驚いていた男性は、


「うん、俺も黄色って予想してた!」

「ええ〜〜結構当てられない
自信あったのにぃ…」

「なんかすごいね」


花嫁と会話しながら
私たちの輪の中に自然に入ってきた。


花嫁の視線で、
ドレスの色を当てたのが私だと
分かったらしい彼は

私の方を見ながら


「これも何かの縁かもね」


なんてナンパ台詞っぽい事を言って来た。




黒髪なんだけど、
オシャレにカットされた髪。

くりっとした目が可愛いのに、
筋肉質なのがまたギャップになってて…

まぁいわゆるイケメン。

モテそうなイケメン。


そんな雰囲気の人だった。



「俺、こいつの高校の時の同級生!」


花婿さんを指差しながら言うその人に、


「あ、私もこの子の
高校の時の部活のチームメイトで」


そう答えて、
今から始まる会話に
少しだけ甘い期待をしていたら…


「せんぱぁい!
向こうでみんなが呼んでますよ!」


猫なで声を出した女が
彼の腕に自分の腕をするりと通した。


「…インスタ女じゃん…」


私の隣で、私にしか聞こえない声で
友達がそう言った。


「はいよ、行く行く」


インスタ女に引っ張られながら
じゃあまたね!と、笑って
離れて行くイケメン。


「…あの男、モテそうだと思ったけど
案の定おモテになるのね」


友達のその声に頷きながら、

インスタ女になんかムカついたから
一度だけ振り返って手を振ってくれた彼に
しっかり手を振り返しておいた。



















私の目の前でビールジョッキを
ゴクゴクと煽る男は、


「やっぱりムカつくなぁ!!!」


テーブルに空になったジョッキを
ドンと勢いよく置きながらそう叫ぶ。


ツンツンにセットしていた
金髪に近い茶色の髪も

だいぶ酔いが回ってるのか
今ではもうぺしゃーっとしている。


「声の音量下げてね、ニカちゃん?」


私が言っても多分耳に入ってない。


私の数少ない友達。

の、中の唯一の男友達、ニカ。


さっき店員さんが運んできてくれた
追加のビールに手を掛けながら
プリプリとしゃべり続ける。


「○○は優しすぎるよ!
あんな最低なこと言われて怒らないなんて!」

「…そう?」

「なんであんな冷静でいられたのか
俺には分からない!」

「そうだね。しいて言えば
…誰かが私の首っ玉に抱きついて
泣きながらすっごい怒ってくれたからかな?」

「んぉ?」

「それでスッキリしちゃったのかも」


さっきまで怒ってたのに
ニンマリ顔になったニカは


「なんだ〜俺のおかげか〜」


と、満足そうに笑っていたから


「その節はありがとう」


って言ったあげた。



ニカにだけは全てを話した。

振られたことも、その理由も。


すごく惨めで恥ずかしかったけど、
ニカはしっかり受け止めてくれて、


私は悪くないって言ってくれた。

私のために大粒の涙を流してくれた。


そして今でもこうして
私のために怒ってくれる。


だけど…


「でも本当にありえない」

「向こうも根気強く我慢してくれてたよ」

「それでもありえない」

「まぁ、終わったことだし」

「ヤらせないから別れるなんて!」




…口に出すのはやめてくれ。


「……」

「信じらんないよ」

「……」

「しかもそれを本人に言っちゃう?」

「……」

「別れる理由として言っちゃう?」

「……」

「確かに何回も拒否られて
悲しくなる気持ちも分かるけどさ」

「……」

「だってしょうがないじゃんね?
○○処女なんだもん!」


酔っ払っているから
恥ずかしげもなくハッキリそう口にしやがる。




そう、

私の秘密のコンプレックス。


ニカしか知らない、

私の秘密のコンプレックス。




私は、

実は、

純潔だ。



文字通りの純潔。


20代後半だけど。


生娘ちゃんなのだ。



信じてもらえないかもしれないけれど、


あり得ないと思うかも知れないけれど、


私は正真正銘の処女だ。






元々、男の人があまり得意じゃなかった。



怖いとかそういう訳じゃなくて
話しかけられたら話すけど、


私から話しかけたりしないし、

2人っきりとか出来れば避けたい。



ニカだけは平気だけど、

他の男の人に対しては
そんな感じ。




そんなこんなで年齢イコール彼氏いない歴
ずっと刻んできた私。

だけど結婚を匂わせ始めた周りに
一種の焦りを感じて
なんとか彼氏を作ることに成功した。


男の人を苦手だと思っておきながら
好意を向けられるのは嬉しいみたいで
告白されてちゃっかり首を縦に振った私と

私をちゃんと好んでくれて
告白してくれた彼とのお付き合いは
そりゃもう、前途多難だった。


価値観の食い違いなんて当たり前だし

そのくらいはもはやもう
可愛いもんだった。


そのせいか頭では分かっていることでも
なかなか気持ちが追いつかなくて

彼からの誘いを断り続けていたら


「○○が分からない…」


その言葉から始まった彼の吐露によって

振られた。



怒ってくれているニカには感謝してるけど


いくらそういう経験がなかったとしても
1年3ヶ月も拒否られ続ければ

“前みたいに想えない”

そんな気持ちを抱くのも仕方ないと思う。




少ししんみりした気持ちで
もう溶けた氷水で薄くなったお酒を
飲む私の前で、

さっきまでビールをがぶ飲みしてたニカが
気持ちよさそうにうつらうつらとしていた。


「ニカ、そんなんで家帰れるの?」

「このまま友達ん家泊まる〜」

「え、そんな状態で泊まりに行くの?
友達迷惑じゃない?」

「大丈夫〜いつも○○に話してる友達だから」

「あーいつもニカの話に出てくる」

「そう〜親友〜」


親友だとしてもそんな泥酔じゃ
本気で迷惑だろうな…


「じゃあそろそろ帰る?」

「…ん」

「大丈夫?」

「…呼ぼ…」


電話を取り出したニカは、
どうやらその親友を
迎えに来させるみたいで


「あ?もしもし〜?
うん、そういつものとこぉ〜〜」


ベロンベロンに酔っ払いながら
話すんだけど


迎え〜とか、

いつものとこぉ〜〜、


しか言わないニカのせいで
どうも話が通じ合ってないみたいで、


「ちょっと貸して!」


見かねて、ニカから携帯をひったくった。


「もしもし?」

『え、あ、もしもし…』


電話の相手がいきなり変わったことに
びっくりしたのか、
少し困惑気味の声が
向こうから聞こえた。


「あの、近くに大きい病院がある
漁火っていう居酒屋なんですけど、」

『あ、今向かってるんでもう着きます!
家近いんで、』

「分かりました。じゃあお店の前に立ってます」


スムーズに話が進んで
電話を切った。


もう机に突っ伏してるニカ。


「ニカ?ニカ?」

「んん?」

「お友達もう来てくれてるみたいだから、
ちょっとお店の外まで
迎えに行ってくるから待ってて?」


ペシペシとほっぺを叩きながら言うけど
半分寝落ちしてるっぽいニカに、


「寝ないでね!寝ないで待ってるんだよ!」


強めに2、3度ほっぺを叩いて、
お店の外に出た。


もうすっかり冬になった
冷たい空気が鼻をかすめる。


外の寒さに少し身を震わせながら
下を向いて待っていると…


「あの〜ニカの…」


控えめな声が聞こえて、

顔を上げたそこには


「…え…?」


この間の結婚式で、
私の他に唯一ドレスの色を当てた

あのイケメンが立っていた。


目を見開いて硬直する私の顔を見て、
彼も私に気づいたようで

私と同じように少し目を見開いた。


「…あれ?あの時の…」

「…ニ、ニカがよく話す“ゆうだい”って…」

「あ、そっか。あの時自己紹介
してなかったもんね(笑)」


驚きで何も相槌が打てない私。


「初めまして、辰巳雄大です。」


笑顔で名前を言う彼を目の前に、

世間の狭さに驚いて
身体中のアルコールが全部吹っ飛んだ。






【続】
-----------------




明けました。

おめでとうございました。

今年もよろしくお願いしました。


新年1発目のお話は
辰巳くんにしてみました。



あとねぇ。

あのねぇ。

居酒屋の名前ねぇ。


漁火にしてみたの♡



やっこーいどっこーい
やっせーらー

やっこーいどっこーい
やっせーらー

欲に手を出しゃ 潮目が変わる!

生きてりゃ時化ある 凪もある!

人と出逢うは 不思議な縁!

人生生きてりゃ 丸儲け!





でもこのお話に出てくる漁火って居酒屋は

背が高くて骨格からしてイケメンで
鼻が高くて声も良くて
でも天パっていう可愛い部分もあって
横顔はもはやダヴィデ像を彷彿とさせる
彫刻並みの破壊力を持つタレ眉店主も

可愛い可愛いばっちゃんもいない、


ふっつーーの小汚い安さが売りの
居酒屋なんだろうなぁ。





そして相変わらずタイトル付けられないです。

本でも音楽でも
タイトル付ける人って
どうやって付けてるのか…

不思議でなりませんぜ。


誰か私の代わりに付けて下さい(笑)

お願いします(笑)



ホラ、この通り…



 -= ∧_∧ -
=と( ◉ਊ ◉) アッハッハッハッ!!!!
 -=/ と_ノ

  • =_//⌒ソ


∧_∧ =-
(◉ਊ ◉ )`つ=- アッハッハッハッ!!!!
 `つ \ =-
 \,⌒\\,,,_=-





…ふざけてごめんなさい。


(笑)

ヤンキー岩本くん 〜ライバル編〜 【下】





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『いいよ』

『は!?』


自分から告白してきたくせに
あたしの返事に盛大に驚くえーくん。


『は!?え、なん!?はぁ!!??』

『別にいいよ、えーくんと付き合っても』

『え!?岩本は!?』

『だって別に岩本くんと
付き合ってるわけじゃないし』

『いやッ!あ…はぁ!?え!?』


テンパリまくりのえーくんは
あたしの肩をガシッと掴むんで
顔を覗き込んで、


『本当に付き合ってくれんの!?』


唾が飛ぶくらいな勢いで
そう聞いてくる。


『いいよ』

『は!?マジで…!?』

『うん』

『は!?』

『ただ』

『ただ!?』

『一つ条件があるけど』


肩を掴んだ指に力が入って、
ゴクンと生唾を飲んだえーくんに
伝える条件はただ一つ。


『岩本くんより夢中にさせて』



それだけ。


たったそれだけ。



『岩本くんより夢中にさせてくれるなら
付き合ってあげてもいいよ』


えーくんの全身から力が抜けていく。

肩を掴む力も弱まって、
その口元には笑みが浮かぶ。


『俺が?』

『うん』

『ははっ』

『ん?』

『岩本との話した後に
そんなこと言うなんてお前鬼だな』

『そう?』


首をかしげると
えーくんはあたしに手を伸ばして
優しく髪を撫でた。


『じゃあ無理だわ』

『え〜』

『岩本よりなんて無理』

『諦めるの早くない?』

『お前の条件が鬼畜過ぎんだよ』


大げさに嫌な顔をしたえーくんに
思わず笑いとばした。


『えーくんさ、岩本くんのこと
前から知ってるから
カラオケ屋であたし見たときに
あーやって声かけてきたの?』


その場から立ち上がって
スカートについた砂を払いながら
問いかけるあたしに
えーくんが『いや…』と、言いながら
顎に手を添えてたじろいだ。


『お前のことは前から知ってた』

『前から?』

『ああ』

『なんで?』

『……』

『なんで??』


言いにくそうにあたしから目を背けるから
意地でも目の前に回り込んで
目を合わせてやる。

くるくる回るえーくんに合わせて
えーくんの周りをくるくる回るあたし。


目が回ったのか、
えーくんはついに観念して
あたしに目を合わせながら


『お前の写メ、出回ってるから』


予想外のことを口にした。


『あたしの写メ?』

『ああ』

『どれ?見せて!』


あたしのケータイは
未だに返してくれないくせに

自分のケータイはあっさりと
手渡してきたえーくんは、


『コレ』


と、苦い顔をしながら
あたしの写メを見せてくれた。

画面の向こうに映るあたしはカフェにいて、
岩本くんとふっかに囲まれながら
談笑していた。


いつの間に撮られたのか…
全然気づかなかった。

週刊誌とかに載る芸能人の
スクープ写真とかって
こうやって撮られてるのかなって思うけど
それ以上に放っておけない事実がある。


『…うっわ』

『……』

『めっちゃ微妙なんだけど!』

『…は?』

『もっと可愛い顔で写ってる写真が良かった』

『お前…』

『あたしもっと可愛いやい』

『マジで付き合いてーわ、お前』


あたしの手からケータイを
取りながら笑ってそう言うえーくんは、


『でも条件が無理難題過ぎる』


と、付け足した。



『でもさ、出回ってるかもしんないけど
あたし今までなんもないよ』

『ん?』

『こんなのえーくんが初めて。』

『…だろうな』

『なんで?』

『お前、ここんとこ1人で家帰ったか?』

『それは…っ』



…帰ってない。



言われて気づいたけど
帰ってない。


なんかしらの理由をつけて
いつも岩本くんかふっかか
どっちかが家まで付いて来た。


別に送らなくていいよって
どんなに言っても

家まできっちり送られていた。


こんな裏が隠されていたなんて知らなかった。

しつこいな、なんて思った日もあった。



あたしは2人に守られてた。



『だからきっと今頃血眼になって
お前のこと探してるよ』


あたしに向けられるその笑顔は
嫌味っぽくも見えるし
嬉しそうにも見える。


『でも…写真の出回りって…
あたし大丈夫なの?
これから何かされたりすんの?』


やっぱり拭いきれない不安。


小さくなった声でうつむきながら
ぽそっとこぼしたあたしの頭に
えーくんの手がポンと乗った。


『そこはもう心配しなくていい』

『なんで?』

『俺が止めとく』

『へ?そんなこと出来んの?』

『お前俺のことなんだと思ってんの』

『そんな権力がある人間だとは思ってなかった』

『こう見えてすげぇんだよ、俺は』

『…へぇ』

『だからもう大丈夫。お前は安心してろ』


あたしのケータイを
あたかも自分のもののように
ポケットから取り出しながら

頼もしいことを言ってくれるえーくんに


『やっぱりえーくんは優しいね』


って言ったら、


『付き合う?』


って意地悪な笑顔で言われた。


もう傾きかけてる太陽は
昼間の時と違ってオレンジ色。

その太陽の色を見て
ふっかとカフェにいた時から
だいぶ時間が経っているのかわかる。


そろそろ帰りたいなぁ。

“えーくん帰ろうよ”

そう彼に声をかけようとした瞬間、
あたしに背中を向けて立つえーくんから
『ふふッ』と笑い声が聞こえる。


『どうしたの?』

『お前、岩本のこと
“ひーくん”で登録してんだよな?』

『うん』

『ほら』


見せられたあたしのケータイの画面には
“ひーくん”の表示。


『この“ひーくん”っての…
お前が寝てる間も、俺とお前が話してる間も
糞ほどに電話かけて来てたなぁ』

『そうなの?』

『岩本って分かってれば電話出たのによ』


ブツブツと文句を言いながら
あたしのケータイを持ち直す。

岩本くんからの電話に出たくて
返して返してって言いながら
ケータイを奪い返そうとするあたしを
手のひらで制しながら


『出るわ』


って、あたしへの報告なのか
独り言なのかそんな言葉を口にしてから
えーくんはケータイを耳に当てた。


『はい』とか『あ?』とか
強気に電話口の向こうに
言葉を発してたえーくんは、

急にケータイを耳から離して
画面を数秒見つめて
本当に驚いたって顔をした後に
口元に小さく笑みを浮かべた。


無事に電話が終わったからなのか、

さっきまであんなに返してくれなかった
ケータイをあたしに渡して来た。


見上げた先にあるえーくんの口元には
未だに笑みが浮かんでて、

むしろさっきよりもだらしない
口元になっている気さえする。


『……』

『えーくん』

『んだよ』

『顔キモいんだけど』

『…ふっ』

『きもい』


対照的なあたしたちのテンション。

それでもえーくんの
だらしない口元はそのまま。


『今お前のケータイで
岩本と電話したじゃん?』

『うん』

『したらさぁ』

『うん』

『俺の事、声だけで分かったって』


岩本は俺のことなんて
覚えてないと思ってた…

って小さく呟くえーくんの顔は
口には出さないけれど
“嬉しい”って感情を隠しきれてなくて、


『でもさ、えーくんの事
声で分かるくらい知ってるのに
カラオケ屋であたしといるとこ見たときに
なんでえーくん何も言わなかったんだろ』

『あー…』

『すごい謎』

『多分俺の事視界に入ってなかったんじゃね?』

『なんで?』

『お前に意識行き過ぎて』

『…ふぉっ』

『照れてんなよ、うぜぇ』


憎まれ口を叩いても
やっぱり顔はニヤニヤしてた。


『さーて、帰りましょうかお姫様』

『んだそりゃ』

『岩本に守られてるお姫様』

『あたしお姫様って柄じゃないんだけど』

『じゃご主人さまか?
岩本も王子様っていうより番犬っぽいしな』


唇の端を片方だけ上げて
ニヤリと笑うえーくんは
あたしにヘルメットを被せると
そのまま頭を鷲掴んであたしを抱き締める。


『なぁ』

『なんだい?』


抱きしめながら真剣な声で
そう言ってくるから

また告白されんのかな?
なんて思ってたら


『岩本、すげぇキレてる』


ある意味とんでもない告白をされた。


『それはそれは恐ろしいくらい』


はわわ〜

まじかよーい


『先に謝っとく。悪いな。』


あたし以上に“キレた”時の岩本くんの
怖さを知ってるえーくんが
ガチっぽく謝るから

なんだか憂鬱な気分になった。







岩本くんを焦らせて
もう一回喧嘩するのが狙いだったえーくんだけど

岩本くんが自分を覚えていることを知って
満足したらしく
『帰らせてやるよ』って言ってくれた。


どっかの倉庫だったらしいその場から
えーくんの運転するバイクに乗せられて

見慣れた街並みまで来ると、
いきなりバイクが止まった。


『○○』

『ん?』

『前見てみ』


捕まってたえーくんの背中から
ひょっこり顔を出すと
一本道をまっすぐ見据えた遠くに
岩本くんが見えた。

もちろんその隣にはふっかもいる。

もう結構離れた距離からでも
分かるくらいに岩本くんは機嫌が悪そうで
めちゃくちゃイラついてる。


『あはっ、すげー怒ってね?』


ゲラゲラ笑うえーくんを睨みながら
あたしはもういっそのこと
バイクと同化したいとさえ思い始めてた。

あたしなんも悪くないのに。

えーくんと岩本くんの喧嘩なのに。

マジで巻き込まれた感半端ない。


同化することが出来なかった
バイクからのろのろと降りて
力なくえーくんにヘルメットを返す。


『んじゃ、俺帰るから』

『え!?』

『なんだよ』

『一緒に来てよぅ…』

『岩本にもうお前に関わるなって
さっき電話で言われたから』


…なんて無責任なッ!


巻き込まれた上に
この無責任さ!

許せん…!!


もう関わるなって言われたから
一緒に行けないって言ったくせに、

ヘルメットをあたしから受け取りながら


『また電話するな』


って言葉を残してえーくんは本当に
あたしを置いて去っていった。


まだ岩本くんとふっかは
あたしに気づいてない。


岩本くんに一歩近づくたびに
心臓がドキドキとなる。

それはときめきとかの類の
良い意味のドキドキじゃなくて

親とかに怒られる前に感じるドキドキ。

だからひたすらに心臓が痛くなる。


それでも凄まじい怒りオーラを纏った
岩本くんに近づいていくあたしは

心のどこかで腹を括ってるみたい。


岩本くんとあたしとの間が
100メートルあたりになった瞬間…

ふっかが『アッ』と、声を上げて
岩本くんがあたしの方に振り返った。


向けられた目線に
息が止まりそうになってるあたしの元に
岩本くんがダッシュで駆け寄って来て


『今までどこにいた!?』


地響きが何かと勘違いするほど
低い声で怒鳴られた。


同時に掴まれた腕も
もう手跡が付くんじゃないかって
くらいの力で握られる。

あまりの迫力に掴まれた腕を
引っ張りながら体を小さくする。


『い、いたい…』

『んでこんなマフラー付けてんだよ!!』

『痛いってば…』

『おいふっか!!!』

『はいぃぃッ!!』


今まで見たことないくらいに
声を荒げる岩本くんにビビってたのは
あたしだけじゃないみたいで

いきなり名前を呼ばれたふっかは
声を裏返しながら返事をする。


『東高行くぞ』

『な、なんで!?何すんの!?』


岩本くんにしがみついて
問いかけるあたしに、
彼は冷たい視線で見下ろしながら


『ぶっ殺す』


戦慄するような言葉を吐いた。


『だ、だめだめだめだめ!!』

『うるせぇな』

『殺しちゃだめだよ!!』

『本当に殺すわけねぇだろ』

『あ、当たり前じゃん!!』

『話つけに行くだけだ』

『絶対話だけで終わるわけないじゃん!!』

『あ?』

『だめだって!』

『1発くらい殴ったっていいだろ』

『それを辞めてって言ってんじゃん!!!』

『はぁ!?』

『えーくん、悪い人じゃないよ!!
優しい人だよ!!!』


もはや最後は叫び声に近かった。

いろんな感情が入り混じって
叫んだあたしを岩本くんは
さっき以上に冷たい視線を向けて


『お前、自分が何言ってっか
分かってんの?』


そう言う。


岩本くんの視線から逃げるように俯いて、
肩で息をするあたしの手を
払いのけるように自分の体から外した
岩本くんは、


『…知らね』


って言いながら
あたしに背中を向けて歩き出した。




…あ、




少しずつ遠くなってく広い背中を見つめながら
呆然と立ち尽くすあたし。


すると今まで徹底して空気のように
気配を消していたふっかが隣に並んできた。

ふっかの方を見ると、
少し困った顔をしながら…

でも笑ってて、


『○○ちゃん…』

『ん…?』

『照ね、すごく心配してたんだよ?』

『……』

『すごく必死に探してたんだよ?』

『……』


分かってる。

そんなこと分かってる。


あんな形相になって…

あんな力ずくであたしの腕を掴むなんて…


優しい岩本くんがするわけない。


そんな“するわけない”ことをするくらい、
あたしを心配してたってこと。

余裕なくなるくらい
あたしを探してくれてたってこと。


そんなことは分かってる。


えーくんを庇うわけじゃないけど、
あんなに嬉しそうに笑ってた
えーくんを傷つけて欲しくなかった。


どっちかと言うと、
えーくんの中に存在している“岩本”像を
あたしなんかの為に
岩本くん本人が壊しに行こうとしてるのが
すごくすごく嫌だった。

だから東高に行くなんて言い出した彼を
えーくんを理由にして
止めてしまった。

彼が1番気に入らない方法で
止めてしまった。


自分勝手さとどうしようもなさに
呆れて泣きそうになるあたしの首から、
ふっかが優しくマフラーを外す。


『照のとこに行ってあげて?』

『……』

『ね?』

『……よ』

『ん?なぁに?』

『嫌われた…よ、絶対』


涙声まじりのあたしに
ふっかが盛大に吹き出した。


『なんでそう思うの?』

『めっちゃ睨んでた…』

『あはは』

『めっちゃ怒鳴ってた…』

『うんうん』

『めっちゃ怒ってた…』

『怒ってたねぇ』

『絶対嫌われた…』


ふっかはさっきよりも
盛大に吹き出してから


『照がそんな奴じゃないって事は
○○ちゃんも知ってるでしょ?』


前にふっかに対して“嫌がられる”って
思った時も

岩本くんは『ふっかはそんな奴じゃない』
ってあたしに言った。

そして実際そうだった。

ふっかはそんな奴じゃなかった。


だから、ふっかが伝えてくれる
岩本くんに対してのことは
誰の言葉よりも信用出来る。


『よし、出来た』


そう言ったふっかの手があたしから離れた。

さっきまで東高の指定マフラーを
巻いていたあたしの首には、
黄色のデザインのマフラーが巻かれていて、

見覚えのあるマフラーを
キュッと握って
ふっかを見つめると


『ついでにそれ照に渡しといて』


満面の笑みでそう言われた。


『岩本くんに?』

『そう。それ照の』

『……』

『走り回って探してたせいで
暑いって言って外したんだよね、照。
俺が預かってたの忘れてた。』

『…そっか』

『うん。冷え込んできたし
いくら照でも寒いだろうから』

『…ん…』

『多分学校戻ってるはずだから
渡しに言ってあげて』

『学校?なんで…?』

『照、俺が連絡した途端
学校から飛び出してきたっぽくて。
マフラーは巻いてたくせに
鞄とか全部置いてきてやんの』


笑いながらふっかはそう言うけど
あたしはもう泣きそうだった。

目の下がプルプル震えて、
鼻水はもう垂れる寸前だった。


『バカだよなぁ、照』

『…バカだね』

『て事で、よろしくね○○ちゃん』

『うん』

『後で俺も学校行くから』


ふっかのその言葉は
少し不安だったあたしの背中を押すには
十分すぎるほどのものだったみたいで


『絶対だからね!!絶対来てね!!!』


って、鼻息荒く言った後に
学校へと走り出した。









少しだけ残る太陽のオレンジと、
周りにつき始めた街灯。

校門に立つあたしに近づいてくる影は
まだあたしに気づいていないみたいで


『岩本くん』


思いきって呼びかけてみると、
少しびっくりしながら


『なんでいんの?』


って、ぶっきらぼうに答えた。


『…えと、』

『危ねぇだろーが』

『…うん』

『学習能力ねぇのか馬鹿が』


言い方はキツイかもしれないけど
その言葉は全部あたしを心配する言葉。

もう誰もいなくなった校舎を背に
『帰んぞ』って言いながら
あたしの横を通り過ぎようとする
岩本くんの腕をとっさに掴んだ。


『……』

『……』

『…んだよ』

『…ごめんね』

『……』

『あと、』

『……』

『ありがとう』


不機嫌そうな顔は変わらないけど
あたしの頬に伸びて来た
岩本くんの手は優しくてあったかい。


『怪我は?』

『してないよ』

『どこか痛むか?』

『ううん』

『気分悪くないか?』

『平気だよ』


一通りあたしに質問すると、
岩本くんは少し安心したかのように
笑みをこぼした。

その笑顔につられて
あたしも安心して一息はくと、

今まで頬に触れていた岩本くんの手が
後頭部に回って

そのまま強引に、
でも優しく抱き締められた。


『…心配した』

『うん』

『すげぇ心配した』

『ごめんね』


広い背中に腕を回すと
岩本くんはあたしの首に顔を埋めながら


『えーくんとか呼んでるし』


さっきとは打って変わって
弱気な声を出す。


『なにが?』

『えーくんなんて呼んでんじゃねぇよ』

『……』

『つか、なんだよえーくんって』

『…名前知らなくて』

『は?』

『だから少年Aのえーくん…
って意味で、呼んでたんだ…けど…』


えーくんにした通りの説明を
岩本くんにしてあげると

岩本くんはため息を吐いた。


『下の名前で呼んでんのかと思った』

『へ?』

『あいつの下の名前“え”から始まるんだよ。
だからお前のそのあだ名、
あながち間違ってねぇんだよ』

『はー、そうなんだ…』


なんて言っていいか分からなくて
とりあえず相槌を打つと、

岩本くんはあたしの体を離して
真剣な顔をしながらあたしを見る。


肩に乗せられたままの手と
真剣な目にゴクンと唾を飲み込む。


『なんか…ここんとこお前が隣にいるの
当たり前すぎて
俺ん中でなぁなぁになってた』

『…うん』

『ちゃんと言葉にしなきゃなんねぇんだって
気付かされた…
認めたくねぇけど』


ふて腐れたようにそう言った
岩本くんの心理は、あたしに対してじゃなくて
えーくんに対して何だと思った。

えーくん“なんか”に
正論を突きつけられて
自分の心を動かされたことに対して。

その事実を認めたくないんだなって思った。


岩本くんは一度大きく息を吸うと、
ふぅ、だか。はぁ、だか。
言いながら息を吐き出して、


『俺、お前のことが好き。』


そう言った。


『お前が隣にいないとか…想像出来ない』


岩本くんのことを考えていたあたしは
いつの間にか彼をジーっと見ていたらしい。


あたしのあまりの凝視に
少し恥ずかしくなったのか

岩本くんはちょっと低い声で
『返事は』って言って来た。


付き合ってくれ。とか
隣にいてくれ。とか

返事するような言葉で
告白されなかったから

なにに対しての返事だか分からなかったけど、


岩本くんが自分と同じ気持ちだって
事だけはしっかりわかったから


『うん!』


って答えた。

あたしの声は思ったよりも大きくて、

自分が思う以上に今のこの現状が
嬉しくて仕方ないみたいだった。

でも、


『そんなに嬉しいのかよ』


って笑いながら言って
あたしの頭をなでる岩本くんも
結構嬉しそうだった。


超ニコニコ顔のあたしを見て
鼻で笑った岩本くんは
帰るぞって言いながら
あたしの手を握って歩き出した。

どんなに近い距離にいても
手を繋いで歩いたことなんてなかったから
これが岩本くんの中の
彼氏彼女の在り方なのかなって思った。


右手に感じる岩本くんの
大きな手の感触が彼女の特権である
ことを噛み締めていると、


『俺も仲間にい〜れてっ』


って言いながらふっかが
あたしの左手を握って来た。


今までどこに隠れてた!?

どこから目撃してた!?

恥ずかし過ぎる!!


なんてアワアワするあたしをよそに
ふっかは握ったあたしの手を
ブンブンと前後に振り回す。


あたしの目が口以上に
モノを言っていたのか、


『こんな夜遅い時間に学校までって言っても
1人で歩かせるわけ無いじゃん。

ずっと付けてたよ。』


って説明してくれて、
えーくんが教えてくれた写メの話を思い出して

そう言えばそうか。って納得した。


岩本くんは、
あたしの手をふっかが握っても
嫌な顔なんてしない。

楽しそうに笑い声を上げて
『車の邪魔になんだろ』
って言って右手を握る岩本くん。

『だって仲間はずれみたいで
寂しかったんだもん』
って言って左手を握るふっか。


むしろあたしのが邪魔者じゃね?

この2人の方がよっぽどカップルっぽくね?


なんてことを思っていると、
不意にあたしの首元に岩本くんが触れて来た。


『ん?何?』

『変なふうになってた』


知らないうちに変なふうになってたらしい
マフラーを綺麗に直してくれた
岩本くんは、満足そうに笑って
自分のであるあたしの首に巻かれた
マフラーを指差して


『似合ってんな、それ。』


って言ったから
このままパクっちまおうと思った。


『あ…そうだ、ふっか』

『ん?』

『さっきの、あの…』


ふっかはあたしの言いたいことが
すぐに分かったらしく『あぁ、マフラー?』
と言ったあとに、


『燃やしといたよ』


って言った。


驚きのあまり声も出せずに
目丸くするあたしに


『捨てるくらいじゃ生ぬるいからね』


って笑顔で言い張るから

マジかよ…
岩本くんよりふっかのが怖ぇかも…

って思ってたら


『東高行くくらいだから
家金もってんだろ。
マフラーくらいすぐ買い直すだろ。』


って横から岩本くんが冷静に言うから
ちょっと視点がずれてるな…って思った。





右手に岩本くん。

左手にふっか。


両手に感じる優しさに、
ルンルンになりながら歩く。


『ねぇ、岩本くん』

『あ?』

『岩本くんにとってふっかはなぁに?』

『家族みてぇなもん』

『じゃあえーくんは?』

『ライバルみてぇなもん』

『そっかそっか』


えーくんは、岩本くんに対しての
『ライバルなんて言えない』って言ってたけど

岩本くんにとって、
えーくんはちゃんとしたライバルだった。


それが嬉しくて
タニタしてると、

隣から


『因みにお前は彼女みてぇなもん』


っていうヤンキーの
甘いささやきが聞こえた。







---------------

ヤンキー岩本くん 〜ライバル編〜 【上】



----------------









あたしの好きな人は、

超が付くほどのヤンキーだ。














…はて。

ここはどこだろう。


まぶたを開けた視界に広がるのは
見覚えのないコンクリートの天井。



最悪の事態を想像して
自分の体に目を向けるけど

着衣に乱れは無く、
制服のスカーフもきっちり結ばれている。



ただ、ここがどこだか分からない。



確か今日は、
ふっかと2人で放課後にカフェに来てた。

秋晴れがすごく気持ちよくて
外のあったかい空気に誘われて
テラス席で紅茶と一緒に
ワッフルを食べていた。

…はず。


ワッフルの上にあまーいシロップと
ホイップクリームを乗せて
頬張っていたところまで覚えてる。

あとふっかがトイレに
立ったところまで覚えてる。



…そこからの記憶がない。



寝かされていたソファから
むくりと体を起こすと、

少し離れたところで
バイクをいじってる人が見える。




…どっかで見たことあるその髪型。


じーーーっと目を凝らして
バイクに夢中になるその後ろ姿を
眺めていると、


『…ん?』


振り返ったその顔に、


『あ!』


思わず声が出た。


『んだよ、起きてたのかよ』


バイクをいじる工具を、
カランと床に投げると
のっそり立ち上がってあたしに近づいてくる。



どっかで見たことのある
爽やかなツーブロックのショートヘア。

優秀な人しか着ることの出来ない
カッコいい校章が左胸についたブレザー。

それはどう見ても東高の制服。


つまりこいつは…


『カラオケ屋以来だな』


いつぞやのツーブロ野郎だった。


口をぽかんと開けたままのあたしに
ツーブロ野郎が片眉を少し上げる。


『どうした』

『…何が何だか』

『とりあえず静かにしろ、人質なんだから』


サラッととんでもない言葉を発した
ツーブロ野郎に目ん玉が飛び出た。


『あたし人質?』

『そうだよ』

『え?あたし人質?』

『そうだっつってんだろ』

『えー!人質ー!?』

『っだよ!うるせーな!!』


目の前まで来ていたツーブロ野郎は
あたしの頭をパシンと叩いた。


『どんだけ危機感ねぇんだよお前!
この状況下で人質って言われてんだぞ!!』

『ごめんごめん。
ちょっと興奮しちゃって…』

『お前なぁ…』

『ありがとん』

『褒めてねぇよ』


盛大にため息をつかれる。


て言うかずっと気になってた。

説明しにくいけど…

なんだか違和感を感じる。


なんだろう…

なんだろう…

なんか…


『あんたってそんな感じだったっけ?』


今まで呆れ顔だったのに、
その言葉を言った瞬間

ニヤリと笑って前かがみになって
あたしに目線を合わせてきた。


『あんなに俺のこと嫌がっておきながら
実はしっかり覚えてんじゃん』


少し嬉しそうに見えるその微笑みは
絶えることなくあたしに向けられる。


『あれは外面用』

『そとづら?』

『そ。あんだけ愛想よく爽やかに振舞ってれば
大体の人間は味方についてくれんだよ』


確かにあのカラオケに来てた女の子達で
1人の子はこいつに連絡先聞いたり
していたのを思い出した。


あたしも爽やかな印象を受けてたし…


それを全て計算でやってたかと思うと
…只者じゃねーぞ、こいつ。


ポケットに手を突っ込んで
あたしから離れた彼は

舌打ちをしながら手元のケータイを
眺め出した。

でもそのケータイはどう見てもあたしので、


『は!?
なんであたしのケータイ持ってんの!?』


自分のスカートのポッケの中を
探りながら問いただす。


『お前のケータイのロック番号教えろよ』


ただでさえ意味不明なのに
あたしの質問丸無視で、
そう言うから余計に腹が立ってくる。


『嫌だわ!』

『お前のケータイロックかかってたから
岩本に脅迫電話出来なかったんだよ』

『…ッきょ…!?』


脅迫電話とはなんとも恐ろしい…


『Siriに言っても反応しねぇし』

『な、んて言ったの?』

『“いわもとひかるにでんわ”』

『それなら無理だわ』

『なんで』

『ひーくんで登録してるから』

『は?お前岩本のこと
ひーくんって呼んでんの?』

『呼んでない』

『は?』

『呼んでないけど
あえてひーくんで登録してんの』

『意味分かんねぇ』


眉間にしわを寄せて
そう言い捨てたツーブロ野郎は
またバイクの前にしゃがんで
いろいろいじり始めた。


自分もソファから立ち上がって
バイクの前にしゃがむ彼の隣に
一緒になってしゃがみ込む。

バイクなんて無知なあたしでも分かるくらいに
ピカピカに改造されたバイク。

隣を見ると心なしか
目を輝かせる男が目に入る。


バイク改造すんのって難しい?』

『勉強よりは簡単』

『ケータイ返してよ』

『後でな』

『これなんていうの?』

『マフラー』

『ケータイ返してよ』

『後で』

『ケチ』


ぷぅっと膨らました頰を
変な顔で見てくる。


『マジで岩本の好みが分かんねぇ』

『は?』

『お前無人島でも1人で生きていけそうだよな』

『は?なに?喧嘩売ってんの?』

『お前より俺のが強いからやめとけ』

『ねぇ、ここ寒くない?』


会話をぶった切って自分の体を
縮こめながらそう言うあたしに
盛大なため息をついて、


『お前と話してると頭痛ぇ』


ってボヤいたツーブロ野郎は
本当に頭痛そうな顔をしながら
立ち上がってどっかに歩いて行った。


不意に1人にされて
ぼーっと目の前の分かるわけもない
バイクの部品一つ一つを眺めていると、

パサっと何かが首元にかかった。


『それくらいしかないから我慢しろ』


ぶっきらぼうにそう言った
そいつがあたしにかけてくれたのは
東高の指定マフラーだった。


『ありがとー』


ぬくぬくと首に巻き直しながら
気になっていたことを聞く。


『ねぇ、一つ質問していい?』

『あ?』

『なんであたしここにいるの?』

『なにが?』

『こんな見覚えのないところ』

『あぁ』

『なんで?』

『俺が攫ってきたから』


開いた口が塞がらなかった。


どうやらあたしは、
ふっかがトイレに立った隙を狙って
こいつに攫われたらしい。

一体全体どんな手段を使って
あたしを気絶させたかは教えてくれなかったけど

このご自慢のバイクに乗せて
ここまで来たことは教えてくれた。


マジでそんなのドラマとか漫画の中での
出来事だと思ってた。

攫うとか…

いやマジで…


『犯罪じゃん…』


ボソッと呟いたあたしに
鋭い目が向く。


『これバレたら犯罪になるよ?』

『……』

『少年Aって書かれるんだよ』

『うるせぇな』

『いつもこんなことしてんの?』

『いつもはしてねーよ』

『て事は初めてじゃないのね』

『……』


黙りこくった彼。


『将来不安ねぇ、進学校の生徒が』


そう言うと、少し寂しそうに
瞳が揺らいだ。

その瞳を見ていられなくて
東高の指定マフラーに顔を埋めながら
目をそらした。


『ねぇ、なんであたしなの?』

『……』

『なんであたしのこと攫って
岩本くんに電話しようとしたの?』

『……』

『えーくん、岩本くんと知り合いなの?』

『…えーくん?』

『あたしあんたの名前知らないから、
少年Aのえーくん』


ナイスネーミングセンスだと思ったのに、
えーくんはお気に召さなかったようで
ブツブツと文句を言いながら
また手を動かしてバイクをいじる。


『ちょっと!質問に答えてよ!』

『質問一つじゃなかったのかよ』

『ケチ』


2度目の“ケチ”発言をすると、
えーくんは小さく舌打ちをして

あたしにグッと顔を近づけて


『嫌いだから』


低い声でそう言った。


『嫌い…?』

『そう。嫌い。』

『あたしを?』

『岩本を』

『岩本くんのこと嫌いなの?』

『大嫌い』

『はぁ…』

『だから岩本が気に入ってるお前攫って
焦らせてやろうと思って攫った。』


口調はぶっきら棒ですてばちなんだけど、
えーくんの瞳はなんだか寂しそうで…


『ほんとは?』


思わずそう聞いてしまった。


『…は?』


こっちを見るえーくんは
眉間にシワを寄せまくり。


そんなことは置いといて、
さっきから少し思うことがある。


『何言ってんだ、馬鹿』


なんか口調とか…

雰囲気が…


『似てるよね、岩本くんとえーくん』


そっくりなんだ。



あたしの言葉に
目をまん丸くさせたえーくんは
ピクリとも動かずにあたしを見る。


『本当に嫌いなの?』

『……』

『深く知ってないと』

『……』

『そこまで似ないと思うの』

『……』

『ねぇ、えーくん。』

『……』

『岩本くんのこと、本当に嫌い?』



どうやら彼は
あたしの質問に答えそうもない。

小さくため息をついて
目の前に転がってたドライバーを
手に取ろうとしたあたしの腕が
力強く掴まれた。


『お前、こんな状況で
よく俺の機嫌損ねるようなこと聞けるな』

『こんな状況?』


次の瞬間、工具がコンクリートの上に
投げ飛ばされる音が聞こえて…

背中に冷たくて固い感触が走った。


『すぐヤれる状況』


目の前にある彼の表情には
もう“爽やかさ”なんて一ミリもない。

ただ、その虚無的な瞳に
あたしを映す。


コンクリートの床に
肩を押し付ける腕に力が入って、

覆いかぶさってくるえーくんは

少しずつ、あたしに顔を近づけてくる。


その長い睫毛が少し下を向いて
あたしの唇を捉えたけど、


『でも、ヤらないでしょ?』


あたしの想像通り、
彼は動きを止めた。


『ヤれるし』

『あんたはヤらない』

『てめ…』

『とりあえずどいて。
あたし今パンツ丸見えなの。』


勢いよく押し倒された衝撃で
あたしはマジでスカートがめくれて
パンツが丸見えになってた。

角度的に自分からも、
えーくんにも見えてないけれど

スカートがめくれているのは
気分が良いものじゃない。


えーくんの肩を押しながらそう頼むと、


『お前、良い女だな』


当たり前のことを言ってきた。


『よく言われる』

『少しは謙遜しろや』

『じゃあ最初から褒めないでよ』

『良いな、お前』

『なにが?』

『岩本なんかにはもったいねーわ』

『“なんか”なんて言わないでよ、
岩本くんのこと』

『あー、まじで良いわお前』


少し笑みをこぼしながらそう言うと、
あたしの腕を引っ張って
勢いよく起こされる。

勢い余ってえーくんの身体に
思いっきりダイブさせられた
あたしの体を、

彼はギュッと抱き締めた。


『何すん…』

『嫌いだよ、あんな奴』


あたしの声に被せながら
小さい声でそう言った。


『なにが?』

『岩本のこと』

『あぁ、』


自嘲的に笑いながら
あたしの髪に顔を埋める。


『あいつと喧嘩して
一回も勝てたことねぇんだよ』

『……』

『今まで負けなしだったのに
あいつにはマジで勝てねぇ』

『……』

『涼しい顔して喧嘩に勝つあいつ見て、
めちゃくちゃカッコいいって思った…』


抱き締められてるから顔は見えないけど、
ゆっくり話すえーくんの声は
低くて切なかった。


『あいつ、俺にないものみんな持ってんだよ』

『ないもの?』


きっと今、えーくんの目に
あたしは写ってない。

あたしに話してるんじゃない。

彼が今までずっと心に隠してた
岩本くんへの想いを
声に出してるだけ。


『無愛想にしてるくせに人が寄ってきて
誰からも一目置かれてて

自分貫いてて。

あいつの中身知った奴は
全員あいつのこと好きになる。

男も女も関係なく。
あいつの人間性に惚れる。

あいつのそういうところ
見せられるたびに劣等感感じるようになった。

“俺は岩本みたいになんてなれない”
ただただ痛感させられた。』


えーくんの言いたい事が
痛いほど分かった。

あたしも、そうだったから。

岩本くんの近くにいて
“あたしだったらこんな風に出来ない”

って何度も思ったことがある。


あたしはえーくんと違って女だし、
プライドも高くないから

そんな岩本くんの人間性を
素直に受け入れることが出来たけど

男である上に自尊心があったえーくんは
劣等感を感じちゃったんだと思う。


『ライバルなんて言えないくらい、
俺にあいつは眩しすぎた。』


背中に回されたえーくんの腕は
痛いくらいにあたしを締め付ける。


『だから嫌いなんだ。あいつのこと。』

『……』

『いろんな魅力があるあいつが』

『……』

『俺にないもの全部持ってるあいつが』

『……』

『大嫌いなんだ』


嫌いになれないと、やってけなかったんだ。


尊敬にも近いその気持ちを
受け入れるには大きすぎて、

嫌いになれないと

やってけなかったんだね。


『…でも』


今まで黙りこくってたあたしの声に
えーくんの腕の力が少しゆるまって、


『えーくんにはえーくんの
魅力あるじゃん』


ピタリと身体が固まった。


『…なんだよ』

『へ?』

『俺の魅力って』

『……』

『言ってみろよ』

『優しいじゃん』


あまりにも意外だったのか
今まで抱きしめてたあたしの身体を
離すと同時に、
大きく見開いた目であたしを見た。


『俺が?』

『うん』

『ど、こが?』

『攫ってきたことはまぁ置いといて…

普通ならその辺に転がしとけばいいのに
ちゃんとソファに寝かしといてくれたり、
マフラー貸してくれたり、
こうやってちゃんと話してくれたり…』

『……』

『えーくんは優しいよ』


今にも泣き出しそうな彼の頭を
優しく撫でると、
彼はまたあたしの腕を引っ張って
力強く抱きしめた。


『よしよし』


頭をポンポンしてやると、
小さく舌打ちする音が聞こえる。


『ヤんぞコラ』

『出来ないくせに』

『ムカつく女』


やっぱりプライドが高い。

手に取るように分かる
えーくんの心情に
クスクス笑うあたしに、

えーくんが問いかける。


『なぁ』

『ん?』

『お前、俺と付き合わない?』









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特技はタイトル詐欺です。

岩本くん出てきてないネ。


(土下座)



【下】に続きます。

後輩の宮舘くん 〜冬〜


----------------




風の匂いが、
少し冬を感じさせて来た頃。


宮舘くんから、
大学合格の報告が入った。




ちょうど1年前、
私が喉から手が出るほど欲しかった
指定校推薦をもらえた彼は

宣言した通り、
私と同じ大学に見事に合格した。


夏に会った時は、
『指定校欲しいんですよね』
なんて軽く言ってたのに…


まぁきっと本人は私の知らないところで
とんでもなく努力してたんだろうけど。




合格を確認した宮舘くんは
すぐに電話してくれたみたいで、

興奮気味の声は
少し聞き取りにくかったけど


『先輩、会いたいです』


って言葉だけはハッキリと聞こえた。


その言葉に、珍しく素直に


『私も会いたい』


って言った私に
ふふっ、
と笑ったその声はいつもの通り
私を少しバカにする
いつもの宮舘くんだったけれど


『いつ会えます?今週末とか…』

『ごめん!もう電車乗っちゃった』

『え…?』

『そっち行くね!』


私の突拍子のない行動には
さすがに絶句していた。


宮舘くんからの電話を受けた瞬間

私はすぐ近くの肩掛けバックに
財布だけ詰めて

コートを手に持って
弾かれるように家から飛び出した。

電話の向こうの宮舘くんの
興奮した声を聞きながら
駅まで全速力で走って、

ちょうど運良く停車していた
自分の地元へと向かう電車に乗った。


『ごめんッとりあえず切るね』

『え?ちょっ、』


電車に乗ってすぐに、
それだけ言って一方的に電話を切る。


どんな状況にいても
マナーだけは守りたい。


でも、私の手元のケータイは
久しぶりの全力疾走で
切れた息を整えて、
空いている座席に腰掛けるまで
ずっとブーブー鳴りっぱなしだった。





連絡自体はおやつの時間の
前くらいに来たんだけれど、

勢いだけで乗り込んだ電車だったから
地元に着くまで何回も乗り換えさせられて


“着く時間分かったら連絡ください”


って送って来てくれた宮舘くんに


“あと15分くらいで着きます”


って返事をする頃には
もう外は真っ暗になっていた。



今年の夏はめんどくさくて
帰らなかったから…

すごく久しぶりの地元。


改札を抜けて左に曲がって、
“西口”って書かれている文字を横目に
階段を降りて向かうのは…


“西口側にあるカフェで待ってます”


そう言っていた宮舘くんの元。


緊張と恥ずかしさを抱いたまま、
少しずつ早歩きになる私の足。


冷えて冷たくなった階段の手すりに
手を滑らせながら
最後の一段を跳ねながら降りる。





早く


早く早く







『ぎゃあ!』


走り出そうとした私の体に
いきなり後ろから誰かが抱きついてきた。


…でも、誰かなんて分かってる。


いつの間に後ろにいたのか、


中越しに感じる温もり。

私の肩に顔を埋めたせいで
頬に当たる柔らかい髪。

そして、バニラの香り。


『宮舘くん…?』


分かってはいても、
いきなり抱きつかれた衝撃で
ドクドクと音がする心臓を抑えながら
そう聞く。


『先輩』

『宮舘くん?』

『……』

『宮舘くん、どうしたの?』

『先輩…』


さっきまでとは違う意味で
心臓がドクドクと音を立てる。


『待たせちゃってごめんね』

『いえ』

『か、カフェにいるんじゃなかったんだね…』

『……』

『寒く、なかった…?』


宮舘くんの様子がおかしい。

私に巻きつける腕の力が
強くなる一方で
全然会話してくれない。


幸いにも駅には人は少なく、
私たちの行動に目を向けてる人なんて
1人もいない。


でも、この状況はさすがに
なんとかしたい。


『みや、』

『やべ、離したくない』


彼のそんな甘い言葉と共に
首筋に熱い吐息がかかって
鼻血が出そうになった。


『宮舘くん…』

『はい』

『ちょっと…1回離して…』

『なんで?』

『な、なんでって…』

『嫌です』

『…え』

『……』

『宮舘くん…』

『嫌って言ってるじゃないですか』

『あの』

『……』

『顔見たい…から、離して…』


首に回された宮舘くんの腕を
掴みながらそう言うと


『本当にずるいっすよね…』


って言いながら離れた宮舘くんは
私の体をくるっと回した。


目の前に現れた宮舘くんは、
ふてくされた顔をしていて
鼻が少しだけ赤くなってた。


『寒かったでしょ?ごめんね?』

『先輩こそ、
そんな薄着で寒くなかったですか?』

『全然平気』


夏には無くなっていた
外ハネがまた復活していて

それを見つけた途端少し嬉しくなる。


やっぱり宮舘くんといえば
外ハネだなぁ…


なんて思いながら
彼の髪型を眺めていると


『ぐぇっ』


今度は真っ正面から強く抱き締められた。


『もう顔見たからいいですよね』

『そう言うことでは』


ドキドキからなのか

宮舘くんの腕の力強さからなのか


息苦しくなって
すぴすぴと鼻息を荒くしながら
宮舘くんの背中にそっと手を回した。


『先輩が…待ってくれるなんて、
保証どこにもなかったから…』


宮舘くんがポツリポツリと話し出す。


『いつ先輩から“迷惑”とか“待ってられない”とか
言われるかすげぇ怖かった…』

『……』

『もっと会いに行きたかったし、
電話もたくさんしたかったけど…
それよりまず勉強しなきゃ
俺の成績じゃほんと無理で…』

『……』

『先輩の周りには俺なんかよりも大人で
すげーかっこいい人達がいるんだろうなとか…』

『……』

『いろいろ考えてたところに
先輩の方から来てくれたりするから…』


いつも余裕綽々で、
私を馬鹿にする態度をとる宮舘くん。

フフンって笑う宮舘くん。


そんな彼が小さく小さく
聞き取れないくらいの声で話す。


私は思わず体を少し離して
もう一度宮舘くんの顔を見た。


『宮舘くん、泣いてる…?』

『泣いてないっすよ』

『でもまつ毛すごい光ってるよ』

『泣いてない』

『鼻声だし』

『泣かせたの誰だと思って…ッ』

『あ、認めた』


私のその一言に、
宮舘くんは手で顔を抑えながら
私に背中を向けた。


私の想像なんて足元にも及んでなかった。

宮舘くんは、すごい努力してた。


不安になったりした事もあったのに
私には一つもそんな素振り見せないで。


未だに私に背を向けたままの
宮舘くんの黒のコートを
きゅっと握る。


『宮舘くん…』


もうすっかり人がいなくなった駅は、
怖いくらいに静かで、
自分の声がやたら鮮明に聞こえる。


『私、迷惑だなんて
一度も思ったことないよ』

『……』

『待ってられないなんて思ったこともない』

『……』

『それに、宮舘くん
ちゃんと毎日連絡くれてたじゃん』

『……』

『人の食生活に
ケチつけてばっかだったけど…』


手を伸ばして、腕を掴むと
宮舘くんは素直にこっちに振り返ってくれた。


『宮舘くん』

『…はい』

『大学合格おめでとうございます。』

『……』

『よく頑張りました』


この言葉は、
去年私が宮舘くんからもらった言葉。

すごくすごく嬉しかった言葉。


そっくりそのまま拝借してみた。


もうどんなに言い繕っても
完全に“泣き顔”の彼の顔に
思わず笑いがこみ上げる。


『宮舘くんでも泣くんだね』

『先輩俺のことなんだと思ってるんですか?』

『んー、ロボットかなんか?』

『何言ってるんですか』

『あははっ』

『俺より早く生まれたくせに…
しっかりしてくださいよ』


泣いたことが恥ずかしいのか、
どんどん憎まれ口になる。

そしてそれがまたおかしくて
ニヤニヤする私を
宮舘くんがまた抱き締めた。


初めてこんなに宮舘くんに触れられて
なにをどうすればいいのか

恋愛経験がゼロに等しい私は
てんてこ舞いになる。


そんなことお構いなしの宮舘くんは
左手で私の背中を強く抱き締めて
右手で私の頭を優しく撫でて


『先輩』


今まで聞いた中で1番と言っていいほど
甘くてとろける声で、


『好きです』


想いを告げてくれた。


『大好きです』

『……』

『待っててくれてありがとう』

『……』


もうメロメロに溶かされて
ぽわんぽわんしている私の顔を
宮舘くんが覗き込んでくる。


『先輩…』

『…ふぁい…』

『キスしていいですか?』

『へ!?』

『キス』

『ここで!?』

『ここで』


いいですか?って聞いてきたくせに
もう決定事項のようで、

彼は私の髪を耳にかけて
その力強い瞳に私を映す。


『え、ちょっと…あの、』

『先輩』

『は、はい!』

『目、つぶってください』





もう逃げられない状態。


周りに人はいない。


もう少ししたらまた電車が到着して
人で溢れてしまうかも。


ていうか今もこの状況を
どこかで誰かが見てるかも。


しかもここは地元。


知ってる人に見られてるかも。


中学の同級生とか。


近所のおばさんとか。


仕事から帰って来た
ウチのお父さんとか。




なーんて、

たくさんのことが頭を駆け巡ったけど…



私はもう一度、
宮舘くんの背中に手を回して

ゆっくりまぶたを下ろした。


真っ暗になった視界の中で

優しく笑う声

バニラの甘い香り

身体に触れる腕


たくさんの宮舘くんを感じる私の唇に

彼の唇が重ねられた。



すごく長い間だったかもしれない。

でも本当は

すごく短い間だったかもしれない。


全然記憶にないけれど、
宮舘くんの唇が離れた瞬間に

私は


『…ふぁぁ…』


とか何とか、

情けなすぎる声を出しながら
腰から砕けそうになった。


『あぶねっ…!』


抱きとめながら支えてくれた
宮舘くんにしがみつく。


『先輩…?』

『ごめん、なんか力抜けちゃって…』

『何それ。可愛すぎません?』

『私は情けないです』

『可愛いからいいですよ』


どこまでも甘い宮舘くんは、
私の手を握りながら歩き出す。


『本当にまさか先輩の方から来てくれると
思わなかった。』

『なんか…衝動的に…』

『嬉しかったです、すごく』

『あ、ははは…』

『送ります。帰りましょ!』

『うん、ありがと…』


夏の時とは違う、
指を絡めた繋ぎ方…

いわゆる、恋人つなぎで歩く。


『宮舘くん』

『はい?』

『私も宮舘くん大好きです…』


これだけは伝えとかなきゃ…

と思ったけど完全にタイミングを間違えた。


それでも宮舘くんは優しく笑って、


『俺の彼女になってくれますか?』


って聞いてくれた。


ヘドバン並みに頷くと、


『めっちゃ可愛い彼女出来ちゃった』


なんて言うから
ただただ、顔が赤くなった。



来年からは

宮舘くんと

どんな生活が待っているんだろう。


真っ黒な空に綺麗に映える月を見て

緩む口元がおさえられなかった。









----------------







宮舘クーーーン!!!

亀梨ゲストに来たねぇ!

良かったねぇ!嬉しかったねぇ!


だーっしゃっしゃっしゃっ!

越岡くんと元彼。【後編】



--------------





大きなエビフライが乗った
ランチプレートが人気のこのお店は、

夜になるとランチの時よりも
メニューが増える上に、
色々なワインが楽しめる
おしゃれな飲み屋に顔を変える。


私はあまりお酒が飲めるタイプじゃない。

でもこのお店に置いてある
スパークリングワインが
お酒の弱い私にも飲みやすくて
すごく美味しいから


友達とよく、
軽く飲みたいねってなった時は
いつもこのお店に来ている。


昼も来たのに夜も来たり…
1日に2回行くこともたまにあるから
多分店員さんには顔を覚えられてると思う。

ちょっと恥ずかしいけど
その恥ずかしさを受けても尚、
来たいと思うくらいには
このお店は私のお気に入り。


アンティークなドアの取っ手を引いて
店内に入ると

ゆっくりと流れるBGMと
鼻をかすめるいい匂い。


『腹減った』


超絶オシャレ女子気分だったのに、

駅から一緒に歩いて来た友達が
鼻水をすすりながら
低い声でそう言ったから
一瞬にして雰囲気がぶち壊れた。


『もっと可愛く言ってよ』

『なんでよ』

『せっかくグータンヌーボみたいな
気持ちになってたのに』

『もうやってないからその番組。
年齢バレるから辞めて』


何度も見たことある顔の店員さんが
私たちの可愛げのない会話を聞いて
肩を揺らしながら案内してくれた席に着く。


テーブルに並ぶのは

お気に入りのスパークリングワインと
イカの一夜干し。

それとオシャレぶった友達が頼んだ
ナッツと生ハム。


音を鳴らしながら
軽く重ね合わせたワイングラスで
グイグイとお酒が進んで、

会話も弾んで
ほろほろと酔いが回ってきた。


その時、ケータイが鳴った。


画面に映るのは、知らない番号。

かかってきた電話には
片っ端から出る私は

ちょっとごめん。
と、友達に一言添えてから
通話ボタンを押して
ケータイを耳に当てた。


『もしも』


ブチッ


切れた。


そしてすぐまた鳴る。


『はい』

『……』

『もしもーし』


ブチッ



今度は少し間を空けてから切れた。


『え?なに?大丈夫?』


心配そうに友達が言う。


『なんだろうね。』


間違い電話か何かかな…

なんて思いながら気にも留めないで
友達との会話を再開した。









間違いかなと思った
電話はそれから何日か続いた。

出た瞬間に切れるその電話に、


…あ。これは間違い電話じゃないな…


って思い始めた。


でも知らない番号だし、
正体不明の相手からの着信に
戦う気も起こらずに
かかってくる電話に片っ端から出て

相手の通話料金を上げることだけに
全力を努めていた。


イタズラでやってるなら
そのうち飽きるだろ。

呑気に考えていたある日、


『……うわ』


アパートのポストが
紙で溢れかえっていた。

仕事から帰ってきていつものように
ポストを確認してから部屋に行こうと思ったら

明らかに容量オーバーの紙が
私の家の番号が書かれているポストに
ギチギチに詰め込まれていた。


その紙には、
とある人物しか知り得ない
昔の私の事が書かれていたり
写真がたくさん貼られていて…


『あいつじゃん…』


焼肉屋での不敵な笑みを浮かべてた
あの元彼の顔が浮かんだ。


鳥肌がブワーっと
全身に立った。


別れてすぐに
着信拒否したけれど、

そりゃあ番号を変えられたら
そんなの意味を成さない。


力なくポストから紙を剥がす
私の口から漏れるのは


『暇なのかな、あいつ』


元彼への嫌味。



あ〜裕貴に癒されたい。

裕貴に甘やかされたい。



いまいち危機感が湧かない私は
ポストから紙を抜き取りながら
片手で裕貴に電話をかけた。



裕貴は私のワガママ全開の呼び出しに、
すぐ行くね。
って、言ってくれた。

裕貴が家にいるときに
ケータイが鳴ったら嫌だから
電源をオフにしといた。


それから30分もしないで
私の好きなチーズケーキを片手に
裕貴は私の家に来た。

仕事終わりに来てくれたらしく
スーツ姿はたまらなくカッコよかった。

玄関で靴を脱いでる裕貴の背中に
思いっきり抱きつく私の頭を
優しく撫でてくれる彼は
やっぱりすごく優しくて


この人のこと悲しむ顔は見たくないな…

そう思って、
元彼からの電話のことは
言わない方がいいかな…って思った。




…本当に、なんで今更?って思う。


付き合っていた頃は
ひとつも私に執着なんてしなかったのに。

むしろ邪魔者のように扱って
他の子ばかり相手にしてたくせに。


元彼は言っていた。

私以上に自分を好きでいてくれて
自分を尊重してくれた女他にいなかったと。


それは完全に勘違いだ。


尊重してたんじゃない
言わないで我慢してただけ。


捨てられるのが怖くて
言えなかっただけ。

だから我慢してた。

それもなんで我慢出来てたって…
裕貴が私の話を聞いてくれてたから。


こんなどうしようもない私の
側にいてくれたから。

八つ当たりしても、
いきなり泣き出しても、

いつだって私を気にかけてくれてたから。


昔だって今だって
私には裕貴が必要なんだ。


今になってはこう思う。

元彼への我慢だって、
裕貴に対しての気持ちを
誤魔化すためのものだった。

だから尊重してもらえてたなんて、
勘違いもいいところ。



嫌な顔ひとつしないで、
私の家に来てくれた裕貴は

ご飯を食べると帰って行った。


急な呼び出しだったのに、
たかがご飯を食べるだけの
何十分かのために来てくれるなんて…


裕貴の優しさに
浮かれに浮かれまくった
浮かれポンチな私は
イタズラ電話のことなんて
すっかり頭の隅に追いやれていて

ケータイの電源を入れた瞬間に


『…どっひー…』


不在着信62件


その文字に驚愕した。


もちろん全部あの番号。


ここまでくるとさすがにヤバイ

ちょっと冷や汗までかいてきた。


言わない方がいいかなって思ったけど、
私1人でどうにか出来る問題じゃ
無い気がしてきた。


いや、でもその前に
友達に相談しよう。

とりあえず友達に言ってから
裕貴にも…


ピンポーン


部屋にインターホンの音が鳴り響く。


このタイミングでの、
呼び鈴の音に体がビクつく。

跳ね上がった身体を落ち着かせて
どくどくとなる鼓動を感じながら
玄関の方に向かう。

手汗をびっしゃりとかいた手で
取っ手を掴んで
のぞき穴を覗くけど…


『…あれ?』


誰もいない。


恐る恐るドアを開けて確認しても、
そこには誰もいなくて


『…え、謎…。』


ドアを閉めようとした瞬間に
ものすごい勢いで
体が引っ張られた。

全開に開けられた扉の向こうには
どこに隠れてたのか

今までのイタズラの犯人、
元彼がいた。


『ぎゃぁぁあああ!!!!』


いきなりの登場にビビって
大声を出した私を奴は
部屋に押し込んだ。


そして鍵を閉める。


やっばーー!!!!

この状況超やっばーー!!!!


『俺からの電話って
気づかなかったの?』


あの焼肉屋以来に見る元彼は
目が血走っていて髪もボサボサで

焼肉屋で見たときの姿の
面影がほとんどなかった。


『さっき気づいたわ!暇かお前は!!』


この上なくやばい状況に、
相手を落ち着かせるどころか
逆に口が悪くなる私。


俺女の子みんなに振られちゃってさぁ』


だろうな!
だろうな!!

お前みたいなやつ、
一枚皮剥がれれば
振られまくるに決まってんだろ!!!


『やり直そうよ、○○』


死んでも嫌だわ!!!
こちとら今幸せなんだよ!!!


『結婚しよう?』


タハー!

一発ギャグ?
ねぇ、今の一発ギャグ??


完全にいっちゃった目をした
元彼がジリジリと距離を詰めてくる。


ケータイを手に取ろうとしたけど、
モタついてうまく取れなくて
元彼に奪われてしまった。


『別れてからすぐに何回かかけたんだよ?
なのに着信拒否だもん。酷いよなぁ。』


元彼の意識が私のケータイに
行った隙を見計らって
ベランダがある窓へとダッシュした私は、

その窓を勢いよく開けて、


『ゆうきーーッッ!!!!!
助けてーーー!!!!!!』


人生で一番ってくらいの大声で
そう叫んだ。


『おい!!』


後ろから口を塞がれて
家の中に再び引きずり込まれる。


『誰だよその男!!
今付き合ってる奴か!?』


手加減なしの力強さに
息が苦しくなってくる。


…し、死ぬ…かも…


意識が遠のきそうになった瞬間に、
パトカーのサイレンが聞こえた。


『は!?警察!?』


サイレンの音にビビったのか、
少し緩んだ元彼の力に、

奴の腕からすり抜けた私は
瞬時に男性のシンボル的な場所を
思いっきり蹴り上げた。


『…ぐぉ…ッ』


その場に倒れこんだ元彼に
大声で怒鳴る。


『お前のこと警察に突き出してやる!!』


私のその言葉に、
今自分がどれだけ不利な状況か。

私と自分の立場が一変したかに
気づいた元彼は
立ち上がって一目散に逃げ出した。


でも、これで元彼からの
イタズラがなくなるなんて
保証はどこにもない。

きっちり警察に突き出してやる。


玄関へ走って行って、
鍵を開けて外に飛び出した元彼の背中を
蹴り飛ばす。


前に倒れこんだ元彼に飛び乗って、
ヘッドロックをかまして
腕を後ろに引っ張って
ねじりあげようとしたその時…


『○○!』


優しい声と共に、
後ろから抱き締められた。


女子プロの選手並みの
戦いを繰り広げていた私だけど、


その声の持ち主に
触れられた瞬間に、


『裕貴ぃぃ〜〜』


か弱い女の子になった。


元彼の上に乗ったまま
裕貴の方に体を向けて
ぎゅっと抱き着くと、


『怪我ない?』


聞こえてくる優しい声に
涙腺が緩む。

泣きながらよく周りを見てみると
ギャラリーの数が半端なかった上に、
私のケツの下の元彼は
完全に気を失って伸びきっていた。


私の元に駆け寄ってきたお巡りさんが、


『大丈夫ですか?』


と、言いながら


たまたま近くをパトカーで通っていたら
助けてー!って声が聞こえて、
急いで声のする方へ来てみたら
男の上に馬乗りになって
ヘッドロックかましてる女がいて
何が何だか一瞬分からなかった。


って、
事の経緯を説明してくれた。


ここぞとばかりに、
お巡りさんに伸びきった状態で
パトカーに運ばれていく
元彼のことをあれやこれやと告げ口した。


裕貴は、お巡りさんでさえ、
飛び込むのを躊躇った
元彼と私の戦いっぷりに
迷うことなく駆け寄ってくれたらしい。


『お嬢さん、いい彼氏持ったね』


裕貴に聞こえないように
私だけにそう耳打ちしたお巡りさんに
私は照れ笑いするのが精一杯だった。









目の前には胡座をかいて、
腕を組む裕貴。

そしてその前で
小さくなって正座する私。


『……』

『……』

『……』

『どういう事か説明して』


少しの沈黙を置いて、
そう言った裕貴に私は


『ちゃんと言おうと思ったんだよ…』


って、ほとんど意味のない
保険をかけながら
今までのことを話し出した。


最後まで話し終わると、
裕貴は優しく私を抱き締めてくれた。


『なんでもっと早く言わなかったの』

『ごめんなさい』

『○○のアパートの方から
サイレンの音したから焦って戻ってみれば…』

『うん』

『心臓止まるかと思ったわ』

『ごめんなさい』


謝ることしか出来ない私を、
もっと強く抱き締めて
髪を撫でてくれる。


『…俺のこと好き?』


小さな声でそう聞く裕貴。


これは私の憶測かもしれないけれど、
裕貴は元彼に
コンプレックスがあるのかもしれない。


昔の事だとしても、
裕貴よりあいつを選んだことがある過去を
裕貴は気にしているのかもしれない。

自分じゃない男を
私が選んだという過去を。



私は、裕貴の事が好きだ。



実は細身に見える彼の腕が
しっかり筋肉がついてることも知ってる。

キスするときにくすぐったい
長いまつげだって。

顔を埋めたときにいい匂いがする
サラサラの髪だって。


全部大好きだ。


『好き。大好き。』


迷う事なくそう口にした私に、
小さく息を吐き出した裕貴は

私の顔を覗き込みながら


『もう二度とあんなことすんな』


って、ちょっと説教してきて…


さっきまでの自分のプロレスラー並みの
戦いっぷりを思い出して
恥ずかしさに顔を赤らめた。







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多分この主人公の女の子は、
ガチで戦えば越岡さんより
遥かに強い(笑)

越岡くんと元彼。 【前編】



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一時期、電話口の裕貴の第一声が


『何された?』


だった事がある。


ため息交じりのその声は
呆れているけれど優しくて、

男の子にしては少し高めの声質に
いつも安心したのを覚えてる。


『…ゆう…きッ、もうやだ…ッ』

『とりあえず落ち着いて深呼吸して』


泣きながら電話するのは
昔からいつもこの人だった。


裕貴の優しさを
最大限に利用していたクズな私は

嫌なことがあると、
例えそれが今付き合ってる男の事だろうが
職場での上司の事だろうが
女友達とのトラブルだろうが

なんだろうと泣きながら電話をして
彼に愚痴っていた。


うん、うん、
って優しく聞いてくれて
私を肯定してくれる優しい人。


彼のそういうところを利用して
生きていた時期があった。



そんな彼の優しさは、
今でも続いていて…


『裕貴、ギュッてして』

『なんだよ急に』

『ギュ〜〜ッてして』

『はいはい』


今日も今日とて、
裕貴に甘やかされている。


『裕貴〜』

『○○〜』

『裕貴〜〜』


裕貴のせいで
昔の自分からは想像もつかないくらい
甘えん坊になった。


そのせいかもしれない。

少し浮かれていた。


少しどころかかなり浮かれてて、
あんなことが起こるなんて
想像もしてなかった。







***







『…分かった』


ふて腐れながらそう言う私。

電話の向こうには
申し訳なさそうに謝る裕貴がいる。


今日はお互い仕事が終わったら合流して
焼肉を食べる約束だった。

完全に肉モードだった私の落胆は
それはもう半端なものではなく、


『焼き肉…』


ついつい漏れる不満気味な声。


裕貴は悪くないのは分かってる。

仕事なのは仕方ないし、
なにより聞こえてくる裕貴の声も
すごく残念そうだから

仕方ないと思うんだけど…


『1人で行ってくる』


その決断が出るくらいには
私の脳内はもう完全に焼き肉一色。


元々ぼっち飯が全然へっちゃらなタチで、
しかもそれが行き慣れた
焼肉屋となれば俄然へっちゃら。


お店に入って、店員に案内されて、
席に着いた。


『タン塩とハラミ2人前で!』


意気揚々と店員にオーダーして
運ばれてきたお肉を網に乗せる。


お肉の焼けるいい匂いを嗅ぎながら
写真を撮って、


いただきます♡


って言葉とともに裕貴に写メを送る。


白米片手にお肉を頬張ってると、


“飯テロやめてよ。”

“こっちは仕事中なの。”


返ってくる裕貴からのライン。

携帯に向かってしたり顔で
網の上の空いたスペースに
お肉を並べてると


『相変わらず1人で飯食うの平気なんだな』


聞こえてくる声。


顔を上げるとそこには、


『よっ!』


いつぞやの浮気性な元彼がいた。



まさかの人物の登場に
気分を害されまくった私は
もろに“最悪”って顔をして、

元気だったー?

なんて呑気な顔して話しかけてくる
そいつをガン無視して
お肉をひたすら口に入れる。


『ここ座っていい?』


とか言いながらもう座ってる。

本当に気分最悪。
もう一生会いたくなんて無かったのに。


『久しぶりだね』

『……』

『さすが食いっぷりいいね』

『……』

『俺もタン塩食おうかなぁ』

『……』

『お前ホント好きだったよな、タン塩』


こんだけガン無視してるのに
え?気づいてないの?ってくらいに
普通に話しかけてくる。

相変わらずの鉄のメンタルに
関心さえする。


元彼が店員さんを呼んで
注文する姿を
モグモグ口を動かしながら
気づかれないようにチラ見する。



…こいつを好きになんて
ならないと思ってた。

人数合わせに誘われた合コンに
参加したのが全ての始まりだった。


あの頃も私は裕貴が好きだった。

でも、距離がフワフワとしていた。


近くにはいるけど
誰よりも遠くて

触れられる距離にいるけど
触れられなくて

裕貴との未来が見えなくなってた。


このまま裕貴を好きでいて…
その先に何があるんだろう。


もしかして、
裕貴を一途に想ってる自分が
好きなだけかもしれない。


そんな気持ちの時に誘われた合コン。

人数合わせだとしても、
この暗い気持ちを拭えるなら…と、
その飲み会に参加してみた。


そしてその合コンにいたのが、

1人でべちゃくちゃ喋りながら
今私の目の前で焼肉を食う、
この男だった。


顔はえげつないほどに
整っていた。

10人中10人が『イケメン!』
と、答えるほどに
綺麗な顔をしていた。

でも…
自慢げな話し方も、
横柄な態度も、

とにかく彼の何もかもが
片っ端から気に障った。


『○○ちゃん、すげー俺のタイプ』


みんなの前で私に向かって
そう口にされた時は
思わず口をへの字に曲げて
眉間にしわを寄せた。


きっもちわる!!!!!


心の中でそう吐き捨てた。


こんな奴って思った。

マジで嫌いなタイプって。


なのに…
私は彼にのめり込んでしまった。

どう言うわけか
好きでたまらなくなってしまった。


私がのめり込んでしまったこの男は、
女の扱いがとても上手かった。


男らしく手を引いて、
スマートに高級レストランに
スコートしてくれたかと思えば

いきなり後ろから抱きついて来て
犬のような可愛さで
無邪気に甘えてきたりした。


虜になるのに
時間はかからなかった。

私に愛をたっぷり注いでくれる。

愛される事への憧れが
叶った瞬間だった。


そして、彼は。
釣った魚には餌を与えなかった。


“恋人”という関係になって
1ヶ月も経つと、
別人かと疑うほどに
冷めた目を私に向けるようになった。

元々、彼は女友達が多かった。


ずーっとケータイが繋がらなくて
やっと繋がったかと思えば、
女と飲んでる何てことはよくあった。

でも、彼に
『友達だ』
と一言言われてしまえば

なにも言い返せなかった。


彼に捨てられない為に
良い子になって
理解がある女を一生懸命演じた。


友達という名目で飲んでいる
相手の女が彼の元カノだったとしても
何も気にしてない振りをした。


友達には、別れなよって言われた。

裕貴には何回も何回も言われた。

そんな男別れろって。


1番言われたくない裕貴に
別れろって言われて
余計にムキになって別れなかった。


いつも心配して真剣な眼差しで
そう言ってくる裕貴に、


『うるさいなぁ!関係ないじゃん!』


って吐き捨てた事まである。


今思えば最低だった。

私自身何もかも。

裕貴に甘えて八つ当たりして。



まぁ、最後は浮気されまくって
ボロボロになって…

裕貴の存在が
大きくなる一方で、

裕貴への気持ちを再確認して
結局別れたんだけど。




『○○見つけてビックリしたよ!
思わず声かけちゃった〜』


未だに1人で喋る元彼。


思い出したくもない過去を
思い出させられる。

この男のせいで
どれだけ泣いたか。

あんなに精神的に病むことなんて
これから先ないってくらいに
身も心もボロボロにされた。


なんで声なんてかけてこれるのか。

こいつの神経が信じられない。


付き合っていた頃も
何を考えているのか分からないこと
だらけの人間だったけど、


『やっぱうめーなー焼肉は〜』


勝手に追加オーダーした
タン塩と白飯をかっ込んでいる
こいつの脳内は理解不能。


あー、もう気持ちが悪い。
気分最悪。


一度だけ元彼をきつく睨んだ私は、
荷物も全部持って席を立つ。

苛立つ気持ちを
ドスドスと音を立てて歩いて
床にぶつけながらトイレへ向かった。


トイレで用を足しながら
ケータイを起動すると、

元彼の話を全く聞かずに
ムシャムシャと一心不乱に
お肉を食べていたから気づかなかったけど

裕貴から仕事終わった、との
報告ラインが入っていた。


『…〜〜ッッ…』


高ぶる感情に声にならない
変な音が出る。



裕貴に会いたい。

裕貴に会わなきゃ無理。


裕貴とのライン画面を見て
なんだか少し泣きそうになる。


“今から家行っていい?”


って送ってみると、


“待ってる”


すぐに返ってくる優しい文。


たまらず少し早足に個室を飛び出して、
手を洗った。

もう店を出よう!さっさと出よう!

ケータイを握り締めながら席に戻ると、
そこに元彼の姿はなかった。


…あれ?さっきの幻覚?


そう思うくらいに
空っぽになっている私の向かいの席。


さっきまで彼が使ってた
お皿もお箸も無くなっている。


…はて?

幻覚?

幻覚か…な?

なんだよ!最悪な幻覚だな!
せっかくならもっといい幻覚見せてくれよ!


周りに聞こえないくらいの声量で
独り言をブツブツと言って

唇を尖らせながら
レジへ向かおうと伝票を探すけど
テーブルの上に置いてあった伝票がない。


『ん?なんで?』


テーブルの下とか、
椅子の周りとか見てみても
見つからない伝票。

キョロキョロする私に気づいた店員が


『お会計、先ほど頂きましたよ』


声をかけてきてくれた。


『…へ?』

『お連れ様から頂いてます』

『…お連れ様…?』

『はい。先ほど』


最後の店員さんの言葉は
ほとんど聞かないくらいの勢いで
走ってお店を出る。


勢いよくドアを開けて
外に飛び出せば、

お店のすぐ横にある喫煙できる
スペースで、タバコを吸いながら
不敵にこっちを見て笑う

元彼がいた。


『…ご馳走様って言えよ』


笑いながらそう言って
吸っていたタバコを地面に落として
火を踏み消す。


『奢ってくれなんて頼んでない』


思いっきり睨みつけながらそう言うと、
乾いた笑いが聞こえる。


『会いたかったよ』

『私は会いたいなんて思ったことない』

『まじで?酷いね』

『どっちがよ』


静かにこっちに近づいてくる元彼に
思わず後ずさりする。


『なぁ、○○?』

『……』


やばい。

気持ち悪い。

その整いすぎってくらいに
綺麗な顔のせいで
なんだか不気味。


『俺と、やり直す気ない?』

『はぁ?』


120億パーセント
喧嘩腰の声が出た。


『俺との事、考え直して欲しいんだよね』


あれだけ最低なことをしておきながら
こんなことを言えるこいつの脳内が
おめでたい。


『お前以上に俺のこと好きでいてくれて
俺のこと尊重してくれた女…
他にいない。』

『……』

『やり直したいんだよ』

『……』

『今度は大切にする』

『……』

『な?』

『……』

『考え直し…』

『無理』


被せ気味にハッキリとそう言った私に
元彼は一瞬びっくりした顔をした。


『私付き合ってる人いるから』

『は?』

『そう言うことだから』


元彼に背を向けて歩き出す。


裕貴に早く会いたい。

裕貴に会って癒されたい。


そう思うのに
後ろからついてくる元彼のせいで
気分は苛立つばかり。


『○○彼氏出来たの?』

『……』

『聞いてないよ俺〜』


あったりめーだ!!
言うわけねーだろ!!!


『あ、分かった!』


その声とともに手を思いっきり
引っ張られた。

反転した身体は、
塀と元彼に挟まれていて

私の顔のすぐ左側には
元彼の右手。


俗に言う…

“壁ドン”


もう流行んねぇっつーの。


『ラインに送られてきた、アレ?』


目の前の元彼はやっぱり楽しそうに
笑いながら私に問いかけてくる。


『好きな人が出来たから別れようってやつ』


至近距離にある
その整った顔を睨み付ける。


『その好きな人って奴と
付き合ってんの?』

『…関係ないでしょ?』

『関係あるよ。
俺お前とやり直したいんだもん。』


悪びれもない態度に
ますますイラつく。


『…どいてくれないかな…』


静かに。
でも確実に怒りを含んで
そう吐き出した私。

楽しそうに笑う元彼。


『嫌だって言ったら?』

『どいてくれないかな』

『嫌だ』

『どいてくれないかなぁ!!!!』


付き合っていた頃は、
絶対に出さなかった私の怒鳴り声に
さすがの元彼も驚いたのか

両手を軽く万歳しながら
私と少し距離をとった。


『…ふーん。』


元彼は意味ありげに
そうつぶやくけど、

私は興奮がおさまらなくて
鼻息が荒くなる。

少しの沈黙が流れた後に、
元彼はポケットからタバコを取り出して
ジッポで火をつけた。

私に届くタバコの匂いが
付き合っていた頃を
嫌でも鮮明に思い出させる。


『お前変わったなぁ…』

『おかげさまでね』

『なんかムカつく』

『もうあんたの知ってる私じゃないの』


煙たい空気に顔をしかめて
今度こそ元彼をその場において
歩き出す。


早く早くと焦る私の背中に、


『お前を知ってるのは俺だけだよ』


と言う気持ち悪い言葉が
聞こえた気がした。







ピンポンピンポンピンポンピンポン


一心不乱に呼び鈴を押し続けると、

ドアの向こうで、
ドタドタと慌てた足音が聞こえる。


『はいはい』


ガチャッという扉の開く音と共に
そのドアをこじ開けて、
部屋の中に飛び込んで


『うわッ!!』


ドアの向こうにいる大好きな人に
思いっきり抱きつく。


『裕貴〜〜』


ギューッと抱きつきながら
顔を彼の胸に押し付ける。



あーもう、好き!!!

本当に好き!!!



裕貴の背中に回した手に力を入れて
ふがふがと匂いを嗅ぐと、


『匂いかがないの』


って言いながら、
満更でもなさそうに笑って
私を抱きしめながらドアを閉めた。


『焼き肉美味しかった?』

『裕貴と食べたかった』

『ごめんね』

『うん』

『また今度2人で行こうね』

『裕貴』

『どうした?』

『好き』


そう言うと裕貴は
もっと強く私の体を抱きしめてくれた。



元彼が何を思って
私にいきなり声をかけてきて

やり直したいんだなんて
言ってきたのか…

でももう向こうの番号は
着信拒否もしてるし。

私は裕貴以外の男なんて
微塵も興味ないし。


裕貴の腕の中で、

裕貴の匂いをたっぷり吸って、


さっきまでのことなんて
さっさと忘れよ。


そう思った。






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お久しぶりの越岡くんダヨ。

越岡くんダヨダヨ。



サラ〜っと書いて
一話だけで終わらせるつもりだったのに。

まとまりのある文が書けないから
こういうことになってしまうのね…

ト〜ホ〜ホ〜〜


文章能力欲しい

ト〜ホ〜ホ〜〜



福田くんの時も当初は3話くらいの
予定だった事は言わないでおこう(ボソボソ)



って事で続きます。
(ごめんなさいw)