さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

Love Liar 【4】


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「○○ちゃん起きて」


肩を何度か叩かれる感覚に目を開くと
私はベッドの上で大の字になって寝ていて

ベットの横に立った雄大くんが
私を上から覗いていた。


「おはよう」


雄大くんは楽しそうに笑う。


その笑いは何から来ているのか。

寝顔のブサイクさか。

寝相の悪さか。

寝癖の凄さか。


「いろいろすごいね」


どうやら全てだったらしい。


ガバッと上半身を起こして
雄大くんに目線を向ける。

その顔は寝起きの時の顔はなんだったんだろ
って思うくらいイケメンに戻ってた。


「…おはよございます…」

「夜勤明けだったの?」

「うん…」

「お仕事お疲れ様」

「…ん…」

「ご飯食べる?」

「たべたい」

「目玉焼き?オムレツ?」

「めだま」

「半熟?固め?」

「はんじゅく」


遠慮なんて1つもしないで
答える私の寝癖に軽く触れてから
寝室を出て行く雄大くん。


えっと…

眠さのあまり、雄大くんの家に
相手の迷惑も考えずに押しかけたことは覚えてる。

ソファで少し寝かせてもらって
帰ろうとした後…


そうだ。

話があるからって言われて
引き止められたんだった。

それで、布団の中に引っ張り込まれて
抱き締められた。



…ッキャ〜〜ッッ

抱き締められたんだった!

一晩1つの布団で一緒に寝ちゃったんだった!


え?話って何??

何?何なの雄大くん??


「あ、○○ちゃん」

「はいッ!」


火照った頬を両手で抑えて
1人で悶絶する私に告げられるのは


「ご飯食べ終わったらお説教ね」

「……は…?」


頬の熱がスッと冷める言葉だった。






雄大くんが作ってくれた半熟の目玉焼きに
カリカリベーコン。

こんがりと焼かれた食パン。


4人掛けのダイニングテーブルに座って
しっかり全部食べ終えた私の前に
コーヒーが置かれる。


「よし」


腰に手を置きながら一息つく。


どうやら彼の言った“お説教”は
今から始まるらしい。

つまりこのコーヒーは
取り調べでいうカツ丼的なものらしい。


いくつになっても、
人に怒られるのは気分が良いものじゃない。


いきなり家に押しかけて迷惑かけた事を
怒られるんだろうなぁ。

他のことで怒られるような事あったかな…

無いな。うん、無い。


ごめんな、雄大くん。
夜勤明けで眠くて判断力が鈍ってたんだよ。


「○○ちゃん、俺に言うことあるよね?」


へい。ありますとも。

口元は笑ってるけど目が笑ってない。
イケメンな顔してるから余計にビビる。


「ご…ごめん…」


反射的に謝った。


「それは何に対してのごめん?」

「…えっ?」

「分かってないよね?」

「…あはは…?」


どうやら私の想像してた事じゃ無いらしい。

雄大くんが“説教”しようとしてる事は
私の想像してた事じゃ無いらしい。


…全然分からん…


乾いた笑いしか出せない私のおでこに
雄大くんはコツンとゲンコツをした。


「ニカの財布から出さなかったでしょ?」

「…あ、」


その事か。


バレた。

実はあの時こっそり自分の財布から出したこと。


話あるってこの事だったのか…


「ニカから電話来たんだよね」

「…はぁ」

「財布の中のお金が一円も減ってないって」


ニカは酔っ払って人に迎えに来させた癖に
財布の中の残金を一円単位で覚えてたらしい。


なんて細やかな男だ…


「俺がニカに怒られちゃったじゃん」

「でも…」


テーブルの下で手をモジモジと
動かしながら反論の声を出した私に
雄大くんは「…ん?」って少し驚いた声を出した。


「ニカっていつも奢ってくれるの」

「うん」

「一円も出させてくれない」

「ニカがそうしたいって言ってるなら
いいんじゃないの?」

「申し訳ないよ」

「なんで?」

「なんでって…」

「……」

「私だって働いてるし…」

「ははっ」


なんで雄大くんがこのタイミングで
笑い出したのか。

理解出来なくて今までずっと伏していた
目線を上げて雄大くんを見ると、

顔をくしゃっとさせて笑っている。


「○○ちゃんって本当に優しいんだね」

「優しくなくない?別に。」

「優しいよ」

「うーん…」

「とりあえず、これからは
笑顔でご馳走様って言ってあげてよ」

「……」

「ね?」

「…うん」


少し小さめの声で返事した。


やっぱりまだ少し納得出来てないけど、
雄大くんは嬉しそうにニコニコ笑いながら
私の前に砂糖を置いた。

いつも通りスプーン2杯の砂糖を
コーヒーに入れて溶かす私に、
「出た、2杯」って声が聞こえた。


「私、迷惑かけた事怒られるのかと思った」

「迷惑?」


キッチンの前に立って
洗い物を始めた雄大くんの隣に自分も立つ。

雄大くんが泡を立ててスポンジで
洗ったお皿を受け取って水で流す。


「ホラ、私急に押しかけたじゃん」

「朝?」

「そう」

「まぁ、ビックリはしたけど」

「でしょ?だからその事に対して
怒られるのかと思ったの」

「それは全く気にしてなかったなぁ」


朝っぱらから女を家に上げて
同じ布団の中で寝といて…

全く気にしていないなんて。


それはそれで悲しい。


「俺、少ししたら仕事行くんだけど
○○ちゃんどうする?家にいる?」


どうやら雄大くんはニートではなかったらしい。
ちゃんとお仕事してた。


「いやいや、帰るよ。」

「別に家にいてもいいのに」

「…雄大くんって誰でもこうやって
泊めさせてあげてるの?」


出来れば否定して欲しいって思いながら
さっきから気になってた事を聞いてみた。

私は男の人が苦手だし、
それにまだそういう経験がない。

雄大くんが仮に…
もし仮に、私に対して

男の人の家にホイホイ泊まって
私が未だに経験した事ない

あんな事やこんな事をするような女の子を
今回の私のように泊めてあげて

あんな事やこんな事していたなら、

私はその期待に応えられない。


勝手にだけど雄大くんが
そんな人じゃないって思ってるし、

私自身も雄大くんから
軽い女に見られたくないから、


違って欲しいと思った。


私が思ってた通りの人であって欲しい。

私を軽い女だと思って欲しくない。


横並びに立って黙々と
お皿を水で洗い流してると、


「そんな訳ないじゃん」


雄大くんの落ち着いた声が聞こえてきた。


「今回は○○ちゃんに
お説教するために家に上げたの」

「…そっか」

「それに俺、そんなチャラくないよ?」

「見た目チャラそうだけど」

「失礼だな!」


見た目は少し派手だけど
彼は軽くはないらしい。

勝手に抱いていた期待を裏切らないでくれた
雄大くんにホッとしていると

洗い物を先に終えた雄大くんが、
タオルで手を拭きながら


「他の子は滅多に上げないけど、
○○ちゃんならいつでも来ていいよ」


さっきとはまた別の期待を
抱いちゃうような事を言う。


「今回みたいに夜勤明けに来てもいいし」

「……」

「仕事終わりに寄ってもいいし」

「……」

「何もない日に来たっていいよ」

「…なんで」

「ん?」

「なんで私ならいいの?」

「似てるから」

「…へ?」

「俺と○○ちゃん」


何をどう感じて雄大くんが
自分と私を“似てる”
と、思ったのか…

どんなに考えてみても分からなかった。














ちょっぴり薄暗い店内は目の前の飲み物を
さらに艶やかに魅させてくれる。


背の高いすらっとした足の長い
綺麗なグラスに注がれると

居酒屋で飲み慣れたものと同じお酒でも
すごくおしゃれなカクテルに見える。


いつも安さ重視で
小汚いチェーン店で飲んでる私からしたら
こんなところ来る事ないと思ってた。


グラスの縁についていた
オレンジをガブガブと食べる私に、


「ねぇ、どこ?どこにいるの?」


私の目の前で真っ赤なお酒を飲む彼女の
気合の入った目尻のアイラインは
きっとこれから会えるだろう人への
期待のバロメーター。

いつもより少し上に跳ね上がっている。


そんな可愛いカバン持ってたんだ…


って思うくらいに見たこともない
クラッチバックからコンパクトミラーを出して
入念にメイクの確認をする彼女は、

例の結婚式に一緒に参列した
“インスタ女”の名付け親の、あの友達。


食べ慣れたみかんとはまた違う食感の
オレンジをかじりながら眺めるのは

“来る事ない”と、思っていたくらい
私とは無縁のおしゃれ空間、バー。


その内装。


バーはバーでも、サッカーの試合が
テレビで放送されるときは
これでもかって言うくらい
人が集まるスポーツバーらしいそこは

壁にたくさんのサッカーのユニフォームとか
タオルとかよく分かんないグッズが並んでる。


黒目だけキョロキョロ動かす私の
口元を指差しながら友達は
「それさ…」と、口にする。


「そのオレンジって食べるものなの?」

「…え?」

「食べていいの?」

「食べちゃダメ、なの?」

「分からない…」

「わ、私も分からない」

「どうする…?」

「え、何が…」

「オレンジ食べたら私はお持ち帰りOKです
みたいな合図…とか言うルールがあったら」

「えぇ…!」

「だってなんかよくマンガとかであるじゃん!
カクテルに意味が込められてるとか…」

「えっ、えっ、どうしよう!」


慌てながら急いで口から
オレンジを引っこ抜く。

私も友達もこんなオシャレなところ
来たこともないから、
1つ1つにビビってしまう。


“持ち帰りOKです”の合図だけじゃない。

“彼氏いるんで話しかけないで下さい”
的な合図だったとしても、
どうしよう…だ。


お前なんか誰も話しかけねーよブス。


って周りから思われてたかもしれない。

ガブガブ噛みついてる場合じゃなかった!


見開いた目で見つめ合っていた友達が
視線を私の横にフッと流した瞬間、

私の肩がポンと叩かれた。


「ヒィッ」


“今夜、お相手よろしいですか?”


そんなことを言われたら正直に言おう。
そんなつもりで
オレンジ食べたんじゃ無いんですって。

はっきりと正直に言おう。


そう決めて叩かれた肩の方に振り返ると、


「ゆ、うだいくん」


ニコニコ顔の雄大くんがいた。


「いらっしゃいませ」

「…あ、うん。こんばんは…」

「迷わないで来れた?」

「ちょっとだけ迷った」

「やっぱりか。この店分かりにくいもんね」


白シャツに身を包んで、
ロングエプロンを着こなす雄大くんは
店内が薄暗いおかげでもっとイケメンに見える。


雄大くんの家に泊まらせてもらった後
家に帰る途中に、
「雄大はバーテンダーしてるんだよ」って
言っていたニカの言葉を思い出した。

ニカから聞いた時は
その“ゆうだい”とやらを
全く知らなかったから


「フーン」


って聞き流したことも思い出した。


お説教が終わった後に
雄大くんは連絡先を教えてくれた。


「これから仕事」って言っていた彼に
“さっきはありがとう”
“雄大くん、バーで働いてるんだよね?
お仕事頑張って”


って送ったら、


“どういたしまして”
“今度飲みにおいで”


って返って来たから、
友達を誘って飲みに来た。


電話で、


「インスタ女が掻っ攫ってたイケメンだよ。
覚えてる?」


って言った私に、


『忘れる訳ないじゃない!!
あんなイケメン!!!』


って興奮しまくってた友達は
二つ返事でホイホイとついて来てくれた。


さっきまでも、すごく興奮してたくせに、
目の前の雄大くんの
イケメンっぷりにヤラれたのか、
友達はポカンと見つめたまま動けなくなっていた。


雄大くんは、私たちの前に1つずつ、
小さな白いお皿を置いた。

そのお皿の上には
小さなチョコレートケーキが
ホイップで可愛くデコレーションされていた。


「俺からのおごりね」

「…へ?」

「今日わざわざ来てくれてありがと」


反則級の笑顔でサラッとこんな事をされて…


ついに友達が「あ、あの…!」と、
裏返った声で雄大くんに話しかけた。


「ん?」

「ありがとうございます…
あ、あたしまで頂いちゃって」

「こんなもので申し訳ないけど」

「そんな事ないですよぉ」


さっきまで私に見せていた顔から
ガラリと変わった友達に
笑いがこみ上げてくる。


どっからそんな高い声出してんだよ(笑)


笑いを必死に押し殺して
友達と雄大くんの会話に耳を傾ける。


「ずっとここで働いてるんですかぁ?」

「いや、5年くらいかな〜
ここの店長に誘われてさ、
その前は普通に会社員してたよ」

「えぇ〜!ビックリー!
なんでバーで働こうって思ったんですかぁ?」

「元々、ここのバーにいつも飲みに来ててさ。
サッカーの試合があると
このバーでサッカー好きの人たちが集まって
みんなで酒飲みながら応援するんだよ」

「うんうん」

「そういう時とか人手が足りないからって
よくお手伝いしてたら“このままウチで働かないか?”
って店長から誘われて…って感じかな」

「わぁ、大抜擢だっ!」

「大袈裟だよ。でも面白そうだな〜って
思って…やってみたいなって」

「へぇ〜なんかすっごーい♡」


一体何がすごいのか分からないし、
友達が笑えるくらいに語尾を上げて
喋るから混沌としてしまったけど…


雄大くん…会社員してたんだ…


まさかの新事実発覚。


でも、雄大くんのことだから
スーツも似合うだろうなぁ。


雄大くんがサービスしてくれた
チョコレートケーキを「いただきまーす」って
ちっちゃい声で言ってからフォークで一口食べる。

口に広がる甘い味に
思わず顔をほころばせてると

雄大くんが私の顔を覗き込んで来た。


「今日は仕事休みなの?」

「え?あ、うん。休み。」


一生懸命話しかけてる友達の会話を
ぶった切って私に話しかけてくるから
ちょっと気まずい。


「なんでウチ来ないの?」

「へっ!?」

「いつでも来ていいよって言ったのに
全然来ないんだもん」

「いや…」

「明日は?夜勤なの?それとも朝から?」

「明日は、夜勤…」

「じゃあ夜勤明けおいで」

「…え?」

「仕事終わったらラインちょうだい。
鍵開けとくから勝手に入って来ていいよ」

「…いや…」

「俺寝てると思うけど気にしなくていいから」


いやいやいやいや!!

何を言ってんの!?

色々何を言ってんの!!??


眉間にしわを寄せる私。

そしてそれ以上にしわを寄せる友達。


私たちをこんな顔にした
当の本人、雄大くんは変わらず笑顔で


「じゃあ俺戻るね、ゆっくりしてって」
って言葉を残して立ち去ろうとするから、
慌てて「なんで?」って聞いた。

いろんな意味を込めて“なんで?”って。


そしたら雄大くんはゆっくり振り返りながら、


「似てるから。こないだも言ったじゃん。」


そう言ってカウンターの向こうに入っていった。


「…え、付き合ってんの?」

「…付き合ってないよ」

「いやいや、付き合ってるでしょ」

「付き合ってないってば!」

「え?じゃあなんであんなこと言ってんの?」

「……」

「私との会話ぶった切って」

「……」

「あんたにしか興味ないじゃん、彼」

「……」

「どうゆうこと?」

「……」

「あんな感じで付き合ってないって方が
不思議でならないんだけど」


雄大くんが私たちの視界から消えてすぐ、
友達はお酒で火照った顔を近づけてきた。

跳ね上げた目尻のアイラインが
滲み始めた目をぐりぐりに開いて
私を質問攻めにする。


「分からないよ、私にだって」

「嘘をつけ」

「…なんか」

「なによ」

「雄大くんは“似てるから”って言ってる、けど…」

「なにそれ」

「だから分からないんだってば」

「似てるって…なにが」

「だか…ッ」

「あんたは彼と違ってモテそうもないし、
容姿だって恵まれてないし
顔だって彼の方が小さいんじゃない?
似てるとこなんて1つもないじゃん」


Oh...なんてストレート。


チョコレートケーキにフォークを
ぐさっと刺した友達は、

雄大くんがサービスしてくれた
そのケーキをガブッと一口で食べた。


雄大くんとの再会を楽しみにして、
メイクだけじゃなく服装や持ち物にも
気合いを入れてきた友達。


自分で言うのも変だけれど…


私にだけ構うような態度を取った雄大くんに
気を悪くしてないかなって思ったけど


「いろいろ面白そうだから
あんた達のこと観察させてもらうわ」


って、少し楽しんでるみたいだった。







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某ドラマの次回予告に福田くん出てきて
そりゃもう世界中の男の最高峰に君臨してる
(さうの独断と偏見による調査結果)
男のタキシード姿に死にました。

みんなは息してる?

私はさっき2分くらい止まったョ。


来週生きていられるかしら。

Love Liar 【3】

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少し急ぎめにコートを羽織って
今まで着ていた白衣を洗濯機の中に投げ込む。


病院の裏口から出れば、
すぐ近くに見える駅の電気。

夏には虫が群がる駅の電気だけど、
今は冷たい空気が照らされるだけ。


カバンを持ち直して歩くスピードを上げる。


ほんの数分歩けばすぐに着く駅。

誰もいないホームで1つだけ置かれた
ベンチに座ってやっと一息。


「…ねっむ…」


思わず口から出る言葉は

誰かに言ってるわけでも
自分に言い聞かせているわけでもなくて
とりあえず口にしたいだけ。


日勤の日で、外が明るいうちに
帰れたことなんてあったかな…


手元のケータイに映る時間は、
日勤の定時から3時間は軽々と過ぎていた。


こんな時間に帰ってるのには理由がある。


残業。


看護師をやっている上で、
残業がないなんて人、いないと思う。


少なくとも、私の病院では残業が当たり前。


今すぐにでも寝たいけれど
これから10分ほど電車に揺られて、

駅から15分ほど歩かなきゃ
家には着かない。


最初は病院に勤めると同時に
病院の近辺に引っ越す予定だった。


でも、まぁありがちな理由。

家賃がなかなか高かった。


不動産屋で変な汗をかきながら


「もっと…あの、こう…
安いところあったりしますか…ね…」


縮こまった私に、
少しぽっちゃりしたおじさんが
勧めてくれたアパートは
ちょっとボロめのアパートだった。

しかも、病院からは何駅か離れている上に
最寄りの駅から少し歩くからか

最初に目をつけていた
病院の近くのアパートより
格段に良心的なお値段だった。


「でも若い子にはちょっと古いかな?」

「ここにします」


たった10分ならなんてことは無い。


むしろ毎日歩くって健康的じゃない?

ダイエットにもなるじゃん!


なんて軽率な考えを持った
あの時の自分を呪いたい。


家賃を少し高く出してでも
近くに住めばよかったと切実に思う。


夜勤の恐ろしさを知らなかった。

残業の辛さを舐めていた。


何度、電車の中で隣の人に寄りかかって
寝てしまっただろうか。


『本当にちっちゃい頃から寝つきが良くてね〜
寝かしつけるのが楽だったわ。』


って言っていたママの言葉を思い出す。


電車に乗り込んで座った瞬間に
意識が飛ぶなんて日常茶飯事。


片道合計で25分の通勤。

自分が決めたことだけれど、
やっぱりめんどくさいと感じてしまう。


なんでこんなことしなきゃならんのだ…


って思うけど、
ずっとなりたかった看護師。


辞めるなんて選択肢は無い。


…から、
今日も愚痴だけは一人前に吐いて電車を待つ。


数分待つ私の元に来た電車に乗り込んで
唯一空いていた椅子に座る。

最初は車内に人はまぁまぁいたけど
自分の降りる駅名がアナウンスされる頃には
もう人は乗った時に比べて半分以下になっていた。


駅前のスーパーで買った
“スタミナ弁当”と書かれた場所に
30%引きのシールが貼られたお弁当を
持ちながらやっと着いた自身のアパート。

そこでバッタリ会うのは、


「あら、あんたか」

「…オネーさん」


多分、男。でもとても綺麗な
女の人の格好をした隣人。


「相変わらずぶっさいくな顔してるわね」

「オネーさんは今日も綺麗だね」

「当たり前でしょ!誰だと思ってんのよ!」


全くもってその通りだ。


オネーさんは絶対男だと思う。

でも、すごい綺麗。


乳は偽物かもしれないけど

肌だって綺麗だし、
髪の毛もツヤツヤだし

『どうやって歩くの!?』
って聞きたくなるくらいのピンヒールだって
軽やかに履きこなす。


「…なによ」


自分との違いを見せつけられて
思わず見とれていた私に
オネーさんが怪訝な目を私に向けた。


「いや…」

「あんた早く寝れば?タダでさえぶさいくなのに
今日はいつも以上に救いようのない顔してるわよ」

「そうだね」

「しかもなにそれ!夜ご飯?
はぁ、信じらんない!」

「え?」

「そんなカロリーの塊みたいなもの
よく食べれるわね!しかも夜に!」

「…夜だから食べるんじゃないの?」

「はいダメ、はい馬鹿。
あんた男と付き合ったことないでしょ?」


…あるよ。

未だに処女だけど。


「だから足太いのよ、あんた」

「かもね」

「あーもう、あんたと話してる暇なんて
ないんだった。遅刻する!」


思う存分私をディスったオネーさんは
私では歩き方さえ疑問を持つようなヒールで
階段を駆け足で降りて行く。


「オネーさん!」

「なによ!急いでんだけど!」

「仕事頑張って」

「あんたも早く寝な!」


言い方はキツイけど
間違ったことは言ってないし、

今だって少し嬉しそうに笑ってたから
オネーさんは悪い人じゃないと思う。


バックから鍵を取り出して、
鍵穴に差し込む。

家に入って内鍵を閉めて、
玄関のすぐ横にある靴箱に鍵を乗せる。


そこでふと思い出す。


…雄大くんの家の鍵、カッコよかったなぁ。


ガチャガチャしないで、
こう…シュッとしたらすぐ開く感じ。


手洗いうがいをしながら、
適当な部屋着に着替えて
温めたお弁当をテーブルの上で開く。


ごま塩のかかった白いご飯の横には、
玉ねぎとともに甘辛く焼かれたお肉。

そして白身フライに唐揚げが二個。

生野菜は全く無くて、
一番隅っこに申し訳ない程度に
置かれていたポテトサラダも
温めたたせいでビシャビシャになっている。


「確かにカロリーの塊かも…」


さっきオネーさんに言われた言葉を思い出して
少し気後れしたけれど、

そんなのは一瞬で、
お肉の匂いにまんまとやられた私は
30%引きされたスタミナ弁当をペロリと平らげた。







***






隣から聞こえて来る溜息は、
気のせいではないくらいうるさくて、


「ちょっと」


無視できないくらいに耳障り。


「なーんだーい…」

「溜息」

「あぁ、ごめん」


謝ったその言葉とともに、
彼女はまた大きな溜息をつく。


でもその溜息を責めることが出来ない。


なぜなら、溜息を吐いたのが
たまたま彼女が先だったから
私は吐かずに済んだだけであって

もし自分が先だったら彼女以上に大きな溜息を
吐いていたかもしれないから。


「疲れたよぉ…」

「疲れたねぇ」

「帰りたいよぉ…」

「帰りたいねぇ」


今は夜勤明け。

仕事は終わった。


でも、やっぱり残業。


愚痴と肯定を繰り返しながら
指はキーボードを弾き続けて

やっと終わった頃には
横長の窓からは太陽の光が
眩しいほどに入り込んでいた。


私よりも少し早く終わった同期は、
用事があるからと言って
私を残してそそくさと帰っていった。


残された私は眠気と戦いながら
ノロノロと帰り支度をする。


眠い。

いつにも増して眠気がやばい。


早く帰って寝よう。


でもこんな時は

やっぱり…思ってしまう。

何度だって…思ってしまう。



もっと近いところに住めばよかった…

って。


家賃が多少高ついても、
もっと病院から近いところ。

電車に乗らなくて済むような…


そうだな…

例えていうなら…


「……あ…」


気付いた時には、アパートの前にいた。

私の理想とする場所にある、
雄大くんの住むアパートの前。


「何してんの、私…」


意味が分からなすぎる自分自身の行動に
思わず独り言。


本当に意味が分からないぞ、私。


帰ろう。

家に帰ろう。


頑張って帰ればゆっくり寝れるし、
明日は丸一日休みだ。


頭では分かっているはずなんだけど、
私の右手はインターフォンに手をのばして


ピンポーン


そのボタンを押していた。


て言うか平日の…
しかもこんな時間にいるわけないじゃん。


呼び鈴のボタンを押した右手を
宙ぶらりんにさせながら

身体を駅方向に向かせようとした瞬間…


『…はい』


扉の向こうの彼が反応した。


「…お、おはよう」

『…おはよー…』

「…おはよう…」

『…○○ちゃん…』

「へい」

『何してんの?』


隠しているつもりかも知れないけれど
全然隠せていない笑いを含む
雄大くんの声が聞こえる。


なんで私って分かったの?


言いかけた言葉を飲み込む。


よくよく見れば、
カメラが付いたインターフォン。

きっと今、雄大くんには
下からのアングルでばっちりブサイクに映った
私が見えているはず。


恥ずかしいなぁ…


そう思った私の目の前のドアが開く。


「とりあえず入りなよ」

「おじゃましまんもす」

「いらっしゃいまんもす」


前回とは比べ物にならないくらい
ズカズカと入り込んで、

靴を揃えた私を確認してから
雄大くんは内鍵を閉めた。


「どうしたの?」

「…寝かせて」

「へ?」

「ごめん…あとで、説明する」

「え?なに?」

「とりあえず、寝かせて…」

「え、○○ちゃん!?」

「…ぐっない…」


この間コーヒーをご馳走になった
ソファにダイブした。


…いま私、とんでもないことしてる。

…ありえないことしてる。

…超迷惑なことしてる。


頭では分かっているけど
とりあえず、すごくすごく眠くって

身体も口も動かすのがめんどくさくて


欲のままに意識を手放す私に、
フワッと何かが掛かったような気がした。













体のあちこちに痛さを感じて、
むくりと起き上がる。

身体からパサっと落ちたブランケットを
拾い上げて周りを見渡せば…


「雄大くん…家…」


テレビの上にある壁掛けの時計を見ると、
どうやら30分くらいこのソファで
爆睡していたらしい。


コキコキと音を鳴らしながら
首を回してソファから立ち上がって
すりガラス製の引き戸に手をかける。


「ゆうだいくーん…?」


この間は目にしなかった、
引き戸の向こうは意外と狭めの部屋で
ベッドだけが置いてあった。


音を立てないようにゆっくりベッドに近くと、
ベッドの上の布団は上下に小さく動いている。


「雄大くん?」

「……」

「雄大くん?」

「…ん…」


寝起きの雄大くんの顔は
私がときめいた“イケメン”の顔からは程遠い。


「いきなり押しかけてごめんね。
帰るから鍵閉めてね…」


それが面白くて
ついクスクス笑ってしまう私の顔を
雄大くんはまだ半分しか開いてない
ボヤッとした目で数秒見つめたあと、


「ちょっと、待って」


私を引き止める。


「…ん?」

「…話、ある」

「え?話?」

「…ん、だから待って」

「待つって…どこで?」


話があるって言ったくせに
一向に起きそうにない雄大くんに、

キョロキョロと周りを見渡していると
目の前の布団がガバッと開いた。


「…とりあえずここにいて」

「は!?」

「…ソファ寝にくいでしょ…」

「なに、言って…」

「…ここ」

「……」

「寒い…」

「……」

「早くして…」

「……」

「○○ちゃん」

「……」

「…聞いてる?」

「あ、はい」


ついうっかり。

あの、ダメな口癖。



またやってしまった…


そう後悔した時には
既に私は腕を掴まれて、

布団の中に引っ張り込まれていた。


「…ん…」


雄大くんは布団の中に
引っ張り込んだ私の体をぎゅっと抱きしめて


「…おやすみ…」


また深い眠りへと落ちていく。


目がぐるぐる回る。

なにが起きてるのか。


て言うか…

雄大くん、なんでド平日の
こんな時間に家にいて寝てるんだろ…

仕事休みなの?

はたまたあなたはニート



緊張みたいなものはしているんだけど、

でも、何故か雄大くんの腕と匂いに
不思議とこころは落ち着いてくる。


「…おやすみ…」



この日私は初めて、
男の人の腕の中で眠りについた。

それも、付き合ってもない
男の人の腕の中で眠りについた。







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Love Liar 【2】

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基本的にあまり運は良くない方。


別に悪いってわけじゃないけど
ラッキーガール☆
とか言えるほど良くはない。

そんな私なのに


こんな事ってあるんだぁ…



目をパチパチさせるしか出来ない
私の前で手を振りながら


「おーい、戻っておいで〜」


なんて笑顔で言う彼は
やっぱりあの結婚式の日と変わらず
モテそうなイケメン。


「…は、はい」


彼は、気の抜けた返事をかます私に
「なんだよその返事」って
呆れるように笑った。


「ニカからよく聞く
○○ちゃんって君のことだったんだ」

「た、たつ…みさんも
ニカからよく聞いてます…」

「雄大でいいよ」

「…へっ?」

「ニカは?」

「あ、まだ、お店の中に」


え?いま雄大でいいって言った?

呼び捨て?

呼び捨てでいいって事?

え?ちょっと待って。

…え?

…マジか。


口を“ゆ”の形のまま
動けなくなる私をよそに

彼はガラガラと音を鳴らしながら
お店の扉を開けた。


「席どこ?」

「突き当たり、右です」

「りょーかい」


彼は脱いだ靴を靴箱に入れず
隅っこの方に揃えて置く。

きっとそれはニカを連れ出して
すぐにお店を出るから。


2人掛けの小さな個室に入ると
ニカは私が個室を出た時と変わらず
突っ伏したまま一ミリも動いてなかった。


「ニカ〜帰るよ〜」


ニカの頬をさっきの私と同じように
ペチペチと叩いた彼は
ニカのバックから黒の財布を取り出して
私に渡してきた。


「お会計、お願いしてもいい?
俺ニカおぶっちゃうから」

「え?」

「ここから出して」

「え?」

「よろしくね」


さすがにニカのだったとしても
人の財布からお金を出すのは気が引ける。

ためらいの気持ちを隠せない私に
彼は「ん?」って言いながら
大きい目をもっと見開いて私の顔を見る。


「…えっと、」

「どうしたの?」

「ニカ、寝てるし…」

「うん?」

「いつも奢ってもらってるから…」

「ニカに言われてるから」


歯切れ悪くモゴモゴと喋る私に
彼は被せ気味にそう言った。


「…へ?」

「○○にお金払わせないでって」


いきなり呼ばれた呼び捨てに
心臓がドクンと鳴った。

彼は私の手を取って
ニカの財布を握らせる。


「だから大丈夫だよ」

「でも…
いつもご馳走してもらってるから今日は…」


握られたせいで
手にびっしゃりとかいた私の汗を
気にすることなく彼はにっこり笑う。


「うん、でもニカに出させてあげて?」

「……」

「じゃないと俺が怒られちゃうから」


その言葉に何も言えなくなって
大人しくニカの財布を受け取った。


彼の手が握らせてくれた
ニカの財布だけど…


やっぱり、どうしても人の財布から
お金を出すのは気が引ける。

それに一緒に飲むと、
毎回全額出してくれるニカに
お返しをしたいと思っていたところだし…

私はレジにいるスタッフに伝票を渡して
白い財布を開いた。










「ちゃんとニカの財布から出した?」


個室に戻った私に
彼は第一声でそう言ってきた。


「…出させてもらいました」

「ありがとね」


もうすでにニカをおぶっていた彼の手には
私のカバンとニカのカバン
2つが持たれていて、
慌ててその2つのカバンに手を伸ばす。

ちょっと強引に彼の腕から
カバンを取ったから
取っ手が彼の腕に引っかかって
痛そうだったけど彼は、


「イケるかと思ったんだけど
やっぱり厳しかった!」


って笑った。


その笑顔のまま
「ごめんね〜」と、言った彼は
ニカをおぶり直して
お店の出入り口まで向かう。


もう夢の中でぐっすりのニカは
気持ちよさそうにアヒル口
むにゃむにゃと口を動かしながら
彼に身を委ねていて

ニカが彼を信頼してるが故の
そのだらしない顔が笑えた。



…にしても。

視覚効果というのは
とても大切なことらしい。


やっぱり私は現金な奴で
男の人が苦手だと言っておきながら
イケメンにはめっぽう弱いらしい。


どこからどう見ても、彼はイケメンだ。

身長は高くないかもしれないけど
低くはない。

その辺の女子より顔は小さいし
目はおっきいし

6:4くらいの割合で可愛さとかっこよさを
兼ねそろえている上に
オシャレときたもんだ。


男の人は苦手。

でもイケメンに話しかけられるのは嬉しい。


私は救えないほどに自分勝手。



ニカを背中におぶったままの
彼の後に続いて歩く。

暖簾をくぐって外に出る。

思いがけない再会のせいで
体温が上がっていたのか、

さっきは寒いと感じていた外の空気も
体を冷ましてくれるには
ちょうどいいくらいだった。


はー、と白い息を吐いて
くるりと振り返ってくる彼。


「じゃあニカの荷物預かるよ」

「あ、いや…」

「ありがと」

「あの…私、持ちます。」

「ん?」

「ニカと飲んでたの私だし…
責任あるんでニカのこと
家まで一緒に送らせてください。」


元はと言えば私がちゃんと
ニカのペースを見ていれば
ここまで酔いつぶれることは無かった。

その申し訳なさを
実はさっきから感じていた。

だからそう言っただけなのに…


「やっぱり」


彼はしたり顔で私を見る。


「ニカの言ってた通りだ」

「…え?」

「ニカがいつも言ってる。
○○は優しいって。」

「そ、それは…」


褒められることなんて滅多にないから
どう反応していいか分からず目を泳がせる。


「でも、そのせいで損してるとも言ってた」

「…損…」

「詳しい事は知らないけど」


詳しく知られていたら困る。

特に私の秘密のコンプレックスなんて
知られていたりなんてしたら。


「じゃあ荷物頼もうかな!
すぐそこなんだウチの家」


あーん。

やっぱりイケメン…。



第三者から見た私は
“優しいせいで損してる”らしい。

本当は腹の中でこんな事考えてるのに。


彼がニカを迎えにきてから
改めて痛感させられている
自分勝手さに思わず笑ってしまった。


私の腹の中なんて知る由もない
彼は、私の笑った顔を見て

何を勘違いしたのか楽しそうに笑って
「こっち」と言って歩き出した。





言ってた通り、彼の家は
歩いて5分も経たない場所にあった。


「ここの角部屋なんだよね」


って言って1番手前の
101号室と書かれた玄関ドアを横目に
奥へと歩いていく。


102…103…

と、数字順に並んだ
ドアを何個か通り過ぎて…


「ここがウチ」


1番端の玄関ドアの前でそう言った。


「本当に近いんですね…」

「言ったじゃん」


訳のわからないドヤ顔をしていたけれど、
私は彼が手にしている鍵が
今まで見たことないような
鍵だったからそこにばっかり気を取られた。


だからかもしれない。


鍵の形が普通の…

っていうか私が使い慣れた
シリンダー型のものじゃなくて

電子マネーみたいな形のやつを
差し込んだだけで開くタイプの鍵に
気を取られていたからかもしれない。


「上がってって〜」


ナチュラル過ぎる誘いに
「あ、はい」って返事しちゃったのは
絶対にそのせいだと思った。


自分の口から出た言葉に
後悔した瞬間にはもう遅くて、

私が家に入ってくると
信じて疑っていない様子の彼は
玄関を開けっぱなしにしたまま
部屋の奥に進んでいく。


私、帰ります。

ニカのこと迎えに来てくれて
ありがとうございました。


って伝えて帰らなきゃ…


「寒いから早く入ってきな〜」

「あ、はい」


1回目の“あ、はい”
は、鍵に気を取られたせいではなく
自分の反射的に出した言葉ってことと、

後悔したくせにすぐ同じ失敗を
繰り返した自分の愚かさを呪いながら


「内鍵よろしくね」


って言って来た彼に向かって


「あ、はい」


ってまたしても同じ失敗をした自分に

私ってとことんどうしようもない…

って小さくヘコんだ。







会って2回目。

って言っても名前以外
ほとんど何も知らない人の家に
入るなんて緊張しかしない。

しかも男の人の一人暮らしの家なんて…

しかもしかもイケメンの家なんて…

私にはハードルが高過ぎる。


「おじゃましまんもす」


少しでも自分を落ち着かせようと
面白くもないギャグを小声で
発しながら靴を脱ごうとすると


「いらっしゃいまんもす」


ってクスクス笑いながら返されて
聞こえてたのかよ!!!って、
気絶しそうなくらい恥ずかしくなった。



言われた通り内鍵を閉める。

自分の脱いだ靴と、
彼の脱いだ靴を揃えて、
振り返った目線の先には

すりガラス製のオシャレな
両開きの引き戸を閉めながら
こっちを見ている彼がいた。


きっとその引き戸の奥にある
寝室にニカを寝かせてきたんだろう。


「コーヒー飲める?」

「飲めます…」

「寒い?」

「…え?」

「ごめんね、暖房効くまでもう少し待ってね」

「いえ、全然…」

「その辺座ってて〜」


その辺って言われて
座るところを探してみるけど…


迷う。


キッチンでコーヒーを淹れる
彼のすぐ後ろには
4人掛けのダイニングテーブル。

そしてその奥に
2人掛けのソファ。


4人掛けの方がいいの?

でもなんかテーブルの上に
色々乗ってる…

わざわざ私なんかがコーヒー飲むだけのために
テーブルの上片付けてもらうのは申し訳ない。


でもソファ…?

確かにソファの前に置かれてる
ローテーブルの上は
綺麗に片付いてるけど
2人掛けって密着度高くない…?


どうしよう。

どっちが正解?

一体全体どっちが…


「…何してんの?」


マグカップを両手に
振り返った彼の言葉はごもっとも。


「え、と…どっちに、座れば…」

「あー!ごめんごめん!
もしかして迷ってた?
こっちのテーブル汚いからソファ行こっか!」


密着度の高い方を指定されて、
やっと私はその場から動くことが出来た。


「どうぞ」って言われた声に促されて
先にソファに向かう。


「失礼します…」


身を屈めながらソファに座ると、
さっきからずっと笑いを堪える
顔をしていた彼がついに吹き出した。


「○○ちゃん、いま猫被ってるよね?」

「え!?」


なんでバレた!?と言わんばかりの
大声で驚いた私の前に
マグカップを置きながら隣に座ってくる。


「ニカから聞いてるって」

「な、何を!?」


今までニカの前でやらかした事は
星の数ほどある。

そのうちどれを聞いたの!?

あいつは一体そのうちのどれを
このイケメンに話したの!?


背中に冷や汗をかきまくる私に、


「俺あれ好き!鼻からそうめん事件!」


彼が楽しそうにそう言った。


「あとね、サブウェイ事件とか〜
飛行機事件とか〜」

「え!?ちょっと待って!
どこまで知ってんの!?」

「結構聞いてるよ(笑)」


若気の至り…
でも確かに私の黒歴史

友達に全部事件扱いされるくらい
若気の至りの黒歴史


もうこの人の前で
猫被っても仕方ない…


大きなため息を吐く私を
楽しそうに眺める彼。


男の人への苦手意識やら
さっきまでの緊張やら

ポーンっとどっかに飛んでく音がして…


「くそニカ…」


低い声でニカが寝てる
すりガラスの向こうを睨む。


骨付きカルビ事件も
聞いたときは爆笑したな〜」


その話まで知ってんのかよ!
って心の中で叫んで、

恥ずかしさをごまかすために
目の前に置かれたコーヒーに
砂糖を2杯ぶち込んで思いっきり飲み干した。



どうやら私の場合、

素を出せるって事は、
“男の人が苦手”っていう垣根も越えるらしい。


彼の家をおいとましようとする頃には
彼の面白い話に、手を叩きながら
ゲラゲラ笑うほどにまでなっていた。


私が歩いてフローリングが軋んだ時は
“こいつ体重重いな”
って思われたりしないかな…

とか思うほどに緊張してたのが
嘘かなってくらい
奥歯までしっかり見えちゃうくらい
口を大きく開けてゲラゲラ笑った。


「本当に駅まで送らなくていいの?」

「うん、全然平気。すぐそこだし」

「じゃあ気をつけてね」

「うん、ニカにもよろしくね」

「うん。おやすみ」

「雄大くんもおやすみ」


玄関を開けながら
見送りしてくれている彼に
手を振って歩き出そうとすると、


「あ、そーだ」

「ん?」


夜に、しかもアパートだからか、
少し小さめの声で呼び止められた。


「おっきい道出たら右じゃなくて…」

「左でしょ?」

「ん?あ、そう…なんだけど…
あれ?ん?」

「病院の裏から行くと
駅にすぐ着くよね」

「あれ?俺さっき教えたっけ?」


不思議そうな顔をする彼に、


「私、あそこの病院勤めてるの」

「…ん?」

「あそこの病院で看護師してるの」


11時の方向に見える
自分の勤め先でもある病院を指差しながら
そう言うと、

最初はぽかんとしていた彼だけれど


「マジで?俺先週
風邪引いてお世話になったよ」


と、笑ってから


「またウチ遊びにおいで」


と、付け足した。



その顔はやっぱりカッコよかった。






【続】
------------------







タイトルはジャニーズ知識皆無の友達と
お茶をした時にちょっとお願いして、

どうでも良さそうな顔で
考えてくれたものを頂戴しました。


その時のお茶代は私持ちでした。
大体千円くらいでした。

つまり千円のタイトルです。


横文字なんてオシャレ過ぎて
恥ずかし死にしそうだけど
あえてチャレンジ。

だって千円もしたんだもん。


「タイトル考えてあげたんだから奢ってよ」


って言われた時はびっくりしたけど
さすが私の友達やってるだけあるなこいつ。


って思いました。




あ、お話はまだまだ続きます。


よろしくでございます。

Love Liar 【1】


---------------






イムリミットは、
もうとっくに過ぎていたと思う。


彼は震える両手で
私を抱き締めながら泣いていた。

彼にこんなに強く抱きしめられたのは
初めてだった。


「嫌いになったわけじゃないんだ…」


今にも消えそうな、
小さな声で何度もそう言う。


「嫌いになったわけじゃない…
本当に…これは嘘じゃない…」


しつこいくらいに
繰り返されたその言葉の後に、

少しの嗚咽と、
大きな呼吸。




「でも、もう前みたいに想えないんだ…」


半年前に、
私は1年3ヶ月付き合った相手に
そう言われて振られた。












目の前には純白のドレスに身を包んで
幸せそうに微笑む花嫁姿の友達。


前後左右から聞こえる
祝福の声の中を
ゆっくりゆっくり歩いていく。


泣きそうになるのをこらえて
笑顔で大好きな人に
寄り添いながら微笑むその姿は

今まで見てきた彼女の中で一番綺麗。



私が座る丸テーブルには
自分を含めて6人の女の子。

全員今日の主役である
花嫁の高校時代の部活のチームメイト。


みんな夢中になって
主役の姿をケータイで撮影している。

その鳴り止まないシャッター音と
感動的なBGMを聞きながら、

私は広い披露宴会場を
ぐるっと見渡した。


すると、花嫁の手から放たれたブーケを
先ほどめでたくキャッチした女性が
ブーケを自分の頬に添えて、
アヒル口で自撮りをしている姿が見えた。


「…若いね」


私の左隣りでさっきまで
パシャパシャと写真を撮っていた友達が
ケータイをカバンにしまいながら
ボソリと呟いた。


「あ、同じとこ見てた?」


私と同じ方向を見ながら
話す友達の口元には
少し意地悪そうな笑みが浮かんでいて、


「うん。だってあの女目立つ」

「ははっ」

「あれインスタにあげるぜ、絶対」


その口から出る言葉も、
なかなか意地悪。


ハッシュタグとか付けてんだよ」

「たとえば?(笑)」

「#ブーケ取っちゃった♡」

「あるある」

「#次はわたしの番」

「あははっ」

「#絶対幸せになるぞ」

「お腹痛い…ッ」

「#今日は幸せいっぱい分けてもらうんだから」

「やめてほんと笑えるッ」


半泣きで声を出さまいと
笑う私に止まることをしない友達。


「マジあの女
主役の花嫁より目立ってる」

「確かにね」

「ブーケ取れたら次結婚出来るなんて
迷信だって教えてやろうかしら?ん?」

「あれ、あなたブーケキャッチしたの
先月にあった結婚式だっけ?」

「そうだよ」

「彼氏すら出来てないじゃん」

「うるせぇ」

「うわ、口悪っ」


ゲラゲラ笑う私の顔を見て、

意地悪そうな顔をしていた
友達の眉毛が少しだけ垂れた。


「…あたし達の中でさ…」

「ん?」

「あたしたちの中で…
一番最初に結婚するのは
○○だと思ってたなぁ…」


友達がそう口にする。


その言葉に一瞬だけ目線を落として、

すぐに曖昧に笑ってごまかす私。


そう思っていたのも、
無理はないと思う。


20代後半。

お互い社会人。

付き合って1年3ヶ月。


結婚する条件はそれなりに
満たしていたと思う。


周りから見た私たちは
“素朴”とよく言われていた。

素朴で素敵な2人だ、とか

素朴な感じがいい、とか


そもそも素朴ってなんだよって思ったけど、
それは結構な褒め言葉だったらしく


無印良品の家具とかって素朴じゃん。
あんな感じなんだよ」


という、友達の独特すぎる要約に
少しだけ納得したことも覚えてる。



その“素朴”がどこまで関係しているかは
分からないけれど、

結婚するだろうと思われていた私達が
別れた時はそれはもう質問の嵐で…


「なんで別れちゃったの?」


今でもこうしてよく聞かれる。


「…ん?」

「いい人だったじゃん、相手の人だって」

「うん。いい人だったよ」

「じゃあなん…」


友達の質問の声が、
司会者の大きな声で遮られた。


正直、助かったと思った。



なんで別れたか。


彼が私を前みたいに想えなくなったから。


だから別れた。

でも、彼のその言葉の裏には
私の誰にも言っていない
秘密のコンプレックスがあって…


その秘密は
ちょっと…いやだいぶ

人に言いたくない。






暗くなった会場と一緒に
少しだけ気持ちが落ちていた私に、

今度は右隣りに座っていた
友達が話しかけてくる。


「…ねぇねぇ、
あの子、お色直しのカラードレス
何色選んだか知ってる?」

「え、知らない。」


さっき花嫁が退場して行った
扉の方に視線をやりながら
そう答えた私に続いて、

左隣りの友達も、
聞いてないな〜と答えた。


「○○ちゃん達も知らないか〜
あの子全然教えてくれなくてさぁ」

「ある意味サプライズだね」

「みんなで何色か想像してたの」

「因みに何色って想像したの?」

「ネイビーとか、明るめのブルーとか」

「うわ〜あの子選びそう」

「でしょ!でしょ!
…で、2人は何色だと思う?」


ワクワクしたような可愛い顔で
聞いてくる右隣りの子に反して、


「純黒!華やかな式にあえての純黒!!」


ゲラゲラと笑う左隣りの友達。

その正反対さに挟まれて
ついつい私も吹き出す。


「真面目に考えてよっ
じゃあ○○ちゃんは?」


学生時代から小物は全部
ブルー系だった花嫁。

ネイビーもブルーも
他の子が言ってるみたいだし、
もう選択肢ないじゃん…

ならもう絶対あの子が
選ばないような色でいいや。


そう思って、


「黄色」


って答えた。


1番ありえない私の回答に
丸テーブルみんなして笑った。


正直ドレスの色なんてどうでも良かったから
目の前にあったクロワッサンを
むしゃむしゃ食べていたら、


「○○!○○!」


右隣りから私の名前を呼ぶ声に、

ライトが当たった大きな扉の先を見ると…


「…わぉ…」


お花をたっぷりあしらった、
黄色のAラインドレスを身に纏う
花嫁の姿があった。

















目の前にある綺麗な色のカクテルを
喉に流し込んだ私の横で


「純黒着て欲しかったわ〜」


理不尽な友達の声が聞こえた。


「純黒ってぇ」


そんな理不尽さを全く気にせず
のほほんと答える花嫁。

さっきまで着ていた華やかなドレスから
ラフなワンピースに着替えている。

そのワンピースの色は、
やっぱり彼女が昔から好きなブルー系。


「賭けてたりなんてしたら
○○のひとり勝ちだったんだから!」

「わたしの結婚式で賭け事しないでよぉ」

「してたらの話よ、してたらの!」

「…でも○○ちゃん、すごいねぇ!
まさかドレスの色当てられちゃうなんて
思いもしなかったよ!」


私の方にくるりと向き直した花嫁が
キラキラした顔で見てくる。


「賭けてたらいくら貰えたんだろ、私」


わざとらしく大きくため息を
付きながらそう言った私に
花嫁がもぉ〜〜ッ!と大きな声を出すと、


「何騒いでんの」


いきなりの花婿の登場に
みんなビックリしたまま固まった。


今回のこの式で、
初めましての花婿さんは

噂に聞いてた通り、
優しそうな素敵な人だった。


「今日はみんな来てくれて
本当にありがとうございます。」


私たちより年上の花婿さんは、
柔らかい笑みを浮かべながら
私たち一人一人の顔を見てそう言った。

どこまでもデキるこんな男性を
のほほんとした花嫁が
なぜに捕まえることが出来たのか…

すごく不思議に思った。


そんな落ち着いた花婿さんの隣で


「ねぇ!聞いてぇ!
○○ちゃんがドレスの色当てたの!
誰にも当てられないと思ったのに!!」


花嫁が興奮しながらはしゃぐと


「えぇ!?俺の他にもいたの!?」


今度は花婿さんとは別の男性が
花婿さんの背中から
ひょっこりと身を出しながらそう言った。


「え!?○○ちゃんの他にもいたの!?」


花嫁が同じ言葉を使ってそう返すと、
身を出しながら驚いていた男性は、


「うん、俺も黄色って予想してた!」

「ええ〜〜結構当てられない
自信あったのにぃ…」

「なんかすごいね」


花嫁と会話しながら
私たちの輪の中に自然に入ってきた。


花嫁の視線で、
ドレスの色を当てたのが私だと
分かったらしい彼は

私の方を見ながら


「これも何かの縁かもね」


なんてナンパ台詞っぽい事を言って来た。




黒髪なんだけど、
オシャレにカットされた髪。

くりっとした目が可愛いのに、
筋肉質なのがまたギャップになってて…

まぁいわゆるイケメン。

モテそうなイケメン。


そんな雰囲気の人だった。



「俺、こいつの高校の時の同級生!」


花婿さんを指差しながら言うその人に、


「あ、私もこの子の
高校の時の部活のチームメイトで」


そう答えて、
今から始まる会話に
少しだけ甘い期待をしていたら…


「せんぱぁい!
向こうでみんなが呼んでますよ!」


猫なで声を出した女が
彼の腕に自分の腕をするりと通した。


「…インスタ女じゃん…」


私の隣で、私にしか聞こえない声で
友達がそう言った。


「はいよ、行く行く」


インスタ女に引っ張られながら
じゃあまたね!と、笑って
離れて行くイケメン。


「…あの男、モテそうだと思ったけど
案の定おモテになるのね」


友達のその声に頷きながら、

インスタ女になんかムカついたから
一度だけ振り返って手を振ってくれた彼に
しっかり手を振り返しておいた。



















私の目の前でビールジョッキを
ゴクゴクと煽る男は、


「やっぱりムカつくなぁ!!!」


テーブルに空になったジョッキを
ドンと勢いよく置きながらそう叫ぶ。


ツンツンにセットしていた
金髪に近い茶色の髪も

だいぶ酔いが回ってるのか
今ではもうぺしゃーっとしている。


「声の音量下げてね、ニカちゃん?」


私が言っても多分耳に入ってない。


私の数少ない友達。

の、中の唯一の男友達、ニカ。


さっき店員さんが運んできてくれた
追加のビールに手を掛けながら
プリプリとしゃべり続ける。


「○○は優しすぎるよ!
あんな最低なこと言われて怒らないなんて!」

「…そう?」

「なんであんな冷静でいられたのか
俺には分からない!」

「そうだね。しいて言えば
…誰かが私の首っ玉に抱きついて
泣きながらすっごい怒ってくれたからかな?」

「んぉ?」

「それでスッキリしちゃったのかも」


さっきまで怒ってたのに
ニンマリ顔になったニカは


「なんだ〜俺のおかげか〜」


と、満足そうに笑っていたから


「その節はありがとう」


って言ったあげた。



ニカにだけは全てを話した。

振られたことも、その理由も。


すごく惨めで恥ずかしかったけど、
ニカはしっかり受け止めてくれて、


私は悪くないって言ってくれた。

私のために大粒の涙を流してくれた。


そして今でもこうして
私のために怒ってくれる。


だけど…


「でも本当にありえない」

「向こうも根気強く我慢してくれてたよ」

「それでもありえない」

「まぁ、終わったことだし」

「ヤらせないから別れるなんて!」




…口に出すのはやめてくれ。


「……」

「信じらんないよ」

「……」

「しかもそれを本人に言っちゃう?」

「……」

「別れる理由として言っちゃう?」

「……」

「確かに何回も拒否られて
悲しくなる気持ちも分かるけどさ」

「……」

「だってしょうがないじゃんね?
○○処女なんだもん!」


酔っ払っているから
恥ずかしげもなくハッキリそう口にしやがる。




そう、

私の秘密のコンプレックス。


ニカしか知らない、

私の秘密のコンプレックス。




私は、

実は、

純潔だ。



文字通りの純潔。


20代後半だけど。


生娘ちゃんなのだ。



信じてもらえないかもしれないけれど、


あり得ないと思うかも知れないけれど、


私は正真正銘の処女だ。






元々、男の人があまり得意じゃなかった。



怖いとかそういう訳じゃなくて
話しかけられたら話すけど、


私から話しかけたりしないし、

2人っきりとか出来れば避けたい。



ニカだけは平気だけど、

他の男の人に対しては
そんな感じ。




そんなこんなで年齢イコール彼氏いない歴
ずっと刻んできた私。

だけど結婚を匂わせ始めた周りに
一種の焦りを感じて
なんとか彼氏を作ることに成功した。


男の人を苦手だと思っておきながら
好意を向けられるのは嬉しいみたいで
告白されてちゃっかり首を縦に振った私と

私をちゃんと好んでくれて
告白してくれた彼とのお付き合いは
そりゃもう、前途多難だった。


価値観の食い違いなんて当たり前だし

そのくらいはもはやもう
可愛いもんだった。


そのせいか頭では分かっていることでも
なかなか気持ちが追いつかなくて

彼からの誘いを断り続けていたら


「○○が分からない…」


その言葉から始まった彼の吐露によって

振られた。



怒ってくれているニカには感謝してるけど


いくらそういう経験がなかったとしても
1年3ヶ月も拒否られ続ければ

“前みたいに想えない”

そんな気持ちを抱くのも仕方ないと思う。




少ししんみりした気持ちで
もう溶けた氷水で薄くなったお酒を
飲む私の前で、

さっきまでビールをがぶ飲みしてたニカが
気持ちよさそうにうつらうつらとしていた。


「ニカ、そんなんで家帰れるの?」

「このまま友達ん家泊まる〜」

「え、そんな状態で泊まりに行くの?
友達迷惑じゃない?」

「大丈夫〜いつも○○に話してる友達だから」

「あーいつもニカの話に出てくる」

「そう〜親友〜」


親友だとしてもそんな泥酔じゃ
本気で迷惑だろうな…


「じゃあそろそろ帰る?」

「…ん」

「大丈夫?」

「…呼ぼ…」


電話を取り出したニカは、
どうやらその親友を
迎えに来させるみたいで


「あ?もしもし〜?
うん、そういつものとこぉ〜〜」


ベロンベロンに酔っ払いながら
話すんだけど


迎え〜とか、

いつものとこぉ〜〜、


しか言わないニカのせいで
どうも話が通じ合ってないみたいで、


「ちょっと貸して!」


見かねて、ニカから携帯をひったくった。


「もしもし?」

『え、あ、もしもし…』


電話の相手がいきなり変わったことに
びっくりしたのか、
少し困惑気味の声が
向こうから聞こえた。


「あの、近くに大きい病院がある
漁火っていう居酒屋なんですけど、」

『あ、今向かってるんでもう着きます!
家近いんで、』

「分かりました。じゃあお店の前に立ってます」


スムーズに話が進んで
電話を切った。


もう机に突っ伏してるニカ。


「ニカ?ニカ?」

「んん?」

「お友達もう来てくれてるみたいだから、
ちょっとお店の外まで
迎えに行ってくるから待ってて?」


ペシペシとほっぺを叩きながら言うけど
半分寝落ちしてるっぽいニカに、


「寝ないでね!寝ないで待ってるんだよ!」


強めに2、3度ほっぺを叩いて、
お店の外に出た。


もうすっかり冬になった
冷たい空気が鼻をかすめる。


外の寒さに少し身を震わせながら
下を向いて待っていると…


「あの〜ニカの…」


控えめな声が聞こえて、

顔を上げたそこには


「…え…?」


この間の結婚式で、
私の他に唯一ドレスの色を当てた

あのイケメンが立っていた。


目を見開いて硬直する私の顔を見て、
彼も私に気づいたようで

私と同じように少し目を見開いた。


「…あれ?あの時の…」

「…ニ、ニカがよく話す“ゆうだい”って…」

「あ、そっか。あの時自己紹介
してなかったもんね(笑)」


驚きで何も相槌が打てない私。


「初めまして、辰巳雄大です。」


笑顔で名前を言う彼を目の前に、

世間の狭さに驚いて
身体中のアルコールが全部吹っ飛んだ。






【続】
-----------------




明けました。

おめでとうございました。

今年もよろしくお願いしました。


新年1発目のお話は
辰巳くんにしてみました。



あとねぇ。

あのねぇ。

居酒屋の名前ねぇ。


漁火にしてみたの♡



やっこーいどっこーい
やっせーらー

やっこーいどっこーい
やっせーらー

欲に手を出しゃ 潮目が変わる!

生きてりゃ時化ある 凪もある!

人と出逢うは 不思議な縁!

人生生きてりゃ 丸儲け!





でもこのお話に出てくる漁火って居酒屋は

背が高くて骨格からしてイケメンで
鼻が高くて声も良くて
でも天パっていう可愛い部分もあって
横顔はもはやダヴィデ像を彷彿とさせる
彫刻並みの破壊力を持つタレ眉店主も

可愛い可愛いばっちゃんもいない、


ふっつーーの小汚い安さが売りの
居酒屋なんだろうなぁ。





そして相変わらずタイトル付けられないです。

本でも音楽でも
タイトル付ける人って
どうやって付けてるのか…

不思議でなりませんぜ。


誰か私の代わりに付けて下さい(笑)

お願いします(笑)



ホラ、この通り…



 -= ∧_∧ -
=と( ◉ਊ ◉) アッハッハッハッ!!!!
 -=/ と_ノ

  • =_//⌒ソ


∧_∧ =-
(◉ਊ ◉ )`つ=- アッハッハッハッ!!!!
 `つ \ =-
 \,⌒\\,,,_=-





…ふざけてごめんなさい。


(笑)

ヤンキー岩本くん 〜ライバル編〜 【下】





-----------------






『いいよ』

『は!?』


自分から告白してきたくせに
あたしの返事に盛大に驚くえーくん。


『は!?え、なん!?はぁ!!??』

『別にいいよ、えーくんと付き合っても』

『え!?岩本は!?』

『だって別に岩本くんと
付き合ってるわけじゃないし』

『いやッ!あ…はぁ!?え!?』


テンパリまくりのえーくんは
あたしの肩をガシッと掴むんで
顔を覗き込んで、


『本当に付き合ってくれんの!?』


唾が飛ぶくらいな勢いで
そう聞いてくる。


『いいよ』

『は!?マジで…!?』

『うん』

『は!?』

『ただ』

『ただ!?』

『一つ条件があるけど』


肩を掴んだ指に力が入って、
ゴクンと生唾を飲んだえーくんに
伝える条件はただ一つ。


『岩本くんより夢中にさせて』



それだけ。


たったそれだけ。



『岩本くんより夢中にさせてくれるなら
付き合ってあげてもいいよ』


えーくんの全身から力が抜けていく。

肩を掴む力も弱まって、
その口元には笑みが浮かぶ。


『俺が?』

『うん』

『ははっ』

『ん?』

『岩本との話した後に
そんなこと言うなんてお前鬼だな』

『そう?』


首をかしげると
えーくんはあたしに手を伸ばして
優しく髪を撫でた。


『じゃあ無理だわ』

『え〜』

『岩本よりなんて無理』

『諦めるの早くない?』

『お前の条件が鬼畜過ぎんだよ』


大げさに嫌な顔をしたえーくんに
思わず笑いとばした。


『えーくんさ、岩本くんのこと
前から知ってるから
カラオケ屋であたし見たときに
あーやって声かけてきたの?』


その場から立ち上がって
スカートについた砂を払いながら
問いかけるあたしに
えーくんが『いや…』と、言いながら
顎に手を添えてたじろいだ。


『お前のことは前から知ってた』

『前から?』

『ああ』

『なんで?』

『……』

『なんで??』


言いにくそうにあたしから目を背けるから
意地でも目の前に回り込んで
目を合わせてやる。

くるくる回るえーくんに合わせて
えーくんの周りをくるくる回るあたし。


目が回ったのか、
えーくんはついに観念して
あたしに目を合わせながら


『お前の写メ、出回ってるから』


予想外のことを口にした。


『あたしの写メ?』

『ああ』

『どれ?見せて!』


あたしのケータイは
未だに返してくれないくせに

自分のケータイはあっさりと
手渡してきたえーくんは、


『コレ』


と、苦い顔をしながら
あたしの写メを見せてくれた。

画面の向こうに映るあたしはカフェにいて、
岩本くんとふっかに囲まれながら
談笑していた。


いつの間に撮られたのか…
全然気づかなかった。

週刊誌とかに載る芸能人の
スクープ写真とかって
こうやって撮られてるのかなって思うけど
それ以上に放っておけない事実がある。


『…うっわ』

『……』

『めっちゃ微妙なんだけど!』

『…は?』

『もっと可愛い顔で写ってる写真が良かった』

『お前…』

『あたしもっと可愛いやい』

『マジで付き合いてーわ、お前』


あたしの手からケータイを
取りながら笑ってそう言うえーくんは、


『でも条件が無理難題過ぎる』


と、付け足した。



『でもさ、出回ってるかもしんないけど
あたし今までなんもないよ』

『ん?』

『こんなのえーくんが初めて。』

『…だろうな』

『なんで?』

『お前、ここんとこ1人で家帰ったか?』

『それは…っ』



…帰ってない。



言われて気づいたけど
帰ってない。


なんかしらの理由をつけて
いつも岩本くんかふっかか
どっちかが家まで付いて来た。


別に送らなくていいよって
どんなに言っても

家まできっちり送られていた。


こんな裏が隠されていたなんて知らなかった。

しつこいな、なんて思った日もあった。



あたしは2人に守られてた。



『だからきっと今頃血眼になって
お前のこと探してるよ』


あたしに向けられるその笑顔は
嫌味っぽくも見えるし
嬉しそうにも見える。


『でも…写真の出回りって…
あたし大丈夫なの?
これから何かされたりすんの?』


やっぱり拭いきれない不安。


小さくなった声でうつむきながら
ぽそっとこぼしたあたしの頭に
えーくんの手がポンと乗った。


『そこはもう心配しなくていい』

『なんで?』

『俺が止めとく』

『へ?そんなこと出来んの?』

『お前俺のことなんだと思ってんの』

『そんな権力がある人間だとは思ってなかった』

『こう見えてすげぇんだよ、俺は』

『…へぇ』

『だからもう大丈夫。お前は安心してろ』


あたしのケータイを
あたかも自分のもののように
ポケットから取り出しながら

頼もしいことを言ってくれるえーくんに


『やっぱりえーくんは優しいね』


って言ったら、


『付き合う?』


って意地悪な笑顔で言われた。


もう傾きかけてる太陽は
昼間の時と違ってオレンジ色。

その太陽の色を見て
ふっかとカフェにいた時から
だいぶ時間が経っているのかわかる。


そろそろ帰りたいなぁ。

“えーくん帰ろうよ”

そう彼に声をかけようとした瞬間、
あたしに背中を向けて立つえーくんから
『ふふッ』と笑い声が聞こえる。


『どうしたの?』

『お前、岩本のこと
“ひーくん”で登録してんだよな?』

『うん』

『ほら』


見せられたあたしのケータイの画面には
“ひーくん”の表示。


『この“ひーくん”っての…
お前が寝てる間も、俺とお前が話してる間も
糞ほどに電話かけて来てたなぁ』

『そうなの?』

『岩本って分かってれば電話出たのによ』


ブツブツと文句を言いながら
あたしのケータイを持ち直す。

岩本くんからの電話に出たくて
返して返してって言いながら
ケータイを奪い返そうとするあたしを
手のひらで制しながら


『出るわ』


って、あたしへの報告なのか
独り言なのかそんな言葉を口にしてから
えーくんはケータイを耳に当てた。


『はい』とか『あ?』とか
強気に電話口の向こうに
言葉を発してたえーくんは、

急にケータイを耳から離して
画面を数秒見つめて
本当に驚いたって顔をした後に
口元に小さく笑みを浮かべた。


無事に電話が終わったからなのか、

さっきまであんなに返してくれなかった
ケータイをあたしに渡して来た。


見上げた先にあるえーくんの口元には
未だに笑みが浮かんでて、

むしろさっきよりもだらしない
口元になっている気さえする。


『……』

『えーくん』

『んだよ』

『顔キモいんだけど』

『…ふっ』

『きもい』


対照的なあたしたちのテンション。

それでもえーくんの
だらしない口元はそのまま。


『今お前のケータイで
岩本と電話したじゃん?』

『うん』

『したらさぁ』

『うん』

『俺の事、声だけで分かったって』


岩本は俺のことなんて
覚えてないと思ってた…

って小さく呟くえーくんの顔は
口には出さないけれど
“嬉しい”って感情を隠しきれてなくて、


『でもさ、えーくんの事
声で分かるくらい知ってるのに
カラオケ屋であたしといるとこ見たときに
なんでえーくん何も言わなかったんだろ』

『あー…』

『すごい謎』

『多分俺の事視界に入ってなかったんじゃね?』

『なんで?』

『お前に意識行き過ぎて』

『…ふぉっ』

『照れてんなよ、うぜぇ』


憎まれ口を叩いても
やっぱり顔はニヤニヤしてた。


『さーて、帰りましょうかお姫様』

『んだそりゃ』

『岩本に守られてるお姫様』

『あたしお姫様って柄じゃないんだけど』

『じゃご主人さまか?
岩本も王子様っていうより番犬っぽいしな』


唇の端を片方だけ上げて
ニヤリと笑うえーくんは
あたしにヘルメットを被せると
そのまま頭を鷲掴んであたしを抱き締める。


『なぁ』

『なんだい?』


抱きしめながら真剣な声で
そう言ってくるから

また告白されんのかな?
なんて思ってたら


『岩本、すげぇキレてる』


ある意味とんでもない告白をされた。


『それはそれは恐ろしいくらい』


はわわ〜

まじかよーい


『先に謝っとく。悪いな。』


あたし以上に“キレた”時の岩本くんの
怖さを知ってるえーくんが
ガチっぽく謝るから

なんだか憂鬱な気分になった。







岩本くんを焦らせて
もう一回喧嘩するのが狙いだったえーくんだけど

岩本くんが自分を覚えていることを知って
満足したらしく
『帰らせてやるよ』って言ってくれた。


どっかの倉庫だったらしいその場から
えーくんの運転するバイクに乗せられて

見慣れた街並みまで来ると、
いきなりバイクが止まった。


『○○』

『ん?』

『前見てみ』


捕まってたえーくんの背中から
ひょっこり顔を出すと
一本道をまっすぐ見据えた遠くに
岩本くんが見えた。

もちろんその隣にはふっかもいる。

もう結構離れた距離からでも
分かるくらいに岩本くんは機嫌が悪そうで
めちゃくちゃイラついてる。


『あはっ、すげー怒ってね?』


ゲラゲラ笑うえーくんを睨みながら
あたしはもういっそのこと
バイクと同化したいとさえ思い始めてた。

あたしなんも悪くないのに。

えーくんと岩本くんの喧嘩なのに。

マジで巻き込まれた感半端ない。


同化することが出来なかった
バイクからのろのろと降りて
力なくえーくんにヘルメットを返す。


『んじゃ、俺帰るから』

『え!?』

『なんだよ』

『一緒に来てよぅ…』

『岩本にもうお前に関わるなって
さっき電話で言われたから』


…なんて無責任なッ!


巻き込まれた上に
この無責任さ!

許せん…!!


もう関わるなって言われたから
一緒に行けないって言ったくせに、

ヘルメットをあたしから受け取りながら


『また電話するな』


って言葉を残してえーくんは本当に
あたしを置いて去っていった。


まだ岩本くんとふっかは
あたしに気づいてない。


岩本くんに一歩近づくたびに
心臓がドキドキとなる。

それはときめきとかの類の
良い意味のドキドキじゃなくて

親とかに怒られる前に感じるドキドキ。

だからひたすらに心臓が痛くなる。


それでも凄まじい怒りオーラを纏った
岩本くんに近づいていくあたしは

心のどこかで腹を括ってるみたい。


岩本くんとあたしとの間が
100メートルあたりになった瞬間…

ふっかが『アッ』と、声を上げて
岩本くんがあたしの方に振り返った。


向けられた目線に
息が止まりそうになってるあたしの元に
岩本くんがダッシュで駆け寄って来て


『今までどこにいた!?』


地響きが何かと勘違いするほど
低い声で怒鳴られた。


同時に掴まれた腕も
もう手跡が付くんじゃないかって
くらいの力で握られる。

あまりの迫力に掴まれた腕を
引っ張りながら体を小さくする。


『い、いたい…』

『んでこんなマフラー付けてんだよ!!』

『痛いってば…』

『おいふっか!!!』

『はいぃぃッ!!』


今まで見たことないくらいに
声を荒げる岩本くんにビビってたのは
あたしだけじゃないみたいで

いきなり名前を呼ばれたふっかは
声を裏返しながら返事をする。


『東高行くぞ』

『な、なんで!?何すんの!?』


岩本くんにしがみついて
問いかけるあたしに、
彼は冷たい視線で見下ろしながら


『ぶっ殺す』


戦慄するような言葉を吐いた。


『だ、だめだめだめだめ!!』

『うるせぇな』

『殺しちゃだめだよ!!』

『本当に殺すわけねぇだろ』

『あ、当たり前じゃん!!』

『話つけに行くだけだ』

『絶対話だけで終わるわけないじゃん!!』

『あ?』

『だめだって!』

『1発くらい殴ったっていいだろ』

『それを辞めてって言ってんじゃん!!!』

『はぁ!?』

『えーくん、悪い人じゃないよ!!
優しい人だよ!!!』


もはや最後は叫び声に近かった。

いろんな感情が入り混じって
叫んだあたしを岩本くんは
さっき以上に冷たい視線を向けて


『お前、自分が何言ってっか
分かってんの?』


そう言う。


岩本くんの視線から逃げるように俯いて、
肩で息をするあたしの手を
払いのけるように自分の体から外した
岩本くんは、


『…知らね』


って言いながら
あたしに背中を向けて歩き出した。




…あ、




少しずつ遠くなってく広い背中を見つめながら
呆然と立ち尽くすあたし。


すると今まで徹底して空気のように
気配を消していたふっかが隣に並んできた。

ふっかの方を見ると、
少し困った顔をしながら…

でも笑ってて、


『○○ちゃん…』

『ん…?』

『照ね、すごく心配してたんだよ?』

『……』

『すごく必死に探してたんだよ?』

『……』


分かってる。

そんなこと分かってる。


あんな形相になって…

あんな力ずくであたしの腕を掴むなんて…


優しい岩本くんがするわけない。


そんな“するわけない”ことをするくらい、
あたしを心配してたってこと。

余裕なくなるくらい
あたしを探してくれてたってこと。


そんなことは分かってる。


えーくんを庇うわけじゃないけど、
あんなに嬉しそうに笑ってた
えーくんを傷つけて欲しくなかった。


どっちかと言うと、
えーくんの中に存在している“岩本”像を
あたしなんかの為に
岩本くん本人が壊しに行こうとしてるのが
すごくすごく嫌だった。

だから東高に行くなんて言い出した彼を
えーくんを理由にして
止めてしまった。

彼が1番気に入らない方法で
止めてしまった。


自分勝手さとどうしようもなさに
呆れて泣きそうになるあたしの首から、
ふっかが優しくマフラーを外す。


『照のとこに行ってあげて?』

『……』

『ね?』

『……よ』

『ん?なぁに?』

『嫌われた…よ、絶対』


涙声まじりのあたしに
ふっかが盛大に吹き出した。


『なんでそう思うの?』

『めっちゃ睨んでた…』

『あはは』

『めっちゃ怒鳴ってた…』

『うんうん』

『めっちゃ怒ってた…』

『怒ってたねぇ』

『絶対嫌われた…』


ふっかはさっきよりも
盛大に吹き出してから


『照がそんな奴じゃないって事は
○○ちゃんも知ってるでしょ?』


前にふっかに対して“嫌がられる”って
思った時も

岩本くんは『ふっかはそんな奴じゃない』
ってあたしに言った。

そして実際そうだった。

ふっかはそんな奴じゃなかった。


だから、ふっかが伝えてくれる
岩本くんに対してのことは
誰の言葉よりも信用出来る。


『よし、出来た』


そう言ったふっかの手があたしから離れた。

さっきまで東高の指定マフラーを
巻いていたあたしの首には、
黄色のデザインのマフラーが巻かれていて、

見覚えのあるマフラーを
キュッと握って
ふっかを見つめると


『ついでにそれ照に渡しといて』


満面の笑みでそう言われた。


『岩本くんに?』

『そう。それ照の』

『……』

『走り回って探してたせいで
暑いって言って外したんだよね、照。
俺が預かってたの忘れてた。』

『…そっか』

『うん。冷え込んできたし
いくら照でも寒いだろうから』

『…ん…』

『多分学校戻ってるはずだから
渡しに言ってあげて』

『学校?なんで…?』

『照、俺が連絡した途端
学校から飛び出してきたっぽくて。
マフラーは巻いてたくせに
鞄とか全部置いてきてやんの』


笑いながらふっかはそう言うけど
あたしはもう泣きそうだった。

目の下がプルプル震えて、
鼻水はもう垂れる寸前だった。


『バカだよなぁ、照』

『…バカだね』

『て事で、よろしくね○○ちゃん』

『うん』

『後で俺も学校行くから』


ふっかのその言葉は
少し不安だったあたしの背中を押すには
十分すぎるほどのものだったみたいで


『絶対だからね!!絶対来てね!!!』


って、鼻息荒く言った後に
学校へと走り出した。









少しだけ残る太陽のオレンジと、
周りにつき始めた街灯。

校門に立つあたしに近づいてくる影は
まだあたしに気づいていないみたいで


『岩本くん』


思いきって呼びかけてみると、
少しびっくりしながら


『なんでいんの?』


って、ぶっきらぼうに答えた。


『…えと、』

『危ねぇだろーが』

『…うん』

『学習能力ねぇのか馬鹿が』


言い方はキツイかもしれないけど
その言葉は全部あたしを心配する言葉。

もう誰もいなくなった校舎を背に
『帰んぞ』って言いながら
あたしの横を通り過ぎようとする
岩本くんの腕をとっさに掴んだ。


『……』

『……』

『…んだよ』

『…ごめんね』

『……』

『あと、』

『……』

『ありがとう』


不機嫌そうな顔は変わらないけど
あたしの頬に伸びて来た
岩本くんの手は優しくてあったかい。


『怪我は?』

『してないよ』

『どこか痛むか?』

『ううん』

『気分悪くないか?』

『平気だよ』


一通りあたしに質問すると、
岩本くんは少し安心したかのように
笑みをこぼした。

その笑顔につられて
あたしも安心して一息はくと、

今まで頬に触れていた岩本くんの手が
後頭部に回って

そのまま強引に、
でも優しく抱き締められた。


『…心配した』

『うん』

『すげぇ心配した』

『ごめんね』


広い背中に腕を回すと
岩本くんはあたしの首に顔を埋めながら


『えーくんとか呼んでるし』


さっきとは打って変わって
弱気な声を出す。


『なにが?』

『えーくんなんて呼んでんじゃねぇよ』

『……』

『つか、なんだよえーくんって』

『…名前知らなくて』

『は?』

『だから少年Aのえーくん…
って意味で、呼んでたんだ…けど…』


えーくんにした通りの説明を
岩本くんにしてあげると

岩本くんはため息を吐いた。


『下の名前で呼んでんのかと思った』

『へ?』

『あいつの下の名前“え”から始まるんだよ。
だからお前のそのあだ名、
あながち間違ってねぇんだよ』

『はー、そうなんだ…』


なんて言っていいか分からなくて
とりあえず相槌を打つと、

岩本くんはあたしの体を離して
真剣な顔をしながらあたしを見る。


肩に乗せられたままの手と
真剣な目にゴクンと唾を飲み込む。


『なんか…ここんとこお前が隣にいるの
当たり前すぎて
俺ん中でなぁなぁになってた』

『…うん』

『ちゃんと言葉にしなきゃなんねぇんだって
気付かされた…
認めたくねぇけど』


ふて腐れたようにそう言った
岩本くんの心理は、あたしに対してじゃなくて
えーくんに対して何だと思った。

えーくん“なんか”に
正論を突きつけられて
自分の心を動かされたことに対して。

その事実を認めたくないんだなって思った。


岩本くんは一度大きく息を吸うと、
ふぅ、だか。はぁ、だか。
言いながら息を吐き出して、


『俺、お前のことが好き。』


そう言った。


『お前が隣にいないとか…想像出来ない』


岩本くんのことを考えていたあたしは
いつの間にか彼をジーっと見ていたらしい。


あたしのあまりの凝視に
少し恥ずかしくなったのか

岩本くんはちょっと低い声で
『返事は』って言って来た。


付き合ってくれ。とか
隣にいてくれ。とか

返事するような言葉で
告白されなかったから

なにに対しての返事だか分からなかったけど、


岩本くんが自分と同じ気持ちだって
事だけはしっかりわかったから


『うん!』


って答えた。

あたしの声は思ったよりも大きくて、

自分が思う以上に今のこの現状が
嬉しくて仕方ないみたいだった。

でも、


『そんなに嬉しいのかよ』


って笑いながら言って
あたしの頭をなでる岩本くんも
結構嬉しそうだった。


超ニコニコ顔のあたしを見て
鼻で笑った岩本くんは
帰るぞって言いながら
あたしの手を握って歩き出した。

どんなに近い距離にいても
手を繋いで歩いたことなんてなかったから
これが岩本くんの中の
彼氏彼女の在り方なのかなって思った。


右手に感じる岩本くんの
大きな手の感触が彼女の特権である
ことを噛み締めていると、


『俺も仲間にい〜れてっ』


って言いながらふっかが
あたしの左手を握って来た。


今までどこに隠れてた!?

どこから目撃してた!?

恥ずかし過ぎる!!


なんてアワアワするあたしをよそに
ふっかは握ったあたしの手を
ブンブンと前後に振り回す。


あたしの目が口以上に
モノを言っていたのか、


『こんな夜遅い時間に学校までって言っても
1人で歩かせるわけ無いじゃん。

ずっと付けてたよ。』


って説明してくれて、
えーくんが教えてくれた写メの話を思い出して

そう言えばそうか。って納得した。


岩本くんは、
あたしの手をふっかが握っても
嫌な顔なんてしない。

楽しそうに笑い声を上げて
『車の邪魔になんだろ』
って言って右手を握る岩本くん。

『だって仲間はずれみたいで
寂しかったんだもん』
って言って左手を握るふっか。


むしろあたしのが邪魔者じゃね?

この2人の方がよっぽどカップルっぽくね?


なんてことを思っていると、
不意にあたしの首元に岩本くんが触れて来た。


『ん?何?』

『変なふうになってた』


知らないうちに変なふうになってたらしい
マフラーを綺麗に直してくれた
岩本くんは、満足そうに笑って
自分のであるあたしの首に巻かれた
マフラーを指差して


『似合ってんな、それ。』


って言ったから
このままパクっちまおうと思った。


『あ…そうだ、ふっか』

『ん?』

『さっきの、あの…』


ふっかはあたしの言いたいことが
すぐに分かったらしく『あぁ、マフラー?』
と言ったあとに、


『燃やしといたよ』


って言った。


驚きのあまり声も出せずに
目丸くするあたしに


『捨てるくらいじゃ生ぬるいからね』


って笑顔で言い張るから

マジかよ…
岩本くんよりふっかのが怖ぇかも…

って思ってたら


『東高行くくらいだから
家金もってんだろ。
マフラーくらいすぐ買い直すだろ。』


って横から岩本くんが冷静に言うから
ちょっと視点がずれてるな…って思った。





右手に岩本くん。

左手にふっか。


両手に感じる優しさに、
ルンルンになりながら歩く。


『ねぇ、岩本くん』

『あ?』

『岩本くんにとってふっかはなぁに?』

『家族みてぇなもん』

『じゃあえーくんは?』

『ライバルみてぇなもん』

『そっかそっか』


えーくんは、岩本くんに対しての
『ライバルなんて言えない』って言ってたけど

岩本くんにとって、
えーくんはちゃんとしたライバルだった。


それが嬉しくて
タニタしてると、

隣から


『因みにお前は彼女みてぇなもん』


っていうヤンキーの
甘いささやきが聞こえた。







---------------

ヤンキー岩本くん 〜ライバル編〜 【上】



----------------









あたしの好きな人は、

超が付くほどのヤンキーだ。














…はて。

ここはどこだろう。


まぶたを開けた視界に広がるのは
見覚えのないコンクリートの天井。



最悪の事態を想像して
自分の体に目を向けるけど

着衣に乱れは無く、
制服のスカーフもきっちり結ばれている。



ただ、ここがどこだか分からない。



確か今日は、
ふっかと2人で放課後にカフェに来てた。

秋晴れがすごく気持ちよくて
外のあったかい空気に誘われて
テラス席で紅茶と一緒に
ワッフルを食べていた。

…はず。


ワッフルの上にあまーいシロップと
ホイップクリームを乗せて
頬張っていたところまで覚えてる。

あとふっかがトイレに
立ったところまで覚えてる。



…そこからの記憶がない。



寝かされていたソファから
むくりと体を起こすと、

少し離れたところで
バイクをいじってる人が見える。




…どっかで見たことあるその髪型。


じーーーっと目を凝らして
バイクに夢中になるその後ろ姿を
眺めていると、


『…ん?』


振り返ったその顔に、


『あ!』


思わず声が出た。


『んだよ、起きてたのかよ』


バイクをいじる工具を、
カランと床に投げると
のっそり立ち上がってあたしに近づいてくる。



どっかで見たことのある
爽やかなツーブロックのショートヘア。

優秀な人しか着ることの出来ない
カッコいい校章が左胸についたブレザー。

それはどう見ても東高の制服。


つまりこいつは…


『カラオケ屋以来だな』


いつぞやのツーブロ野郎だった。


口をぽかんと開けたままのあたしに
ツーブロ野郎が片眉を少し上げる。


『どうした』

『…何が何だか』

『とりあえず静かにしろ、人質なんだから』


サラッととんでもない言葉を発した
ツーブロ野郎に目ん玉が飛び出た。


『あたし人質?』

『そうだよ』

『え?あたし人質?』

『そうだっつってんだろ』

『えー!人質ー!?』

『っだよ!うるせーな!!』


目の前まで来ていたツーブロ野郎は
あたしの頭をパシンと叩いた。


『どんだけ危機感ねぇんだよお前!
この状況下で人質って言われてんだぞ!!』

『ごめんごめん。
ちょっと興奮しちゃって…』

『お前なぁ…』

『ありがとん』

『褒めてねぇよ』


盛大にため息をつかれる。


て言うかずっと気になってた。

説明しにくいけど…

なんだか違和感を感じる。


なんだろう…

なんだろう…

なんか…


『あんたってそんな感じだったっけ?』


今まで呆れ顔だったのに、
その言葉を言った瞬間

ニヤリと笑って前かがみになって
あたしに目線を合わせてきた。


『あんなに俺のこと嫌がっておきながら
実はしっかり覚えてんじゃん』


少し嬉しそうに見えるその微笑みは
絶えることなくあたしに向けられる。


『あれは外面用』

『そとづら?』

『そ。あんだけ愛想よく爽やかに振舞ってれば
大体の人間は味方についてくれんだよ』


確かにあのカラオケに来てた女の子達で
1人の子はこいつに連絡先聞いたり
していたのを思い出した。


あたしも爽やかな印象を受けてたし…


それを全て計算でやってたかと思うと
…只者じゃねーぞ、こいつ。


ポケットに手を突っ込んで
あたしから離れた彼は

舌打ちをしながら手元のケータイを
眺め出した。

でもそのケータイはどう見てもあたしので、


『は!?
なんであたしのケータイ持ってんの!?』


自分のスカートのポッケの中を
探りながら問いただす。


『お前のケータイのロック番号教えろよ』


ただでさえ意味不明なのに
あたしの質問丸無視で、
そう言うから余計に腹が立ってくる。


『嫌だわ!』

『お前のケータイロックかかってたから
岩本に脅迫電話出来なかったんだよ』

『…ッきょ…!?』


脅迫電話とはなんとも恐ろしい…


『Siriに言っても反応しねぇし』

『な、んて言ったの?』

『“いわもとひかるにでんわ”』

『それなら無理だわ』

『なんで』

『ひーくんで登録してるから』

『は?お前岩本のこと
ひーくんって呼んでんの?』

『呼んでない』

『は?』

『呼んでないけど
あえてひーくんで登録してんの』

『意味分かんねぇ』


眉間にしわを寄せて
そう言い捨てたツーブロ野郎は
またバイクの前にしゃがんで
いろいろいじり始めた。


自分もソファから立ち上がって
バイクの前にしゃがむ彼の隣に
一緒になってしゃがみ込む。

バイクなんて無知なあたしでも分かるくらいに
ピカピカに改造されたバイク。

隣を見ると心なしか
目を輝かせる男が目に入る。


バイク改造すんのって難しい?』

『勉強よりは簡単』

『ケータイ返してよ』

『後でな』

『これなんていうの?』

『マフラー』

『ケータイ返してよ』

『後で』

『ケチ』


ぷぅっと膨らました頰を
変な顔で見てくる。


『マジで岩本の好みが分かんねぇ』

『は?』

『お前無人島でも1人で生きていけそうだよな』

『は?なに?喧嘩売ってんの?』

『お前より俺のが強いからやめとけ』

『ねぇ、ここ寒くない?』


会話をぶった切って自分の体を
縮こめながらそう言うあたしに
盛大なため息をついて、


『お前と話してると頭痛ぇ』


ってボヤいたツーブロ野郎は
本当に頭痛そうな顔をしながら
立ち上がってどっかに歩いて行った。


不意に1人にされて
ぼーっと目の前の分かるわけもない
バイクの部品一つ一つを眺めていると、

パサっと何かが首元にかかった。


『それくらいしかないから我慢しろ』


ぶっきらぼうにそう言った
そいつがあたしにかけてくれたのは
東高の指定マフラーだった。


『ありがとー』


ぬくぬくと首に巻き直しながら
気になっていたことを聞く。


『ねぇ、一つ質問していい?』

『あ?』

『なんであたしここにいるの?』

『なにが?』

『こんな見覚えのないところ』

『あぁ』

『なんで?』

『俺が攫ってきたから』


開いた口が塞がらなかった。


どうやらあたしは、
ふっかがトイレに立った隙を狙って
こいつに攫われたらしい。

一体全体どんな手段を使って
あたしを気絶させたかは教えてくれなかったけど

このご自慢のバイクに乗せて
ここまで来たことは教えてくれた。


マジでそんなのドラマとか漫画の中での
出来事だと思ってた。

攫うとか…

いやマジで…


『犯罪じゃん…』


ボソッと呟いたあたしに
鋭い目が向く。


『これバレたら犯罪になるよ?』

『……』

『少年Aって書かれるんだよ』

『うるせぇな』

『いつもこんなことしてんの?』

『いつもはしてねーよ』

『て事は初めてじゃないのね』

『……』


黙りこくった彼。


『将来不安ねぇ、進学校の生徒が』


そう言うと、少し寂しそうに
瞳が揺らいだ。

その瞳を見ていられなくて
東高の指定マフラーに顔を埋めながら
目をそらした。


『ねぇ、なんであたしなの?』

『……』

『なんであたしのこと攫って
岩本くんに電話しようとしたの?』

『……』

『えーくん、岩本くんと知り合いなの?』

『…えーくん?』

『あたしあんたの名前知らないから、
少年Aのえーくん』


ナイスネーミングセンスだと思ったのに、
えーくんはお気に召さなかったようで
ブツブツと文句を言いながら
また手を動かしてバイクをいじる。


『ちょっと!質問に答えてよ!』

『質問一つじゃなかったのかよ』

『ケチ』


2度目の“ケチ”発言をすると、
えーくんは小さく舌打ちをして

あたしにグッと顔を近づけて


『嫌いだから』


低い声でそう言った。


『嫌い…?』

『そう。嫌い。』

『あたしを?』

『岩本を』

『岩本くんのこと嫌いなの?』

『大嫌い』

『はぁ…』

『だから岩本が気に入ってるお前攫って
焦らせてやろうと思って攫った。』


口調はぶっきら棒ですてばちなんだけど、
えーくんの瞳はなんだか寂しそうで…


『ほんとは?』


思わずそう聞いてしまった。


『…は?』


こっちを見るえーくんは
眉間にシワを寄せまくり。


そんなことは置いといて、
さっきから少し思うことがある。


『何言ってんだ、馬鹿』


なんか口調とか…

雰囲気が…


『似てるよね、岩本くんとえーくん』


そっくりなんだ。



あたしの言葉に
目をまん丸くさせたえーくんは
ピクリとも動かずにあたしを見る。


『本当に嫌いなの?』

『……』

『深く知ってないと』

『……』

『そこまで似ないと思うの』

『……』

『ねぇ、えーくん。』

『……』

『岩本くんのこと、本当に嫌い?』



どうやら彼は
あたしの質問に答えそうもない。

小さくため息をついて
目の前に転がってたドライバーを
手に取ろうとしたあたしの腕が
力強く掴まれた。


『お前、こんな状況で
よく俺の機嫌損ねるようなこと聞けるな』

『こんな状況?』


次の瞬間、工具がコンクリートの上に
投げ飛ばされる音が聞こえて…

背中に冷たくて固い感触が走った。


『すぐヤれる状況』


目の前にある彼の表情には
もう“爽やかさ”なんて一ミリもない。

ただ、その虚無的な瞳に
あたしを映す。


コンクリートの床に
肩を押し付ける腕に力が入って、

覆いかぶさってくるえーくんは

少しずつ、あたしに顔を近づけてくる。


その長い睫毛が少し下を向いて
あたしの唇を捉えたけど、


『でも、ヤらないでしょ?』


あたしの想像通り、
彼は動きを止めた。


『ヤれるし』

『あんたはヤらない』

『てめ…』

『とりあえずどいて。
あたし今パンツ丸見えなの。』


勢いよく押し倒された衝撃で
あたしはマジでスカートがめくれて
パンツが丸見えになってた。

角度的に自分からも、
えーくんにも見えてないけれど

スカートがめくれているのは
気分が良いものじゃない。


えーくんの肩を押しながらそう頼むと、


『お前、良い女だな』


当たり前のことを言ってきた。


『よく言われる』

『少しは謙遜しろや』

『じゃあ最初から褒めないでよ』

『良いな、お前』

『なにが?』

『岩本なんかにはもったいねーわ』

『“なんか”なんて言わないでよ、
岩本くんのこと』

『あー、まじで良いわお前』


少し笑みをこぼしながらそう言うと、
あたしの腕を引っ張って
勢いよく起こされる。

勢い余ってえーくんの身体に
思いっきりダイブさせられた
あたしの体を、

彼はギュッと抱き締めた。


『何すん…』

『嫌いだよ、あんな奴』


あたしの声に被せながら
小さい声でそう言った。


『なにが?』

『岩本のこと』

『あぁ、』


自嘲的に笑いながら
あたしの髪に顔を埋める。


『あいつと喧嘩して
一回も勝てたことねぇんだよ』

『……』

『今まで負けなしだったのに
あいつにはマジで勝てねぇ』

『……』

『涼しい顔して喧嘩に勝つあいつ見て、
めちゃくちゃカッコいいって思った…』


抱き締められてるから顔は見えないけど、
ゆっくり話すえーくんの声は
低くて切なかった。


『あいつ、俺にないものみんな持ってんだよ』

『ないもの?』


きっと今、えーくんの目に
あたしは写ってない。

あたしに話してるんじゃない。

彼が今までずっと心に隠してた
岩本くんへの想いを
声に出してるだけ。


『無愛想にしてるくせに人が寄ってきて
誰からも一目置かれてて

自分貫いてて。

あいつの中身知った奴は
全員あいつのこと好きになる。

男も女も関係なく。
あいつの人間性に惚れる。

あいつのそういうところ
見せられるたびに劣等感感じるようになった。

“俺は岩本みたいになんてなれない”
ただただ痛感させられた。』


えーくんの言いたい事が
痛いほど分かった。

あたしも、そうだったから。

岩本くんの近くにいて
“あたしだったらこんな風に出来ない”

って何度も思ったことがある。


あたしはえーくんと違って女だし、
プライドも高くないから

そんな岩本くんの人間性を
素直に受け入れることが出来たけど

男である上に自尊心があったえーくんは
劣等感を感じちゃったんだと思う。


『ライバルなんて言えないくらい、
俺にあいつは眩しすぎた。』


背中に回されたえーくんの腕は
痛いくらいにあたしを締め付ける。


『だから嫌いなんだ。あいつのこと。』

『……』

『いろんな魅力があるあいつが』

『……』

『俺にないもの全部持ってるあいつが』

『……』

『大嫌いなんだ』


嫌いになれないと、やってけなかったんだ。


尊敬にも近いその気持ちを
受け入れるには大きすぎて、

嫌いになれないと

やってけなかったんだね。


『…でも』


今まで黙りこくってたあたしの声に
えーくんの腕の力が少しゆるまって、


『えーくんにはえーくんの
魅力あるじゃん』


ピタリと身体が固まった。


『…なんだよ』

『へ?』

『俺の魅力って』

『……』

『言ってみろよ』

『優しいじゃん』


あまりにも意外だったのか
今まで抱きしめてたあたしの身体を
離すと同時に、
大きく見開いた目であたしを見た。


『俺が?』

『うん』

『ど、こが?』

『攫ってきたことはまぁ置いといて…

普通ならその辺に転がしとけばいいのに
ちゃんとソファに寝かしといてくれたり、
マフラー貸してくれたり、
こうやってちゃんと話してくれたり…』

『……』

『えーくんは優しいよ』


今にも泣き出しそうな彼の頭を
優しく撫でると、
彼はまたあたしの腕を引っ張って
力強く抱きしめた。


『よしよし』


頭をポンポンしてやると、
小さく舌打ちする音が聞こえる。


『ヤんぞコラ』

『出来ないくせに』

『ムカつく女』


やっぱりプライドが高い。

手に取るように分かる
えーくんの心情に
クスクス笑うあたしに、

えーくんが問いかける。


『なぁ』

『ん?』

『お前、俺と付き合わない?』









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特技はタイトル詐欺です。

岩本くん出てきてないネ。


(土下座)



【下】に続きます。

後輩の宮舘くん 〜冬〜


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風の匂いが、
少し冬を感じさせて来た頃。


宮舘くんから、
大学合格の報告が入った。




ちょうど1年前、
私が喉から手が出るほど欲しかった
指定校推薦をもらえた彼は

宣言した通り、
私と同じ大学に見事に合格した。


夏に会った時は、
『指定校欲しいんですよね』
なんて軽く言ってたのに…


まぁきっと本人は私の知らないところで
とんでもなく努力してたんだろうけど。




合格を確認した宮舘くんは
すぐに電話してくれたみたいで、

興奮気味の声は
少し聞き取りにくかったけど


『先輩、会いたいです』


って言葉だけはハッキリと聞こえた。


その言葉に、珍しく素直に


『私も会いたい』


って言った私に
ふふっ、
と笑ったその声はいつもの通り
私を少しバカにする
いつもの宮舘くんだったけれど


『いつ会えます?今週末とか…』

『ごめん!もう電車乗っちゃった』

『え…?』

『そっち行くね!』


私の突拍子のない行動には
さすがに絶句していた。


宮舘くんからの電話を受けた瞬間

私はすぐ近くの肩掛けバックに
財布だけ詰めて

コートを手に持って
弾かれるように家から飛び出した。

電話の向こうの宮舘くんの
興奮した声を聞きながら
駅まで全速力で走って、

ちょうど運良く停車していた
自分の地元へと向かう電車に乗った。


『ごめんッとりあえず切るね』

『え?ちょっ、』


電車に乗ってすぐに、
それだけ言って一方的に電話を切る。


どんな状況にいても
マナーだけは守りたい。


でも、私の手元のケータイは
久しぶりの全力疾走で
切れた息を整えて、
空いている座席に腰掛けるまで
ずっとブーブー鳴りっぱなしだった。





連絡自体はおやつの時間の
前くらいに来たんだけれど、

勢いだけで乗り込んだ電車だったから
地元に着くまで何回も乗り換えさせられて


“着く時間分かったら連絡ください”


って送って来てくれた宮舘くんに


“あと15分くらいで着きます”


って返事をする頃には
もう外は真っ暗になっていた。



今年の夏はめんどくさくて
帰らなかったから…

すごく久しぶりの地元。


改札を抜けて左に曲がって、
“西口”って書かれている文字を横目に
階段を降りて向かうのは…


“西口側にあるカフェで待ってます”


そう言っていた宮舘くんの元。


緊張と恥ずかしさを抱いたまま、
少しずつ早歩きになる私の足。


冷えて冷たくなった階段の手すりに
手を滑らせながら
最後の一段を跳ねながら降りる。





早く


早く早く







『ぎゃあ!』


走り出そうとした私の体に
いきなり後ろから誰かが抱きついてきた。


…でも、誰かなんて分かってる。


いつの間に後ろにいたのか、


中越しに感じる温もり。

私の肩に顔を埋めたせいで
頬に当たる柔らかい髪。

そして、バニラの香り。


『宮舘くん…?』


分かってはいても、
いきなり抱きつかれた衝撃で
ドクドクと音がする心臓を抑えながら
そう聞く。


『先輩』

『宮舘くん?』

『……』

『宮舘くん、どうしたの?』

『先輩…』


さっきまでとは違う意味で
心臓がドクドクと音を立てる。


『待たせちゃってごめんね』

『いえ』

『か、カフェにいるんじゃなかったんだね…』

『……』

『寒く、なかった…?』


宮舘くんの様子がおかしい。

私に巻きつける腕の力が
強くなる一方で
全然会話してくれない。


幸いにも駅には人は少なく、
私たちの行動に目を向けてる人なんて
1人もいない。


でも、この状況はさすがに
なんとかしたい。


『みや、』

『やべ、離したくない』


彼のそんな甘い言葉と共に
首筋に熱い吐息がかかって
鼻血が出そうになった。


『宮舘くん…』

『はい』

『ちょっと…1回離して…』

『なんで?』

『な、なんでって…』

『嫌です』

『…え』

『……』

『宮舘くん…』

『嫌って言ってるじゃないですか』

『あの』

『……』

『顔見たい…から、離して…』


首に回された宮舘くんの腕を
掴みながらそう言うと


『本当にずるいっすよね…』


って言いながら離れた宮舘くんは
私の体をくるっと回した。


目の前に現れた宮舘くんは、
ふてくされた顔をしていて
鼻が少しだけ赤くなってた。


『寒かったでしょ?ごめんね?』

『先輩こそ、
そんな薄着で寒くなかったですか?』

『全然平気』


夏には無くなっていた
外ハネがまた復活していて

それを見つけた途端少し嬉しくなる。


やっぱり宮舘くんといえば
外ハネだなぁ…


なんて思いながら
彼の髪型を眺めていると


『ぐぇっ』


今度は真っ正面から強く抱き締められた。


『もう顔見たからいいですよね』

『そう言うことでは』


ドキドキからなのか

宮舘くんの腕の力強さからなのか


息苦しくなって
すぴすぴと鼻息を荒くしながら
宮舘くんの背中にそっと手を回した。


『先輩が…待ってくれるなんて、
保証どこにもなかったから…』


宮舘くんがポツリポツリと話し出す。


『いつ先輩から“迷惑”とか“待ってられない”とか
言われるかすげぇ怖かった…』

『……』

『もっと会いに行きたかったし、
電話もたくさんしたかったけど…
それよりまず勉強しなきゃ
俺の成績じゃほんと無理で…』

『……』

『先輩の周りには俺なんかよりも大人で
すげーかっこいい人達がいるんだろうなとか…』

『……』

『いろいろ考えてたところに
先輩の方から来てくれたりするから…』


いつも余裕綽々で、
私を馬鹿にする態度をとる宮舘くん。

フフンって笑う宮舘くん。


そんな彼が小さく小さく
聞き取れないくらいの声で話す。


私は思わず体を少し離して
もう一度宮舘くんの顔を見た。


『宮舘くん、泣いてる…?』

『泣いてないっすよ』

『でもまつ毛すごい光ってるよ』

『泣いてない』

『鼻声だし』

『泣かせたの誰だと思って…ッ』

『あ、認めた』


私のその一言に、
宮舘くんは手で顔を抑えながら
私に背中を向けた。


私の想像なんて足元にも及んでなかった。

宮舘くんは、すごい努力してた。


不安になったりした事もあったのに
私には一つもそんな素振り見せないで。


未だに私に背を向けたままの
宮舘くんの黒のコートを
きゅっと握る。


『宮舘くん…』


もうすっかり人がいなくなった駅は、
怖いくらいに静かで、
自分の声がやたら鮮明に聞こえる。


『私、迷惑だなんて
一度も思ったことないよ』

『……』

『待ってられないなんて思ったこともない』

『……』

『それに、宮舘くん
ちゃんと毎日連絡くれてたじゃん』

『……』

『人の食生活に
ケチつけてばっかだったけど…』


手を伸ばして、腕を掴むと
宮舘くんは素直にこっちに振り返ってくれた。


『宮舘くん』

『…はい』

『大学合格おめでとうございます。』

『……』

『よく頑張りました』


この言葉は、
去年私が宮舘くんからもらった言葉。

すごくすごく嬉しかった言葉。


そっくりそのまま拝借してみた。


もうどんなに言い繕っても
完全に“泣き顔”の彼の顔に
思わず笑いがこみ上げる。


『宮舘くんでも泣くんだね』

『先輩俺のことなんだと思ってるんですか?』

『んー、ロボットかなんか?』

『何言ってるんですか』

『あははっ』

『俺より早く生まれたくせに…
しっかりしてくださいよ』


泣いたことが恥ずかしいのか、
どんどん憎まれ口になる。

そしてそれがまたおかしくて
ニヤニヤする私を
宮舘くんがまた抱き締めた。


初めてこんなに宮舘くんに触れられて
なにをどうすればいいのか

恋愛経験がゼロに等しい私は
てんてこ舞いになる。


そんなことお構いなしの宮舘くんは
左手で私の背中を強く抱き締めて
右手で私の頭を優しく撫でて


『先輩』


今まで聞いた中で1番と言っていいほど
甘くてとろける声で、


『好きです』


想いを告げてくれた。


『大好きです』

『……』

『待っててくれてありがとう』

『……』


もうメロメロに溶かされて
ぽわんぽわんしている私の顔を
宮舘くんが覗き込んでくる。


『先輩…』

『…ふぁい…』

『キスしていいですか?』

『へ!?』

『キス』

『ここで!?』

『ここで』


いいですか?って聞いてきたくせに
もう決定事項のようで、

彼は私の髪を耳にかけて
その力強い瞳に私を映す。


『え、ちょっと…あの、』

『先輩』

『は、はい!』

『目、つぶってください』





もう逃げられない状態。


周りに人はいない。


もう少ししたらまた電車が到着して
人で溢れてしまうかも。


ていうか今もこの状況を
どこかで誰かが見てるかも。


しかもここは地元。


知ってる人に見られてるかも。


中学の同級生とか。


近所のおばさんとか。


仕事から帰って来た
ウチのお父さんとか。




なーんて、

たくさんのことが頭を駆け巡ったけど…



私はもう一度、
宮舘くんの背中に手を回して

ゆっくりまぶたを下ろした。


真っ暗になった視界の中で

優しく笑う声

バニラの甘い香り

身体に触れる腕


たくさんの宮舘くんを感じる私の唇に

彼の唇が重ねられた。



すごく長い間だったかもしれない。

でも本当は

すごく短い間だったかもしれない。


全然記憶にないけれど、
宮舘くんの唇が離れた瞬間に

私は


『…ふぁぁ…』


とか何とか、

情けなすぎる声を出しながら
腰から砕けそうになった。


『あぶねっ…!』


抱きとめながら支えてくれた
宮舘くんにしがみつく。


『先輩…?』

『ごめん、なんか力抜けちゃって…』

『何それ。可愛すぎません?』

『私は情けないです』

『可愛いからいいですよ』


どこまでも甘い宮舘くんは、
私の手を握りながら歩き出す。


『本当にまさか先輩の方から来てくれると
思わなかった。』

『なんか…衝動的に…』

『嬉しかったです、すごく』

『あ、ははは…』

『送ります。帰りましょ!』

『うん、ありがと…』


夏の時とは違う、
指を絡めた繋ぎ方…

いわゆる、恋人つなぎで歩く。


『宮舘くん』

『はい?』

『私も宮舘くん大好きです…』


これだけは伝えとかなきゃ…

と思ったけど完全にタイミングを間違えた。


それでも宮舘くんは優しく笑って、


『俺の彼女になってくれますか?』


って聞いてくれた。


ヘドバン並みに頷くと、


『めっちゃ可愛い彼女出来ちゃった』


なんて言うから
ただただ、顔が赤くなった。



来年からは

宮舘くんと

どんな生活が待っているんだろう。


真っ黒な空に綺麗に映える月を見て

緩む口元がおさえられなかった。









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宮舘クーーーン!!!

亀梨ゲストに来たねぇ!

良かったねぇ!嬉しかったねぇ!


だーっしゃっしゃっしゃっ!