さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

福田くんってさ。【7】

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翌日の居酒屋バイト。
私は出勤時から気が気でなかった。


福田くんが来るというだけで
なんかフワフワして仕事に集中出来なかったのだ。


『今のお客様、○○さんの友達って言ってましたよ!』


さっきお客様を案内していた子が
伝えに来てくれた。

最近入ったばかりの新人で、
バイト生の中で1番若い16歳の女子高生。
無邪気ですごく可愛い。


『11卓にいる4名様です!』

『了解。ありがと。』


お礼を言って11卓に向かおうとすると
女子高生ちゃんに腕をガッと掴まれた。

突然のことに少しびっくりする。


『○○さん!お友達めっちゃイケメンですね!』

『…そ、そぉか…?』

『イケメンですよ!!』

『…はぁ』

『紹介してくださいよ!』

『…お?』

『紹介です!』

『紹介…』

『はい!わたし特にちょっと派手めの服着てる人、
顔チョーーータイプだったんで
その人紹介してくださいっ!』


お願いしますよぉ〜


そう言いながら上目遣いをして
腕をぐいぐい引っ張ってくる。


派手めの服…たちゅみさんかなぁ。


前にお店に飲みに来た日も
お正月にみんなで福田くん家に行った日も
たちゅみさんはなかなか派手な
私服だったことを思い出した。


確かにたちゅみさんは可愛い顔してるし
あの顔を好む人たくさんいるだろうから
女子高生ちゃんが紹介して欲しがるのも
無理ないと思う。


『じゃあ話しとくよ』

『本当ですか!?やったぁ!!』

『うん。ただ、あの人29歳だよ?』

『…え…?』

『29歳』

『…まじすか?』

『うん。』

『結構年上なんすね…』


ショボーンの顔文字のような顔になった
女子高生ちゃんを思わずギュッてしたくなる。


『可愛い顔してるもんね、あの人』

『てっきり○○さんと同じ年かと思ってました…』


私も福田くんのことを年齢聞くまで
もっと年近いと思っていたし…

それを考えると、
たちゅみさんも私と同い年くらいに
見えないこともない。


『今いくつだっけ?』

『わたしですか?誕生日まだ来てないんで16です』

『13個年下か』

『相手にして貰えないじゃないですか…』

『そんな事ないと思うけど』

『向こうからしたら
わたしなんてただの子供ですよ』


私の腕を力なく離す女子高生ちゃん。


『運命の出会いだと思うくらい
顔タイプだったのに…
観賞用イケメンリストに入れておきます…』


そう言ってトボトボ歩いていく女子高生ちゃんが
今時の子で可愛いなぁと思いながら
少し離れたところにある11卓に向かった。





着いた11卓。
でもなかなか部屋に入れない。

なんか少し緊張する。


昨日の福田くん、少し怖かったし…
またあんな感じだったら嫌だな…


あまり乗らない気持ちを奮い立たせて
深く深呼吸して、扉に手をかけた。


よし。いちにのさん、で開けよう…


そう心に決めて小さく呟く


『…いち、にの…』


ポンッ


『ッッ!!???』


いきなり叩かれた肩がビクッと跳ね上がる。


『え、そんなに驚く?』

『…福田くん…』


振り返ると、私の肩に手を置く福田くんがいた。

昨日の低い声を出してた人と同一人物か
疑いたくなるほどに笑顔。


『トイレから帰ってきたら
扉の前で立ち尽くしてるから。
どうしたのかと思った』


昨日のことなんて何もなかったかのように
ケラケラ笑う福田くんにちょっと拗ねる私。


『…別にどうもしないし…』


それに気づいたのか、福田くんが
少しだけかがんで私に目線を合わせてきた。


『…昨日ごめんね?』

『…』

『許して?』

『…』

『…ね?』

『ちょっと、怖かった…』

『うん、ごめんね』

『…』

『俺まだガキだからさ』


福田くんをガキだなんて思ったことないけど
同じ目線の先にある福田くんの顔が少し近くて


『許すも何も最初から怒ってないし…』


可愛くない言葉しか言えなかった。


怒ってないとか言いながら
不貞腐れた顔をする私の頭を
ポンとしてから福田くんは扉を開けた。


中にいたのは案の定、
お正月の時のメンバーだった。

そしてたちゅみさんが着ていた服が
オレンジのヒョウ柄みたいなニットだったから
女子高生ちゃんが言ってた人は
やっぱりたちゅみさんだったんだなって確信した。


『○○ちゃん久しぶりー!元気だった?』


みんながたくさん話しかけてくれる。
自然と笑顔になる。


『ちょっとだけ太りました』

『ちょっとだけじゃねーだろ、この顎(笑)』


エヘヘと笑う私の少し二重になった顎を
ギュッとつまむ福田くんに
3人ともビックリしていた。


『そこ、いつの間にそんなに仲良くなったの?』


私と福田くんを交互に見ながら
聞いてくるたちゅみさんに


『え〜、秘密。』


って福田くんが言うから
なんかよく分からないけど
怪しい感じになっちゃってすごく恥ずかしかった。


『あ、そうだ。たちゅみさん!
さっき女子高生の子がたちゅみさんの事
めっちゃイケメンって言ってましたよ!』


恥ずかしさに話題を変えた。


『女子高生っ??』


嬉しそうな顔を
私に向けてくるたちゅみさん。


『はい、案内したスタッフの子です。
最近入ったばかりなんですけど、
すごく良い子なんですよ』

『へぇー』

『でもたちゅみさんの年齢知ったら
自分みたいな子供は相手にされないって
嘆いてました(笑)』

『え〜なにそれ(笑)』


まんざらじゃなさそうにニヤニヤするたちゅみさん。


『観賞用イケメンリストに入れておくそうです』


さっき女子高生ちゃんが言ってた言葉を伝える。


『俺は年齢全く気にしないのになぁ〜』


そのたちゅみさんの言葉に


…この人やっぱり天才的にモテるな…。


改めてそう思った。

福田くん達のいる卓から離れ
スタッフが待機しているところに戻ると、
女子高生ちゃんがいたので


『たちゅみさんは年齢気にしないらしいよ』


と伝えたら、


『ええ〜〜。やめて下さい〜〜。
そんな事言われたら好きになっちゃう〜〜』


両ほほを抑えながらそう言ってて
もう付き合っちまえよお前ら。
って、思った。




『○○ちゃん、手空いたら発注お願いしていい?』


店内も少しずつ暇になってきた頃、
店長にそう言われた。


はーい、と返事をして
入り口付近のレジの横にある
パソコンを使ってカタカタと発注品を
入力していると目の前に伝票が置かれた。


『お会計、お願いしていいかな?』


目線を上げた先にいたのは
私が今最も会いたくない人物だった。


『昨日のご飯、満足してもらえたかな?』


今日も後輩という名の手下を連れて
傲慢な態度で話しかけてくるシャア。


なんで2日連続で顔合わせなきゃならないんだ。


『…ごちそうさまでした…』


聞こえるか聞こえないかギリギリの声で言った。


『他にもいいお店いっぱいあるんだよね』

『…』

『行こうね』

『…』

『ご馳走してあげる』

『…』

『今度は店長抜きの2人でね』

『…4920円です』


伝票番号を打ち込んでお会計をする。


さっさと帰れ。
こっちは喋りたくもないし顔も見たくないんだ。


ヤレヤレって言いたそうな顔をしながら
シャアが出してきたクレジットカードの端を
指でつまんで受け取る。

シャアから渡されると何の罪もない
カードさえも不潔に感じてしまう。


『お客様控えです』


愛想なくレシートとともにカードを差し出すと
受け取ろうとしたシャアにそれごと手を掴まれた。


『…なんですか』


嫌な気持ちをもろ顔に出して聞く。


『○○ちゃんさぁ…』


ニヤリと笑ったかと思ったらグッと腕を引かれた。
嫌でも顔が近づく。


反射的に顔を背けた瞬間に


『あんま調子乗らない方がいいよ?』


シャアのささやく声が聞こえた。


あまりの気持ち悪さに固まって動けない私の手から
器用にカードとレシートを抜き取った彼は
後輩に行くぞ、と声をかけお店から出て行った。


帰り際にシャアの後ろからずっと私を睨んでいた
後輩という名の手下に


『性格ブス!』


と吐き捨てていったのが笑えた。



…にしても気持ち悪い。
なんなんだあいつ。マジきもい。
あー吐きそう。


掴まれた手をエプロンにゴシゴシ擦りつけた。


『んぁぁ〜〜ッッ…!!気持ち悪ぃぃ〜〜ッッ!!』

『心の声丸出し』

『ぎゃッッ…!!!』


振り返るとポケットに手を突っ込みながら
立つ福田くんがいた。


『…なんだまた福田くんか…』


げんなりした声で言う私。


『俺じゃ不満か』

『お願いだから普通に出てきてよ』

『普通にしてるつもりですが』


後ろに立って淡々と喋る福田くんを見上げると
随分とお酒を飲んだのか
さっきよりも赤くなった顔で
ジッと私を見つめていた。


『え、何?』

『…さっきの人が昨日電話で言ってた人?』


福田くんの声が少し低くなった。
昨日の電話を思い出させる。


『…さっきの見てたの?』

『…ねぇ、あの人がそうなの?』


会話がかみ合わないし
このままじゃ埒があかなそうだったので
答えたくもない質問に答えた。


『そうだよ…』


声が低い時の福田くん、苦手かも。
眉毛も垂れてないし。垂れるどころか、
ピッと上がってなんか目つきも怖い。


『ふーん…』

『…なんなの?』

『気をつけなよ』

『…へいへい』


昨日から気をつけろ気をつけろって。
一体何を気をつけるのよ…


そう思いながら適当に返事をして
パソコンに戻ろうと歩き出すと
後ろから両肩を掴まれて
無理やり福田くんの方を向かされた。


『…冗談抜きで。気をつけて。』


超ビビる私の顔をじっと見つめて
ガチでそう言う福田くんの低い声と表情に
もはや私は半泣きになりかけながら


『…ハィィ…』


と、情けなく返事をした。



なんで福田くんがそんなに何回も
気をつけてって言ってきたのか。
こんなにも怖い雰囲気だったのか。

その理由を知ったのは、
それから数週間後の自分の誕生日だった。




『○○ちゃんッ!』


オフィスワークの方のバイトに出勤したその日、
朝一番廊下で会った姐さんに
いきなり抱き締められた。


『姐さん!?』

『お誕生日おめでと〜〜ッッ!!!』


姐さんはそう叫びながら
私にピンクのリボンが掛かった小さな箱をくれた。


『○○ちゃんの誕生日祝うのももう3回目だし、
今回アタシ奮発しちゃいました♡』


開けてみて!
と急かす姐さんの声にその箱を開けると、
中には私の名前が彫られた
ピンク色のリップが入っていた。


『…ね、ねねねね姐さん…ッ!!!
コレってとってもお高いんじゃ…!?』


若い女の子がこぞりこぞって買っては
SNSにアップしているのを見ていたから
値段は知っている。決して安くはない。


『だから言ったじゃない。奮発したって!
どう?気に入ってくれた?』


目の前で微笑む姐さんに
今度は私の方から抱きつく。


『姐さん大好き!!大切にします!!
本当にありがとうございます〜〜!!!』


朝からオフィスで抱き合ってる女2人に
周りの男性社員はみんな怪訝な顔で見ていたけど
姐さんと私は全く気にならなかった。


大好きな姐さんからのプレゼントを
カバンの中に大切にしまって、
仕事に取り掛かった。


その後も一日中、いろんな人に
誕生日おめでとうって言ってもらえて、
アキラさんにはランチをご馳走してもらって

退勤時間になったので上がろうとしたら
いきなりオフィスの電気が消えて
奥からロウソクの灯ったケーキが出てきた。


みんなが歌ってくれたちょっと音の外れた
ハッピーバースデーの歌も、
デロデロにロウソクが溶けたケーキも
最高に嬉しかった。


私って最高に幸せ者だな…


そう思いながら地下鉄へと乗り込んだ。

春が近づいて来たのか、
10時過ぎでもあまり外は寒くなかった。


家に帰ったらさっきもらったケーキ食べて〜
紅茶もいれなきゃ〜


さっきもらったケーキの箱を抱えながら
これから家で行おうとしている
1人パーティの内容を考えて
ルンルンで改札を抜けて歩き始めた。


少し歩くと、信号が青になっているのに
渡らずにずっとこっちを見ている
人影がいることに気付いた。

そこを通らないと帰れないから
少しずつ近づく。

そして、その人影と目が合った瞬間に
ヒヤッと背筋が凍った。


『…おかえり、○○ちゃん。』


それは私を待ち伏せしていたっぽい
シャアだった。


なんでここにいるの?
なんで私がこの駅で降りるって知ってるの?
どこまで私の情報こいつに漏れてんの?


頭に色々な疑問が浮かんで
気持ち悪いと思うよりも、
何故かすごく嫌な感じがした。
冷や汗が止まらない。


『今日誕生日って聞いたから、お祝いしたくて』


バクバクなる動悸を感じながらも
小さく深呼吸をして冷静を保つ。


このまま家に向かっちゃったら
住所まで知られちゃう。
とりあえず駅に戻ろう…ッ


そう思った私はくるりとUターンして
もう一度駅の方へ歩き出した。


『まぁそんなに怒らないでよ。』

『…』

『お祝いしたかっただけなんだ』

『…』

『ご飯でも行こうよ、ね?』

『…』

『おーい、聞いてる〜?』

『…』

『○○ちゃ〜〜ん』


スタスタ歩く私の後ろを付いてくる。

その間もずっと話しかけてくる声を
無視して歩くと、
あの駅前の公園が見えてきた。


よし、駅までもう少し。


そう思った瞬間にものすごい勢いで
腕を引っ張られた。

何が何だか分からないまま
公園に引きずり込まれる。
あまりの突然さに声も出ない。


私を公園に引っ張り込んだ張本人のシャアは
痛いくらいに私の腕をギリギリと握った。

そしてその腕の強さとは裏腹に
気味が悪いほどの甘い声で話しかけてくる。


『○○ちゃんってさぁ、
バイト何個も掛け持ちしてるんでしょ?』


眉間にしわを寄せながら何も反応しない私に
ベラベラ1人で話す。


『今日この事も話したくて待ってたんだ…

○○ちゃん今彼氏いるの?
まぁいても別にいいんだけどさぁ。

○○ちゃん、僕の恋人にならない?』


頭が痛くなってくる。
何言ってんだこいつ。さっさと手ぇ放せ。


『バイト何個も掛け持ちって大変でしょ?
なら僕の恋人になればいいじゃん!

簡単だよ。僕の恋人になるの。
週1くらいで夜ご飯一緒に食べて、
そのあと遊んでくれればいいの。
悪い話じゃないと思うんだよね。

もちろんタダでなんて言わないよ?

月に20万でどうかな?
あ、でも○○ちゃんなら若いから
30万出しちゃうよ!』


その人の言う、遊んでくれればいい。が
何も意味するのかなんて嫌でも察しがつく。


なんでこいつが私にこんなに固執するのか分かった。
あの居酒屋のバイト生にはもっと若い子も
可愛い子も、たくさんいるのに。
なんで私なんだって。

きっとこういう女の子にばかり目をつけて
その恋人とやらにするんだろう。

お金に困ってそうだと思ってんのか。
舐めんなクソが。

こんな奴と話すなんて時間の無駄でしかない。


ほんと早く家に帰りたい…と思いながら
公園の入り口に目をやると
さっきまで私が手に持っていたケーキの箱が
逆さになった状態で地面に落ちているのが見えた。


『…ぁ…』


みんなが買ってきてくれたケーキ。
みんながハッピーバースデー歌ってくれたケーキ。

私の目線と声で、ケーキの存在に気づいたシャアが、


『ケーキなんて後で僕が買ってあげるから、
それより…』


それでもまだ話を続けようとするから、
ついに私の中の何かがキレた。


『…結構です。』


そう言った私の声は
明らかに怒りを含んでいた。


『…お断りします。
やる訳ないじゃないですか、そんなこと。

そんな交流をお金で買って悲しくないんですか?
本当人格疑います。

馬鹿にしないでください。
そういう相手が欲しいなら
どうぞ他を当たってください。

失礼します。』


怒りに任せて
一気にまくし立ててやった。

掴まれていた手も乱暴に振り払う。


もういい。家に帰ろう。
きっと最寄り駅知ってるんだから
住所も知ってるだろ。


ハッキリ言ってやったことに
少しスッキリして背中を向けて歩き出したら、
ずっと下を向いたまま押し黙っていたシャアから


『こっちが下手に出れば
いい気になりやがってクソガキ…』


小さな声が聞こえて、
さっき払いのけた手をまた
引き抜かれる位強く引っ張られた。


『馬鹿にすんじゃねぇぞ!!!』


振り返らせられた先に
見たことないくらいに
鋭くなった目をしたシャアがいた。


彼は怒鳴られて固まる私の唇に
自分のそれをいきなり重ねて来た。


『…ん…ッ!?』


驚愕して仰け反った私の身体を
ガッチリと抱き固め
押し入れてきた舌で口内をかき回す。


今自分が置かれている状況がだんだん分かってきて
気持ち悪さに叫びながら暴れた。


『やだッッ!!!気持ち悪いッッ!!!
離してッッ!!!いや…ッッ…!!』

『てめ…ッ』


相手の声とともにボコッと鈍い音が聞こえた。

感じる左頬の痛み。
地面に倒れる体。


自分が殴られたことに
すぐ気付けなかった。


投げ飛ばされた先の地面は
昨日の雨のせいで泥だらけで、
私の体や顔は泥でぐっちゃぐちゃになっていた。


『あんま調子のんなって言ったよなぁ?』


もう完全に焦点が合っていない
瞳孔全開の目で見つめてくる。


怖い…
怖い怖い…


ジリジリとこちらに近づいてきて
私の襟を掴んで無理やり立たせる。


荒い息遣いとともに彼はまた右手を振り上げた。


…殴られる…ッッ!!!


そう覚悟して目をきつくつぶった瞬間に
身体がまた地面に投げ飛ばされた。

人の叫び声だか大きな物音だか
すごく大きな音がその場に響いて、
目を瞑ったまま耳も塞いだ。


何が起きたか分からなかった。
ただ怖くて目も開けられないまま
耳を塞いで泥まみれになりながら
地面で丸くなった。


『○○!○○!』


どのくらいの時間が経ったか、
微かに名前を呼ばれる声と
肩を揺すぶられる感覚に恐る恐る目を開けた。


頭の中がハテナでいっぱいになる。

でも、そこにシャアの姿はどこにもなくて
その代わりに私の目の前にしゃがんでいたのは


『…ふくだ、くん…』


紛れもなく今私がきつく瞑った瞼の裏で
助けを求めていた人物だった。


『○○…もう大丈夫だから』


いつもと違って珍しく余裕なさそうに
息を切らしてる福田くんがそう言った。


『…福田くん』

『うん』

『…』

『…大丈夫だよ』


優しい声でそう言いながら手を差し出してくる
福田くんの手にゆっくり自分の手を乗せた。

大きくてあったかい彼の手に強くギュッと握られた。


『…帰ろう。』

『…ん…』

『立てる?』

『…たて、る…』


福田くんに肩を抱かれながら
よろよろと立ち上がった。

手を引いて歩き出そうとする福田くんに


『ケーキ…』


と小さく言うと、
最初は戸惑っていたけど
地面に落ちてる白い箱を見つけて


『あぁ、』


と一言言ってから特に何も聞かずに
その箱を拾ってくれた。



一歩前を歩く福田くんに
手を引かれながら家まで歩いた。


『…福田くん…なんで、あそこにいたの?』


素朴な疑問を投げかけてみると


『コンビニ』


苦手なあの低い声でそう答えられた。
だからそれ以上話し掛けられなかった。


私の家まで送ってくれた福田くんは
もうその場で帰るのかと思いきや
普通に家に上がってきた。

男の人どころか友達も家に上げたことが
なかったから少し焦った。


『今あなた本当に酷い状態だから
とりあえずお風呂入って綺麗にしてきなさい。』


私の背中をポンと押してそう言った福田くんが
リビングの方に歩いて行くから


『あ、暖房…』


と、私もリビングに向かおうとすると


『俺のことはいいから。
先に自分のことして。』


振り返りながらそう言われたから
大人しくお風呂に入ることにした。


扉を開けて洗面台の鏡を見た瞬間に
ビックリした。

左頬が真っ赤に腫れてるし、
頬骨のあたりなんて少し紫になってる。
顔も髪も、服だって泥だらけだし…


『…妖怪みたい…』


頬についた泥を拭いながら浴室へと向かった。




全身を擦るように洗って、
歯茎から血が出るくらい歯磨きした。

髪は洗っても洗っても
ジャリジャリした泥がなかなか無くならなくて
いつまでもシャアの感覚が落ちないみたいで
たまらなく嫌だった。




カラカラカラ…


その辺の適当なTシャツとジャージに着替えて
お風呂場のドアからそろりと顔を出して、
廊下の先にあるリビングに目を向けた。

何も音がしないリビングに
一瞬福田くんはもう帰ったのかと思ったけど


『○○?上がったの?』


私の名前を呼ぶ福田くんの声が聞こえて
まだ、いてくれたんだ…って思った。


『…上がった…』


小さな声で答えながらリビングへ入ると
ソファに座ってる福田くんがいた。

どうしていいか分からず、
入り口で突っ立ったままの私に


『ケーキ、さ』


下を向いたままの福田くんがいきなり口を開いた。


『中見てみたんだけど、
ちょっと食べられる状態じゃなかった』

『そっか…』

『一応キッチンの上に置いといたけど、』

『うん…分かった。捨てとくから大丈夫…』

『…』

『…』


もう帰ってもらおうかな。
この重い空気に耐えられなくて
帰っていいよと伝えようとしたら
福田くんがいきなりソファから立った。


『…こっち座って』


自分が座っていたソファを指差して
私にそう言ってくる彼に従って
福田くんの隣まで行ったら、
肩を押されソファにぽすんと座らされた。

そして私をソファに座らせた後
私の目の前に床にあぐらをかくようにして
福田くんが座ってきた。


『…』

『…』


どこを見たらいいか分からなくて
ずっと、下を見ていたら
膝の上に乗せていた手を
いきなりギュッと握られた。


『…今日、誕生日だったの?』


そう聞いてきた福田くんの声は
なんだかとても辛そうだった。


『…うん…』

『…やっぱり。さっき見たケーキにチョコの
プレートのってたから…そうかなって』

『…うん、』


私の手を握る福田くんの手がすごく熱い。


『俺さ、あの人知ってるんだよね』

『あの人?』

『さっきの…公園の…』


福田くんが確信的なところに触れないように話す。


『同じ会社なんだよ、あの人と俺。』


その事実に少しびっくりして
手がピクッと反応してしまった。
それに気づいた福田くんが私の手を
さらに強く握った。


『部署が違うから向こうは俺のことなんて
全然知らないだろうけど、
あの人社内で結構有名でさ』

『…』

『なんかいろんな女の子と関係持ってるとか
しかもそれがお金絡んでるとか…
そういう噂ばっかり聞く人でさ』

『…だから気をつけろって言ってたの?』

『…まぁ…』

『…そっか…』


福田くんが話してる社内で噂になってる話と
私がシャアから聞かされた話が全く一緒で
やっぱりそういう事なんだって
変なところで納得した。

私の事も社内にいるそういう話に乗っちゃう
馬鹿な女の子たちのうちの一人にしようとしたんだ。


怒りは込み上げてくるけど
もう何もかもがどうでも良くなってきた。

ただ、シャアにされた変えようのない事実だけが
脳裏に焼き付いて。
気持ち悪くて気持ち悪くて。


無意識のうちに自分の手の甲で
唇をひたすらに擦っているのに気づいたのは、
福田くんにその手を止められてからだった。


『強くこすりすぎだから』

『…あ、』


そこで初めて自分の行動に気づいた私に
福田くんが聞く。


『○○さぁ…』

『…』

『…なんで泣かないの?』

『…ぇ?』

『いつもはすぐビービー泣くくせに』

『…』

『…なんで泣かないの?』


福田くんが上目遣いで私の顔を覗き込みながら
私の手を握っていない方の手で
私の肩にそっと触れた。


『…』

『…』

『…泣きたくないから』

『…ん?』

『あんな奴のせいで泣きたくないから…』


私のその言葉を聞いて
福田くんが小さくため息をついた。


『…本当頑固』


半分呆れた声でそう言われ、
下唇をギュッと噛んだ。

私の手を握ったまま、
床から立ち上がって
私の隣に座ってきた福田くんが


『じゃあさ、俺のせいで泣いてよ』


そう言った。


『…は?』

『俺のせい』

『…意味わかんな…ッ』


福田くんの言ってる意味が全く分からなくて
顔を上げようとすると、
いきなりペシンとほっぺを叩かれた。

全然痛くない。柔らかい平手打ち。


ビックリして福田くんを見つめたまま固まる私。


『痛い?痛いよね。
俺が今叩いちゃったんだもん』

『…』

『俺のせいでほっぺこんなに腫れちゃったね』

『…』

『泣いていいよ?』

『…ッ…』

『俺のせいだから』


柔らかく平手打ちしたその手で
私の赤く腫れた頬を優しく撫でた。

その大きな手のあったかさと優しさに
胸の中に詰まってた
黒いドロドロがブワーっと溢れてきた。


福田くんのせいな訳がない。
どう考えても福田くんせいな訳がない。


だけど、いつまでも強がって
泣く事が出来なかった私を
甘やかせて、泣く理由をくれた事が
とても嬉しくて。

ボロボロと涙が止まらなかった。


『…怖かった…』

『うん』

『…怖かった…あ…』

『うん、怖かったね』


優しく私をなだめる福田くんの両手が
私の背中に回って
彼にきつく抱き締められた。


痛いくらいに抱き締められて、
もっと涙が止まらなくなって
福田くんの首に両腕を回して
しがみつきながら声を上げて子供のように泣いた。


福田くんの耳元で、
彼の言ったように“ビービー”声を上げて泣く私を


福田くんは腕の力を緩める事なく
ずっとずっと抱き締めてくれていた。







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スペシャル増刊号。
いつもの倍以上の文字数でお送りしました(笑)