さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

童顔てんてー。 【4】


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「とりあえずケータイだけ持ってけ」


って言った先生に従って
ケータイだけをパーカーのポケットに入れて
車を降りた。

車を停めたパーキングから少しだけ歩くと
建物がたくさん並んでる通りに出た。

さっきよりも暗さが深くなってきたからか
お店の外灯や看板たちが
キラキラと光を放ち始めていた。

いきなり先生が立ち止まって
こっちに振り返ってニヤリ笑う。


「はい、ここ。」


先生が指差した先には
人間が通るには少し小さめの扉。

その扉はなんとなく
アリスの世界を感じさせる。


「ちっちゃ」

「入り口ね」

「え、ちっちゃ」

「頭ぶつけんなよ」


ドアノブを回して屈みながら
中に入った先生に続いて中に入る。

屈んでいた体を起こして、
周りを見るとなんか小汚い壁。

そして数歩先に今度は下に続く階段があった。


「…なんかすごい」


目をぱちぱちとさせて
驚く私に先生は満足そうに微笑む。


「まだ驚くには早いよ」


階段の前まで来た先生は
そう言って私に手を差し出してきた。

目の前の階段は急で、暗闇が広がってて
その先に何があるのか見えない。


それが私の心臓を早くする。

今から起こることがなんなのか…

ドキドキと胸を高鳴らせる。


「転ぶなよ」


さっきから、
頭ぶつけんなよとか転ぶなよとか。

どんだけ鈍臭いと思われてるのか知らないけど
胸のドキドキのせいで
足も若干震えだした私は
大人しくコクンと頷いて先生の手を取った。


背が低くて童顔な安井先生の手は
やっぱり男の人の手で、

ぎゅっと握られると私の手なんて
簡単に包み込まれた。


一段一段進むたびに
外の世界と遮断されるかのように
光も音も消えていく。

ただ先生と私、2人分の
階段を降りる足音が聞こえるだけ。


全部降り終わると、
真っ黒い扉が現れた。


震えてた足が少しずつ治ってきたと同時に
今度は息が荒くなってきた。


緊張からの興奮。


自分の息の声を聞きながら
扉を開けた先生に続いて、中を見る。


「わ」


目の前にはド派手な色の髪の人だったり
男の人なのに髪が長かったり
耳たぶが千切れるんじゃないかってくらいの
ピアスをしてる人がいたり

あまり見たことのないタイプの人がいっぱいいた。

…でもみんな、楽しそうに笑ってて
個性的な髪型もファッションも

カッコいい。


呆然と立ちすくむ私の手を
先生がまた引っ張る。

とりあえず周りをキョロキョロしながら
引っ張られるままに先に進む。


さっきのド派手な人たちは
“STAFF”と書かれた黒いTシャツを着ていて、
先生の事を親しげに下の名前で呼ぶ。

楽しそうに手を上げて
返事している先生を見て、
もちろん教室での先生しか知らなかったから
“先生”じゃない先生を見れるのは
なんだか面白かった。


「はい、ここね」


さっきの扉よりももっと重量感のある扉の前で
先生が私に向き直った。


目を見開きながら笑って
私に視線を送ってから

先生はその扉を勢いよく開けた。


次の瞬間、

ものすごい爆音に思わず耳を塞いだ。


顔をしかめてしまった私を見て
先生が笑っていたけれど、
爆音のせいで笑い声は聞き取れなかった。

人混みを潜り抜けて、
一番後ろの壁まで来たところで
先生が私の手をパッと離した。


綺麗に光る銀色の丸い球体が目に入る。

くるくる回ることで生み出される光が
壁、天井、観客の体、顔、
全部に反射しているのが見えて

小学生の頃に遠足で行った水族館で見た
イワシの群れが脳内によぎった。


「大丈夫?」


いきなり左の耳元で聞こえた先生の声に
ビックリして顔を向けると
思ったより近い場所に先生の顔があった。


「…大丈夫です」


顔を前に戻して返事をすると、
先生が私の左の肩に手を置きながら
自分の耳を私の口に近づけた。


「なんて?聞こえない」


先生の柔らかそうな髪に隠れて
半分しか見えてない耳に向かって


「大丈夫です」


ってもう一回答えたら、
顔をこっちに向けてとびきりの笑顔で


「なら良かった」


と言いながら髪を撫でられた。


「なんですか、これ」


先生が聞き取りやすいように
もう一度先生の耳に口を近づけて話す。


「ライブ」

「ライブ?」

「うん、俺のダチがやってるバンドが
今日ここでやるから来たんだよ」

「バンドですか?」

「そ。まぁ俺も教師始める前まで
ボーカルやってたんだけど」

「今はやってないんですか?」

「今はお休み中」

「なんで?」

「仕事忙しくて」

「…大人の模範的な言い訳」

「お前らガキからしたらつまんない模範解答でも
大人の事情はこれが大半だよ」

「そうですか」


それ以上何も話すことがなかったから
会話は終わったんだけど、
先生はそのまま近い距離にいた。

体の左側は全部先生にくっ付いてて、
ずっとふわふわと香る先生の香水の匂い。


さっきは顔をしかめるくらいの
騒音だと思っていたこの音も、
今は身体にドンドンと響いて心地良い。


「次、俺のバンドな」


先生がまた肩に手を置いて
耳元で話す。

今はお休み中のくせに、
“俺の”って言うところが
先生とバンド仲間の絆が強いことを物語ってる。

バンドだからギターとかベースとか
弦楽器があるのは分かるけど
金色の楽器を持った人がステージの袖から
出てきたときは、思わず


「え、管楽器…?」


と漏らしてしまった。


まだ演奏が始まってないから
近い距離まで耳を近づけなくても
先生に私の声は届いたみたいで、
笑いながら「サックスって言うんだよ」って
説明してくれた。

先生のバンドはやたら人気があるらしく、
もうメンバーの人たちが出てきただけで
きゃあきゃあ黄色い声が飛び交ってた。

メンバーの名前を叫ぶ人とかいて、
なんかもうアイドルみたいだなって思った。


観客に手を振っていたメンバーの人たちが
みんなこっちを見て手を振る。

え!?なに、私!?
って思って手を振り返そうとしたら
隣で手を振る先生が目に入ったから
慌てて手を引っ込めた。


ボーカルの位置に立つ人が
マイクを使って話し始めると、
さっきまでメンバーの名前を呼んでいた
お客さんたちの声がピタリと止まる。

でも、言葉を発したのは
数分…1分にも満たない時間で
次の瞬間には


「騒げお前らァァァーーーッッ!!!!!!」


の、声と共に
ライブハウス内のボルテージが
一気に最高潮に達した。

6人が奏でる音が一つになって
私の身体を貫く。

ステージから1番離れているはずなのに
全てが鮮明に見える。


全部が光ってて、

輝いてて、



なんかもう、

本当に、

すごかった。



そこからのことはあまり覚えてなくて…

先生に頭をコツンと小突かれて
我に返った。


「鼻水垂れてんぞ」


また耳元に口を寄せて
そう発した先生の言葉に慌てて反応する。

手の甲で鼻の下を擦ると、
イワシ光が鼻水を照らして
手の甲がキラキラ光った。

それを見て、私も先生も
2人して「きたねぇ」って言いながら笑った。


もう色んなことが
おかしくて、楽しくて、嬉しくて、

大声を上げながら泣き笑う私を
先生はずっと肩を抱きながら側にいてくれた。


「先生」

「ん?」

「ありがと」


大きな音が鳴り止まないライブハウスの
1番後ろの壁の前で
小さくお礼を言うと

先生は私の肩を抱いていた手を
頭の上に移動させて
髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら
頭をなで回した。


「人間らしくなったじゃん」


ほんの数時間前の私だったら
噛みついていた言葉もすんなり受け止められた。


“俺の”と、言っていた
先生が今はお休みしているバンドは
トリだったみたいで、
アンコールまでやった後
少しずつお客さんが帰りはじめていた。


「ちょっとメンバーと話したいから
もう少し時間ちょーだい」


先生の言葉にうなづいて
その場にしゃがみこむ。

さっきまでの余韻に浸ってると
急に尿意が押し寄せてきた。


「せんせ」

「ん?」

「おしっこ」


横に立ってケータイをいじる先生の
パンツスーツをつまんで
ちょいちょい引っ張る。


「お前、キャラ変わってんぞ」


ケータイを握った手の甲で
口を押さえながら笑う先生は、
重量感のあるあの扉の前まで一緒に来てくれて
右側を指差した。


「右まーっすぐ行ったら
トイレのマーク見えてくるから」

「分かりました」

「気をつけてな」

「はい」


頭をポンとされたのを合図に
その場から小走りで離れた。

先生の言った通りまーっすぐ行った先に
よく見る青と赤の人型マークが見えてきて、
迷わずに中に入って個室に駆け込んだ。

スカートを捲り上げて下着を下ろして
一息ついていると、
外にいるであろうお姉さん方
2人の声が聞こえてきた。


「らぶ今日も最高だったね〜ッ!!」

「明日からも仕事頑張れるほんと!!」


興奮のせいなのか、
さっきまで爆音の中にいたからなのか
声の大きさが調整できてない様子で話している。


「謙ちゃん早く戻ってきてほしいね〜」


…謙ちゃん…?

はて、どっかで…

聞いたことある…気が…


「今日来てたよね!後ろにいたの見えた!」

「スーツ着てたよね!めっちゃかわいかった!」


安井先生の事かーー!!!

ここに入ってきた時に
ド派手な人たちが「謙ちゃん」って
呼んでいたことを思い出して
思わず吹き出しそうになった。

スーツ着てるのに可愛いって言われるんだ。


ウケる。


口元をニヤニヤと歪ませながら
自分の存在は彼女らの目に
入ってなかったことに少し安心する。

声の主たちがトイレから出たのを確認して
自分も個室から出た。

手を洗って安井先生の元に戻ろうと
ケータイを起動しながら歩き出す。

トイレから出て何歩か歩いたところで
ふと顔を上げると
知らない男の人が目の前に立っていた。


「……」


いきなり道を塞がれて
フリーズしてる私をよそに、
その人はいつまでも笑顔。


「…え」

「どこのファン?」

「…え」

「ひとりで来たの?」

「あの」

「JK?スカートチェック柄で可愛いね」

「……」


「会ったことありましたっけ?」
って、聞こうとした瞬間、

横から現れた人に
ものすごい勢いで腕を引っ張られて
そのまま走らされた。

さっき出入りした重量感のある扉を通り越して
その先の廊下へと進んでいく。

廊下の突き当たりを曲がったところで、
その人が急に止まって
私は盛大にコケた。

腕を引っ張られたときはすぐ反応できて
転ばずにいれただけに
こんなとこで転ぶなんてなんか悔しい。


一体何なんだ…


「誰だよあいつ…」


いや、お前も誰だよ…


床にぺしゃんと座った状態のまま視線を上げて
さっきまで私の腕を掴んでた人物を
下から見上げる。

鼻の穴がくっきりと見える彼こそ、
さっきのトイレの目の前で道を塞いできた男同様
全く知らない人だった。


「…誰ですか」

「え!?あぁ!ごめん!!痛かったよね!?」

「はい」

「え、あ、結構ハッキリ言うタイプなんだね。
はははっ。」


よく分からない笑いをこぼしながら
その人は私を立ち上がらせながら
「モロって呼んで」と言った。


「モロ…さん?」


明らかに年上だろうから
一応さん付けにしてみた。


「安井の生徒だよね?
今ね、やす…」

「あ、お前どこほっつき歩いてんだよ!!!」


モロさんの声に被りながら聞こえたのは
安井先生の怒った声だった。

めっちゃ怒ってるし、
めっちゃ早歩きでこっちに来たくせに

目の前まで来たら、
ふぅ…と一息吐いて。


「何でこんなとこまで来てんだ?」


“先生”の顔になった。


「…いや」

「ここ一般が入っちゃダメなとこだよ」

「……」

「なんでここまで来たんだ?」

「……」


何をどう説明すればいいか分からなくて
黙りこくった。


「ナンパされてたよ、その子」


モロさんのその声に先生は
「え?こいつが?」って
心の声がダダ漏れの顔をして驚いた。

かく言う私は、
「え?あれってナンパだったんですか?」って
心の声が思いっきり出た。


「うん、明らかにそうでしょ」

「…はぁ」

「安井が連れてきた子って気づいたから
俺がここまで避難させたんだよ」

「あ…す、みません」


ペコリと頭を下げる私に反して
先生は未だに驚いたまま。


「もしかして俺が何も考えずに
JKの腕掴んでここまで連れ出したと思ったの!?」

「…え、あぁ…はぁ」


キョドりながら出た返事に
モロさんは「え〜〜」って言いながら
視線を安井先生の方に向けた。


「この子ちょっと変な子?」

「…感情取り戻し中なだけ」

「ごめんちょっとよく分かんない」


苦笑いなモロさんの肩を先生がポンと叩いて、


「そう言う事だったのね、
モロさんきゅ。」


と、言った。





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私の大好きなグループに大きな変動がありました。

正直なところ、
受け止めきれてないし

落ち着くまで
まだまだ時間がかかりそうです。

みんなが幸せになれる世の中で
ありたいと思う限りです。


誰も悪くないから
ただただ悲しいだけ。