さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

福田くんってさ。【3】


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『○○さん、あそこのお客さんとも
知り合いなんですかぁ?』


あんな顔面蒼白でトイレに駆け込んでいた
後輩くんは私が戻るとケロリとした顔で
ドリンク台に立っていた。


『下痢間に合ったかい?』

『んなデカイ声で言わないで下さいよ!』


ケタケタ笑いながらそう言う彼は
ジョッキに注いだビールをカウンターに置く。

いつもなら流れるように
さっさとジョッキをつかんで運ぶんだけど


『ねぇ、これ持ってってくれないかなぁ』


注がれたビールを指差しながら言う私に
さすがの後輩くんもキレる。


『はぁ!?宴会卓も行きたくない、
知り合いのところにも行きたくないって!
ちゃんと働いてくださいよもぉ!

これ持ってかないなら
宴会卓行ってもらいますよ!!』


それはとても困る。
気はあまり進まないけど持っていくしかない。
鼻息の荒い後輩くんに小さく詫びを入れる。

左手でトレイに載せた4人分のお通しと
右手にビールジョッキを4つ持って
天パ男のいるテーブルへと向かった。


『お待たせしましたー』


扉を開けるとそこには
キャッキャッ楽しそうに話す4人がいた。
一体いくつなんだろうか。


『ハイかんぱーい!!』


運んだビールを早速飲み始める4人。


『このお店、昨日初めて来たんだけど
すごく美味しいよね!また来ちゃった!』


積極的に話しかけてきてくれる小顔の人。
たちゅみさん。
お店が褒められて自分も嬉しい気持ちになり
笑顔を作っていると、


『ケータイ持ち帰るけどね』


付け足すように福ちゃんと呼ばれた
天パ男が言った。


…イラッ


『ありがとうございます』


今度は天パ男には目もくれず
たちゅみさんだけに言ってその場を離れる。


なんなんだあの天パは。
一言多いんだよ。


イライラしながら歩いていると
後ろからちょんちょんと肩を叩かれる。


『○○さん○○さん。
てんちょがもう上がっていいって
言ってましたよ』

『え!?本当!?』


まだお店はそんなに余裕そうでは無かったけれど
早く出勤してくれた私への配慮だろう。
すっかりさっきまでのイライラが収まり
ルンルンで店長の元へ向かう。


『てんちょーーー!!上がっていいって
本当ですかぁーーー??』


浮かれた気持ちを隠しきれずに
キッチンの中でフライパンを振るう店長に
声をかける。


『うん!○○ちゃん今日早く来てくれて
本当ありがとうね!上がって!』

『はーい!!!』

『あ、最後に宴会卓のお得意様に
声かけて行ってあげて?彼ひどく
○○ちゃんの事気に入ってるみたいだから』


その店長の言葉に自分の顔がぐにゃりと
曲がったのが分かった。
今絶対すごく嫌な顔してる。


『…どうしてもですか』

『ごめんね、頼むよ…』


店長はいつもこうだ。
人をダシに使う事がよくある。
今日だって別に早く出勤するのは
後輩くんでも良かったんだ。

なのにお得意様にいい顔しようとして
きっと私を早く出勤させたのだ。
おとなしそうな雰囲気のくせに
そういう事を思いつくあたり
さすが店長にまで上り詰めただけあるなと
感心さえする。


『…チッ』


店長に聞こえないように小さく舌打ちをして
宴会卓へと向かう。

そもそもなんで私なんかを気に入るんだ。
この店にもっと若くて可愛い子なんて
たくさんいるだろう。


『失礼しま〜す!』


どんなに嫌でも接客態度は徹底する。
雇われている身なんだ。
それくらいの事は心得ている。


『あ〜!○○ちゃん!寂しかったよ〜
やっと来てくれたね!!!』


今日初めてお得意様の顔をまじまじと見る。
今日も今日とて髪の毛がキンキンに金髪。

初めてご来店された日はいつだったか
もう覚えていないけれど
その時着ていた服が赤いジャケットだったのと
夜だというのにサングラスを着用していた
その姿から、バイト生の間で
シャアの愛称で親しまれ…
いや、貶されていた事をふと思い出した。

無論、バイト歴が長い私と後輩くんは
彼を今でもシャアと呼んでいる。


『お飲み物の追加などは大丈夫でしょうか?』

『うん、大丈夫だよ。
相変わらず気が効くねぇ、○○ちゃんは…』


見せびらかすようにつけている
シャアの高級時計がキラキラ光る。


『あはは、ありがとうございございます。
○○さん。すみませんが私、
お先に失礼致します。
どうぞごゆっくりして行ってください。』

『もう上がっちゃうの!?』

『はい』

『…送って行こうか?』

『いや、大丈夫です』

『…そっか、残念だな。
今度食事でも行こうね。』


曖昧に笑って扉を閉める。
扉を閉めた瞬間にどっと疲れが迫ってきた。


『じゃあお先に。お疲れ様。』

『うぃーっす。気をつけて〜』


後輩くんに軽く挨拶をして、裏口から出る。


今日はなんかもういろいろと疲れた…


自分へのご褒美としてコンビニで
シュークリームを買おうと決めて
私は駅へと歩き出した。





***





『…終わらない…ッ』


その日私はアルバイト先である
オフィスビルの近くのファミレスで
数字と格闘していた。

嫌味ったらしいお局から任された仕事で、
無駄にめんどくさい上に大量だったけど
頑張って打ち込んで勤務時間内に
終わらせたというのに、
そのデータ自体が去年のものだったらしく
全てやり直しになってしまったのだ。

明日朝一で提出しなきゃいけないと
申し訳なさそうにするアキラさんから聞き、
今こうしてファミレスに入りびたり
朝までに間に合うように入力し直している。

深夜のファミレスは
程よく人が少なく程よく静か。


『ふぁぁ…』


でっかいあくびをしながら背伸びをして、
長期戦になりそうなので、
コンタクトを外して眼鏡をかける。

因みに終電は夢中になっているうちに
逃してしまった。


もういいよ、このファミレスに
泊まり込んでやらぁ…


そう思っていると


ブブブブブ


バイブにしていたケータイが鳴る。

もしもしと出た電話は
完全にブチ切れた様子の姐さんからだった。


『もしもし、○○ちゃん?
ちょっと聞いたわよ、アキラさんから!
お局が間違えて去年のデータ
○○ちゃんに渡してたんだって!?』

『あはは、参っちゃいますよね〜』

『あ〜ん、もう。あのお局くそババア!
人のミスにはうるさいくせに
自分のミスは部下任せってなによ!
シワだらけの若作りのくせに!!』

『まぁまぁ、姐さん。落ち着いて(笑)
私は全然大丈夫ですから。
それに自分バイトですし、使ってくださいよ』

『何言ってんのよ!バイトだとしても
アタシの可愛い後輩よ!
アタシも出張じゃなきゃ手伝えたのに…
ありがとうね、○○ちゃん。』


姐さんからの言葉に思わず涙が出そうになる。


『大丈夫です!
しっかり明日の朝までに終わらせて
アキラさんに渡しますから。約束します。』

『○○ちゃん〜〜…』

『姐さんも新店舗の準備、頑張って下さいね』



お互いおやすみと言いながら電話を切る。


『…っうし!やるか!!』


気合を入れて眼鏡をかけ直し、
私はパソコンを睨みつけた。

勝負だこのやろう。





『お、おわった…ぁ』


パソコンと格闘すること3時間。
やっと。やっと、おわった。

本気で終わらないかと思った。
お局にまた嫌味言われて
アキラさんにスライディング土下座する
自分が容易く想像出来るくらい
終わらないかと思った。


『………はぁ……』


深い深いため息が漏れた。
腕の時計を見るともう2時半。


どうしよ。家に帰りたいけど
終電とっくに行っちゃってるし。
タクシーなんてお金勿体無いし。


もう何も考えたくなくて机に突っ伏す。


…あ、やべ…寝そう…


意識が遠くなりそうになった瞬間、
机にコトンとカップを置く音が聞こえた。


『お疲れさまです』


顔を上げた先に、見たことある顔があった。


『…』

『お疲れさま』


もう一度言うその人。


『…お、おつ…かれさま、です…』

『あれ、俺のこと忘れちゃった?
確かに会ったの1ヶ月半くらい前だけどさ〜
さみしいな〜』


忘れていない。忘れられるわけない。
ただ意外すぎて。ビックリした。


『何でここにいるんですか…』


私の目の前にいる今日も絶好調に
クルクル天パな彼にそう問いかけた。


『友達と飲んだ帰りに寄ってたの。
もう友達は帰ってったけど。

そしたら君がいたからさ、
結構前から眺めてたんだけど
すごい集中力だったね。
全然気づいてくれなかった(笑)』


彼がスーツを着ていることから、
仕事終わりに友達と飲んでいた事が分かる。


今はもう2時半だぞ。
一体いつから見ていたんだ…


掛けていたメガネをそっと外して
テーブルの上に置く。
メガネ姿を人に見られるのは恥ずかしい。

それを手に取ってレンズを覗き込む天パ男。


『うわ、度強いね。
俺といい勝負かも。』

『天…あなたも目悪いんですか?』

『え、今天パって言おうとした?』

『いえ…』

『失礼なやつ』

『その言葉そっくりそのまま返します』


何が面白いのかケタケタ笑う天パ男。


『俺ね、福田悠太っていうの。
福ちゃんって呼んでもいいよ。』


そう言いながら今度は私のパソコンを覗く。


『これやってたの?』

『はい。明日の…てもう今日か…
朝一で本部に提出らしくて。』

『ふ〜ん』

『間に合って良かった…』


背もたれに体を預けながら
もう氷が溶けて薄くなった烏龍茶を飲む。

頬杖つきながらパソコンを見つめていた
福田くんが不意に口を開く。


『俺さぁ、何で君がフリーターやってるのか
ちょっと気になるんだよね。』

『…はい?』

『アレからあのお店…居酒屋ね。
ちょいちょい行ったんだけどさ、
いつ行っても君いなくて。』

『…』

『あの若い男の子は何故か毎回いてさ、
仲良くなっちゃった(笑)』

『…はぁ…』

『で、君のこといろいろ聞いたら
バイト3個掛け持ちしてる
フリーターさんだって聞いて。』


あの後輩野郎…
ペラペラと人のこと喋りやがって。
…後でシメる。


『あの居酒屋でも店長から
信頼されてるみたいだし、
この仕事だってバイトがやれるような
内容じゃないと思うんだよね』


そう言いながら
パソコンをスクロールする福田くん。


『見たところ仕事が出来ないわけでも
ないみたいだし…
バリバリ働けると思うんだけど。』

『…』

『実際に正社員にならないかって
言われたりしないの?』


全くもってその通りである。
自分で言うのもおかしいがこれでも仕事は
それなりにこなせる方だと思う。

そして彼の言う通り、
オフィスワークのバイト先では
正社員の話しもフワッとではあるが
受け入れたいとも言ってもらえている。

ただ、違うのだ。
私の中で何かが違うのだ。


前の職場を辞めて、
正社員という枠から外れた私が感じたのは
紛れもなく自由だった。

フリーターであることこそが、
私の自由の象徴なのだ。


そりゃ正社員がいいのは分かってるけど…


自分を否定されたような気持ちになって
伏し目がちになる。

福田くんはふいに手を伸ばしていきなり
私の鼻をギュッとつまんだ。


『なんか嫌な質問しちゃったね』

『いや…すみません…』

『こちらこそ。ごめんね。』


そう言って鼻を摘んでいた手を解放する。
結構力が強かったから
ファンデーションが剥げていないか
少し気になる。


『これからどうするの?
朝までここにいるの?』

『え、あ。どうしよう…かと』


今タクシー使って家に帰っても
お金がもったいないのはもちろんの事。

朝一、本部へ行く前のアキラさんに
渡せるよう出勤する為に
早く家を出なくちゃいけないから
ほとんどゆっくりする時間なんてない。


迷っている私を見かねたのか、
福田くんが声をかけてきた。


『仕方ないなぁ…付き合ってあげるか。』

『へ?』

『何時に会社開くの?』

『7時には…』

『よし、なら5時間みっちり
俺の釣りトーク聞かせてあげる』

『いや、悪いですよ!
本当に大丈夫ですから!』

『いいのいいの。その代わりに
パンケーキ注文させてもらうから。』


そう言ってまたケタケタ笑いながら
メニューを開く福田くんに少し救われた。


『太りますよ、こんな時間に食べたら』

『俺ね、食べてもあんまり太らないの』

『女の敵ですね』

『まぁね』

『なら、好きなもの食べてください。
ご馳走します。
そしてお付き合い願います。』


私は彼に深く頭を下げた。




【続く】


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