さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

童顔てんてー。 【1】

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びゅうっと少し強めに吹いた風が
一本に束ねた髪を揺らした。

リップを塗った唇にまとわりつく
髪の毛を払って目をつぶった。

深く吸い込んだ息は、
少しずつ華やぎ始めた地面に添うように
優しい匂いを届けてくれる。


春が、目の前に来ている。


この時期になると無意識に春の匂いの中に
あの匂いを探してしまう。

もう少しずつ忘れかけているあの匂い。


ため息を吐いて、
やるせない気持ちをいつまでも心に住み着いて
離れないひとりの男へと横滑りさせる。


もうさっさと忘れさせてよね…


深く吸い込んだ分、
長くて大きいため息が出た。

私の中で、一番色濃く残っている。
あの日々を忘れられる日なんて
来るはずもないことは分かっている。

それでも前に進んできて今があることを
否定はしない。

…だから、


「おはようございます!」


今日も大きな声で挨拶をして
笑顔で前を向いた。





***





いつも思う。


制服着て生徒に混じっても、
違和感なんて何1つないんじゃないかって。

むしろ3年生には
後輩に見られたりしちゃうんじゃないかって。


でも、実年齢は全然大人の
私の学校にいる…化学の先生。


そんな先生の職員室の机には
今日も女子生徒からのラブレターや
手作りお菓子とかがたくさん置いてある。


ハートがたくさん散りばめられた
袋に入ったクッキーの形が
これまたハート型で


クドいクッキーだな、オイ。


なんて思っていた私に声がかかった。


「人の話聞いてるかー?」


私の顔を覗き込んで
目の前で手をひらひらさせてくる。


私はこの先生に校内放送で
放課後、職員室に来いって呼ばれた。

だから先生は椅子に座ってて、
私はその横に立ってるから
私の顔を覗き込んで来た先生は
自然と上目遣いでヒョコッと私の目の前に現れる。


「……ハイ」

「嘘言うな。聞いてないだろ」

「…いや、」

「言っとくけどそれやんねーからな」


先生が指差す先には“クドいクッキー”


私は知らず知らずのうちに
クッキーを見つめてしまっていたみたい。


「ミスがくれたんだ〜」


別に聞いてねーし。


「だからそんなに見てもあげねーからな」


別にいらねーし。


ミスコンでグランプリに選ばれるくらいの
可愛い女子生徒さえも魅了してしまう先生。


童顔過ぎるその可愛い顔に
ちょっと低めの身長。

授業も分かりやすい上に面白くて
他の先生より若め…


なんて言ったらもう生徒に好まれない訳がない。


「…安井先生」

「なに?」

「早く帰りたいんですけど…」


ふて腐れながら言った私に
先生がニヤニヤと笑い出す。


「彼氏でも待たせてんの?」

「……」


黙りこくる私に、
さらにニヤニヤする先生。


「早く彼氏に会いたいってか」

「…違います」

「照れるなよ」


はぁ、と小さくため息をついても
先生は笑みを絶やさない。


「別に照れてないです」

「待ってんのか、彼氏。
健気で可愛いなぁ」

「…全然可愛くなんてないし」

「愛されてんなぁ」

「うっさい、まじ。」


舌打ちまでし始めた私に
先生はやっと目線を外してくれて
「んじゃ、もっかい言うな」と呟いた。


「卒業式で送辞読んでほしいんだよ」

「嫌です」

「早っ」

「お断りします」

「もうちょっと悩んでくれても
よくない?」

「嫌なものは嫌です」

「在校生代表としてさぁ…」

「興味ないんです、そういうの。
人前に立ったりとか目立ったりとか。」


中指の二枚爪が気になって
親指の爪でカシカシと
爪をいじっていると…

安井先生は嫌味ったらしい顔をしながら
クスクスと笑い出した。


「目立ちたくない…かぁ」

「……」

「ふーん」

「なんですか…」

「いや、よく言うよと思って」

「はい?」


頬を膨らましながら先生を
上から睨み付ける。


「入学してから…てか入試の時からずーっと
ぶっちぎりの点数で学年1位とって
テスト順位発表のたびに
廊下に名前張り出されてる奴が
言うセリフじゃねーなぁって思って」


面白くて仕方ないって感じの安井先生に
噛み締めた奥歯がギリっと音を立てる。


「それでいて生活態度も真面目な優等生…
お前以外に誰を在校生代表に推薦すればいーの?」

「……」

「な、いいだろ?」

「嫌です」

「なんで?」

「とにかく嫌なんです!」

「いい返事待ってるからな」

「…ッッ…」


会話になってない!!!!!!


自分が馬鹿にされているような感覚のせいで
顔が真っ赤になった私は
「失礼しますッ!」と声を荒げながら
足早に職員室から出た。


若いとかイケメンとか人気があるとか。

何なのか知らないけど。


私あの先生が苦手だ。

こうやって少し話してるだけで
毎回一方的に私だけが気まずくなって

あの全てを見透かしてくるような目に
たまらなく逃げたくなる。


一刻も早く先生のいる職員室から
離れたくて小走りになりながら昇降口に向かう。


昇降口に着くと、
壁に寄りかかる人物が目に入る。


その人物は私を見つけると、
すぐに駆け寄って来た。


「話し終わったの?」

「うん、待たせてごめんね」


首を横に振って「帰ろっか」
と言いながら指を絡めてきた。

私の手が大きな手に握られる。


「あ、ごめん。俺汗臭くない?
さっきまで外でバスケしててさ」

「そうなんだ」

「すごく汗かいちゃった、こんなに寒いのに。
臭くない?大丈夫?」

「全然大丈夫だよ」

「ならよかった」


無邪気に笑って私の手を握る力を
強くする。

伝わってくる。

私を大切にする気待ち。


側から見たら、
仲のいいカップルに見えるのかな。

きっと見えるんだろうな。

実際周りからは羨望と憧れの視線が
注がれている。


「○○」

「…ん?」

「好きだよ」


周りには聞こえない、
でも私にはしっかり聞こえるくらいの
小さな声でそう伝えてくれる。


伝わってくる、大切にしてくれている気持ち。


なのに何で私はこんなに
その場で繕った笑顔でしか笑えないんだろう。


煩わしいくらいに晴れた冬の空の下を、
私を大切にしてくれる彼に
手を引っ張られながら歩いた。













壇上の上でお辞儀をして
軋む階段を降りると、1人の先生と目が合った。


周りにバレないように
親指と人差し指で小さく丸を作って
笑う先生に向かってベッと舌を出した。





まだ咲き切っていない桜の木の下で
あっちこっちから名前を呼ばれている。

その度に可愛い顔をもっと可愛くさせて
全開の笑顔で色んな人のカメラに映るのは、


生徒からとっても人気がある
童顔の安井先生。


“卒業おめでとう”の
文字が入ったリボンが付いた
桜のコサージュを胸につけた生徒たちと
楽しそうに写真を撮っている。


もちろん安井先生の名前を呼ぶ
生徒のほとんどは女子生徒。

男子もちらほらいるけど、
圧倒的に女子の方が多い。


「あ、やっすーだ。」


友達がそう言いながら私の隣に腰掛けた。


私たちが腰掛けている
昇降口の前に三段だけある階段は
石で作られてるからとても冷たくて

友達はしかめっ面をしながら
「ケツがつめてぇ」ってボヤいた。


隣にいた友達が、
私の目線の先を追うようにして
安井先生に目を向ける。


「いやぁ、すっげー人気だね」

「ね」

「てかさ、てかさ、」

「ん?」

「さっき告られてんの見ちゃった」

「誰が」

「やっすーがだよ!3年生に!」

「3年生?」

「そう!よくやるよねー卒業式の日に!
いや、むしろ卒業式だからかな!?」

「なんでよ」

「記念告白?みたいなー?」

「…へぇ」

「いやぁ〜なんか興奮して
そのまま盗み聞きしちゃった!」

「…ふーん」

「……」

「……」

「…心底どうでも良さそうだね」

「心底どうでもいいもん」


乾いた笑いを飛ばした友達は
やっぱりケツが冷たいのか
何度もモゾモゾと座り直した。


「あんたやっすー苦手だもんねぇ」

「うん。嫌い。」


即答した私に友達が笑いながら、
「ウチはやっすー好きだけどな〜
カッコいいし喋りやすいし〜」
って言ってて、

模範解答のような好きな理由に
思わず苦笑いした。


「まぁ、あんた彼氏いるし
他の男なんざ興味ないか!」

「……」

「カッコいいよね、あんたの彼氏。
あんたと付き合ってるって知ってても
好きな子たくさんいると思うよ」

「…へぇ…」

「幼馴染だっけ?」

「…そう…」

「いーなー。幼馴染でくっつくとか。
タッチじゃん、タッチ。」

「なにそれ」

「タッちゃんと南ちゃんじゃん」

「カッちゃんどこだよ」


太陽の光でかろうじて暖かいだけで
やっぱり外の空気は寒い。


「てか何でこんなとこに座ってんの?
早く帰ろうよ」


友達が立ち上がる準備をしながら
声をかけてくる。


「…安井先生に待たされてる…」


不貞腐れながら言う私に
テンションが上がる彼女。


「やっすー待ってんの!?」

「待たされてんの」

「同じじゃん!!」


…全然ニュアンスが違くなってくるわ!


「嫌いとか言って仲良くしてんじゃん!」


ため息をつく私の肩に手を置いて
体重をかけながら立ち上がった彼女は
よく分からないウィンクをかまし
校舎へと入っていった。


…まだまだ終わらなそう。


未だにあちこちから呼ばれる安井先生を見て
私も友達を追いかけるように校舎へと向かった。






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