さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

越岡くんと元彼。【後編】



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大きなエビフライが乗った
ランチプレートが人気のこのお店は、

夜になるとランチの時よりも
メニューが増える上に、
色々なワインが楽しめる
おしゃれな飲み屋に顔を変える。


私はあまりお酒が飲めるタイプじゃない。

でもこのお店に置いてある
スパークリングワインが
お酒の弱い私にも飲みやすくて
すごく美味しいから


友達とよく、
軽く飲みたいねってなった時は
いつもこのお店に来ている。


昼も来たのに夜も来たり…
1日に2回行くこともたまにあるから
多分店員さんには顔を覚えられてると思う。

ちょっと恥ずかしいけど
その恥ずかしさを受けても尚、
来たいと思うくらいには
このお店は私のお気に入り。


アンティークなドアの取っ手を引いて
店内に入ると

ゆっくりと流れるBGMと
鼻をかすめるいい匂い。


『腹減った』


超絶オシャレ女子気分だったのに、

駅から一緒に歩いて来た友達が
鼻水をすすりながら
低い声でそう言ったから
一瞬にして雰囲気がぶち壊れた。


『もっと可愛く言ってよ』

『なんでよ』

『せっかくグータンヌーボみたいな
気持ちになってたのに』

『もうやってないからその番組。
年齢バレるから辞めて』


何度も見たことある顔の店員さんが
私たちの可愛げのない会話を聞いて
肩を揺らしながら案内してくれた席に着く。


テーブルに並ぶのは

お気に入りのスパークリングワインと
イカの一夜干し。

それとオシャレぶった友達が頼んだ
ナッツと生ハム。


音を鳴らしながら
軽く重ね合わせたワイングラスで
グイグイとお酒が進んで、

会話も弾んで
ほろほろと酔いが回ってきた。


その時、ケータイが鳴った。


画面に映るのは、知らない番号。

かかってきた電話には
片っ端から出る私は

ちょっとごめん。
と、友達に一言添えてから
通話ボタンを押して
ケータイを耳に当てた。


『もしも』


ブチッ


切れた。


そしてすぐまた鳴る。


『はい』

『……』

『もしもーし』


ブチッ



今度は少し間を空けてから切れた。


『え?なに?大丈夫?』


心配そうに友達が言う。


『なんだろうね。』


間違い電話か何かかな…

なんて思いながら気にも留めないで
友達との会話を再開した。









間違いかなと思った
電話はそれから何日か続いた。

出た瞬間に切れるその電話に、


…あ。これは間違い電話じゃないな…


って思い始めた。


でも知らない番号だし、
正体不明の相手からの着信に
戦う気も起こらずに
かかってくる電話に片っ端から出て

相手の通話料金を上げることだけに
全力を努めていた。


イタズラでやってるなら
そのうち飽きるだろ。

呑気に考えていたある日、


『……うわ』


アパートのポストが
紙で溢れかえっていた。

仕事から帰ってきていつものように
ポストを確認してから部屋に行こうと思ったら

明らかに容量オーバーの紙が
私の家の番号が書かれているポストに
ギチギチに詰め込まれていた。


その紙には、
とある人物しか知り得ない
昔の私の事が書かれていたり
写真がたくさん貼られていて…


『あいつじゃん…』


焼肉屋での不敵な笑みを浮かべてた
あの元彼の顔が浮かんだ。


鳥肌がブワーっと
全身に立った。


別れてすぐに
着信拒否したけれど、

そりゃあ番号を変えられたら
そんなの意味を成さない。


力なくポストから紙を剥がす
私の口から漏れるのは


『暇なのかな、あいつ』


元彼への嫌味。



あ〜裕貴に癒されたい。

裕貴に甘やかされたい。



いまいち危機感が湧かない私は
ポストから紙を抜き取りながら
片手で裕貴に電話をかけた。



裕貴は私のワガママ全開の呼び出しに、
すぐ行くね。
って、言ってくれた。

裕貴が家にいるときに
ケータイが鳴ったら嫌だから
電源をオフにしといた。


それから30分もしないで
私の好きなチーズケーキを片手に
裕貴は私の家に来た。

仕事終わりに来てくれたらしく
スーツ姿はたまらなくカッコよかった。

玄関で靴を脱いでる裕貴の背中に
思いっきり抱きつく私の頭を
優しく撫でてくれる彼は
やっぱりすごく優しくて


この人のこと悲しむ顔は見たくないな…

そう思って、
元彼からの電話のことは
言わない方がいいかな…って思った。




…本当に、なんで今更?って思う。


付き合っていた頃は
ひとつも私に執着なんてしなかったのに。

むしろ邪魔者のように扱って
他の子ばかり相手にしてたくせに。


元彼は言っていた。

私以上に自分を好きでいてくれて
自分を尊重してくれた女他にいなかったと。


それは完全に勘違いだ。


尊重してたんじゃない
言わないで我慢してただけ。


捨てられるのが怖くて
言えなかっただけ。

だから我慢してた。

それもなんで我慢出来てたって…
裕貴が私の話を聞いてくれてたから。


こんなどうしようもない私の
側にいてくれたから。

八つ当たりしても、
いきなり泣き出しても、

いつだって私を気にかけてくれてたから。


昔だって今だって
私には裕貴が必要なんだ。


今になってはこう思う。

元彼への我慢だって、
裕貴に対しての気持ちを
誤魔化すためのものだった。

だから尊重してもらえてたなんて、
勘違いもいいところ。



嫌な顔ひとつしないで、
私の家に来てくれた裕貴は

ご飯を食べると帰って行った。


急な呼び出しだったのに、
たかがご飯を食べるだけの
何十分かのために来てくれるなんて…


裕貴の優しさに
浮かれに浮かれまくった
浮かれポンチな私は
イタズラ電話のことなんて
すっかり頭の隅に追いやれていて

ケータイの電源を入れた瞬間に


『…どっひー…』


不在着信62件


その文字に驚愕した。


もちろん全部あの番号。


ここまでくるとさすがにヤバイ

ちょっと冷や汗までかいてきた。


言わない方がいいかなって思ったけど、
私1人でどうにか出来る問題じゃ
無い気がしてきた。


いや、でもその前に
友達に相談しよう。

とりあえず友達に言ってから
裕貴にも…


ピンポーン


部屋にインターホンの音が鳴り響く。


このタイミングでの、
呼び鈴の音に体がビクつく。

跳ね上がった身体を落ち着かせて
どくどくとなる鼓動を感じながら
玄関の方に向かう。

手汗をびっしゃりとかいた手で
取っ手を掴んで
のぞき穴を覗くけど…


『…あれ?』


誰もいない。


恐る恐るドアを開けて確認しても、
そこには誰もいなくて


『…え、謎…。』


ドアを閉めようとした瞬間に
ものすごい勢いで
体が引っ張られた。

全開に開けられた扉の向こうには
どこに隠れてたのか

今までのイタズラの犯人、
元彼がいた。


『ぎゃぁぁあああ!!!!』


いきなりの登場にビビって
大声を出した私を奴は
部屋に押し込んだ。


そして鍵を閉める。


やっばーー!!!!

この状況超やっばーー!!!!


『俺からの電話って
気づかなかったの?』


あの焼肉屋以来に見る元彼は
目が血走っていて髪もボサボサで

焼肉屋で見たときの姿の
面影がほとんどなかった。


『さっき気づいたわ!暇かお前は!!』


この上なくやばい状況に、
相手を落ち着かせるどころか
逆に口が悪くなる私。


俺女の子みんなに振られちゃってさぁ』


だろうな!
だろうな!!

お前みたいなやつ、
一枚皮剥がれれば
振られまくるに決まってんだろ!!!


『やり直そうよ、○○』


死んでも嫌だわ!!!
こちとら今幸せなんだよ!!!


『結婚しよう?』


タハー!

一発ギャグ?
ねぇ、今の一発ギャグ??


完全にいっちゃった目をした
元彼がジリジリと距離を詰めてくる。


ケータイを手に取ろうとしたけど、
モタついてうまく取れなくて
元彼に奪われてしまった。


『別れてからすぐに何回かかけたんだよ?
なのに着信拒否だもん。酷いよなぁ。』


元彼の意識が私のケータイに
行った隙を見計らって
ベランダがある窓へとダッシュした私は、

その窓を勢いよく開けて、


『ゆうきーーッッ!!!!!
助けてーーー!!!!!!』


人生で一番ってくらいの大声で
そう叫んだ。


『おい!!』


後ろから口を塞がれて
家の中に再び引きずり込まれる。


『誰だよその男!!
今付き合ってる奴か!?』


手加減なしの力強さに
息が苦しくなってくる。


…し、死ぬ…かも…


意識が遠のきそうになった瞬間に、
パトカーのサイレンが聞こえた。


『は!?警察!?』


サイレンの音にビビったのか、
少し緩んだ元彼の力に、

奴の腕からすり抜けた私は
瞬時に男性のシンボル的な場所を
思いっきり蹴り上げた。


『…ぐぉ…ッ』


その場に倒れこんだ元彼に
大声で怒鳴る。


『お前のこと警察に突き出してやる!!』


私のその言葉に、
今自分がどれだけ不利な状況か。

私と自分の立場が一変したかに
気づいた元彼は
立ち上がって一目散に逃げ出した。


でも、これで元彼からの
イタズラがなくなるなんて
保証はどこにもない。

きっちり警察に突き出してやる。


玄関へ走って行って、
鍵を開けて外に飛び出した元彼の背中を
蹴り飛ばす。


前に倒れこんだ元彼に飛び乗って、
ヘッドロックをかまして
腕を後ろに引っ張って
ねじりあげようとしたその時…


『○○!』


優しい声と共に、
後ろから抱き締められた。


女子プロの選手並みの
戦いを繰り広げていた私だけど、


その声の持ち主に
触れられた瞬間に、


『裕貴ぃぃ〜〜』


か弱い女の子になった。


元彼の上に乗ったまま
裕貴の方に体を向けて
ぎゅっと抱き着くと、


『怪我ない?』


聞こえてくる優しい声に
涙腺が緩む。

泣きながらよく周りを見てみると
ギャラリーの数が半端なかった上に、
私のケツの下の元彼は
完全に気を失って伸びきっていた。


私の元に駆け寄ってきたお巡りさんが、


『大丈夫ですか?』


と、言いながら


たまたま近くをパトカーで通っていたら
助けてー!って声が聞こえて、
急いで声のする方へ来てみたら
男の上に馬乗りになって
ヘッドロックかましてる女がいて
何が何だか一瞬分からなかった。


って、
事の経緯を説明してくれた。


ここぞとばかりに、
お巡りさんに伸びきった状態で
パトカーに運ばれていく
元彼のことをあれやこれやと告げ口した。


裕貴は、お巡りさんでさえ、
飛び込むのを躊躇った
元彼と私の戦いっぷりに
迷うことなく駆け寄ってくれたらしい。


『お嬢さん、いい彼氏持ったね』


裕貴に聞こえないように
私だけにそう耳打ちしたお巡りさんに
私は照れ笑いするのが精一杯だった。









目の前には胡座をかいて、
腕を組む裕貴。

そしてその前で
小さくなって正座する私。


『……』

『……』

『……』

『どういう事か説明して』


少しの沈黙を置いて、
そう言った裕貴に私は


『ちゃんと言おうと思ったんだよ…』


って、ほとんど意味のない
保険をかけながら
今までのことを話し出した。


最後まで話し終わると、
裕貴は優しく私を抱き締めてくれた。


『なんでもっと早く言わなかったの』

『ごめんなさい』

『○○のアパートの方から
サイレンの音したから焦って戻ってみれば…』

『うん』

『心臓止まるかと思ったわ』

『ごめんなさい』


謝ることしか出来ない私を、
もっと強く抱き締めて
髪を撫でてくれる。


『…俺のこと好き?』


小さな声でそう聞く裕貴。


これは私の憶測かもしれないけれど、
裕貴は元彼に
コンプレックスがあるのかもしれない。


昔の事だとしても、
裕貴よりあいつを選んだことがある過去を
裕貴は気にしているのかもしれない。

自分じゃない男を
私が選んだという過去を。



私は、裕貴の事が好きだ。



実は細身に見える彼の腕が
しっかり筋肉がついてることも知ってる。

キスするときにくすぐったい
長いまつげだって。

顔を埋めたときにいい匂いがする
サラサラの髪だって。


全部大好きだ。


『好き。大好き。』


迷う事なくそう口にした私に、
小さく息を吐き出した裕貴は

私の顔を覗き込みながら


『もう二度とあんなことすんな』


って、ちょっと説教してきて…


さっきまでの自分のプロレスラー並みの
戦いっぷりを思い出して
恥ずかしさに顔を赤らめた。







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多分この主人公の女の子は、
ガチで戦えば越岡さんより
遥かに強い(笑)

越岡くんと元彼。 【前編】



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一時期、電話口の裕貴の第一声が


『何された?』


だった事がある。


ため息交じりのその声は
呆れているけれど優しくて、

男の子にしては少し高めの声質に
いつも安心したのを覚えてる。


『…ゆう…きッ、もうやだ…ッ』

『とりあえず落ち着いて深呼吸して』


泣きながら電話するのは
昔からいつもこの人だった。


裕貴の優しさを
最大限に利用していたクズな私は

嫌なことがあると、
例えそれが今付き合ってる男の事だろうが
職場での上司の事だろうが
女友達とのトラブルだろうが

なんだろうと泣きながら電話をして
彼に愚痴っていた。


うん、うん、
って優しく聞いてくれて
私を肯定してくれる優しい人。


彼のそういうところを利用して
生きていた時期があった。



そんな彼の優しさは、
今でも続いていて…


『裕貴、ギュッてして』

『なんだよ急に』

『ギュ〜〜ッてして』

『はいはい』


今日も今日とて、
裕貴に甘やかされている。


『裕貴〜』

『○○〜』

『裕貴〜〜』


裕貴のせいで
昔の自分からは想像もつかないくらい
甘えん坊になった。


そのせいかもしれない。

少し浮かれていた。


少しどころかかなり浮かれてて、
あんなことが起こるなんて
想像もしてなかった。







***







『…分かった』


ふて腐れながらそう言う私。

電話の向こうには
申し訳なさそうに謝る裕貴がいる。


今日はお互い仕事が終わったら合流して
焼肉を食べる約束だった。

完全に肉モードだった私の落胆は
それはもう半端なものではなく、


『焼き肉…』


ついつい漏れる不満気味な声。


裕貴は悪くないのは分かってる。

仕事なのは仕方ないし、
なにより聞こえてくる裕貴の声も
すごく残念そうだから

仕方ないと思うんだけど…


『1人で行ってくる』


その決断が出るくらいには
私の脳内はもう完全に焼き肉一色。


元々ぼっち飯が全然へっちゃらなタチで、
しかもそれが行き慣れた
焼肉屋となれば俄然へっちゃら。


お店に入って、店員に案内されて、
席に着いた。


『タン塩とハラミ2人前で!』


意気揚々と店員にオーダーして
運ばれてきたお肉を網に乗せる。


お肉の焼けるいい匂いを嗅ぎながら
写真を撮って、


いただきます♡


って言葉とともに裕貴に写メを送る。


白米片手にお肉を頬張ってると、


“飯テロやめてよ。”

“こっちは仕事中なの。”


返ってくる裕貴からのライン。

携帯に向かってしたり顔で
網の上の空いたスペースに
お肉を並べてると


『相変わらず1人で飯食うの平気なんだな』


聞こえてくる声。


顔を上げるとそこには、


『よっ!』


いつぞやの浮気性な元彼がいた。



まさかの人物の登場に
気分を害されまくった私は
もろに“最悪”って顔をして、

元気だったー?

なんて呑気な顔して話しかけてくる
そいつをガン無視して
お肉をひたすら口に入れる。


『ここ座っていい?』


とか言いながらもう座ってる。

本当に気分最悪。
もう一生会いたくなんて無かったのに。


『久しぶりだね』

『……』

『さすが食いっぷりいいね』

『……』

『俺もタン塩食おうかなぁ』

『……』

『お前ホント好きだったよな、タン塩』


こんだけガン無視してるのに
え?気づいてないの?ってくらいに
普通に話しかけてくる。

相変わらずの鉄のメンタルに
関心さえする。


元彼が店員さんを呼んで
注文する姿を
モグモグ口を動かしながら
気づかれないようにチラ見する。



…こいつを好きになんて
ならないと思ってた。

人数合わせに誘われた合コンに
参加したのが全ての始まりだった。


あの頃も私は裕貴が好きだった。

でも、距離がフワフワとしていた。


近くにはいるけど
誰よりも遠くて

触れられる距離にいるけど
触れられなくて

裕貴との未来が見えなくなってた。


このまま裕貴を好きでいて…
その先に何があるんだろう。


もしかして、
裕貴を一途に想ってる自分が
好きなだけかもしれない。


そんな気持ちの時に誘われた合コン。

人数合わせだとしても、
この暗い気持ちを拭えるなら…と、
その飲み会に参加してみた。


そしてその合コンにいたのが、

1人でべちゃくちゃ喋りながら
今私の目の前で焼肉を食う、
この男だった。


顔はえげつないほどに
整っていた。

10人中10人が『イケメン!』
と、答えるほどに
綺麗な顔をしていた。

でも…
自慢げな話し方も、
横柄な態度も、

とにかく彼の何もかもが
片っ端から気に障った。


『○○ちゃん、すげー俺のタイプ』


みんなの前で私に向かって
そう口にされた時は
思わず口をへの字に曲げて
眉間にしわを寄せた。


きっもちわる!!!!!


心の中でそう吐き捨てた。


こんな奴って思った。

マジで嫌いなタイプって。


なのに…
私は彼にのめり込んでしまった。

どう言うわけか
好きでたまらなくなってしまった。


私がのめり込んでしまったこの男は、
女の扱いがとても上手かった。


男らしく手を引いて、
スマートに高級レストランに
スコートしてくれたかと思えば

いきなり後ろから抱きついて来て
犬のような可愛さで
無邪気に甘えてきたりした。


虜になるのに
時間はかからなかった。

私に愛をたっぷり注いでくれる。

愛される事への憧れが
叶った瞬間だった。


そして、彼は。
釣った魚には餌を与えなかった。


“恋人”という関係になって
1ヶ月も経つと、
別人かと疑うほどに
冷めた目を私に向けるようになった。

元々、彼は女友達が多かった。


ずーっとケータイが繋がらなくて
やっと繋がったかと思えば、
女と飲んでる何てことはよくあった。

でも、彼に
『友達だ』
と一言言われてしまえば

なにも言い返せなかった。


彼に捨てられない為に
良い子になって
理解がある女を一生懸命演じた。


友達という名目で飲んでいる
相手の女が彼の元カノだったとしても
何も気にしてない振りをした。


友達には、別れなよって言われた。

裕貴には何回も何回も言われた。

そんな男別れろって。


1番言われたくない裕貴に
別れろって言われて
余計にムキになって別れなかった。


いつも心配して真剣な眼差しで
そう言ってくる裕貴に、


『うるさいなぁ!関係ないじゃん!』


って吐き捨てた事まである。


今思えば最低だった。

私自身何もかも。

裕貴に甘えて八つ当たりして。



まぁ、最後は浮気されまくって
ボロボロになって…

裕貴の存在が
大きくなる一方で、

裕貴への気持ちを再確認して
結局別れたんだけど。




『○○見つけてビックリしたよ!
思わず声かけちゃった〜』


未だに1人で喋る元彼。


思い出したくもない過去を
思い出させられる。

この男のせいで
どれだけ泣いたか。

あんなに精神的に病むことなんて
これから先ないってくらいに
身も心もボロボロにされた。


なんで声なんてかけてこれるのか。

こいつの神経が信じられない。


付き合っていた頃も
何を考えているのか分からないこと
だらけの人間だったけど、


『やっぱうめーなー焼肉は〜』


勝手に追加オーダーした
タン塩と白飯をかっ込んでいる
こいつの脳内は理解不能。


あー、もう気持ちが悪い。
気分最悪。


一度だけ元彼をきつく睨んだ私は、
荷物も全部持って席を立つ。

苛立つ気持ちを
ドスドスと音を立てて歩いて
床にぶつけながらトイレへ向かった。


トイレで用を足しながら
ケータイを起動すると、

元彼の話を全く聞かずに
ムシャムシャと一心不乱に
お肉を食べていたから気づかなかったけど

裕貴から仕事終わった、との
報告ラインが入っていた。


『…〜〜ッッ…』


高ぶる感情に声にならない
変な音が出る。



裕貴に会いたい。

裕貴に会わなきゃ無理。


裕貴とのライン画面を見て
なんだか少し泣きそうになる。


“今から家行っていい?”


って送ってみると、


“待ってる”


すぐに返ってくる優しい文。


たまらず少し早足に個室を飛び出して、
手を洗った。

もう店を出よう!さっさと出よう!

ケータイを握り締めながら席に戻ると、
そこに元彼の姿はなかった。


…あれ?さっきの幻覚?


そう思うくらいに
空っぽになっている私の向かいの席。


さっきまで彼が使ってた
お皿もお箸も無くなっている。


…はて?

幻覚?

幻覚か…な?

なんだよ!最悪な幻覚だな!
せっかくならもっといい幻覚見せてくれよ!


周りに聞こえないくらいの声量で
独り言をブツブツと言って

唇を尖らせながら
レジへ向かおうと伝票を探すけど
テーブルの上に置いてあった伝票がない。


『ん?なんで?』


テーブルの下とか、
椅子の周りとか見てみても
見つからない伝票。

キョロキョロする私に気づいた店員が


『お会計、先ほど頂きましたよ』


声をかけてきてくれた。


『…へ?』

『お連れ様から頂いてます』

『…お連れ様…?』

『はい。先ほど』


最後の店員さんの言葉は
ほとんど聞かないくらいの勢いで
走ってお店を出る。


勢いよくドアを開けて
外に飛び出せば、

お店のすぐ横にある喫煙できる
スペースで、タバコを吸いながら
不敵にこっちを見て笑う

元彼がいた。


『…ご馳走様って言えよ』


笑いながらそう言って
吸っていたタバコを地面に落として
火を踏み消す。


『奢ってくれなんて頼んでない』


思いっきり睨みつけながらそう言うと、
乾いた笑いが聞こえる。


『会いたかったよ』

『私は会いたいなんて思ったことない』

『まじで?酷いね』

『どっちがよ』


静かにこっちに近づいてくる元彼に
思わず後ずさりする。


『なぁ、○○?』

『……』


やばい。

気持ち悪い。

その整いすぎってくらいに
綺麗な顔のせいで
なんだか不気味。


『俺と、やり直す気ない?』

『はぁ?』


120億パーセント
喧嘩腰の声が出た。


『俺との事、考え直して欲しいんだよね』


あれだけ最低なことをしておきながら
こんなことを言えるこいつの脳内が
おめでたい。


『お前以上に俺のこと好きでいてくれて
俺のこと尊重してくれた女…
他にいない。』

『……』

『やり直したいんだよ』

『……』

『今度は大切にする』

『……』

『な?』

『……』

『考え直し…』

『無理』


被せ気味にハッキリとそう言った私に
元彼は一瞬びっくりした顔をした。


『私付き合ってる人いるから』

『は?』

『そう言うことだから』


元彼に背を向けて歩き出す。


裕貴に早く会いたい。

裕貴に会って癒されたい。


そう思うのに
後ろからついてくる元彼のせいで
気分は苛立つばかり。


『○○彼氏出来たの?』

『……』

『聞いてないよ俺〜』


あったりめーだ!!
言うわけねーだろ!!!


『あ、分かった!』


その声とともに手を思いっきり
引っ張られた。

反転した身体は、
塀と元彼に挟まれていて

私の顔のすぐ左側には
元彼の右手。


俗に言う…

“壁ドン”


もう流行んねぇっつーの。


『ラインに送られてきた、アレ?』


目の前の元彼はやっぱり楽しそうに
笑いながら私に問いかけてくる。


『好きな人が出来たから別れようってやつ』


至近距離にある
その整った顔を睨み付ける。


『その好きな人って奴と
付き合ってんの?』

『…関係ないでしょ?』

『関係あるよ。
俺お前とやり直したいんだもん。』


悪びれもない態度に
ますますイラつく。


『…どいてくれないかな…』


静かに。
でも確実に怒りを含んで
そう吐き出した私。

楽しそうに笑う元彼。


『嫌だって言ったら?』

『どいてくれないかな』

『嫌だ』

『どいてくれないかなぁ!!!!』


付き合っていた頃は、
絶対に出さなかった私の怒鳴り声に
さすがの元彼も驚いたのか

両手を軽く万歳しながら
私と少し距離をとった。


『…ふーん。』


元彼は意味ありげに
そうつぶやくけど、

私は興奮がおさまらなくて
鼻息が荒くなる。

少しの沈黙が流れた後に、
元彼はポケットからタバコを取り出して
ジッポで火をつけた。

私に届くタバコの匂いが
付き合っていた頃を
嫌でも鮮明に思い出させる。


『お前変わったなぁ…』

『おかげさまでね』

『なんかムカつく』

『もうあんたの知ってる私じゃないの』


煙たい空気に顔をしかめて
今度こそ元彼をその場において
歩き出す。


早く早くと焦る私の背中に、


『お前を知ってるのは俺だけだよ』


と言う気持ち悪い言葉が
聞こえた気がした。







ピンポンピンポンピンポンピンポン


一心不乱に呼び鈴を押し続けると、

ドアの向こうで、
ドタドタと慌てた足音が聞こえる。


『はいはい』


ガチャッという扉の開く音と共に
そのドアをこじ開けて、
部屋の中に飛び込んで


『うわッ!!』


ドアの向こうにいる大好きな人に
思いっきり抱きつく。


『裕貴〜〜』


ギューッと抱きつきながら
顔を彼の胸に押し付ける。



あーもう、好き!!!

本当に好き!!!



裕貴の背中に回した手に力を入れて
ふがふがと匂いを嗅ぐと、


『匂いかがないの』


って言いながら、
満更でもなさそうに笑って
私を抱きしめながらドアを閉めた。


『焼き肉美味しかった?』

『裕貴と食べたかった』

『ごめんね』

『うん』

『また今度2人で行こうね』

『裕貴』

『どうした?』

『好き』


そう言うと裕貴は
もっと強く私の体を抱きしめてくれた。



元彼が何を思って
私にいきなり声をかけてきて

やり直したいんだなんて
言ってきたのか…

でももう向こうの番号は
着信拒否もしてるし。

私は裕貴以外の男なんて
微塵も興味ないし。


裕貴の腕の中で、

裕貴の匂いをたっぷり吸って、


さっきまでのことなんて
さっさと忘れよ。


そう思った。






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お久しぶりの越岡くんダヨ。

越岡くんダヨダヨ。



サラ〜っと書いて
一話だけで終わらせるつもりだったのに。

まとまりのある文が書けないから
こういうことになってしまうのね…

ト〜ホ〜ホ〜〜


文章能力欲しい

ト〜ホ〜ホ〜〜



福田くんの時も当初は3話くらいの
予定だった事は言わないでおこう(ボソボソ)



って事で続きます。
(ごめんなさいw)

ヤンキー岩本くん 〜雨の日編〜



ヤンキー岩本くんの作中での
とある日のお話ってことで。


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口にくわえてるだけの歯ブラシは、
もはや意味を成してない気がする。


歯ブラシというのは
歯を磨いて綺麗にするために
あるものなのに

口にくわえただけで
あたしの手は左右ともブラシを握って
歯を磨こうとはせずに

せわしなく鞄にあれこれと
詰めるために動いている。



お弁当を入れて。

小腹がすいたとき用のチョコも入れて。

ペットボトルのお茶も入れて。

昨日面倒くさがりながらも
やり終えた課題も入れて。




ーー今日は全国的に朝から雨が降るでしょう



テレビから漏れるそんな声を聞きながら、
窓の外に目を向けて、

今にも雨が降りそうな黒い雲と、
まだ雨に濡れていない地面を確認して

折りたたみ傘も鞄に詰め込んだ。



くわえてた歯ブラシを吐き出して
何度もうがいをして、


『いってきまーす!』


ローファーを履いて外に出て、

雨の匂いがする空気を感じながら
学校へ向かって歩き出した。












教室に着いてすぐに、
机に突っ伏して寝てる奴が目に入る。


『おはよ』


その頭をポンと叩けば、
むくりと起き上がるヤンキー。


『なんだ、お前か』

『おはよーん』

『はよ』


今日もブレずに周りから
少し距離を置かれている
強面のヤンキー岩本くんは
だるそうに頬杖をつきながら
身体を机から起こした。


ついこの前やった席替えで
あたしは1番前の真ん中の席の
番号が書かれたクジを引き当てた。

教卓目の前の超特等席。


…最悪…


げんなりした気分で
机を移動しようとしていたら、
半泣きになったクラスメイトの女の子が
ものすごい勢いでやってきて、


『○○ちゃんッ!お願いッ!
席交換してッ!!』


あたしに掴み掛かりながら
懇願してきた。


特に仲良しって訳でもない
彼女からの言葉に


なんであたし?

良い席でもないのに。


って不思議だったけど、
彼女に渡されたクジの番号を見て

納得した。



『…んだよ。お前の後ろかよ。』


後ろから聞こえた声に振り返ると、
ヤンキーの岩本くん。


『ヨッスヨッス』

『お前の顔見飽きたわ』


嫌味ぶっこいてくる岩本くんだけど、
こっちは面白くて仕方ない。


『何ニヤニヤしてんだよ』

『別にぃ〜』

『馬鹿だな』


ニヤニヤした顔を戻せないまま、
身体を前に向き直すと

教卓目の前の席に座る彼女が
心配そうにあたしを見ていた。


ヒラヒラと手を振ると、
少しだけ彼女の顔がほころんだ。


『岩本くんの前の席なんて
怖すぎて無理ッ!!!』


って言っていた彼女の言葉を思い出す。


昼休みを一緒に過ごすようになって
麻痺してたけど

やっぱりヤンキーの岩本くんは
怖がられてる存在みたいで
岩本くんと仲の良いあたしなら…
って事で交換を申してきたらしい。

あたしからしたら
教卓前の特等席から逃れられただけじゃなく、
1番窓際の後ろから2番目の席なんて、

良い事だらけで不満なんて何もない。




…にしても。
岩本くんを怖がっている
クラスメイト達に、

いや、学年中…
学校中のみんなに教えてあげたい。


本当はチョコレートを心から愛する
男だということを。

ヤンキーの皮を被った、
ただの女子だということを。


『お前なんか失礼なこと考えてるだろ』

『ん?』


少し不満そうな顔をして
あたしを睨む岩本くん。


『岩本くんって可愛いよね』

『…は?』

『実は岩本くん、中身女の子だもんね』

『……』

『チョコがないと生きていけないんだもんね』

『……』

『可愛い可愛い』

『……』

『とぉーっても可愛い』

『…てめぇ』


今のこの状況を
見ている周りの人は

あたしが岩本くんに何かしらを言って
岩本くんを怒らせた…
って思うんだろうけど。


あたしには分かる。


これは少し恥ずかしがってる顔。

それを隠すために睨んじゃってる顔。


どんなに睨まれても怖くない。


ニヤニヤし続けるあたしの頭を
岩本くんがペシンと叩いた瞬間、
教卓目の前の席に座る彼女が
白目になったのが見えた。




…そんなこんながあって、
あたしは岩本くんの前の席になった。


カバンを机の脇にあるフックにかけて、
椅子に座ったら

岩本くんがあたしの髪に
いきなり触れて来た。


『わぁぁッ!!なにッ!?』


ビックリして大声を出したあたしが
弾かれるように後ろに振り返る。


『お前なんでそんなに髪濡れて…』


岩本くんは何か言ったかと思ったら、
今度はジロジロ全身を見てくる。


『…ん?』


あたしの髪に触れた右手を
宙ぶらりんにしたままの岩本くんは
上から下までじっくりあたしを眺めた後に


『なんでお前そんな全身ずぶ濡れなんだよ』


眉間にしわを寄せながら
そう言ってきた。


『あたし?』

『お前以外誰がいんだよ』

『あたしが何?』

『だからなんでそんなに濡れてんだよ』


岩本くんのいう通り、
“全身ずぶ濡れ”のあたしは
タオルを取り出そうと
カバンの中をごそごそと漁る。


『朝から雨って予報だっただろーが』

『降ってなかったもん』

『は?』

『家出てくる時は降ってなかったの!』

『お前なぁ…』

『傘持って歩くの嫌いなの』

『だからって…』

『両手空けて歩きたいの』


傘を持ちながら歩くのは
小学生の頃から嫌いだった。

今日も家を出てくるときは
降ってなかったから
折りたたみ傘をカバンに入れて
雨が降る前に学校に着こうと思ってたのに

ものの見事に
出発した5分後に土砂降り。

折りたたみ傘はやっぱり頼りなくて
強い雨風に負けっぱなし。

あたしは朝からずぶ濡れになった。


『だから折りたたみ傘入れてきたの』

『すぐ使うじゃねーか』

『使わないかもしれないじゃん』

『ずぶ濡れになってんだからただの馬鹿だろ』


カバンを漁るのをやめて
椅子に座り直したあたしの頭に
少し大きめのタオルが
バサっと被さった。


『…お?』

『タオルも持ってきてねーのかよ』

『あは。バレた?』

『使え』

『あざーす』

『女子なんだからそれくらい持ってこいよ』

『持ってこようと思ってたの!
忘れちゃっただけ!』

『何怒ってんだお前』


女子力の低さを馬鹿にされて
ちょっと面白くなくなる。


プリプリしながら椅子に横向きに座って
足を机の外に出して濡れた紺ソを脱ぐ。

どっちかというと濡れると厄介なのは
髪の毛とか服よりも
足元の靴下だったりする。


『よいしょっと』


水分をたくさん含んだ紺ソは
脱ぐのも一苦労。

やっと脱げた紺ソを手にして
ふぅ、と顔を上げると

さっきまで後ろの席に座ってた
岩本くんが目の前に立っていた。


『…へ?』


なんでか怒ってるっぽいその表情に
ちょっと焦るあたし。

いくら岩本くんの中身が
可愛い女子だと分かっていても

本気で怒ったら
見た目通りにヤンキーで怖い。

それは百も承知。


…え?あたしがタオル貸してもらった分際で
ふて腐れた態度とったから怒った?

いや、でもそんなちっちゃい事で?


『…え、なに?…え?』


挙動不審になって
一生懸命問いかけるあたしを
ガン無視した岩本くんは
着ていたカーディガンを脱いで

今度はあたしの膝の上に掛けた。


なんだなんだ?
と、目を丸くして
岩本くんを見上げていると

彼は振り返って、
廊下側の席に集まっていた
2、3人の男子集団を睨んだ。

岩本くんからの視線に
ビクッと身を縮こませている彼ら。


何が何だか分からないあたしの元に
岩本くんの視線が戻ってくる。


『お前あいつらに見られてたぞ』

『何が?』

『スカート気を付けろっつってんだよ』


スカート履いてることなんて気にしないで
豪快に足を上げて紺ソを脱いでたあたしは
男子に見られてたっぽい。

…あたしのなんて見て
得なんてしないのに(笑)


『あー、大丈夫だよ。
下に紺パン履いてるし』

『そういう問題じゃねぇ』

『あたしのスカートの中なんて
見ても良い事ないのにね〜』


そう言いながら脱いだ紺ソを
どこに干そうかなんて考えてたら

いきなり頭をタオルごとガシッと掴まれて
ワシャワシャと髪を拭かれた。

いや、もう拭いてない。
頭を振り回されてるに近い。


『ぎゃぁぁ!!やめてぇぇ!!!』


目が回る気持ち悪さに
岩本くんの腕を掴むけど、

さすがは筋トレ大好きヤンキー…
全くビクともしない。


『…チッ』


小さく聞こえた舌打ちと、
頭を叩かれる感覚と共に
地獄のトルネードは終わりを迎えた。


『靴下乾くまでそれ膝に掛けとけ馬鹿』


あたしの膝に掛けてくれた
自分のカーディガンを指差しながらそう言って

後ろの自分の席に戻った岩本くんは
今度は優しくあたしの頭を拭き出した。


『ちゃんと傘刺せや』

『……』

『生足ホイホイ出しやがって』

『……』

『だいたいこんな濡れて
風邪引いたらどうすんだよ』

『……』

『おい、聞いてんのか馬鹿』


頭に被せられたタオル。

膝に掛けられたカーディガン。


全身から香る、
岩本くんの香水の匂いに
気持ちよくなって


『眠くなってきたぁ…』


思わずそう口にしたあたしの頭が

またガシッと掴まれて…


『反省してねぇみたいだな』

『…あ…』


気付いた時にはもう遅くて、


『ぐぉめんなさぁぁ〜〜いッッ!!!』


朝っぱらから教室内に
頭を振り回されながら
絶叫するあたしの声が響いた。




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ドーモでございます。
さうでございます。

この間、長きに渡って書いていた
“福田くん”を無事に完結する事が出来て
ホッとしている心内でございます。

福田くんを読んでくださっていた皆様。
読んでくださらなかった皆様も(笑)

ありがとうございます。
本当にありがとうございます。


趣味の範囲でヘラヘラしながら
書き始めたお話でしたが、
あんなに反響があって、

もうびっくりしまくりました。


こんな素人がぽちぽちと、細々と
書いていたお話を
楽しみにして下さったり…
感想を伝えて下さったり…
とても嬉しかったです。


さーさてさて、さてはなんきんたますだれ


福田くんを書いていた間
潜伏しまくっていたお話たちの下書きを
久々に開いてみたら
1年近く前に書いていたものまで見つかって
あらまぁびっくり☆

しかも触りだけを
書き殴ったみたいな状態で
保存されていて
こりゃまたびっくり☆


てな訳で、
記憶をほじくり返しながら
またちょろちょろと
お話を書いていきたいと思います。


今回みたいに、番外編とか。
その後のお話とか。
また別の人のお話とか。


お付き合い頂ければと思います。


書きたいお話はいっぱいあるのよ。
国語能力が無いから
文章にするのに時間がかかりまくるのよ。

エヘヘッ

温かい目でお守り頂けると
とても嬉しいです。


ハマタ

不器用なアイツ。【14】


---------------





『……んぅ…』


眩しさに目を開けると、
カーテンの隙間から
真夏の太陽の光が
俺の顔を照らしていた。


見慣れない天井に、
見慣れないベッド…


ベッタリと汗ばむ体を起こして、

目をこすりながら
寝ぼけ眼で時計を見ると

7時をちょうどまわったあたりで


『…んで、いねぇんだよ…』


空になった腕の中に目線を落とす。


周りを見渡してみるけど、

シャワーを浴びに行ってるとか
トイレに行ってるとか

そういうことはないみたいで
彼女が部屋にいない。



いや、なんでいねぇの?

本当にありえない。


朝起きたらちゃんと今までのこと
彼女の口から聞こうと思ってたのに。


それでいて
俺の気持ちも伝えようと思ってたのに。


ベッドから飛び起きて

バッグから携帯を取り出して


『………』


ケータイを起動して
気づく。


…番号聞き忘れた…


祭りで俺の隣に座った時から
聞かなきゃって思ってた。

新しい番号教えてって。


なのに、夢中になってて忘れた。

2人っきりになった瞬間に
すっかり頭の中から飛んでった。


もう後悔するのは嫌だって思っていたのに
早速後悔した俺に襲いかかるのは
半端ない情けなさで。


…こんなことならあいつが寝てる間に

手でも足でも
ベッドに縛り付けとけば良かった。


そんな馬鹿らしい
犯罪まがいなことすら思う。


『…はぁ…』


すっぽんぽんでベッドに腰掛けて
項垂れる俺から大きなため息が出た。


ベッドに仰向けに倒れて
天井を見つめる。


ゴロンと寝返りを打ってみれば
サイドテーブルに
綺麗に畳まれた俺の着てた服がある。

ハンガーにはスーツがかけられてて…


その光景に胸が苦しくなる。


これだけ身の回りを綺麗に整えて、
この場から離れたということは


朝目が覚めて、
服を着てない自分にビックリ。
怖くて横にいる男の顔なんて見れない。


なんていう漫画とかドラマでよくある
あーゆうシーンみたいに
衝動的に逃げたというよりは、


昨日のこともしっかり覚えてて
横で寝てる俺の事もしっかり見て。

それでいて、
意識的にホテルを出てったことに違いなくて


『…放置プレイ…』


部屋に俺の独り言が虚しく響いた。



ふと、昨日泣いていた彼女を思い出す。



昨日の夜までは
奪うとか返してもらうとか…

そんな強気なことばっかり
考えていたけれど


この状況で胸に残るのは
たまらなく大きな不安。



昨日もしかしたらって…

彼女も俺と同じ気持ちなのかなって…


そう思った。

でも俺が期待してた通りだったなら

彼女がこの場にいないことはあり得ない。


つまり彼女の答えは
そういうこと。


多分彼女は分かっていない。

彼女が俺への優しさだけで
起こした昨日の行動で、

男の俺がどれだけ期待してしまうか。

どれだけ舞い上がってしまうか。



本気でムカつく女。


俺が彼女に刻んだ
赤いしるしに苦しめばいいとさえ思った。


あんなに赤く咲かせてれば
他の男のところになんて行けるわけ無い。


マーキングしといて良かった。

俺犬じゃないけど。




とりあえずサイドテーブルに手を伸ばして
パンツだけ履く。

ここにいても虚しいだけだから
服を着て早く出ようと思うけど

動く気が起きない。


パンイチでシーツにくるまって
ゴロゴロ転がっては

昨日の俺の腕の中で
甘く染まっていた彼女を思い出して、

また虚しくなって…


情けなくなって…


でも彼女が好きな気持ちは
なによりもデカくて…


『カッコ悪すぎて笑える…』



ベッドに顔を埋めた。






気づいたら寝てた。


パンイチで大の字になって
爆睡してた。


どんだけ寝るんだよ俺って
思ったけど

寝て少しスッキリしたのか
気持ちが前向きになってた。


彼女がどんな気持ちだろうが、
俺のこの自分の気持ちを伝えよう。

別にいい。

彼女が手に入らなくても。


彼女がもう他の誰かのものでも。


自分の気持ちを言えたら
それでいい。


彼女が綺麗に畳んでくれた
服を着ていると、
テーブルの上に置いた
りんご飴がなくなってることに気づいた。


りんご飴が置いてあったところに
代わりに置いてあるのは

一万円札で。


『りんご飴は一万もしねーよ』


諭吉を睨みつけた。



外に出ると、
ムカつくくらいに綺麗に晴れた夏空と
蝉の鳴く声が耳に入る。


暑さに顔をしかめながら
電車に乗って家路に着く。


彼女、無事に家に帰れたかな。


俺が起きた時間より、
もっと早くホテルを出ていったような
雰囲気だったから

電車動いてたかな。


自分のすべきことが
明確になった反動なのか、
彼女を心配する余裕さえ出てきていた。


家に着いて、
もう一回シャワーを浴びて

服を着替えて、

ヒゲもきれいに剃って


髪もしっかり整えて


鏡に映った自分をまじまじと見る。



『なんだかんだちゃんとした告白って
人生で初めてかもしんない…』


もうやってやるって気持ちと
ちょっとの不安を持って

勢いよく家を出て、
彼女の家へと向かった。













前に来た時と同様に
彼女は家にいなかった。

でも、何故か
ここで待ってれば会えると思った。

だから彼女の家のドアに背をもたれて
しゃがみこんで、
彼女が帰ってくるのを待つことにした。


黙ってしゃがんでいるだけでも、
額に汗がじっとりと滲んでくる。

それでもこの場から離れないのは
もう腹を括ったからで

男として、一度決めたことを曲げたくない。


しかもあんなに悔しい思いを
2回も味わったなら尚更。


やらないでする後悔より
やってする後悔の方がいい。


よく聞く言葉だけど、
この言葉をこんなにも身に染みる日が
来るなんて思いもしなかった。





どれだけの時間が経っただろう。


東向きの彼女のアパート。

俺のしゃがんでいた場所は
最初は太陽がジリジリと当たっていたのに
段々と日陰になっていって

今ではもう空が真っ暗。

昼間の太陽の姿はどこにもなく、
それでも暑さだけはしっかりと
残していった。

昼前からずーっと家の前で
待ち伏せしてる俺へ
隣近所の人が不審な目を向けた事が
懐かしくさえ思える。


ケータイを開いて時間を確認すると、
もう日付が変わる直前。


『……はぁ……』


深くてやるせないため息がもれる。


何してんだろ、俺。

そんな気持ちにさえなってくる。


ケータイ画面の右上に表示される
充電の残りはほんのわずかで
その表示に、

もう諦めて家に帰れ。

と、言われてるような気がした。


でも会いたい。

気持ちだけでも伝えたい。




目をつぶって俯く俺の耳に、
車が止まる音と


『ありがとうございました』


小さな声が聞こえた。


一瞬幻聴かとも思ったけど、

聞き間違える訳がない。
あの声。

車のドアが閉まる音と、
発進するエンジンの音。


そして尋常じゃないスピードで
脈打つ俺の心臓。

コンコンと響く階段を上る音。


その音が止まったと同時に、

階段を上がりきった彼女が
俺の目の前に現れた。


『……ッ、』


ふと顔を上げて、
俺の姿を視界に捉えた彼女は

一瞬固まってから
ものすごい勢いで
俺とは反対方向に走り出した。


弾かれるようにその場から立ち上がって
瞬時に彼女の腕を掴んだ。


『…逃げんな』

『……』

『逃げんなよ』


頼むから。

今だけでいいから。

今だけ。

俺の前にいてほしい。


言いたいことだけ伝えたら
もう俺の方から消えるから。


そんな俺の気持ちが少し伝わったのか
彼女の強張っていた体から力が抜けて、


『…部屋、上がっていい?』


そう尋ねた俺の言葉にも
頷いてくれた。


『○○…』


部屋に入ってすぐに、
彼女の腕をまた掴んで自分の方に向かせた。

少しだけ合った視線に
単純に嬉しくなる。


『昨日のことなんだけど…
会えて嬉しかった。』


俺の掴んでいる彼女の腕が
少しだけ震えている。

下唇をギュッと噛んで俯く彼女に
手が伸びる。


『言いたいことあるなら言って』

『……』

『俺、エスパーじゃないから
言ってくれなきゃ分からない』


せめて、最後くらい。
彼女が我慢してるところなんて見たくない。

彼女が言いたがってることを聞きたい。


そう思って彼女の頬に触れると、

掴んでいた腕とともに、
その手も振りほどかれた。

いきなりの彼女のその行動に
驚いた俺の耳に届くのは


『…彼女、いるんでしょ?』


信じられない言葉。


衝撃的とも言えるその言葉に
しばらくフリーズして


『……は?』


やっと一言発することが出来たけれど

俺はもう完全にブチキレ。


『お前、何言ってんの?』


いつまでもこっちを見ない彼女。

同期が社内だけで言いふらしてた
俺と付き合ってるだの何だの。

そんな話がどうやって
彼女の耳に入って、
こんな勘違いをしてるのかなんて
知らないけれど、

彼女いるのに
他の女をホテルに連れ込むような
男だと思われた事に腹が立った。


『お前がいなかったこの3ヶ月間
俺がどんな気持ちだったか分かるか』

『……』

『好きな奴が急にいなくなった俺の気持ちが分かるか』


俺のその言葉に、彼女が顔を上げた。


こんなつもりじゃなかった。

もっと優しく。
紳士的に告白して。

笑顔で終わるつもりだった。

全てがうまくいかない。

でももう頭の中ぐっちゃぐちゃで、
動く口は止まらない。


『電話しても出ない。駅で待っててもこない。
しまいには家にもいない。』

『……』

『しかもやっと会えたと思ったら
俺のこと残して帰りやがって』

『……』

『なんでそんな勘違いしてるか知らないけど
彼女なんていない』

『……』

『俺は好きでもない奴とホテルなんて行かない』


勢い任せにそう言うと、
彼女の目から大粒の涙が溢れた。

ボロボロと止まらないその涙は、
彼女の頬に触れていた
俺の手をどんどんぬらしていく。

その涙の理由は
彼女の顔を見れば
すぐに分かった。


なんだよ。

なんでもっと早くその顔しなかったんだよ。


『○○だってそうじゃん。
好きでもない奴と行くような奴じゃないじゃん。』


ホテルで何度も思ったこと。

あの時はただの俺の期待だった。


でも、今は違う。


『俺とだから行ったんじゃん』


本気でそう思える。


彼女が俺を置いてホテルから出て行ったのも
きっと、その勘違いのせい。



止まらない涙を拭う彼女は、
フラフラと俺に手を伸ばしてくる。

ゆっくりと伸びてくる手が待てなくて、
自分からその手を握って
力強く引っ張った。




俺の腕の中に収まるのは、
好きで好きでたまらない子。




彼女がどんな気持ちだろうが、
俺のこの自分の気持ちを伝えよう。

別にいい。

彼女が手に入らなくても。


彼女がもう他の誰かのものでも。


自分の気持ちを言えたら
それでいい。


そう言い聞かせてたけど
やっぱり欲しかった。

自分のものにして
独り占めにしたかった。


彼女の存在を確かめるように
抱き締める俺の中から


『…福田くん』


彼女の鼻に詰まった声が聞こえる。


『…ん?』

『…好き』


その言葉に、
俺の目から一粒だけ涙が流れた。


大の男が。

もう歳もそれなりにとった男が。

泣くなんて気持ち悪いと
自分でも思うけど、

その言葉に情けないくらいに幸せになって
涙が溢れた。


『…うん』

『好き…ッ』

『うん。俺も好き』

『福田くん…』

『なに?』

『…好きッ…』

『聞いたってば』


もうこんなに嬉しい事はないかもしれない。
ってそのくらいに思った。


彼女に肩に触れて、
キスをする。

額を合わせて微笑むと、
目線を落とした彼女の顔が
どんどん赤く染まる。


『…顔赤いですよ?』

『…はず、かしい…』

『キスしただけで?』

『……ん…』


目をギュッとつぶりながら
頷く彼女は本当に恥ずかしそうなんだけど…


『僕たち昨日エッチしてますよ?』


なに1つ間違ってない俺の言葉に、
彼女は身体をビクンと震わすと

ただでさえ真っ赤だった顔を
もっと真っ赤にさせながら
俺に抱きついてきた。


初めて見る彼女の行動に
少し驚きながらも
俺の服に容赦なく鼻水をつける彼女に
笑いながら優しく抱きしめる。


『…これからもそうやって
俺の隣で泣いててよ。』


やっと。

やっとカッコいいこと言えたと思ったのに…


『…普通そこッ、笑ってて…とか、
言うもんじゃないの…ッ』


悪態をつく彼女。

でも、そんなところも
可愛くて仕方なくて、


『あなたの場合は泣いててくれた方が安心します』


って言ってあげた。


彼女の泣き顔は本当に不細工。

いつまでも泣き止まないから
どんどん酷くなっていく。


『泣いた顔、ブスだなぁ』


顔を覗き込んでそう言うと、
彼女は頬を膨らまして不貞腐れた。

タコみたいになったその顔に
笑いがこみ上げる。


『…○○』

『…はい』


彼女の髪に指を絡ませながら
口にするのは、


『俺と、付き合ってください』


言えると思っていなかった言葉。


自分の気持ちだけを伝える。

それしか出来ないと思っていたから、
この言葉を彼女に言えると
思ってなかった。


だから彼女が頷いたのを確認して、

彼女の返事の言葉ごと
全部飲み込んでやった。


唇を離すと、
少し怒った彼女に肩パンされた。


『福田くんってさ…』


俺の顔を両手で包む彼女が、
少し意地悪そうな顔をしながら


『私のこと、好きだよね』


って言ってきた。


何言ってんだよ。

こんなに俺のこと振り回しといて。

もうお前になんて振り回されねーかんな。

一生主導権は俺が握ってやる。


変なところで負けず嫌いを
発動させた俺は


『むしろ愛してるけどね』


全力のドヤ顔でそう答えて、
また彼女が溺れるくらいに
深いキスをした。


『…ほんとはね』


唇を離して
首筋にキスを落としていると、

彼女が口を開いた。

ふと動きを止めて、
その先の言葉を待つ。


『本当はもっと早く言いたかった』

『早くって?』


思わず顔を上げると
悲しそうな顔をした彼女がいて、


『私の気持ち』


そう言った。


『……』

『水族館でデートした時から。
ずっと言いたかった。』

『…え?』

『あの時から、ずっと福田くんのことが
好きだったから。』


どこまでも不器用な彼女は、
愛情表現も不器用らしい。


俺のこと好きだなんて、
さっきのさっきまで
全然気づかなかったつーの。


落ち込む彼女にキスをして、


『えっ、わっ、ええっ…!?』


お腹に腕を回して、


『ギャァァァアア!!!!』


肩に担ぐ。


前よりは少し軽くなった
彼女の体を担いで向かうのは寝室で…

思いっきりベッドの上に投げ飛ばす。


最初こそ驚いていたものの、
体験したことのある状況に
ベッドに転がりながら
ケラケラ笑う彼女。

俺もベッドに上がって
彼女の体の上に跨る。


『因みにね、○○ちゃん』

『んー?』


彼女の頬に触れながら
隣に寝転んだ俺の頬にも、
彼女の手が伸びてくる。


『僕はですね』

『うん』

『3年以上前からあなたが好きです』

『…へ?』

『コーヒー、美味かったです』

『…え!?どういう…ッ』

『好きだよ』

『ン…ッ』


もうこれ以上は教えてやんない。

自力で思い出せ。


目を瞑ることもしないで
ビックリした顔のまま
キスされる彼女に笑いながら、

そっと彼女の服に手をかけた。








fin.


----------------

不器用なアイツ。【13】

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タクシーの運転手に
彼女と俺の家がある方向とは、
全く別の場所に向かうように頼んだ。


そんな俺の顔を隣で
何が起こったんだか分からなそうに
見つめていた彼女だったけれど

もう静かに座っている。



…彼女は一体いま何を考えてるんだろう



俺のことを考えてて欲しいな…

そう思いながら
握っていた手に指を絡めて
握りなおした。


強く握り返してくる彼女の手が
少しだけ震えているような気がした。



俺がタクシーの運転手に
伝えた場所に着いても、
お金を払って車から降りても


彼女はどこか遠くを見つめたまま
ずっとボーッとしていた。


…こんな事していいんだろうか…


彼女の手を引きながら
そんな事を思うあたり、

さっきまでの勢い任せに行動した時よりは
冷静さを取り戻してるらしい
俺の頭に浮かぶのは


…アパートの下で見たあの男、彼氏なのかな…


やっぱりあの男のことで。


もし彼氏じゃなくても
彼女が良く想ってる相手なら

いま俺がしてる事は
彼女の邪魔をすることでしかない。

彼女を傷つけることでしかない。



だから、少しでも嫌がれば…

少しでも抵抗すれば…


手を離そう。



彼女のことを好きな男として…


自分の気持ちよりも、彼女の気持ちが大切。





あの男のせいで嫌でも取り戻した冷静さに、
彼女の気持ちを優先することを
決意した俺だけれど


『……あ、…』


声を漏らして、
立ち止まりそうになった彼女を無視して

水たまりに対称形に映る
幻想的なライトを横目に

その建物に躊躇なく入った俺には
冷静さどころか
理性さえも無いようなもんだった。




俺に掴まれてるその白い腕も

かすかに香る彼女のにおいも

黙ってついてくるその姿も



全部愛しくて、
全部好きだと思った。



彼女が何を考えてるのか。

なんでこんな場所に
大人しく俺についてきてるのか、

考えても分からないけれど

彼女のことで頭がいっぱいで、


もう全てがどうだってよかった。








部屋に入ってすぐに
俺は彼女を壁に押し付けた。


左手で肩を掴んで、
繋いでいた右手を解いて
うつむいている彼女の頬に触れる。

顎を掴んで
彼女の顔を上に向かせて

前に逃げられたその唇に
そっと触れた。



彼女と一緒にいると、
マジで俺どうした?って自分自身に
問いかけたくなる事ばっかりで、

今までの俺とは違った俺が顔を出す。


今だって…

こんなにも後先考えずに
本能だけで行動することなんて
今まで無かったのに。




彼女の足の間に
無理やり膝をねじ込ませて
逃げられない状況を作る。



彼女の鞄が音を立てて落ちた。

鞄の中身が床に広がる。

散乱した財布や服と共に
ケータイも見えて、


また思い出してしまう
あの男の存在。


そこはオレの場所だったのに。

彼女に夜電話するのも。

彼女に相談持ちかけられるのも。

彼女に触っていいのも。


いくら男にムカついても、
その苛立ちをぶつけられる対象は
やはり彼女しかいなくて

もっと強く彼女の唇に
自分の唇を押し付けた。


本当はもっと丁寧に、
優しくキスしてやりたい。

でもそんな余裕なんてなくて
本能のままにキスを繰り返す。



俺の背中に回させた
彼女の両手にどんどん力が入って行く。



ほんの少しでも離れるのが嫌で
開いた口に強引に舌を入れた。


『…んっ、…ッ…』


彼女の甘い声に、
どんどん気持ちが加速する。

唇を重ねるたびに
吐き出す息がどんどん熱を帯びる。

身体も熱を帯びてくる。


キスの息苦しさからなのか、
はたまたキスの快感からなのか、

俺の舌に翻弄されてズルズルと
力が抜けていく彼女の身体を
力強く抱きしめた。


苦しがっているのは分かってる。
でもキスは止められなかった。


俺の背中にしがみ付きながら
キスに応えてくれる彼女。

無意識ではなくて、
意識的に俺とキスしている彼女に

嬉しさを感じる反面、
悲しさも感じる。


自分の気持ちよりも
相手に迷惑じゃないかな?とか
そんな事ばかり考える彼女だから


俺に気を遣ってるんじゃないかって。

俺に同情してくれてるんじゃないかって。





でも、今俺といる。


さっき彼女のケータイを鳴らしていたのが
あの男だったとしても、


今俺の目の前にいる。


今一緒にいる相手に、
彼女は俺を選んだ。


だから彼女の身体をもっと強く抱きしめて
吐き出す吐息さえも全部飲み込んだ。



名残惜しく唇を離すと、
彼女は息を切らしながら
俺に身体を預けてきた。


優しく頭をポンポンすると、
俺の背中に回っていた彼女の腕が
ぎゅっとワイシャツを握った。


彼女の熱い吐息が俺の肩に当たる。


『…苦しかった?』


口の中に残る彼女のにおいを
感じながらそう聞いた俺に

彼女は相当苦しかったのか
声を出すのも無理みたいで、

小さくゆっくり頷いた。


ほんの少し、

本当にほんの少しだけ残る自分の良心が
俺に警告する。


『…こっち』


でも、そんなのほんの一瞬で
今更理性を取り戻すことなんて出来ない俺は

彼女の腕を引っ張って
ベッドの上に座らせた。



ベッドに座って、
着崩れた浴衣で俺を上目遣いで
見上げてくる彼女に
煽られる気持ちは相当なもので


その場に肩から下げてたバックを
投げ飛ばした俺は
またすぐに彼女にキスをした。


もう優しさなんてない、
ただ彼女を求めるだけの激しいキスをしながら

彼女の纏っている
帯も髪飾りも、
全てを剥ぎ取っていく。


押し倒した彼女の身体に乗って
首筋に顔を埋めれば、

彼女の匂いに混じる、
汗の匂い。


浴衣の間から手を滑り込ませて、
直接その白い肌に触れる。


ゾクゾクする。


俺の手がブラに触れた瞬間に、


『ふく…っ、あ…』


彼女から甘い声。



あーもう、
たまんねえ…



その声に思わず恍惚気味な笑いを漏らす。


彼女の首筋に舌を這わせながら、
背中に手を回して
プツンとその金具を解く。


その締め付けを解いたブラに
手をかけようとする俺の頭にあるのは
このままもう彼女を抱きたいって気持ちだけで


『…や、だ……』


小さく呟かれたその言葉に
心臓が凍りついた。


勢いよく顔を上げると、
腕をがっちり胸元で固める彼女がいて


もう言い繕う事のできない
この状況に、
血の気が引いて行く俺に届くのは…


『…で、電気…』


まさかの言葉。


その言葉に、

心の底の…
底の底から安心して

彼女にキスをした俺は


手を伸ばしてベッドの近くにある
彼女が“やだ”と言った
スタンドライトの明かりを消した。




そうだよな、
お前だけが脱がされて
恥ずかしいよな…


月明かりにうつる
服を乱された彼女を見ながら

自分も着ていた服を脱ぐ。



服をベッドの下に投げ捨てて
彼女に覆いかぶさると

トロンとした顔で
俺を見上げる彼女がいて

その見た事のない表情に
ゴクリと唾を飲み込んだ。



俺にはまだ見せてない顔とか
あの男には見せてんのかな…



しつこいくらいにまた生まれた
余計な邪念を振り払うように
彼女の胸元から、ブラを引き抜いた。



身体中にキスの雨を降らせながら、
産まれたままの姿にしていく。


『…ぁ、…ッ…』


必死に抑えてるその声を
もっと聞きたくて、
敏感な場所にどんどん触れたくなる。




このままずっとこうして
彼女に触れていたいと思った。




どこにも行かないで
俺の側にだけいて欲しいと。


俺の舌の動きに合わせて付いてくる彼女に
期待がどんどん膨らむ。



俺を求めていると思いたい。

他のどの男でもなくて
俺を求めていると思いたい。



彼女は、
付き合ってる奴とか
好きな奴がいるのに


他の男に黙って抱かれるような
女じゃない

……と、思う。


そんないい加減な奴じゃない

……と、思う。


俺にだから抱かれていいと、
俺を求めてくれているんだと、
俺の手で少しずつ溶けていく彼女に

そんなことを期待してしまう。





彼女の太ももに手をかけると、
少し不安そうに瞳の奥が揺れた。


目の前で笑ってみせると、
不安な瞳こそ変わらなかったけれど
笑顔を向けてくれた。


『…いい?』


髪を撫でながら、
耳元でそう聞いた俺の声に


深く、しっかりと頷いた彼女に

幸せ過ぎて泣くかと思った。




彼女の中に深く沈むと、


『……ッ…、』


さっきまでの甘い声とは違う
苦しそうな声が聞こえる。


もう俺にも彼女を気遣えるような
余裕なんてなくて

彼女の手を握るだけが精一杯だった。





動きをやめた俺が、
彼女の隣に倒れこむと

彼女は俺の頭を苦しいくらいに
抱きしめてきた。


頭が涙で濡れる感覚を覚えて、
何で泣いてるのか彼女に問いただしてみたけど

彼女は首を横に振って
腕の力を強めるだけで

涙の理由を教えてはくれなかった。




息を切らしながら、
俺の頭をぎゅっと抱きしめていた彼女の
呼吸がゆっくりと、落ち着いてくる。

それと一緒に抱きしめられていた
力も弱まってきて…


『…○○?』


名前を呼びながら、
その腕の中から顔を上げると


『嘘ですよね〜?』


爆睡してる彼女がいた。



いやいや、さっきまで普通に
抱かれてたじゃん。
泣いてたじゃん。


呆気にとられるけど
幸せな気持ちいっぱいの俺は
今度は彼女を抱きしめ返す。


汗と涙でボロボロになった顔は
まぶたを閉じていても
やっぱり不細工。

でもどんなに不細工でも
込み上げるのは愛しさで


『…好きだよ』


髪を撫でながらそう言った。


絶対寝てると思ってたのに、
俺のその言葉にうっすら目を開けて


『…ふくだくん…』


と言いながらふにゃあと笑って
擦り寄ってきた。

目の前のどこまでも無防備
好きな女に軽く気絶するかと思った。



とりあえずシャワーでも浴びて
火照る身体を鎮めようと風呂に向かう…
前にもう一度彼女にキスしておいた。



強めに出したシャワーを
頭に勢いよくぶっかける。


『……はぁ…』


俺が無理やり彼女の腕を引っ張って
ここまでまで連れてきたとしても
最終的に彼女は俺を受け入れた。


いい?って聞いた俺に
首を縦に振った。


あのマンションの前で
彼女にキスしてた男が

彼女の恋人でも、好きな奴でも
そんな事どうでもいい。


奪うだけ。


俺の元に彼女を戻してもらうだけ。


だって元から俺のだもん。


…なんて惨めな事を心の中で
呪文のように何度も繰り返した。


風呂から出た俺の視界に
ベットの下に投げ飛ばしたバックが見えた。

その近くには衝撃でバックから
飛び出したらしい
屋台で買ったりんご飴が転がっていた。


拾い上げてまじまじと
見てみた赤くて丸いそれは、

なんだか泣いた時の彼女の顔みたいで
部屋の隅のテーブルの上に
ちょこんと置いておいた


ベッドに近づいて、風呂に入る前よりも
ひどくなっているような気がする
彼女の不細工な顔に笑いながら
隣に寝転ぶ。

彼女の首元に手を滑り込ませて
その身体を引き寄せてギュッと抱きしめる。



スー、と深い呼吸をしながら
また俺にすり寄ってくる彼女。


彼女の身体に夢中になって刻んだ
数えきれないほどの
赤い印に触れながら、


腕の中いっぱいに感じる
彼女の感覚にそっと瞼を閉じた。





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次回「ask結構前から登録してるけど使い方分からない上にインストールしてから全くと言っていいほどいじってなかったから存在自体を今日の今日まで忘れてたよ。ウケる。縁の絵も描きたいけど時間かかるからやる気なくしてしまってるよ。ウケる。スペシャル」やります。

不器用なアイツ。【12】

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一度身についた習慣というものは
それは怖いものだ。


今日もまた、夜ケータイを起動して
無意識のうちに通話履歴を開いてしまう。


本当に、文明の利器とやらは
どこまでも便利で正確で…

それでいて容赦がない。


通話履歴には
しっかりと彼女の名前が残っている。


…この履歴を何度眺めれば
気がすむんだろう。


もう繋がらないのに…

かかってくることもないのに…


辰巳たちと電話することによって
少しずつ履歴から消えていく彼女の名前を
今日もまた1人
女々しい気持ちで眺めた。














『本当にごめん、福ちゃん』


目の前のマツが小さく見える。

シュンとした顔で
さっきからずっと謝るマツは
今にも泣き出しそう。


『いい加減しつけーぞ』


笑いながら言っても、
マツは相変わらず涙目。


仕事終わりに、
マツから飯いかないかと誘われて

明日も仕事だから
サッと食って帰れる定食屋に来た。


席に着いた瞬間からこれ。

何度も俺も悪かったって言ってるのに、
メニューを見る前にずっと謝罪。

注文をやっと決めてくれたと思っても
それでも謝罪。

頼んだものが運ばれてきても謝罪。


こいつはいつまで謝り続けるんだ…?


と、逆に実験したくなってくる。



もう俺の中では許してるし、
終わった話。

それにアレは完全に俺のために
マツがしてくれた事だから
マツに非はない。


それでもこうして顔見て、
ちゃんと謝ってきてくれるところが
こいつの良いところであり
俺が好きなところのうちの1つ。


『カバンの中、大丈夫だった?』

『あー、ぐっちゃぐちゃだったなぁ』


意地悪くそう言うと、
今度は顔を真っ青にしたマツは


『本当にごめん!!!』


と、馬鹿でかい声で叫んだ。



周りに座っていた客や店員が
謝り続けているマツをずっとチラチラと
見ていたのは分かっていたけど


そのでかい声についにコソコソと
小声で話し始めたのが視界の隅で見えて
さすがに恥ずかしくなる俺。


『おい、マツ顔上げろって』

『だって…』

『いいってば…!』

『だってさ…』

『おい』

『俺ッ』

『おい、マツ』

『俺、すげぇ好きなんだもん!!!』


その瞬間に店にいた全員が
口をあんぐりと開けて
俺ら2人を見た。


チーーーン。


120%勘違いされてるぅぅ〜〜。



『だからあんな事しちゃったんだよ…』

『ああ…』

『でも俺、すごい好きだからさぁ…』

『あ、うん…』

『ごめんな、福ちゃん』

『いいって…』

『でも、俺…』

『マツもうお前喋るな』


純粋でまっすぐなマツは
周りからの

“衝撃的なものを見た!”

的な視線にも気づかずに、
俺の言葉を素直に聞き入れて
目の前にあるもう冷めかけてる
定食に手をつけ始めた。


『…痴話喧嘩…』

『…ゲイ?…』


なんて言う小さな声が
どこからか聞こえて、
俺は頭を抱えながら白飯をかっ込んだ。



今日は俺がおごるから!


と、お会計をしてくれたマツに
礼を言ってバイクで家に向かって走り出す。


マツが帰り際まで何度も口にしていた。


2人が仲良くしてるのが
すごい好きだった。


2人が楽しそうに話しているのが
すごい好きだった。


その言葉がさっきから頭の中で
ずっとぐるぐる回ってる。



俺だって好きだった。

あの空気感が。

2人だけの空気感が。


“福田くん”って呼ばれるのが。



電話…かからないだろうけど、
今日の夜もう一回かけてみようかな…


なんて思いながら
バイクを走らせていると
少し先に誰かが立っているのが見えた。


『……ッ、』


真夏の夜の風が
喉を通ったのが分かった。

全身の血が巡る。

喉が乾く。




彼女が、アパートの前に立ってる。


髪型を変えたって分かる。

雰囲気というか、身体つきで分かる。


ハンドルを握る手に力が入って、
スピードを上げた瞬間に

背中を向けて立っている彼女の向かいに
知らない男がいる事に気づいた。

バイクのスピードは結構出てるはずなのに
スローモーションで動いてるように感じる。


彼女とその男に近づくにつれて
鮮明になっていくその様子は

俺には見るに堪えないもので…


彼女の手を取って、
顔を近づける男を視界にとらえたところで

俺の記憶は途切れた。



気づいたら家に着いていて。

よく無意識のまま運転して
事故らないで帰ってこれたなぁ
なんて思えた。


バイクから降りて車庫にしまいに行く
俺の口元には
なぜか笑みが浮かんでて、


『…クソ女…』


そんな言葉が
俺の口から飛び出していた。





世界がぼんやりして見えた。

寝てるんだか起きてるんだか
分からないような状態で

ずっとベッドの上でボーッとしてた。


部屋全体が明るくなってきて
鳥の鳴く声が聞こえて


あぁ、朝になったんだ


って思った。


あの時バイク止めて言えば良かった。

お前じゃ無理だよって。

お前じゃ泣かせられないよって。



…なーんて。

そんな事しても滑稽になるだけだし

第一、出来るわけもないくせに

自分がカッコつけられる妄想ばかりして。



…本当に惨め。


『…○○…』



今までどこにいた?

なんで急に消えた?

その男は誰?



…もう、俺の事忘れちゃった?




失恋をした事がないわけじゃない。

別れを経験した事がないわけじゃない。


でも、こんなに空っぽになるのは
初めてだった。





俺が失恋をしようが何をしようが、
世界は回り続ける。


いつも通り電車に乗って。

満員電車に体押し詰めて。

つり革に掴まって。

隣に立ってる太ったおじさんの
汗の匂いを鬱陶しく感じながら、
会社に向かう。


与えられた仕事をこなして、

やっぱり残業させられて。

合コンでいい感じだった子と
今度2人で夢の国に
デートしに行く事になった!

っていう先輩の惚気話を聞いてあげて。


…毎日が過ぎていった。


彼女が男を連れて俺の前に
戻ってきた事を、


辰巳にも

マツにも

コッシーにも


誰にも言えずに、
ただ毎日が過ぎていった。




でも、たまに思い出す。

というか脳裏に焼き付いて離れない。


あの時の光景を思い出す度に、
イライラするようになった。

あの日あの瞬間は
ビックリして
上の空だったけれど

日を追うごとに現実味を帯びてきた。


全然むり。
ムカつく。
突然いなくなって。
帰ってきたと思ったら男連れて。
触られて。
キスされて。

つーか、誰だその男は!


苛立ちを隠しきれずに
休憩室でコーヒーを飲みながら
貧乏ゆすりしまくっていると、


『お、福ちゃんお疲れ〜』

『あ、お疲れ様です。』


上司が手で挨拶をしながら入ってきた。

小銭を自販機に入れて
コーヒーのボタンを押す上司を見ながら

ふと、昔この人に
男が好きとか?って
ホモ説立てられた事を思い出して
この間マツと定食屋で男同士のカップルだと
思われた話をしようとしたら


『何カリカリしてんのー?』


と、上司の方から話しかけられた。


『最近さ〜』

『…はい?』

『福ちゃん、イライラしてる』

『…俺がですか?』

『うん』

『…最近?』

『うん』


自分の機嫌で周りに気を遣わせるのが
死ぬほど嫌だから、
表に出さないようにしてたのに

…どうも出ちゃうくらいには
イライラしてたみたい。


『…すいません…』

『別に謝らなくていいよ、
人間誰しもあることだよ』

『…はぁ』

『で、どうしたの?彼女と喧嘩?』

『は?』


驚きのあまり、上司に向かって
失礼な言葉が飛び出す。

慌てて口を押さえて
すみません…と、言う俺に
上司は何も気にしてない感じで


『彼女!』


話を続ける。


『いや、彼女なんていないって
前からずっと言ってるじゃないですか…』

『またまた〜しらばっくれちゃって!』

『いや…』

『マドンナ!彼女なんでしょ?』


上司の口から飛び出した
同期の会社でのあだ名に心の底から驚いた。

いつからどこでそんな話になってるのか。

頭の中の処理が追いつかなくて
その場に立ったままの俺に上司は
楽しそうに続ける。


『いや〜いいよね、あんな美人と付き合えて!
マドンナ射止めるとかすげーな、福ちゃん。
泣く男社員いっぱいだよきっと』


ニヤニヤする上司に、固まる俺。


『いや…付き合って無いっすよ…』

『え?そうなの?』

『ちょ、待って…
誰から聞いたんですか?それ。』

『んー?マドンナちゃんが
それっぽい事言ってたから。
みんな知ってるよ?』


その言葉に、目をつぶって
俺は大きくため息をついた。






足早にそいつがいる場所に向かって、
勢いよくドアを開けた。


『…きゃッ!ビックリした!』


いつもと同じ場所で、
昼飯を食ってる同期の元に近づく。

驚いた顔をしながら
こっちを見ているその細い腕を掴む。


『ちょっと来て』

『え?今お昼食べて…』

『いいから』


被せ気味にそう言って
そのまま無理やり腕を引っ張った。



空いてる会議室に同期を押し入れて
自分も中に入ってから
しっかり鍵を閉める。


『…どういうこと?』

『…え?何が?』


ただならぬ雰囲気を
察してはいるけども、

なんで俺が怒ってるかまでは
分からないらしく、困惑している。


『俺ら、付き合ってないよね?』


そう言うと、
同期は俺から目をそらして押し黙った。


『ちゃんと違うって言って。
勘違いされてるっぽいから。』


ハッキリそう告げた俺に、
同期は必死に笑顔を作りながら明るく振る舞う。


『別にわざわざ否定しなくても良くない?
悠太だっていつもそう言ってるじゃん。
言わせたい奴には言わせとけって』


前までは別に言いたい奴には
言わせとけば良かった。

真実をわざわざ言う必要もないって。


でも、今は…


『俺好きな奴いるから、無理。』


消えた理由は分からないし、
あの男が恋人だろうと
やっぱり俺が好きなのは彼女。

ムカつくのもイライラするのも
彼女のことがまだ好きななによりもの証拠。


彼女を想うこの気持ちに
誠実でいたい。


『…それだけ。悪いね、飯中に。』


背を向けて、
会議室から出ようとした俺の背中に


『…それってあのファミレスの子?』


同期の声が届く。

思わず足を止める。


『…その子は、悠太のこと好きなの?』

『……』

『悠太のこと考えないで
すぐどっか行っちゃうような子だよ…』

『……』

『そのくらいの気持ちの子だよ』

『…は?』

『あの子、悠太の事好きって
一言も言わなかったよ…!』


頭が真っ白になった。
何言ってんのこいつ…


『ちょっと待って…
お前さっきから何言ってんの…?』


振り返った先には同期が
涙を流しながら立っていた。


『お前…あいつになんか言ったの?』


俺の言葉に反応せずに
荒い呼吸を繰り返しながら涙を流す。

でも、泣いている事なんて
構っていられない。


『なんとか言えよ…』

『……ッッ…』

『あいつが急に俺の前から
いなくなった事になんか絡んでんの…?』

『……』

『おい!』


怒鳴り声に近い声とともに、
肩を掴んだ俺に
同期がビクンと身体を揺らした。

少し震えているその手を
強く握りしめたかと思ったら、


『…悠太が悪いんじゃん!!!』


そう叫びながら涙で真っ赤になったその目で
俺を強く睨んだ。


『私はあの子なんかよりも
ずーっとずーっと前から
悠太の事が好きだったんだよ!?

なのにこんなのひどいじゃない!
ずっとずっと側にいたのに!
なんであの子なのよ!!

ちょっと言われたくらいで
悠太の前からいなくなるような子だよ!?

私の方が絶対悠太のことが好き!
私はちょっと言われたくらいじゃ
絶対に引かない!!!

そのくらい悠太の事が好き!!』


目の前で泣き叫ぶ同期に、


『お前そん…ッ』


そんな奴じゃ無かったじゃん。
その言葉を飲み込んだ。

だって“そんな奴”にしたのは
紛れもなく俺だったから。


同期からの気持ちには少し気づいてた。

告白してこなかったから
振ることが出来なかったのは確かだけど、

もっとハッキリした
態度をとらなかった自分が悪い。


いろんな男に愛想振りまいてた同期のことを
俺こそ咎める権利なんてなかったんだ。


『悠太…』


胸に縋り付いてくるその細い肩を
引き離すことも、受け入れることも
今の俺には出来なくて…

ただ立ちすくんで彼女の嗚咽だけが
ずっと響いてた。











昼休みが終わって自分のデスクに戻ったけど、

隣の席に来るはずのの同期は
いつまで経っても戻って来なかった。

先輩に聞いたところ
体調不良で早退したらしく、


『本当に顔真っ赤にして辛そうだった…
マドンナちゃん…』


って言う先輩の言葉に、
なんとも言えない気持ちになった。


あの後、一頻り俺の胸で泣いた同期は、
彼女との間にどんなことがあったのか
泣きながら教えてくれた。



悠太をあの子に取られたくなかったの…



その言葉から始まったその話は
俺が知る由もなかった事だった。




何度も忘れようと思った。

何なんだよあのクソ女って思った。

もう知らねぇって思った。


…でも、やっぱりダメだ。

たまらなく好きだ。


『なんで俺に言わなかったんだよ…』


もうどうにもならない彼女への想いが
また大きく膨れ上がった。







***






満員電車並みにギュウギュウな人混みの中、
仕事終わりのスーツのまま
ひたすらに目的地に向かって歩く。

人の多さと暑さにうんざりしながら
やっと着いたその場所では


『遅いよー福ちゃん。』


大好きな3人が、
簡易テーブルと椅子が並べられた
飲食スペースで
ビールを飲みながら俺を待っていた。


『なんで祭りに男4人で
来なきゃなんねーんだよっ』


皮肉っぽくそう言う俺だけど、
本当はウッキウキで


『顔笑ってるよ?』


俺の顔を覗きながらそう言ってきたコッシーに
ここに来る途中にあった出店で買った
食パンマンのお面をプレゼントしてあげた。


『なんだよこれ!』

『コッシーがいたから買ってきた』

『いらねぇよ!』


高音でキレてるコッシーを無視して、


『辰巳はカレーパンマンな。
マツはバイキンマン
俺は主役のアンパンマン。』

そう言いながら、
2人にもお面を渡すと


『金の使い方間違えてるよ』


って辰巳に笑われた。

マツは満足そうにバイキンマンのお面を
頭に乗っけてた。







『雄大遅いね。大丈夫かな?』


コッシーが言う。

ジャンケンで負けて、
買出し係になった辰巳がなかなか帰ってこない。

確かに、人の多さがあったとしても
ちょっと遅過ぎる。


『ナンパでもしてんじゃねーの?』


俺のその言葉に3人で、
まさかーwww
ってゲラゲラ笑ってたら


『え!?本当に女の子連れてんだけど!』


俺の向かいに座ってた
コッシーが叫んだ。


は?マジでナンパしてたのあいつ?


信じらんねぇ(笑)
って思いながら振り返った瞬間に、


心臓がドクンって音を立てた。



…彼女だった。


紺の浴衣を着て、髪飾りつけて、
辰巳に連れられて歩いてきてるのは

あの日俺がアパートの下で見た
彼女だった。


辰巳と話をしながらこっちに向かって
歩いてくる。


どうしていいか分からなくなった俺は
とりあえず目の前にあった
アンパンマンのお面を顔につけた。


辰巳と彼女、
2人の足音が聞こえる距離まで来た瞬間に


『○○ちゃんじゃん!』


コッシーが彼女に気付いた。

すぐ近くまで来た彼女と辰巳。

俺以外の3人が、
彼女に話しかけているのに
彼女はその質問に1つも答えないで

俺の方をじーっと見る。


『…何被ってんの?福田くん…』


彼女のその声に一気に心拍数が上がって
泣きそうになった。


『いや、僕福田じゃないですよ』

『…は?』

『僕アンパンマンです』

『何言ってんの?福田くん。』


…あぁ、やっぱいいなぁ、
この福田くん呼び。


名前を呼ばれただけで
馬鹿みたいに喜んで泣きそうになってる
自分に自嘲的に吹き出した。

お面を外すと彼女がしっかりとそこにいて
困惑した顔で俺のことを見ていた。


『さー食べよ食べよー!
腹減っちゃったよー!!』


辰巳のその声のおかげで
やっと俺ら2人に穴が開くほど
注がれていた野郎3人の視線が外れた。


テーブルの上に買ってきたものを
並べてる辰巳が天使に見える。

俺だったら人混みの中で見つけても
声なんてかけられない
ましてや自分たちのいるところに
連れてなんて来れない。


辰巳のコミニケーション能力の高さに
感謝しつつ、
彼女の腰を引いて自分の隣に座らせた。

彼女が俺の質問に答えながら
ケータイをテーブルの上に置いた。

そのケータイが前と変わっていて、
勝手に番号変えやがって…って思った。


彼女にどうやって話しかけていいか
分からなくて、
ひたすらにビールを飲んでいると
テーブルの上に乗っていた
彼女のケータイが音を立てて震えた。


その画面に表示されるのは…


男の名前。


『ちょっと、ごめんなさい…』


俺の視線から逃げるように、
慌ててケータイを取ると
その場から小走りで離れる彼女。


マジで落ち込む。

隣でぴったりくっ付いて
座る彼女に半分忘れかけてたけど、
あいつこないだ男連れてたんだった…


今電話かけてきてる男が
あのアパートの前で
一緒にいた男なのかどうなのか…

それは分からないけれど、


『お疲れ様です…すみません…』


って声が聞こえて、その口調に
とりあえず電話の向こうにいる男は
彼氏ではないのかなと思った。


…せっかく少しだけ
幸せな気持ちになっていたのに
一気に突き落とされた気分。


気にしないようにしようとしても
意識の8割…いや、それ以上を
彼女の方に持ってかれる。


今まで隣で聞いていた彼女の声を
なんでこんなに遠くで聞かなきゃ
ならないんだ。

それも一生懸命耳をすませて…


突き落とされた気分の中で
彼女にジッと視線を向けていると
ふと、目が合った。

暗闇の中であまり見えないその表情は
俺と目が合った瞬間に
少しだけ困ったように見えた。






『○○ちゃん、電話大丈夫だった?』


電話を終えて席に戻ってきた彼女に
辰巳が声をかけると、


『あ、ハイ。すいません、いきなり』


そう返事をして、
ケータイをカバンにしまった彼女が
再び俺の隣に腰を下ろした。


…聞きたいことは山ほどある。

根掘り葉掘り。

彼女が答えるのが面倒になるくらい。


それでも今ひとつ
タイミングが掴めないままの俺は
とりあえず飲み物を差し出すくらいしか
出来なかった。







花火が始まると
話しかけるタイミングはますます無くなる。

花火に夢中になってるのに
話しかけるのもな…

せっかく楽しんでるところ
邪魔するのもな…


って思ってたのに、
彼女は急に席を立って


『ちょっと…トイレに行ってきます』


と言いながらあっけなく
トイレへと向かっていった。


彼女の姿が人混みと紛れた瞬間に、


『花火の途中でトイレ行くとか、
○○ちゃん本当に女子?』


辰巳が爆笑しながらそう言った。


『女子はみんな花火好きなのかと思ってた』


コッシーのその言葉に、
お前は今までどんな女と付き合ってきたんだよ
って言いそうになる。


『いや、○○ちゃんさっき捕まえた時も
花火見ないで帰ろうとしてた』

『マジで?』

『なんか少し変わってる子だよね、
いい意味で。』

『いい意味ってどんな意味だよ(笑)』


くすくすと笑ってた辰巳が
いきなりこっちに視線を向けて、


『で、いつまでその状態?』


俺に話しかけてくる。


『話しかけてあげなよ、○○ちゃんに。』

『……』

『俺、頑張って声かけて連れてきたんだけど』

『おー…』


煮え切らない返事をした俺に、
辰巳が小さくため息をついて


『俺、話しかけ過ぎて○○ちゃんに
うるさい人って思われてないか心配…』


って心配性フル発動してた。




『○○ちゃん遅いねー。』


マツがたこ焼きを食べながら言う。


確かに遅い。

迷った?
ナンパされた?

嫌な想像ばかり浮かんでくる。


『マツ、ちょっと見てきて』

『え?なんで?福ちゃんが行きなよ』

『いや、マツ行って』

『…たこ焼き…』

『マツ…大役だ。○○を見つけ出すんだ。』


前歯に青のりつけたマツが
ちょっと拗ねながら席を立った。


『福ちゃん!』


ついに怒りだす辰巳。


『自分が迎えに行ってあげなよ!』

『…俺なりにプランがあるんですよ』

『プランってなんだよぉ』

『……』

『ホラ、ないじゃん!』


違うんだよ、プラン云々じゃなくて
お前らに見られてると思うと
ちょっと恥ずかしいんだよ!


…とは言わないでおいた。


『あ、帰ってきた。』


ゴミ捨てに行ってくれてたコッシーが
テーブルに戻ってきながらそう言った。

コッシーの向ける視線の先に、
自分も振り返ってみると

少し怒った顔した彼女がズンズン歩いてきて
その後ろを小走りで
マツが追いかけているのが見えた。


俺らのとこまで戻ってきた彼女は、
片付けを手伝えなかったことを
ちゃんと謝っていて
こういうところが好きだなって思った。


『さーて、花火も終わったし帰りますかぁ』


辰巳のその声に一瞬ビクッとなる。

まだちゃんと話せてない。


俺のその気持ちを汲んでくれたのか、
辰巳が彼女を車で送ってくと言い出したけど…


『俺ら家近いからタクシーで一緒に帰るよ』


彼女の腕を掴んで
自分の方に引き寄せながらそう言った。


もう甘えてられない。


『じゃあ福ちゃん、○○ちゃん頼む!
ちゃんと送ってあげてね!』


笑顔の3人が立ち去っていく。

背中を向けて立つ彼女の顔は
俺からは見えないけれど、
困惑してることは分かる。


だから、何か言われる前に
手を取って駅に向かって歩き出した、

…のに。


『…痛っ』


彼女はやっぱり思い通りにさせてくれない。


『…どした?』


振り返ると、下駄を脱ぎながら
しゃがみ込む彼女がいて
俺も彼女と向かい合ってしゃがむ。


『…怪我してんなよ』


俺の言葉に顔を上げた彼女と
近い距離で目が合う。

久しぶりに近くで見れたその顔は
前より少しほっそりしていて、
気付けば頬に手を伸ばしていた。


『…痩せた。』

『…え?』

『前より』

『あ、仕事忙しくて…』

『何痩せてんだよ…
前はもっとぽちゃっとしてたのに』


痩せたりして、気にくわない。

昔の少し太ってた頃の彼女の方が好きだった。
髪もこんなに可愛くカットしたりしてなくて
素朴なままの彼女の方が。

誰かのために綺麗になりたくて
そうなったのなら尚更気にくわない。


心の底からつまらない気持ちになってたけど、
俺の差し出した手を
嫌がる素振りもなく握ってくれたら
少しだけ許してあげようと思った。



駅前に着いて、タクシーを待つ。


これからどうしよう。

とりあえず話したい。

何がどうなってるのか。

彼女に何があったのか。


ゆっくり話せる場所となると、
彼女の家に行くのが1番だけど
家に上げてくれっかな…


もんもんと考えてる俺の隣で、
ケータイがブーブーと騒がしく鳴った。


音の鳴る方に目を向けると、
笑顔でケータイを眺めている彼女がいて…


『さっきの奴から?』

『…いや、違くて…』


俺の中でプツンと何かが切れた。


目の前でドアが開いたタクシーに
彼女を乱暴に乗り込ませて、
逃げられないように手を強く握った。


後悔するのはもう嫌だ。

力ずくでも

もう離さない。


彼女の手を握る力をもっと強めた。





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不器用なアイツ。【11】


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嫌な目に合わせてしまったことを
謝りたくて、

午後の仕事が始まる前に
彼女に電話をかけた。


走り出した時の彼女の怯えた顔が
忘れられなくて
早く声を聞きたかったのに
彼女は電話に出てくれなかった。


もう午後の仕事始まったのかな…


不安な気持ちも少しあったけれど
仕事の邪魔をしたくなくて


また夜にかければいいや


と思って俺も仕事に戻った。



夜に電話して出てくれたら、
また公園に呼び出そう。

直接会って。顔見て。

安心させてあげよう。


なんなのあの人って怒るかな?

私すごい睨まれたよって
不貞腐れるかな?

怖かったって泣くかな?


くるくると変わる彼女の表情と、

平謝りする自分を想像しながら
少しだけ笑った。








でも…



彼女は

電話に出てくれなかった。










『…もう何日目だよ』


彼女は今日も電話に出てくれない。


あんなに毎日電話していたのに
パッタリと出てくれなくなった。


最初の何日間は、
仕事が忙しいのかな?とか
何か予定があったのかな?とか


思っていたけれど…


彼女は自分発信で
俺に電話をかけてくることはないけど、

俺からの電話に出られなかった時は
必ず折り返しかけてきてくれる。



“ごめんね”


って、謝りながら
律儀に折り返し電話をくれる。



だからこんなにも
電話に出てくれないのはきっと


彼女が故意的に俺からの電話を
取らないようにしてるから。



…なんで?


…俺なんかしたか?



ファミレスで同期が
感じ悪かったかもしれないけれど、

電話に出ない理由としては
不十分過ぎる。


何が原因だ?

なんで電話に出ない?


考えても分からないから

ただただ、
彼女に電話をかけるしかなかった。

留守番に接続されない
彼女の携帯の呼び出し音を
しつこいくらい長い時間鳴らし続けた。


毎日毎日。

夜電話をかけた。



それでも彼女は出てくれなかった。



駅で待ち伏せもした。


残業なしに帰ってこれた日は
駅の改札の前で彼女を待った。


利用者が絶対に通る改札。


その前で待ってれば会えると思った。



それでも、彼女に会えなかった。







何かがおかしい。


絶対に何かがおかしい。




嫌な予感しかしなかった。



そして遂に、




ーーおかけになった電話番号は
現在使われておりませんーー



機械的な音声が、
俺の耳に届いた。



全身の毛穴が一気に開いて、
家から飛び出した。


最初からこうすればよかった。

何でしなかったんだろう。


焦りと胸騒ぎ。

それに加えて日々の運動不足で
息を切らしながらダッシュして

階段を駆け上がって

2階の1番奥の角部屋。


扉の前に立ち尽くす。



無機質な扉。


何だろうか…


生活感が感じられない。

人が暮らしてる感じがしない。



前にシャアに殴られた彼女を送って
部屋に上がり込んだ時に見て

玄関のすぐ横にある窓は
浴室の窓だった事は覚えてる。

そのすりガラスの向こうに
シャンプーとかリンスっぽいものが
置いてあるから


人は住んでいるんだろうけど…




本当に嫌な予感しかしない。


絶対…
今この家に、

人は住んでない。



彼女が俺の前から消えた。


姿を消した。




震える手で
砕けるんじゃないかってくらいの力で
携帯を握りしめた。


『…ふざけんなよ…ッ』


握りしめた携帯を額にあてる。



俺は初めて、

人を想って涙を流した。







***





目の前にはいぶりがっこ

枝豆。

串焼き。

刺身盛り合わせ。


そして生4つ。


『はい、お疲れ〜〜』


4人でガツンとジョッキを合わせる。


『やっぱり仕事終わりは生だな!うん!』

『マツ今日仕事休みじゃん』

『わざわざ有給とって何してたの?』

『寝てた!!』

『有給をもっと有意義に消化しろよ(笑)』


仲の良いいつもの4人で、
久しぶりに飲みに来た。


なんだかんだ4人揃うのは
結構久しぶりだったりする。

何故なら、


『福ちゃん最近付き合い悪かったよね〜』


完全に俺のせい。


『身に覚えがありませんね』

『嘘言えよ』


ここんところずっと仕事ばっかで
全然遊べてなかったから
本当に楽しい。

何気なく酒を飲んで
喋ってるだけだけど

嫌なことが忘れられて
頭がスーッとしていくのが分かる。



仕事はやっと落ち着いてきたけど、
考えることがありすぎて

頭パンパンだったから
今日来れて本当に良かった。

こいつらに会えて
本当に助かった。


4人の存在に感謝しながら
酒を喉に流し込んだ。










俺はいつも飲みすぎる。


今日も飲みすぎた。

そんな時はいつも一旦店を出て、
外の空気を吸いに行く。


『…ふぅ…』


胸いっぱいに吸い込んだ空気を
吐いて、ボーッとする。


どのくらいの時間そうしていたのか、

店のドアが開く音と、
人の足音が聞こえた方に目を向けると

辰巳がこっちに歩いてきてた。


『わり、もう戻るよ』


小さく謝って、
座っていた石段から腰を上げようとすると、

辰巳は笑いながら


『俺も外の空気吸いに来たの』


って言って俺の隣に座った。


『福ちゃん連休何してたの?』

『仕事と釣り』

『極端だね』

『んなもんだろ』

『デートでもしなよ』

『誰とだよ』

『んー?マツ?』

『なんでだよ!』

『あははっ
釣り、おっきいの釣れた?』

『兄ちゃんが釣ってた』


そう言いながら、
ケータイを操作して

兄ちゃんが釣った魚を
自分が釣ったかのように
ドヤ顔で持って映る自分の写メを
辰巳に見せた。


『我が物顔だね(笑)』

『まーね』


ケータイの画面をスライドして
釣れた魚の写真を見ながら
しゃべる辰巳と会話する。


『最近さ、釣り堀行ってみたんだよね』

『あー辰巳ん家の近くにできたとこ?』

『そうそう』

『どうだった?』

『ちょっとハマった』

『マジで?』

『うん、釣り楽しいね』

『俺がハマりまくってる理由、
分かってもらえました?』

『少しね(笑)
だから今度俺も連れてってよ』

『いーよ、行こうよ』

『でもルアーとか…あッ…、』


隣に座っていた辰巳が
いきなり跳ね上がった声を出した。


『え、何?』

『いや、何でも…』

『何だよ』


笑いながら問いかけても、

苦笑いをしながら
煮え切らない態度をとる辰巳に
疑問は膨らむばかり


『え、本当になんなの?』


なんだかもどかしくなって
少し強めの口調になってしまった俺に


『…コレ、さ…』


辰巳が目の前に差し出してくるのは
さっき辰巳に渡した俺のケータイで、


そのケータイの画面に映っているのは…


『○○ちゃん…だよね?』



紛れもなく彼女だった。



首から社員証をぶら下げて
月明かりの下でドヤ顔でピースする
笑顔の彼女。




魚の写真に紛れて、
表示されてしまったらしい。


『写真暗くてよく分からなかったけど
コレ、○○ちゃんだよ…ね?』


辰巳の視線から逃げる俺の口元に
意味不明な笑みが現れる。


『こんなのもあるよ』


原因不明の笑みのまま、
辰巳にまたケータイを渡す。


その画面に映るのは


『○○ちゃん…』


白ワンピースで真っ赤な海の前に立つ、



彼女。



『福ちゃん…』


彼女の写真を眺めていた辰巳が口を開く。


『言おうか悩んでたんだけどさ…』

『ん?』

『福ちゃん、今日ずーっと
ケータイ気にしてるよ?』

『…え?』

『やっぱり自覚なかったんだ…』

『……』


本当に全く自覚がなかったから驚いた。


辰巳が返してきた
自分のケータイを強く握る。


『…福ちゃん…?』

『……』

『誰からの連絡待ってるの…?』

『……』

『どうしたの?』

『……』

『…ケンカ』

『……』

『…ケンカでもしたの…?』

『……』

『…○○ちゃんと、』

『…違う』

『…ん?』

『消えたんだよ』

『…なに?』

『急に消えたの、あいつ。』

『…消えたって?』

『そのまんまー』


笑いながら答えるしかなかった。


『大事にしてやろうと思ってたのになぁ』


項垂れながらも、
やっぱり手の中のケータイを
気にする俺に
辰巳はそれ以上何も言わなかった。









辰巳に言われて気づいた。

本当はずっと彼女から連絡が来るかもって
思っていたことに。


『ごめんね、福田くん』


って言いながら電話をかけてきて…


番号変えたんだ、

ちょっとここしばらく忙しかったんだ、


って言ってくれるんじゃないかって

女々しく待っていた
自分がいた事に気づいた。



でも、もう3ヶ月近く経つ。

そうなると、

淡い期待も薄れていく。


もう彼女から
俺に連絡が来ることはない。

そう思うようになってきた。


だから、


『福ちゃん、人数合わせでいいから
来てくれないかな?』

『全然いいっすよー』


先輩からの合コンの誘いに
そう返事したのは、

彼女への当て付けと
他に目を向けるための
自分なりの精一杯の強がりだった。







だけど…



笑えるくらいにつまらない。


笑えるくらいに馴染めない。


笑えるくらいに酒が美味くない。


気を使いながら女の子と会話して
好きな酒も飲めなくて

これで金とられるなんて
なんか腑に落ちねぇなー

普段ほとんど行かない合コン。

やっぱりいつもの4人と
飲むのが1番楽しいな…

なんて思いながら
テーブルの隅っこで
一人で酒を飲む俺のところに


『…隣、いいかな?』


1人の女の子が声をかけてきた。


『1人で寂しくない?』


こっちが返事する前に笑いながら
俺の隣に座ってきたその女の子は
グラスにオレンジが刺さった
グラデーションが綺麗な
いかにも“可愛らしい”お酒を飲んでいた。


こういう場で飲むべき
飲み物を知ってる…って感じ。


そんな印象を受けた。


『名前なんて言うの?』

『福田です』

『それはさっき自己紹介で聞いたよぉ、
下の名前!』

『……悠太』

『ゆうた?』

『…ん』

『ふーん、じゃあゆうちゃんだ!』


…あぁ、ダメだ。

気が滅入る。



こんな事するなんてどんな女だろうって
興味本位で女の子の顔を見てみると

案の定男にモテそうな可愛い顔をしていた。


自分の方を見てきた俺に
何かを勘違いしたのか、
その女の子はにこやかに笑って
俺に身を寄せてきた。


『お酒強いんだね』


その近さに少しだけ身を引く。


…なんでこんな簡単に
人にくっつけるんだ。


無表情のまま、女の子に


『俺、帰ろうかな〜』


と、伝えると


『え、』


と小さく漏らして
2秒ほどフリーズした。


『せんぱーい、俺失礼していいですか?』


ノリの悪さ全開で
誘ってくれた先輩に声をかける。


元から先輩は、俺が合コンに
あまり参加しない人間だって知ってたから
いーよいーよ、
来てくれてありがとー!
なんて軽く言いながら手を振ってくれた。


店の外に出て、
駅までの道のりを歩いていると

いきなりチリンと
チャリのベルを鳴らされた。


振り返るとそこには、
サビだらけのチャリに乗った
コンビニ帰りであろうマツがいた。


『イエイイエイイエイ』


そのマツのテンションに
少しだけ気が緩む。


『…うるせぇよ(笑)』


言われてみれば今日飲んでた場所は
マツの地元がある場所だった。


『何福ちゃん、飲んでたの?』

『おー』

『のくせに全然酔ってないね』

『まーね』

『飲むなら誘ってよ!
今日俺暇だったのに!』


と、言うマツの自転車のカゴに
バックをぶち込みながら


『今日合コンだから誘えなかったんだよ』


と、笑いながら言うと

マツがいきなりその場に止まった。


『…ん?』


マツが止まった事に気づかず、
数歩歩いてしまった俺は
後ろに振り返りながら


『どした?マツ?』


声をかける。


すると、マツがハンドルを握る手を
震わせながら


『合コンなんて行ってんなよ!!!』


いきなり叫んだ。


『…は?』

『辰巳から聞いたよ!
福ちゃんには言うなって言われてたけどな!』

『…なにを』

『○○ちゃん見つけたら
とっ捕まえといてって!!』

『…え…』

『また2人が仲良く出来たらいいねって!
話してたのに!!!』

『……』

『なのになんで福ちゃん本人が
そんなことしてんだよぉ!!』


どんどん声が大きくなるマツは、
カゴに入っていた俺の鞄を
地面に投げ付けた。


『福ちゃんなんて知らねえ!!!』


そう叫んでチャリで爆走していく。


その場に残された俺は、
少しの間ポカンとしてから

地面に投げ付けられた
自分の鞄を拾い上げた。

パンパンと、鞄についた砂を叩き落とす。


…俺、そんな気使われてたんだ…


なんとも言えない気持ちになって
また立ち尽くす俺のケータイが震える。

画面に表示されてるのは
さっきチャリで爆走していったマツの名前で、


『ごめん!福ちゃん!
鞄投げちゃったけど中になんか
大切なものとか入ってた!!??』


電話の向こう側で
めっちゃ慌ててた。


大爆笑の俺。


『ないよ』

『あー良かったぁ!良かったぁ!』

『ははは』

『……』

『……』

『…福ちゃん』

『なんだよ』

『言いすぎた、ごめん。』

『マツは何も悪くねぇだろ。
俺だよ。』

『…グズッ』


鼻水をすする音が聞こえて、
またしても俺は笑う。


『マツ、お前泣いてんの?』

『福ちゃん、俺ね、』

『おー』

『福ちゃんと○○ちゃんが
仲良くしてるの見てるのが
大好きだったんだよ…』


涙声のマツにそう言われて
何も言い返せなくなった。


『……』

『だから早く○○ちゃん見つけたい』

『……』

『俺頑張るから…』


マツの気持ちをありがたく思いながら
申し訳なく思う。


俺だって彼女を
思い出なんかにするつもりはない。



でも、もう俺はどうしたらいいか
分からない。


だからマツにも特に何も言えなくて
とりあえず小さく

『サンキュ…』

って
お礼を言ってから電話を切った。



最寄りの駅について、
改札を抜けると、

ふと公園が目に入った。


…あいつどこにいんだよ…

会いてぇなー…



星が嫌味なくらいに
明るく光る夜空に向かって

フォー、と吠えてみた。






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