さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

童顔てんてー。 【2】


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友達を追いかけて校舎に戻ったはいいけど
安井先生はやっぱりまだ卒業生たちに捕まってて
帰ってくる気配がない。


「…帰りたい…」


もう友達も帰っちゃって一人ぼっちになった教室で
机に突っ伏しながらこぼす愚痴。


「だいたいさぁ…
何で私が送辞読まなきゃなんないんだよ…
生徒会長でいいじゃん……」


口に出してみると余計に腹が立ってきた。


「しかもこんなに待たされて…
眠いしお腹すいたし寒いし帰りたいし…
眠いし眠いし眠いし…
あんの……」


“チビ教師”って言おうとした瞬間に
髪の毛を撫でられた。


「はいはい、待たせて悪かったな」


むくりと顔を上げると、
少し疲れ気味の顔をした安井先生がいた。


いつの間に教室に入ってきたんだろ。

チビ教師って言う前で本当よかった。


「つ〜か〜れ〜た〜〜」


欠伸をしながら私の前の席に横座りする。

安井先生のポッケには
お菓子がパンパンに詰められてる。

それを私の机の上に1つ1つ置いていく。


「…なんですか、これ」

「ん?もらった」

「誰にですか」

「3ね…卒業生の女子たち」


言い慣れてる学年呼びが
まだ抜けてないのか少し言いかけてから
今日の呼び方として
正しい肩書きに言い直す安井先生。


「何で送られる側に貰ってるんですか?」


呆れ気味に言う私に
にひひって笑った先生は


「人気者だから、俺」


って言いながら
机の上にある並べられたお菓子の中で
一番大きいチョコのお菓子を私の前に差し出した。


「あげる」

「えっ」

「お礼」

「貰ったものを人に渡すんですか?」

「細かいことは気にするなよ」


これ安井先生にあげた卒業生、
きっと先生のこと好きだったんだろうなぁ。

顔も知らない先輩を不憫に思いながら
渡されたお菓子が
大好きなやつだったから
ありがたくもらう事にした。


「で、なんですか?」

「え?なに?」

「こんなに待たせて、何かあったんですか?」

「あ〜…」


安井先生がきまり悪そうに
髪の毛をガシガシ触りながら


「特にそんな用ないんだよね」


と言った。


「えっ」


低い声で反射的にそう漏らした私に
先生は申し訳なさそうにする。


「ちょっと、ありがとなって言おうと
思っててさ、あんなに嫌がってたのに
無理やりやらせたようなもんだったから、送辞。」

「そうですね」

「ちょっとお礼言ってすぐ帰すつもりだったのに
全然離してもらえなかったんだよ」

「捕まってましたね」

「お前すげぇ“早くしろよ”って顔してたよな」

「気づいてたなら早くして欲しかったです」

「だから悪かったって」

「……」


…あ、だめだ。

近過ぎる。

居心地悪いこの空間。


下を向いて目を泳がせる私に
全く気づいてない先生は
チロルチョコを1つ手にとって
包装を剥いて口に放り込む。


「今日は?彼氏は?」


先生はいつも私と話すときは
彼氏の話を出してくる。

この話題こそが
先生との会話が居心地悪く感じる原因の
6割くらいだと思ってる。


「別にいつも一緒に帰ってる訳じゃないです」


ぼそぼそ返事した私に
先生は構わず新しいお菓子に手をつけながら
質問を繰り返す。


「そうなの?」

「…そうです」

「いつから付き合ってんの?」

「はっきり覚えてないです…」

「どっちから告ったの?」

「向こう、ですけど…」

「なんて呼び合ってんの?」

「普通に…名前で」

「てかさぁ」

「はい…」

「お前本当に彼氏のこと好きなの?」


思わず顔をバッとあげた私の目の前には
さっきと変わらない表情で
もぐもぐとお菓子を頬張る先生がいた。


…な、に…こいつ…


眉間にしわを寄せて睨み付けると、
先生はまたお菓子を口に放り込んだ。


「なんかお前たちのカップルさ、
美男美女カップルとか言われてる割には
幸せそうじゃないよね」


サラッと言ってのける先生に
開いた口が塞がらない。


「特にお前、
なんか彼氏にされるがままって感じだし」


その言葉を聞いた瞬間に
私の中で何かがプチっと切れた。

さっき差し出されたチョコのお菓子を
思いっきり先生に投げつける。


「いった」

「なんなんですか!!」

「いきなり投げんなよ」

「お礼言おうとしてたとか言って
本当はこんな事言うつもりだったんですか!?」

「落ち着けって」


投げつけた勢いで椅子をひっくり返しながら
立ち上がった私を
先生は全くビビる様子もなく制して、

はぁはぁ息をしながら
立ちすくむ私の隣を通って椅子を元に戻す。


「座りなよ」


溜まった涙がこぼれないように
必死に睨み付ける私の肩を押して
無理やり椅子に座らせた。


「んだよ、怒れんじゃん」

「…ッ…」


ぐらぐらする。

足場が揺れてる。

暗くて怖くて不安でたまらない。


「いつも見てて思ってたんだよな」


私は先生の全てを見透かすその目が
本当に苦手だ。

だから、お願い。


言わないで。


その先を

言わないで。


「なんでお前そんなに自分無いの?」


いつだったか、
いつからだったのか。

分からなかったけれど、
それは確かな事だった。


「機嫌取るようにして
彼氏のしてほしいようにして
言ってほしいように言って」

「……」

「そこに自分の感情一切無し」

「……」

「そんな相手と付き合って
なにが楽しいの?」






付き合っているなんて、
優しい言葉じゃない。


甘くて重い鎖で繋がれているのが、
私たちだった。






始まりは、もうずっと昔のことだった。



私には初めから父親がいなかった。

他界した訳じゃない。

ただ、私が生まれる前に
親が離婚していただけ。

父がどんな人なのかは
知る由もなかったし、知りたくもなかったけど

私を身ごもってた母を捨てたんだから
大した器の男ではなかったんだろうなって思った。


母は私を愛してくれたし、
父がいない事に何一つ不満はなかったのだけれど、

女手一つで育ててくれていた母は
あまり家にいることが少なくて、

それがたまらなく寂しかった。


私のために働く母は私を
住んでいた小さなアパートのすぐ近くにある
自分の実家に預けていた。


だから小さい頃に
母と一緒に遊んだ記憶はほとんどない。

その頃を思い出そうとすると、
蘇るのは、畳の匂いと祖母のシワシワの手。

それくらいだった。


とある時、


「いつも1人でいるよね」


そう声をかけられた。

それは祖母の家に預けられ始めて
2年くらい経った時だった。


振り返ると、
白いTシャツに半パンを履いて
虫かごと虫取り網を身につけた
いかにもな“虫取り少年”がいた。

その少年は私の手を取って
たくさん楽しい場所に連れてってくれた。

公園だったり、川だったり、空き地だったり
そんなものだったけれど
私には全てが楽しくて仕方なかった。


祖母にも体力的な限界があったのか、
気付いた時には
祖母の家で遊ぶことよりも
少年と遊ぶことの方が増えていた。


『友達ができておばあちゃん安心できた』


その時に言っていた祖母の言葉に
少年が


「俺と遊んでたら、
おばあちゃん安心してくれるんだね!」


って嬉しそうに言った。

私はうんって頷いた。


中学に上がる頃に、祖母が他界した。

悲しみに泣く私に、
少年が言った。


「これからは俺が守ってくから」


もう少年からひとりの男になっていた彼に
何も答える事ができなかった。


『そう言ってくれて、
おばちゃんすごく安心できた』


母がそう言った。

彼は私の手を強く握った。


彼はその日から
片時も私のそばを離れなかった。

思春期真っ只中の私たちは
周りの同級生にずっとからかわれた。

でも、彼は一度も下を向く事なく
私にいつでも笑顔でこう言った。


「俺が守るから」


その言葉は私の胸に重くのしかかった。

言われて嬉しい言葉のはずなのに

いつのまにか、
受け入れられなくなっていた自分が
正直ショックだった。


当たり前のように高校も同じところを
受験した。

別の高校に進むなんて
思いつきもしなかった。


受験勉強が始まる頃には、
もう私たちのことをからかう人もいなくなっていたから
勉強にゆっくり集中できた。


高校の合格発表も2人で一緒に見に行った。


無事に2人とも合格してて
手を取って笑いあった。

その日、いつもの通り
家まで送ってくれた彼は


「キスしてもいい?」


家の前でそう言った。

彼にそう言われて黙ったまま頷いた。


ふ、と彼の顔が近づいて
触れたか触れないか分からないくらいの
キスをした後に、


「好きだよ」


と、彼が言って
私を抱きしめた。


その言葉を聞いて
ただ小さく泣いた私を彼は
さらにきつく抱きしめた。

好きだよと言ってくれた彼に
私は応えることが出来なかった。


そこで気付いてしまった。



私と彼の気持ちは同じじゃない。



でも、積み上げられた時間は
残酷にも長くて…


『高校も一緒にまでしてくれて…
本当に安心だわ』


母にそう言われた時に
この気持ちは周りにバレちゃ
ダメなことなんだと思った。


だから、自分の気持ちに蓋をした。


そのことが彼にバレないように、

いつでも笑顔でいて

彼のしてほしいようにした。
言ってほしいように言った。


私の中の感情は
許してもらえるものじゃない。


私の全てを、彼の為に使おうと思った。





全部、全部上手くやれてると思ってたのに。

周りから憧れられるくらいに
幸せなカップルになれたと思ってたのに。







膝の上に置いた手を握りしめて、
わずかに震わせる私の目の前に
さっき投げつけたチョコのお菓子が
また差し出された。


「意地悪言ってごめんな」

「……」

「でも、本当のことだろ?」


何も言い返せなくなって
黙り込んだ私に先生が言ってくる言葉は
何にも知らないからこそ言える言葉。


「学生なんて死ぬほど出会いあるんだから
もっと他の男に目向けてみろよ」


腹の虫が収まらなくて、
またお菓子を投げつけようとした手を
先生に強く握られた。


「食べ物粗末にすんな」


少しずつ力が抜けていく私に合わせて
先生の私の腕を握る力も弱まっていく。


「そうやって言いたいこと言ったり出来る
相手の方が絶対にいいよ」


「送辞、すげぇ良かったよ」なんて言いながら
残ったお菓子をまたポッケに詰め込んで
教室を出て行こうとする先生に


「この世の中好きとか嫌いとかで
どうにかなる問題だけじゃないんですよ」


って、吐き捨てた。


「まだ10年ちょいしか生きてないのに
世の中知ってるように言うね」

「自分の感情だけじゃどうにもならないんです」

「自分の感情って言っても
一切出してねぇじゃん」


振り返った先生の表情は
私を馬鹿にしてるっていうよりは
哀れんでいるように見えて
ますますどうしようもない気持ちを煽られる。


「そんなこと言ってるうちは
まだまだガキだって証拠だよ」

「ガキって…」

「世の中語るにはまだ早いよクソガキ」


笑いながら先生は私の前まで歩いてきて
ちょん、と私のほっぺを
人差し指で突きながら


「怒った顔可愛いね」


って言葉を残して教室から出ていった。


ムカついてムカついて仕方なかった。

今まで隠していたことを言い当てられたのも、
クソガキ扱いされたことも、

何もかもがムカついて仕方なかった。


でも何よりムカついたのは
怒った顔が可愛いって言われて

少し喜んでる自分にだった。






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