さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

不器用なアイツ。【12】

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一度身についた習慣というものは
それは怖いものだ。


今日もまた、夜ケータイを起動して
無意識のうちに通話履歴を開いてしまう。


本当に、文明の利器とやらは
どこまでも便利で正確で…

それでいて容赦がない。


通話履歴には
しっかりと彼女の名前が残っている。


…この履歴を何度眺めれば
気がすむんだろう。


もう繋がらないのに…

かかってくることもないのに…


辰巳たちと電話することによって
少しずつ履歴から消えていく彼女の名前を
今日もまた1人
女々しい気持ちで眺めた。














『本当にごめん、福ちゃん』


目の前のマツが小さく見える。

シュンとした顔で
さっきからずっと謝るマツは
今にも泣き出しそう。


『いい加減しつけーぞ』


笑いながら言っても、
マツは相変わらず涙目。


仕事終わりに、
マツから飯いかないかと誘われて

明日も仕事だから
サッと食って帰れる定食屋に来た。


席に着いた瞬間からこれ。

何度も俺も悪かったって言ってるのに、
メニューを見る前にずっと謝罪。

注文をやっと決めてくれたと思っても
それでも謝罪。

頼んだものが運ばれてきても謝罪。


こいつはいつまで謝り続けるんだ…?


と、逆に実験したくなってくる。



もう俺の中では許してるし、
終わった話。

それにアレは完全に俺のために
マツがしてくれた事だから
マツに非はない。


それでもこうして顔見て、
ちゃんと謝ってきてくれるところが
こいつの良いところであり
俺が好きなところのうちの1つ。


『カバンの中、大丈夫だった?』

『あー、ぐっちゃぐちゃだったなぁ』


意地悪くそう言うと、
今度は顔を真っ青にしたマツは


『本当にごめん!!!』


と、馬鹿でかい声で叫んだ。



周りに座っていた客や店員が
謝り続けているマツをずっとチラチラと
見ていたのは分かっていたけど


そのでかい声についにコソコソと
小声で話し始めたのが視界の隅で見えて
さすがに恥ずかしくなる俺。


『おい、マツ顔上げろって』

『だって…』

『いいってば…!』

『だってさ…』

『おい』

『俺ッ』

『おい、マツ』

『俺、すげぇ好きなんだもん!!!』


その瞬間に店にいた全員が
口をあんぐりと開けて
俺ら2人を見た。


チーーーン。


120%勘違いされてるぅぅ〜〜。



『だからあんな事しちゃったんだよ…』

『ああ…』

『でも俺、すごい好きだからさぁ…』

『あ、うん…』

『ごめんな、福ちゃん』

『いいって…』

『でも、俺…』

『マツもうお前喋るな』


純粋でまっすぐなマツは
周りからの

“衝撃的なものを見た!”

的な視線にも気づかずに、
俺の言葉を素直に聞き入れて
目の前にあるもう冷めかけてる
定食に手をつけ始めた。


『…痴話喧嘩…』

『…ゲイ?…』


なんて言う小さな声が
どこからか聞こえて、
俺は頭を抱えながら白飯をかっ込んだ。



今日は俺がおごるから!


と、お会計をしてくれたマツに
礼を言ってバイクで家に向かって走り出す。


マツが帰り際まで何度も口にしていた。


2人が仲良くしてるのが
すごい好きだった。


2人が楽しそうに話しているのが
すごい好きだった。


その言葉がさっきから頭の中で
ずっとぐるぐる回ってる。



俺だって好きだった。

あの空気感が。

2人だけの空気感が。


“福田くん”って呼ばれるのが。



電話…かからないだろうけど、
今日の夜もう一回かけてみようかな…


なんて思いながら
バイクを走らせていると
少し先に誰かが立っているのが見えた。


『……ッ、』


真夏の夜の風が
喉を通ったのが分かった。

全身の血が巡る。

喉が乾く。




彼女が、アパートの前に立ってる。


髪型を変えたって分かる。

雰囲気というか、身体つきで分かる。


ハンドルを握る手に力が入って、
スピードを上げた瞬間に

背中を向けて立っている彼女の向かいに
知らない男がいる事に気づいた。

バイクのスピードは結構出てるはずなのに
スローモーションで動いてるように感じる。


彼女とその男に近づくにつれて
鮮明になっていくその様子は

俺には見るに堪えないもので…


彼女の手を取って、
顔を近づける男を視界にとらえたところで

俺の記憶は途切れた。



気づいたら家に着いていて。

よく無意識のまま運転して
事故らないで帰ってこれたなぁ
なんて思えた。


バイクから降りて車庫にしまいに行く
俺の口元には
なぜか笑みが浮かんでて、


『…クソ女…』


そんな言葉が
俺の口から飛び出していた。





世界がぼんやりして見えた。

寝てるんだか起きてるんだか
分からないような状態で

ずっとベッドの上でボーッとしてた。


部屋全体が明るくなってきて
鳥の鳴く声が聞こえて


あぁ、朝になったんだ


って思った。


あの時バイク止めて言えば良かった。

お前じゃ無理だよって。

お前じゃ泣かせられないよって。



…なーんて。

そんな事しても滑稽になるだけだし

第一、出来るわけもないくせに

自分がカッコつけられる妄想ばかりして。



…本当に惨め。


『…○○…』



今までどこにいた?

なんで急に消えた?

その男は誰?



…もう、俺の事忘れちゃった?




失恋をした事がないわけじゃない。

別れを経験した事がないわけじゃない。


でも、こんなに空っぽになるのは
初めてだった。





俺が失恋をしようが何をしようが、
世界は回り続ける。


いつも通り電車に乗って。

満員電車に体押し詰めて。

つり革に掴まって。

隣に立ってる太ったおじさんの
汗の匂いを鬱陶しく感じながら、
会社に向かう。


与えられた仕事をこなして、

やっぱり残業させられて。

合コンでいい感じだった子と
今度2人で夢の国に
デートしに行く事になった!

っていう先輩の惚気話を聞いてあげて。


…毎日が過ぎていった。


彼女が男を連れて俺の前に
戻ってきた事を、


辰巳にも

マツにも

コッシーにも


誰にも言えずに、
ただ毎日が過ぎていった。




でも、たまに思い出す。

というか脳裏に焼き付いて離れない。


あの時の光景を思い出す度に、
イライラするようになった。

あの日あの瞬間は
ビックリして
上の空だったけれど

日を追うごとに現実味を帯びてきた。


全然むり。
ムカつく。
突然いなくなって。
帰ってきたと思ったら男連れて。
触られて。
キスされて。

つーか、誰だその男は!


苛立ちを隠しきれずに
休憩室でコーヒーを飲みながら
貧乏ゆすりしまくっていると、


『お、福ちゃんお疲れ〜』

『あ、お疲れ様です。』


上司が手で挨拶をしながら入ってきた。

小銭を自販機に入れて
コーヒーのボタンを押す上司を見ながら

ふと、昔この人に
男が好きとか?って
ホモ説立てられた事を思い出して
この間マツと定食屋で男同士のカップルだと
思われた話をしようとしたら


『何カリカリしてんのー?』


と、上司の方から話しかけられた。


『最近さ〜』

『…はい?』

『福ちゃん、イライラしてる』

『…俺がですか?』

『うん』

『…最近?』

『うん』


自分の機嫌で周りに気を遣わせるのが
死ぬほど嫌だから、
表に出さないようにしてたのに

…どうも出ちゃうくらいには
イライラしてたみたい。


『…すいません…』

『別に謝らなくていいよ、
人間誰しもあることだよ』

『…はぁ』

『で、どうしたの?彼女と喧嘩?』

『は?』


驚きのあまり、上司に向かって
失礼な言葉が飛び出す。

慌てて口を押さえて
すみません…と、言う俺に
上司は何も気にしてない感じで


『彼女!』


話を続ける。


『いや、彼女なんていないって
前からずっと言ってるじゃないですか…』

『またまた〜しらばっくれちゃって!』

『いや…』

『マドンナ!彼女なんでしょ?』


上司の口から飛び出した
同期の会社でのあだ名に心の底から驚いた。

いつからどこでそんな話になってるのか。

頭の中の処理が追いつかなくて
その場に立ったままの俺に上司は
楽しそうに続ける。


『いや〜いいよね、あんな美人と付き合えて!
マドンナ射止めるとかすげーな、福ちゃん。
泣く男社員いっぱいだよきっと』


ニヤニヤする上司に、固まる俺。


『いや…付き合って無いっすよ…』

『え?そうなの?』

『ちょ、待って…
誰から聞いたんですか?それ。』

『んー?マドンナちゃんが
それっぽい事言ってたから。
みんな知ってるよ?』


その言葉に、目をつぶって
俺は大きくため息をついた。






足早にそいつがいる場所に向かって、
勢いよくドアを開けた。


『…きゃッ!ビックリした!』


いつもと同じ場所で、
昼飯を食ってる同期の元に近づく。

驚いた顔をしながら
こっちを見ているその細い腕を掴む。


『ちょっと来て』

『え?今お昼食べて…』

『いいから』


被せ気味にそう言って
そのまま無理やり腕を引っ張った。



空いてる会議室に同期を押し入れて
自分も中に入ってから
しっかり鍵を閉める。


『…どういうこと?』

『…え?何が?』


ただならぬ雰囲気を
察してはいるけども、

なんで俺が怒ってるかまでは
分からないらしく、困惑している。


『俺ら、付き合ってないよね?』


そう言うと、
同期は俺から目をそらして押し黙った。


『ちゃんと違うって言って。
勘違いされてるっぽいから。』


ハッキリそう告げた俺に、
同期は必死に笑顔を作りながら明るく振る舞う。


『別にわざわざ否定しなくても良くない?
悠太だっていつもそう言ってるじゃん。
言わせたい奴には言わせとけって』


前までは別に言いたい奴には
言わせとけば良かった。

真実をわざわざ言う必要もないって。


でも、今は…


『俺好きな奴いるから、無理。』


消えた理由は分からないし、
あの男が恋人だろうと
やっぱり俺が好きなのは彼女。

ムカつくのもイライラするのも
彼女のことがまだ好きななによりもの証拠。


彼女を想うこの気持ちに
誠実でいたい。


『…それだけ。悪いね、飯中に。』


背を向けて、
会議室から出ようとした俺の背中に


『…それってあのファミレスの子?』


同期の声が届く。

思わず足を止める。


『…その子は、悠太のこと好きなの?』

『……』

『悠太のこと考えないで
すぐどっか行っちゃうような子だよ…』

『……』

『そのくらいの気持ちの子だよ』

『…は?』

『あの子、悠太の事好きって
一言も言わなかったよ…!』


頭が真っ白になった。
何言ってんのこいつ…


『ちょっと待って…
お前さっきから何言ってんの…?』


振り返った先には同期が
涙を流しながら立っていた。


『お前…あいつになんか言ったの?』


俺の言葉に反応せずに
荒い呼吸を繰り返しながら涙を流す。

でも、泣いている事なんて
構っていられない。


『なんとか言えよ…』

『……ッッ…』

『あいつが急に俺の前から
いなくなった事になんか絡んでんの…?』

『……』

『おい!』


怒鳴り声に近い声とともに、
肩を掴んだ俺に
同期がビクンと身体を揺らした。

少し震えているその手を
強く握りしめたかと思ったら、


『…悠太が悪いんじゃん!!!』


そう叫びながら涙で真っ赤になったその目で
俺を強く睨んだ。


『私はあの子なんかよりも
ずーっとずーっと前から
悠太の事が好きだったんだよ!?

なのにこんなのひどいじゃない!
ずっとずっと側にいたのに!
なんであの子なのよ!!

ちょっと言われたくらいで
悠太の前からいなくなるような子だよ!?

私の方が絶対悠太のことが好き!
私はちょっと言われたくらいじゃ
絶対に引かない!!!

そのくらい悠太の事が好き!!』


目の前で泣き叫ぶ同期に、


『お前そん…ッ』


そんな奴じゃ無かったじゃん。
その言葉を飲み込んだ。

だって“そんな奴”にしたのは
紛れもなく俺だったから。


同期からの気持ちには少し気づいてた。

告白してこなかったから
振ることが出来なかったのは確かだけど、

もっとハッキリした
態度をとらなかった自分が悪い。


いろんな男に愛想振りまいてた同期のことを
俺こそ咎める権利なんてなかったんだ。


『悠太…』


胸に縋り付いてくるその細い肩を
引き離すことも、受け入れることも
今の俺には出来なくて…

ただ立ちすくんで彼女の嗚咽だけが
ずっと響いてた。











昼休みが終わって自分のデスクに戻ったけど、

隣の席に来るはずのの同期は
いつまで経っても戻って来なかった。

先輩に聞いたところ
体調不良で早退したらしく、


『本当に顔真っ赤にして辛そうだった…
マドンナちゃん…』


って言う先輩の言葉に、
なんとも言えない気持ちになった。


あの後、一頻り俺の胸で泣いた同期は、
彼女との間にどんなことがあったのか
泣きながら教えてくれた。



悠太をあの子に取られたくなかったの…



その言葉から始まったその話は
俺が知る由もなかった事だった。




何度も忘れようと思った。

何なんだよあのクソ女って思った。

もう知らねぇって思った。


…でも、やっぱりダメだ。

たまらなく好きだ。


『なんで俺に言わなかったんだよ…』


もうどうにもならない彼女への想いが
また大きく膨れ上がった。







***






満員電車並みにギュウギュウな人混みの中、
仕事終わりのスーツのまま
ひたすらに目的地に向かって歩く。

人の多さと暑さにうんざりしながら
やっと着いたその場所では


『遅いよー福ちゃん。』


大好きな3人が、
簡易テーブルと椅子が並べられた
飲食スペースで
ビールを飲みながら俺を待っていた。


『なんで祭りに男4人で
来なきゃなんねーんだよっ』


皮肉っぽくそう言う俺だけど、
本当はウッキウキで


『顔笑ってるよ?』


俺の顔を覗きながらそう言ってきたコッシーに
ここに来る途中にあった出店で買った
食パンマンのお面をプレゼントしてあげた。


『なんだよこれ!』

『コッシーがいたから買ってきた』

『いらねぇよ!』


高音でキレてるコッシーを無視して、


『辰巳はカレーパンマンな。
マツはバイキンマン
俺は主役のアンパンマン。』

そう言いながら、
2人にもお面を渡すと


『金の使い方間違えてるよ』


って辰巳に笑われた。

マツは満足そうにバイキンマンのお面を
頭に乗っけてた。







『雄大遅いね。大丈夫かな?』


コッシーが言う。

ジャンケンで負けて、
買出し係になった辰巳がなかなか帰ってこない。

確かに、人の多さがあったとしても
ちょっと遅過ぎる。


『ナンパでもしてんじゃねーの?』


俺のその言葉に3人で、
まさかーwww
ってゲラゲラ笑ってたら


『え!?本当に女の子連れてんだけど!』


俺の向かいに座ってた
コッシーが叫んだ。


は?マジでナンパしてたのあいつ?


信じらんねぇ(笑)
って思いながら振り返った瞬間に、


心臓がドクンって音を立てた。



…彼女だった。


紺の浴衣を着て、髪飾りつけて、
辰巳に連れられて歩いてきてるのは

あの日俺がアパートの下で見た
彼女だった。


辰巳と話をしながらこっちに向かって
歩いてくる。


どうしていいか分からなくなった俺は
とりあえず目の前にあった
アンパンマンのお面を顔につけた。


辰巳と彼女、
2人の足音が聞こえる距離まで来た瞬間に


『○○ちゃんじゃん!』


コッシーが彼女に気付いた。

すぐ近くまで来た彼女と辰巳。

俺以外の3人が、
彼女に話しかけているのに
彼女はその質問に1つも答えないで

俺の方をじーっと見る。


『…何被ってんの?福田くん…』


彼女のその声に一気に心拍数が上がって
泣きそうになった。


『いや、僕福田じゃないですよ』

『…は?』

『僕アンパンマンです』

『何言ってんの?福田くん。』


…あぁ、やっぱいいなぁ、
この福田くん呼び。


名前を呼ばれただけで
馬鹿みたいに喜んで泣きそうになってる
自分に自嘲的に吹き出した。

お面を外すと彼女がしっかりとそこにいて
困惑した顔で俺のことを見ていた。


『さー食べよ食べよー!
腹減っちゃったよー!!』


辰巳のその声のおかげで
やっと俺ら2人に穴が開くほど
注がれていた野郎3人の視線が外れた。


テーブルの上に買ってきたものを
並べてる辰巳が天使に見える。

俺だったら人混みの中で見つけても
声なんてかけられない
ましてや自分たちのいるところに
連れてなんて来れない。


辰巳のコミニケーション能力の高さに
感謝しつつ、
彼女の腰を引いて自分の隣に座らせた。

彼女が俺の質問に答えながら
ケータイをテーブルの上に置いた。

そのケータイが前と変わっていて、
勝手に番号変えやがって…って思った。


彼女にどうやって話しかけていいか
分からなくて、
ひたすらにビールを飲んでいると
テーブルの上に乗っていた
彼女のケータイが音を立てて震えた。


その画面に表示されるのは…


男の名前。


『ちょっと、ごめんなさい…』


俺の視線から逃げるように、
慌ててケータイを取ると
その場から小走りで離れる彼女。


マジで落ち込む。

隣でぴったりくっ付いて
座る彼女に半分忘れかけてたけど、
あいつこないだ男連れてたんだった…


今電話かけてきてる男が
あのアパートの前で
一緒にいた男なのかどうなのか…

それは分からないけれど、


『お疲れ様です…すみません…』


って声が聞こえて、その口調に
とりあえず電話の向こうにいる男は
彼氏ではないのかなと思った。


…せっかく少しだけ
幸せな気持ちになっていたのに
一気に突き落とされた気分。


気にしないようにしようとしても
意識の8割…いや、それ以上を
彼女の方に持ってかれる。


今まで隣で聞いていた彼女の声を
なんでこんなに遠くで聞かなきゃ
ならないんだ。

それも一生懸命耳をすませて…


突き落とされた気分の中で
彼女にジッと視線を向けていると
ふと、目が合った。

暗闇の中であまり見えないその表情は
俺と目が合った瞬間に
少しだけ困ったように見えた。






『○○ちゃん、電話大丈夫だった?』


電話を終えて席に戻ってきた彼女に
辰巳が声をかけると、


『あ、ハイ。すいません、いきなり』


そう返事をして、
ケータイをカバンにしまった彼女が
再び俺の隣に腰を下ろした。


…聞きたいことは山ほどある。

根掘り葉掘り。

彼女が答えるのが面倒になるくらい。


それでも今ひとつ
タイミングが掴めないままの俺は
とりあえず飲み物を差し出すくらいしか
出来なかった。







花火が始まると
話しかけるタイミングはますます無くなる。

花火に夢中になってるのに
話しかけるのもな…

せっかく楽しんでるところ
邪魔するのもな…


って思ってたのに、
彼女は急に席を立って


『ちょっと…トイレに行ってきます』


と言いながらあっけなく
トイレへと向かっていった。


彼女の姿が人混みと紛れた瞬間に、


『花火の途中でトイレ行くとか、
○○ちゃん本当に女子?』


辰巳が爆笑しながらそう言った。


『女子はみんな花火好きなのかと思ってた』


コッシーのその言葉に、
お前は今までどんな女と付き合ってきたんだよ
って言いそうになる。


『いや、○○ちゃんさっき捕まえた時も
花火見ないで帰ろうとしてた』

『マジで?』

『なんか少し変わってる子だよね、
いい意味で。』

『いい意味ってどんな意味だよ(笑)』


くすくすと笑ってた辰巳が
いきなりこっちに視線を向けて、


『で、いつまでその状態?』


俺に話しかけてくる。


『話しかけてあげなよ、○○ちゃんに。』

『……』

『俺、頑張って声かけて連れてきたんだけど』

『おー…』


煮え切らない返事をした俺に、
辰巳が小さくため息をついて


『俺、話しかけ過ぎて○○ちゃんに
うるさい人って思われてないか心配…』


って心配性フル発動してた。




『○○ちゃん遅いねー。』


マツがたこ焼きを食べながら言う。


確かに遅い。

迷った?
ナンパされた?

嫌な想像ばかり浮かんでくる。


『マツ、ちょっと見てきて』

『え?なんで?福ちゃんが行きなよ』

『いや、マツ行って』

『…たこ焼き…』

『マツ…大役だ。○○を見つけ出すんだ。』


前歯に青のりつけたマツが
ちょっと拗ねながら席を立った。


『福ちゃん!』


ついに怒りだす辰巳。


『自分が迎えに行ってあげなよ!』

『…俺なりにプランがあるんですよ』

『プランってなんだよぉ』

『……』

『ホラ、ないじゃん!』


違うんだよ、プラン云々じゃなくて
お前らに見られてると思うと
ちょっと恥ずかしいんだよ!


…とは言わないでおいた。


『あ、帰ってきた。』


ゴミ捨てに行ってくれてたコッシーが
テーブルに戻ってきながらそう言った。

コッシーの向ける視線の先に、
自分も振り返ってみると

少し怒った顔した彼女がズンズン歩いてきて
その後ろを小走りで
マツが追いかけているのが見えた。


俺らのとこまで戻ってきた彼女は、
片付けを手伝えなかったことを
ちゃんと謝っていて
こういうところが好きだなって思った。


『さーて、花火も終わったし帰りますかぁ』


辰巳のその声に一瞬ビクッとなる。

まだちゃんと話せてない。


俺のその気持ちを汲んでくれたのか、
辰巳が彼女を車で送ってくと言い出したけど…


『俺ら家近いからタクシーで一緒に帰るよ』


彼女の腕を掴んで
自分の方に引き寄せながらそう言った。


もう甘えてられない。


『じゃあ福ちゃん、○○ちゃん頼む!
ちゃんと送ってあげてね!』


笑顔の3人が立ち去っていく。

背中を向けて立つ彼女の顔は
俺からは見えないけれど、
困惑してることは分かる。


だから、何か言われる前に
手を取って駅に向かって歩き出した、

…のに。


『…痛っ』


彼女はやっぱり思い通りにさせてくれない。


『…どした?』


振り返ると、下駄を脱ぎながら
しゃがみ込む彼女がいて
俺も彼女と向かい合ってしゃがむ。


『…怪我してんなよ』


俺の言葉に顔を上げた彼女と
近い距離で目が合う。

久しぶりに近くで見れたその顔は
前より少しほっそりしていて、
気付けば頬に手を伸ばしていた。


『…痩せた。』

『…え?』

『前より』

『あ、仕事忙しくて…』

『何痩せてんだよ…
前はもっとぽちゃっとしてたのに』


痩せたりして、気にくわない。

昔の少し太ってた頃の彼女の方が好きだった。
髪もこんなに可愛くカットしたりしてなくて
素朴なままの彼女の方が。

誰かのために綺麗になりたくて
そうなったのなら尚更気にくわない。


心の底からつまらない気持ちになってたけど、
俺の差し出した手を
嫌がる素振りもなく握ってくれたら
少しだけ許してあげようと思った。



駅前に着いて、タクシーを待つ。


これからどうしよう。

とりあえず話したい。

何がどうなってるのか。

彼女に何があったのか。


ゆっくり話せる場所となると、
彼女の家に行くのが1番だけど
家に上げてくれっかな…


もんもんと考えてる俺の隣で、
ケータイがブーブーと騒がしく鳴った。


音の鳴る方に目を向けると、
笑顔でケータイを眺めている彼女がいて…


『さっきの奴から?』

『…いや、違くて…』


俺の中でプツンと何かが切れた。


目の前でドアが開いたタクシーに
彼女を乱暴に乗り込ませて、
逃げられないように手を強く握った。


後悔するのはもう嫌だ。

力ずくでも

もう離さない。


彼女の手を握る力をもっと強めた。





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