さう日和。

ファニーフェイスなオナゴ。ジャニーズ中心生活。

不器用なアイツ。【6】


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…ほんっとにこいつは…


『だから、来月に帰る…』

『…来月?』

『うん、連休に。』

『気をつけて行って来てください』


報告が遅い。


あの日彼女を送った時に、

俺の家族が楽しそうなのを見て
家族っていいなって思ったと言った彼女に
俺は課題を課した。


人の家族の問題に無関係な俺が顔出して
福田くんに関係ないじゃんって
言われたらどうしようもなかったけど、

彼女は俺の言ったことを受け入れてくれて
それでいてちゃんと家族に
会いに行くことも決めたらしい。


俺の言葉で、
彼女の中にある不安要素が
1つ無くなったことが嬉しい。


そうやって1つ1つ無くなって
愛想笑いばっかりしてないで
我慢しないで泣けばいい。

そしてそのあと
思いっきり笑えばいい。


『○○』

『ん?』

『よく頑張りました』


きっと簡単じゃなかったと思う。

簡単じゃなかったからこそ
何年間も連絡出来なかったんだと思う。


結果が良かったとしても
母ちゃんか父ちゃんかに連絡する時
すごく勇気だしたんだろうな…

そう思うと、
彼女をたくさん褒めてあげたくて
仕方なくなった。


『…ありがと、』


少し照れ気味にそう言った彼女は
なんだか嬉しそうだった。








会社で初めて会った。


もしかしたら今までも見かけてたのかも
しれないけど、
ちゃんと意識してから初めて。


…なんだっけ、後輩くんが呼んでた


…んーと、

…んーーと。


あ、シャアだ!


思い出した。


このフロアではめったに見ない
金髪が目に入って
なんとなくそっちに目を向けたら
そのシャアがいた。


今日も自信たっぷりのそのオーラ。


『…げっ』


シャアから目をそらせずに
見つめていた俺の隣で同期が声を漏らす。


『なんであの人いるのよ…』


いつもならシカトするその声だけど、

あの居酒屋にわざわざ出向いて
彼女の出勤日をしつこく聞いて、

可愛いって言ったり
どこに住んでるか知ろうとしていた
シャアの存在が気になりすぎて


『…お前あの人知ってんの?』


同期に尋ねる。


どうも俺は彼女の事になると
どんな事でも知りたくなるらしい。


反応した俺に同期が少し身をかがめながら


『悠太、あの人の噂知らないの?』


小さい声で質問をし返してくる。


どんなに周りから“気持ち悪い”だの、
“絶対無理”だの言われている男でも

自分に好意があれと知れば
愛想を振りまくる同期が
ここまで嫌がるシャアには
やっぱりそれなりの理由があるそうで…


『…何人もの女の子と関係持ってるって』

『は?』

『しかもお金絡んでるらしいわよ』



確かに聞いたことあるかもしれない。


女の子たちの間で有名な話は
男の間でももちろん出てくる。

でもそれは女独特の
あーだのこーだの言いまくる噂…
って感じではなくて


ただ会話の間に
ちょろっと出てくる程度のもの。


“なんか金使って女とヤりまくってる
奴いるらしいぜ。”


どこまでが本当で、
どこまでが嘘なんだか
分からない程度の噂話。


…色んな世界があるんだなぁ、


なんてぼんやりと思ったことも
思い出した。


『私も言われた。月に30万でどう?って。』

『…わぉ』

『…頭おかしいわよね』

『……』


毛穴が開く。


別に噂を聞いていただけの時は
なんとも思わなかったし

そういうことやりたいなら
お好きなようにって思ってたけど



…絶対あの野郎、
彼女の事もそうしようとしてる…


ふざけんじゃねぇぞオイ…


根拠は無いけど、
そう思った俺はイライラする気持ちを
全面に出しながらシャアを睨んだ。


『…悠太?』


怒りに震える俺の隣で
同期が何やら喋ってたけど
全く耳に入らないくらいに
俺はシャアを睨み続けていた。








彼女がそんな対象として見られていると知れば
そりゃあ彼女に会いたくて
たまらなくなるわけで


『マツ、飯行くぞ』

『えっ、俺企画書まだ終わってな…』

『死ぬ気で終わらせろ』


マツの予定なんてガン無視で
電話を切った。


ダッシュしてきたのか
待ち合わせ場所に30分ほど遅れて
到着したマツと向かう先は
もちろんあの居酒屋で


『いらっしゃいませーー!!!』


今日も今日とて後輩くんが
出迎えてくれた。


『あー!福ちゃんさんにザキさん!
こんばんはー!!』


元気に声をかけてきてくれた
後輩くんの笑顔が次の瞬間曇る。


『福ちゃんさん…あのう…』


そんな気はしてた。

そんな気は心のどこかでしてた。


…だから


『いないのね(笑)』


笑いながら言うと、
後輩くんはしょんぼりしながら


『なんでいつも福ちゃんさんは
○○さんいない時に来るんですかぁ!
もう逆に狙ってるとしか思えないですよう!』


何故か俺じゃなくて、
マツにポコポコと猫パンチをする
後輩くんが本当に悔しそうな顔をしていて

それがなんだか笑えた。


店内は平日だったからか
めっちゃ空いてて、
暇そうにしていた後輩くんは
俺らの卓に居座って普通に喋る。


『仕事しなさいよ』


皮肉めいてそう言うと
後輩くんは笑いながら


『○○さんが昨日のうちに
仕込みやら発注やら全部終わらせたから
仕事残ってないんすよ』


って言った。


彼女は仕事が早いらしい。


『て言うか聞いてくださいよ〜』

『どうしたんですか』

『最近シャアの奴が
調子乗りまくってるんですよう!』


タイムリーな話題に
俺の背筋がピッと伸びた。


『調子乗ってる?』


つい口を噤んで
怖い顔になった俺の代わりに
マツが会話を進めてくれる。


『前より○○さんへの執着が
強くなってるっていうか、』

『……』

『なんかもう見てるだけで怖いんです』

『……』

『シャアの○○さんを見る目とか
もう気持ち悪くて気持ち悪くて。』

『……』


ビールグラスを潰れそうなほどに
握りしめる。


…俺の女いやらしい目で見てんじゃねえ。


自分の彼女でもないくせに
そんな感情が生まれる。


『だから俺、色んなバイト生に
○○さんのことはシャアに話しちゃ
ダメだよって言ってるんですけど…』

『…けど?』

『…はい…』


頼もしい味方の後輩くんが
困ったように、


『1人厄介な
おばちゃんバイト生がいるんです…』


小さく呟く。


『俺がみんなを口止めして、シャアに
○○さんのこと話さないようにしてるの
なんか嫉妬してると思われてて』

『…嫉妬?』

『俺が○○さんの事を好きだから
シャアと○○さん距離を置かせようとしてる…
的な勘違いをされてるんですよう』

『……』

『俺、○○さんの事
女として見たこと一度もないのに…』


そこで思いっきりビールを吹き出す俺とマツ。


『一度もって…』


咳き込みながら言う俺に、


『タイプじゃないですもん』


ハッキリ言ってきた後輩くんに、


やっぱり俺、この子好きだな(笑)
って思った。


『○○さんの事は好きですけど
タイプではないです。』

『笑わせるな〜〜(笑)』

『タイプって大切ですよ』


ケラケラ笑いながら更に付け足して
そう言う後輩くんに、
さっきまでのイライラした気持ちが
少しだけ和らいだ。


『まぁシャアの好きにはさせませんよ』


ニヒルに笑って、
ね?福ちゃんさん?
って言ってきた後輩くんに


あれ?バレてる…?


と、少し恥ずかしくなった。





意識に上ると、
その人ばかりに目が行っちゃうわけで。

やたら最近会社でシャアを見かける。


あれからシャアの事を
詳しく同期に聞いた。



やってることは最低でも、
ルックスもいいし金もあるし

何より“エリート”と言われる奴には
群がる女もいるらしく

そういう金絡みのことが
出来ているらしい。


しかも奴のこなす仕事量は
半端じゃないみたいで

ことの全てを知っていても
その大量の仕事を片付ける奴に
上司でさえも何も言えない…

だからこそ奴は好き勝手やる。


そんな状態らしい。


『…手出すなよ』


遠くに見えるシャアに向かって
小さい声で1人呟いた。




家に帰って慣れた手つきで
ケータイからその連絡先を出す。


ビール片手にケータイからなる
呼び出し音に耳をかたむけて…


『あれ?』


珍しく出ない。


いつもは3コールもすれば
出るくらいに反応がいいのに。


ちょっとだけ悶々する気持ちを
感じながらも、
通話終了のボタンを押して
ビールを喉に流し込んだ。



そんな彼女から電話がかかってきたのは
テレビを見て、風呂も入って、
もう寝る体制に入ろうとした時だった。


『はいよ』


嬉しい気持ちが彼女にバレないように
いつも通りを装って電話に出る。


『ごめんね、遅くに』


別に謝らなくていいのに
ごめんねと謝る彼女を可愛いと思う。

俺が勝手に電話かけてるだけなのに
彼女の中で俺からの電話を
返すのが当たり前になっている…

彼女のその心理が可愛いと思う。


『全然。遊びに行ってたの?』


あんまり友達がいる様子もないけど
若い女の子なら
少しくらい遅くまで遊ぶこともあるだろう。


そう思って聞いたけど


『なんか良く分からない』


彼女の答えは
俺の一番聞きたくない事で…


『シャ…お店のお得意様がいてね』


俺の気持ちを落とすには
十分すぎる話だった。


『…お得意様…?』


分かるけど聞き返してみる。


『そう。ほんっとに気持ち悪い人なの。』

『ほぉ』

『店長と3人でご飯連れてかれて』

『……』

『気分悪かった』

『……』

『お金持ってるんだか仕事できるんだか
知らないけど…
あーゆう人生理的に無理。』


ブツブツと愚痴をこぼす彼女に対して
自分の言葉が少なくなっていく。


『時間無駄にした気分っ』


フンッと鼻をならした彼女に、


『…そんなに嫌いならなんで飯行ったの?』


自分でもビビるくらいの
低い声が出た。


『…え?』

『なんで飯行ったの?』


彼女が少し身構えたのが分かったけど
彼女に気が使えるほど
今の俺には余裕がなくて。


『店長が…』

『断れば良かったじゃん』

『断った…けど、』

『けど何?』

『…ダメで…』

『自業自得じゃん』


あー言えばこーゆう俺に、
ついに彼女は黙り込んでしまった。


彼女と付き合ってるわけでもないから
怒る権利なんてないけど、

そんなんで怒りを我慢できるほど
俺は大人じゃない。

ムカつくものはムカつく。


なんなんだよ、飯行ったって。


俺はこんなに心配してるのに、
そんな軽く飯なんて行くなよ。

もっと危機感持てって。


ケータイを耳に当てながら
イライラで貧乏ゆすりが止まらない俺に


『福田くん…なんか怒ってる…?』


彼女が聞いてくる。

俺に気を使ってる感満載の
彼女の聞き方にもイラつく。


『怒ってませんよ、別に』

『…明らか怒ってんじゃん』

『怒ってません』

『ならいいけど…』


120%怒ってるのに、
怒ってないと嘘つく俺に
彼女は少し口を尖らせ気味になる。


このままじゃ、何も知らない彼女に
八つ当たりしてしまいそうだ。


1つ息を吐いて
気持ちを落ち着かせてから、
彼女に話しかける。


『明日のバイトは?』

『…居酒屋、だけ。』

『なら明日行く』

『…』

『待ってて』

『…分かった』


まだ少し不貞腐れる彼女に、


『とりあえず気をつけなよ』


その言葉だけ口にして、
彼女が素直に頷いてから


『おやすみ』


と、電話を切った。



絶対に守る。


シャアの顔を思い出して
奥歯ギリギリしながら
布団に潜り込んだ。






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次回、「光一兄さん…あなたがケータイで撮ったという、福田くんと越岡くんと松崎くんのお尻丸出しの写真欲しいんですけどいくらで売ってくれますか?いくら積めばその写真売ってくれますか?どうぞご検討ください。多分その写真バカ売れします。事務所に利益がたくさん出ます。ご検討ください。お願いします。売ってください。お願いします。スペシャル」やります。


サンキューサンキューでーす。

ヤンキー岩本くん。【4】

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ドテッ



『ってぇ〜〜…』

『…うわっ』


踊り場に着いて何もないところで
転んだあたしをふっかが少し引き気味によける。


『なんで何もないのに転けるの』

『何かあったんだよ、きっと』

『どう見てもないよ』

『心が綺麗な人にしか見えない何かなの』

『○○ちゃん絶対綺麗じゃないでしょ』


笑いながら階段に座るふっか。

1発殴ってやろーかなこいつ。


岩本くんは今日も購買に寄ってから
来るみたいで、途中で会ったふっかと
一緒に歩いてここまで来た。


…確かにあたしは性格良いとは
言えないかもしれないけど!!!!


汚れたスカートをパンパン
叩きながらふっかを睨んでいると、


『照も言ってたよ、よく転ぶって』

『…誰が?』

『照が』

『…誰を?』

『○○ちゃんを』

『…なんて?』

『よく転ぶって』


あたしがいないところで
あたしの話をされていた事に驚く。


『あいつ可愛いとこあるよな、とも言ってた』

『え!?なんて!?』

『あいつ可愛いとこあるよなって』

『もっと不機嫌っぽくして言って!!
もっと声低くして言って!!
もっと岩本くんっぽく言って!!
ハイ!!』

『…もうやだこの人。』


デカイ声でそう呼びかけるあたしに
ふっかがなよなよと項垂れながら言う。


…なんだよ、ヤンキーめ。

女らしいところ感じたことない
みたいな言い方しやがって!

あたしのこと可愛いと
思ってんじゃねーか!


やーい!

やーいやーい!

ヤンキーやーい!


『てゆーか、○○ちゃん。
いつからそんなに照のこと好きだったの?』

『…は?』


岩本くんが購買から帰ってきたら
しこたま馬鹿にしてやろうと思ってた
あたしにかけられた
いきなりのふっかのその発言に、

口も目も鼻の穴も
まん丸に開けたまま動けなくなった。


『え!?気づいてなかったの!?』

『は!?え!?何が!?』

『そんなに分かりやすくしといて!?』


あたしと同じくらいに
口も目も鼻の穴も
まん丸に開けたふっかと見つめ合う。



あたし、が?


好き?


誰、を?


好き?


岩本くん、を?


好き?




『はぁぁぁああんんん!!??』
『えぇぇぇえええええ!!??』



踊り場にこだまするあたしとふっかの
重なった大声。


目の前にいるふっかの
あんぐり開いた口の中に
咀嚼されたポテチが見える。


汚い。


でもそんなこと今はどうだっていい。


にわかには信じがたい。


本当にありえない。

そんなんありえない。
そう思うけど、


『何してんだ?お前ら。』


今日も購買でチョコプリンを
買ってきた岩本くんが、


目の前に立って
あたしの顔を覗き込んでくる岩本くんが、


『2人ともスゲー顔してんぞ。』


キラキラして見えて仕方ない。






…嘘だ。

いつからだ?


いつから…いつから…


ダメだ!思い出せねぇ!


でも、確かあたしのタイプは、

カッコいいというより可愛い感じで、
あんまり背も高くなくて、
周りから愛されるような愛嬌のある…


『何見てんだよ』


間違いなくこんなヤンキーでは
なかったはず。


『チョコプリン狙ってんじゃないの?』


頼むからちょっと黙ってくれ深澤。
あたしは今感情の処理が追いついてないんだよ。


『お前いつもくれくれ言うなら
自分で買ってこいよ』


そう言って一口だけだぞって
岩本くんが差し出してきたチョコプリンを
いつもなら二口食べて怒られるけど

岩本くんを意識しまくる今のあたしには
食べることなんて出来なくて
いらないって断った。


断られると思ってなかったらしい岩本くんは、
その後も下を向きながら
黙々とお弁当を口に運ぶあたしに


『腹いてぇのか?』


って聞いてくるんだけど
顔覗き込みながら聞いてくるから
その近さに、また余計無口になった。







なんか最近、岩本くんが変。

何が変なの?って聞かれたら
答えられないんだけど

とりあえずなんか変。

いつも通りの岩本くんに違和感を感じる。



そんな岩本くんが気になって、


『今日どーせ暇でしょ?カフェ行こ』

『なんて可愛げのない誘い方』


放課後岩本くんには内緒で
ふっかと2人でカフェに来た。



やっぱりソファ側がいいらしいふっかのために
最初から椅子側に座ってあげて、
注文した飲み物が届いてから
あたしは口を開いた。


『ねぇ、ふっか。』

『なんでしょ』

『岩本くん大丈夫?』


あたしのその言葉に、
身体がピクンとゆれたふっかに

マズイこと聞いたかも…

って不安になって、
なんか最近岩本くん変じゃない?
って聞こうとしたら、


『照、○○ちゃんに話したのかぁ…』


ふっかが話し始めたから
言葉を飲み込んで耳を傾けた。


『まぁなかなかありえない話だよね』

『……』

『確かに昔付き合ってたって言っても』

『……』

『あんなのほっとけばいいのに』

『……』

『優しいっていうか優しすぎるっていうか』

『……』

『それが照のいいとこでもあるけどさ』

『……』

『さすがにねぇ』

『……』

『○○ちゃんもそう思わない?』


ストローをくわえながら
ふっかがこっちを見てくる。


話してる意味が、
分からないようで分かる。

て言うか、分かりたくないのに
分かっちゃう。


ふっかが口にした


“昔付き合ってた”


元カノ。

岩本くんの、元カノ。



それが、岩本くんが最近変な理由。



『○○ちゃん?』

『…なに?』


不機嫌さ丸出しで聞き返す。


『どういう風に照から聞いたの?』


岩本くんが自分のそういう類の話を
ふっか以外にするのは珍しいらしく、
どんな風に話したのか聞きたがる。


『聞いてないよ』

『…へ?』

『岩本くんから何も聞いてない』

『…え?』

『ただ最近変だなって思ったから
ふっか呼び出したの。』

『…え、何も言われてないのに
照が様子変って気づいたの?』

『うん』

『…へーぇ…』

『明らかに変だったもん』

『…そう、だねぇ…』


何かを考え込むように
ストローをつまんで氷を突くふっかは


『てか元カノが何?』


あたしの声にビクッと
思いっきり体を震わせた。


『…ん?』

『元カノが何?』

『…あれ?俺なんか言った?』

『ここまで来てソレは無しね』

『…うぅ…』

『元カノが何?』

『……』

『……』

『…そんなに睨まないで…』


あたしの強い視線に
ついに観念したのか、

ただでさえ狭い肩幅をもっと狭くして


『俺から話していいか分からないけど…』


って小さく前置きをして
ふっかが話してくれたその話は




おおきな岩本くんの、

ちいさな恋のお話だった。





岩本くんには、
高校1年から2年にかけて
半年ほど付き合っていた子がいたらしい。


その子は中学の時の同級生で、
岩本くんはその女の子のことを
中学の頃からずっと好きだったらしい。


高校に進んでそれぞれ別の高校に
進学してからも
岩本くんのその子への想いは続いていて

高1の冬にやっと想いが届いて
付き合えることになったらしい。


やっと想いが届いた岩本くんは
それはそれはその子を大切にして、
周りからも

“お似合いだね”
“そんなに大切にしてもらえて羨ましい”

なんて言われてて、
岩本くんの親友であるふっかも
それを見ててすごく嬉しかったらしい。


…でも、彼女を大切にしてた
優しい岩本くんはその子に



二股をかけられた上に振られたらしい。




ーーーそして本題はここから。



もう昔のことだし、
それなりに踏ん切りつけて
立ち直った岩本くんに、


その元カノが最近連絡してきてるらしい。



『相談したいことがある』


って、
連絡がきてるらしい。


何の相談かは分からないけど、
優しい岩本くんはしっかりとその子の話を
聞いてあげているらしい。


ふっかも最近岩本くんが変な感じがして
どうしたか聞いてみたら、

その子から最近連絡が来ていて、
相談に乗っている…と、

そう返事が返ってきたらしい。





…どこのビッチだ、おい。




『……』

『……』

『…○○ちゃん…?』

『なに』

『顔怖い…』



目の前のオレンジジュースを
ストローを使わずに一気飲みして、
空のグラスを勢いよく
テーブルに置いたあたし見て


ふっかは白い顔をもっと白くさせた。




あんなに優しい岩本くんを、
そんな目に合わせたビッチを

あたしは絶対好きになれない。



岩本くんが昔好きだった人だとしても

あたしは絶対好きになれない。




ふっかに奢ってもらって、
家に帰ってからも

顔も見たことない、

岩本くんの元カノとやらに
あたしははらわたが煮えくり返って
仕方なかった。










朝、教室に入ってきた岩本くんに


『おはよう』


って挨拶した。

そしたら優しく笑って


『はよ、』


って言ってきてくれた。


その笑顔に1度はフワッと
心が軽くなったけれど、

すぐ自分の席に着いた岩本くんは
ずーっとケータイをいじってて

またあたしの心に影が差した。


違うかもしんない。

ふっかとかと連絡とってんのかもしんない。


そう思おうとするんだけど、
ケータイを見つめる岩本くんの顔が
少し険しくて…


朝のHRが終わった瞬間に
ケータイ片手に教室を出て行く岩本くんを見て

ケータイの向こうの相手が
ふっかではないと思わざる終えなかった。



ヤンキーな岩本くんだけど、
根は真面目な彼は
授業をサボるなんてしない。

なのに授業が始まるってのに
教室を出て行ったことが気になって

1時間目の英語担当の先生が
入ってくるのと入れ違いに
バレないようにコッソリ教室から出た。


廊下に出ても、岩本くんの姿は
もう見えなかったけど
どこにいるのか何となくわかった。


各教室からもれる
授業をする先生たちの声が小さくなって
聞こえなくなってきた時に、


『泣いてちゃ分かんねーだろ』


そんな声が聞こえて、
慌てて足を止めた。

あと数歩だけ歩いて左を向けば、
いつものあの踊り場に出る。


でもあたしはそこで止まって
壁にもたれて耳をすます。


『ゆっくりでいいから』


静かな踊り場にこだまする
岩本くんのその声は、


聞いたことある声なのに、
聞いたことがないくらいに優しい。



何の話してるのか気になって、
その場に立ったまま
岩本くんの声を聞いていたけど

相槌を打つばっかりで、
会話の内容は何か分からなかった。


ただ、岩本くんの声が
その優しい声がやけにイラついた。



何十分間もその声をボーッと
聞き続けていたらしいあたしは、


『…じゃあな』


っていう声にハッと我に帰った。




何も考えないで追いかけて来ちゃったから
え、このあとどうしよう…

と思いながらも。


とりあえず今ここに来ましたよ、
的な雰囲気を装いながら


『岩本く〜〜ん??』


って、声を出しながら
顔を出してみた。


そこには階段に座って
消沈する岩本くんがいて、


あたしの心臓がドクンって
大きくなった。



『…岩本、くん?』

『…あぁ』

『…どうしたの…?』

『お前こそどうした』

『教室にいなかったから…探しに来た』


本当は追いかけて来た上に
盗み聞きもしたけど、嘘をついた。


『…そうか』


今ついたあたしの嘘には
いろいろと通じない部分があるのに
岩本くんはそんな事も気にする
余裕がないってくらいの雰囲気を醸し出す。


ゆっくり歩き出したあたしが
岩本くんの横に座っても、

岩本くんは一度あたしに目を向けたけど
それでも頭を抱えたまま座ってて、


…本当に耐えられない。

…見ていられない。



元カノの相手なんてするからじゃん。

元カノなんてほっとけばいいのに。

大切にされてた事知っておきながら
二股した上に振る元カノなんて

ほっとけばいいのに。


あたしの相手だけしてればいいのに。



岩本くん隣で、
彼にとっての自分の無力さを感じていたら


『…え、』


岩本くんがいきなり
あたしの肩にもたれかかってきた。


『悪い、ちょっと肩貸して』


小さな声でそう言う岩本くんから
香水のいい匂いがする。


何でそこまでして、
こんなになってまで元カノの相手するの?


…きっとそれは、

岩本くんが今でもその子に気持ちがあるから。



どうにもならないその事実が悔しくて、
あたしは目の前にある
岩本くんの大きな手を上から包んだ。



1時間目終了のチャイムが鳴ると、
岩本くんはあっさりあたしから離れた。

同時に包んでいた手も離れる。


さっきまで感じていた温もりが離れて
少し寂しく思う。


『…悪い』


申し訳なさそうに言った岩本くんに、


『チョコプリン1個ね』


って言ったら、
思いっきり吹き出して、

ありがとなって言いながら笑って
さっきまでもたれていたあたしの肩を叩いた。

それがすごく嬉しかった。


『お前も授業遅刻すんなよ』


って言って、先に教室に戻っていく
岩本くんを見送ってから

ゴロンとその場に寝っ転がる。


背中に当たる階段が痛い。


…授業なんて、受けられる心境じゃない。



どうやらあたしはやっぱり
岩本くんの事が好きみたい。

それも、相当に好きみたい。



『…既に失恋じゃん…』



呟いたあたしの声は
思った以上に弱々しかった。




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次回、「私、ケータイのメモ機能のところにお話書き溜めておいてるんです。それでそのメモ見ながらはてなブログに文章にしながら書く。って言うのが流れなんですけど、今回のこの岩本くん書いてる最中になんかバグって全部吹っ飛んじゃったんですよ。それはそれは頭真っ白で、え?嘘。全部飛んだ…?え、え、え、どうしよ、まだ書いてないお話ゴマンとあったのに…嘘でしょ…??え…え…。ってなってるところです。辛いです。ガチで泣いてます。えーーー全然メモに書いた内容覚えてないよーーー。どーしよーーー。しぬーーーーーー。ぎゃーーーす。スペシャル!」やります。

不器用なアイツ。【5】

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彼女の涙と鼻水で
びっしゃびしゃになった袖の
冷たさを感じながら運転する。


助手席に座る彼女は
鼻が詰まった声で、


『そこのコンビニ左…』


丁寧に自宅までのナビをしてくれるんだけど…


『次の信号も左…』


何故か俺ん家に向かってナビされる。



え?なんで?
俺ん家?なんで?ええ?


何が何だか分からないけど
彼女に従ってとりあえず運転する。


直線の道に入って、


…あぁ、もうこのまま真っ直ぐ行ったら
駅じゃん。俺ん家の前じゃん。


って思ってたら


『あのボロいアパート…が、ウチ…』


彼女が10mほど先に見える
確かにちょっと古めのアパートを
指差しながら言った。


…超近所(笑)


マジかよ…って笑いを堪えながら
アパートの前に車を停めると

彼女がシートベルトを外して俺の方を見た。

真っ赤になった鼻と目。


『福田くん、今日はごめんなさい。』


出た、またごめんなさい。

この謝る癖どうにかなんねーかな。
って今度は少しイラついた俺に、


『本当に、ありがとう…』


彼女が初めてお礼を言った。


今までも“ありがとう”って
言われたことはあったんだけど、
それは軽いものだったから

こんなに素直にちゃんとした
“ありがとう”を言った彼女に少し驚いた。


『どういたしまして』


ニンマリ笑ってまた頭を撫でる。


『家まで送ってもらっちゃって…
暗いから福田くんも気をつけて帰ってね』


ペコリと頭を下げながら
車を降りた彼女に心の中で


大丈夫です。
ここから車で5分もかからないんで。


って答えておいた。






彼女がアパートの方に歩いて行って、
姿が見えなくなってから
車を発進させる。



…最初は多分、自分のために近かった。


1人の女の子の泣き場所を作ってあげてる自分。


泣ければいいのにって
思ってた女の子ともう一度再会して、

3年という月日が経っても
何1つ変わってなかった、
むしろもっと泣けなくなっていた彼女に、

泣き場所を作ってあげてる自分。


それが好きだったかもしれない。

でもそれは本当に最初の少しの期間だけで。


『…完全に好きだわ…』


独り言のように自分の気持ちを呟いて、
その辺をウロウロしてから帰ったら、

家に着くのに30分もかかった。






***





『福田くんの会社、なかなか社畜だよね』


今日も絶好調に残業させられて
明日も休日出勤だってボヤいた俺に
彼女は皮肉めいてそんなことを言ってくる。


最近、暇さえあれば夜彼女に
電話をかけている。

毎日ではないけれど、結構頻繁にかけても
電話に出てくれる彼女。


『そう、俺会社の犬だから』

『何言ってんの』


電話の向こうから聞こえる
彼女の笑い声。

相変わらずバイト詰めまくって
朝から晩まで働いてるみたいだけど
俺の電話に出て笑うくらいには
それなりに余裕はあるみたいで安心する。


あと、


『ねぇ、福田くん』

『んー?』


この“福田くん”呼び。

俺は何気に気に入ってたりする。

ずっと福ちゃんって呼ばれてきたし、

最初は福田さん、とか呼んできた人がいても
気がつけばその人も
いつの間にか福ちゃんって呼んでたりして、

本当にずーっと昔から
福ちゃん呼びで生きてきたから

初めて呼ばれた日からブレずに
『福田くん』って呼ぶ彼女の“福田くん”は
なんだか特別な気がしていた。


『じゃあ私お風呂入ってくるから』

『入浴中の写真送ってください』

『はい、さよなら』


プツンと切れた電話に笑う。


電話をするようになって
意外と彼女が、

表情豊かな子で、毒を吐く事を知った。


こないだなんておっさんって言われた。


でもそれも俺からすれば
ただただ、ツボにハマるだけで。

そう言ったあとに聞こえる彼女の笑い声に
こっちもつられて笑顔になる。
笑ってくれれば嬉しくなる。


まぁでもやっぱり、
泣いているのを見る方が好きなんだけど。









年末に向けてみんなでバタバタと
仕事をこなしていると、
隣に座る同期が俺に聞いてきた。


『悠太、会費出した?』

『ん?』

『忘年会の。今日よ。』

『あー…忘れてた』

『シマさんに4000円だって』


同期がシマさんと呼んで
指差す方を見ると、
年内に仕事を全て終わらせようと
奮起している1人の男が目に入った。


はいよー、って思いながら
ぼーっと“シマさん”を眺めていると
こっちの視線に気づいたシマさんが
飛びっきりの笑顔で手を振ってきた。


…お?


あまりの笑顔のお手振りに
反射的に手を振りそうになった俺の隣で
同期がヒラヒラと手を振ってるのが見えて
慌てて自分の手を引っ込める。


冷静に考えれば
そりゃ話したこともない俺に
手なんて振るわけないよな。


『……シマさん、私のこと好きなんだって』


振っていた手を下ろして
パソコンに目を向けたまま喋る同期。


『……』

『ご飯とか誘ってくるの』

『……』

『何度も断ってるのに』

『……』

『…悠太』

『…え?』

『私の話聞いてる?』

『聞いてない』


じゃあ手なんか振り返してんじゃねーよ。

しかもこないだの男はどうした。


隣で頬を膨らましてる同期に
気づきながらも、
知らんぷりをしてキーボードを叩いた。





『福ちゃん彼女つくんないの?』


隣にいる上司からそう聞かれる。

因みにもう12回目。


『またそれっすか?』

『だって福ちゃんイケメンじゃない。
背も高いし、羨ましいよ〜』

『ははっ』

『僕も福ちゃんみたいな容姿だったら
もっとモテたのかなぁ〜〜』


そう言いながら焼酎を煽る上司。

確かに上司は俺より10センチ以上
身長も低いし、腹も出てる
いわゆる典型的な“中年”って感じの人。

でも俺はこの人の人柄がすげぇ好きだったりする。


『いいじゃないっすか、
もう愛する人がいるんだから』


左の薬指に光る指輪を指差しながら
言う俺に、


『結婚して20年も経つと
冷たく扱われるようになるんだよ』


小さくぼやくと、また


『福ちゃん彼女つくんないの?』


って聞いてきた。


そのしつこさに、
冷たくされる原因はそれなんじゃねーか?
ってちょっと思った。


元々酒が好きなのと、
仕事納めという開放感から
ひたすらに飲んだ俺はベロンベロンに
酔っ払って、


『起きてっかなー』


独り言のように呟いて、
ケータイを取り出した。





『ーーー…ふぁ、い…』


呼び出し音が途切れて、
彼女が電話に出た。


『仕事納めだぁー!明日から休みだぁー!』


テンション高くそう叫んだ俺に
彼女が小さくため息を吐く。


『福田くん…今何時だと思ってんの…?』


彼女が心の底から迷惑そうな声を出した。

でもひたすらに楽しい俺は
そのままのテンションで話す。


『○○は年末年始の休みあるのっ?』

『一応バイトだから休みにしてくれた…』

『待遇いいね』

『私は休むより働きたいんだけどね…』

『ふーん!』


どんどん小さくなる彼女の声。


…そっか、年末年始暇なのか。


『ならさ、ウチに雑煮だけ食いにこれば?』


滅多に自分から人を、
しかも女子を誘ったりしない俺の口から
自然とそんな言葉が飛び出していた。


『…は…!?』

『だって実家帰らないんでしょ?』

『か、帰らないけど…』

『ならいいじゃん。おいでよ。』

『いやぁ、それは…』

『なんで?ウチ、家で餅つくから美味いよ』


酔った勢い。
でも本心。

せっかく休みなら、会いたい。
顔見たい。


『あのねぇ、福田くん…』


さっきまで今にも寝そうな声を出してたくせに
ハッキリとした口調になってきた
彼女の声に、断られるのをビビって


『あ、ごめん。タクシー来たわ〜
じゃあね〜〜!』


と、来てもないタクシーが来たと
嘘をついて電話を切った。


…てか断られるのビビって電話切るとか、
どんだけ小心者だよ、俺。

こみ上げてくる自嘲的な笑いを
手で隠しながら店の前で
もう帰るー?次行っちゃうー?
なんて言ってる
上司や同僚たちの元に戻ると、


『福ちゃんって、男が好きとか?』


って上司に言われて、

まだ俺の彼女いない話題
引っ張ってたのかよって
上司相手に思いっきり突っ込んだ。










『で、年末年始の事なんだけど。
1日でいい?ウチに来るの。』


休み初日の午前中を二日酔いで
まるまる潰した俺は、
やっと体調がマシになってきた夜に
また彼女に電話をかけた。


刷り込み、と言うのとは
また違うかもしれないけど
もう決定事項のように話を進める俺に、


『え、いいよ…悪いし』


しっかりと断ってくる彼女。


『なんで?いいじゃん。』

『いやぁ…』

『1人で家にいんのも寂しくない?』

『はぁ…』

『辰巳とかも来るよ』

『え?そうなの?』


自分の身体がピクンと動いたのが分かる。


『なんだよー辰巳がいたら来るのかよぉ』


つまんない。

なんだよ、そんなに辰巳がいいか。


『いや、そういう訳じゃないけど』

『けどぉ?』


いつそんなに辰巳のこと
気にするようになった?

俺が辰巳の家に彼女を預けた時?

やっぱり優しい男がいいの?


考えれば考えるほど
彼女に向ける声がトゲを増して…


辰巳がいれば会話に困らないから、
って言う彼女に


ウチに来るの辰巳だけじゃないよって
言ったのは、
ただの俺の嫉妬心からだった。








元旦当日。

家の前まで迎えに行った俺に
彼女はすごく驚いていた。


『なんか暇だったから家まで迎えに来てみた』


そう言うと、驚いていた顔は
今度は困惑顔になる。

その百面相っぷりに笑いながら
彼女の手首を掴んで歩き出した。


『え?福田くんなんでウチ知ってるの!?』

『こないだ送ったじゃん』

『て言うかなんで福田くん歩きなの!?』

『まぁまぁ、そんなに騒ぐなって』

『騒いでないよっ!』

『うるせぇな〜(笑)』


俺の後ろでピャーピャー喚く彼女を
ちょっと嬉しく思う。

辰巳がいるから来たとしても
彼女の顔を見れる事を嬉しく思う。


電話ももちろん嬉しいけれど
やっぱり面と向かうのは違う。


最初こそいろいろうるさかったものの、
途中から諦めモードに入ったのか、
大人しく俺に手首を引かれる彼女を
鼻歌まじりに家まで連れて行く。


『ショートカット』


駅前の公園をぶった切って
家の前に着いた瞬間に、


『…ふ、くだ…?』


彼女が固まる。


『ウン。ここ、俺ん家。』

『…き、近所…!?』

『そうだよ』


固まっていた彼女がキッと
俺の方を睨んできたのが分かる。


…んだよ、辰巳ならもう少ししたら
来るからそんなに睨むなよ。


彼女の視線をフルシカトして


『お酒ちょーだーい』


と、叫んだ。


“行かない”と、言っておきながら
ウチに来た彼女は餅を3個も食った。

特別痩せているわけではないけど
体型な割にはよく食うなって思いながら、

あの、肩に担いだ時の彼女の重さに
少しだけ納得した。


彼女がウチに来る決定打になった
辰巳の存在だったけれど、

彼女から辰巳に話しかけることは
一回もなくて
1人で2人の様子を気にしてる自分の
器の小ささになんだか少しだけ恥ずかしくなった。




パラパラと親戚達が帰り始めた頃に、


『そろそろ私も…』


と言って腰を上げた彼女。


もっといろよ…
送ってやるから遅くまでウチにいろよ…


腕を掴んでそう言いそうになるのを
グッとこらえる。


『…ご馳走様でした。
お先に失礼します。』


笑顔で荷物を持って言った彼女に、


『ん?帰るの?じゃあ…』


と言って立ち上がろうとした辰巳を制した。


『送ってきますよ〜』


辰巳じゃなくて、俺が送ってく。
俺が送りたい。


部屋の隅にハンガーに掛けておいた
上着を彼女に渡しながらそう言って、
いつまでも辰巳達や俺の家族に
ペコペコお礼を言いまくってる彼女を
半強制的に引っ張りながら家を出た。




『なんで家が近いって教えてくれなかったの?』


家を出て少し経った頃に
彼女が少しだけ怒りながら聞いてくる。


『なんか面白いかなって思って』

『なんも面白くないわ』


そう言えば言ってなかったなぁ。
家が近所ってこと。


彼女が寝ていた、
あの時の事を説明すると

何度も瞬きを繰り返していた彼女が
思いっきり爆笑し始めた。


『え?何?どうした?』


いきなりの事に何が何だか
状況がつかめない俺。


『いや、何でもない。こっちの話!』


彼女が半泣きで爆笑する理由は

彼女を家まで送り届けて、
よく笑うようになったその笑顔を見ても

全く分からないままだった。





『悠ちゃん』


自分の家に帰ってくると、
甥っ子に声をかけられた。


『どした?』

『あいつかえったの?』

『…あいつ?』


甥っ子の目の前にしゃがんで
目線を合わせると、


『○○!』


甥っ子の口から飛び出した
彼女の名前にビックリした。


『呼び捨てにしちゃダメだろ。』

『ともだちになったからいいんだもん!』

『友達!?』

『うん!ともだちになった!
だからなまえでよんでいいよって!』


…あいつ、やっぱりウチの甥っ子と
精神年齢一緒(笑)


甥っ子の頭を撫でながら、
嬉しそうに話す目の前の笑顔に
つられて笑顔になった俺に

甥っ子がガバッと抱きついてきた。


『そんなに嬉しかったのか?』


小さなその背中をポンポン叩いていると、


『ともだちのしるしなんだって』


俺の首に回る短い腕に
ギュッと力が入った。


『友達の印?』

『うん。○○がそういってこうしてくれた』


…なぬっ

甥っ子に負けているだなんて。
俺もまだ抱きしめたことないのに。


この間我慢したけど
今度会ったら“友達の印”っつって
抱き付いてやろーかな、って目論みながら

甥っ子を担ぎ上げた。


彼女よりも全然軽い甥っ子の身体を
肩に担ぎながら家に入る。


キャッキャッ笑いながら
楽しそうに足をバタバタする甥っ子に、


やっぱり彼女、ウチの甥っ子と
根本的なものが似てる(笑)


扱いやすい。


と、1人で笑った。




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次回、「福田悠太氏のことを旦那と呼ぶ頭のおかしい痛いツイートをヲタクを一切出していないリアルなアカウントの方で間違ってつぶやいちゃっていつの間に結婚してたのみたいなリプが来て初めてアカウント間違えたことに気づいたよ。それはそれはビックリしまくってとりあえずツイート消したよ。じゃあこれからは福田さうちゃんだねって嬉しい勘違いしてくれてんじゃねーか。って思ったよ。スペシャル!」やります。

ヤンキー岩本くん【3】


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放課後、掃除を終わらせて教室に戻ると
岩本くんは机に頬杖をついて
あたしを待っていた。


『おせーよ』


そんなこと言われても掃除してたんだから
仕方ないじゃん。


あっかんべーしながら
カバンを取って岩本くんと一緒に
教室を出る。


同級生と2人で歩いてるだけなんだけど…

すれ違う人たち全員にガン見される。

え!?って声を出す人もいるくらい。


あたしが。

っていうか“ヤンキー”な岩本くんが
女子と普通に話して歩いているのが
とても珍しいって感じで…


『…岩本くんがヤンキーってこと忘れてた』

『は?』

『あたしも周りからヤンキーの手下
とか思われてたりして』

『何言ってんだ?』

『親ビン!岩本親ビン!』

『お前頭大丈夫か?』


岩本くんは本気で呆れた
目をしながらあたしを見た。




下駄箱に近付くと、ふっかが何人かと
喋りながら待っていた。


男女が集まる軍団の中心で
笑顔で話すふっかは
本当に岩本くんとは正反対。


『お!遅いよー!』


こっちに気づいたふっかが
片手を上げながら呼びかける。

今まで笑顔で喋っていた
ふっかを取り囲む集団たちが
岩本くんを見た瞬間にバラバラと
解散していく。


…すげぇな、ヤンキー威力。


『コイツが遅かったんだよ』


自分の周りに与える影響なんて
全く気にしていない岩本くんは
なんというか、メンタルがすごい。

あたしだったら気にしちゃう。

周りの目気にしまくって、
こんなに堂々としてらんない。


俺のせいじゃねぇって言いながら
あたしに視線を向ける岩本くんに


『…岩本くんって無敵?』


そう問いかけたら


『お前、本当に頭おかしいな』


って、また蔑んだ目をされた。






ふっかが連れてきてくれたのは
隠れ家的なおしゃれなカフェだった。

奢りって聞いてたから
その辺にある適当な
ファーストフード店とかに連れて行かれると
思ってたからちょっとビックリした。


店内に入ってすぐに
ソファに座りたい!
って一目散にソファ側に座るふっか。


その向かいの椅子側に
岩本くんが座るから、
どっちの隣に座ればいいか分からなくて
一瞬考えたあたしに

岩本くんが
自分が座った隣の椅子を引いて
私に視線を向けてきた。


…なんでこの人こんなに優しいんだろ。

こんな見た目なのに。

まっきんきんの髪色に
足広げて不機嫌そうな顔で座ってるくせに。


椅子を引いてもらった分際で
超失礼なこと考えながら
岩本くんの隣の椅子に座った。


趣味はカフェ巡り♪

なんていう女子を


なーにがカフェ巡りだよwww


ってちょっと馬鹿にしていたけど…

その趣味…
分からなくもないかもしれない。


木のぬくもり溢れる店内は
オシャレなんだけどどこか落ち着きがあって、
間接照明ひとつにしても
すごく可愛い。


お店の内装が可愛くて
キョロキョロしまくってたあたしに、


『口閉めろ馬鹿』


って言いながら岩本くんが
渡してきてくれたメニューも
オシャレさ満点。


『BLTサンドドリンクセットで!』


可愛いカフェにテンションが上がって
ルンルンでそう注文するあたしに、


『てゆーか普通に一緒に来たけど
○○ちゃんも俺に奢ってもらう前提なんだね』


ってふっかがボヤくから


『んふっ♡』


って超笑顔でかわい子ぶってみた。


横から岩本くんに


『きめぇ』


って、言われた。



ガッツリ系のBLTとパスタを頼んだ
あたしとふっかをよそに、

岩本くんはチョコレートパフェを頼んだ。


全部まとめてふっかが店員さんに
注文をしたからか、
店員さんが料理を運んで来た時に
チョコレートパフェをあたしの前に置いた。


笑顔で、
ごゆっくりどうぞ!
って言って店員さんが去って行った後に
ゲラゲラ笑いながら


『まぁ岩本くんの見た目からして
どう見てもチョコパフェ食べるなんて
思わないよね』


って言って岩本くんの目の前に
チョコレートパフェを差し出してあげる。


『お前は人を苛立たせる天才だな』

『ありがとョ』

『褒めてねぇ』

『ありがとョ』


どんなに睨まれても
全然怖くない上に長いスプーンで
可愛くチョコレートパフェを食べる岩本くんに
あたしはいつまで経っても
笑いが止まらなかった。




毎日踊り場にご飯を食べに行った。

お母さんが、朝ごはん食べてる
あたしの横にお弁当を置いて来ても

憂鬱と感じることなんてなくなった。


むしろお昼休みが楽しみで。

毎日お昼休みに
あの、人通りの少ない
踊り場に行くのが楽しみで。

ふっかを馬鹿にして
イジるのが楽しみで。

お昼食べた後に筋トレする
岩本くんに対して
鬼コーチごっこするのが楽しみで。


鼻歌交じりにカバンにお弁当を
詰めるあたしを、
お母さんが少しだけホッとした顔で
見ていたような気がした。




岩本くんは毎日近く購買に
チョコプリンを買いに行く。

珍しく買いに行かない日があっても、
その日は必ずチョコレートを持参して来ている。


一緒にお昼を食べるようになって気づいたけど
岩本くんは相当チョコレートが好きらしい。



だからその日もいつも通り岩本くんは
あたしに一言、


『先に行ってろ』


って言った。


『了解でやんす親ビン』


実は気に入ってたりする
親ビン呼びで返事したあたしを
“馬鹿だな”って顔をしながら
鼻で笑った岩本くんが教室から
出て行ったのを確認して、

あたしも教室を出て
岩本くんが歩いて行った方向とは
逆方向にある踊り場へと向かう。


もうお昼休みはそこに行くのが
当たり前になってるあたしの体は
何も考えなくてもスタスタと歩いて…


『ねぇ』


いたのに、止められた。




歩みを止めて、振り返った先には


『…ん?』


1ヶ月ほど前まで
一緒にお昼を食べていた友人がいた。


お昼を食べることがなかったら
こんなに話す事もないほどの
間柄だったことに今更驚いた。


『ひ、さし…ぶり…?』


半笑いでそう言ったあたしに
友人はムッと眉間にシワを寄せた。


なんだかすごい不機嫌そう。


そう言えば急に踊り場に行きだしたから
あたしこの子にちゃんと


“彼氏と2人で楽しんで♡”

って言うの忘れてたわ。


『…あんた今岩本とかとお昼食べてんの?』


嫌味を言い忘れていた事を
ムフムフしながら考えるあたしに
友人のトゲ満載の言葉が飛んでくる。


『…ん?』

『あんなヤンキーといて楽しい?』

『……』

『変な噂回されても知らないよ』

『……』

『ウチらと食べたほうがいいのに』


……なんでこの人はこんなにあたしを
隣に置いとく事にこだわるんだろう。

まぁきっと
自慢話をわざと聞こえるように話して
優越感に浸るためなんだろうけど。


ただ自分が気持ち良くなる為に
使われるなんて絶対嫌。


そんなお前になんで岩本くんが
悪く言われなきゃなんないんだよ。


岩本くんだけじゃない。
ふっかだってすごくいい人。

見た目だけで判断して。

変な噂ってなんだよ。



ふざけんな…


『…岩本くんナメんな』


気づいたら友人を睨みつけながら
そう言ってた。


『はぁ?』


友人の顔がみるみるうちに
赤く染まっていく。


ただ、一言。

一言だけ言い返して
相手をジッと睨む。


いつも隣で何されてもスルーしていたから、
あたしがハッキリと
口答えしたのがつまらなかったのか

友人は真っ赤になった顔で
あたしを突き飛ばした。


バランスを崩してその場に転けたあたしを
上から睨みつけて


『一生話しかけんな!!!』


って怒鳴り散らして帰って行く。


…いや、今も話しかけてきたの
あんただろーがよ。


って思っていると、
友人と入れ違いに岩本くんが
ひょこっと曲がり角から顔を出してきた。

購買に寄ってきた岩本くんは
予想通りチョコプリンを買ってきたみたいで、
購買のビニール袋を片手に下げながら
こっちに歩いてくる。


『女怖ぇな』


自分の見た目の方が何十倍も怖いくせに
そんな事を言ってくる岩本くんは
何故だか少しだけ面白そうに笑う。


『聞いてたの?』

『声は聞こえたけど
何話してたかまでは聞こえねぇ』


本当かどうか分からないけど
岩本くんはそう言いながら
いつまでも転けてるあたしに手を差し出してきた。


『大丈夫か?』

『クソ痛い。多分死ぬ。』

『大丈夫みたいだな』


差し出された手を掴む。

右手1本でヒョイと
あたしを立たせる岩本くんの筋肉は
今日も元気に健在中。


『岩本くんのせいで友情壊れた』


ポケットに手突っ込みながら
踊り場に向かって歩き出した
岩本くんに、笑いながらそう言うと


『壊れるようなら最初から
友情でもなんでもなかったんだよ』


超正論が返ってくる。


…確かに、最初からあの人とあたしの間に
友情なんてなかったけど。


友人のあんな顔を見て、
少し面白くなってニヤニヤしちゃうあたしは
岩本くんに対しても
テンション高くやたら絡んでしまう。


『許さない』

『勝手に言ってろ』

『そのチョコプリンくれたら許してあげるよ』

『一生1人で拗ねてろ』


踊り場に着いて、階段に座るふっかに
軽く挨拶して腰を下ろした岩本くんは

一口くらいくれるかと思ったのに
買ってきたチョコプリンを全部1人で食べて
どんだけチョコ好きなんだよって思った。



いつの間にかあたしの定位置になった
ふっかと岩本くんの間に座って
お弁当箱を開くあたしは、

初めて人目を気にしないで
自分の意見を発した事に


あたしやれば出来んじゃんって
自分自身いつまでも感動していた。







『やっぱ先輩尊敬します…』


目の前には両手で拝みながら
あたしのことを見る後輩。


『大げさだから』


照れ隠しにそう笑うけれど、
可愛い後輩にこんな風に言われれば
もちろん嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。


『先輩のこと追ってこの高校入ったかいが
ありました、本当に。』

『ねぇ、それいつも言うけど本当なの?』

『本当ですって!』


いつも踊り場に行っている昼休み、
今日だけは音楽室に来ていた。

部活現役の頃に、
先輩先輩と慕ってくれていた後輩から
伸び悩んでいる。と連絡が来たのだ。


『先輩と一緒に吹きたくて
この高校入ったんです!!』


昼休みが始まった頃は
沈みまくってた後輩が
晴れやかな顔になっていて安心する。


『はいはい、ありがとっ』


でもやっぱり照れ臭くて
適当に流しながら楽器を片付けるあたしに


『もうっ!本当なのにっ!』


って後輩は口を尖らせた。


『先輩もっと部活に顔出して下さいよぉ〜』


いつまでも口を尖らせたまま
あたしに視線を向ける後輩。


んー、でもあたし楽器吹くと
本気モード入っちゃうからなぁ…


なんて思いながら後輩に目を向けると、
もう廊下に出ていた後輩は
一点を見つめたまま
ピタリと動かなくなっていた。


『ん?どうした?』


固まった後輩の後を追って
あたしも音楽室から出ると、


『…あれ?岩本くん?』


なぜか岩本くんがいた。


壁に背中をつけて廊下にヤンキー座りする
岩本くんは、本当いかにも“ヤンキー”で。

超ゴリゴリガタイMAXの
金髪ヤンキーを前にガクガク震える後輩は


『何してんの?こんなとこで』


平然と話すあたしと岩本くんを
交互に何回も見る。


『いや、昼こっち来ねぇで
音楽室行くって言うから
何してんのかと思って…』


立ち上がってこっちに歩いてくる
岩本くんに、後輩はもう気絶しそうなくらい
顔が真っ青になっている。


可哀想すぎるくらいに目を白黒させる後輩に


『またなんかあったら連絡ちょうだい』


って言ったら


『ご、ごめんなさい!!!』


って言いながら走るように
その場を去って行った。

岩本くんがそんな後輩の様子を
不思議そうに見ていたけど、


…あんたのせいだよ(笑)

とは言えなかった。



『お前、吹奏楽部だったの?』

『そうだよ?知らなかったの?』

『今知ったわ』

『知っとけや』

『お前が楽器吹けるとか
意外すぎて想像もつかなかったわ』

『は?』

『そんな女らしい一面あったんだな』


ニヤニヤ笑いながら
そう言うこのヤンキーはあたしに
女と言うものを感じたことがないらしい。


それがちょっとムカついて、
ついついあたしは口を開く。


『中学から高校まで全く休みなしでやってた
バリバリの吹奏楽部よ』

『…あ?』

『担当はクラリネット
中学の頃は県トップだったんだから』

『…は…』

『県トップの吹奏楽部で1stっていう
1番難しい楽譜担当してたんだから』

『おま…』

『soloもしてたんだから』


一気に喋ったあたしを
ポカンとした顔で見る岩本くん。


『誰にも負けたくないって思って
必死で練習しまくってたんだから』

『…なん、』

『中2の時2ndから1stに昇進して
先輩を1stから2ndに
下げさせたことだってあるんだから』

『…え、』

『高2の大会も先輩からsolo奪ってやったんだから』

『…おい』

『まだ聞きたい?』

『分かった、分かった。
俺が悪かった。』


フフンって聞こえるくらいのドヤ顔で
そう言ったあたしを
岩本くんは爆笑しながら制した。


『…少しは見直した?』

『お前、本当はすげぇ奴なんだな』


目がなくなるくらいに笑う岩本くんに
急に褒められたもんだから

さっきまでの勢いを無くして
逆に少し恥ずかしくなってきたあたしは


『そ、あたし性格悪いから』


って誤魔化した。

なのに、


『努力家なんだろ?』


…やっぱりこんな時も
岩本くんは優しい。


恥ずかしがってるのがバレないように
プイッとそっぽを向いて
教室に歩き出したあたしの
横に並んできた岩本くんは


『カッコいいな、お前。』


って言ってきて、


本気で照れまくって
もうどんなリアクションとっていいか
分からなくなったあたしの
教室に向かう足が、少しだけ早くなった。





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次回、「院長先生の意向で29日の祝日が出勤になる代わりに2日を休みにして5連休にして貰えたよヒャッホウ!ってなわけで、お話無限に書けそう!おら無敵!とか言う謎のテンションで福田くんも岩本くん書いてみたらもう頭ん中ごっちゃごちゃのぐっちゃぐちゃでハゲそうになったよ。一日中キンキ兄さん聞きながらケータイとにらめっこしちゃったよ。0.01くらいしかない視力がもっと無くなっちゃったかもよスペシャル」やります!


サンキューサンキューでーす。

不器用なアイツ。【4】

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揺れてる。


左右上下に頭がフラフラ。

揺れてる。



さっきから怪しかったけど
これはもう完全に、


『寝ちゃったかー?』


完全に寝落ちしちゃったっぽい彼女の
顔の前で手を振る。


さっきまでは俺の釣りの話聞いて、


『この黄色い魚、
キラキラしてて可愛いですね』


って、釣れた魚でもなく
ルアーの写メを見ながらそう言ってたのに。


シーバスは和名でスズキって言うんだよって
教えた時は


『スズキなら私も120cmの
釣ったことありますよ』


って言うからすげービビって、


『スゲーじゃん!!!』


って、叫んだ俺に


『またおまえかー?!
ってやつですよね?』

どうぶつの森かよっ』


ウチの甥っ子と同じレベルじゃんって
突っ込みたくなるようなこと話してたのに。


俺の話に対する相づちが
タイミングずれてきたな、って
思った瞬間にはもう揺れてた。


『はい、おやすみ〜』


机に顔を伏せるくらいまで
ズルズルと落ちた彼女の肩に
自分のジャケットを脱いで掛けてあげる。


肩に掛けた俺のジャケットが
少しだけ目元にまで被さったせいで
視界が暗くなったのか、
彼女は寝息を立てて完全に寝始めた。


今は俺がいるから別にいいけど、
さっきも俺が声かける直前
寝ようとしてたよな、この子…


俺もさっきちょっとだけ寝落ちしたけど
それは男だから別になんも問題ないだけで、


『女の子なのになぁ…』


逞しいのか危機感がないのか。

目の前の彼女に視線を向けた。


…彼女に声を掛けてから寝落ちするまで

約4時間。


ほとんど釣りの話しかしてないけど、
1つ気になる事がある。


多分…いや、絶対。

彼女、俺のこと覚えてない。


3年前の、俺のこと覚えてない。


話しながら、心の隅で
覚えてるかな?って観察してたけど


完全に忘れてやがる。


口うるさいおばさんから
目をつけられていつも怒られていた
あの時の彼女にとったら


“大丈夫?”


って周りから声をかけられるのは
別に珍しい事じゃなかったのかもしれない。

だから忘れていたとしても仕方ない。

何年も前の事だし。


…とは思うんだけど

やっぱりちょっと気にくわない。


俺はちゃんと思い出したのに。

忘れてたけど顔見た瞬間に
ちゃんと思い出したのに。


なのに彼女は
そんな事あったって事さえも忘れてて

…なんかムカつく。



『忘れてんじゃねぇよ〜』


って言いながら彼女の髪を
少しだけ摘んでピンピンと引っ張ったら、


『痛い…』


ってめっちゃ低い声で言われて
ビックリした後にすげぇ笑えた。



彼女が寝ちゃって暇になったから、

仕事で使ってる名刺を取り出して
自分の名前の下に携帯番号を
手書きで書いて彼女のバックに
コッソリ入れておいた。


これで電話来たらウケんな〜
なんて軽く思った俺の顔は
少しだけニヤニヤしていた。



ケータイでゲームしたりして
時間を潰しても
喋り相手がいないと俺も眠くなってくる訳で、


『…あふっ』


欠伸をして、机の上に頬杖をついて


もう少しで7時なるな…
彼女起こしてあげないと…


目をつぶりながらそう考えてた俺の耳に、
布が擦れる音と、
よだれをすする音が同時に聞こえた。


『…ねてた…』


小さく独り言を呟いた彼女の視線が、
ふと俺で止まったのが分かる。

目をつぶっているけど、
こっち見てるって分かるくらいに
俺に視線が向いているのが分かる。


ジーーーーッと注がれる視線に
ずっと耐えていたけれど、


『…天パだけど…』


その言葉に思わずパチッと目を開けた。


目を開けた先には両手に顎を乗せて
俺をガン見しまくる彼女がいて


『悪口言うなよ』


俺が寝てると思っていたらしく
本当に驚いたって顔をしている彼女が面白くて

虐めたい気持ちが芽生えた俺は
彼女に手を伸ばして、また鼻をギュッとつまんだ。



『もうすぐ7時になるね。行きますか。』


そう声を掛けると、彼女は返事をして
お礼を言いながら俺にジャケットを渡してきた。


『あ、伝票ください。』


俺が手にした伝票を欲しがる彼女に
一瞬、ん?ってなって、


…あぁ、そっか。
暇つぶし付き合う代わりにご馳走するって
言われてパンケーキ食ったんだった。


すっかり忘れてた事を思い出す。


不思議そうに俺の顔を見る彼女。


『払わせるわけ無いじゃん』

『いや、ダメです!私払います!
お礼にならない!払います!』


慌てて後ろを追ってくる彼女を
シカトして自分の分も含めて
全部会計をする。


『これじゃお礼になりませんよ…』


本気で落ち込んでるって風の彼女は
下を向いてポショポショ話す。

なんでそんなに気にすんだろ。
こんな何百円の話なのに。

つむじ丸見えの彼女の頭を
ポンと叩くとその顔が上がる。


『じゃあさ、敬語やめてよ。』

『…敬語、ですか?』

『うん。俺、敬語使われるの苦手なんだよね』


気を使わせないために言ってるのに
彼女はそれでも不満そうに
…でも、と口にする。


『でも?』


わざとらしく彼女の言葉を繰り返すと、


『…なら、お言葉に甘えます。
本当にありがとうございました。
ご馳走様です。』


やっと素直になった彼女の頭に
また自然と手が伸びていた。





***





『…あ…』


いたずら電話かと思った。


朝から打ち合わせに行ってて


昼飯食ってから会社戻ろうかなー
腹減ったなー何食おうかなー


なんて考えながら停めていた車に向かって
歩いていたら電話が鳴った。


知らない番号だったけど、
仕事関係かもしれないし
とりあえず電話に出たら
掠れまくった声が聞こえた。


『はい?』


仕事関係でも友達からでもなさそうな
その声に、訝しげながら返事をすると、


『…あの…○○、です…』


電話の向こうから
頼りない声が、そう名乗った。


『ああ。名刺やっと気づいたんだ(笑)』


バックに入れた名刺に
今更気づいた彼女の鈍さに
ケタケタ笑いながらそう声をかけるけど、


『てかどうした?声やばくない?』


それよりもなんでそんなに
死にそうなか細い声なんだ…?


俺の問いかけに、
またか細い声で返事した彼女は


ふぅ、って一度小さく息を吐いてから


『…あの…』


喋りだす。


『うん…』

『あ……あの…』

『うん、どうした?』


無意識のうちに、
携帯を耳に当てる腕に力が入る。


『気持ち…悪くて……』

『うん』

『ちょっと……お願いが…』

『迎え?』


彼女の言葉に被せ気味に
そう言いながら、
もう車に乗り込んでた俺は
彼女を迎えに行くことしか頭になくて、


『謝らなくていいから。今どこにいるの?』

『こないだのファミレスの近くの…ベンチ……』

『すぐ行く』

『本当にごめんなさい…』


彼女の声を聞いた後に
すぐ電話を切って、
アクセルを強めに踏んだ。





彼女の言った、
“この間のファミレス”

あの時間つぶしを一緒にした
ファミレスにまで車を走らせた。


車を路上に停めて、


近くのベンチってどこだよ…


少し離れたところで
焦りながら周りを見渡すと、
道行く人たちがチラチラと横目で見ながら
歩いていくのが見えた。


早足に近づいていくと、

ベンチの手すりにもたれる彼女がいた。


短いスカートを履いてるくせに
横になっているせいで
花柄のパンツが丸見えだった。


ベンチの近くまで行って、
彼女の顔を覗き込む。

真っ白な顔にじんわりと汗が滲んでいた。


『○○!○○!』


想像していた以上に辛そうな
彼女の姿に焦って、呼んだこともない
下の名前を呼び捨てしてしまった。


ゆっくりと目を開ける彼女。


『○○…?』


半目状態で俺の顔を見る彼女に
もう一度呼びかける。


本当に顔面真っ白。
てゆーかもはや青白い。


『…ふくだ…くん』


まだ不安定な目をして
俺の名前を呼ぶ。


『大丈夫か?』

『ごめんなさい…』

『全然いいから』

『ごめんなさい…』

『歩ける?』

『ごめん…』


それしか言えねーのかよって
言いたくなるくらいに
ごめんなさいを繰り返す彼女に
少し苛立って、

彼女の身体に腕を回して
思いっきり肩に担いだ。


担いだ彼女の身体は
意外と重くて、


女子って見た目より体重あんだな…


とか思った。


今までパンツ丸見えの女が
ベンチでグロッキーになってただけでも
まぁまぁ目立っていたのに

急に現れた俺が肩に担いだもんだから
歩いていた人達が
全員俺らのほうを向く。


『…はい、行くよ』


少しだけ恥ずかしくなりながら
肩に担いだ彼女と共に、
荷物も手にして近くに停めた車にまで運ぶ。


『ふくだくん…』


早くこの場から去りたい俺に、
彼女が声を掛けてくる。


『なあに?』

『パンツ…見える…』


いや、あなたベンチの上で
横になってた時点で丸見えでしたから。


ちょっと笑いそうになるのを我慢する。


『花柄のパンツなんて
誰も見てないから安心しなさい。』


そう言った俺に、彼女は


『…見てんじゃん…』


と、不貞腐れた。

そして


『…本当にごめんなさい…』


小さく聞こえたと思ったら、
俺の肩に掛かる体重が少し重くなった。


『おい?』


返事が聞こえない彼女を、
車の後部座席に寝かせると

俺がバックに忍ばせた名刺と、
ケータイ電話をギュッと握っているのが見えた。


赤ん坊が母親の服を強く握るように、
それを握る彼女の手を上から優しく包んだ。


…どうすっかな。


ふぅふぅ息をする彼女の
汗でおでこに張り付いた前髪を
少し乱暴にぬぐいながらとりあえず電話をかける。



『ーーはいよ!どうしたのー?』

『あ、辰巳?今日仕事休み?』

『休み休み!なんでー?』


1発目にかけた辰巳が運良く
仕事休みだったらしく、


『今から家行くからよろしく!』


少しだけ早口でそう言った俺に
辰巳は快く返事をしてくれた。







『ええええええええ〜〜』


鳴らしたインターフォンに反応して
玄関のドアを開けてくれた辰巳は、

肩に彼女を担いで立つ俺を見た瞬間に
目ん玉が落ちそうなほどに
目を見開いて驚いた。


『ちょっと頼みあんだけど』


彼女の身体を支えない左手で持っていた
彼女のバックを辰巳に渡しながらそう言うと、


『え!?なんかの事件!?
誘拐してきたの!?
さすがにそれは嫌だよ俺!!』


何かを勘違いした辰巳が
顔をブンブン横に振るから

革靴を脱いで、
何度も泊まらせてもらった事のある
辰巳の部屋の寝室に向かいながら
この状況を説明した。


『…しょっ!』


ドサッと肩から彼女を投げるように
ベッドに下ろす。


『ちょ!福ちゃん
もっと優しく下ろしてあげなよ!』

『意外と重いんだよコイツ』

『女の子にそんな事言っちゃダメだよ!』

『寝てるから聞こえてねぇだろ〜』

『そういう問題じゃなくて!』


どこまでも女の子に優しい辰巳は


『女の子に重いなんて禁句中の禁句だよ…!』


コキコキ肩をならす俺の後ろで
彼女に布団をかけてあげていた。


『俺仕事中だからとりあえず頼むわ』

『仕事中になに誘拐してんの(笑)』


笑いながら差し出した俺のグーの手に
当たり前のようにグーでタッチする辰巳。


辰巳のところに置いておけば
目が覚めても、途中で熱が上がっても
何かしらやってくれるだろう。


『辰巳』

『ん?』

『手出したら殺すから(笑)』


玄関まで見送ってくれた辰巳に
笑って冗談を飛ばすと、


『福ちゃん、俺ね、
恋より友情取るタイプ。』


同じように笑ってそう返す辰巳に、
頼むわ。と、伝えて会社に急いで戻った。






『…腹減った…』


もう何回言ったか分からない言葉を
口にしながら仕事をする俺に
隣に座る同期が反応する。


『なに悠太、お昼食べなかったの?』

『おー。』

『時間なかったの?』

『ちょっと誘拐してたんでね』

『意味わかんない』

『…さっさと終わらす』


小さく意気込んで積み重なった書類に
手を伸ばした。





いつもより少しだけ仕事を早めに
終わらせて辰巳に電話をかけたら、
もう彼女は目を覚ましてたみたいで、


『今終わったからすぐ迎え行くわ』


ダッシュで駅に向かって、
一度家に戻って
姉ちゃんに車を借りて辰巳の家に向かった。



『お疲れ福ちゃん』

『お疲れ〜』

『○○ちゃん、サッカー観てるよ。
つまんなそうに(笑)』


辰巳の言葉に笑いながら、
玄関から伸びている廊下に目を向けるけど
その先にあるリビングから
彼女が出てくる気配がないから


『おーい。帰るぞ〜〜』


大きく声を出して呼びかけると、
バックを両手で持った彼女が
申し訳なさそうな顔しながらすごすごと歩いてきた。

少しだけ良くなった顔色に安心する。


『調子は?』

『…もう大丈夫』

『なら良かった』


俺の前まで歩いてきて、
下を見つめる彼女から荷物を取って、
辰巳にもう一度お礼を言ってから
外に出たら、


辰巳にお礼を言ったり靴を履いたりした彼女が
バタバタと音を立てながら
俺の後を追ってきた。


慌てなくていいよ、
って声をかけようとした俺の背中に


『…福田くん…ごめんなさい…』


またごめんなさいかよ、って
言いたくなるような声が届いた。


『謝りすぎだから(笑)』


半分呆れながら笑って振り返ると、
彼女はボロボロと涙を流し始めた。


『あーあ。泣き虫だなぁ。』


立ちすくんで泣き続ける彼女の
手首を掴んで、助手席に乗せる。

めっちゃくちゃ泣いてるくせに
グズグズ鼻水をすすりながら
ちゃんとシートベルトを付けていたのが
ちょっと笑えた。





いつまでも泣き止まない彼女。

少しだけ不思議に思う。


なんでそんなに謝るの?

なんでそんなに1人で頑張ってるの?


さっきからごめんなさいばっかり。

だったらありがとうって言って欲しい。


そっちの方が全然嬉しい。


この間のファミレスでの一件でもそうだ。


多分、彼女が下唇を噛むのは
何かを我慢してる時なんだと思う。

言いたいことだったり、
今の現状にだったり、

伝えたいことを飲み込む時に
下唇を噛む。



3年以上前に見かけた時の彼女も
ずっと下唇を噛んでいた。


泣けたなら、

せっかく泣けたなら、


そんな風に泣いて欲しくない。

もっと安心感の中で泣いて欲しい。






そう思って言葉をかけた俺に、
彼女は全てを話してくれた。







最初は我慢していた声も
どんどん涙声になって、

最終的には聞き取れないくらいに
しゃっくり交じりになった声と、
俯いて一生懸命俺に話してくれた彼女を
強く抱きしめてあげたくなった。


今までずっと頑張ったねって。

3年前から俺は君が頑張ってたこと
知ってたのに…

早く助けてあげられなくてごめんねって。


抱きしめて伝えてあげたくなった。




でも、そんなこと出来ないから
顔を上げた彼女に笑顔を向ける。


『そうだとしても、頑張り過ぎだよ。』


ハンカチなんて持ってなかったから
スーツだったけど、
袖を使って彼女の涙をガシガシ拭いた。


鼻水を垂らす泣き腫らした彼女の顔が
あまりに不細工で、


『不細工だなぁ』


って言いながら、
もう抱きしめちゃおうかなって
思ったけどやっぱりやめた。








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次回、「福田くんの続き書くために前回の話読み返したら最後に、幸せ過ぎてそろそろ私の身に何か起こるんじゃないかと思ってる的なこと書いてあって、本当に死活問題起こっちゃってんじゃん。なにそれ予知してたのかよ私。プププ、ウケる。いや、笑えねぇ。全然笑えねぇよ。とか言ってたら世の中GWだよ。みんなどこ行く何するエイトフォー。私は早速工場夜景を観に行って癒されてきたよ福田くんも一眼レフで工場夜景撮ってたね今度一緒に行こうねスペシャル」やります。


サンキューサンキューでーす。

ヤンキー岩本くん【2】

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ウザいな…


本当にそう思う。


今日もお昼はカップルの隣で。

参加出来ない会話を聞きながら。


周りには何人かでグループになってる
女の子たちが楽しそうに
ご飯を食べている。


いいなぁって思うんだけど
今更その輪の中に入れないし、

だとしても、本当に…


『やめてよぉ!』

『だってあの時のお前さ〜』

『ちょ、言わないでよぉ!
聞いてる人いるからぁ!』


チラチラこっちを見ながら話す
カップル2人にうんざりする。


ヘイ。聞いてますとも。
というか聞きたくなくても
耳に入ってきますとも。


本当は聞かせたがってるんじゃないかって
思うくらいでかい声で話す
2人の横で頭が痛くなってくる。


最近ひどい。

前からウザかったけど
最近とてもウザい。

どうやらこのカップルはこの間の
休みに旅行に出かけて
ラブラブ度がやたら上がったらしく


『怒ってるとこ可愛いから
怒らせたくなるんだよな〜』

『もう!そんな事言われたら
許しちゃうじゃん!』


本当に気持ち悪い。


オエーオエー。
キモチワリーーー。






今日のお昼も岩本くんは教室にいない。

毎日毎日、4時間目が終わると
フラッと教室から出て行っちゃう。

そんで5時間目が始まるギリギリに
またフラッと教室に戻ってくる。


…どこに行ってんだろ。


岩本くんが出て行った
黒板の横のドアを見ながら思った。







『あんたこないだ着てきた
馬鹿でかいジャージ洗濯終わったから
ちゃんと返しなさいね』


お母さんがそう言いながら
岩本くんが貸してくれた
ダッボダボのジャージを渡してきた。


『はいよ』


受け取ったあたしをニヤニヤしながら
見つめるお母さん。


『何?』

『岩本くんっていうの?』

『は?』

『ジャージ!』

『……』

『背のおっきい子なのね〜♡』


何かを勘違いしている母を睨みつける。


そんなんじゃないし。
岩本くんヤンキーなんだぞ。


なんて思いながらも部屋から母が
出て行ったのをきちんと確認して

岩本くんのジャージを、
カラーボックスの中から厳選して
引っ張り出した可愛いショッパーに
入れた理由は自分でも分からなかった。





***




その日も岩本くんは4時間目が
終わってすぐに席を立った。

いつもならフラッと教室を出て行く
岩本くんを横目で盗み見してから
自分もお昼を食べる準備をするんだけど


今日は…



『ちょっと、先に食べててー』


言わなくても先に食べるだろうけど
一応2人にそう声をかけて
岩本くんの後を追いかけた。


柱の陰に隠れたり、
全然知らない教室に入り込んだりしながら
岩本くんの後ろをついて行くあたしを見る
周りからの視線が気になる。


好きでこんなことしてるんじゃない。

ただ、岩本くんに
ジャージを返さなきゃいけなくて、
でも名前を呼んで呼び止めることが出来なくて…


『……ん?』


隠れた壁からヒョコっと顔を出したあたしは
まんまと岩本くんを見失った。


…あーあ。
やっちまったぁ。


なんとなくこうなる気はしてたけど…


自分の右手に握られている
岩本くんのジャージが入ったショッパーを
眺めながら、


『ミッションインポッシブル失敗だぜ…』


って独り言を吐いて、
ジャージ、いつ返そう…とか思いながら
教室に戻ろうと壁の陰から出ると、


『お前はいつからスパイになったんだ?』


含み笑いで喋るそんな声が聞こえた。


振り返ると、見失ったはずの
岩本くんがあたしを見ながら立っていて


『…え?』


目を丸くするあたし。


『お前、最初からバレバレ』

『…え!?』

『面白いから気づかない振りしてたけど』

『…ええ!?』

『お前、バカだな』

『…えええ!!?』


驚きのあまり変な声しか出ないあたしに
また背を向けて歩き出した岩本くん。

慌ててすぐに追いかける。


『さ、最初って…』


おずおずと声をかけると


『教室出た瞬間から』


って言われて、すごく恥ずかしくなった。





この間のチョコプリン事件で思ったけど
やっぱり岩本くんは
全然怖い人なんかじゃなくて

話せば普通に会話してくれる。


今この現状がちょっと前からは
想像出来なすぎて
その面白さに夢中になって話してたあたしは


『あれ?こないだの?』


ふっかと呼ばれていた人の出現で
ビクッと身体を震わせた。


『…今日はこないだの子も一緒?』


2度目ましてのふっかくんは
ニコニコしながらそう問いかけてきた。


実は優しい岩本くんとの会話に
気を取られていつの間にか
彼がいつもお昼を食べてるっぽい
場所に着いちゃってたみたいで、

少し離れたところにある
人通りの少ない踊り場に着いていた。


階段に座りながら岩本くんとあたしを
見ているふっかくんは
本当に“良い人”って感じで笑ってる。


『そういえばお前どうした?』


キョロキョロしまくるあたしに
岩本くんが聞いてくる。


『あぁ、これ…』


挙動不審になりながら
昨日の夜に厳選した可愛いショッパーに
入れたジャージを岩本くんの目の前に出した。


『あー、だからスパイしてたのか』


わざわざ洗濯しなくても良かったのに
って言いながらあたしから
それを受け取った岩本くんは
ふっかくんの横に座った。


『そんなとこに立ってないで座れば?』


ふっかくんが優しく声をかけてくれて
余計にアタフタしてると


『いや、お前教室に友達待ってんだろ?
わざわざありがとな』


岩本くんがそう言った。


気を利かせてくれたんだろうけど、


…教室に帰りたくない…


ずっと我慢してたけど、
あの2人とご飯食べててもつまらない。


人目が気になるから一緒に食べてるけど、
一言も発さないでお昼休みが終わる日だってある。


…はっきり言って、
せっかくお母さんが作ってくれたお弁当なのに
美味しく感じない。




『…どうした?』


いつの間にか俯いて考え事
してたっぽいあたしに岩本くんが
優しい声で尋ねる。


『……』

『おい?』

『……待たせて、る…』

『…おう』

『…じゃあ…』


こんな女特有の話、
岩本くんに話しても仕方ない。


あたしは小さくお辞儀をして
その場を離れた。




その日はもう学校に居たくなくて
教室に戻ったと同時に
バックを取って、そのまま家に帰った。








本当に憂鬱。

毎日毎日、お昼が憂鬱。


お母さんが、朝ご飯食べてる
あたしの横にお弁当を置いて来るたびに、

憂鬱が増す。


あたしの大好きなお母さんのたまご焼きが
入ってるお弁当なのに、

憂鬱が増す。



今日もこのお弁当をあの2人の横で
食べなくちゃいけないんだ。

楽しくもない時間。

美味しく感じないお弁当。



重たい気持ちをオレンジジュースと一緒に
一気に飲み込みながら
巾着袋に包まれたお弁当を
バックに入れて、ローファーを履いた。



学校に着けば普通。

クラスメイトに挨拶して、
テレビの話とか雑誌の話とかして、

でもその普通だった気持ちも
お昼が近づくにつれて沈んでくる。


4時間目が終わってすぐに、
友人の彼氏がバック片手に
教室に入ってくる。


嫌だな…

行きたくないな…


そう思ってもあたしが
ご飯を食べる場所なんて
あの2人の隣しかなくて…


力なく席を立つ。


カバンからお弁当を出して
友人の席に向かおうとするあたしに
視線が向けられていることに気付いた。


その視線の方を見ると、
もうとっくに教室を出たと思っていた
岩本くんがいて…


『………』


2、3秒ほどあたしの方を見てから
ふいっと視線をそらして
教室から出ていった。


気付いたら、だった。

その視線に引っ張られるように
気づいたらその場から走り出していた。


興奮と緊張。

今までにない気持ちの高ぶりに
少しだけ息を切らして
飛び出した廊下には、


『辛気臭い顔してんじゃねぇよ』


ちょっと不機嫌そうな岩本くんがいて、


『行くぞ』


それだけ言って歩き出した。


『…うん!!!』


大きく返事をしてその背中を追った。







『…ふっかまだか』


無言のまま廊下を歩いて
あの少し離れたところにある踊り場に来た。


いつも通りって感じに
階段に腰掛ける岩本くんに反して、
動けないで立ちすくむあたし。


『座れよ』


何してんだ?って顔で見てくる
岩本くんに、


『ふっかくんに…許可得たの?』


ずっと気になってたことを聞いた。


『は?』

『…だ、だって…ッ』


…まさしく今この状況は
初めて友人に彼氏を連れてこられた
時のあたしと同じ状況なんだもん。

2人でお昼食べてたところに
いきなり別のもう1人が来て。

知らないうちにその場に1人じゃなくても
独りぼっちのような気分にされた
あの時と同じ状況なんだもん。


絶対ふっかくん嫌がるよ、

誰お前って思うよ、


だって実際あたしは思った。

ふざけんなよって、


だから…


『チョコプリン3つ手に入れたぜーー!!!』


あたしの葛藤を吹き飛ばすほどの
でかい声が踊り場にこだました。


『…なんか言ったか?』


ふっかくんが発したでかい声に
フリーズしたあたしに岩本くんが言う。


『いいから早く座れ』

『…でも、』

『ふっかはそんな奴じゃねぇよ』


岩本くんのその言葉に、

購買で買ってきたであろうチョコプリンを
階段に並べるふっかくんに目を向けると


『チョコプリン好きだよね?』


って笑顔で聞いてきてくれた。


その笑顔にすごく嬉しくなって、


『大好き!』


って答えながら、
岩本くんとふっかくんの間に
遠慮なく腰を下ろした。



久しぶりに楽しいお昼休みだった。

誰かと会話しながら
美味しいご飯を食べる。


普通のことなんだろうけど
こんなに楽しいことなんだって思えた。



岩本くんがトイレに行ってる間に、


『なんでチョコプリン、
あたしの分も買ってきてくれたの?』


ってふっかくんに聞いたら、


『照が言ったから』


って、想像もしなかった答えが返ってきた。


『岩本くんが…?』

『うん』

『…なんて?』


質問攻めするあたしに
ふっかくんが、う〜ん…って言いながら
顎に手を当てて


『昨日照と放課後遊んだんだけどさ、』

『……』

『昨日、○○ちゃんここ来たけど
照にジャージ渡して帰って行ったじゃん?』

『……』

『その話になってさ』

『……』

『そしたら、照がいきなり
明日あいつここ連れてくるって言うからさ』

『…は?』

『元々今日は照にチョコプリン
奢るって約束してたから
○○ちゃんの分も買ってきた!』

『…なんで!?』


岩本くんがなんで昨日のうちから
あたしをここに連れてくるって
言ってたのか、その理由が分からなくて
そう聞いたのに


『こないだゲーセンのバスケのゲームで
負けちゃったからさ〜〜』


って、チョコプリンをおごらされた
理由を話されて


ちっげーよ!バカふっか!!!


って心の中で思った。


岩本くんが帰ってきたから
それ以上のことは聞けなくて、


それでも、気になりまくって
悶々しているあたしの横で

へらへら笑うふっかのポテチを
食う音がうるさくて


『ふっかうるせぇ』


って言ったら、


『え?俺もうそんな扱いなの!?』


って言うふっかに岩本くんが爆笑してた。




予鈴が鳴って、荷物をまとめて
反対側の校舎に教室があるふっかと別れて
岩本くんと2人で教室に歩き出す。


『岩本くん、ありがとね』

『何がだよ』

『優しいんだね、岩本くんって』

『だから何がだって』

『見た目クッソ怖いけど』

『何お前喧嘩売ってんの?』


睨んでくるけど、もう全然怖くない。


『…明日も踊り場来てもいい?』


背の高い岩本くんを見上げながら
言ったあたしに、


『勝手に来ればいいだろーが』


岩本くんが怖い顔しながら
優しくそう言った。






『お前、放課後空いてる?』


教室に入る寸前に、
岩本くんにいきなりそう言われた。


『え?何?あたしシメられんの?』


ついつい口を滑らせて
そう言ったあたしに


『本当にシメてやろーか?』


って笑った岩本くんは


『放課後ふっかに奢ってもらうから
お前も来れば?』


と言った。


『え?さっきのプリンも奢ってもらったんでしょ?』

『あいつ昨日バッティングセンターでも
俺に負けたから奢り二回なんだよ。』


本当に、岩本くんはふっかのことを
話すときは楽しそうに話す。

ふっかのことが好きで仕方ないって
顔する岩本くんに、
教室でもその顔してればいいのに…

って思いながら
奢ってもらいたさに


『あたしも行く〜奢ってもらう〜』


って、二つ返事で答えた。




---------------

不器用なアイツ。【3】


---------------



『いらっしゃいませー!
あ、今日も来てくれたんですか!?』


今日はマツと。
一昨日は辰巳とコッシーと。


その前は同期の男何人かと。

その前の前は…誰かと。

その前の前の前は…忘れた。



結構来てる。

結構来てるのに…


『今日も○○さん休みなんすよぉ…』


ビックリするくらいに引きが悪い。


『でも俺はいますよ!!!』

『ウン。毎回いるね。』

『今日個室空いてなくて
テーブル席でもいいっすか?』

『全然いいよー。お酒飲めれば。』

『じゃあ生といぶりがっこっすね!』


案内しながら
そう言う若い男の子に


『至急ね(笑)』


と、答える。



始めのうちは行くお店が決まらなくて
とりあえず俺の知ってるお店…って感じで
このお店に来てた。

まぁ、いたらいいなーくらいの
気持ちで来ていたんだけど、

ここまでいないと、
ちょっとムキになってくるわけで


『○○さんのシフト教えますか?』

『いや、いい』

『いいんですか!?』

『なんか意味なく悔しいから』

『福ちゃんさんの基準分からないっすよう(笑)』


彼女と1番仲良いらしい
後輩の男の子と仲良くなり始める始末。


『今日は夜までオフィスワークの
バイトって言ってましたよ、○○さん。』


口が軽いのかなんなのか
彼女の情報をめっちゃ教えてくれる後輩くん。


『バイト3個掛け持ちって本当大変そうだね』


マツがおしぼりで手を拭きながら
ぼそりと呟くと


『いやいや、あの人一時期4個掛け持ち
してたんですよう!4個ですよ!4個!!
俺はもうあの人はロボットか何かなのかと
思いましたわ。働くロボット!
いつ寝てんだよって話ですよ本当!』


その話に唖然とする。

バイト4個って頭こんがらがりそう…


案内したあとに、すぐビールと
お通しを持ってきてくれた後輩くんが
テーブルから離れて、

マツと話し込んでいると


『○○ちゃん呼んでくれる?』


彼女の名前を呼ぶ声と、


『…いないっす』


めっちゃ低い後輩くんの声が聞こえた。


…へ?


顔を見合わせる俺とマツ。


『またまた〜嘘ついてない〜?』

『なんで嘘つく必要あるんすか』

『○○ちゃん今度いつ出勤?』

『いつでしょうね』

『○○ちゃん可愛いよね』

『そうですね』


少し離れた席で繰り広げられる会話に
何も言わなくても2人とも耳をすませた。


『○○ちゃんって好きな食べ物とかあるのかな?』

『さぁ』

『どこに住んでるのかな?』

『さぁ』

『彼氏いるのかな?』

『さぁ』


後輩くんの俺らに対する態度との
違いもビックリしたけど…


ちょっと身を前に乗り出して
声の聞こえる方を見る。


少し離れたテーブルに
金髪の髪に室内なのにサングラスを掛けた、
なんか威圧的な男がいた。



なんだあいつ。

あの金髪のサングラス。


なんかどっかで見たことあるよーな
全然見たことないよーな。


『○○ちゃんって福ちゃんの子だよね?』


…俺の子じゃないけど、

マツの言葉のニュアンス的に
言いたいことは分かったから


『多分ね』


って答える。


『あの人○○ちゃんに会いに
このお店来てるのかな?』

『っぽいね』

『常連さんなのかな』

『っぽいね』


金髪サングラスと話が終わった
後輩くんが目の前を通り過ぎようとしたから
まだ半分残ってるビールを
無理やり流し込んで、
追加注文する名目で話しかける。


『注文いいかーい?』

『へい、福ちゃんさん!』

『ビールおかわり。あとあの人誰?』


俺の問いかけに一瞬キョトンとした
後輩くんだったけど、


『あぁ、シャアの事っすか?』


すぐに話を理解したらしい。
でもシャアってなんだ?


『…シャア?』

『金髪でサングラスで、
昔は赤いジャケット着てたんで
そう呼んでるんですよ。』

『ほぉ。』


…すげぇネーミングだな…


『○○ちゃんのファンなの?あの人?』


マツが聞く。


『なんか急になんすよねー。少し前から
○○ちゃん○○ちゃん言い出して。』

『…ふーん』

『○○さんも気持ち悪がってて、
まぁだからって常連さんだから
無下にも出来ないし…困ったもんですよ』


そう言う後輩くんに思わず吹き出す。


『あなた結構声低かったですよ?』


俺の言葉にウシシと白い歯を出して
笑った後輩くんが


『なんかすげぇ
エリートらしいんですよね、あの人』


と言いながら金髪サングラスの
勤めてる会社名を言った瞬間に
目ん玉飛び出るかと思った。


だって俺と同じ会社だったから。


『いい会社勤めてやがりますよね〜』


…ありがとう、後輩くん。
俺もその会社に勤めているよ。


心の中で感謝してそれ以上は
言わないようにしといた。


後輩くんが去ったあとも
やっぱりチラチラそいつを見ちゃって
なんかあんまり美味しく酒を飲めなかった。






***





彼女は神出鬼没らしい。




地元の友人と久しぶりに飲んで
帰ろうと店の外に出たのはいいものの、
やっぱりちょっと話足りなくて
ファミレスに寄った。


本当に何気なく寄ったそのファミレスに、

彼女がいた。


『おっ』

『ん?なに?』

『いや、何でもない』


思わず出してしまった声を飲み込む。


深夜のファミレスは接客も
程よく適当で、


『お好きな席どうぞ〜〜』


店員の声に従って、
彼女が微妙に視界に入る位置にある
席に座った。


適当にドリンクを注文して
俺の向かいに座る友人と喋る。

喋る…というか喋っては、いる。

んだけども。


さっきからやっぱり
視界に入る、眉間にしわを寄せながら
パソコンにかじりつく彼女が気になって仕方ない。


あくびしたり、目をこすったり。

たまにケータイ弄ってみたり。


こんな深夜のファミレスに1人で
何してんだ…?

結構前からいるっぽいし…


申し訳ないけど友人の話なんて
ずっと右から左状態になりながら
適当に相槌を打った。



『終電そろそろだね』


意識を半分彼女に持ってかれている俺の目の前で
友人が腕時計を見ながら言う。


『あ、もうそんな時間?』

『明日も仕事だろ?今日は帰るか。
とりあえずまた休みの前日にでも飲もうぜ!』


友人の言葉に頷きながら
楽しかったわ〜〜
と、伝票を取って


『さっき飲み屋で多めに出してくれたから
ここは俺がおごるよ』


そう言うと友人は
ちょっと嬉しそうにしながら
ご馳走様ーと言った。


終電の時間を気にしながら
店を出ようとする前に
もう一度彼女に目を向ける。


…帰んないのか?


帰る気配なんて全然無い彼女。

相変わらずパソコンに向かって
眉間にしわを寄せている。


『ごめん、俺トイレ寄ってから帰るわ!』


気づいたら友人にそう言っていた。


『おお、了解。また連絡する!』

『んぉー。』

『じゃーなー』

『おやすみー』


友人に手を振って駅に歩き出した
友人の後ろ姿を確認してから、

もう一度席に座り直す。


…何してんだ?あの子。


こんなど深夜に女の子1人で
何やってるんだろう。


終電、もう無くなるよ?

家ここから近いの?

だとしても帰り道真っ暗だよ?


いろいろ考えるけど
声をかける事もなく観察し続けた。



遂に終電の時間が過ぎた。


てか俺も何してんだろ。
まぁタクシー捕まえればいっか
なんてのんきな事を考えていると、


彼女がバックをゴソゴソし出した。


お、やっとですか。


帰る支度をするのかと思いきや


『エェェ〜〜…』


彼女はコンタクトを外しだした。


黒縁のメガネを掛けた彼女の目は
相当レンズの度数が強いのか
さっきよりも少し小さく見えて
それがおかしい。


『家じゃねんだから…』


もうリラックスモード全開の彼女に
笑いが止まらなくて
手に持ってるコーヒーが震えで波を打つ。


震えながらも飲みきったコーヒーの
おかわりを取りに行って
席に戻ると、彼女が電話していた。


人は全然いないけど
店内って事で気を使っているみたいで
小さな声で話すその会話は
何を言ってるか聞こえない。

でも通話中ニコニコ話していた彼女が
電話を切った後に真剣な顔で


『…っうし!やるか!!』


と、デカイ声で言って、
さっきまで気使ってた意味(笑)
ってまた笑いが止まらなかった。



最早ガン見した。

さっきまではチラチラ見てたけど
最早ガン見した。

でも彼女は俺の視線に
全く気づかなかった。




いつの間にか意識を飛ばしてた俺が
ハッと目を覚ますと、
腕時計の針はもう2時半を指していて、

慌てて彼女に目を向けると


達成感満載の顔で
両手を上に上げて伸びをしていた。


まだ居てくれた事に少しホッとする。


パソコンをまた少しいじった彼女は
肩の力を抜きながら
机に突っ伏し始めた。


何やってたか知らないけど、
無事に終わったのかな…?


女の子1人でこんな時間まで
危ないなー、なんて思っていたら
机に突っ伏した彼女の身体が
ゆっくりと上下運動しているのが見えた。


まさかな、って思うんだけど
なかなか起き上がらない彼女に
遂に俺はカップを手に持って席を立った。





『お疲れさまです』


カップを机に置いてそう言うと、
彼女がムクリと顔を上げた。


『…』

『お疲れさま』


本当に寝てたのか無反応な彼女に
もう一度声をかけると


『…お、おつ…かれさま、です…』


控えめな返事が返ってくる。


『あれ、俺のこと忘れちゃった?
確かに会ったの1ヶ月半くらい前だけどさ〜
さみしいな〜』

『何でここにいるんですか…』


一応忘れられてはいなかったみたいだけど
警戒心丸出しの彼女に少しだけ寂しくなる。


『友達と飲んだ帰りに寄ってたの。
もう友達は帰ってったけど。

そしたら君がいたからさ、
結構前から眺めてたんだけど
すごい集中力だったね。
全然気づいてくれなかった(笑)』


向かいのソファに腰掛けながら説明すると
彼女は目線を少し外しながら
2、3度頷いて、メガネを外した。


度が強いと思っていたメガネは
覗き込んでみるとやっぱり度が強い。


『うわ、度強いね。
俺といい勝負かも。』


自分くらい強い度数のメガネを
使う人を久しぶりに見て
そう言った俺に


『天…あなたも目悪いんですか?』


明らかな悪口が聞こえた。


『え、今天パって言おうとした?』

『いえ…』

『失礼なやつ』

『その言葉そっくりそのまま返します』


あ、まだケータイ誘拐犯って言った事
根に持ってるんだ。
やっぱりこの子面白い。


『俺ね、福田悠太っていうの。
福ちゃんって呼んでもいいよ。』


自己紹介してあげたのに
一向に名乗って来そうにない彼女の
パソコンを見る。

パソコン画面には
数字がたくさん羅列してあった。


『これやってたの?』

『はい。明日の…てもう今日か…
朝一で本部に提出らしくて。』

『ふ〜ん』

『間に合って良かった…』


体の力が抜けた座り方をする彼女は
本当にホッとしたって感じで、


『俺さぁ、何で君がフリーターやってるのか
ちょっと気になるんだよね。』


思わずそう質問してしまった。


『…はい?』


明らかに怪訝そうな彼女。


『アレからあのお店…居酒屋ね。
ちょいちょい行ったんだけどさ、
いつ行っても君いなくて。』

『…』

『あの若い男の子は何故か毎回いてさ、
仲良くなっちゃった(笑)』

『…はぁ…』

『で、君のこといろいろ聞いたら
バイト3個掛け持ちしてる
フリーターさんだって聞いて。』


彼女が頬を膨らます。


…ごめんね、後輩くん。
キミ、怒られちゃうかもしれない。


『あの居酒屋でも店長から
信頼されてるみたいだし、
この仕事だってバイトがやれるような
内容じゃないと思うんだよね』


スクロールしてもスクロールしても
終わりが見えない数字の羅列を眺める。


『見たところ仕事が出来ないわけでも
ないみたいだし…
バリバリ働けると思うんだけど。』

『…』

『実際に正社員にならないかって
言われたりしないの?』


その言葉に一瞬だけ俺の方を向いた
彼女の視線は、だんだん下に降りて行く。

下唇を噛みながら俯く彼女に、
気付けば手を伸ばして、
鼻をギュッとつまんでいた。


『なんか嫌な質問しちゃったね』


自分にとっては何気ない質問だったけど
彼女にとっては触れてほしくなかった部分
だったみたいで…


『いや…すみません…』


完全に俺が悪いのに、
つままれたせいで鼻声になる彼女を
謝らせてしまった。


『こちらこそ。ごめんね。』


つまんでいた鼻を解放しながらこっちも謝る。

今のは俺が悪い。


『これからどうするの?
朝までここにいるの?』


鼻を少し気にする彼女に声をかける。


『え、あ。どうしよう…かと』


気の抜けた返事が返ってくる。

無計画でこんな深夜まで
1人でいたのかよ…


『え、っと…』


なんて言いながら
キョロキョロする彼女に声をかける。


『仕方ないなぁ…付き合ってあげるか。』

『へ?』


ビックリした顔の彼女。


『何時に会社開くの?』

『7時には…』


7時なら俺も一回家帰って
急いで準備すれば仕事間に合うな…


『よし、なら5時間みっちり
俺の釣りトーク聞かせてあげる』


提案したように言った俺に


『いや、悪いですよ!
本当に大丈夫ですから!』


思いっきり首を振る彼女。


『いいのいいの。その代わりに
パンケーキ注文させてもらうから。』

『太りますよ、こんな時間に食べたら』

『俺ね、食べてもあんまり太らないの』

『女の敵ですね』

『まぁね』

『なら、好きなもの食べてください。
ご馳走します。
そしてお付き合い願います。』



彼女ともう少し話したい。

…ただそう思ったゆえの行動だった。





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前回、1人でワタワタと暴走して
謎の次回予告をかましてしまって
本当に申し訳ありません(土下座)


みなさんたくさんの
リプ、DM、コメント
ありがとうございます(;_;)♡


大変貴重なご意見、
本当に感謝してもしきれないです…!


エッ!!!!????
こんなに私なんかのブログを
読んでくださってる方がいるの!!!???


ってくらいの量に嬉しさのあまり
震えあがりました… ガクガク


みなさんから頂いたお声を
1つ1つしっかり読ませていただいて、
一番、多くお声を頂いた意見が、

『福田くんも岩本くんも読みたい!』

でした。


なので…


福田くんと岩本くん、
交互に更新していこうと思います!


どっちも読みたいと言って頂けるなんて
本当に幸せ者すぎて
そろそろ私の身に何か起きるんじゃないかと
思うくらいに幸せ過ぎて怖いです…w


主人公の女の子のタイプが
全く違うので頭こんがらがりそうですが(笑)
頑張りたいと思います!


あたたかい目で見守って頂けたら嬉しいです。

更新した際は是非、
暇潰しにでも目を通していただければと
思います。


リプ、DM、コメントも、もちろん
RT、イイネも本当に
力を頂いております!


みなさん本当にありがとうございました!