さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

童顔てんてー。【3】

---------------




「大丈夫?」

いきなり目の前に彼氏のドアップが現れて
ビックリしながら後ろにのけぞった。


「え?なに?」

「いや、名前呼んでも全然気づかなかったから」

「ごめん」

「謝らなくてもいいけど…」


なんだかきまりが悪くなって
乱れてもいない前髪を直す私に、


「どうしたの?なにかあった?」


不安そうな顔をしながら
もう一度私の顔を覗き込んでくる。


「何もないよ」


今までだったらなんとも思わずに
続けられていた会話も
たどたどしく感じてしまう。

自分の行動がちゃんと出来ているのか
不安でたまらない。


私の中の奥底に閉まってる気持ちが
バレちゃってるんじゃないかって。


先生のせい。

全部全部
あの日の先生のせい。









今、私は椅子に座っていて、
目の前には安井先生が仁王立ちしている。


3階の1番端っこから2番目の教室。
“化学準備室”
そこに私はいた。

薄暗いし、よく分からない薬品とか
標本とかたくさん置いてあって
なんだか不気味な教室内。

放課後の今は
この教室の近くに生徒が通る気配もなく、

正門やグラウンドからも離れているから
部活をしている生徒たちの声が
かすかに聞こえるくらい。


そんな不気味な教室に
明るい存在である
安井先生はなんだか不釣り合いな感じがする。


「なんで呼び出されたか分かるよな?」

「……」

「何考えてんだ、お前」


珍しく低い声を出した安井先生が
ペラっと鼻につくくらいの距離で
私に見せてきたのは、
今日の3時間目に受けた化学の小テストで…


「どうゆうことか説明して」

「……」

「無記名の満点解答用紙なんて
教師してて初めて見たぞ、俺は」

「…それなら今日はお赤飯ですね」

「こらっ」


先生は目も合わせずに
答える私の頭をぽこっと叩いた。


「こう見えても結構真面目に怒ってんだけど」


それはなんとなく分かってたけど
気まずい空気に耐えられない私は
余計に先生から目をそらした。

先生はその無記名の解答用紙を
私の体の横をすり抜けて
後ろの机の上に置いた。


「無記名なくせにしっかり全問正解って
何がしたいんだよ」

「…別に」

「別にでこんな事すんな」

「……」

「理由言え」

「……」

「無視すんな」

「……」

「なに?また感情どっか行った?」

「……」

「俺はお前の彼氏じゃないんだけど?」

「…だからそうゆうとこだってばッ!!」


叫んだ私に、
先生は小さいため息をつきながら


「はぁ、やっと出てきた。」


って呆れながら笑った。


「出てきたってなによ」

「お前の感情」

「はぁ?」

「突っ突かねぇと出ないからなぁ」


またしてもやられたと思った。

前にこうされたのが原因で
ずっとイライラしてたのに。

また同じことを繰り返してしまった。


「そんじゃあ、
理由、教えてよ」


先生は口をつぐんだ私の髪の毛を
優しく撫でた。

喋るつもりなんてなかったのに、
撫でられた髪の感覚に
“怒った顔可愛いね”って言われた日を思い出して

勝手に口が動いてた。


「先生のせいだし」

「は?俺?」

「先生が余計なこと言うから」


先生は眉間にしわを寄せて
“なんで俺?”とでも言いたそうな顔をしながら


「いや、人のせいにすんなよ」


って言った。


「先生のせいだって」

「お前の無記名テストに
俺がなんの関係があんだよ」

「今まで上手くやれてると思ってたのに」


その言葉を聞いて、
先生がはっはーんって顔をして
少しニヤリと笑った。


「え、何?こじれた?喧嘩した?」

「してない!」

「してねぇのかよ!」


食い気味に否定した私を
思いっきり笑い飛ばした先生は
少し離れたところからもう一つの椅子を引っ張ってきて
私の目の前で座った。


「でも今ので認めちゃったね」

「…なにがですか?」

「彼氏の前で感情出せてないって」


クスクス笑う先生に
自分の顔が赤くなっていくのが分かる。


「本当に…やめてください…」


反論しようとする声は驚くほど弱々しい。


「先生に言われてから、
もうどうしていいか分からなくなってるんです…」

「うん」

「今までどうやって会話してたのかも
分からなくなって…」

「うん」

「全部上手くいかなくなってる…」

「うん」

「もう…ほんと、どうしていいか分かんない…」


私が何を言っても
先生は単純な相槌しか打たないくせに
変な威圧感がある。

逃げ場を無くされるような。

それでいて素直にさせるような。

怖いけど怖くない、変な威圧感。


溢れる涙をこらえきれなくて
一筋流して、鼻水をすすった瞬間
カバンの中に入れていた携帯が音を立てた。


ハッと我に返って
込み上げてきた恥ずかしさを誤魔化すように
ものすごい勢いでカバンを掴んで
中から携帯を取り出す。

携帯を起動してラインを開くと、
そこに映るのは彼氏からの連絡。


『どこにいるの?』


安井先生に暴かれた
今まで蓋をしていた感情が顔を出したせいで
“もうどうしていいか分からない”状態
になった私はその画面を開いたまま動けなくなった。


なんて、返そう…


考えながら固まっていると、


「あ」


手の中から携帯をヒョイと奪われた。


もちろん奪ったのは安井先生で。

呆気にとられる私をよそに
勝手に携帯を操作してから
もう一度私の手の中に戻した。


「まぁとりあえず、
怒るってのと、泣くって感情は出てきたから
次は楽しいことするか」


恐る恐る携帯画面に目を向けると、


『今日はちょっと寄りたいとこあるから
先に帰ってて💓ごめんね💓💓』


なんて、
ハートがガンガンに使われた
文章が送られてて目玉が飛び出た。


「ちょ、先生!?何ですかこれ!!!」


慌てて何かフォローをしようと
文字を打ったり消したりするけど
そうこうしてるうちに既読がついて
「アッ」とか「ウッ」とか
変な声が出るだけで結局何も出来ず、

彼氏から
『了解。気をつけてね。』
と言うメッセージが来て諦めた。


「慌てるって感情も出てきたねぇ」


お菓子に付いてきたオマケみたいな
言い方をされて少し頭にきたけど
そんな事よりも、
先生が彼氏に打った文章の方が問題だ。


「私、こんな文絶対に打たない」

「まぁハートマークなんてね」

「使った事すらないかも」

「ごめんね〜
まぁ感情なかった人間がハートマークなんて
使うわけないか」


気持ちがいいくらいの嫌味に
もう怒る気力さえも失せた。


「先生…テスト、すいませんでした。」


先生の目は見れないまま
謝った私に笑いながら肩をポンと叩いた。


「もうすんなよ」

「先生が私に変なこと言わなければ
もうしないです」

「お前なぁ」


先生は呆れながらも、
私が本気で言ってる訳じゃないことを
いとも簡単に汲み取ったみたいで
それ以上は何も言わないまま
無記名のテスト用紙を私に渡した。

私が「すみません」ってもう一度小さく
謝りながらテストを受け取ると、
先生はそのまま帰り仕度を始めた。


お説教タイムがやっと終わりを迎えたっぽい。

やっと帰れるぜ。


「お前、校舎裏で待ってろ」


理解不能な声が飛び出したのは
もう化学準備室のドアに
手をかけた時だった。


「はい?」


心の底から“意味分かんない”感
丸出しの声を出して驚いた。


「楽しいことするかって言ったじゃん」


先生は自分のカバンから鍵を取り出すと、
私に向かって何かを企む子供のように笑って


「後でな」


って言いながらその鍵を見せびらかすように
ひらに乗せながら手を振った。

先生のペースにまんまとハメられまくって
ドアに手をかけたまま動けなくなった私の
手ごと掴んで化学準備室のドアを開くと
体を横に向けてスルッと通り抜けた。


「…え、なに…」


とりあえず全てにおいて
意味が分からなくて思わず独り言が出た。


…楽しいこと…?


先生の言った言葉を
頭の中で何回も繰り返す。

いろんな考えを張り巡らせながら
ぼーっと歩いてたら校舎裏に着くまで
やたらと時間がかかった。

でも私的には時間がかかった感覚がなくて、
校舎裏にすでに到着してた先生に
少しイラついた様子で
「おっせぇんだよ」って言われて
自分の歩くスピードの遅さに気づいた。


「…ごめんなさい…?」


先生の意味不明な言葉のせいで
時間がかかったわけだから
謝るのも縁落ちないから疑問形にしといた。


「助手席乗って」


私の手からカバンを取って
後部座席の席に投げ入れながら
顎で助手席を指す先生に従って
助手席のドアを開けた。


私は免許さえもまだ持ってないから
車に関する知識は無知で、
先生の車がなんて名前なのかとかは分からなかった。

童顔な顔とかちっちゃめの背丈のせいで
“可愛い”って言われがちな先生からしたら
意外な感じの黒のゴツめの車だった。


助手席に座ってドアを閉めたら
先生も同じタイミングで
運転席に乗り込んできた。


「私どこに連れてかれるんですか?」


ケータイを操作してる先生に問いかけると
「うん」ってから返事が返ってきた。


どこって聞いてんのに、うんって…


明らかにケータイに夢中で
私の言ったことなんて
何一つ耳に入ってない様子なのが
新鮮で少しだけ面白かった。


小さく、よし。
と口にしてケータイをどこからか
出てきている充電器にぶっ刺した先生は
車のエンジンを入れた。

ブロロロロロ
と、体に響く音と共に流れてきた音楽は
聞いたこともないオシャレな洋楽。


「30分くらいかかるから寝ててもいいぞ〜」


…だからどこに行くんだっつーの。


さっきの質問はやっぱり
聞こえてはいたけど
聞こえてなかったようなものだったみたいで

もう一度質問するのもめんどくさかったから
コクンと頷いて目をつぶった。


化学を教えてもらってるだけの
そんなに親しくもない先生の車に乗って
どっかに行こうとしてる今の状況。

そんなの当たり前に初めてで、
からしたらとんでもなく大冒険の体験。


頭にチラつくのはもちろん彼氏の顔。

あんなハートマークたくさんのライン
私が送るわけない。
送ったことなんて一度もない。


今度こそ本気でこじれるかも。


まぶたを閉じたまま、
動き出した車の揺れに身を任せた。



「着いたぞ、起きろ」


先生に頭をポンポンされて
目を開けると、車の外には
見慣れた景色とは違う景色が広がってた。

薄暗くなっている空。

魚の鱗みたいに並んだ雲に見入っていると
いきなり膝の上にパーカーが投げられた。


「とりあえずブレザーとカーディガン
脱いでそれ着て」


手にとって目の前に広げると
よく聞くスポーツメーカーの
ロゴが書かれたグレーのパーカー。


「…なんでですか?」

「もろ制服ってのはちょっとアレだから」


エッ。
未成年が入っちゃダメなとこなのッ!?


思わずビクついたら、
先生はケラケラ笑いながら


「お前結構分かりやすいな〜」


って言って、
ネクタイを外してジャケットを脱いだ。


「ライブハウスだよ」

「…ライブ、ハウス…?」

「ちっちゃい箱だから
そんなビビんなくても大丈夫だよ」

「はこ…」


聞き馴染みのない単語を繰り返す私に、
何が面白いのか先生は
大爆笑しながら手を叩いてた。


「別に未成年も出入りできるし
暗いから制服もそんなに見えないけど一応な」


未成年云々というよりは、
安井先生と“一緒にいる”人間が
先生が勤務している学校の生徒。

っていうのが1番まずいんだろうな。


大人は色々大変だ。


オトナの事情を理解した私は
大人しくブレザーとカーディガンを脱いで
先生が貸してくれたパーカーを羽織った。

チャックをしっかり上まで閉めると、
先生はニコッと笑って


「よし、行くか」


と言った。


私が車を降りてドアを閉めたのを
確認した先生は
車に鍵をかけてその鍵をポケットにしまった。


「…なんでライブハウスなんですか?」

「それはお楽しみ」


意地悪な顔でニカッと
歯を見せた先生の後について入り口へと向かった。




---------------