さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

不器用なアイツ。【8】


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うるさいくらいに耳元で
泣いていた彼女の声が
少しずつ小さくなってきた。


もう首元の服は涙で濡れまくりだし、

首に回されていた腕は
泣いたせいで体温が上がった
彼女のせいで少し汗ばんでるし、

それでも離そうとしなかった俺は
相当彼女が心配で。


『落ち着きましたか?』


彼女にそう聞きながら
自分自身にも問いかけた。


コクン、と1つ頷いた彼女の肩を
押して顔を覗き込むと

本当に不細工。


『相変わらず不細工な泣き顔だなぁ』


顔を隠すようにひたすら
うつむく彼女が
笑いながらそう言った俺を殴る。


さっきまで泣いてたのに、
今度は怒っている。

コロコロ変わる彼女の表情を
変えているのは俺自身。


俺が彼女の表情を変えている。


そう思うともっと彼女を
振り回してやりたくなる訳で、

俺は俯いたまま、目をこする
彼女の腹に手を回した。


『…え?』


今度は困惑し始める彼女。


『…え?え?え?』

『せーのっ』

『…ッッギャァァアアア!!!???』


彼女の困惑した声を無視して
身体を担ぎ上げた瞬間
彼女が大声で叫んだ。


完全に近所迷惑。


ギャーギャー喚くたびに
俺の肩から落ちそうになる
彼女の身体をしっかりと支える。

彼女のそんなに軽くない身体を
担ぎながら向かうのは、
寝室だと思われる扉。


両手が塞がってるから
足でその扉を開けてみれば、
やっぱり寝室だったその部屋に
置いてあったベッドに彼女を放り投げる。


『ぎゃっ!!!!』


情けない声を出しながら
ベッドにダイブする彼女。


『寝ろー!もう今日は寝ろー!』


布団を投げてそう言うと、
彼女は怒りながら


『もう!なんなの!?やめてよ!!』


そう叫ぶ。


投げられた布団から顔を出した彼女は
俺が手に持っている枕を目にすると
きゅっと眉をひそめた。


『それ投げたら怒るからね!!!』


…もう怒ってんじゃん(笑)


なに可愛い事言ってんだよ。


『怒ってみろよ(笑)』


彼女の怒りをわざと煽るように
そう口にして全力投球した枕は
彼女に当たらずに近くの時計に当たって
その時計が床に落ちた。


口をポカンと開けて
その時計を見る彼女。


泣いて、怒って、困惑して、ビックリして。


俺に良いように
振り回されて。


本当に可愛い。


その可愛さに何故か笑いが込み上げてきて、
俺は腹を抱えてゲラゲラと笑った。


時計を拾おうとしながら
そんな俺を呆れながら見る彼女に


『こないだも思ったけど、
○○って見た目よか意外と重いのな!』


結構前から思ってた事を言ってみると、

顔を真っ赤にしながら


『まじムカつく!!』


と、叫びながら
枕を投げ返してきて。


泣いてる顔もいいけど

怒ってる顔もいいかも…


なんて、馬鹿みたいなこと思った。



『○○〜』

『何』


俺の呼びかける声に
全開でふて腐れる彼女。


『…誕生日、やり直さない?』

『は?』


まだちょっと体重の話を根に持ってるのか、
低い声で聞き返してくる。


『誕生日、やり直そうよ』

『やり直すって?』


ベッドに腰掛けた俺の隣に
腰掛けてくる彼女。


普通男がベッドに座ってきたら
少しくらい身構えてもイイのに
彼女は何事もないかのように
隣に座ってくる。


だからあんなことされんだよ。

隙だらけ過ぎるだろ。


一瞬にして頭が痛くなる。


『誕生日、俺が祝ってあげる』


でも彼女にさっきのことを
思い出させたくない俺は
悟られないように気を付けながら
話を進める。


『…はぁ』

『週末…ってか、明日明後日か…バイトは?』

『明日は入ってるけど明後日は休み。』


カレンダーを確認する為に
少し前のめりになった彼女から
フワッとシャンプーの匂いがして、

水族館に行こうと誘った俺の方に
振り返りながら、


深海魚も見たい


と、マニアックな事を言った彼女に
小さく唾を飲む。


シャンプーの匂いと、
まだ顔に残る泣いたあと、

赤くなった瞼と鼻が
なんだか幼さを感じさせて…


『マニアックだなー』


抱き締めたい衝動に駆られた俺は
慌てて彼女から目をそらして
ベッドから立ち上がった。


さっきは雰囲気というか
流れ的に許される感じだったけど、
もう1回この状況で彼女を
抱きしめるのはさすがに俺でも出来ない。


だからもう帰ろうと思ったのに、


『…帰るの?』


ベッドに座ったままの彼女は
上目遣いでそう言ってくる。


なんだよその顔。

狙ってんのか。


そう思いたくなるくらい
彼女の表情は反則的で、


『…今日のところは帰ります』


困り果てた俺はそう言って
彼女の頭をポンとするのが精一杯だった。


俺の後ろをポテポテと付いてきた彼女は
玄関に付くと、俺に向かって


『福田くん…本当にありがとう』


小さな声だけどしっかりとそう言ってくる。


でも彼女の顔はいまいち浮かれない。

きっと色々と考えてるんだろう。

俺に迷惑をかけたとか、
そんな事だろうけど。


『何が?』


何も気にしなくていいのに、
どこまでも周りにばっかり気を使う彼女に
そう声をかけると
少しビックリした顔をする。

その顔に痛々しそうに腫れる
左頬に触れると、
彼女の顔が少しだけ緩んだ。


『誕生日に何か欲しいものある?』

『…欲しいもの?』

『そう、俺サプライズとか無理だから
直接聞いとこうと思って』


きっと辰巳とかなら
女の子が喜ぶようなサプライズを
サラッとこなせるんだろうけど
俺には無理。

だから潔くそう言うと彼女は
吹き出しながら


『じゃあケーキがいい』


笑顔でそう言う。


『ケーキ?』

『イチゴがたっぷりのったまあるいケーキ』

『ケーキでいいの?』


もっと贅沢なもの欲しがればいいのに…


『うん。とびっきり大きいサイズのね。』

『りょーかい』


今日シャアにぐちゃぐちゃにされた
ケーキよりももっと大きくて
イチゴが大量に乗りまくった
ケーキ買ってやろ…

と心に小さく決めた。


彼女の家を後にして、
家まで1人で歩く。


さっきまでは彼女の事が心配で
考える暇なんてなかったけど…


『…チッ…』


フツフツと込み上げてくる怒り。

涙さえ出そうになってくる怒りに
とりあえず誰もいない事を確認して
電信柱を蹴っておいた。





***




『…なんで休日なのに
仕事なんてしてんだろうな、俺ら。』


横で先輩がボヤく。


『なんかいつもの事過ぎて
慣れてきましたよ、俺。』

『やめろ福ちゃん。
会社の犬になんてなるな』

『俺より先輩のが犬に片足
突っ込んでると思いますよ』

『間違いねぇな』


顔を見合わせて笑う。


明日は彼女とデートする。


絶対に仕事なんて入れるわけには
いかないから今日どうしても
終わらせたい俺は
ひたすらに仕事を片付けていた。


『福ちゃーん。コーヒーいる?』


先輩が椅子を立とうとしながら
そう声をかけてくれるから、


『俺行きますよ』


と、先輩を制して席を立った。


コーヒーをコポコポと淹れながら
廊下に目を向けると、


『…あ…』


今1番会いたくない人物がそこにいた。


金髪の髪をワックスで整えて
高そうなスーツを見に纏い、
ポケットに手突っ込んで
何語か分からない言葉で
ケータイの向こうの人と話している。


その後ろ姿を睨んでいると、
電話を切った奴は、
不意に振り返って来て


明らかにこっちを見て
あ、と言った。


睨んだままの俺。


『…お前…』


シャアが俺を見ながら口を開く。


『お前…昨日俺のこと殴ったよな?』


少し疑わしく。
でも確信的に聞いてくるから、


『殴られるようなことしてたのは
どっちですか?』


俺も鋭い視線を絶やさない。


俺のその言葉と視線に、
やっぱり…と小さく呟いたシャアは


『まさか同じ会社だとはなぁ』


何が面白いのか笑いながら
そう言う。


本気で殴りたいと思う。

昨日も殴ったけど、もう1回。


『…何?あの子、君の彼女なの?』

『…違いますけど…』

『なら別にそんな怒んなくてもいいじゃん』

『……』

『減るもんじゃないんだし』


反省の色が1つも見えないその態度。


彼女が…

彼女がどれだけ傷ついたと思ってんだよ。


どれだけ泣いたと思ってんだよ。



『あ、もしかして好きなの?』

『……』

『あの子のこと好きなの?』

『……』

『青春しちゃってんの?』


ケラケラ笑いながらそう言って、
完全におちょくる態度のシャアに

俺のなかで何かが
プツンと切れる音がした。


『だからそんなに怒っちゃってんの?』

『……』

『あははっ、まじかー。あははっ』

『…あー。ぶっ殺してぇ。』

『…は?』

『あんたの事今めっちゃ
ぶっ殺してぇ。』

『……』

『包丁で滅多刺しにしてぇ。』

『……』


目を細めながら不敵に笑って
言った俺に、
さすがのシャアも少しうろたえる。


『それも顔面滅多刺し』

『…お前…』


それでもプライドが高いシャアが
うろたえたのは一瞬で、
すぐに睨み返してくる。


『そうやって余裕ぶってればいいですよ』

『…お前に何が出来んの?』

『俺の本気舐めないで下さい。』


舌打ちを1つしてその場を去ってく
シャアの背中が見えなくなるまで睨んだ。



『コーヒーおせぇよ』


席に戻ると先輩がちょっとだけ
不機嫌そうにしていた。


『すいません、ちょっと戦ってて』

『コーヒーとか』

『コーヒーとです』

『ならば仕方ない』


先輩の机にコーヒーを置いてから
トイレ行ってきますと声をかけて、

廊下に出てから
ケータイを起動する。


発信履歴に並ぶ名前をタップして
ケータイを耳に当てると、


『はい』


すぐに声が聞こえた。

一気に胸に渦巻いてた気持ちが
すーっと溶けていく。


『早いな』


電話の向こうの彼女が
嬉しそうに笑う。


『今どこ?』

『家だよ』

『無事家に着きましたか?』


思えばなんで彼女に電話かけたんだろ。

まだまだ仕事は溜まってて、
こんな事なんてしてる暇なんてないのに。


なんでとか思いながらも、
彼女に電話をかけた心理は
どう考えてもシャアに喧嘩を売ったことに
少し興奮してる自分を落ち着かせたかった
意外のなにものでもなくて、

無事ですよ、と笑いながら
言った彼女に

そーですか。と無関心を装った
返事をした。


そのあと二言ほど会話を交わして
電話を切る。


『あ〜…デートの為だぁ〜〜』


ケータイに向かって1人で呟いて


『頑張れ、俺。』


まだまだ仕事が残る
自分の机へと向かった。










…ビックリした。


兄ちゃんにめっちゃ頼んで
やっとの思いで借りた車に
乗り込んできた彼女は

女の子感満載の服を着ていて、


『オシャレしてきたね』


不意打ちの可愛さに思わず顔がニヤけて
口元を手で隠してそう言った。


『今日はお願いします』


ペコリとお辞儀をしながら
助手席に乗った彼女は、
踵の高いブーツまで履いてて

彼女の私服なんてほとんど見た事ないけど
絶対普段から着てはないだろうなって
言うのが分かるくらいにくらいに
頑張ったであろう洒落たその格好に
俺はただただニヤけるばかりだった。


彼女も今日のデート、
楽しみにしてくれてたのかな…


なんて思いながら
上機嫌で鼻歌を歌いながら
水族館までのナビを設定してると、


『福田くん、ブラック飲めるよね?』


彼女がバックから
飲み物やらお菓子やら
たくさん取り出し始めた。


『…ん?』

『お菓子は必要でしょ?やっぱり。』


俺はデートのつもりで誘ったのに
どことなく遠足気分な彼女に
少しだけガクッとした。


『福田くん用にもちゃんと買ってあるよ』


そう言って彼女が差し出してきた
俺用と言ったお菓子はよっちゃんイカとか
スルメばっかで、


『それはお菓子じゃなくてツマミだ』

『そっか。運転するからお酒飲めないか』

『そーゆう問題じゃないです』

『私のうまい棒あげるから許して』

『コンポタ味がいい』

『…ない』

『いや本当あなたのセンス疑います』


この子意外と馬鹿なのかな、
とか思ったけど

彼女が楽しそうに笑うから
こっちも嬉しくなった。


水族館について、彼女は一目散に
深海魚コーナーへと向かった。

子供をかき分けて
水槽の1番前までたどり着いた彼女は、


『……』


偽物の深海魚を目の前に
ガックリと肩を落として
落ち込んでいた。


もう爆笑の俺。


『だから言ったじゃん、クラゲだって!』


彼女の腕を掴んで、
子供の群れから引き抜くと
少し不貞腐れた顔をする。


彼女はどれだけ見てても飽きない。

分かりやすく落ち込んだり
怒ったり不貞腐れたり。


それが俺のせいだと思えば尚更。

コロコロ変わる表情を見るのが
楽しくて仕方ない。


『ほら、クラゲ』

『おぉ…』

『どれが好き?』

『この子かな』

『これ?』

『うん。ウリクラゲ。
丸っこくてかわいい。』

『最近太ったどっかの誰かさんみたいだな』

『誰かしら』

『誰でしょうね』



ほら、また。

その分かりやすく膨れた顔。


水槽の照明に照らされる
彼女のその横顔を隣で眺めながら
ニヤける口元をまた隠した。



だいたいの場所を見終わって、
お土産屋に寄ってみると
彼女が深海魚のストラップの前で
立ち止まった。


『深海魚いんじゃん』

『なんで飼育してないのに
ちゃっかりストラップは売ってるんだろうね』


深海魚が見たいっていうのは
ギャグかと思ってたけど

あながち本気で見たがってたっぽい彼女に
深海魚のストラップを買ってあげた。

本当に誰が買うんだよってくらい
気持ち悪いストラップだったのに
彼女はありがとうって言いながら
嬉しそうに笑った。



広い水族館でも
意外と早く見終わってしまうもので
どこ行こう状態の俺らだったけど、


『すぐそこ海なんだ』


という彼女の何気ない一言で、
近くの海に来てみた。

まだ寒さの残る海岸には
人がほとんどいなくて

ボケーっと海を眺めている彼女に
車の中に置いてあった
甥っ子の麦わら帽子を被せてあげると
全然被れてない帽子にケラケラと笑い出した。

その笑った顔に
無意識に写メを撮った。


ケータイに収められた
彼女の写真を眺めていると
バシャバシャと水の音がした。

顔を上げると、彼女が海に向かって
裸足で歩いていた。


めっちゃビビる俺。


…何してんだこいつ。


突拍子のないその行動に


『何してんの?』


と、少し引き気味に声をかけると


『寒中みそぎ』


謎な答えが返ってくる。


『…みそぎ?』

『そう。シャアの邪気を落とすの』

『みそぎの意味違くない?』


意味分かんねぇ…

ついつい笑ってしまう俺に
彼女はじっと前を見据えて凛と佇む。


その姿が儚げで…

どこかに行ってしまいそうで…


また俺は無意識に写メを撮っていた。






『コッシー、女の子が好きそうな
お洒落なご飯屋さん教えてよ』

『え、どうしたの急に』

『まぁまぁ、深い意味はないから教えてよ』

『いや、絶対深い意味あるよね。それ。』


そんな会話をしながら
コッシーが教えてくれた
イタリアンのお店に着いた。


お店に入って
メニューをウキウキした顔で見る
彼女を見ながら

コッシーに心の中で
アリガトウとお礼を言っといた。


運ばれてきた料理に手を付けて
少し経ったくらいに
彼女がいきなり


『福田くん…急なんだけどさ』


と、控えめに口を開いた。


彼女が、急なんだけど…
と話して来てくれたその話題は

俺にとったらすごく簡単で、
それでいてめんどくさい話で。


『…めんどくさいなぁ』


正社員として受け入れたいと
言ってくれている事に対して

ウジウジと迷っている彼女に
はっきりとそう伝えるだけだった。


俺は知ってる。

彼女がどれだけ周りから
頼りにされているか。

彼女がどれだけ努力して
周りから頼りにされているか。


自信のない彼女のために
俺が言ってあげる。

背中くらいは押してやる。


彼女の1番の味方でいてあげる。


『…ありがとう福田くん』


晴れやかな顔になった彼女は、
胸のつかえが取れてスッキリしたのか


『ねぇ、福田くんのピザ1つちょうだい』


と、俺のピザまで
ちゃっかり食べた。


『トイレ行ってきます〜』

『行ってらっしゃい〜』


彼女にそう伝えて向かうのは
ケーキのショーケースがある場所。


『すいません、電話でお話ししたケーキ、
お願いしたいんですけど…』


ショーケースの向こう側にいた
店員さんに声を掛けると
長い髪を1つに束ねて三角巾をした
女のスタッフさんが、


『プレートのお名前確認お願いします!』


と、めっちゃでかい声で言うから
彼女に聞こえないか気が気でなかった。


“誕生日おめでとう”


シンプルにその言葉と名前だけが
書かれたプレートを確認して
車に一度戻ってケーキを置いてから
テーブルに戻ると

深海魚のストラップを眺める彼女がいた。


『お待たせしました』

『お帰りなさい』

『そろそろ出ようか』

『うん!美味しかったぁ…』


満足そうにお腹をさすりながら
席を立つ彼女に
美味しかったな、って言いながら
自然とその頭に手が伸びていた。




ほとんど俺ん家に向かうように
車を走らせれば、到着する彼女の家。


『到着しましたー』


車を彼女の家の前に停めてそう言うと、
少しだけ寂しそうな顔をした彼女が


『福田くん…今日本当にありがとう』


俺の目をしっかりと見て言ってきた。


彼女の黒目に映る自分の姿に
嬉しくなりながら、
後部座席に置いておいた白い箱を取る。


『はい、どうぞ』


彼女の前にその箱を差し出せば


『…貰っていいの?』


俺の顔と白い箱を交互に見ながら
箱を受け取る。


恐る恐る白い箱を開けた彼女は、
箱の中身を見た瞬間に


『ケーキ!!!』


大きな声で叫んだ。


『イチゴがたっぷりのったまあるいケーキ』

『うん!!』

『とびきり大きいサイズ』

『うん!!!』

『はは』


ホールのケーキなんて
買った事なかったから
合ってるか不安だったけど
彼女が嬉しそうに親指を立てるから
俺も嬉しくなって釣られて笑顔になった。


ケーキを愛おしそうに見つめて
ゆっくりと、大切そうに
箱を閉める彼女。


その唇に、ふと目がいった。


別になんの変哲もない、
普通の女の子の唇。


…でも、この唇に、

あいつが触れた。


無理矢理。

彼女の気持ちなんて無視して。

暴力的に傷つけて。



わーい、なんて小さくつぶやきながら
未だに箱を見つめている彼女の髪に触れて、
その柔らかい髪を耳にかけた。


『誕生日おめでとう』


祝福の言葉と共に絡む、
彼女と俺の視線。


あいつが触れて、

俺が触れてない。



それがすごく嫌だ。


たまらなく悔しい。



彼女に耳に触っている手に力が入って…

少し距離を詰めようとした瞬間に、



彼女がスッと身を引いた。


…あ、


と思ったら目を泳がせた彼女が、


『あ、あの…ッ、本当にありがとう!』


逃げるように車から降りていた。


『あ、いや、こちらこそ』


どうしていいか分からず
ソワソワするしかない俺。


その後のことはよく覚えてないけど、
また連絡するみたいな事を言った気がする。


気がするだけで、
実際言ったかどうかは定かでなくて

相当テンパってたのか、
気付いたら自分の家の前に着いてて、


『てか俺、家に上がって
一緒にケーキ食おうと思ってたんだった…』


すっかり忘れてた
計画を思い出した。


はぁ、と小さくため息をついて
ハンドルに腕を乗せてうなだれる。


…でも、あの時。

髪を耳にかけたときに
目が合った時の彼女の顔…


『可愛かったなぁー…』


そう1人車内で呟いてニヤニヤする自分に
気持ち悪いな、なんて思った。











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