さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

後輩の宮舘くん 〜春〜 【上】


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「お前って付き合ってる奴いたんだ」


空き教室でレポートを書いていた私に
後ろからそんな声がかけられた。

振り返った先には同じゼミの奴。


「…え?」


いきなり話しかけられた上に
理解するまでいろいろと
整理しなきゃいけない内容なだけに
私の口から出た声はすごく馬鹿っぽかった。


「知らなかったわ」

「え?何?」

「昨日見かけた」

「は?何が?」

「駅で」

「ちょ、は?何の話?」

「お前とお前の彼氏。」


熱がこみ上げた頬に思わず目を伏せた、


“彼氏”と改めて言われると
嬉しい反面、恥ずかしい。


初めて味わうその感情に
どんなリアクションを取るのが正解なのか
分からないまま、
伏せた目で自分の足をひたすらに見つめた。


「正直驚いたわ」


そう言いながら、そいつは私の隣まで移動して
空いていたその椅子を引いてどすんと座った。


そらされることなく注がれる視線に
無意識のうちに距離を取る。


「なぁなぁ、どっちから告ったの?
お前が彼氏とか意外すぎて笑える。」


空き教室には私たちの他にも
課題だったり調べものだったり

何かしらをやっている人がたくさんいるから
普通の音量で、

しかも彼氏とかそう言う類の話を
してる私たちには嫌悪感満載の視線が注がれる。


あ、まずい…


周りの人たちに迷惑をかけて
集中を切らせてしまっている…


「…ちょっと静かにしなよ」


声のボリュームを最小限にしながら
身を屈めて言ったのに、


「お前が話してくれたら静かにする〜」


まるで話なんて通じてないみたい。


でもまぁ、こいつのめんどくささは
今に始まった事ではない。

2年生に上がってからゼミに入ったけど、
その瞬間からこいつはこんな感じだった。


人の話を聞かない上に
空気が読めない。

そして何故だか人を見下す。


「ねぇ、周りもみんな課題してるの。
だからちょっと静かにしなよ」

「だーかーらー!
お前が話せば静かにするってば!」


もう教室内の全員が振り返るくらいの
大声にビクッと身体が跳ね上がる。

高校生の頃、バリバリの運動部だったらしく
身体がおっきくて声も大きい。

怒られているわけではないけど、
近い距離でその大きな声を出されると
一種の凶暴性を感じて少しビビってしまう。


「…はぁ…」


相手に聞こえないように小さく溜息を吐いて
机の上に広げていたレポートを
バンの中にしまう。


「お!話す気になったかぁ?」


シャーペンも資料も全部しまって、
席を立って教室から出る私の
後ろを、ルンルンでついてくるのが見える。


話すって、何を?

なんでこいつに私と宮舘くんのこと
話さなきゃなんないのよ。


教室を出てもなにもせずに
ただスタスタと歩く私に文句が飛ばされる。


「おいどこまで行くんだよ〜」

「……」

「早く話せよ〜」

「……」

「俺だって暇じゃねーんだよ〜」


どう考えたって暇じゃん…


こいつのことを迷惑がったり、嫌ったりする
ゼミのメンバーの中で
私はいち早く割り切りを身につけた。

たとえ相手がムカつくことや
無茶なことを言ってきても、

ムカつくより先に
『そういう奴なんだ…』と割り切って

ほどほどに相手をするようになった。


「おーいー」

「恥ずかしいから内緒」


振り返りもせずに、
ウケ狙いな感じでそう言った。

やれやれ。

そんな気持ちだったのに、


「でもさぁ、全然楽しそうじゃなかったよな」

「は?」


意味の分からない言葉に
思わず振り返ってしまった。


「彼氏と2人でいるときのお前」

「……」


絶句ってこういうことをいうのかな。


眉間にしわを寄せて
口を開けたまま動けなくなった。


…私が?

…宮舘くんと2人でいて?

…楽しくなさそう??



……はぁ?????



眉間のしわがどんどん深くなる私に
ドヤ顔で近づいてくる。


「ずっと下向いてて楽しそうじゃなかったよな」


あぁ、はいはい。

そういうことね。


確かに。

昨日宮舘くんと駅にいた時の私は
ひたすらに下を向いていた。

でもそれにはちゃんとした理由がある。







昨日は、宮舘くんと約束をしていた。


授業が終わり次第会おうねって
前の日から話は決まっていて、


終わるのが少し早かった私は
大学の敷地内に設置されてるベンチに座って
宮舘くんからの連絡を待っていた。

もう少しで震えるだろう携帯を握りしめて
気持ちいい春風にボーッとしていると、

後ろから頭を優しくポンポンされた。


頭の上に乗せてあった手はするりと肩に落ちて
指先がかすかに鎖骨に触れる。


「おまたせ」


もちろんその手の正体は宮舘くんで、


「すいません、待たせちゃって」


振り返りながら見上げた先にあった
彼の笑顔に胸がきゅんとした。


「ううん、早く終わったの私の方だし…」


座っていた場所のすぐ隣に
置いていたバックを手にとって
立ち上がろうとすると、

目の前に来ていた宮舘くんが、
私の前髪を手櫛で整え始めた。


いきなり前髪に触れられて
ただでさえびっくりしたのに

座っている私の目線に合わせて
屈んでいた宮舘くんの顔が目の前にあって


「…ぎゃッ」


もっとびっくりした。


「風強かった?」

「…え!?いや…あ、うん…?」

「ははっ」

「…は、はは…」

「照れ屋」

「…あ、はは…」

「いい加減慣れてください」

「…はは、ごめん…」

「本当に可愛いっすね」


キョロキョロと目を泳がせながら
笑ってごまかす私を優しい目で見ると、
手を取って立ち上がらせた。


「行こっか」

「うん…」


最近の宮舘くんは専らこんな感じ。


私にすごく触れてくる。

すぐに「可愛い」とか言ってくる。


私たちは付き合ってるし、
もうそこまで子供ってわけでもないから
宮舘くんの行動は何1つ変じゃない。

私自身も嬉しい気持ちの方が
大きいんだけど


いかんせん、

心臓がもたない。


心臓がバクバクいって
握られてる手だって震えちゃう。


特に昨日は宮舘くんの機嫌が
すこぶる良くって、

すごかった。

もうすごかった。


まだ大学の中なのに手を繋いで来たり
肩を抱いて来たり

「今日の服装すっごい可愛い」とか
「先輩が俺の彼女とか幸せすぎる」とか


とにかくすごかった。


だから駅に着く頃には
私は顔を上げることも出来なくなっていて
駅にいたところしか見ていなかった
あいつにはつまらなそうにしてるように
見えていたらしい。


宮舘くんと2人でいるのに
つまらないわけあるか。

私だって面と向かっては
絶対に言えないけど

宮舘くんとのこの関係、
幸せすぎるくらい幸せだっつーの。




よくぞまぁ自分の憶測でしかない事を
あたかも真実かのように話せるな。


いつもの通り、今回のこの会話も
当たり障りない会話で
“ほどほど”に相手をして終わろうと思った。


…のに。


「なんかあれだよなぁ、無理してるっつーか」

「……」

「あの彼氏年下だろ?」

「……」

「女より男の方が年下ってさ、
甘えられなくね?」

「……」

「実際お前、俺といる時と彼氏といる時
全然態度違うじゃん」

「……」

「なぁ、それって疲れねぇ?」


ここまでくると怒る気も失せる。


なんで自分と宮舘くんを比べる?
意味がわからない。

好きなように解釈して
好きなように捉えてくれ。

そしてもう黙ってろ。


「男と女の関係だって楽な方がいいじゃん!」

「……」

「な!ラフにいこーぜ!」


バシッ


思いっきり叩かれた背中に顔をしかめる。

声や態度だけじゃなくて
力も強い。

軽いノリで叩いてるつもりなのかもしれないけど
叩かれたこっちは普通に痛い。


「痛いんだけど」


睨み付ける私に反して
今度は肩をパンパンと叩きながら笑う。

その肩パンも力が強くて少し痛い。


「ホラ、そういうこと
彼氏には言えないだろ」


言えないだろって…


言えないんじゃなくて
言う必要がないんだよ。


宮舘くんは私を叩いたりなんてしない。


優しく優しく

こんな私を宝物のように扱ってくれる。

だから宮舘くんの前でだけは
女の子っぽくなれる。


でもそれは、宮舘くんだけが使える魔法。

私を女の子にする魔法。


だからこいつの言っていることは
完全なる勘違いだし、

ハッキリ言って御門違い。


宮舘くんに対する態度と、
こいつに対する態度が違う?


当たり前じゃん。


宮舘くんのことは好きで、

こいつのことはなんとも思ってない。


それが全て。


「ま、レポート頑張って仕上げろよ!」


結局何がしたかったのか。

思う存分冷やかして
もう飽きたらしいそいつは
私に背を向けて歩き出した。


その背中を無言で睨み付ける。


いつもの割り切り術がイマイチ使えなくて
悔しさから手に持ってたカバンを握りしめる私は…


私の背後で、死角に身を隠して
会話を聞いている人影に全く気づかなかった。







そしてそれは不意に訪れた。

私のアパートより少し広い
宮舘くんのアパートの一室で

ゼロ距離でぴったりくっついてくる
宮舘くんにドキドキしながら
ソファに座っていた時だった。


机の上に置かれたマグカップの中身が
私のも宮舘くんのも
空になっていることに気づいて


「紅茶入れてくるね」


宮舘くんが買ってくれた色違いのお揃いマグを
手にその場から立ち上がった。

何度も家に遊びに来させてもらってるから
キッチンの使い勝手は分かる。



何が引き金だったのか分からない。



私が何かしたのかも分からない。



両手に持っていたマグカップを
片方の手で2つ持つように持ち直して

キッチンに行くために引き戸に手を伸ばしたら
後ろから伸びてきた手にそれを塞がれた。


私の体の両側からは
宮舘くんの両手が引き戸に
手を突くようにして伸びている。

私を背後から覆うような体勢。


「……ッ…」


突然すぎる事にビックリして
息を飲む私の耳元に微かにかかった
彼の息はとても熱かった。


「……」

「……」

「…宮舘くん…?」


返事をしない代わりに
右手を私の胸の前に滑らせて
グッと後ろに引き寄せた。

前に回った彼の右手で
左肩を掴まれる。


「……」

「先輩は…」

「…?」

「俺といてつまらない?」

「…え?」

「楽しくない?」


いきなりだった。

一瞬、なんかの冗談かとも思ったけど
私に触れている
宮舘くんの体が少し震えてる気がして
彼が本気でそう聞いているのが分かった。


なにを言ってるの?


そう言おうと思った。

でも、


「すいません…
立ち聞きするつもりはなかったんだけど…」


宮舘くんのその言葉に、


“全然楽しそうじゃなかったよな
彼氏と2人でいるときのお前”


同じゼミのあいつが言っていた言葉を思い出す。


「先輩が廊下歩いてるとこ見かけて
声かけに行こうと思ったら…

俺の知らない男の人と話してて、
そう言われてたから…」

「……」

「すいません…聞こえちゃって…」


私自身、忘れてた。

あんなムカつくこと気にする時間が
もったいないからさっさと忘れようって。


でも、宮舘くんはずっと気にしていたんだ。

あの出来事から半月ほど経っている。


今日、私に聞いていたことを打ち明けるまで
どんな気持ちだったんだろう。


どれだけ悲しい思いを
させてしまっていたんだろう。


私は…すぐに恥ずかしがって
いつも下を向いていた。

その時、目の前の宮舘くんが
どんな顔をしているか、

そんなの考えたこともなかった。


もしかしたら

悲しい目で私を見ていたのかもしれない。

寂しい目で私を見ていたのかもしれない。


身体の前にある宮舘くんの右手を
自分の右手で上から包むように握る。

少しだけ振り返ると
宮舘くんの顔が見えて

やっぱり彼は、悲しそうな目をしていた。


「……」

「……」


今まで、何度その目で私を見たんだろう。


私は自分だけ幸せな気持ちになって
それを伝えずに下を向いて…

何度その目をさせてしまっていたんだろう。


「…困らせちゃったね」

「…えっ、と…」

「すみませんでした…」


私の手からマグカップを取った彼は
私から離れると
引き戸を開けてキッチンへと向かう。

慌ててその背中を追うけど、
もう目も合わせてくれない。


「同じのでいいですか?違う味もありますよ」

「宮舘くん…」

「この間美味しそうなの見つけたんですよ」

「あ、あのね…」

「……」

「宮舘くん…ッ」

「先輩」


ビクッとして言葉に詰まる。

気づかない間に掴んでいた
宮舘くんの服をゆっくりと離した。

宮舘くんはキッチン台の上に
マグカップを置いて、
ゆっくりこっちに振り返った。


「泣きそうな顔しないでください」

「……」

「先輩のそんな顔見たくない」

「……」

「俺、もっと頑張るから」

「…ッ…」

「一緒にいて楽しいって
思ってもらえるように頑張るから」


違う。

全然違う。


首を横に振る私の背中に
そっと宮舘くんの手が回る。


「背中…痛かったよね」

「…え?」

「叩かれてた」

「…あ、」

「ごめんね、庇えなくて」


そんな優しい言葉言ってもらえる権利、
私にはない。


一度、優しく笑って私の頭を撫でた彼は
また背中を向けて、


「…ぁ、」

「俺は何飲もうかなぁ」


私の声を遮っておしゃれに小分けされた
紅茶の葉が入った瓶を1つ手にとって
眺め始めた。


“もうこの話はおしまい”


そう言われてる気がして
それ以上何も言えなくなる。


でも、これじゃダメだ。


私は深く深呼吸して

息を吸い込んで


横から宮舘くんを抱きしめた。










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